聖夜にかける奇跡の魔法   作:激辛党

7 / 30
いまさらオリトレ登場です


あたしのすっとろい使い魔

「やーだー! ぜったいぜったい今から行ーくーの!」

 駅のホームに、あたしの声が反響した。

「スイープちゃん……。ダメだよ、もう八時過ぎちゃうよ」

「なんでよ~! 寮が閉まるのって九時じゃない! 今から行ったって余裕で間に合うし!」

「ダメだ、こればっかりは聞き分けたまえ。電車だって、この時間帯からだと十分待ちが当たり前になってくる。君の言う通り理論上は可能だが、かなりのリスクを冒すことになるぞ」

「ふんだ! そもそも門限破りがなによ! あたし知ってるんだから。スズカなんて、前に夜中の十時くらいに帰って来たじゃない!」

「あれは……まぁスズカ君だから。言わば事故みたいなものだ。そもそもスイープ君はまだ――」

「中等部? それがどうしたっていうの! 来年にはもう高等部だもん! とにかく行くったらあたしは行くの! みんなは帰ればいいじゃない!」

「ふむ……弱ったな」

 タキオンが呆れ顔でホームの屋根を仰いだ。ファインも同様に、頬に手を当ててため息を吐く。電灯の下で、それは白く広がった。十二月、陽も落ちてずいぶんと経ったこの時間。気温は凍てつくように寒い。

 とっとと電車に乗って、暖房の良く利いた寮に戻りたいのはあたしだって同じだ。しかしそうできない理由ができた。

 ミツバの店主の話によれば、宝石の持ち主の人がやっているのは『旨々亭』という店らしい。念のため検索してみたところ、それらしき店が確かに三つ先の駅で軒先を構えていた。

 開店時間を確認すると、昼から深夜の二時まで空いている。これはもう早いところ行くしかない。そんな覚悟を決めてラーメンの会計を済ませたまでは良かった。

しかし駅の構内に入ろうとしたところで、あえなく二人の猛反発にあう。学園に向かう電車は、旨々亭とは真逆の路線。帰りがけに寄る程度では済まない以上、行かせられないと口を揃える。

 彼女らの言い分は全くもって正論だと分かっている。しかし――。

「タキオンだけには言われたくない! 勝手に準備室を改造して、私物化してるくせに。こういう時だけ真面目ぶるのは止めなさいよ!」

「ぐ……痛いところを突くじゃないか。だがあれは一応、生徒会の許可を貰っているんだ。君の門限破りを見逃す理由にはならない」

「ならファイン! あんたもラーメン屋のハシゴすることあるんでしょ? あたしの気持ち分かるわよね!?」

「あれはお休みの日に、まったり午前中にやるから楽しいの。こんな寒い夜中に、それも一人でやったって悲しい気分になるだけよ。ね、だから帰ろう?」

「むぐぐ……」

 何をどう言っても、二人には通じ無さそうだ。反論の糸口を失ったあたしは、ついに最終手段を取ることにした。

「じゃあいい! 二人が諦めるまで、あたしずっとここにいるもん! へーんだ、そしたらフジさんに怒られるのは全員だもんね~。それが嫌なら、早いとこ学園行きの電車に乗って行っちゃいなさいよ」

 駅構内のホームを小走りに、手頃な屋根の支柱にかじりついた。徹底抗戦の構え、何があっても離れてなんてやるものか。

 タキオンはお手上げのようなポーズを取ると、スマホを出して何やらしだした。誰かに連絡しているのだろうか? 内容は気になったが、距離が離れてしまったせいで良く分からない。

 ファインの方はまだ説得を諦めていないらしく、あたしを追ってくる。……本気であたしを心配しているのだろう、若干、顔色が悪くなっているようにも見える。

「スイープちゃん、お願いだから帰ろうよ。風邪引いたら、トレーナーさんだって心配するよ?」

「あたし、雪の中で走ったけど風邪なんて引いたこと無いもん。あんたこそ大丈夫なわけ?」

「私だって慣れてるから平気。ねぇ、どうしてそんなに旨々亭に行きたいのかな。また次の休みに行けばいいじゃない」

「……それだと間に合わないかもしれないじゃない」

「え?」

 不思議そうにするファイン。そう言えば彼女には、偉大な最終目標については説明していなかった。ピンとこないのも無理はない。だがこの状況で、冷静に一から話す気には到底ならなかった。

「とにかくあたしには時間が無いの! 旨々亭の店主が宝石をいつまで持ってるかも分からないし! もしかしたら明日にでも景品にしちゃうかもしれない。店に行ったらすぐ帰るんだから、行かせてよ」

「ごめん、やっぱり聞けない」

 淡々と言ったファインはしかし、その直後に「くしゅん!」と盛大なくしゃみをした。無理をしているのは明らかだ。

 帰したいのはやまやまなのに、あたしはそれでも動くわけにいかない。現状はまさしく打つ手を失った板挟み状態。

 しまいにはごほごほと咳き込み始める。いよいよ自分でもどうすべきか分からなくなって、視界が滲みかけたその時――。

「スイープ……」

 聞き間違うはずのない使い魔の声が、近くからした。

 

――――――

 

 次にやって来た電車に乗って、タキオンとファインは帰って行った。

 でもあたしはまだホームに残っている。今日行くって決めたんだもの。この意思を曲げるつもりは無い。

 しかしそうはいっても、支柱に掴まり続けるのは辛いし目立つから、仕方なくベンチに座った。時刻表によれば、十五分ほどで旨々亭のある駅に向かう電車が来る。それに乗りさえすれば、ぎりぎり門限にだって間に合う可能性がある。

 冷たいベンチに背中を預けて、街の明かりを遠目に眺める。乗り降りする人々の数は徐々にまばらになっていき、今ではもう数えられるほどしかいない。元から利用客のそう多くない駅だ。シンと静まり返った構内は、どこまでも寒々しさに満ちている。

「電車、まだ来ないねぇ」

「そうね」

「あの二人はもう寮についたかな。みんなと一緒の晩御飯に間に合っているといいけど」

「そうね」

「スイープはお腹空いた?」

「そうね」

「それは良くないなぁ。ラーメンだけじゃ足りなかった? 食堂のご飯、皆が残してくれてるといいね」

「……そうね」

 いい加減、気付いてほしい。いちいち返事するのが面倒なんだけど。

 タキオンがたぶん呼んだのだろう。あの時スマホを触っていたのは、こいつに連絡を取るためだったわけだ。……それにしても来るのが早過ぎないか? まさか尾行なんてしてないでしょうね?

「スイープ、寒くない? もっとこっち寄りなよ」

 ほらほらと身に着けた厚手のマフラーを、あたしにも巻こうとしてくる。なんて図々しい奴だ。どうしてこの高貴な魔女が、使い魔ごときと一緒の布に巻かれなければならないのか。

「ふん!」

 あたしはこれ見よがしにマフラーを跳ね除ける。でも当たり所が悪くって、それはくるりと回ってあたしの腕に絡まった。そのままするすると、蛇のように肩から首へと巻き付いてくる。あれよあれよという間に、あたしはマフラーで使い魔と結ばれてしまった。こいつ……いつの間にこんな高度な魔法を使いこなすようになったわけ?

「こうするとあったかいねぇ。えへ」

「なによ気持ち悪い笑い方して! 離れなさいったら!」

「ごめんごめん、嫌だった? でもほんとに寒そうだったから、つい」

 使い魔は軽い口調で謝ると、マフラーを解きにかかった。しかしその表情は一目で分かるほどの寂しさに溢れていた。

 しょうがない奴。

 悔しいとも気恥しいともつかない、説明不能の感情に襲われる。あたしはマフラーを引っ掴んで、無理やり自分の首へ戻した。途端に、使い魔はにっこりとわざとらしい笑顔になる。

「やっぱりウザい!」

 ――けど、まぁ暖かかったのは事実なので、もこもこをしっかり抱き寄せて、顔を埋めた。冷気に晒されていた鼻先が、ゆっくり温まっていく。

 レールの軋む音が鳴った。構内に入ってくる電車を目で追うが、それはあたしの待っていた路線ではなかった。やがてそれはちょうど反対側のホームに停車した。

開いたドアから漏れる、眩しいくらいの照明。何人かの制服姿の少女達が車内に覗く。ウマ娘ばっかり……中には見知った顔もいた気がした。当たり前だ、トレセン学園に向かう電車なんだから。

 やがてアナウンスが流れくると、ドアは耳障りな音を立てて閉じた。あたしと使い魔は特に何を話すでもなく、トレセン行の電車を見送った。

 駅の電光掲示板を確認した。次の便はなんと三十分後。敷地確保のために、学園は都市部から少々離れた立地だから、この時間になると極端に便が少なくなる。

 門限はともかく、みんなとの晩御飯には確実にもう間に合わない。閑散とした食堂で一人テーブルに向かうことが決定した。

 けどそんなことは別にどうでもいい。問題なのは隣のこいつだ。

「なんで何も言わないのよ」

「へ?」

 相も変わらず、使い魔はのほほんとした顔をこっちに向けた。収まっていたはずのイライラがまた鎌首をもたげる。

「……電車、行っちゃったんだけど」

「そうだね。行っちゃったねぇ」

「そっくり繰り返さないでよ。……あんた、あたしを連れ戻しに来たんじゃないの?」

「んー」

 使い魔は自分の両指を合わせて、腕をまっすぐ伸ばした。ずっと座りっぱなしで、身体が凝ったらしい。続けざまに、両脚も伸ばし始める。ぽきぽきと関節が乾いた音を出した。

「うわ、ジジ臭い」

「辛辣だなぁ。まぁ君からしたら、大人なんてみんな同じオジサン、オバサンか」

「そんなことないわよ。例えばたづなさんにそれ言ったら、たぶん死ぬより怖い目に遭う。……というか、あんたが特別すっとろいのよ」

「そう?」

「今のだって、問答無用であたしを電車に連れ込めば良かったじゃない。寮の規則を破ったら、担当トレーナーにだって注意が来るんでしょ? あんたそれでいいわけ?」

「うそ。スイープ、そのルール知ってたの?」

「呆れた! あたしの情報網を舐めないでよ」

 すると何が面白いのか、使い魔は口元を押さえて笑った。閑散としたホームに、楽しそうな声が響く。ひとしきりそうした後、スッと真顔に戻る。

「別に注意なんて、いくら受けても気にならないよ。スイープが今どうしたいか……そっちの方が大事」

「……は?」

 思いがけない一言にあたしが固まっていると、使い魔はいきなり手をこちらに伸ばしてきた。とっさの事に反応できないでいるうちに、頭をやんわりと撫でられる。耳を避けるようにして、どこまでも優しく。

「こんなに寒いのに、スイープはずっとホームで電車を待ってる。それを邪魔したいなんて思わない」

「……じゃああんた、何しに来たのよ」

「そこなんだよねぇ。何をしに来たんだったか。これじゃ心配してたタキオンに申し訳が立たないなぁ」

 言葉とは裏腹に楽しそうに言い切ると、ようやくあたしの頭を解放し、使い魔はベンチに座り直した。

 それきり話すことが無くなって、ホームには沈黙が降りた。

早いような短いような、どっちつかずの時間が流れて、気付けば目の前には電車がいた。旨々亭に向かう、あたしが待ちに待っていた電車。

「スイープ、来たよ?」

 じっと黙っているものだから、あたしが眠ったと思ったのだろう。デリカシーの欠片も無い使い魔が、つんつんと頬を突いてくる。……うるさい、あたしはちゃんと起きてる。

 でも、なぜだか足が動かない。身を焦がすほど感じていたはずの衝動が、今は煙をくすぶらせているだけ。どうしてもベンチから立ち上がれない。ホームから車内に乗り込む、たった数メートルが、途方もない長距離に感じられる。

「スイープ?」

 そもそもこれから旨々亭に行ったとして、使い魔をどう誤魔化す? 店主に取材する際もこいつは来るだろう。こう見えて使い魔は勘が鋭いから、下手すれば魔法の研究を見抜かれる。そうなったらおしまいだ。

 仮に首尾よく騙せたとしても、だ。旨々亭の店主は、協力の代わりにラーメンを注文してくれと言うかもしれない。貴重なコレクションを譲るのだから、そのくらいの代償は予想すべきだ。しかし今日は現金の持ち合わせが尽きたから、必然的に使い魔頼りになる。……それはあまりにも情けない。

 後から後から理由が出てくる。履いてる靴はまるで鉄製に変化したみたい、一歩だって踏み出せない。

 座ったままのあたしの前で、無情にも出発の合図が鳴り響く。待ち望んでいた電車は轟音と共に、暗がりの向こうへと消えて行った。

「行っちゃったねぇ」

 バカの一つ覚えよろしく、使い魔がまた同じことを言った。

「違うもん」

 それが無茶苦茶すっごく、有り得ないくらいムカついた。考えるより先に口が動く。

「行かせてやったのよ」

「はあ。そりゃまたなんで?」

「あんたがボサっとしてるからでしょうが!」

「え? え?」

 キョトンとしたその顔に、さっきのお返しとばかりに冷え切った指先を沿わせてやった。

「わっ」

「あんまりにも寒くって、動けなかったの! ほらご主人様の指がこんなになってるのよ! さっさとお茶でも何でも買ってきなさい!」

 頬に触れたあたしの指に、使い魔は自分のそれを重ねた。体格の違いのせいだろうか、向こうの方がやっぱり温かい。

「ご、ごめん。気付かなかった」

「言い訳はいいから、早く自販機探してきて」

 使い魔はいそいそと立ち上がると、ホームを駆けて行った。見送る後ろ姿に「ばっかじゃない」と小声で呟く。

 半分は自分に向けてだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。