アーチニンジャ:ネオサイタマ奮闘記 作:コースト
(前回までのあらすじ:イシハラにはロガーがインプラントされており、フォーアイズはそこから情報を抜き出すことでイーハトーヴの行方を追えるだろうと提案する。ログを解析したところ、狙い通り位置情報と、偶然にもイーハトーヴが仕込んだと思われる音声ログが発見された。驚くべきことに、そこにはアクタ・ニンジャのかつての配下、イブシ・ニンジャの声があった……。)
ブウウウ―――ン……。
深夜。墨汁で塗り潰したような漆黒の空から、粘ついた重金属酸性雨が降り注ぐ。高層ビル群の谷間を抜け、一台のウルシ塗りの車が路肩に滑り込む。鈍色のPVCコートを羽織り、俯きながら歩く群衆は、その黒い塗装とNSPDの威圧的な紋章の前では途端に早足になるか、そもそも近寄らない。
その車両のドアを開け、降車する複数の人影あり。後部座席から二人、助手席から一人。
「ここか。座標が示す場所は」
黒い柄の傘を差し、助手席のドアを閉め、私はそのビルを見上げた。壁はひび割れ、窓ガラスは所々欠け、コケ類植物が壁面を不気味に侵食しかかっている。
「その通りだ」
その隣にイシハラが並ぶ。私は正面に掲げられた看板を見た。朽ちた文字で「新田商事」と彫られている。廃ビルの一区画を改造したとか、その類だろうな。彼女が商いをしていたという情報はない。
「……」
私はイシハラを一瞥した。彼は腕を組み、物憂げにビルを見上げている。彼の内側を満たすのは懐古の念か、それとも……。
「大丈夫なのか?」
思わず声をかけてしまった。
「大丈夫……と、言いたいところだがな」
肩を竦めるイシハラ。
「さすがに少しは緊張するぜ」
「……」
無理もないことだ。私だって緊張している。あの音声ログには驚いた。よもやよもや、我が配下イブシ・ニンジャが関わっているなど、夢にも思わなかったのだからな。
元々、同行つもりではあった。明確な動機が生まれたのだ。あやつが一体何を企み、どうしてイーハトーヴを襲撃したのか。師として、私は彼の動向を把握する責務がある。
「お二方。そんな芳しくない表情をなさって、なにか変調にでも罹ったのかね」
気がつけば、無意識のうちに私も深く考え込み、俯いていた。その視界に割り込むように、フォーアイズが顔をのぞかせる。私は我に返り、慌てて首を振る。
「な、何でもない。お前こそ、それ重くないのか?」
咄嗟に話題を逸らそうと、私は彼が背中に背負うバックパックを指した。両側面の口が開いており、そこから機械の腕が2本、かのオダ・ニンジャの四つ腕めいて生えている。その大きさは、彼の矮躯にはアンバランスと言わざるを得ない。
「ああ、これか。フッ……重くないといえば噓になるが……なにせ、我は非力だからね。どうしても必要なのさ。
フォーアイズの背中の腕がワキワキと動き、そして誇らしげにダブル・サムズアップをした。見た目は無機質といえど、その所作には血の通った生々しさを感じる。
……まあ、これについては車内移動中にかいつまんで説明してもらった。要するに追加の義手であり、非力な彼に代わって膂力を発揮してくれるらしい。他にも数多の追加機能があるようだが、聞くと永久に喋りかねないが故、私の方から遠慮しておいた。
「そこまでせずとも、いつもの如くドロイド越しにサポートしても良いだろうと、このアーチニンジャは思うのだがな」
「ノンノン、今回ばかりは例外だ。蒸発した師匠の行方が分かるのだよ。未発見ルート分岐を見つけたとき以上の期待感がこの胸を満たしているというに、それは生殺しもいい所だ」
……まあ、本人がそれで納得しているんだったら、いいんだろう。死んでも知らないけどな。
「あンまたむろするな、目立つだろ。そろそろ行ってこい」
車から声が聞こえる。振り向くと、ネオテリックが運転席から窓を僅かに開け、ハンドサインでビルの中に入るよう促している。
今回送迎役を果たしてくれたのは彼だ。作戦上では、彼はこの後もパトロールと称して周辺区域の巡回を続け、私らの連絡を待ち続けるだろう。そうせざるを得なかった。この捜査は、今のところフォールアウトと接点があまりない。故に任務として出撃許可が下りないため、「ネオテリックによるパトロール」という名目で秘密裏に向かうしかなかったのだ。
あとはステディも来れなかった。これは警察署上層部から様々な書類作業をマルナゲされ、相も変わらず忙殺されているというのもある。それに、いつフォールアウトが動くか分からんし、常に通報に対応できる奴も必要ということだ。マインドシーカーは相も変わらず連絡が取れず。
そしてこのトリオになった。私、イシハラ、フォーアイズ。戦力的には些か不安だが、まあ、問題ないだろう。実際、ただの家探しだしな。
「ハァ……行くか」
溜息の止まらないイシハラが先導し、私たちはビルの中へとエントリーした。
事前に得た情報では、イーハトーヴは5階に居を構えているらしい。
もちろん高い。万が一、転落でもしてみろ。私ならウケミで衝撃を逃せるが、残りの二人は死ぬだろうな。
「ハァ……ハァ……クソッ……」
いや……本当にそうだろうか。階段を上るだけで息を切らす私に、咄嗟のウケミなぞ取れるか? むしろなんか涼しい顔をして上り続けるこやつらの方がなんやかんや生き残るんじゃないのか?
そりゃあのんびりする理由も別にないが、だとしても早足でセカセカ上りすぎなんだよ。イシハラはともかく、何でフォーアイズまで涼しい顔をしているんだ。あんな重そうなバックパックまで背負いながら。
クソッ、エレベーターさえ動いていれば、こんな下らぬ苦労失くしてひとっとびだったのに。何で通電していないんだ。そうか廃墟だからか。
「着いた。5階だ」
壁に掛けられた掠れた表示板を見上げ、階段を上り切ったイシハラが呟く。フォーアイズと共に部屋番を改めて確認すると、目的の部屋へと向かっていった。約5秒ほど遅れて、息も絶え絶えの私がその背中を追いかける。
……ドンッ。
「ウッ」
呼吸を整えるのに意識を割きすぎ、前すら見ていなかった私は、イシハラの精悍な胴体に頭から追突した。反作用で後ろに倒れかかるが、何とか堪える。
「あっ……悪い。つ、着いたか」
首を振り、おぼろな視界の焦点を定め、私は周囲を見渡した。古びた廊下。突き当りには両開きのショージ戸がある。コンクリートは劣化し、鉄筋すら見えている。蛍光灯もぶら下がっており、光源の類は皆無。
私達はこの細長い通路の壁面にずらっと並ぶ扉、そのうちの一つに立っていた。一見すれば、それは他のものとさして変わりない、森の中の樹木のような扉だ。
だが、イシハラが暫く地図と周囲の間取りを見比べると、やがて頷き、そのメモを懐に押し込んだ。
「ああ。ここがイーハトーヴと……かつての俺の拠点だ」
「ふつうのオフィスビルっぽい所にあるんだな」
「まあ、そうだな。木を隠すならなんとやらっていうだろ。だが気をつけろよ。泥棒対策に、玄関からリビングにかけてあいつが仕掛けたトラップまみれなんだからな」
「まあ……大丈夫だろ。で、鍵の類はあるのか?」
「電子ロックだ」
イシハラが指差した先に、鍵穴に置き換わるように設置された長方形のデバイスがある。
「……なんだこりゃ」
「フム。一見、サタ社の何の変哲もないセキュリティデバイスだ。だが……魔改造されている」
フォーアイズがそのデバイスにそっと触れ、獣の毛並みを堪能するようにゆっくりと撫でていく。撫でただけで分かるものなのか。
「その通り。アイツはこれのキーカード認証を改造し、生体認証に変えさせた。ちょっと見てろ」
そう言うと、イシハラはドア横にあるインターホン機械に視線を向けた。側面に指をかけると、それはパカッと開き、中から眼窩めいた形状のモニタが現れた。
「まだ機能が生きているなら……このセンサーに密着して、目を当てれば――」
彼は徐に目を見開き、そのセンサーに目元を密着させた。壁に接吻しているようで、滑稽だな。
「んん?」
しばらくして、彼はセンサーから目を離した。訝しげにそれを軽く叩いたかと思えば、再び顔を近づける。どうやら、事態は進展していないようだ。
「……アー、やっぱ、壊れてっか……」
退屈を紛らわそうと、通路突き当たりのショージ戸に向かおうとしたところで、イシハラは不本意そうに結論付けた。
「入れないのか?」
「いや、まあ……そりゃ生きてないよな、離れてから大分経ってっし。だが、どうすっかな……」
「我に任せたまえよ」
頭を掻きながら首を傾げるイシハラの前に、フォーアイズが出た。
そして、背中の義手の指がひとつひとつ組み変わり、それぞれ違う工具へと変化した。
「このフォーアイズが解錠してみせよう」
「……うわ」
「全然構わないが……なあ、出来るのか?」
イシハラの意欲的なその態度は、たじろぐ私と対照的だ。
「問題なし。我はイーハトーヴの弟子であり、ハッキングの心得を悉く授かっている。ましてや、師謹製のセキュリティなど我の専門と言って過言では無い」
事も無げに言うと、フォーアイズは懐から「バリキ」を取り出し、一気に飲み干した。
そして工具がデバイスに向かって伸び、コトを爪弾くが如き繊細な手つきで次々と触れていく。チキチキッ、チキチキツー。微細な機構音が鳴る度、トーフめいた機械が滑らかに分解され、遂に緑色の薄板一枚となった。隅にはソケットの挿入口があり、彼はうなじに埋め込まれたコードを伸ばし、そこに差し込んだ。
体が僅かに痙攣した後、目を覆う円形デバイスに裏写りした文字列が滝のように流れだす。
「なるほど……高度なセキュリティキーだ。ほう、これはこれは……高級ヴィジュネル暗号か」
「ヴィ、ヴィジュ……?」
「ヴィジュネル暗号。鍵となる文字列に、複数の換字を施す暗号方式だ。確かに、イーハトーヴが好んで使っていた」
クソッ、イシハラの解説ですら何言ってるかわからん。ゲン・ジツで生成した幻影のニンジャがまたゲン・ジツを発動するとかそういうのか?
「……何でもいい。で、解けるのか?」
「焦るな、アッシュピット=サン。ベイビー・サブミッションとは言わないが……もうすぐだ……」
気が付けば、デバイスを分解するために忙しなく動かしていた義手はすっかり折りたたまれ、彼は微動だにせず固まっていた。私は固唾を飲まずに見守った。
……間もなくして、ボードの隅で光っていた赤色のランプが緑色に変化し、扉からガチャリと音が鳴った。
「解錠成功。フゥ、疲れた」
額の汗を拭きながら端子を仕舞うフォーアイズ。ドアノブを引っ張ると、扉は何事もなかったかのように呆気なく開いた。籠った熱気が広がり、妙な匂いが鼻についたが、気にするほどではない。
「すげぇ……アイツのロックをこんなすぐに……」
「やっと開いたか。強敵だったな」
そう言いながら、私は下ろしていた腰を上げ、パーカーの裾をパンパンと叩いた。
「ああ。だが油断ならぬ強者であった。精神を使ったよ。一歩間違えれば我々は敢え無く爆死していたことだろうだしな」
「……は? 爆死?」
「下手に触れると起爆する小型爆弾が仕込まれていた」
「エッ!?」
思わず面食らい、飛び上がり、扉から数歩退いた。
「貴様……言えよ! そういうのは! もし起爆したらどうするつもりだったんだ!」
「下手に不安を煽るメリットなんてないだろう? それに鍵は開き、もう既に爆発する心配もない。チョージョーではないか」
「……だ、だけども……」
言葉に詰まった私は、イシハラに水を向けた。
「おい、お前はどうなんだ! シツレイだと思わないのか!?」
「ンー……まあ、鍵は開いたからいいじゃねーか。アイツならそういうの仕込んでいても可笑しくねぇしさ」
「ッ……」
気にしてるのは私だけか。この朴念仁共が、これじゃあひとり過剰反応し損じゃないか!
思うような同調を得られなかった私は、もはやヤケクソ気味に玄関の正面に立ち、音頭を取った。
「……よし! イシハラはナビゲーター、フォーアイズはハッカー。となれば、部屋内部の先遣隊はこの私が担ってやるのが道理だろう!」
「お……おう?」
「お前らはそこで待て! 安全を確認できたら合図をするが故!」
私は意気揚々と足を運び、イーハトーヴの秘された拠点へとエントリーした。
カチッ。三歩目を踏み出したところで、足元から乾いた音がした。
……パシュッ。続けざま、横からも。
「……エッ――」
横に目を向けると、テッポウが見えた。銃口がこちらを向いている。ニンジャ動体視力で、その口から何かが飛び出しつつあるのが見えた。
……まだ避けられる。咄嗟に屈めば――!
「危ねぇ!!」
鼓膜を劈く怒号が炸裂した。直後、背後から誰かに抱き着かれ、グイッと全身を引き倒された。
髪が前方に靡く。その毛先を掠めながら何かが目と鼻の先を横切り、すぐ横の壁に着弾し、痕を残した。
「ゴフッ」
私を抱えた誰かはそのまま背中から倒れ込み、苦しそうな喘ぎ声を漏らした。イシハラだった。地面と私とで圧迫されたようだ。私は一瞬呆然としたが、その後すぐに状況を把握した。
「あっ……だ、大丈夫か!?」
胴体に巻き付く腕を振り払い、イシハラの様態を確認した。呼吸が止まったのか、浜に打ち上げられたマグロめいて口をパクパクさせている。
「脊椎が圧迫され、一時的に呼吸不能になっただけだ。すぐに治るとも」
冷静に分析するフォーアイズ。
「それにしても……アッシュピット=サン。先刻の彼の警告を失念したのかね?」
「……ッ」
……玄関からリビングにかけてアイツの仕掛けたトラップまみれ。
聞き流してはいなかったが、肝心な時に限って思考から抜けていた。
「ッハァッ……ゼェッ……クソッ、肝が冷えたぜ……」
フォーアイズの言葉通りさほど間を置かず、イシハラが上体を起こした。自らの胸をわしと掴み、荒い呼吸で肩を上下させている。
「……すまん、イシハラ。お前も余裕がないってのに……」
「全くだ」
遠慮がちに声をかけたものの、その物言いは歯に衣を着せないそれだった。
「人の話は聞いてくれよな」
……ちょっと怒っている。
いや……むしろその程度で済んだのが幸いというべきなのか。
【続く】