聖夜にかける奇跡の魔法   作:激辛党

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夕食前の禁断の一杯

「タキオン……。あんた、あたしの協力者になるって言ったわよね?」

「ああ言ったとも」

「その言葉に二言は無いわね!?」

「二言は無いが、対象はあくまで研究に関わる物資に限定される。私の良識において、メンマ増量とネギと味玉追加は全くサポートの範囲外だ」

「なによ~! 裏切るっていうの!? いいじゃないちょっとくらいトッピング増やしたって!」

「替え玉を二つしていなければ、まだ可愛げがあったのだけど」

 いくらお願いしても、タキオンはうんともすんとも言ってくれない。仕方なく隣に座っているファインに視線を送ってみるも、彼女はラーメンの世界に没入していた。

どんぶりを両手に抱えて、濃厚なスープを丹念に味わっている。……これが遠い異国から来訪してきた高貴な留学生と言っても、誰一人信じないに違いない。

「ちょっとファイン! あんたそれ何杯目よ。ここに何しに来たか忘れたんじゃないでしょうね」

「えっ? そんなの決まってるじゃない。皆にミツバの特製ラーメンを味わってほしく――」

 完全に予想した通りの答えが返ってきたので、あたしは「もういいわ……」とファインを見限った。悲しいが戦力外通告だ。

 空になった自分のどんぶりをよけて、あたしはインタビューの準備に取り掛かる。スマホでは事前にトロフィーと宝石箱の写真を撮影していた。もしミツバの店主が何かを知っているなら、これを見せることで情報を得られるはずだ。

 後は店主との交渉にこぎつけるだけなのだが……。

テーブルの間を縫って忙しなく働く店員達を眺めて、どうしたものかと頭を悩ませた。

 

 あたし達三人がミツバに到着した頃には、時刻はもう午後七時を回っていた。

単に学園から駅前に移動するだけなら、電車で二十分もあれば着くのだが、あれからも色々あったせいだ。

 研究室の片付けだったり、味覚変更の薬をねだるファインの説得だったり……。ちなみに該当の薬については、タキオンの不手際で既に消費されていたそうだ。新薬調合の素材に使ったと言うけど……そもそも本当に存在していたのかも、あたしからすると疑わしい。

 それはさておき、この午後七時という時間帯がネックだった。ちょうど夕食時に差し掛かる頃であるため、ミツバの店内は来店客で非常にごった返していた。

 会社帰りのサラリーマンか、スーツ姿の人々に加えて、部活を終えたジャージの学生達。そこへ更に、出前サービスと思しき配達員まで入ってくるから、店主はもう息をつく暇も無い。ひたすら麺を打って、スープを注いで、伝票をまた受け取るの繰り返しだ。

 とてもじゃないが、極めて個人的なインタビューなどで割って入れる雰囲気では無かった。

 せめて人の空くタイミングを見計らおうと、ラーメンの替え玉を頼んだのがまた失敗だったかもしれない。あたしの数少ない予算はその時点で底をつき、もはやトッピングの一つも頼めなくなってしまった。

 これでは注文にかこつけて、インタビューを始める作戦が台無しだ。最初にオーダーを取りに来たのが、バイトの人でさえなければと悔やまれる。

 どうしようどうしようと考えていると、スープを飲み終えたらしいファインがどんぶりを置いた。

「ふぅ~ごちそうさまでした! さて皆、そろそろお暇しようか。あんまり居座ってたら、他のお客さんに迷惑だし」

「いやあんた! なにさっさと帰ろうとしてんの」

「スイープちゃん、まだお代わりしたいのかな? あんまり食べるとお夕飯が入らなくなっちゃうよ」

「あんたよりは全然食べてないわよ……。そうじゃなくて、店主さんに話を聞かないと!」

「あれ? まだしてなかったの? てっきりもう一人で行ったのかと」

 不思議そうに言うファイン。真顔で返されると、こちらとしても言い淀んでしまう。話を聞くだけなら、確かにあたし一人で十分だ。……それくらい言われなくたって分かってる。

「ふん! もういいわよ! あんた達には頼らない! ごちそうさま!」

 きょとんとしている二人を置き去りに、あたしは店主の立つカウンターへ向かった。

 ミツバの店主は四十代ほどの男性で、ごつごつした顔つきはいかにも仕事一筋の頑固親父という感じ。額には大粒の汗を滲ませて、今も湯切りにいそしんでいる。

「あ、あの――」

「すいやせん! 店長、醤油二玉追加で!」

「あいよ!」

 あたしが絞り出した呼びかけは、バイトの声にかき消された。当然、店主にはまるで聞こえていなかったようで、彼の意識は眼前の大鍋に向いたままだ。カウンター越しに立つ、小さなあたしに気付く様子は一つも無い。

 ……いつものあたしなら、きっと何の物怖じせずに店主に話しかけられた。「あたしが呼んでるでしょうが、聞きなさいよこら!」とかなんとか言って、無理やりにでも振り向かせただろう。

 なのに、なぜだかどうして今日だけは全くそうする気になれなかった。

 カウンター席に座る大勢の大人達。引っ切り無しに飛び交う、怒号のような注文の嵐。のれんをくぐって、一人また一人と増えていく客の群れ。スープの下味に使われるニンニクと、ジョッキに注がれたビールから揮発したアルコール……二つが混ざった独特の香り。

 この空間の何もかもが、学園のそれとは異なっている。まるで知らない内に異世界にでも迷い込んだような、そんな心細さ。

考えてみれば、この時間帯に飲食店に来たのはこれが初めてだったかもしれない。……それも使い魔なしで。

「ね、ねぇ。あの――」

「大将! 生三つよろしく!」

「あい! フーちゃんそっち頼んだ!」

「はいなの!」

 中空に伸ばしかけた手を下ろして、ぎゅっと拳にして握りしめた。ここがウィナーズサークルだったら……あるいは勝利バの記者会見スペースだったなら。いくらでも胸を張って、堂々と受け答えできるのに。

 ちらりとタキオンやファインに頼るという手が脳裏に過ぎった。彼女達と一緒なら、店主だってちゃんと話を聞いてくれるだろう。

 けど二人にあれだけ大見得を切った手前、すごすごテーブルには戻れない。ましてや「付いて来て」と頼み込むなんて。だけどこのままじゃ……。

 にっちもさっちもいかず、あたしが立ち往生していた――その時。

「どうしたんだい?」

 男性の、少し低い声が言った。

「注文? それとも忘れ物? 僕が代わりに訊いてあげようか」

 顔を上げると、一人の男が屈みこんであたしを見つめていた。黒髪を短く切り揃えた彼は、真っ赤な毛糸のセーターにジーンズというラフな出で立ち。

ぱっと見の印象で、歳はそういっていないと分かった。しかし断じて少年と呼べるほど若くは無い……二十代後半だろうか? ちょうど使い魔と同じくらい……いやもうちょっと上にも見える。

「誰かと一緒に来たのかな? パパやママはいるの?」

「……誰よあんた。急に話しかけてきて」

「あ、ああごめん。決して怪しい者じゃなくって。単に君が何か困っていそうだったから」

 青年は恥ずかし気に苦笑いした。その柔和な――より有り体に言えば気弱そうな笑顔に、自分の中の警戒度がぐっと下がる。

とりあえず危険人物じゃ無さそう。それに店内はこれだけ人が多いのだし、何かあってもたぶん大丈夫だ。

 それはそれとして、まるでママとはぐれた迷子のような扱いを受けていることに、無性に腹が立ってきた。いったいあたしを何歳だと思っているのだろう。

「別に困ってなんかないわよ! 放っといて!」

「いやでも」

「それともなに? あたしが一人じゃ注文もできない子供に見えるわけ?」

「そういうわけじゃ」

 喋っているうちに、がぜん闘志がみなぎってくる。そうだ、こんな奴の相手をしてる場合じゃない。あたしは青年の脇を通り抜けて、カウンターの前へと進み出た。

 一心不乱に麺を振っている店主に向けて、声を張り上げる。

「店主さん、少しいいかしら!」

「あいよ、なんですかね」

「確認したいことがあるの! あなた、ファインモーションっていうトレセン学園の生徒は知ってるわよね!」

「そりゃ知ってますが……。お嬢ちゃんも、そこの生徒さんですか?」

 怪訝な顔で見つめてくる店主に、あたしは早口に自己紹介を済ませた。時間もお互い限られているようだし、さっさと本題に入ろう。スマホを出して、例の宝石箱の写真を見せる。

「そのファインに、あなたはこういうプレゼントを渡したわよね。憶えてる?」

「あー……これは。確かに渡した……ような」

 店主は持っていた湯切り用のざるを下ろした。必死に思い出そうとしているのか、額をこつこつやり始める。

 しばらくそうしていたと思うと、「おい」と後ろの方にいた若い店員に声をかけた。

「はい親分」

「親分は止めろっつったろ。悪いがこっちに代わってくれ。すぐ戻る」

「おっけーっす」

 店主は指示を終えると、カウンター内からこちらの方へと出てきた。ジェスチャーで、あたしを店の端っこの方へと誘う。

比較的に人の少ないそのスペースに行くと、彼はぼそぼそした低い声で喋りはじめた。カウンター内の厨房にいた時とは大違いだ。ときおり、どもるようになるのは曖昧な記憶をたどっているからだろうか。

「あー……それはな、確か……二週間? ほど前にファインちゃんにやったもんです。毎日のように来て、最近じゃ宣伝もやってくれるもんですから、これは何かお返しをせにゃならんと。そんで、あの子なら合うかなと思ったんですが、あんまり喜んではくれなかったな……。無料券の方がたぶん良かったなありゃ」

「そう。まぁ間違いないでしょうね。それよりも、このおもちゃはいったいどこで? 調べたのだけど、けっこう古い売り物みたいなの」

 なにせ二十年前のアニメのグッズだ。普通の小売店ではもう取り扱っていないだろう。

 しかしそれを聞いた店主は「え?」となぜか逆に驚く。

「てっきり今、流行りのおもちゃなんだと思ってやした。だからあんな微妙な顔だったのか」

「あのね、いくら宝石っていっても、こんなシンプルなのはもう時代遅れよ。幼稚園児だって遊ばないわ」

「あらま……ファインちゃんには悪い事したな」

 大の大人が、そう言ってしょげ返ってしまう。だが肝心の出所がまだ聞けてない。なだめすかしながら話を進めると、同業の友人から貰ったという事が判明した。

「そいつはこっから三つ先の駅で店やってんですがね。昔っからいわゆる美少女アニメに目が無い好事家なんです。グッズやフィギュアも買うんですが、性根が飽きっぽくてすぐ別のに飛びつくもんだから、物がかさばってしょうがない。けど、ただ捨てるんじゃもったいないってんでお子様セットの景品にしたりする。それでもまだ余ったのが、俺に流れてきたわけです」

「元々の持ち主はそっちのラーメン屋の店主ってわけね。……だいたい分かったわ、ありがとう」

「ファインちゃんのご友人ともなれば、お安い御用です」

 店主は自分よりずっと背の低いあたしに、深々とお辞儀をした。どれほど彼女の存在がこの店の売り上げに貢献しているかが窺える。

話によれば、感謝祭では大勢のファンの前でミツバの味を褒め称えたそう。あの時はテレビの生中継も来ていたはずだから、波及効果は計り知れない。

「そろそろ俺はこのくらいで。今日はご来店いただきありがとうございやした」

「ちょっと待って。フェイクの宝石って、あのエメラルドだけなの? もしかして他にも貰ってたりする?」

「いや、くれたのは宝石箱と緑色のヤツだけでしたね。……ただ、あいつの口ぶりじゃ他の色も持ってるようだったが」

「ほんと!?」

 トロフィーに残る石座は三つ。プリグラのジュエルが仮に『何らかの鍵』なのだとしたら、全て嵌めることで魔法が完成……するかもしれない。

 店主はあたしの勢いに気圧されていたが「お、おう嘘はつかねぇよ」と頷いた。

「嬢ちゃんが欲しいってのなら、あいつに連絡してもいいですよ。ただ、なにぶん気まぐれなヤツなんで、いつ返事がくるかは分からねぇが」

「そこまでは別に結構よ。あんまりお世話になるわけにいかないし。三つ先の駅でしょ? 自分で行くわ」

「そうですか。まぁ気が向いたらあいつの麺も楽しんでやってください。もちろん、俺の方が断然美味いですがね」

「そればっかりは実際に食べ比べないと分からないわ。勝負は公平にいかないと」

「そりゃそうだ。一本取られた」

 二人して話し込んでいると、横合いから「店長!」という悲痛な叫びが聞こえた。

「まだっすか!? もうオーダーが詰まりそうっす!」

「あ、わりぃ! 今行く! スイープちゃん、今日はこれで――」

「うん、もう十分よ」

 軽く頷いて返した後、忙しい中でこれだけ付き合ってもらったのだから、もっとちゃんと感謝すべきだと考え直した。使い魔がこの場面を見ていたなら、きっと叱られてしまう。

「ありがとうございました!」

 小走りにカウンターに駆け込んだ店長の耳に、その声が届いたかは分からなかった。次はもっと自然に言おう――そう心に決めた。

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