聖夜にかける奇跡の魔法   作:激辛党

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エピローグ……おやすみなさい

 あれだけの吹雪いていた空は、いつしか粉雪に変わっていた。ちらちらと舞う雪の粒は、もう痛みも冷たさも与えない。ただひらひらと落ちてくる様は、幻想的な美しさに満ちている。

 雪の上で仰向けのあたしは、ぼうっとそれを見続けていた。展望台へと向かう林道、その端に等間隔で並んだ街灯が薄っすらと黄色い光を放っている。

 ここの道の管理者は多少、積雪への心得があったみたい。ずいぶん背の高い街灯ね……そんな極めてどうでもいいことが頭に浮かんだ。

 三太、いつ戻ってくるんだろう。礼奈さんも、こんなにけなげなトナカイを放って何やってんのよ。

「キスとか? あはは……」

 笑ってみたけど、別段おかしなことなかった。十年越しに会った幼馴染だもん。むしろそれくらいしてくれないと、こっちの苦労が報われない。

 目を瞑ると、使い魔とのたくさんの思い出がまぶたの裏に流れる。芝コース、ジム、プール内、合宿場……ありとあらゆる場所で、いつもあたし達は一緒だった。いつも仲良しの主人と使い魔。

 でももう違う。彼女は山藤礼奈さんだ。使い魔なんて呼んでその気になってたのはあたしだけ。初めから最後まであたしの頭の中だけの出来事。それはあたかも、あのふざけた聖杯を魔法のトロフィーと思ってはしゃいでいた頃のように。

 悲しい? いいや違う。ひたすら空しい。あえて言い表すならそう……。

「これが大人になるってことなのかな……ねぇグランマ」

 あれだけ憧れてたその地位。高等部に上がって、一歩近づいてたって喜んでいた場所がくすんで汚らしく思えた。これならいっそ、何も変わらない方が良かった。

そうすれば――あたしは幸せでいられただろう。そう、あたしだけ。

「ううん、魔法は皆を幸せにするものよ。そうだったもの。奇跡は起こって、あたしは水面を駆けた。それで十分じゃない……っく」

 泣きだしたらもう止まらなかった。無音の世界に、あたしの惨めな泣き声がわんわんと響いた。

 

 響いた……んだけど。

 途中で違和感に気付いた。いくらなんでも長引き過ぎ。まるで誰かもう一人泣いてるみたい。やまびこって言ってもこんな所じゃ起きないだろうし……。

 不思議に思って起き上がる。そして、見つけた。

「ああああ……うわあああ」

 バカみたいに泣き叫びながら、坂を駆け下りてくる一人の女性。うずくまっているあたしを見つけるなり、猛スピードで突進してくる。

「え、ちょ待ちな――」

「スイープ!」

 猛烈なタックルを食らって、あたしは地面に薙ぎ倒された。その上からさらにのしかかられて、両手に抱き締められる。痛くて苦しくて、手足をばたつかせるけど退いてくれる気配がまるでない!

「やだよおおお! やだ! やだあああ!」

「い、いやなにあんた。ちょっと落ち着きなさいって」

 おでこを押さえ付けて、どうにか頭だけ引き剥がした。ばふっと舞う真っ白な雪と長い黒髪。その下から涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔が現れる。

「わだじ、わだじぃスイープと一緒がいい! やだああお別れしたくないいい!」

 到底、二十後半の立派な成人女性とは思えないその声を聞きながら、あたしはようやく自分のとんでもない間違いを知った。

「あー……。そっか。あんた……」

「捨でないでぇええ! 頑張る、私もっともっと頑張るがらぁああ!」

 とりあえず、ハンカチでその鼻水を拭ってあげてから告げる。

「ふんっ! しょうがない使い魔ね。やっぱりご主人様がいないとダメなんだから」

 三分くらい言い聞かせ、やっと使い魔は泣き止んだ。

 

―――――

 

 事の顛末を整理しよう。

 まず街を襲った未知の大雪は、日が変わるとともにパタリと止んだ。明くるクリスマス当日は快晴となり、気温もみるみる上昇する。積もりに積もった雪が全て解けるには数日を要したけど、それでも最後には何もかも消えて無くなった。

 また、あれだけの規模だったにもかかわらず、災害による被害者はほぼゼロだったことも驚きを持って受け止められた。交通事故、雪崩、車両の立ち往生……本来なら高い確率でおきるはずの事件は、なぜか一切発生していなかった。強いて言うなら、あの老夫婦が危ないところだっただろうか? それもファインとカワカミのお陰で事なきを得た。

ニュースキャスターは「これこそ聖夜の奇跡です」なんてうそぶいてたけど、あたしからしたらお笑いだ。そんな当たり前のこと、誰だって分かってる。

 

 元トナカイこと三太は年明けを待たずに故郷へ帰った。

彼には散々迷惑をかけたし、新幹線のホームまで使い魔と二人で見送りに行った。彼は少しも名残惜しそうでなく、平然とあたし達にお礼を言った。

「何度も言うけど、ありがとう。僕の未練がましい想いに付き合ってくれて。感謝してもし足りないよ」

 でも本当にいいの? 喉元まで出かかった言葉を察したように、彼は膝を屈めてあたしに微笑んだ。

「何もこれで二度と会えなくなるわけじゃない。また折を見て、会いに来るつもり。そしたら礼奈からもきっといい返事がもらえがっ!」

「三太君、なに勝手に私のスイープにまた会う約束してるの。正直、この一か月のことまだ許してないんだけど」

 綺麗にみずおちに入った使い魔の肘。……将来、この二人が夫婦になる可能性がどれほどあるか知らないけど、尻に敷かれるのは間違いなさそう。

 最後まで使い魔はそんな感じだったけど、三太は笑顔のまま新幹線の窓から手を振り続けた。

使い魔の過去を知る彼からしたら、こんな元気な姿を見られるだけで、きっと幸せなのかもしれない。……あたしにはまだ理解できない心境だ。

 

 一方あたしの方はと言えば、寮に帰るなりグランマに平謝りだ。

 トロフィーを勝手に取った挙句、壊してしまったこと。その騒動に友達全員を巻き込んだことなどなど……全てを正直に話して頭を深々下げた。

「談話室で言ったように、あたしゃ何も怒ってないよ、スイーピー。むしろあんたにとっていい経験だったんじゃないか?」

 グランマはそんなあたしの頭をいつものように撫でてくれた。その隣から、タキオンが要らない口を挟んでくる。

「時におばあ様。例のトロフィーの件なんですけど、あれは本当にご友人が作った物だったんですか? どうしても私には、更にもう一つ由来があるように思えて仕方ない」

 この質問に、グランマは遠い目をしてぽつぽつと話してくれた。

「さぁどうでしょうかねぇ……。ちょうどあなたみたいな、研究ばかりの女の子だったから。あたしにもあんまり話してくれなくって。ただ……そうね。事実だけを話すなら、二十年前。ちょうどあのおもちゃの商品化が却下された直後、あの子はぽっくり逝ってしまった。それであたしの手元に渡ったわけさ。あんまり良い話じゃないから、昨日は省かせてもらったけど」

「ふむ……」

 タキオンは険しい顔でそれに頷いた。

グランマの友人の出身は確か遠い海外だった。それはもしかしたら、ファインの祖国でもあるあの島だったんじゃないだろうか。そして彼女がいわくつきの家の生まれだったとしたら?

 おもちゃの原型となった、アーサー王の聖なる杯。彼女の急逝とそれが結びつくとしたら、あたしが聖夜に起こした魔法は、その恐ろしさのほんの一端に過ぎなかったのかもしれない。

 いずれにせよ、もう全ては終わった事だ。聖杯は折れたまんまで戻らない。二度と現実を改変したり、確率を上下させたりすることも無いだろう。

 ちなみにそれらの残骸は前と同じくグランマの納屋で厳重に封印してもらってる。もちろん、あの宝石達と一緒に。

 窓から細い光の指す棚の奥で、それはきっと来たる日まで眠り続ける。あるいはもう一度開かれるとき、それはあるべき姿へと自然に修復されている。……そんな予感もちょっとだけした。

 

―――――

 

「とまぁ、こんな感じね! どう使い魔、あたしの冒険譚は。面白かった!?」

「うん、とっても! すごいねぇスイープは。あたしの知らない間に、そんな大冒険をしてたんだねぇ」

「でしょう!? あたし、とっても色んなことやったんだから。ダンスステージも行ったでしょ~ラーメンもいっぱい食べたし。タキオンとがちんこ対決もして、勝ったんだから」

「ダンス? 私も見たかったなぁ。ラーメン、美味しかった? それにタキオンに勝ったの? トレーニングの成果が出たねぇ」

「あんたのお陰よ、使い魔。この三年間、あんたがいたからずっと楽しかったし、ほんっとに良かった。幸せだった。本当にね……」

 トレーニング室に、昼下がりの日差しが差し込んだ。うららかな春の匂いが微かに漂う。もうクリスマスはとっくの昔。お正月も過ぎ去って、いよいよあたしが高等部デビューする四月が迫りつつある。

「これからもずうっと一緒よ。使い魔……あたし、もっともっとたくさんの魔法を使うんだから」

「そうだね、スイープ。私、全部みたいな。君の魔法」

 喋り込んでいたあたしは、ふっと眠気に襲われて机に伏せた。そっと使い魔が後ろから上着をかけてくれる。

「次は……どんな話を……しようかしら。ねぇ? 何が聞きたい……」

「ゆっくりでいいよ。私、ずっと待ってるから」

 やがてあたしのまぶたは勝手に下がって、ぼやけたまどろみに意識は落ちる。

 ものすごく遠くて、それでいて近い。不思議なところから彼女の声が聞こえる。

 

 

「生きていたって、なんにも楽しい事なんて無かった。毎日死にたいとだけ願ってた。

 パパなんて本当はいなかった。どっちと血が繋がってるかも分かんない。

 ママも結局いなかった。私を嫌うことさえしなくなった。

 ねぇスイープ。そんな時だったの。三太君が病室で見せてくれた、君のおばあ様のレース。生き人形だった私に魔法をかけてくれた。もう私は走れなくなっちゃったけど、こんなレースを間近で見れたらって思えた。

 だからこの学園で君と出会えたことが、私にとってなによりの奇跡なの。特別なことなんて、なんにもする必要ないわ。

 おやすみなさい、私の可愛い天使。起きたらまた、すっごい魔法の話を聞かせてね」……

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