「すごいねぇこのトロフィー。この光沢からすると素材は銅かな? けどそれにしては軽過ぎる……。メッキ加工だとすると、経年による変色が少しも無いのはおかしいし。貴金属には詳しい方だと思ってたけど、なにで出来ているんだか全然分からないよ」
「ねぇもういいでしょ。そろそろ返しなさいって」
ファインはすっかりトロフィーのとりこになっていた。
テーブルに置いたそれを凝視していたかと思えば、今度は持ち上げて重量を計りだす。お次は表面を慎重になぞって、凹凸の有無を確かめる。
そして両手には当たり前のように白い手袋。レースの際に着用するものと同じ物みたいだけど、まさかいつも持ち歩いてる? ぶつぶつ呟いている玄人っぽい台詞と合わせて、まるでテレビに出てくる鑑定士のようだ。
「ごめんなさい、もうちょっとだけ! ……見れば見るほど造形が秀逸だねぇ~。これほどの物は本国でもそうそうお目に掛かれないよ。細く短い脚に加えて、浅くて広いカップ部分。けど文字の類は一つも刻まれて無いし、そもそも勝利を称える記念品じゃないのかなぁ。あくまで宝飾品として造られているからこそ純粋な――」
「えーい、いい加減にしなさいよ!」
とうとう我慢の限界を迎えて、あたしはファインからトロフィーを取り上げた。
下手に魔法のトロフィーだなんて紹介したのが不味かった。いったいどんな秘密が隠されているのかと、ファインの好奇心をいたく刺激してしまった。
「そんな風にいじくり回すことまで許した覚えはないわ。だいたいあんた、見るだけで我慢するって言ったじゃない」
「スイープちゃんのケチ~。まさかそんな不可思議な物が出てくるなんて思わなかったのだもの。ねぇねぇ、それどこで見つけたの? お店じゃまず売ってないよね?」
「教えるわけないじゃない、企業機密ってやつよ。まぁ……とある秘境の奥地から、とだけ言っておくわ」
「うわぁ気になる~! つまるところ、スイープちゃんはその秘宝をタキオンと一緒に研究してたってこと?」
鷹揚に頷いて、とりあえずトロフィーをテーブルの端に置いた。ファインの魔の手から届かないように。
でもこれが不服だったようで、ファインはぴょんぴょん跳んで、あたしの背中越しにトロフィーを見ようとする。いったい何がそんなに気になるのだろう。
「それの石座に嵌まってた物はどこにいったの? 同じ場所には保管されていなかったのかな」
「え? いし……なに?」
「だから石座。カップに四つもあるじゃない。そこに装飾用の石が嵌まってたんじゃないの?」
確かにトロフィーの側面には計四つ、ポケット状の凹みがある。ファインはあたしの脇を潜り抜けると、その一つを指で撫ぜた。
「ほら、ほんの少しだけど、爪みたいな出っ張りがあるでしょう? これにかっちり嵌まるはずだけど」
「あ……うん」
言われるがままに触ってみると、その通りだと分かった。だが納屋で見つけたのはこのトロフィーだけだ。嵌まっていたはずの石なんて全く心当たりが無い。
そう答えると、ファインはひどく残念そうにため息を吐いた。
「そっか……。たぶん保管されている間に失われちゃったんだね。……よくあることだよ」
まるでそういった物を過去に何度も見てきたかのようだ。どこか遠い目をするファインに、むくむくと闘争心のようなものが湧き上がってくる。
だって、あたしのトロフィーは盗掘にあった傷物なんかでは決してない。……これは来たるべきその日のために、あらかじめ空けてあるポケットなのだ。根拠は特に無いけど、絶対にそうだ。
「なにしょぼくれてんの! なら新しいのを嵌めればいいだけじゃない。そうだ、せっかくだし――」
さっきファインに貰った小箱から、フェイクの翠玉を出して手に取った。トロフィーに近づけてみると、おあつらえ向きのようにサイズ感もぴったりだ。これならいけそう。
さっそく嵌めようとしてみると、「ちょっとスイープちゃん!?」とファインが焦った声を出す。
「ダメだよそんなことしたら。そんなおもちゃが嵌まるわけないし、無理したら爪が壊れちゃう」
「そんなのやってみないと分からないわ。アクリル製なんだから、少しは融通だって利く――でしょっ」
喋りながらも指先に力を込める。ぐににに……とプラスチックの宝石は僅かにたわみ、徐々にトロフィーのポケットへ埋まっていく。ファインの悲鳴じみた制止も聞かず、あたしはいっそう強く押し込んだ。
最後には金属音が弾けたかと思うと、とうとう翠玉は石座についた。ぴっちりと微塵の隙間もなく、あたかもそれが最も相応しい装飾品であったかのように。
それと同時に――。「やった!」というあたしの歓声が響くよりも先に、トロフィーに異変が生じる。
いったい全体なにゆえなのか、翠玉の嵌まったポケットを中心に、強烈な緑の閃光が放たれた。白色照明よりもずうっと明るいそれが、一瞬にして壁と天井を染め上げる。
間近にいたあたしとファインは当然ながら直撃をくらい、両目を押さえてのたうち回る羽目になる。
「ぎみゃあっ!? め、目がっ! 目がぁっ。ファインあんた何したのっ!?」
「しし知らないよっ! むしろスイープちゃんが強引に私のを入れたんじゃない!」
わちゃわちゃ言い合いながらも、どうにか発光を止めようとするが、そもそもどうすれば止まるのかが分からない。
せめて布かなにかで抑え込まないと。でも緑のチカチカに覆われた視界じゃ、歩くことすらままならない。
あたしとファインは立ち上がって、互いにぶつかってひっくり返り、そしてまた立っては転げて床で折り重なる……。そんな地獄のようなやり取りが延々とリピートされる。
「ファイン~! あんたわざとやってるでしょ! あとなんで上着脱がそうとしてくるの!」
「だって手頃な布っていったら、スイープちゃんのそのカーディガンが一番良さそうなんだもの。ほら早く脱いでよ」
「いやよ寒いのに! あんたこそ脱ぎなさいよ!」
「いやだよ寒いんだから!」
「ちょっと君達! さっきから何を騒いでいるんだ! 私の研究室でさかりあわ――ってぬわぁ!? え、ほんと何をやってるんだい!?」
棚の影から顔を覗かせた(らしい)のは、遅れに遅れてやってきた(おそらく)タキオン。彼女は一通りの驚きのリアクションをこなした後、「とにかく止めなければ」と勇ましく言った。
実際、ごそごそと衣擦れの音がしたあと、研究室を埋め尽くしていた真緑はある程度弱まった。ようやく目が開けられるようになったので、おそるおそる立ち上がる。
「うわぁ」
真っ先に目に飛び込んできたのはテーブル上の謎物体。トロフィーの形に膨らんだ、緑色に染まった白衣だった(?)。その傍らで、遮光グラスをかけた制服姿のタキオンが息を切らしている。
一方、足元ではやけに服装の着崩れたファインがうずくまっていた。
「よし、ひとまず落ち着いたな。もちろん、話を聞かせてもらえるだろうね?」
あたしが何も答えられずもごもごしていると、床のファインがぼそっと言った。
「私は入れちゃダメだって言ったのに……。スイープちゃんが無理やり」
タキオンはサングラスをゆっくりと外すと、目を何度も何度も瞬かせた。
――――――
トロフィーの発光そのものは十分ほどで収まった。しかし色は元の赤褐色には戻らず、今もほんのり緑に染まったままだ。
アクリルの翠玉の方も、留め金にがっちり嵌まって微動だにしない。なにか頑丈な工具でも使えばあるいは取り外せるかもしれないが、少なくとも素手では無理だ。
こんな変わり果てた姿、グランマには決して見せられない……。「ペンキで汚しでもしたのかね?」と激怒されるだろう。
こうなったらもう、何としてもグランマにバレる前に魔法を完成させるしかない。
「スイープ君……今日一日だけで、何回君にびっくりさせられればいいんだ?」
白衣に再び袖を通したタキオンは、そう言って深々と息を吐いた。
スマホを片手に掲げて、画面をこちらに見せてくる。そこに表示されているのは例のアプリ。Mの単位が眩しい線グラフが、またちょっと斜め上にいっている。
「極軽微な地震がまたしても観測されたから、足早に戻って来てみれば……。ファイン、君が付いていながらどうしたことだ」
「面目ない。久しぶりにスイープちゃんと二人きりだったから、はしゃぎすぎちゃって、えへ。でも楽しかったし、タキオンも次は一緒に――」
「実に興味深い提案だが、現段階で答えはノーだ。取り急ぎ、事態のおおよそは把握した。その上で最も注目すべき点を確認したい。ファイン君が持ってきたイミテーションジュエル、それは誰からの貰い物だ?」
そこはあたしも気になる。結局のところ、トロフィーの異変の発端はアレをはめ込んだこと。その来歴を知っているのはファインだけだ。
まだ閃光によるダメージが抜けきらないのか、彼女は細目がちになりながらも「あれはねぇ」とぼやいた。
「ミツバの店長さんに頂いたものなんだよ。いつもごひいきにしてくれてどうも~って。感謝したいのは、むしろ私の方なんだけどな~」
「ミツバ……と言えば、駅前近くにあるラーメン屋のことか。ファイン君の行きつけだという。何でも大変美味な醤油豚骨を出すそうだが」
「そうそう! あの店のラーメンは絶品だよ! 豚骨のこってり感をふんだんに活かしつつも、醤油ベースのあっさりも諦めない。じっくり熟成されたチャーシューに両者の良さがしみ込んで、それを固ゆでの麺と共に噛みしめる至福が――」
「それはいいから!」
お腹が鳴りそうになって慌てて止めた。これ以上聞いていたら、魔法も何も忘れてラーメンの事しか考えられなくなる。
ファインは実に残念そうに「そう?」と目を伏せると、テーブルに置いていた小箱を取った。
それを裏返して、あたしとタキオンに見せてくる。さっき受け取った時には気づかなかったけど、隅の方に小さな刻印があった。
いや……刻印というほど大げさなものじゃない。もっとカジュアルで、ありふれたもの。黒い線が幾筋も横に並んだそれは――。
「バーコード?」
「うん。店主さんから聞いたんだけど、昔に流行ってたアニメのおもちゃなんだって。宝石をテーマにした、いわゆる変身ヒロイン系の一種で、女の子を中心に大人気だったらしいよ? サファイアとかルビーとか色んなジュエルの力を借りて、少女達が悪のロボット軍団と戦うって設定」
「へぇ。カワカミなら詳しいかも。……って、ホントにおもちゃなの!?」
「だから最初からそう言ってるじゃない。逆になんだと思ってたの?」
きょとんとした顔のファイン。反対に、あたしは椅子からずり落ちそうになった。拍子抜けにもほどがある。あれだけの事を引き起こしたのに、やっぱりただの遊び道具でした、なんてオチが許される?
タキオンも同じ感想を抱いたようだ。白衣の袖をさぁっと巻き上げて、小箱の蓋にそっと指を置く。
「いやいや……ファイン君。そりゃないだろう。それに君、確かにバーコードこそ付いているが、これは本当に売り物か? 子供向けの商品ならば、もっと派手な造りにするはずだ。こんな真っ白なだけの入れ物ではウケないだろ」
「そうかなぁ? 宝石箱って意外とこんな感じのデザイン多いよ? 似たようなのが寮にあるし持ってこようか?」
「……ダメだ。ファイン君では参考にならない。庶民と感覚が異なり過ぎる」
タキオンはやれやれと肩をすくめると、あたしの方に目線を移した。
「スイープ君は? そのアニメとやらについて何か知らないかい?」
「あたし? プリファイはもちろん好きだけど、そんなのは知らないわよ。だいたい、ひとに訊く前にまずは自分で調べればいいじゃない」
「ふむ、それもそうだ」
タキオンは素直にスマホを弄り始めた。しばらくサーフィンを続けた後、目当ての情報に辿り着いたらしい。ネットの記事をぺらぺらと読み上げ始める。
「ふたりはプリグラ・マックスブレイヴ。2001年の5月9日から放送を開始し、翌々年となる2003年末まで続いた人気シリーズ。現在のプリファイの前身とも呼ぶべきアニメで、制作会社はこれのヒットを機に業界で一躍有名となった。……逆に言えば、それまでは全くの無名だったということか」
タキオンの説明で少し気を惹かれたので、あたしも自分のスマホの検索欄にそのタイトルを入力してみる。……どうやらプリグラとは、プリティー・グラディエーターの略らしい。なるほどプリティー・ファイターと同じく、とても可愛らしいセンスだ。
「そのスポンサーについていたのが、これまた当時は名の売れてなかった服飾関係の企業。彼らが販促グッズに選んだのが、宝石箱とジュエルを模したおもちゃだったわけだ。両者共に初めての試みだから、デザインを含めて手探りの開発だったに違いない」
「ふぅん……。で、それとこのトロフィーがどう関係してくるのよ。だいいち2001年って、今から二十年以上前じゃない。あたしまだ生まれてないんだけど」
あたしの言葉に、タキオンはぴたりと読み上げるのを止めた。
要するに手詰まり。しばらくの沈黙が研究室に降りる。
三人揃って、漫然とスマホを眺めていたところ、ぐぅと例の音が室内に響き渡った。
トレセン学園では主に昼休みの教室内を中心に、極めて高い頻度で耳にする音だ。ちなみにオグリキャップの存在する空間では五分に一回のペースで発生する。
「……あたしじゃないわよ」
「私でもないかな~」
「私である確率はゼロに近い」
ぐぅううと、あたし達三人の言い訳に反論するように、更に大きな音がこだました。
「ちょっと思ったのだけど、ミツバの店主さんに直に訊いてみるのが手っ取り早くない?」
「私も同じこと考えてたとこ。貰った時は単にありがと~だけで済ませちゃったし、ちゃんと尋ねたらもっと色々教えてくれるかも」
「奇遇だね。私も同意見だよ。それに彼はイミテーションジュエルを複数個、まだ所持している可能性もある。トロフィーとの関連性を考慮すれば、訪ねるべきだ」
これ以上無いくらい完璧な二人の理由付けを聞き流しながら、あたしはこっそり財布の中を確認した。
大丈夫……。たとえチャーシューを大盛にしても、一杯だけなら十分払える。