以前投稿した特別話と同じく設定段階で没になった設定の話で、本編とは全く関係ない完全にIFの話です。
今回の話では本編と同じプロローグの後、大戦艦コンゴウの中に主人公の魂が融合しています。最初から人間に興味を持ち、原作よりもだいぶ優しいコンゴウ様となっています。本来はいくつかに分けてある話を一話にまとめてあるので場面をいくつも飛ばして急ぎ足なうえに時間もよく飛んでいます。
また、世界観は原作メインでアニメの設定が少し混ざっている感じです。設定が混ざっているのでおかしな表現があるかもしれませんが、ご了承ください。
「The other day♪
I met a bear♪
Out in the woods♪
away out there♪」
リズミカルに弾かれるピアノと、それに合わせて歌う少女の声。それは月明かりに照らされた海原へと吸い込まれる様に消えていく。
歌う少女の周りには誰もいない。それでも少女は歌い続けていた。まるで誰かに聞かせる様に。
「He looked at me♪
I looked at him♪
He sized me up♪
I sized up him♪」
ふと、少女の歌が止まる。それから徐々に伴奏も小さくなって、遂には指が止まった。音楽が止まった後には波の音だけが辺りを漂い、その他には何も聞こえない。
何かを考えているのか、少女は目を閉じたまま数秒間その場で石像の様に固まったかと思うと、徐に腕を振り上げて一気に鍵盤へと叩きつけた。叩きつけた衝撃でピアノが大きな不協和音を吐き出し、少女が立ち上がった衝撃で椅子が倒れる。
長い黒髪が風で靡く。まるで童話の赤ずきんを連想させる服を着た少女はいかにも怒っていますと言いたげな顔で空を見上げ、叫んだ。
「ああーもぅ、コンゴウまた寝ちゃってるー!!」
『……む、すまないマヤ』
少女のものではない別の女性の声が響いた。その声は落ち着きがあり、年長者らしい貫禄がある。その何処からか聞こえた声に少女……マヤは口を尖らせる。
「せっかく森のくまさん唄ってあげてたのにぃ。酷いよコンゴウ!!」
マヤの叫びに呼応するかの様に彼女の足元から赤い粒子が立ち昇る。それはいくつものリング状に変化すると、彼女の立つ船体を照らし出した。同時に船体にも赤く輝く紋様が浮かび上がり、機関部が起動する低い地鳴りの様な音が周囲に響き渡る。
コンピューターが起動する様な「チ、チ、チ、」という音が数回なったかと思うと、彼女の意識は一瞬のうちに別の場所へと飛んでいた。
そこは真っ白な空間だった。
見渡す限り白一色で地面や天井があるのかもわからない。そんな空間に一つだけ建造物があった。金持ちの屋敷の庭先にある様な何本もの細い柱で支えられたドーム型の建造物。その中には丸いテーブルが一つと、それを囲む様に置かれた椅子が四つ。
その椅子に座り、紅茶を飲んでいる女性が一人。
スラリとした細身の体はしかし女性らしい丸みを帯びており、少々色素が薄いセミロングの金髪はストレートに下ろされている。目線と同じ高さで揃えられた前髪の隙間から覗く瞳は紅い。その体を包む紫一色のドレスは床に広がる程に長く、彼女の存在感をより一層高めていた。
「コンゴウ!!」
名を呼ばれて顔を上げればいつの間にかマヤが椅子の一つに座っていた。不機嫌そうに細められた目がコンゴウを見据えている。
「すまない、マヤ。お前の歌う森のくまさんは好きだが、どうしても眠くなってしまう」
マヤの前に少し甘くしたミルクティーを置いてコンゴウは申し訳なさそうに目を閉じた。それを見てマヤは溜息と同時にミルクティーに口をつける。
「……ん、もういいよコンゴウ。いつもコンゴウが真剣にマヤの歌を聞いてくれてるのは知ってるし……あ、これ美味しい!!」
「……そうか」
ミルクティーの味が気に入ったのか、先ほどの怒りが嘘のように無邪気な笑顔を見せるマヤ。そんな彼女を見つめながら、コンゴウはそっと左手の薬指に付けられた指輪を撫でる。
コンゴウが初めてメンタルモデルを作り上げた日、〝彼〟は〝コンゴウ〟になった。
最初の数日は酷く混乱した。自分の記憶が別人の記憶と結びつく感覚は作り上げられたばかりのメンタルモデルに膨大な負荷を掛け、エラーを吐き出させ続けた。
航海は勿論のこと、会話すら碌にできずに海の上を彷徨い続け、やっと落ち着いたと思ったらヤマトを始めとした多くの霧の艦隊に囲まれて精密検査を受けさせられた。
結果は異常無し。その後の定期的なチェックでも異常は見当たらず、もう大丈夫だと今は東洋方面第一巡航艦隊を率いる旗艦というポジションに収まっている。
「……さて」
マヤとの概念伝達を終えたコンゴウは顔を上げる。同時に髪をいつものピッグテールへと結んだ。
夜が明けてすっかりと明るくなった地平線の向こう。海の真ん中に一つだけ島があった。その島の名前を、硫黄島という。
◇◇◇
メンタルモデルというのは中々に便利だ。今の私は霧の太平洋艦隊旗艦、大戦艦コンゴウ。その演算能力は凄まじく、どんな難問だろうと一瞬で計算できてしまうし、処理能力の高さはそのまま船体のスペックへと繋がる。
私の中にある〝俺〟としての記憶。それが私という個体を急速に進化させ、より人間に近い思考を得る事ができた。しかし、それでも完璧な人間としての思考へと至らないのは、やはり私が兵器だからなのだろう。
「……む、光学兵器の起動を確認。やはり自衛用の武装はあるらしいな」
センサーが光学兵器の起動を捉えた瞬間、大量のレーザーやミサイルの弾幕が襲いかかってきた。それをクラインフィールドで防ぎつつ前進する。私のクラインフィールドはこの程度の攻撃では破られない。
同時にこの攻撃を行っているであろう相手に概念伝達を試みる。少しは渋るかと思ったが返答はあっさりと返ってきた。
いつもの真っ白な概念伝達の空間で、私は椅子に座りつつ彼女が接続してくるのを待つ。すると、人が一人入れるくらいの大きさの卵の様な形をした物体が現れた。側面に付いたモニターにはジト目でこちらを見る顔がドット絵で映し出されている。
「久しぶりだな、大戦艦ヒュウガ」
「……大戦艦コンゴウ。ええ、お久しぶりね。此処に何をしに来たのか聞いても?」
大戦艦ヒュウガ。元東洋第二巡航艦隊旗艦を務めていた霧の大戦艦だ。彼女は千早群像の乗艦するイ401により撃沈された後、コアの消息は不明とされていた。
大戦艦でありながら整備や点検の腕が良く、以前私がエラーを起こしていた頃は定期的なチェックをしてもらっていた。
「大した理由はない。お前が手を貸しているイ401とそのクルーに興味があるだけだ」
「興味、ねぇ……」
ヒュウガの呟きと同時に卵型の物体が開き、中から白衣を着た女性が現れた。毛先のカールした茶髪にセーター、タイトスカートという出で立ちは女医か研究者といった言葉を連想させる。モノクルを着けた右目が僅かに細まり、こちらを見定めるかの様に鋭くなる。
「……貴女が何故此処を知っているのか、とか私の存在をどうやって見つけたのかは別にいいわ。どうせいつかバレていたでしょうからね」
「……」
「コンゴウ、イオナ姉様達に会って……何をするつもり?」
バチバチとヒュウガの周りに粒子が舞い、橙色の紋様が体に現れる。答えによっては攻撃するという意思表示だろう。
だから私はユニオンコアのキーコードをヒュウガへ転送した。
「……なっ!?」
「これが答えだ、ヒュウガ」
ユニオンコアのキーコードを渡すという事は私そのものを自由にできるという事だ。ゲームで例えるならコントローラーを奪われた様なもの。私は自身の命をヒュウガへと預けたのだ。
「……貴女、何を考えてるの?」
ヒュウガの表情には困惑の感情が見られる。彼女がメンタルモデルを作ったのは最近の筈だが、随分と感情が豊かだ。まぁ、〝俺〟というもう一人の記憶のおかげで最初から色々とおかしかった私も人のことを言えないかもしれないが。
「私の目的は最初から言っている通りだ。ただ興味があった……それだけだよ」
「……そう」
次の瞬間、私の武装が全てロックされた。舵もナノマテリアルの操作も同様にロックされ、私は私自身である船体を一切動かす事ができなくなった。
「まぁ、貴女が何を考えて此処に来たのかは知らないけど、取り敢えずドックに入れてあげるわ。どうするかは艦長とイオナ姉様に任せましょう」
「……そうか」
何故かロックされなかったメンタルモデルで残った紅茶を飲みつつ、私は左手の薬指で輝く指輪を撫でるのだった。
◇◇◇
硫黄島に来てから数時間後、与えられた部屋で寛いでいると突然警報が鳴り響いた。何事かとヒュウガへ通信を繋げると、返事の代わりに壁にあるモニターが外の様子を映し出した。
そこに映っているのは私の時の様にレーザーやミサイルの雨に撃たれながら混乱している霧の重巡洋艦・タカオの姿だった。そういえば函館で400と402が接触して以来行方がわからなかったな。たまたま此処へ来たのか、それとも何か目的があるのか……。
あ、ミサイルが当たってメンタルモデルがひっくり返った。
『……全く、今日は客が多い日ね』
ヒュウガの溜息交じりの呟きに、私は思わず声を出して笑うのだった。
エラーにより一時的に機能を停止しているタカオのメンタルモデルを押し付けられたので取り敢えずベッドに寝かせると、椅子に腰を下ろして新しい紅茶へと口をつける。
私は東洋方面第一巡航艦隊の旗艦ではあるが、基本的に部下達は好きに行動させている。一応何かをする場合は私に許可を取る様に言ってはあるが、日常生活で何かを強制することはしていない。前までの私ならアドミラリティ・コードにない行動をするなど考えてすらいなかっただろう。
だからこそ今までタカオの居場所は知らなかったし、つい数日前に撃沈されたハルナやキリシマのその後の行動も感知していない。
しかし、〝俺〟の知識には彼女達が今後どう行動するかの情報があった。
〝蒼き鋼のアルペジオ〟……それが知識の中にあったとある漫画の知識である。〝俺〟は艦隊これくしょんとのコラボ企画を通じてこの作品に出会ったらしい。原作である漫画は6巻程度、ストーリーの少し改変されたアニメは全て見終わっていた。
当然、その中には私こと大戦艦コンゴウも登場していた。漫画は途中までしか読んでいないのでわからないが、アニメでの私は人間の感情の一部を理解し、それ故に一番親しかったマヤのメンタルモデルが唯の人形であった事に絶望して主人公達に襲いかかり、イ401ごと心中しようとするという事態を引き起こすらしい。
記憶の統合が済んだ時にマヤのメンタルモデルが本物である事は確認済みなので、この世界は原作寄りなのだろう。タカオが硫黄島に来た事を考えれば401も近いうちに此処へやって来るのだろう。
しかし、401や千早群像達に会ったとして、私はどうしたいのだろうか?
この場所に来た本当の理由も実はよくわかっていない。ただ、401達に会ってみたいという好奇心だ。その後、私はどうしたいのだろう。
まったく……本当に〝俺〟の記憶を手にしてからの私はどうかしている。人間にも成り切れず、兵器としては中途半端……ああ、本当に―――
「面倒くさい」
「……ぅ」
私の呟きに反応したのか、タカオの目が徐々に開いていく。体を起こして暫く惚けていた彼女は徐々に再起動しているであろう思考をフル回転させ、自分がいる場所を把握しようと辺りを見回している。
その視界に私が座っている場所が丁度よく入っていないのは果たして狙っているのか、それとも本当に気がついていないのか……。とりあえず、声をかけておくとしよう。
「……おはよう、タカオ」
「……ふぇ?」
紅茶を飲む私に漸く気がついたのか、タカオはこちらに視線を向けるとたっぷり三秒程凝視した後、目を見開いてフリーズした。丁度いい、今のうちにヒュウガを呼んでおくとしよう。
ヒュウガからすぐに向かうと返答をもらった後、漸く正常に戻ったらしいタカオは私と、私の出した紅茶へと交互に視線を向けつつ、落ち着かない様子だった。随分と人間らしい反応をするものだ。この短い間に何があったのやら……。
「どうした、タカオ。紅茶が冷めてしまうぞ?」
「……え、ええ、いただくわ」
紅茶を飲んで落ち着いたのだろうタカオは直後に入室してきたヒュウガに事情を聞き、私と共にこの場で401クルーを待つ事にしたらしい。
私がいる事に疑問はあるらしいが、ヒュウガと同じ説明をしたら胡散臭そうにしながらも一応納得してくれたようだ。逆にタカオに此処に来た理由を尋ねたら赤面しながら狼狽えていた。あれが乙女プラグインというやつなのだろう。あれだけはどうしても理解できそうにない。
ただ、恋愛感情そのものがどういったものかは……知っている。
左手の指輪を見る度に浮かんでくる私と同じ名を持つ全く別の少女。
艦隊これくしょんと呼ばれるゲームに登場する艦娘と呼ばれる存在。その中に金剛と呼ばれる艦娘がいた。〝俺〟の最期の記憶にある彼女との会話。自己犠牲の末に笑いながら消えていった彼女。その彼女に向けられていた感情をどう表現したらいいのだろう。喜びと悲しみ、寂しさと後悔が混ざり合ったかの様などうしようもない感覚。しかし、同時に感じる強い思い。
『彼女のくれた第二の生を無駄にしない』
いつか胸をはって彼女に再会する為に、彼女の分まで生きること。それが〝俺〟の望んだこと……。
私と同化した〝彼〟の思いは確かに私の中にある。〝彼〟は既に私の一部なのだから。この演算処理ではどうにもできない力をきっと人間は〝意思〟と呼ぶのだろう。
なら、私はその意思に従ってみるのも悪くない。そう思えてしまうのは私がだいぶ人間に影響されているからなのだろう。
それに、あの時……迷わず自己犠牲を選んだ金剛は何を思ってあの様な行動をしたのか。霧の大戦艦である〝私〟がそれを知りたいと思っている。
どうしたら自己犠牲などという考えができるのか……知ってどうするというのだろう。そもそも私は何故彼女の事を知りたいと思っているのか……。それは彼女の最期に疑問を感じたからで……ああ、思考が混ざり合って負荷が酷い。この答えはそう簡単には導き出せないらしい。
その答えを教えて欲しい。彼女の心理を、思いを、私は知りたい。
それは人間だけしか理解できない事なのか?
我々には感じない感覚なのか?
何故、何故、ナゼ、ナゼ、ナゼ、ナゼ……。
《焦ったらNoデスヨ、コンゴウ。それはゆっくり考えたらいいんデース。大丈夫……いつかyouにも解る日が来マスヨ》
声が……聞こえて…………。
◇◇◇
「まったく、まさか二度も貴女をメンテするなんて思ってもいなかったわ」
「すまない、手間をかけさせた」
ベッドに寝かされた私と、その私を見下ろして溜息をつくヒュウガ。
あの後、私は以前の様にエラーを吐き出して強制的にシステムをシャットダウンしたらしい。それを感知したヒュウガとタカオが急いで処置してくれたのだという。
私が機能停止していたのは2日程で、前回よりは短く済んだ様だ。
ノイズが混ざった思考の中でハッキリ聞こえたあの声。あの声はきっと……。
「あら、どうやらイオナ姉様が帰ってきたみたい。私は出迎えに行くから、貴女はもう少し休んでなさい」
「……そうか、わかった」
「イオナ姉様ぁぁ!!」と叫びながら走っていくヒュウガを見送り、私は再びベッドに横になる。
私は何者だ?
私は何処へ向かっている?
私は何がしたいのだ?
答えの出ない問答を繰り返す。何度も、何度も……。
気がつけばそれなりに時間が経っていたらしい。時計の針は私が起きた時間から二時間以上も進んでいた。
流石に休み過ぎかとベッドから立ち上がった時、同時に部屋の扉が開いた。そこにいたのは一人の少女。
長い銀髪に碧い瞳。美少女とも言える少女はそれでいて人間らしからぬ気配を纏わせていた。一目でわかった。この子が……。
「イ401か」
「ヒュウガから聞いた。コンゴウ、どうして此処へ?」
首を傾げる様子は本当に人間の子供の様だ。しかし、どこか異質に見えるのはやはり彼女も兵器であるということなのだろう。人間と共にいる事を選んだ霧の潜水艦。人間だった〝俺〟の記憶と共にある私。
彼女なら、私の悩みを解決してくれるかもしれない。彼女なら、人間を理解できるかもしれない。
「イ401、貴艦に聞きたい事がある」
「なに?」
「お前は……人間を理解できているか?」
私の質問に401は少し考える様な動作をしたかと思えばあっさりと答えを口にした。
「わからない。その答えは今出さなくてはいけないの?」
「……いや」
401の答えに私は少し落胆する。しかし、それがどうした。焦らなくてもいいと彼女は言っていた。なら、私なりに答えを探してみるだけだ。
「401」
「イオナでいい。みんな私をそう呼んでる」
「……そうか、ではイオナ。私は人間について知りたい。だから、私もお前達に同行することにした」
私の提案にイオナは何度か目を瞬くと、「群像に相談してみる」と言って部屋を出て行った。
果たして私の選択は私の知りたい答えを導くことができるのだろうか。それでも、私は進みたいと思う。答えが見つかるまで、ずっと……。
その日、私は蒼き艦隊の一員となった。