ドローレス・アンブリッジの娘(仮) 作:どんぐりを辿ったら着く書店
大広間の天井に広がる夜空に多くの新入生が目を奪われていた。しかしそんな彼らにお構い無しで、緑色のローブを着た魔女は自己紹介を行い、自らを副校長だと説明した。そして今から組み分けの儀式が始まるらしい。
「名前を呼ばれた者は前に出て来て、目の前の椅子に座って下さい。では、始めますよ……アボット・ハンナ。」
ついさっき親しくなった少女、ハンナは一番始めに名を呼ばれてしまった。彼女は突然の事に困惑しながらエレナを見つめていた。緊張、そして多くの視線に晒されるという事に対する不安が彼女の動きを停めていようだ。エレナは彼女の不安を取り除くように、優しく頭を撫でてやる。
「……大丈夫よ、ハンナ。きっと貴方に相応しい寮憎みわけられるはずだわ。どの寮になったとしても、私は貴方を大切な友達だと思ってる。だから安心して行ってらっしゃい。」
「……うん、分かったわ。ありがとう、エレナ……行ってくるね。」
ハンナは彼女の言葉に安心したのか、不安な表情から一転し穏やかな笑顔を向け、目の前に置かれた椅子に向かって歩き始めた。そして椅子に座り数秒後、帽子は高く跳ね彼女の組み分けられる寮を宣言した。
「ハッフルパフ!」
ハンナは無事ハッフルパフに組分けされたようだ。エレナは彼女が席に着くのを見届けると、次に組み分けられる生徒に注目した。
「グレンジャー・ハーマイオニー!」
呼ばれた生徒は、ブツブツと何かを呟きながらゆっくりと椅子に向かって歩いて行った。呟きの中にはリラックスというワードもあった為、現在彼女はとても緊張しているようだ。何度もリラックスと呟いている当たり、自分が緊張していないのだと思い込みたいように感じる。
口に出せば願いは叶うとは言うが、古代からこの世界には言霊というものが存在していた可能性がある。言霊には、発せられた言葉の内容通りの状態を実現する力があると信じられており、古今では占い師や霊能力者等の胡散臭い職業者が幾度となくこの言霊の可能性を利用し、世の中を騙している。
ただ、エレナは別に言霊の存在を否定したいわけでは無い。もし今グレンジャーの緊張が消えれば、それはグレンジャーにとって言霊の存在が証明された事になり、思い込みという観点からはプラシーボ効果と同等の効果が得られたと解釈する事と出来る為、エレナはグレンジャーの行動を非難する事はしない。これは彼女が研究者気質な魔女だからこそ、彼女の行動を不可解だと評さないだけで、他の多くの人間達は彼女を訝しげな目で見つめている。
「……グリフィンドール!」
組分け帽子は少女が座るのを待つ事なく、被せられた瞬間に寮の名を呼んだ。すると少女は安堵の表情でグリフィンドールのテーブルへと向かった。
「マルフォイ・ドラコ」
次に呼ばれたのは、先程特急で出会った無礼な死喰い人の息子である、ドラコ・マルフォイだった。彼は自信満々といった様子で椅子に向かって進んで行く。
「……スリザリン!」
マルフォイは、スリザリンに選ばれた事が当たり前だと言わんばかりの態度でスリザリンのテーブルへ向かった。彼がテーブルに着くと、上級生の生徒が彼に恭しい態度で歓迎の言葉を掛け、マルフォイは彼の言葉を当然だと言わんばかりの顔で受け入れた。そして目の前に座る上級生に無言の圧を掛けて席を譲らせた。エレナは彼の傲慢で不遜な態度、我儘な性格、気持ち悪い笑顔という全ての要素に苛立ちを募らせていた。
「レイブンクロー・ヴァイオレット・エレナ」
名前を呼ばれると、苛立ちを必死に押えながら前へ出た。そして椅子に座ると、突然脳内に直接誰かの声が響いた。
『ほほう?レイブンクロー……ロウェナの子孫だね。それも君はロウェナの生き写しだ。君は彼女によく似ておるな。』
エレナはこの声の主が誰なのか、すぐに分かった。ロウェナ・レイブンクローを知っている人物は現在に存在しないが、この組み分け帽子にはロウェナの持つ思想も組み込まれている。つまり、4人の創始者の思想や考えを通して、この帽子は生徒の組み分けを行っているのだ。つまり、この声の主は今エレナが被っている帽子以外に有り得ないのだ。
(開心術が組み込まれているのね。なら、私が今何を考えているのかも……勿論、分かるのよね?)
エレナが帽子を挑発しながら頭の中で話し掛ける。すると帽子は数秒唸ってから、エレナの思考を口にした。
『頭の中で考えている事を当てる事が仕事では無いが、たまにはこういうのも良いだろう。今の君は、"ドラコ・マルフォイはムカつく男"という考えを持っている。どうだい?当たっているかね?』
(正解よ。ええ、貴方の言う通り私は今マルフォイに対していらだちを募らせているの。不遜で我儘で施しを受けるのが当たり前、という態度。全て気に入らないわ。オマケにあの子は死喰い人の息子よ。私の仇とも言える存在だわ。厳密に仇と言えるのはあの子のお父様なのだけれど。)
『……なるほど。君の怒りは分かった。君はとても聡明で、ロウェナによく似ている。だが、自分の目的の為ならば手段を選ばない、狡猾さも持っている。そしてとても、とても……性格が悪い。』
帽子に突然性格が悪いと言われたエレナは、マルフォイに向けていた苛立ちとは別に、この帽子に対しての怒りも募らせ始めた。
(あら、貴方には私がそう見えるの?その認識は間違っていないわ。私は目的の為なら手段を選ばない女よ。でも……)
『だが……』
(性格が悪いというのは聞き捨てならないわね。私は目的の為に非情になれるだけで、別に性格が悪くは無いわよ。そもそも性格が良い人間なんてこの世には存在しないもの。それに、ロウェナ・レイブンクローだって、差別主義者だったという記録が残っているわ。彼女は純血主義を重んじてはいなかったようだけど、個人の能力によって差別する性格の悪い面があったそうね。もし、私の性格が悪いというのなら、それはロウェナ・レイブンクローから続く遺伝によるもので、私が生まれてから築いた性格とは異なるわ。だから────)
───撤回しろ、トロール以下のゴミ帽子。さもなくば燃やすぞ。
エレナはポケットに手を突っ込んで、中に入っている杖をギュッと握りながら、そう念じた。彼女の思考を帽子は当然読む事が出来るので、保護魔法が掛けられているとはいえ、燃やされるかもしれないという恐怖に帽子は内心泣きそうになっていた。
(当然、私が選ばれるべきは由緒正しきレイブンクロー寮……そうよね?帽子さん。)
帽子はエレナの言葉に恐怖心を抱きながらも、自分は何百年と続くホグワーツの組み分けの儀式を担当してきた偉大な帽子だという事実を誇りに思っている。その為、ここでエレナの寮をテキトーに決めるわけにはいかなかった。
『エレナ……君は聡明で、探究心に溢れている。そして錬金術の才能もあり、古代魔法にも適正がある。だが、君の持つ本来の気質はレイブンクローとは異なる。』
(はぁ?!何言ってるの!私はレイブンクローに選ばれるべき魔女なのよ!偉大な大賢者になる魔女なのよ!)
エレナはポケットに入っている杖を取り出そうとした瞬間、帽子はエレナから距離をとるようにマクゴナガルの方へ向かって大きく飛び上がり、寮を宣言した。
「スリザリン!」
「ちょ、ちょっと!どういう事よ!私の性格が悪いって何よ!私は!レイブンクローに選ばれるべき、レイブンクロー家の人間なのよ!こんな組み分け認めないわ!」
「ミス・レイブンクロー、組み分けの儀式は終わりましたよ。早くスリザリン寮のテーブルへ行きなさい。」
「え……ちょ、ちょっと待って!私は!「問答無用!早く行きなさい!」……っ!」
エレナは人生で初めて……初めてコケにされた。人生で初めて屈辱を味わった。人生で初めて自分の希望が通らなかった。
エレナはマクゴナガルに押されながら、半強制的にスリザリンのテーブルへ連れてこられてしまった。本来であればエレナは純血名家の娘なので、スリザリン寮で歓迎されないなんて無いのだが、エレナが酷くスリザリン寮を嫌がっている為、上級生も歓迎の言葉一つ言う事が出来ず、困惑した顔をしていた。エレナは歓迎の言葉すらないスリザリンの上級生を睨み付け、イラつきながらも空いている席に腰掛けた。
本来ならば、上級生に椅子を譲るよう圧を掛けても良い場面ではあるが、エレナはマルフォイの様な人間になりたくないので我慢してやった。やはりエレナは傲慢で我儘で不遜な女である。彼女だってマルフォイと対して変わらない性格の人間だが、それでも自分はマルフォイとは違うと信じて疑わないあたり、もしかしたらマルフォイより重症かもしれない。
エレナが座ってすぐ、組み分けの儀式は終了した。そしてダンブルドアの長い話が始まり、その間エレナはつまらなさそうに大広間の天井に広がる夜空を眺めていた。ダンブルドアの話が終わると、ようやく晩餐会が始まった。他寮のテーブルでは歓迎の言葉が行き交い、生徒達は楽しそうに会話を楽しんでいる。しかし、スリザリン寮のテーブルは誰も言葉を発さなかった。だが数分後、マルフォイが拉致があかないといった様子でエレナに話し掛けてきた。
「まさかお前がスリザリンに選ばれるとはね。高尚なスリザリンに不似合いだが、選ばれたからには少しは仲良くしてやっても良いよ。君は一応は純血で、レイブンクローの血筋だからね。」
「はぁ?」
エレナはマルフォイの言葉にカチンと来た。そして心の底から転寮したいと願った。上から目線な態度に加え、一応純血とはどういう事だ。レイブンクローの本家の人間は全員純血で、マルフォイ家から嫁いできた女性だっている。それが、偉そうに一応純血だなんて、よくもまあマルフォイ家の人間が言えたものだ。エレナは沸々と湧き上がる怒りを抑えながら、マルフォイに言い返した。
「あら、それはどうもご丁寧に。でも私は純血主義じゃないわ。私は自分のやりたいように生きるの。だから貴方の言う高尚なスリザリンになんて興味無いわ。死喰い人の息子である貴方とも仲良くしたいなんて、これっぽっちも思ってないの。こっちから願い下げよ。」
「な、なんだと?!人がせっかく声を掛けてやったのに、何様なんだ!お前にはスリザリンなんてまったく相応しくない。お前こそ、アズカバンにでも組みわけられれば良かったんだ。」
「あら?アズカバンがお似合いなのは、貴方のお父様じゃなくって?トロールより間抜けなマルフォイ坊ちゃん。」
エレナは両親が亡くなった事を思い出しながら、皮肉めいた発言をマルフォイに向けた。マルフォイは一瞬言葉に詰まったが、それでも負けじと言い返した。
「父上を侮辱するな!許さないぞ!レイブンクロー!」
マルフォイの反論にエレナは屁でもないといった様子で、生き生きとしながら反論する。
「許さないのは私の方よ。レイブンクロー家の惨劇を知らないとは言わせないわよ。」
そう言うと、辺りがシーンと静まり返った。スリザリン寮は勿論、その他の寮の生徒達も話すのをやめ、何も言わなくなった。
レイブンクロー家の惨劇とは、エレナを含まないレイブンクローの親族全員がヴォルデモートに惨殺されたおぞましい事件である。そしてこの事件により、エレナの父方の親戚複数人も巻き込まれ殺され、多くの純血の魔法族が血を流した。ヴォルデモートが直々に手を出さなくてはならないほど、偉大なる創始者であるロウェナ・レイブンクローの末裔達は強く、賢かった。それでも、ヴォルデモートの強大な力の前では赤子も同然で、いとも容易く拷問に掛けられ、消えていった。
「……何も言えないのなら、これ以上私に関わらないで。私は死喰い人の子供仲良くするほど、落ちぶれてはいないの。」
エレナはそう言うと、この話題を強制的に終わらせた。しかしマルフォイはまだ怒りが収まっていないようで、何とか反論しようと言葉を選んでいるようだった。
「違う!父上はその事件には関わっていない。……それに父上は、例のあの人に脅されていた被害者なんだぞ。」
「口答えしないで頂戴!私にこれ以上恥をかかせないで!」
エレナが大声で叫ぶと、マルフォイはビクッとして黙り込んだ。そしてそのままスリザリンのテーブルから立ち去って行った。その様子を周りの生徒達は唖然とした様子で眺めていた。
「ミス・レイブンクロー、今のは少々言い過ぎですよ。」
「あら、マクゴナガル先生。」
エレナが振り向くと、そこには呆れ顔でこちらを見るマクゴナガルの姿があった。しかしエレナは怯むことなく言葉を続けた。
「ではお聞きしますが……私があの男に何をしたと仰りたいのですか?」
「え?」
予想外の返答だったのか、マクゴナガルは虚をつかれた表情を見せた後、少し考え込んだ様子で口を開いた。
「ミス・レイブンクローの言う事も一理あります。しかし……彼の父親は例のあの人に脅され、従わざるを得なかったのです。その主張が真実かどうかはさておき、彼はウィゼンガモットにより無罪となりました。これ以上、その事実について蒸し返すのはおやめなさい。」
「だから何なのですか?マルフォイの父親が脅されて仕方なくヴォルデモートに従っていたからといって、私は被害者遺族として彼ら家族を許す事は出来ません。」
エレナはそう言うと、立ち上がり踵を帰した。
「どこに行くのですか!ミス・レイブンクロー!」
「もう帰ります。ここに居ても良い事は無さそうですし、こんな組み分けをした帽子には一生恨むとお伝えください。それでは、ごきげんよう。」
エレナはこの場にいる事が苦痛で仕方なかった。だからスリザリン寮に向かう事にした。勿論寮の場所なんて知らないが、エレナがまだ幼い頃、ドローレスはスリザリン寮は地下牢にあると零していた。エレナはその時の記憶が残っている為、余裕でスリザリン寮に辿り着けると確信していた。
「……そういえば、転寮って誰に頼めばしてくれるのかしら?アルバス・ダンブルドア?それともスリザリンの寮監?まあいいわ。誰でも良いから、教員に話をつけなくちゃ。」
エレナは本気で転寮したいと考えており、明日にでも転寮の話を教員にしなければならないと考えていた。そんな事を考えながら地下に続く階段を必死に探し続けるのだった。