無職少女ラブリィベル   作:ゴマ醤油

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青い月と青春アンチ
プロローグ


 二年前。魔法少女の世界にて、大きな戦いがあった。

 

 唐突に、突然に、されど誰もが目を背けることすら出来ないほどの戦いの波長。鏡界(ホール)を貫き、現実世界でさえも容易に伝わった魔力の嵐。

 何も知らぬ魔法少女の誰もが恐怖した。悍ましいこの世の終わりとさえ思った者もいたほどの力。

 

 だが現地に向かった最初の魔法少女が言うには、そこに広がっていたのは緩やかながらも修復され始めた大地と、その中心に置かれた正体不明の真っ黒な箱が一つだけ。

 

 議論の末、黒い箱は長の変わった統括会(オイル)が管理することになり。

 そうして事件は正体不明の魔力嵐と決着とされ、やがて年月を経るごとに少女達からは忘れられていき、次第に恐怖は過去となった。

 

 ──だが忘れる者がいるのなら、忘れぬ者も必ずいる。

 

「うぎゃー!」

 

 走る。走る。ひたすらに叫びながら、必死の形相でただ走る。

 それは生存のための抵抗。思いなき本能にして、思考なき恐怖に従っただけの衝動。

 要楓(かなめかえで)は後悔しながらも、持ち前の足で自らに迫る黒い靄の獣から逃げ続けていた。

 

 (かえで)がこうなったのは、一言で言えば偶然でしかない。

 高校へ入って三ヶ月ほど。すっかり慣れて刺激が足りなくなった頃、ふと

 別に特別なものはなかった。ただ直感と好奇心から、いつもと違う道から帰っても損はないだろうと考えただけのことだった。

 

 その先で目にしてしまったのは、横たわった少女を喰らう黒い靄で出来た獣。

 犬のような、どちらかと言えば狼と称するのが的確だろうか。

 そんな黒靄の、見ているだけで寒気が走るほどの未知。生き物のようで生き物ではないと本能的に察してしまえた存在。

 

 化け物と。

 そんな存在を初めて目にした普通の女子高生が、人を喰らう獣の姿に動揺して音を鳴らしてしまうのは当然だった。

 

「くそっ、来るな、来るなっ……!!」

 

 必死に走り続けたものの、疲労に足が縺れ転倒してしまう(かえで)

 這いずってでも逃げようとする彼女。だが背後で唸る獣の声が、その意志をへし折ってしまう。

 

 徐々に、獲物の恐怖を弄ぶように近づいてくる黒い靄の獣。

 一歩、二歩、三歩。ひたひたと、冷たい足音を立てながら近づいてくる獣が恐ろしくて仕方ない。

 

 嗚呼、きっと自分は死ぬのだろう。

 あそこで倒れていた少女のように、首から噛み千切られて無惨な死体へと変わるのだろう。

 

「い、いやだ、死にたくないっ……!! 死にたくないよぉ……」

 

 (かえで)で絞り出したようなか細い声で恐怖を漏らす。

 スカートが湿り出したのに気付くこともなく、ただ必死に死への恐怖を言葉にしていく。

 

「たすけて、たすけて、だれかたすけて……!」

 

 そんな願いは誰の耳に届くこともない。か細い懇願は、そのまま消え去って無に帰るだけ。

 助けを求めて人が救われるのであれば、世界に悲劇や惨劇なんて蔓延らない。

 

 或いはどんな最強も届くことのない、最強無敵の勇者様でもいるのならば別かもしれないが。

 少なくとも、要楓(かなめかえで)の声には間に合わない。

 彼女の人生は、好奇心のせいで数秒もしないうちに終わりを迎える。今この瞬間、獲物に向かって飛びつかんと跳躍した獣によって──。

 

 

「もう大丈夫。私が助けるよ」

 

 

 声が聞こえた。誰もいない悲劇の中で、要楓(かなえかえで)の助けに応える少女の声が。

 音が聞こえた。招かれざる敵の牙は今、要楓(かなえかえで)に首元に届くことなく青い光によって霧散する獣の甲高い叫びが。

 そして姿が現れた。恐怖に怯える少女を安心させるかのように、要楓(かなえかえで)の前に優しく空から降りてきた青髪の小さな少女が。

 

「……えっ?」

「よく頑張ったね。貴女の声、確かに聞こえたから」

 

 要楓(かなえかえで)は不思議と安堵してしまう。

 こんな、自分よりも小さな少女が一人来ただけだというのに、自分はもう怯えなくてもいいのだと。

 

「あ、あなたは……?」

「青い月の魔法少女。今日のことは、世界のみんなには内緒だよ?」

 

 伝説の魔法少女ラブリィベルの再誕、そして終焉から二年。

 魔法少女ブルームーン、その実名を結城結月(ゆうきゆづき)

 伝説と謳われた魔法少女の最初で最後の弟子は、今日も澱みと戦いながら日常を送っていた。

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