櫛田に転生したから綾小路の手駒になる   作:星宮ひまり

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(原作一巻ではほぼ描写されていない)ゴールデンウィークの存在をすっかり忘れていました。
 ついでに曜日のことも考えると………………えーっと、その、ガバいところが多々ありますが、スルーしていただけると助かります……。

 そして前回から投稿が二ヶ月近く空いてしまい、申し訳ありません。次はもう少し早く投稿……できるといいなぁ……。


 前半は転生櫛田視点、後半は綾小路視点、最後に少しだけ堀北視点です。各視点の温度差が激しいかも……?


14.少年少女、真夜中の密会

 

 

 五月もすでに一週間が過ぎ、中間テストまであと二週間ほどとなった。

 

 テスト対策のほうは順調……だと思う。

 少なくとも平田くん主催の勉強会に参加している人たちは、そこそこ真面目に勉強している。不参加組には赤点の危険がある人はいないし、よほどのことがない限り問題ないはず。

 

 心配なのは、堀北鈴音の勉強会に参加する三バカだけど……堀北鈴音の補助をしている綾小路くん曰く「堀北は案外、教師に向いているのかもしれない」とのことなので上手くいっているのだろう。

 アニメでの失敗を知っていると「ほんとかなぁ?」と思わないでもないけど……。

 

「……っていうか、私より堀北鈴音のほうが活躍してない……?」

 

 夜、ベッドに寝転がりながら考えを纏めていると、ふとそれに気付いて独りごちる。

 

 上手く三バカに教えられなかった私と、きちんと勉強させられている堀北鈴音。

 勉強会で一部の男子の集中力を奪う原因になった(非は大いに男子たちにあると思うけど)私と、きっちり釘を刺して気を引き締めさせた堀北鈴音。

 

 どちらがクラスの役に立っているかと問われれば、堀北鈴音のほうだ。

 

「…………、」

 

 今一度振り返るが――。

 私の目標は、『無事に卒業する』ことだ。あと、できればAクラスで卒業したい。

 そのために私は、クラス間闘争のことやアニメのストーリーの諸々を考慮して、『綾小路くんに取り入る』ことに決めた。

 

 綾小路くんの庇護下に入れば、どんな特別試験や他クラスの妨害があっても守ってもらえるはず。

 でも、庇護下に入るのは簡単ではない。彼に『守る価値がある』と思ってもらわなければならない。

 だからそのために、手駒として優秀であると示すのだ。

 

 私を使えばクラスの意見を操作でき、私に()けばあらゆる生徒の情報を知ることができ、私を抑えておけばクラスでの地位が安泰だと評価してもらう。

 

 でも――。

 この一週間の私は、綾小路くんに評価してもらえる活躍をしていただろうか。

 堀北鈴音と比べられたときに、私のほうが有用だと判断してもらえるだろうか。

 

「……って、違うでしょ」

 

 堀北鈴音と競う必要はない。

 私が堀北鈴音を退学させようとしなければ、綾小路くんに『どちらを切り捨てるか』という判断をされることはないのだから。

 それに……私が彼女より優秀になることなんて、どだい無理な話だもの。

 

「……、はぁ」

 

 思考を打ち切るように、ため息を一つ。

 ……駄目だ。最近、思考がマイナスに寄っている気がする。もともと悲観主義的なところはあったけれど、ここまで酷くはなかったのに。

 

「…………、そうだ」

 

 気分転換のために、ちょっと外の空気を吸いに行こう。ストレス発散にもなるし。

 そう思い立った私は、上着を羽織って部屋を出る。

 

 お風呂に入った後だから、いつもの臨海公園に行くのはナシ。ケヤキモールに行く元気は無いし、夜の校舎は……入っていいのかな? あ、私服だと駄目なんだっけ。どうしようかな……。

 と、そんなことを考えながらエレベーターを使って一階に降りると、男子生徒の姿が目に入った。

 

「……綾小路くん?」

 

 彼の姿を見つけ、私は咄嗟に隠れようとした。理由は自分でもよくわからない。

 しかし、エレベーターが開く音でこちらに気付いたのか、綾小路くんの視線はすぐに私の姿を捉えてしまう。

 

「櫛田? どうしたんだ、こんな時間に」

「あ、あはは……えっと、こんばんは、綾小路くん。ちょっと夜風に当たりたくなって」

 

 誤魔化すように――自分でもなぜ気が動転しているのかわからないのだけれど――笑みを浮かべながら、綾小路くんに近づく。

 

「えっと……綾小路くんこそ、どうしたの?」

「少し喉が乾いたんだ」

 

 言って、彼は手に持ったジュースを少し掲げて見せてくる。ロビーの自販機で購入したのだろう。

 

「じゃあ、もう部屋に戻るの?」

「ああ」

「んー……ねえ、綾小路くんさえよければ――」

 

 言いかけて、ふと、我に返る。

 

 ――一緒にちょっと外を歩かない? なんて誘って、私はいったいどうする気だったの?

 

 ただの気の迷いだ。人恋しい夜だってある。そんなときに友達と会ったから誘った。それだけのこと。

 ……悩んでいる原因の一人と一緒にいて、気が休まるとは思えない。当初の目的を考えれば駄目な選択だ。

 

「櫛田?」

 

 不自然に言葉を止めていた私の様子を不思議に思ったのだろう、綾小路くんが私の名を呼ぶ。

 私はまた、誤魔化すように笑みを作った。

 

「ぁ――えっと、ごめんね。やっぱりなんでもない」

「……そうか」

 

 沈黙が落ちる。少しだけ痛い静けさだ。

 その空気を早く払拭したくて、私は意味もなく話題を探す。……無理に何か話そうとしないで、「おやすみ」って言ってその場を離れればいいだけの話なのに、どうしてか私はその行動を選択した。

 

 なんでだろう。

 もしかしたら、誰かに――綾小路くんに、何かを吐き出したかった、のかもしれない。

 ……()()

 

「ん? 堀北……?」

 

 唐突に、綾小路くんがその名を口にした。

 いきなりのことに私の肩が跳ねる。――クラスメイトの名前が呼ばれただけにしては過剰な反応だったけれど、幸いにも綾小路くんの視線は別のところにあったようで、咎められることはなかった。

 ――のだが、

 

「……、隠れるか」

「え?」

「悪い、櫛田。ちょっとこっちに」

 

 言って、綾小路くんは私の手首を掴み、やや小走りに自販機の前まで移動した。そして私に向かって口元で指を一本立てるジェスチャーをすると、自販機の影に身を潜めながらエレベーターのほうに視線を向ける。

 私は何が何だかわからないまま、綾小路くんの傍で息を殺した。

 

 ほどなくしてエレベーターのドアが開き、中から制服姿の堀北鈴音が現われる。

 なるほど、綾小路くんは堀北鈴音から隠れたかったのか。……なんで?

 

 私の疑問を他所(よそ)に、堀北鈴音は何かを警戒するように周囲を見回した後、寮の外に出て行った。

 

「……櫛田。堀北がこんな時間にどこに行くのか、気にならないか?」

「え? それは、ちょっと気になるけど……でも、ちょっとコンビニに行くだけとかじゃない?」

「それにしては、過剰に人目を気にしている様子だったけどな」

「……確かに。じゃあ――……、逢い引き?」

「それはまた、ずいぶんと堀北に似合わないイベントだな」

 

 うん。言った私もそう思う。

 

「追ってみないか?」

「本当に逢い引きだったら、堀北さんに悪いよ」

 

 百パー無いと思うけど。

 ……って、待って。これ、アレじゃない? 堀北鈴音のお兄さん――堀北(まなぶ)生徒会長と綾小路くんのバトルシーンのやつ。

 そう気付いた私は、早々に先ほどの言を翻す。

 

「やっぱり気になるから、行こっ、綾小路くん」

 

 アレって確か、綾小路くんが止めなかったら、堀北鈴音が本気で攻撃されていたっぽいし。

 家庭内暴力とかクソだし見たくもないけど、止められるなら止めたい。鈴音ちゃ――いや、ううん、誰であっても、そういうので傷つくのは嫌だ。……止める手段は人任せだけど。

 

「気になるんだな……。なるほど」

「? どうしたの、綾小路くん?」

「いや、なんでもない。静かに追いかけよう」

 

 綾小路くんと揃って寮の外に出ながら、私は考える。

 私が堀北兄妹の密会に介入しようと考えたのは、堀北生徒会長の暴力を止めるため――だけではない。

 

 このイベントは、綾小路くんと堀北生徒会長のファーストコンタクトなのだ。それが知っている流れになるかどうか、見ておきたい。……私がいる時点で完全にアニメ通りは無理だろうけど。

 

 ともあれ、もしここで綾小路くんと堀北生徒会長の接点ができなかったら、そして堀北生徒会長が綾小路くんに興味を持たなかったら、何かしらの問題が発生する可能性がある。例えば、体育祭の最後のリレーの勝負が起きないとか。

 ……いや、ここで知り合いにならなくとも、須藤くんの暴力事件の時に関わりはできるか? ……ううん、駄目。逆の可能性――ここで綾小路くんが認知されるから、審議の時に堀北生徒会長が顔を出したって可能性もある。

 

 個人的には、九分九厘、妹がいたから参加したんだと思うけど……。

 ………、……………、ん? いや、でも、あれ? そんなことを思えるほど、私は堀北生徒会長について詳しくない……よ、ね……?

 

「――待て、櫛田」

 

 小声の制止と共に綾小路くんが、寮の裏手の角を曲がりかけた私の肩を掴んで引き戻す。と、同時に口も彼の手で塞がれる。

 それから綾小路くんは曲がり角ギリギリの壁に背を付けると、私の体を後ろから軽く抱え、二人で壁に隠れるようにした。

 

「っ」

 

 私が余計な行動を起こさないように拘束しているのだろうか? ……だとしたら効果てきめんだ。軽くとはいえ、男性――それも()()綾小路くんに抱えられた恐怖で体が硬直してしまっている。声も上げられない。痛いほどに心臓の鼓動だけは早まっているけれど。

 

「お呼び立てして申し訳ありません、兄さん。本来であれば私が三年生の寮に足を運ぶべきでしたが――」

「いや、いい。もう遅い時間だ。手早く要件を言え、鈴音」

 

 感情や意志に反して体は動かないが、聴覚は正常に働いているようで、その声は自然と耳に入ってきた。

 曲がり角の先には、どうやら堀北兄妹がいるらしい。

 

 なるほど。綾小路くんが止めてくれなければ、私は思考の海に沈んだままあの場に突入するところだったようだ。危ない。

 ……とはいえ、この止め方には正直文句を言いたいのだけれど……。

 

 …………ちょっと今は声が出ない(堀北兄妹に気付かれてしまうから『出せない』でもあるけれど)から、ひとまず今は我慢。頑張って意識を堀北兄妹の会話へと集中させる。

 

()きたいことがあるんです」

「ほう。それはまさか、自分がDクラスになったことの原因を教えろ、などと言うわけではあるまいな?」

「いえ、それは自身で分析しています。……正直なところ納得しかねる部分もありますし、この学校のことを完全に理解したとはまだ言えないので完璧ではありませんが」

 

 ――あれ? あのシーンって、こんなことを話していたんだっけ?

 それとも、アニメではカットや改変をしていただけで、原作ではこういう会話もあったのかな……?

 

 私が疑問に思っている間にも、兄妹の会話は続く。

 

「そうか……。それで? 何を訊きたい」

「その……兄さんは、親しい友人と喧嘩をしたことはありますか?」

「――む?」

 

 ……?

 …………???

 

 ちょっと話の流れが読めなくなった。

 というかこれ、絶対に知っている展開(アニメのシーン)じゃない。

 

 えっと、あの……あれ? いや、まさかここから堀北鈴音が何かしらの地雷を踏んで、堀北生徒会長が暴力を振るうほどの険悪な流れになる……の?

 

「親しい友人の顔は何人か浮かぶが……俺の予想では、おまえの言う『親しい友人』はもっと深い仲なのだろう。あるいは、特別であるがゆえに()()と考えるか。――先の質問に答えるなら、おまえの想定する事態と程度に差はあれど、俺にも友人と衝突したりすれ違ったりした経験はある」

「そうなんですね……少し、意外です」

「それは、どういった意味で言っている」

「いえ……その、兄さんであれば、対立する相手を即座に説き伏せることは容易でしょうし、すれ違いなどそもそもその芽すら()えぬよう徹底するはずですから」

「……今のおまえが俺をどう評価しているのかは理解した。だが、鈴音。時には真正面から意見をぶつけ合うことも必要だ。それが互いの理解を深めることに繋がる。そしてすれ違いが正されたとき、絆はより強固なものへと変わる。これからおまえがリーダーとしてクラスを率いていくつもりなら、覚えておけ」

「リーダー…………、はい、兄さん」

 

 ――二人の会話を聞いていても、どうにも私の知る通りの流れにはなりそうにない。

 そうなると、綾小路くんと堀北生徒会長が顔見知りになることもなくなってしまうのだけれど……。

 

 ……今、さりげなく音を立てて、堀北兄妹にわざとこちらの存在を気付かせてみる?

 

「っ」

 

 と、私の思考を読み取ったわけではないだろうが――何か危険なものを感じ取ったのか、私の体を抑える綾小路くんの手に、さらに力が加わった。それだけで私の思考は強制的に中断させられ、体も動かなくなってしまう。

 

「……、」

 

 ふと、綾小路くんの視線が私に注がれたような気がした。

 けれど私が振り返って確認するより先に、状況が動き出す。

 

「兄さん。もう一つだけ、教えてくださいませんか?」

 

 堀北鈴音の声は震えていた。

 そして、どこか湿ったものを感じさせた。

 それを聞いているだけで――なぜだか、胸の奥が痛むようで。

 

「私には今、喧嘩中の友人がいます。……いえ、少し違うかもしれません。疎遠になってしまった……嫌われて、遠ざけられている……そう表現するほうが的確でしょうか」

「……、」

「心当たりは……普通の相手なら、きっと私の言動が問題なのでしょう。でも、()()はそんな私でも気にしなかった。……それに甘えていた結果、我慢の限界が来ただけなのかもしれませんが……。わからない、わからないんです。どうしてなのか――どうして、こうなってしまったのか……っ」

 

 嘆くように。

 喘ぐように。

 願うように――。

 彼女は、縋るように、吐き出した。

 

 

「どうすれば……どうすれば、私はまた――桔梗さんと、あの頃のように、笑って話すことができるでしょうか……?」

 

 

 ――――? ――――、――、――――ッ。

 凍結した思考をそのままに。

 あるいは閉じ込めるように、私の世界は音を失った。

 

 唐突に気を失ったわけではない。そうなる理由がない。そう――ただ、私の耳を、誰かが覆ったのだ。

 

 それが誰なのかを察した瞬間、意識はぷつりと途切れてしまったが。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 好奇心は猫をも殺すというが、沸き上がったそれらしい感情に乗ってみるのは、今回ばかりは失敗だったようだ。

 いや――本当に駄目になるかどうかは、これから次第か。

 この反応を確認できただけでも、今日のことは有益だったと言える。

 

 そんな余分な思考を他所に、オレは堀北兄妹の会話に耳を傾ける。

 ――気絶した櫛田の体を、抱き締めるようにして支えながら。

 

 ……なんというか、自分がとんでもない不審者に思えてくる。

 今のオレの状況を客観的に述べると、夜中に外で意識のない女子を抱きかかえながら、密会する男女の話を盗み聞きしているというもの。

 ……とんでもないやつだ。もし今誰かが通りかかったなら、すぐさま通報されるレベルである。

 

 まあ、櫛田が気絶したのは想定外だったが、騒ぎ出して堀北兄妹に見つかるよりはいい。むしろ、櫛田の耳と口を塞いだうえで暴れないように拘束する――なんて手間を省けたのだから、都合が良いと考えよう。

 そんなオレの思考はさておき、兄妹の会話は続く。

 

「何があったのか、詳しく聞かなければ俺にも答えようがない。だが、鈴音――おまえは心の底で、どうすれば良いのかわかっているのではないか?」

「私には……わかりません。……、いえ、そうですね。兄さんの言うとおり、やるべきことは……わかっているんです。話すこと。まず、彼女と話さなければ、なにも始まらないと。でも――……勇気が、出ないんです」

 

 こんなにも弱り切った堀北の声は、初めて聞いた。

 普段の堀北からは想像も付かない態度。だが、それだけ堀北が友達――櫛田に対して強い想いを抱いているということなのだろう。

 

「それに……中間テストを二週間後に控えた今、誰か一人に注目している場合ではありません。この学校では、クラスの皆で一丸となって戦っていかなければならない。でも、それでも私は、彼女のことを無視するなんて……できない。できないんです……っ! ――けれど、なのに、私は、いざ桔梗さんに話しかけようとしたら……どうしてか、とても怖くなってしまうんです……」

 

 自らの感情を吐き出す堀北の声を聞きながら、オレはすぐにこの場を離れるべきかどうかを考えた。

 

 本来、兄妹のこの会話は、部外者であるオレが盗み聞きしていいものではない。

 ならそもそも後を付けるような真似をするなという話だが、あの時は堀北の思い詰めたような表情を見て、心配になったのだ。まさか飛び降りでもする気か、と。実際には家族に悩みを相談するだけだったが。

 

 ともあれ、もう心配は要らないだろう。

 堀北兄がどんな助言をするのか、堀北が最終的にどのような決断を下すのか、気にならないと言えば嘘になる。だが、これ以上はオレが聞くべき話じゃない。長居して誰かに見つかるのも厄介だしな。

 

 そう判断し、オレは全身から力の抜けた櫛田をそっと抱き上げ、静かにその場を離れる――、

 

「……、」

 

 ……いや、待て。このまま寮に入るのは駄目だろう。

 今一度、自分の状況を客観視してみる。

 

 意識のない女子を抱えて、寮に入っていく男子……。

 

 …………犯罪臭がヤバイ。

 夜遅くだから誰にも見つからない? ――否、オレのように自販機で飲み物を買いに一階まで降りてくる生徒がいないとも限らないし、少なくとも寮の玄関付近に設置された防犯カメラには映ってしまうだろう。四六時中カメラの映像をチェックしているわけじゃないだろうが、後で見つかったら問題になる。

 

 たとえ防犯カメラの件を仕方がないと諦めたとしても、意識の無い櫛田をどうするのかが問題だ。

 

 オレがこのまま櫛田の部屋まで運ぶのは、さすがにやめたほうがいいだろう。夜の八時以降に男子が女子の部屋に行くのは、寮のルールで禁止されている。もし寮の上階――女子のエリアを歩くオレの姿を見られたら大変なことになる。下手をすれば性犯罪者として退学だ。

 とはいえ女子に助けを求めるにしても、この状況をどう説明すればいいのやら。正直に「堀北兄妹の密談を盗み聞きしていたら櫛田が気絶した」と言っても、事情を知らない人間には意味不明だ。

 

 だからといって、どこかに置いていくなんて非情なことをするわけにはいかない。

 最終手段はオレの部屋に運ぶことだが……見つかったらそれこそ大問題だ。

 

「……、」

 

 取れる選択肢は二つ。

 防犯カメラを避けつつ堀北兄妹に見つからないようにこの場を離れ、外で櫛田が目覚めるまで待つ。

 もしくは、誰か女子を呼び、(状況説明については何とか誤魔化して)櫛田を部屋まで運んでもらうか。

 

 女子を呼ぶなら井の頭かみーちゃんか佐倉か……いや、井の頭を言いくるめるのは難しそうだ。変な誤解を生んだ上で、妙な方向に話が飛躍しかねない危うさがある。

 

 どうしたものか……。

 

 と――そんなふうに悩んでいる暇など、ありはしなかった。

 

 

「綾小路くん……? と、ききょ――櫛田さん……?」

 

 

 終わった――……。

 振り返らなくとも声で誰かわかるが、オレはゆっくりと振り返る。

 

 予想通り、声をかけてきたのは堀北だった。その横には堀北兄――入学式や部活動説明会のときに見た生徒会長の姿もある。……まあ、一緒に寮の裏手から出てきたのだから当然と言えば当然だが。

 

「……奇遇だな、堀北」

「……。通報するから逃げないでちょうだい」

「待て待て待て、誤解だ」

 

 携帯端末を取り出す堀北を慌てて止める。

 

「何が誤解なのかしら。こんな時間に意識のない女子を自室に連れ込もうとする男子なんて、犯罪者以外の何者でもないでしょう」

「待て、鈴音。カップルの可能性も捨ててはならない。――その場合、生徒会に所属する者としては、不純異性交遊を咎めなければならないが」

「兄さん、櫛田さんが――いえ、櫛田さんと綾小路くんが付き合うなどあり得ません。もし仮にあるとしても、それは綾小路くんが櫛田さんの何らかの弱みを握って交際を強要した場合くらいでしょう。どちらにせよ通報すべきです」

 

 酷い言われようである。

 というかどこに通報する気なんだ。外部との連絡が禁止されているんだから、一一〇にかけるのも駄目だろうに。……いや、学校支給の端末で一一〇にかけると学校の警備にでも繋がるように細工されている可能性もあるか……?

 

 ともあれ、このままだと堀北の中でオレが完全に犯罪者になってしまうので、オレはきっちりと説明(もちろん嘘のだが)する。

 

「誤解だ、堀北。オレは櫛田を無理矢理部屋に連れ込もうとしているわけじゃない。これは、二人で夜風に当たりながら話をしている途中で櫛田が眠ってしまったから、仕方なく運んでいるだけだ」

「信じられないわね」

「これが事実だ、信じてくれ」

「まず、あなたたち二人がこんな時間に外で話をするというシチュエーション自体に無理があるわ」

「友達なんだから普通だろ」

「あり得ないわね。櫛田さんの性格的に、(ひと)()の無い場所で男子と二人きりの状況を作ることはない。もし必要に駆られてそのような状況になったとしても、常に気を張り詰めているでしょうから、睡魔に負けてそのまま無防備になるようなことはないわ」

 

 きっぱりと言い切る堀北。まあ確かにある程度危機感のある女子なら、そのような状況で気を抜くようなことはしないだろうが……。

 

「よっぽど眠かったんじゃないか? 昨日から寝ていなかったとか」

「日中の様子からしてそれはないわね。仮にそうだったとしても、彼女は死ぬ気で耐えるはずよ」

「……櫛田がオレに気を許している可能性とか、考えないのか?」

「ふっ……二重の意味であり得ないわね」

 

 鼻で笑われた。……言った自分でも「無いな」とは思っていたが、他人に言われるとちょっと落ち込むな。

 

「……まさか、恋愛がらみだったのか」

 

 ふと、そんな呟きが耳に届いた。

 音の発生源に目を向けると、堀北兄が顎に手を当てながら難しい顔をしていた。

 

「兄さん……?」

「いや……、そうだな。鈴音、おまえに男子の友人がいるとは、正直驚いた」

「彼は……友達なんかじゃありません。厄介で、不可解で、嘘吐きで……そもそもテストの点数で遊ぶようなふざけた人間ですから、仲良くしたいとも思えません」

「ふっ……それにしてはずいぶんと気安い仲に見えたがな」

「……どうしてそのように感じられたのか、理解に苦しみます」

 

 滅茶苦茶嫌そうな顔で言う妹に、堀北兄は(かす)かに笑みをこぼした。

 

 なるほど……。第三者から見て、オレと堀北は仲良さげに映るらしい。櫛田の言っていたとおり、本当に相性が良いのかもしれない。

 

 前に計画した『オレを通して櫛田と堀北を友達にしよう大作戦』は二人がもともと友人関係にあった(と思われる)ので中止していたが、目標を変更し、『オレを通して二人を仲直りさせよう大作戦』として再び動き出すのもいいかもしれないな。

 

 ……なぜか脳内大天使(くしだ)が「余計なことをして堀北さんを刺激するのはよくないから、様子見したほうがいいんじゃないかな」とアドバイスしてくれたので、一旦保留にしておく。

 

「――おまえ、綾小路と呼ばれていたな」

 

 堀北兄の鋭い視線が、妙な方向に思考を飛ばしていたオレを刺す。そこにどのような感情が乗っているのか全て読み切るのは不可能だが……なぜだろう、勘違いから発生する何か余計なものが混じっている気がしてならない。

 

 そんな妙な予感を抱くオレに対し、堀北兄は携帯端末の画面をこちらに向けてきた。そこに映っていたのは十一桁の数字と、アットマークを挟んだいくつかのアルファベットの羅列。

 

「俺の電話番号とメールアドレスだ、覚えておけ」

 

 堀北兄の横で、妹がぎょっとしたように目を見開いた。兄の行動に驚いたのだろう。オレも、生徒会長がなぜオレに連絡先を教えようとするのか不思議で仕方がない。

 

「なぜオレに連絡先を教えるんですか?」

 

 素直に訊いてみると、堀北兄はふっと笑って、

 

「必要になると判断したからだ」

「よくわかりませんが……手が塞がっていてメモが取れないので、忘れてしまうと思いますよ」

「なら、それまでの男だったというだけの話だ」

 

 そう言って、堀北兄は携帯端末をポケットに仕舞った。

 それから堀北兄は妹のほうに視線だけ向けると、ほんの少し柔らかい声音で言う。

 

「鈴音、おまえの歩む道は茨の道だ。それでも目指すものがあるなら死ぬ気で足掻け」

「はい、兄さん。……ですが、その、何か勘違いをされていませんか……?」

 

 妹の疑問には答えず、堀北兄はこちらに背を向け、夜闇の中へと消えていった。

 

 この生徒会長との邂逅がこの先の学校生活にどう影響を及ぼすのかは不明だが、ひとまず連絡先については頭の片隅に留めておこう。いつか使えるかもしれないしな。堀北に酷い無茶ぶりをされたときにチクるとか。堀北は兄の前だとしおらしかったし、有効だろう。……堀北兄はそんなことをさせるためにオレに連絡先を教えたわけではないだろうが。

 

 さて――生徒会長は去ったが、オレの危機は終わらない。

 どうやって堀北を(だま)くらかし、櫛田を部屋まで送ってもらおうか。

 高速で思考を回すオレだったが、こちらが何かを言う前に堀北が口を開いた。

 

「ところで下衆(ゲスの)(こう)()くん、いったいいつから私と兄さんの話を盗み聞きしていたのかしら」

 

 スッと目を細め、こちらを睨み付けてくる堀北。

 無駄なことだと思いながらも、オレは意味がわからないとばかりに首を傾げてみせる。

 

「なんのことだ?」

(しら)を切るつもり? 悪いけれど、確信しているわ。私、櫛田さんの気配ならどんな状況でも気づけるの」

「えぇ……」

「冗談よ」

 

 堀北はそう言うが、ちょっと本気に思えてしまうくらいには真剣な目をしていたようにオレには見えた。

 

「こんな場所に立ち尽くしていた人間を疑わないほうがおかしいでしょう?」

 

 オレは気絶してしまった櫛田の扱いに悩み、堀北兄妹の密会を覗いていた場所から動いていなかった。堀北がそう思うのも当然か。

 

 おそらく堀北兄も気付いていただろう。言及しなかった理由はわからないが。

 ともあれ、確信を持っている今の堀北を誤魔化せないと判断したオレは、諦めて降参する。

 

「悪い、おまえが生徒会長に『親しい友人と喧嘩したことはあるか』と質問した辺りから聞いていた」

「ほとんど最初からじゃない……」

「半分くらい偶然のことだ。自販機で飲み物を買ってたらおまえが妙に思い詰めた顔をして外に出て行くのが見えて、気になって追いかけたんだ」

「櫛田さんと二人で?」

「櫛田とは、たまたまロビーで会って話してたんだよ。櫛田も、ずいぶんおまえのことが気になっていたみたいだ」

「……、それで? どうして櫛田さんはそうなっているのかしら」

 

 当然の質問に、オレは正直に答える。

 

「おまえと生徒会長の話を聞いているうちに気絶した。理由は知らない」

「……、そう」

 

 眠くなったんだろ、などと言って誤魔化せるとはさすがに思えないのでありのままに答えたが、堀北は思うところがあるのか、目を伏せ短く相づちを打った。

 それから堀北は少しだけ考え事をするように顎に手を当てていたが、一度深く息を吐くと、再びこちらに視線を戻す。

 

「まあいいわ。――これ以上下衆(ゲスの)(こう)()くんに体を弄ばれたままなのは、櫛田さんが可哀想ね。私が部屋まで運ぶから、ゆっくりこちらに渡しなさい」

「弄ぶって……誓って変なことはしてないぞ」

「そうかしら? 表面上冷静さを装っておきながら、心中では櫛田さんの体に触れて興奮しているんじゃないかしら。下劣ね」

「事実無根だ」

 

 柔らかいなとか、良い匂いがするなとか、別に思っていない。だから堀北、そんな性犯罪者を見るような目をオレに向けないでくれ……。

 

「というか堀北、おまえに運べるのか?」

「女子一人を背負って運ぶくらいできるわ。そんなに距離があるわけでもないのだし」

「だが、一人だとドアとか開けられないんじゃないか?」

「…………、」

 

 結局、オレが櫛田を部屋まで運び、それを堀北が手伝いつつ(オレが変なことをしないかを)見張ることになった。

 

 防犯カメラに映ってしまうとか、途中で誰かに見つかるとかはもうこの際諦めた。堀北という女子が隣にいる状況なら、オレ一人の時よりも言い訳しやすいだろうし、もし見つかってもなんとかなるだろう。……たぶん。

 

 

 静かに寮に入り、上階に上がるためにエレベーターに乗り込んだところで、オレはふと気になったことを口にした。

 

「なんというか……変わったな、堀北」

「……抽象的でよくわからないわね」

「雰囲気というか、気概というか……悪い、上手く言語化できない」

 

 以前までの堀北と比較して、どこか違和感がある。オレはそのように感じた。

 要領を得ないオレの発言に、しかし堀北自身も心当たりがあるのか、少しの間を置いてから彼女はこう答えた。

 

「――ただ、受け身のままでは駄目だと気づいただけよ」

 

 おそらくだが、堀北兄との会話が良い影響を与えたのだろう。

 自然と、オレの口元に笑みが浮かんだのを感じた。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 桔梗さんを彼女のベッドに寝かせ、私――堀北鈴音はふと思い馳せる。

 

 兄に対して放った、決意の言葉。

 桔梗さんがどのタイミングで意識を失ったのか知らないので、その言葉を彼女が聞いていたのかはわからない。

 

 いや――たとえ聞いていたとしても、そうでなくとも、ただ自己満足のために……自分の意志を強固なものにするために、私はそれを、意識のない桔梗さんの前で口にする。

 

「何度すれ違ったとしても、そのたびに言葉を重ねれば、きっとまたわかり合うことができる――」

 

 それは過去、彼女が私に言ったこと。

 

「今までの私は受け身でしかなかった。いつもあなたから話しかけてくれていたから、今回もあなたに甘えていた。でも、今度からは違う。今度は私から動く」

 

 それは誓いの言葉。

 

「……あなたが私に言い、実行して見せたことを、今度は私がする。――友達、だから」

 

 きっと、想いは届く。

 そう――信じて。

 

 




 堀北兄の妹への対応が原作やアニメと違うのは、中学時代のことが関係しています。詳しいことはそのうち……。
 ついでに綾小路への対応も微妙に変わっています。コレについてはシチュエーションの問題でもありますが、手合わせしたわけでもないのに評価が高いのは……いずれ……。

 ちなみに綾小路の脳内櫛田は、綾小路の思う「櫛田ならこう言うであろう」というシミュレーションです。
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