「スイープ君! ついに出来たぞ」
放課後、いつものように研究室で魔導書の解読をしていると、タキオンがいきなり大声を出した。
「見たまえ! 過去二度に渡った実証データを詳細に分析し、試験的に組み上げたこの非粒子物理学的元素分析機、
「は?」
意味不明な口上を捲し立てた挙句、タキオンがあたしに見せてきたのは、三本の懐中電灯を長々としたコードで束ねた謎の機械だった。割と重たそうなそれを小脇に抱えて、自慢げにしている。
「いやぁ長い道のりだった。私はあくまで化学専門の研究者であり、ハード屋の真似事はするものでないと改めて思い知らされたよ。しかし完成はした! やはり持つべきものは友だね、カフェ君の協力無くしてはおそらく年単位でかかっただろう。その前に材料を買う資金が尽きたかもしれない」
タキオンは聞いてもないのにべらべら喋り続ける。材料と言えば、作業台に山積みにされているコード類や電子基盤のことだろう。
ここ最近、元から雑然としていた研究室がいっそうゴミゴミしてきたから何事かと思えば……。あたしが真面目に解読に取り組んでいる間、こんな物を作っていたのか。
呆れて物も言えないあたしを置き去りに、タキオンは例の装置を弄り始める。
通常なら電源に当たる部分のスイッチを押すと、盛大な起動音が鳴り響いた後、レンズの一つから光が照射された。研究室の壁にそれがあたって赤色の円が描かれる。
タキオンが身体の向きを変えると、照射角度の変化に伴って円も移動した。上下左右に自由に動く様は、普通の電灯と全く同じである。
「……っていうかむしろどこが違うのよ。ウマだかなんだか知らないけど、赤色付けただけのライトじゃん」
「そんなわけないだろう! これはあくまで第一フェーズだ」
黒板を照らしていたタキオンは、そう言うと更に二本目、三本目の電灯のスイッチにも触れた。またしても大げさな音がして、さらに緑、青の色が加わる。
「これが第二フェーズ。そして――」
タキオンが装置後部を押すと、分かれていた三本の光が一点に収束した。赤、青、緑の三原色が合わさって、白色が形成される。
「第三フェーズ。うむ……挙動は完璧。我ながら見事な仕事だ」
誇らしげに言うタキオン。そのまましばらく待っても何も起きない。
「え? これで終わり?」
「ああ。これ以上のフェーズは無い」
「もしかしてこれ、三色のライトを束ねただけじゃ?」
「ふーむ……」
タキオンは顎を指で挟んで続けた。
「そうとも言えるな」
やっぱりこの人を仲間にしたのは失敗だったかもしれない。
ミツバを訪れてから一週間がちょうど経った。
その間、あたしは情報収集に躍起になっていた。宝石の獲得によって、トロフィーに生じた変化……。この有り得ない現象の正体を、どうにかして突き止めなければならない。その先にきっとサンタを呼ぶ魔法がある。
しかし問題なのは、その手掛かりが非常に心もとない事だった。なにせ現時点で分かっているのは、プリグラの宝石がトロフィーに適合したという一点だけ。原理も作用もまるきり定かでない。
この窮状で、唯一の頼みの綱と言えば旨々亭の店主。もちろん、あの夜から日を改めて、すぐに彼の元を訪れたのだが……。
「けんもほろろ、と。残念だったねぇ、スイープ君。まぁ気を落とさないことだ」
「あんたに慰められたくない~」
旨々亭の店主の返答はあろうことか、『残りの宝石は無くしてしまった』というものだった。
ルビー、エメラルド、サファイア、そしてダイヤモンド。……計四つの宝石を彼はかつて持っていたはずが、いつの間にかエメラルドしか残っていなかったらしい。それも今はミツバの店主に渡してしまい、手元にもはや何も残っていない。
『めちゃくちゃ転がりやすい形で、見つけにくい大きさだったからしょうがねぇだろ。だいいち俺はコレクターって訳でもねぇし』
若手の店主はそう語ってガハハと笑った。
ふざけないでとキレたくなる気持ちをぐっと堪え、入手経路や宝石が持っていた異常性についても問い質した。だがこれも答えは芳しくなく、
『あ? 何の変哲もない、ただのおもちゃだったよ。買ったのも普通の店。ま、だいぶ昔のことだけどさ』
と、ろくな情報にはならなかった。
散々な結果となった聞き込みに、自分でもあからさまに気落ちして見えたようだ。店主はその後、『実家の方も少し探してみる』と言ってくれたものの、あまり期待できそうにない。
そもそも発見されたとして、あたしに快く譲ってくれるかが不明だ。
エメラルドについては、友達だからこそミツバの店主にあげたもの。ラーメンを一杯食べただけのあたしに、そこまでする義理は無い。例えば逆の立場だったなら、あたしなら絶対に見返りを要求する。
それは店の宣伝だろうか、はたまた金銭だろうか。いずれにせよ、別の入手法を探すべきであることは間違いない。……実際に見つかるかは別として。
「はぁ……。もうクリスマスまで一週間を切ったっていうのに。これじゃ、どうしようもないじゃない」
「めげるな、スイープ君。大事なのは挑戦し続ける心だよ。それさえあれば実験はいつか必ず成功する」
「いつかじゃダメなの! クリスマスに間に合わせないと! というかこの一週間、あんたは何してたのよほんと。ライトを三本、ぐるぐる巻いてまとめてただけなの!?」
「失敬な! 私の自信作を低く見ないでくれたまえ。U-MAさえあれば、基準点と異なる位相空間に定義される波動関数の偏差を実数値として捕捉することが可能――」
「あーもう良く分かんない! とにかく何かを調べる機械なんでしょ? 説明はいいからやってみなさいよ」
すると彼女は「いいのかい?」とやけに嬉しそうに確認してくる。
あたしが頷き返すと、やおら装置をトロフィーへと向けた。三色のライトが薄緑のそれに真っ向からぶち当たる。
「ちょっ……。平気なの!? そんなもの当てて」
驚くあたしを置いてきぼりに、タキオンは操作を続行する。鮮やかなライトを浴びたトロフィーは、元々の色合いも相まって、レインボーとしか表現できない不可思議な光沢を放った。
宝石を嵌めた時ほどではないにせよ、研究室全体が淡い光芒に包まれる。タキオンのお目付け役であるカフェがこの場にいたら、卒倒したに違いない。幸い、彼女は今日もトレーニングで留守だ。
「お、おおお!? 見てくれスイープ君、予測以上の反応だ。このパラメータ……凄いぞ、これは世紀の大発見かもしれない!」
いつの間に取り出していたスマホを片手に、タキオンが興奮気味に言う。どうも観測結果はそれの専用アプリに表示されるようだ。あたしも興味を惹かれたので、覗き込んでみる。そこではEtという未知の単位のグラフが乱舞していた。
「Et係数が79……ですって? これって高いの? 低いの?」
「そうだな……。現時点では比較対象が少ないから一概には判断できないが、例えばコーヒーを飲んでいるカフェ君のEtはおおむね48だ。それと比べると高いと言える」
「う……うん?」
あたしが反応に困っているのを知ってか知らずか、タキオンはまだ比較を続ける。
「ちなみにうたた寝しているカフェ君が39で、本を読んでいる時が25。最も高くなるのは走っている最中で、驚きの110だ。だが知っての通り、カフェ君の走行には今のところ異常は見られないから、この79という数値では現実の改変は発生しないと推測できる。スイープ君には残念な結果かもしれない」
「色々聞きたいことはあるけど……まずEtってなによ」
「Etとはエーテル、Etherの意。化学の専門用語ではなく、古代アリストテレスが提唱した天体を構成する五つ目の架空元素のこと。……これを私の独自解釈で、霊的事案の際に計測される特殊変数を表現する単位として流用している」
「なんて?」
「要するにEtが高ければ高いほど、怪奇現象の発生する確率が上がるという事だ。ただ、これまではEtの計測は生体が主だった。無機物はどうしてもデータの収集がままならなくてね……しかし」
そこまで一方的に語ると、タキオンは空いている手でトロフィーをそっと撫ぜた。彼女の白衣に七色の光が移る。
「これのお陰で研究は大躍進だよ。U-MAの完成にもこぎつけた。これさえあれば、念願だった外部作用による身体の飛躍的増強にも目途が――」
「っていい加減にしなさいよ! あたしのトロフィーをそんな怪しげな研究に貸す訳ないでしょ!」
ぴかぴか輝いていたトロフィーを、タキオンから取り上げた。背中の後ろに隠して、彼女の手に届かないようにする。……気のせいか、前にもこんな事をしたような。
「ああ、そんな殺生な! もう少しで新世界への扉が開かれんとしているのに」
「ダメだったら! やめ、離しなさい~! せがんだってもう見せてあげないから」
それでも縋り付いてくるタキオンと押し合いになる。その拍子に、例の装置に繋がれたコードが上手い具合に身体に絡まってきた。
「のわわわ」
まるで大縄跳びで失敗したかのように、がんじがらめになって床に転がるあたしとタキオン。二人が離れようとすればするほど、コードはより強く締め付けてくるようだ。
「ちょ、マジで取れな――ぐ、くるしい」
「落ち着きたまえスイープ君、しょせんは三本しか無いのだからゆっくりやればいずれ必ず解ける」
「ムリムリ! 床が冷たい~! もう嫌! このコード引っこ抜いていいわよね!?」
「あっ待ってくれそいつは替えが利かない」
世にも見苦しい争いを繰り広げていたところ、研究室の扉の向こうから誰かの声がした。
「スイープさん? いらっしゃいやがりますか?」
妙な敬語を投げかけてきたのは、まごうことなくカワカミプリンセス。そう言えば放課後、あたしに用事があると連絡していた。
たぶん頼んでいたプリグラの調査に進展があったのだろう。それはそれとして、まさにベストタイミングだ。
「カワカミ! 助けて! 死にそーなの!」
「な、なんですって!? 一大事ですわぁ!」
直後、扉を蹴破って乱入してくるカワカミ。続けざまに彼女の放った鋭い蹴りが、ツタ状に絡まったコードもろともU-MAに炸裂する。
世紀の大発明はものの数秒で、無残なガラクタと成り果てた。
――――――
「十万円!?」
「しっ! 声が大きいですわ、スイープさん。これはプリファイの真なるファンだけの、極秘情報なのですから。金に目の無い下賤な輩に聞かれてはどうなることか」
「そ、そうね。そんな高価なものなら、欲しがる奴は多そうだわ。なんせ十万円よ? ニンジン何本買えるかしら」
「きっと両手に抱えきれないくらいたくさんですわ!」
「あーそれだけあったら私の大発明もすぐ直せるのになあ」
あたし達が盛り上がる隣で、タキオンが未練がましく呟く。彼女の手にはU-MAの残骸。それはもはや懐中電灯としての原型すら留めていない。
惨事の元凶であるカワカミはそれを聞いて、さぁっと面白いくらい青ざめた。
「あわわわ! 申し訳ございませんですわぁ! まさかタキオンさんの大切な発明品とは露知らず! ああ……今だけはこのプリンセスキックの切れ味が憎い!」
「掠っただけで真っ二つだったものね……。カワカミ、あんたまた脚力上がったんじゃない?」
「まぁ、お褒めに与り光栄ですわ!」
打って変わってカワカミは満面の笑顔になった。相変わらず表情のころころ変わる子だ。見ていて飽きない。
「はあ、まぁいいさ。壊れたのならまた作り直せばいい。設計図はきちんと頭に残っているから、資材さえ揃えば組み直せる。……非常に貴重な部品群が手に入りさえすればねぇ」
「あわあわ」
「そのくらいにしておきなさい、タキオン。不慮の事故ってやつよ、カワカミは悪くないわ。それより今はプリグラの方よ。これに十万円越えの価値がついてるって本当なわけ?」
鞄にしまっていた宝石箱とトロフィーを出して、改めてカワカミに尋ねる。彼女は「ええ!」と勢いよく首を縦に振った。
「二十年前に放映されたプリグラの限定グッズ、それの初回限定版に間違いありませんわ。どのネットオークションに出品したとしても、決して安い値はつかないでしょう。ただ……」
「……ただ?」
カワカミは言葉のトーンを少しだけ落とし、トロフィーに座した翠玉を指した。
「そのエメラルドだけ、となるとちょっと分かりませんわね。あくまでこういうグッズは、セット全部が揃ってこそ意味がありますから。特にその……トロフィー? みたいなのは結局なんなのです?」
「へ? カワカミ君はこれを知らないのかい?」
タキオンがすっとんきょうな声を出した。
「はい。色々と伝手を辿って調べもしましたが、分からずじまいでしたわ。プリグラの長い放送歴の中でも、そのようなアイテムは未登場でした。もちろん商品化もされていません」
「ふむ、当てが外れたな。ようやくこの謎トロフィーの正体が掴めると思ったのだが」
さも残念がるタキオンだが、あたしからすると当たり前だ。このトロフィーは、グランマの納屋が守っていた魔法の宝物。プリグラのグッズと関係性なんてあるわけが無い。
じゃあなぜ宝石がぴったり嵌まって、しかも発光するのかという疑問は残るけど……。
あたしが首を捻っていると、
「少々よろしくて?」とカワカミがトロフィーに手を伸ばした。
「何する気?」
「いえ、ちょっとエメラルドを外してみようかと。プリグラのグッズとしては本来、宝石箱に収まっているはずですから」
「やるだけ無駄だよ。前にマイナスドライバーを差し込もうとしてみたが、傷一つ付かなかった」
「タキオン? 外すように頼んだことはあるけど、何やってんの」
また一つ彼女の余罪が増えた。睨むあたしの視線から逃れるように、タキオンはテーブルの向かい側にすっと移動する。
「おそらく現在、このトロフィーを中心として局所的な霊的磁場が発生している。連続した極小の地震もそれに端を発したものだろう。その動力、起動原因となっているのが一体化したプリグラの宝石だ。真っ当な手段で取り外せるとは思えない」
「うむむ……? 妙に話が込み入っていますわね」
「気にしない方がいいわよ、変に難しい表現使いたがるの。で、カワカミ。あんたもう一つ知らせがあるって言ってたわよね」
「ああそうでしたわ! むしろそっちがメインディッシュなのです」
カワカミはあたしの方に向き直ると、一枚のチラシを見せてきた。安っぽい印字のカラーコピーに、派手な見出しが躍っている。
「プリファイ……のクリスマス会?」
「そうなのです! 近々来たる聖なる夜を記念して、プリファイのファンが集う大イベントが明日の夕方に開催されるのですわ! 場所は駅の地下口広場。そこにですわね~なんと!」
カワカミはチラシの下の方に指を滑らせた。
ダンスショーの開催、キャラを演じる声優との握手会といった、各種イベントの開催を知らせる記事が並んでいる。
その中に『旧作プリグラ世代の古参ファンも大興奮、限定品の再販も』という明らかに異質なものがあった。さすがにここまで来ると、後は言われなくたって分かる。
「もしかして、ここで買える?」
「ええ、間違いなく!」
カワカミは一段と声を大きくして、目の前のテーブルをばんと叩いた。既にかなりテンションが高い。
「年に一回、年の瀬迫るこの時期にだけ行われるプリファイの式典、そこでこのような巡り合わせ……まさしく運命ですわ! スイープさん、プリグラのグッズを求めるのならこれにぜひ行きましょう!」
「分かったからもう少し落ち着きなさいよ。あんたがさっき声を小さくしろって言ったんじゃない」
するとカワカミは大人しく席に座り直した。仕切り直すように、タキオンが淹れてくれた紅茶入りのビーカーに口をつける。一瞬、味に文句を言うかと思ったが、そんなことはなく一気に飲み干してしまった。
「待ちたまえカワカミ君。先ほどの話では、プリグラのグッズはプレミア価値がついて値が張るということだった。とてもじゃないが、スイープ君にそのような資金力は無いぞ」
なぜかあたしの代わりに勝手に答えるタキオン。しかもさらっと自分は一銭も出さないという予防線を張っている。
「ご心配には及びませんわ。お声がけをさせていただいた以上、私もきちんと責任をもってともに対処いたしますから」
「へ? いやどういうことよ」
丁寧なようでいて、全く説明になっていない。まさかお金を出してくれるのだろうか?
「ともかく! 一緒にここに来れば万事解決なのですわ! このカワカミ、プリンセス魂に誓って宣言いたします」
「それは助かるけど、もうちょっと詳しく――」
「いいだろう、その度胸を私は買ったよ。では行こうじゃないか、スイープ君」
またしてもあたしより先にタキオンが了解した。さすがに理不尽に思って彼女の方を見てみれば、チラシのある部分を一心不乱に見つめている。
そこには隣接する会場で予定されている、別イベントの紹介があった。
『年末大売り出し! 電子機器、基盤、コード類、その他ジャンク品均一500円セール。お探しのレアパーツが激安価格で手に入るかも!』
本命は確実にこっちだ。
※脚注 タキオンが持ち出した非粒子物理学とは、粒子物理学における標準模型である「粒子」の観点から説明できない、その構成要素がスケール不変である物質……を予想する思想的な理論とのことです。(by ウィキペディア)
なんのこっちゃか書いてる自分も良く分かりませんが、卑近な例で言うと映画「シン・ウルトラマン」とかで使われてたそうです。
つまるところ、今の科学だと説明できないトンデモ技術(あるいは魔術的現象)のことを指すのだと思われます。