とうとう二人だけになった。
上流域に近づくにつれ、緩やかに勾配がキツくなってくる。
吐く息は荒々しく、乾いた喉はひりついた痛みを発していた。唾を呑み込むだけで、針を呑むような違和感がある。
ここまでで15kmの雪道を走った計算になる。時速はどれほど出ているだろうか、30kmは最低でも維持したかったけど、新雪に脚を取られて上手くいかない。
いつもならこの程度の距離は朝飯前にこなせるのに、今は無限に続く迷路に思えた。脚を引き抜いて、また差し込むという工程が気怠くて仕方ない。ともすれば、そのまま雪に埋まって座り込んでしまいそう。
いけない。酸素不足で弱気になってる。喉の激痛を堪えて息を大きく吸い込もうとして――その拍子に大粒の結晶が気管に入った。
「げほっ!」
反射的に咳き込む。当然、一回や二回では収まらずげほげほと繰り返すあたし。そのために、前方への注意が疎かになったのがいけなかった。
地面から出っ張っていた看板の先っぽ、それにけっつまづいて派手に転ぶ。
スローモーションになる視界と意識。真っ先に考えたのは腕の内にあるトナカイ。それほど速度は出てないけど、あたしの下敷きになんてしたら、並大抵の怪我じゃ済まない。
とっさの判断で、雪の上へと放り投げた。ぼふんと大きく粉が巻き上がるも、それ以上のことは無い。衝撃も完全に殺せたようだ。
だけどその反動で、あたしはろくに受け身も取れなかった。前に手を突くこともできず、そのまま顔から雪にダイブする。むき出しの頬や鼻を雪が遠慮なく引っ掻き、冷たさが痛みへと変わる。しかしすぐに麻痺して何も感じなくなった。幸い血も出てないし、たぶん平気。
服に纏わりついた雪を払い、トナカイの回収に向かう。彼を助け起こすと「大丈夫かい!?」となぜかこっちの心配をされた。
「トナカイの分際でなに一丁前にしてんのよ。あんたは黙って運ばれてればいいの」
「いや……さすがに悪いよ。こっからは僕も歩く」
「歩く? それ、あたしの走る速度の何分の一か、理解した上で言ってる? 日が明けちゃうから」
「ご、ごめん……」
しょげる彼を強引に抱き上げる。重量はそう問題じゃないけど、重心が変わるのがなにより辛い。走るフォームがどうしても崩れ、スタミナ配分にも影響が出る。
あと5km、中距離コースを二周と少しと考えたら大したことない。そのはずなのに、踏みしめる一歩がどうしようもなくだるい。それでも走る。
「……こっちこそ、悪かったわね」
「え?」
ひたすら長い坂道を駆け上りながら、小さく謝った。
「転んだのあたしなのに、当たっちゃって」
「いいんだ、気にしてない」
トナカイは笑って見せるけど、その心境は分からない。
そもそも彼からしたら、この状況は理不尽の塊のはずだ。昨日になって、いきなり展望台の約束を交わされて、向かおうとしたらこの大雪。挙句に無理やり担がれて、寒空をレインコートで移動させられる。
なにより彼は……そこに待つ人が本当は誰かすら知らない。当たり前だ、あたしは彼に『トレーナー』としか教えなかった。
それでもいいの? いいわけない、早く伝えなきゃいけない。分かっているのに、切り出せない。交差点で拾ってからというもの、色々あり過ぎて完全にタイミングを逸してしまった。
今更になって「これまでずっと嘘をついてました」なんて言える? 無理だ、こんなになってしまっても、ちっぽけなプライドと欲深い嫉妬心が邪魔をする。結局、あたしにできるのは黙って脚を動かすだけ。首尾よく展望台に辿り着いたとして、いったいどうするかすらまだ決めかねている。
「あのさ、聞いてもいいかな」
「なに」
だから内心、ついに来たと思った。正直、彼はあたしのそういった嘘を見抜いているんじゃないか? じゃなきゃ、あんなにしつこくトレーナーについて尋ねない。この無謀な道のりに、黙ってついても来ないだろう。
びくびくと見えないところで震えっぱなしのあたしに、彼は言った。
「どうして君はそんなに必死になってるんだい?」
「は? バカにしてる?」
「違う違う! そうじゃなくて……僕と彼女が今日会ったって、きっと何も起きないし変わらないよ。僕が今更、彼女にしてやれることなんて何一つない。せいぜい元気? って訊くくらいだ」
「あんたにしては賢いじゃない。あたしの使い魔は完璧なんだから、基本的に助けなんていらないのよ」
あくまで基本的に。たまに体調を崩して寝込んだりするけど。そういうとこも可愛い、大好き。
「でもそれなら、僕が行かなくても良くないか? 君一人の方がずっと速く、確実に展望台に行けると思うんだけど」
たまらず黙り込んだ。卑怯を続けてきたあたしに、答えは思い浮かばなかった。
使い魔の安否を確かめるだけなら、そりゃあ一人で行く方がいいに決まってる。でもそうじゃない。それだけのために、あたしは全身に鞭打って走り続けてるんじゃない。もっと重大で、致命的な理由のために頑張ってる。
なのにこいつにはそれを言えない。というか、たぶん誰にも伝えられない。タキオンを始めとした皆にも、使い魔にだってきっと分からない。あたし自身、良く理解できてないんだから。
なんでこんなに無理をして、その結末に大事な人を手放さなきゃならないんだろ? バカなのはどう考えてもあたしの方じゃない。今すぐ走るの止めたら?
「知らないわよそんなの」
口が勝手に突っぱねた。考えるのを止めた。細かい事は後にしよう。とりあえず走る、今までだってそうしてきた。
宝石集めもきっと同じ。サンタが呼べるかどうかなんて知らないけど、とにかく使い魔のために何かしたかった。
ああ――でも。その勢い任せの末路が、この現状なのかも。じゃあ結局あたしはどうすべきだったの?
何も分からない。でも脚は止まらない。
それも物理的に遮られればお終いだった。ようやく見えてきた、展望台前に流れている川。上流ということもあって規模のある方ではないけど、それでも横幅は20m以上ある。
無論、道路から繋がる橋が各所に架かっているんだけど……。案の定、そこに障害が発生していた。あるいはさせられていた。
「嘘だろ……こんなことあるか?」
呆然と呟くトナカイ。土手から渡された吊り橋が、あろうことか真ん中でぷっつり切れて落ちてしまっている。今やその残骸が両端に僅かへばりついている状態で、ジャンプで補うといったことも不可能だ。
真っ当な説明をつけるなら、想定外の雪の重みに耐えかねたのだろう。3mの積雪なんてこの地方の平地じゃまず起きない。そんなこといちいち計算に入れてたら、なんの建築もできなくなる。
もしかしたら、さっきの警備員達はこれが理由で配備されていたのかも。
ぼうっとその無残な姿を眺めていたら、トナカイがわざとらしく明るい声で言った。
「もう一個先の橋に行こう。まさかこれだけってことは無いだろ?」
その台詞に強い既視感。さっきの検問で、あたしがタキオンに言ったのと全く同じ。だからその可否も容易に知れる。
「どうせダメ。全部落ちてる。ううん……あたし達がそこに向かったら、橋は落ちてたってことが分かる。少しでも大工さん達の苦労を考えるなら、止めといた方がいいわね」
「ど、どういう意味?」
「分かんないならそれでいいわよ。あたしもテキトーに言ってるだけだし」
なんだか色々面倒になって、あたしはトナカイをその場で解放した。走らなくて良くなった途端、これまで張りつめていた緊張だとか、気持ちだとか……それら全てが風船みたくしぼんでいくのを肌に感じた。
その場に座り込む。トナカイはそんなあたしを、特に責めようともしなかった。ただ隣に腰を下ろして、一緒にかつて橋だったものを見つめる。
最終的に、あたしの方がしびれを切らした。
「なんで頑張れとか言わないのよ」
「だってほら、君が無理だってのなら無理だろ。僕じゃどうしようもないし、手詰まりだ」
「使い魔が心配じゃないの?」
「たぶん君ほどじゃないよ」
真っ向からそう返されて、深く納得した。それはその通り。この世界の誰よりも、あたしは使い魔のことを考えてる。彼女のパパやママはもちろん、このトナカイにだって絶対に負けない。
じゃあここでのんびり休憩してる暇なんて無い。あたしにできる可能性を探らなきゃ。
あたしは立ち上ると、土手を下って川面へ向かった。トナカイも慌てて起き上がって、ついてきた。
「どうする気?」
「渡れないなら、泳ぐ! それしかもうないわ!」
言い放った瞬間、がっと力強く腕を掴まれた。
「ダメだ」 物凄く怖い顔で、トナカイが言う。
「君が負けず嫌いなのは知ってるけど、この気温での水泳は自殺行為だ。それをするなら本気で止める」
「そんな風に脅かしたって聞かないわよ! こ、怖くないからね」
「駄々こねたって通さない。もっとマシな方法を考えるんだ」
トナカイは別人のような声色になっている。彼の職業が医師だった事を思い出して、あたしは渋々撤回をみとめた。なによりここで言い争ってる時間が惜しい。
「じゃあ他にどんな方法があるって言うのよ。否定ばっかじゃなくて、あんたも意見出しなさい」
「うーん……そう返されたら困るなぁ」
途端にへにゃへにゃの顔に戻ってしまうトナカイ。やっぱり見せかけだけじゃない。こいつに頼ってちゃダメだ。
目を閉じて、これまでの記憶を辿ってみる。どんな状況でも打開策はあるはず、あと一歩のところまで来たんだもの。ここであたしが諦めたら、使い魔はいったいどうなるのよ。
その時、ふと閃いたものがあった。そうだ……コンビニの一幕だ。カワカミは実にあっさりトナカイを見つけた。今にして考えるとあれはおかしい。
だって、聖杯の力でトナカイはウマ娘と知り合うことができなくなっていた。それがどうしたことか、ここ数時間は皆と平然とやり取りしている。この差異はいったい何を意味している?
あたしは鞄からその聖杯を取り出してみた。闇夜を貫く金色の輝きが解き放たれる。その威容は少しも衰えることが無い。カップの内には相変わらず並々と七色の液体が。しかもその内容量は若干増しているようでもあった。
「綺麗だね、それ」
なんにも知らないトナカイが、ぼけっとこっちを見ている。つまりこの外見はあたしだけに見える妄想じゃない……。これの力が発動時と変わっていないとしたら、なぜ若干の変化があったのだろう。
「タキオンは……言ってたわ。こいつは世界を変えたって。今ここはあたしの願いを叶えるための世界。……あたしは必死になってトナカイを探し出そうとした。……だから見つかった?」
原因が結果へと直結される世界。それが意味するところはすなわち、あたしが心から願いさえすれば、何でもそれは実現するということ。
なら――。
「お願い! 直って!」
あたしは聖杯を握りしめて、橋に向けて掲げた。
「吊り橋よ、直りなさい!」
何度も何度も叫ぶ。グランマから教わった呪文も混ぜて、ひたすらに。
「直って、元に戻って! あたし達を先に進ませて!」
乾燥し切った喉で、それは激しい痛みを伴った。比喩表現の、血を吐く思いなんてのが頭を過ぎる。実際、あんまり痛いものだから本当に出血してるんじゃないかと何回か口元を拭った。
しかし、何度呪文を唱えようとも現実は頑として動かなかった。雪は一向に止まないくせに、垂れ下がった橋はぴくりともしない。吊り縄が勝手に動き出して繋がったりしない。立ったままのあたしの肩に、雪がしんしんと積もっていく。
「お願いぃ……どうじでぇ?」
何十回と繰り返したところで、トナカイに「止めよう」と言われた。ふざけんなと怒鳴り返そうとしたけど、掠れた息が出ただけだった。
「もう少し経ったら、救護隊の人とも連絡がつくだろう。そしたらボートとか貸してもらえるかも。とにかくいったん休もう」
「はなじでっ!」
やっと出た声はガラガラでそれは酷いものだった。尻餅をつくトナカイを放って、あたしはもう一度、思考を巡らせる。
なぜ現実改変が発生しない?
理由はいくつか考えられる。聖杯は既に機能していない――これは無い。雪は止まらないし、橋だって落ちた。そこはもう疑う余地は無い。
もう一つ、既に効果を及ぼした対象には二度と使えない――これも無い。トナカイは一度認識改ざんを食らって、その後に解除されている。
ならば残るは……あたしが心から願ってない――いや、信じてない?
例えばそう、本当にこいつが『何でも』願いを叶えるなら、サンタはあたしの前に現れてくれたはず。でも実際に出会うことは無かった。それはなぜか? あの時は既に、あたしはサンタの正体を知って『そんなものはこの世にいない』と信じ切っていたからだ。
その逆に、大雪や橋の落下は現実にも起こりえる現象だ。きっと物凄く確率の低い事柄だけど、決して有り得ない……とは言い切れない。数億分の一で起きる事だってあるだろう。
聖杯はそういった事象を手繰り寄せる機能を持った聖遺物なのでは? 仮にそうだとしたら、あたしが今、願うべきは万に一つも起こりっこない吊り橋の再生なんかじゃない。
「わ……わがっだわ。やるわよ、ドナガイ」
立ち上がるあたしを、困惑した顔でトナカイが見る。彼からすれば、あたしに何が分かったかなんて皆目見当もつかないだろう。でも別にいい。一から十まで説明する余裕なんてとっくに無かった
あたしは言葉少なに彼を両腕に抱き上げた。そのまま川面へと向けて歩き出す。さすがに彼は暴れ出した。
「おい! さっき言ったろ! 泳ぐのは無しだ!」
それを力ずくで抑え込んだ。さっきは不意を突かれただけだ。本気を出したら、どんな男でもウマ娘には勝てない。
でもまぁ何のヒントも無いのはあんまりかと思って、あたしは短く言った。
「泳ぐんじゃ無いわ。……走っで、渡るだげ」
「はっ?」
きょとんとするトナカイを、もうあたしは見なかった。全身全霊で水面へ向かって河原を駆ける。地面にしっかり脚がついている内に、最大限の助走をつけなければ。
芝、ウッドチップ、時にはダート、雪の上……色んなところを走ってきたけれど、水面を行くのはこれが初めて。どんな感触か想像もつかない。
いやでも、もしかしたら……。氷点下のこの気温なら、川は底まで凍り付いていて、固い足場となっている……かもしれない。その超々低確率に全てをかけて、あたしは脚のギアを溜めていく。
「おわわわ!」
間近に迫った、黒い水面。
あたしの代わりに悲鳴を上げるトナカイ。叫びたいのはこっちの方。でもそんな猶予はもう無い、呼吸すらも研ぎ澄ませ最高速度で突っ込んでいく。
――さっき考えていた聖杯の検証には、一つだけあえて無視した可能性がある。
それは願いが相反している場合。橋の落下自体が、トナカイを妨害するための現実改変だ。にもかかわらず、あたしの意思でそれを直そうとするなら、二つの願望が衝突することになる。
そうすると、どちらが優先されるのか? ……分からない。
たとえばより強い意思を持った方が勝つとしたら、あたしはやっぱりトナカイを会わせたくないってことだ。血反吐を吐きそうになるまで唱えても、橋は直らなかったんだから。
ならこの水面走りも無謀で、無意味な挑戦かも。
なんにも確かなことは無い。唯一はっきりしてるとしたら、使い魔が好きってことだけなんだから。
水面で一歩目。脚が、踏んだ。氷? それともこれが水の反発? 確かめる前に右脚を振り抜く。続いて左脚、また踏んだ。ちゃんとかかってる? あたしの魔法。
やっぱり分かんない。文字通り命がけのレースの最中なのに、心はふわふわと浮いたまま。だってこんな奴に、こんなぽっと出の奴に! 十歳は軽く下のあたしに、トナカイなんて言われてニコニコしてるバカみたいな男に! なんで大切な使い魔を……。
三歩目、四歩目、まだ脚は沈み込まない。近づいてくる向こう岸。
猛吹雪は舞い続ける。矛盾したままの精神が生み出した二極の魔法。本来なら絶対に起こりえない、それこそ奇跡のような。でもじゃあどっちが本当の奇跡なんだろう。
ううん。
その答えを、あたしは既に知ってる。奇跡も魔法も、自分じゃなくて誰かのために起こすもの。レースの魔法も、サンタクロースも、他の人を笑顔にするためにある。そんなの当たり前じゃない。
なぁんだ……簡単なことだった。
――――――
「どわぁ!」
本日二度目の放り投げ。三太はくるくる宙を回って、対岸の河原に積もってた雪に没した。
「あははは!」
間抜けに脚を突き出した姿を、遠慮なく笑ってあげる。ただ、放っておくのはかわいそうなので起きるのを手伝ってやった。
「三太! しゃきっとしなさい。こっからがあんたの本番なんだから」
「え? え!?」
彼は目をぱちぱちしながらあたしを見つめる。あまりにもその顔が滑稽だから、堪え切れなくてあたしはまた笑った。ついでに雪に覆われた背中をバシバシはたく。
「ほら行った行った! 展望台までもう1kmもないわ! トナカイの役目はここまでよ」
「トナカイって――いや僕は」
「なに言ってんの三太。
「は?」
いい加減、彼の顔にも飽きてきたのであたしはぷいっとそっぽを向いた。トナカイは気まぐれな性分なのだ。
「あたし、ちょっと疲れちゃった。魔力切れね、きっと。空飛ぶソリはすっごいショーモーするの。大丈夫、少ししたら追っかけるから」
「だ、ダメだ。君を置いてけない」
背中越しに話しかけてくる三太。伸びてきた彼の手をパシン、と軽く払った。
「そういうセリフは礼奈さんに取っておきなさい。トナカイなんかにかけるもんじゃないわ」
「スイープ……」
ここまでやって、彼はようやくあたしの意図を察したらしかった。
「分かった。僕は先に行くね。必ず、すぐに戻ってくるから」
たぶんこっちに手を振ってたと思うけど、あたしは頑としてそれを見なかった。走り去っていく足音。遠ざかる息遣い。全て見なかった。耳を塞いで、しゃがみ込む。
「あーあ……せっかくだから、見せたかったな」
雪の降りしきる天に呟いた。
「あたしの最強魔法、やっとできたのに。使い魔……いなくなっちゃった」
言葉にしたら、はっきりとそれは現実に変わった。
ぱき、と独特の金属音がした。直感的に、鞄に手を突っ込んでそれを見てみる。
あまねく世界に光明をもたらすアーサー王の聖なる杯。カップを頂くその足は、真ん中でポッキリ折れていた。あたしの手の中で、ゆっくりとその輝きが失われていく。
ころん、と翠玉が石座から剥がれ落ちた。続けざまに蒼玉、紅玉……次々と宝石達が離れていく。最後の金剛石が音も無く雪に埋まった時、聖杯はついにただの金属塊となった。
氷みたいに冷たいだけで、光もなんにも発しない。指が痛くなってきたので、あたしはそれを地面に投げた。グランマの大切な思い出の品だとは知っていたけど、そうするのが最も適切な扱いだと思った。
「こんなガラクタ……全然いらなかったわ」
外れたカップを蹴っ飛ばしてやった。ちょっとは胸がすくと思ったけど、ダメだった。