魔法少女ミカンオレンジの参戦。
それはこの場の誰にとっても予想外で、宴もたけなわだった戦いの場を揺るがすものだった。
「私のフレッシュレーダーがビビビーッ!! って鳴ってるわ! つまりあんたが悪であの娘が正義、そうでしょう?」
ミカンオレンジは同意を求めるわけでもなく、自信のままに断言しながら魔力を昂ぶらせる。
その魔力の量に
「お、おねえさん……。ごめん、なさい……。私……」
「謝るのは私の方だろ。立派に戦ったぜ、お前は」
罵倒を吐かれるのではなく、まるで自分が悪いと言わんばかりの謝罪。
そんな一声を予想外だと思いながら、軽く慰めつつもどう収めようか考えてすぐに閃き、弱った
「えっ」
「んぐっ」
再びくるりと裏返る世界。転移と呼ぶにはあまりに雑な力業に、一触即発の二人はたじろぐ。
「うっそでしょ、今のって
「おーいホイップちゃーん。帰って良いぞー、はいお疲れー」
彼女らの困惑が戦闘の開始を食い止めている一瞬。
その間に
発生した衝撃は吹き抜ける風となり、ホイップを吹き飛ばして星へと変えてしまう。
「まーたーでーすーかーっ!!!」
「おーじゃーなー。機会あったらまたよろしくー」
邪魔者は消え去ったと満足気に手を振り、次の問題だと気持ちを切り替える
ごほんと軽く喉を鳴らし、気持ちを切り替えながら、警戒している橙色の少女に改めて目を向ける。
その名の通り、ミカンを思わせる色の短髪。艶やかな橙の手袋に、袖はなく腹も出した魔法少女にしては冒険的な服装。
……若いってのは強いよな。齢二十三でこんな格好している私が言えたもんじゃないけど。
「……あんた、何者? 魔法少女よね?」
「あーごほん……そうだよ♥ ベルはベルって言うの♥ よろしくね、ミカンオレンジさん♥」
聴いているだけで胸焼けしそうな、蜂蜜を塗りたくったような甘ったるい声。
ベルとしての配信用テンション──究極の猫かぶりでの挨拶に、後ろにいた結月は小さくながらも吹きだしてしまう。
「ええ、よろし……じゃない! あんた、あいつのこと逃がしたわね!? 今のやつ、メケメケ団のホイップでしょ!?」
「えー何のことー? ベルぅ、ムーンちゃんを守らなきゃぃいけなくて必死だったんだー♥」
一瞬、痛みに顔を歪ませるが、光を帯びた手はすぐに傷を治してしまう。
「……何よ、あんた。さっきまでそんな話し方じゃなかったくせに」
「ついとっさで……よよよっ♥」
「はっ、胡散臭っ」
ひたすらに煙に巻く
剣呑な雰囲気。敵はいなくなったはずなのに、場には先ほどよりも遙かに濃い緊張が走っている。
「あ、あの! た、助けてくれてありかがとうございます!」
だが張り詰めた風船のような空気の中、この場で唯一戦闘後である少女が頭を下げる。
それを見て、ミカンオレンジは多少ながら警戒を解く。無論、もう一方の猫被りへの敵意は微塵も衰えさせないままで。
「私は……魔法少女ブルームーンです! ミカンオレンジさんで合ってますよね!」
「ま、まあね! ふん、感謝されてあげてもいいんだからねっ! だって私、魔法少女ミカンオレンジだもの!」
「ブルームーンだっけ? あんた中々やるわね! メケメケ団の三幹部、私ほどじゃないけど結構強いのよ?」
「三……幹部?」
「知らない? もしかして、
「オイル……油? すみません、まだそういうのがよく分からなくて……」
「やだ、もしかして新人? うそでしょ、それで戦えたなら相当の逸材じゃないっ!!」
きゃー、と耳鳴りのしそうな女子らしい叫びで盛り上がるミカンオレンジ。
そんな少女達を余所に、声も発さず、こちらをじっと見続けてくる兎を鬱陶しく思いながら、
……楽しそうだな若者同士。いい加減ヤニも摂りてえし、もう飽きてきたぜ。ふわぁ。
「そうよ、魔伝の交換しましょ! ……ってあなた、マスコットは?」
「マスコット?」
「あ、もうこんな時間♥ ムーンちゃん♥ お塾の時間だから帰ろっ♥ またねーミカンオレンジさん♥」
「あ、ちょっと待ちなさい!」
適当に話を切り上げ、結月の手を引っ張って飛び上がる
「ムーン! せめてあなたの連絡先を──」
「これをマスコットに食わせれば登録されるから♥ じゃあね♥ 後始末よろしく、ミカンお姉さん♥」
「えっ、ととっ。何よこれ、名刺……って違う! あんたのじゃないっつーの!」
ミカンオレンジの黄色い声を無視しつつ、
「ふうっ。まったく、女ってのはどうしてこう話し始めると長いんだ」
「……女ですよね、お姉さんも」
「私は特別。かったるい人付き合いは苦手なんだっつーの」
追ってこないことを確認しつつ、少し離れた辺りに着地し変身を解く二人。
元の背丈とジャージ姿に戻った
「あの、あの……」
「んじゃ今日は解散なー。はーいお疲れー」
「あ、あのっ!」
一通り終え、さっさと背を向けて去っていこうとする
そんな彼女に
「ん、どうした?」
「せ、説明が足りてません! お願いします!」
「……あー、まあ確かに。んじゃあ買い物ついでに教えてやるよ、門限とか大丈夫か?」
「大丈夫です。お願いします」
そんな彼女の手を握りながら、
「で、結局何が聞きたいんだ? こんな往来で話すのは結構あれなんだが」
「全部です。今日のこと、一切合切。包み隠さずにです」
「えーめんどっ。これだからゆとりがよぉ……って、ゆとりはもう終わったんだっけか」
歩いて数分の場所にあったスーパーの野菜売り場にて。
複数のもやしパックと向かい合う
「なら好きなことから質問してこい。出来る範囲で答えてやるから」
「ではまず、あの人──ミカンオレンジさんは何なんですか?」
「ああ、魔法少女。ありゃそのままだぜ? 近所にもいたのは私もびっくりしてる」
吟味の末、選んだ袋を緑の買い物かごへと放り投げて歩き出す
「マスコット絡みも聞きてえだろうから纏めて答えると、あいつらは新世代って言ってな? お前とはちょい違う、現代における一般的な魔法少女ってやつだ」
「私と、違う……?」
「そう。あいつの側に兎のマスコットがいたろ? 現代の魔法少女ってのはあれを媒体に変身するんだ。お前で言う手鏡の代わりってわけ……おっ、これ美味そっ」
そうして食品は見終わったのか、余計に寄ることはなく日用品売り場へ進んでいく。
「ちなみに、違うったってそこまで気にしなくていいからな。あのマスコットは便利だが、所詮は簡略化に過ぎねえから。最低限の機能とある程度の会話が可能な携帯電話、そんくらいの認識で良い」
「……聞く限り、便利そうですけど」
「まあな。ま、外法に手を出す気がないなら今のところは諦めな。旧世代ってのはそういうもんだ」
「ま、その辺りはあのミカンってやつに訊いてみな? お前のことを気に入ってたし、活動範囲が被ってんならきっと機会はあるだろ。で、次は?」
「え、うーんと……じゃあ
「ああ、それは確か魔法少女界の秩序維持のための組織……そのはず。業界の
そうして特に買う物もなく、けれど急ぐこともなく食品売り場をぶらついていると、
「……何か買いてえのか?」
「い、いえ! ごめんなさい、気にしないでください!」
「……はあっ」
そこまで遠慮されると逆に気になって仕方ないと。
「さて、好きなの一個かごに入れていいぞ
「え、でも……」
「でももへちまもない。こういう時は大人の顔を立ててありがとう、って喜ぶのが好かれるやつのコツだぜ?」
……やっぱどんだけ大人びようとガキはガキか。だがまあ、その方が様になっているってもんだ。
背を向ける
仕方がないので
「しっかしいろんなもんがあるなぁ。……おっ、シガレット。ガキの煙草か」
その中でも、
煙草を模した、所詮子供だましの甘ったるい駄菓子。けれどそれは確かにあれを模した物。
「……一応買っとくか。ガキの手前、本物を吸うわけもいかねえし」
服なんぞよりもっと臭いの染みついた、あの部屋の中に招いておいてよくもまあ。
そんな風に自虐しながらも、とりあえずは一つとかこの中へ放り込むと、何かを手の中で握った
「決まったか……もっと大きなもんでも良いんだぞ? ポテチみたいなやつ」
「良いんです。……これが、良いんです」
「ん、そうか。なら行くぞ、消臭剤買い忘れたわ」
「あ、あの! ありがとうございますっ!」
頭を下げてくる
……ああ、そういや感謝されんのは久しぶりな気がする。
金貰える投げ銭なんぞより、どうにもむず痒くなっちまう。損しているだけだってのによ。
「で、後なんだっけ? もう終わりでいいか?」
「……後二つあります。あの口調についてなんですが──」
「あれはただのキャラ作りだからツッコむな。そして以後は後ろでも笑うな、いいな?」
よっし。理解が早くて助かる。まあされなくとも構わないんだけど。
素で年の離れたガキ共の相手なんざ出来ねえし、何より魔法少女ベルのキャラに合わねえからな。
どうせやるなら配信用のテンションを全力で。
いざライブする時の練習にもなるし、私の心が擦切れていく以外は良いこと尽くしってやつだ。
「んで後一個だっけ……おっ、どうした?」
再度日用品で寄り、消臭剤を取ってから最後にドリンクコーナーで水を確保。
そして会計を済ませてスーパーから出た後に、
そこに
「なんで、なんでお姉さんは、私を、一人で戦わせたんですか……?」
声を震わせながら、出だしを掠れさせながらも、確かに
……嗚呼、そういうことか。
聞かれねえのかと少し意外に思ってはいたが、ずっとどう切り出すかを迷っていたんだな。
「……悪かったとは思ってる。大人としては最低なことをした、それは自覚してるよ」
「だが、謝る気はないぜ。昨日お前が進みたいと言った道ってのは、そういう場所だからだ」
けれど、少女の悲痛な問いに
誠実に、けれども残酷なまでに。そうすることが当たり前のように、淡々とした口調で。
「分かったはずだ。お前が挑む場所ってのは、一歩間違えれば容易に死ぬような場所だと。今日ので骨一つ折らないのが魔法少女って力だが、私かミカンってやつがいなきゃお前は死んでいた。誰にも見られることなく、お前は終わって朽ちていたんだ」
何も知らぬ人が行き交うスーパーの前だというのに、
だからこそ、尋ねた側であったはずの少女は息を呑んでしまう。その迫力に、その言葉に何一つ偽りがないことを、既に己が身で理解しているがために。
「幸いにして伝手は出来た。あれは言葉の割に面倒見良さそうだし、私なんぞより優しくゆっくりと伸ばしてくれるはずだ。お前が本当に自分の身を思うってならその方が絶対にいい」
「……」
「だが、私についてくるってなら今後もこういう理不尽ばかりだ。お前が泣いて苦しんで恨んでも、私は説明もせずに地獄へ突き落とす。……結局私には、それしか出来ないからな」
「だから自分で決めろ。この先も私についてくるか、それとも今日で違う道を行くかを」
その言葉を最後に、
これが手切れの一品か、それとも今日一日の褒美で終わるか。
それを選ぶのは、差し出された少女。受け取るも叩いてその場を去るのも、全て彼女次第。
「……強くなれますか。お姉さんとであれば、私は私であれますか?」
「さあな。結局はお前次第だ」
「……なら、決まっています。だから私は、あなたの元へ来たんです」
けれど迷いは一瞬。
すぐに顔を上げた
「私を離さないでください。ずっと私を、見ていてください」
「それもお前次第だ。やることやるまでは放さないでいてやるよ」
その答えに、
「んじゃあな
「はい……! お姉さん、また明日……!」
そうして背を向け去っていく
我ながら臭いことを宣ったなと、照れくささを誤魔化すように懐に仕舞っていた箱を懐から出しながら、