たぶん、私は生まれ変わったんだと思う。だって俺、女の子になってるから! しかも、幼稚園生!
前世は男だった。三十手前のサラリーマンで、ほどほどの人生を歩めてたと思う。死んだのは、事故だった。道路に飛び出た子どもを助け、車に轢かれた。
これで死ぬのか……と思って意識がなくなったと思ったら、女の子になってた。
というより、前世の記憶が蘇った感じだ。自我は、前世のほうが強い……というより、これまでの人生が自分に溶け込んでいるみたい。
まさか生まれ変わりがあるなんて。しかも性別が変わっている。
ふと、窓に映る自分の姿に気づく。目鼻立ちのはっきりしている美人だ。ただ、髪の毛の色素が薄いのか茶色になっており、目には意志の強さが現れている。
なんかこの顔、見たことあるな……。
なんだろうと思っていたら、部屋の隅に黒い靄が見えた。もぞもぞと動くそれは、近くにいる男の子にまとわりつく。
「うわ!」
思わず声を上げてしまったが、男の子は黒い靄に気づいていないみたいだ。
なんだろうあれは……と考えたとき、唐突に理解した。
呪力と術式。
俺は、呪力を纏わせた手で、黒い靄を手で振り払う。
「遊びたいの?」
男の子は首をかしげる。
「虫がいたから」
俺は校庭に出て、日とっめに着かない場所に向かう。
「呪術廻戦ってかよ!」
どう進んでも行き着くのは地獄の呪術廻戦。アニメしか観たことないけど、わかる。ほのぼのスローライフなんてない。
2度目の人生が、こんなことになるなんて……。
それにこの顔、見たことあるわけだ。
俺は釘崎野薔薇だ。
アニメだと、俺死んでなかった? いや、生死不明だったけ?
ともあれ、2度目の人生は老衰で死にたい。
生きるために、あがいてやろうじゃないの。
† † †
来るべき時に向けて、呪力や術式――芻霊呪法の特訓をしていたけど、無駄になった。
ここは呪術廻戦の世界じゃない。
親の目を盗んでパソコンでいろいろ検索してみた。呪術高等専門学校はなかったし、御三家や五条など、知っている単語を調べてみても、呪術廻戦に繋がるような情報はヒットしなかった。
思えば、初めて除霊をしたときの黒い靄は、アニメで見たことのある呪霊ではなかった。というより、呪霊はいない。ときどき黒い靄を見るぐらいだ。黒い靄を祓っているうちに気づいたが、これは呪いや悪意のようなものが集まったものみたいだ。
それになにより、釘崎は田舎に住んでいるはずだが、俺が住んでいるのは東京だ。
地獄のような世界じゃないとわかって安心した。
呪術廻戦の世界じゃないとわかったからには、思う存分この人生を楽しもう。呪力も術式も、特別な力を持ったみたいで格好いい。
前世は男だから、この体には違和感があるけど、まあそのうち慣れるだろう。
† † †
私は25歳になった。長い間、女として生きているので、この体に慣れることができた。だけど、前世の影響なのか、恋愛対象は女性だ。服装も女性らしいものよりジェンダーレスなものを好んでいる。
それでも一人称は「私」に変えた。
呪霊はいないし、高校の同級生に虎杖悠仁も伏黒恵もいなかった。もしかしたら自分と同じ転生者がいるのかと思って、自分なりにいろいろやってみたが、見つからなかった。
そんなわけで、使うことのない術式を特訓しつつ、平穏な日々を過ごした。特訓をやめなかったのは、特別な力を使えることが楽しかったからだ。
そしていま私は、小説家になった。転生者を見つけるために、試しに呪術廻戦の小説を小説家になろうに投稿したのがきっかけだ。それが出版社の目にとまり、本となった。それからはあっという間だった。
名前は本名のままだ。もともと転生者を見つけることが目的のため小説家になろうで使っていたこともあり、本名デビューとなった。
本が売れて、続編も好調。さらに、鬼滅の刃も小説として出したらこれも売れた。
そう、ここには少年ジャンプはなかった。おかげで人気作を小説にして出し放題だ。
これも、私が転生した影響なのかもしれない。
2度目の人生は小説家として順風満帆な生活を送っている。
そんなある日、私はとあるオカルト雑誌の取材を受けた。呪術廻戦を連載しているおかげで、こういったオカルト雑誌から定期的に取材を受けているし、本の特集を組んでもらっている。
私の担当編集は都合が悪いため、今日は私ひとりで取材を受ける。最初は、自宅付近の喫茶店や呪術廻戦を出している出版社で受けていたが、新刊を出す度に特集を組んでくれるので、いつの間にかこうやって雑誌編集部に訪れることになった。
オカルト雑誌の編集とはもう顔なじみなので、問題はない。
夕日に照らされる中、その雑誌を刊行している会社に着いた。オカルト雑誌の出版社に行き、会議室に通される。会議室には狭く、そのほとんどを長机が占めている。部屋の奥にある本棚には、オカルト雑誌のバックナンバーやオカルトにまつわる本が収められている。会議室となっているが、実際は資料置き場なのだろう。
いつもはすぐにインタビューが始まるのに、今日はインタビュアーが遅れているようだ。その間、顔なじみの編集者の藤田さんと他愛もない話をする。
三十分ほどして、藤田さんの携帯がなった。
「来たようですね。ちょっと待っててください」
部屋を出て行った藤田さんは、男性を連れてやってきた。藤田さんは男性を紹介してくれた。今回、私にインタビューをしてくれるのが、この男性とのことだ。
「野崎昆です。フリーのライターをやっています。今日はよろしくお願いします」
野崎さんは私よりも年上の男性だ。ラフな格好で顔には髭がある。不思議と目が彼を追ってしまうような不思議な魅力がある。ライターには不釣り合いな筋肉が印象的だ。
これ、なにか格闘技やっている人の体つきだよな、なんて思う。
インタビューはスムーズに進んだ。というより、野崎さんが呪術や幽霊などのオカルトに詳しくて、かなり深い話までできた。
というより、民俗学まで詳しく、逆にこちらが、ヘー、と関心することも。
呪術廻戦って、こんなにいろいろな要素があったんだー、といまさらながら、作品のすごさに気づく。
話は盛り上がり、ふと呪術はあるのか、って話になった。
「先生はこういうことを聞くのもどうかと思いますが……本当に幽霊や怪異はいると思いますか?」
私は自信満々に頷く。
「もちろん」
「へぇ……」
野崎さんは興味深そうに私を見る。
「実際に先生が心霊現象を体験したんですか?」
そう聞かれて考える。心霊現象らしいものは経験したことはない。黒い靄は定期的に見るけど、あれを心霊現象と言ってもいいのかな。
「霊能力みたいのは持ってるけど、心霊現象は経験ないですね」
「じゃあ、なんで信じているんですか?」
「呪術師だから。術式は芻霊呪法。最高にいかす術式」
きっぱりと答える。小説家ではあるが、やっぱり私は釘崎野薔薇として転生したのだ。だから、呪術師を名乗っても問題ない。
野崎は背もたれに体を預ける。
「それって、呪術廻戦の五寸釘の術式ですよね」
「そう。と言うか、私の術式がそれだったから、五寸釘もそうなったの」
五寸釘とは、私が書いている呪術廻戦のキャラクターだ。ペンネームを釘崎野薔薇にしてしまったから、呪術廻戦の釘崎の名前を変えざる得なかったのだ。
「へぇ」
野崎さんは片方の口角を上げて笑みを浮かべる。
あ、信じてないな。
「そうなんですね。それじゃ、時間もそろそろですし、いいですかね」
野崎さんは藤田さんにアイコンタクトを送る。もう聞くことないですよね、と確認しているのだろう。藤田さんはコクリと頷く。
「じゃあ、インタビューはこれでおしまいです。記事ページができたら、監修をお願いしますね」
野崎さんは頭を下げる。
これでもう終わり。あとは帰るだけだ。腰を浮かしたとき、
「先生、おのあと時間ありますか?」
藤田さんに聞かれて、大丈夫ですよ、と答える。
「よかった。じつは野崎さんが面白い店を知っているんですよ」
「面白い店?」
「霊能力者がいる店です」
藤田さんはこれ以上ない笑顔になっている。
なにか企んでいるな。
この人が笑顔なときは、なにか裏があるときだと、これまでの付き合いで知っている。
「うちの雑誌でも、ときどき心霊写真とかの霊視をしてもらっているんです。ね!」
「ええ。それに真琴は先生のファンで、いつか会ってみたいと言っていたので、来てもらえると」
「真琴さん?」
野崎さんが言うには、真琴っていうのは彼の妻だそうだ。
「なるほど、私を試そうっていうの」
「いやいや、そんなまさか。ただ、先生は霊能力者に会ったことがないって言っていたんで、この機会にどうかなと。先生と霊能力者の対談なんて、面白いと思うんですよ」
藤田さんの狙いはこれだったのか。私にはなんの能力もないと暴くつもりだ。
野崎さんを見ると、彼はソッと目をそらす。どうやら彼は、藤田さんに巻き込まれたのかな? インタビューが遅れたのは、急遽野崎さんを呼んだからかな?
私の担当編集がいないのをいいことに、これを考えたのだろう。
でも、いい。
「いいよ。霊能力者に会うのは楽しみ!」
自信満々、堂々と言い切る。
† † †
霊能力者がいるところは、高円寺の雑居ビルにあるデラシネというバーらしい。道中、野崎さんから霊能力者のことを聞く。
霊能力者は比嘉真琴さん。彼女はバーで働いていて、ときどき心霊現象で困っているお客さんの相談に乗っているんだとか。
ふと、野崎さんが声を潜める。
「こんなことになってすみません。真琴が先生のファンっていうのは本当です。俺も。なにがあっても、先生に迷惑がかからない記事にしますから」
続けて、藤田さんに聞こえないように、今回の事情を話してくれた。どうやら野崎さんもインタビュー直前に声がかかって、今回の悪巧みを説明されたらしい。どうやら編集部の編集長にお世話になっているため、断れなかったのだとか。
「心配しなくていいですよ。私は本物ですから。むしろ、真琴さんが偽物かも?」
冗談を言うと、野崎さんは片方の口角を上げて笑った。
インタビューを受けていたときから思っていたけど、この顔に見覚えがある。
どっかで会ったことがあるような気がする……。
「私、野崎さんとどこかで会ったことありましたっけ?」
「いえ、覚えてないですね」
聞いてみたけど、野崎さんも心当たりはないみたいだ。うーん、私の勘違いかな?
そうこうしている内に、デラシネに到着した。店内に入ろうとしたとき、藤田さんが待ったをかける。
「カメラ回してもいいですか?」
許可を取らずに、さっそくスマホをこちらに向ける。
「私のことは気になさらず。霊能力者同士、積もる話もあるでしょうし」
初対面の人に積もる話なんてないだろ。
野崎さんが私を見て、軽く頭を下げる。
「じゃあ、入りましょう」
私はドアを開ける。突然の私の行動に慌てて、野崎さんと藤田さんが続く。
店内には二人の女性がいた。
真っ先に目に入るのがカウンターの中にいる女性だ。ピンクの頭に派手なメイク。
そして、もうひとりは、長い黒髪に上から下まで真っ黒な服。さらには黒い革手袋をしている。
「あれ? お義姉さんもいたんですか?」
野崎さんが、黒髪の女性を見て驚いている。
見覚えのある二人を見て、野崎さんを見る。
この3人、見たことある! 思い出した。
この世界は、『ぼぎわんが、来る』をはじめとした比嘉姉妹シリーズだ。
そのとき、うげぇー、とピンクの頭の女性――真琴さんが吐いた。
「真琴!」
真っ先に動き出したのは野崎さんだ。彼は真琴さんの傍にいくと、その背中をさする。
「なにあの人、呪われてる、見たことない」
真琴さんは苦しそうだ。
琴子さんは、私の方へと歩いてくる。
「まさか、こんなに呪われても生きているなんて」
抑揚のない声で言い、私を見る琴子さん。琴子さんは、タバコを取り出すと、火をつける。
目の前に来た琴子さんは、ふぅ、とタバコの煙を私に吹き付ける。
「ああ、祓えない。あなたはもうすぐ死にます」
「この呪いは私のだから!?」