遅れてすみません。エタりたくない…!エタりたくない…!エタりたくない…!
皆さんに相談がありまして…
あっぱれ後の映画なんですが、一応頭の中で一つ書く映画を決めてはいます。ですが、あっぱれと繋げる必要はそんなに無いので、一つ別の映画を挟みたいなーと思ってます。参考として、皆さんの読んでみたい映画のアンケートにご協力ください。あくまで参考なので投票数が1番上の映画を書くとは言い切れないです。
アンケート数の上限問題もありますが、私の理解度が浅い比較的最近の映画は除外しています。ご理解ください。
俺が明日、廉姫様と再会することにひどく気を重くしているのとは裏腹に、目の前の二人は門をくぐった瞬間から、もう見るからに惚気きった顔をしていた。
「ねねー、廉ちゃんて独身?」
「姫様だ」
相変わらず馴れ馴れしく呼ぶしんのすけを、又兵衛さんがたしなめる。
「いいじゃん。ね、独身?」
「……当たり前だ」
「廉ちゃん、偉いの?」
しんのすけなりに、彼女から発せられる尋常ならざる気配を感じ取ったらしい。
実際、豪華な身なりや女中たちに囲まれているといった外見的な要素を抜きにしても、彼女の纏うオーラは凄まじかった。ただ美しいだけではない。一国の主の娘としての誇り、そして誰も寄せ付けないような凛とした気高さ。彼女がそこに立つだけで周囲の空気が張り詰め、自然と背筋が伸びてしまうような……そんな、圧倒的な存在感があった。
「ああ、殿の娘御だからな」
「へ〜。いやー、きれいだよね〜、れ・ん・ちゃん」
坂を下りながら、しんのすけは頭の後ろに手をやり、「えへへー」と鼻の下を伸ばしている。
「こう見えても、俺と姫様は幼馴染なのだぞ。父上が昔、殿のおそば近くでお仕えしておってな。俺もよく連れられて行っては、姫様の遊び相手をさせられたものだ。いや、遊んだというよりは……あのお転婆な振る舞いに、手荒くこき使われたという方が正しいのだが……」
そこからは、もう止まらなかった。
自分の幼馴染が「綺麗だ」と褒められたのがよほど嬉しいのか、こちらが聞きもしないのに又兵衛さんは自慢げに語り続ける。
(この感じ……又兵衛さんが廉姫様を好いていることなんて、周りの人間にはとっくにバレまくっているんだろうな)
「廉ちゃ〜ん……」
しんのすけの方はと言えば、又兵衛さんの話など一切耳に入っていない様子で、ニヤニヤしながらどこか遠くを見つめている。
そのまま坂を降り、又兵衛さんが当然のように左に曲がったが、しんのすけは気づかずにフラフラと真っ直ぐ歩いていく。
そして又兵衛さんもまた。
「……俺も十五の時からは戦に出るようになったので、お会いすることも少なくなったのだが。いやぁ……」
姫様の話に夢中で、しんのすけが逸れたことに全く気づいていない。
俺はどうするべきか考え、とりあえず二人の道の分岐点で足を止めた。
「えへへー、廉ちゃ〜ん……」
「いやぁ……本当に美しくなられた……」
以降は距離が開いて聞き取れなかったが、二人はそれぞれ自分だけの世界に浸りながら話し続けているようだ。どんどん遠ざかっていく一人と一人。
(……いつ気づくんだ、これ)
しばらく眺めていると、ようやく又兵衛さんがこちらに首を向けた。
「おい、こっちだ!」
「お?」
ようやく気づいたらしいしんのすけが、慌てて又兵衛さんの方へ駆け寄っていく。
「かける、お主も気づいておったのなら声をかければよかろう!」
戻ってきた又兵衛さんに言われ、俺は気まずそうに視線を逸らした。
「いや、なんかあまりに夢中に語ってましたので……邪魔しちゃ悪いかなと」
「なっ、……おっ、おっほん! 別に良いわ、そんなことは!」
又兵衛さんは一気に顔を真っ赤にし、バツが悪そうに咳払いを一つした。
「ここだ」
「へぇ〜、お城の中に住んでるんだ」
意外と坂を降りてすぐのところに、又兵衛さんの家はあった。家臣としても上のポジション、つまり重臣だから、城のすぐ近くにこんないい土地をもらっているということだろうか。
立派な門構えと広大な敷地はあまりにも大きく、しんのすけにはこれも「お城」に見えるらしい。まあ、現代の一般的な一軒家の感覚からすれば無理もない。
「仁右衛門、お里」
又兵衛さんが馬小屋で馬の世話をしてる2人に声をかける。
「お帰んなさいませ」
お里さんが、しっかりと深く頭を下げる。
「しんのすけとかけるを預かることになった」
又兵衛さんは、まるで道端で小犬でも拾ってきたかのように、何の気なしに平然と伝えた。
「お世話になります」
俺が常識的に頭を下げて挨拶すると、横から偉そうな声が飛んできた。
「くるしゅうないゾ」
(……お前が言うな)
俺は心の中で強烈にツッコミを入れたが、馬の手綱を引いていた仁右衛門がボソッとこぼした。
「あ〜あ、嫁もいないのに子持ちになっちまって……」
「あんた……!」
すかさずお里さんが小声で叱る声が後ろから聞こえてくる。どうやら、前をズンズン歩く又兵衛さんにはギリギリ聞こえていないみたいだ。
(そういえば、又兵衛さんって何歳なんだろうか)
原作映画を見ていた時も、年齢などは気にして見ていなかったので覚えていない。見た目的には三十代後半ぐらいな気がするけれど、実際のところはわからない。十五歳から命懸けの戦に出るような時代の人間だ、現代人の想像以上に大人びて見えるだけかもしれない。
俺たちはそのまま、又兵衛さんが普段生活しているであろう屋敷の中へと足を踏み入れた。
(いやぁ……すごいな)
高く広い天井に、煤で黒光りする太く立派な木の梁。広い土間と、使い込まれた板間。
こんな感じの建物、世界遺産見学や歴史村みたいな場所で同じような家を見た気がする。本物の戦国時代の家屋の迫力に圧倒されて、俺はついキョロキョロと周囲を見回してしまう。
横を見ると、しんのすけも「おお〜」と口を半開きにしながら、俺と全く同じようにキョロキョロと辺りを見渡していた。
「お前たちの住んでいる家とは、だいぶ様子が違うか?」
足首の甲冑の紐を緩めながら、キョロキョロと落ち着きなく辺りを見回している俺たちに又兵衛さんが尋ねてきた。
「まあね、でもじいちゃんの家に似てる」
じいちゃんとは、おそらく秋田のじいちゃんのことだろう。
「ほう、意外と変わらんものだな」
そんな会話をしていると、お里さんが桶に水を入れて持ってきた。
「すまん」
「それなーにー? 飲むの?」
としんのすけが又兵衛さんが受け取った桶を不思議そうに覗き込む。
「飲まんわ。こうするんだ」
又兵衛さんは桶の水で泥だらけの足をバシャバシャと洗い始めた。
「未来では玄関で足は洗わんのか……?」
と、ちょっと引き気味な又兵衛さん。そうか、この時代は外を歩くのも基本草履だから、現代の比じゃないくらい足が泥で汚れるのか。
「んー、お風呂入るまで洗わないゾ。泥遊びしたら洗えってかーちゃんに怒られるけど……」
「俺たちの時代は靴がしっかりしてるので、足がそんなに汚れないんですよ」
と俺が補足しておく。
俺たちの履いているスニーカーをじーっと見て、「ほう」と又兵衛さんが感心したように頷く。
「たしかに、足が丸ごと仕舞われておるな……蒸れぬのか?」
「夏場は多少蒸れますけど、その都度洗うほどじゃ……」
俺が説明していると、しんのすけが割って入ってきた。
「もー、とーちゃんは蒸れ蒸れだゾ! 靴も足もクサクサで、みーんな死んじゃう!」
しんのすけのその言葉に、俺はつい小さく吹き出してしまった。
「うわっ、また笑ってるゾ……」
しんのすけがジト目を俺に向けてくる。
「かける兄ちゃんだけ、初めて嗅いだ時ちょっと笑ってて、みんな引いてたんゾ〜」
俺が初めてひろしさんの足を嗅いだときのことを引き出してくるしんのすけ。
「しょうがないだろ。これがリアルかぁって、なんか感動しちゃったんだよ」
「意味わかんないゾ……」
と、またしてもジト目のしんのすけ。
あの悪臭兵器として有名なひろしさんの足の臭いが、現実では一体どれほどのものなのか。期待してしまうのは『クレヨンしんちゃん』のファンとしてしょうがないだろう。
ちなみに、死ぬほど臭かった。俺の人生でぶっちぎりの第一位だ。よくテレビの罰ゲームで見るシュールストレミングとか、おそらく比じゃない。近づかないと臭わないのが不思議なレベルで、足から10センチぐらいの距離に入った途端、一気に強烈な臭いが襲ってくるんだ。おそらく『射程』がある。
そんなくだらない絡みをしていると、又兵衛さんが目をパチクリさせながら俺を見つめていた。
「……お主、もっと暗いのかと思っておったわ」
「え、いや、まぁ……」
しんのすけといつもの調子で絡んでいたせいで、抱えていた悩みを一瞬忘れ、完全に自然体が出てしまっていた。
「そうだゾ〜! かける兄ちゃんはもっとお喋りなのに、こっちきてから静かで困っちゃうゾ! ナースコールってやつー?」
ナースコール? ああ。
「それを言うならホームシックだろ。別に寂しいわけじゃない」
「うそだ〜、マタに会えなくて寂しいんじゃないの〜? んー、ちゅちゅちゅ」
しんのすけが唇をタコのように尖らせて、俺の顔に近づけてくる。
「うるせ離れろっ!」
顔を赤くして払いのける俺たちの絡みを見て、又兵衛さんは「ハハハッ」と声を上げて笑った。
「まあよい。かけるよ、変に壁を作らんでもよいのだぞ」
又兵衛さんのその言葉に、俺はハッとした。どうやら俺が意図的に距離を置こうとしていること、壁を作っていることを、彼はとっくに感じ取っていたようだ。
でも、そうは言われても……。これ以上この人と親しくなって情が湧いてしまったら、あの結末に俺は耐えられない。俺には無理だ……。
俺が再び暗い顔で押し黙ってしまったのを見て、表情から内心を読み取ったのか、又兵衛さんがぽん、と俺の肩を叩いてフォローしてくれた。
「無理にとは言わんがな。さ、上がれ上がれ」
そう言って、又兵衛さんは屋敷の中へと入っていく。
俺たちもそれに続いて足を踏み入れた。
「俺は着替えてくる。適当に待っておれ」
又兵衛さんはそう言い残し、隣の部屋へと消えていった。
「なんにもないね」
しんのすけが、広い板間の部屋をキョロキョロと見渡しながら率直な感想をこぼす。
「この時代じゃなぁ……いや、それにしても無さすぎるか」
壁に掛け軸が一つある程度で、それ以外は本当に何もない。花瓶や飾り物を置けそうな立派な床の間のようなスペースもあるが、見事に空っぽだ。戦国時代という時代背景を加味したとしても、あまりにも殺風景すぎる。
いや、逆なのだろうか。
戦の時代、いつ死ぬとも知れない日常がすぐ隣にあるからこそ、いつでも発てるように、身辺整理に近い状態を保っているのだろうか。
そんな考えを巡らせていると、スッと襖が開き、着流しに袴姿へと着替えた又兵衛さんが戻ってきた。
「何かガランとしてるね」
しんのすけが、本人を前にしても真っ直ぐな感想を述べる。
「俺と仁右衛門たちだけだからな」
「他のお家族は?」
しんのすけの無邪気な質問を聞いて、俺はハッと思い出した。
あぁ、そうだ……。映画では何の気なしに流れるこのシーンの会話も、現実として向き合うにはとてつもなく重いんだった。
「皆、死んだ」
又兵衛さんは、あまりにも平然と答えた。
「ふ〜ん」
しんのすけだからこそ成り立っていたシーンだ。この5歳児の軽さが、空気をシリアスに沈み込ませない。映画を見ていた時の俺も、このシーンをそこまで深く捉えてはいなかった。でも……。
「母上は病で。父上と兄上、弟は……戦でな」
「っ……」
俺は、喉の奥が詰まって言葉が出なかった。
「ほ〜ほ〜」
しんのすけのこの全く気にしていない相槌の打ち方は、又兵衛さんにとっては逆に話しやすいのかもしれない。
そうなんだ。又兵衛さんが死ぬ結末ばかりが押し出された作品ではあるが、悲劇は彼だけじゃない。この時代は、誰だって理不尽に死んでいる。
だから、又兵衛さんが死んでしまうのだって……『しょうがない』。
そんな言葉が一瞬でも頭に浮かんでしまった自分に、俺は吐き気がするほど嫌になった。歴史の強制力だのなんだのと言いながら、結局は又兵衛さんを見殺しにすることへの、ただの自己防衛の言い訳じゃないか。
「かけるは?」
「え?」
不意に声がかかり、俺は思考の沼から引き上げられた。
「かけるの家族はどうなんじゃ? というか、しんのすけとは兄と弟なのか?」
俺がごちゃごちゃと思考を巡らせている間に、話題はこっちの家族のことに移っていたらしい。
「かける兄ちゃんはかける兄ちゃんだよ。うちに居候してるー」
しんのすけが全く説明になっていない説明をする。
「俺は……施設育ちなんです。今はしんのすけの家に住まわせて貰ってて。しんのすけは……まあ、弟みたいなもんですね」
俺がそう言うと、しんのすけは『弟』という言葉に反応して、「えへへー、オラ優秀な弟だもん」と照れ笑いをした。
「しせつとは、なんだ?」
「身寄りのない子供を育てる場所です。いわゆる、捨て子ですね」
変に同情されて空気が暗くなるのも嫌だったので、俺は努めて淡々と、気にしていないように述べた。
「そうか……。未来でも、無くならぬか……」
又兵衛さんが、痛ましそうに少し目を伏せる。
「気にしないでください。親との記憶なんて一切ないので、寂しさもありませんから。この時代の方が、ずっと過酷ですよ」
俺が少し早口でそう締めくくると、少し重くなりかけた空気を切り裂くように、しんのすけがいつもの調子で話題を切り出した。
「お嫁さんはいないの?」
その突然の直球に、「ん、ん〜……」と又兵衛さんは少し顔を赤らめながら唸った。
「あぁ」と一応は肯定するが、すぐに居住まいを正してこう続ける。
「よいか、しんのすけ。俺は武士だ。妻や子があれば、この世に未練が生まれる。そうなっては、戦場で充分な働きは出来ない」
誇り高く、いかにも戦国武将らしい立派な心構えを得意げに語る又兵衛さん。この時代においてはごもっともな理論なのだろうが、しんのすけの耳には全く届かない。
「男が好きなの?」
「なっ……! ば、馬鹿違うわい! 俺は武士の心構えを……!」
「イャ〜ン! よきにはからえ〜ン!」
又兵衛さんの言葉を完全にスルーし、しんのすけは足を崩して体を倒しながら、おネエ言葉でふざけ倒す。
「違うと申すに! 俺はおなごが好きじゃ!」
又兵衛さんもムキになって声を張り上げ、顔を真っ赤にした。
「ジョークだゾ ウ・ソ」
しんのすけはスッと座り直し、さっきまでのふざけた態度が嘘のように平然と返した。
「くっ、きさま……」
又兵衛さんが顰めっ面で睨みつける。
(相手にするだけ疲れるだろうなぁ、この5歳児は……)
「おなごが好きなら、早く嫁をもらったがよいわ」
その時、庭先から仁右衛門さんが口を挟んできた。どうやら縁側の外で話を聞いていたらしい。
「しんのすけ、かける。このダンナはな、戦場でこそ『鬼』と恐れられておるが、おなごが相手じゃと、どうしょうもない臆病者なんじゃ」
仁右衛門さんが縁側にどっこいしょと座り込みながらニヤニヤと笑う。
「やめんか!」
「ほ〜、それはお困りでしょうに」
「こやつ、言うわ」
うんうんと大人びた態度で頷くしんのすけに、仁右衛門さんが感心して笑う。
「若。もっともらしいことを言っておっても、井尻の家名が途絶えたら何にもならんぞ」
仁右衛門さんのその言葉が、俺の心にズシリと重くのしかかった。
(……途絶えてしまうんだよな。井尻の家名も、そして春日の国も)
又兵衛さんがあの結末を迎えた後、廉姫様は生涯誰とも結ばれず、彼を想い続ける。春日は大国に呑み込まれ、やがて歴史から姿を消す。二人の想いが結実することは、歴史上あり得ないのだ。
「御父上が生きておったら、さぞお嘆きじゃろうて!」
仁右衛門さんが調子に乗って捲し立てていると、奥からお里さんが足早に出てきて、有無を言わさず仁右衛門さんの耳を強くつまみ上げた。
「なぁにを偉そうに!」
「いっててて!」
「あんた、いったい何様のつもりだい!?」
そのままズルズルと連行されていく仁右衛門さんを見て、しんのすけが呟く。
「おお〜。昔も、にょうぼうが強かったんだね〜」
自分の家のかーちゃんと重ね合わせているのか、妙に感心している。
その騒がしい夫婦の背中を見送りながら、又兵衛さんがポツリとこぼした。
「あの夫婦も、せがれを戦で亡くしておるのだ」
「ほ〜ほ〜」
――本当に、嫌になる。
しんのすけの呑気な「ほ〜ほ〜」という相槌だけでは、俺の心に渦巻く重苦しさは到底誤魔化しきれなかった。
あの口うるさくも明るい仁右衛門さんも、お里さんも。こんなにも大切な人を失うのが、この時代では当たり前。
なんと残酷な世界だろうか。
誰もが皆、引き裂かれるような悲しみと死を乗り越え、心にポッカリと空いた穴を必死に塞ぎながら、それでも笑って生きている。愛する家族を奪われながらも、ただ前を向いて命を繋いでいる。
そんな途方もない歴史の重みを前にして。
平和な未来からやってきた部外者の俺が、ただ『悲しいから』『感情移入してしまったから』という身勝手な理由だけで、又兵衛さんという一人の命だけを特別扱いして救おうと願うこと。
それは、ここで死と隣り合わせに生きるすべての人々への冒涜ではないのか。俺の抱く感傷は、ただの傲慢な正義感ではないのか。
(俺は……間違っているのか……?)
歴史の大きなうねりと、目の前で優しく笑う一人の不器用な男の命。
どちらを見捨てることも、どちらを選ぶこともできない俺の心は、ただ音もなく軋みを上げ、出口のない暗闇の中で激しく苛まれていた。
◇
「はい、はい」
冷静を装っているようで、どこか落ち着きのない、微かに震える声が響く。
野原家のキッチンのテーブルの上には、スーパーのビニール袋が無造作に置かれていた。中身はたっぷり入ったままで、ネギの頭や牛乳パックが顔を覗かせている。いつもなら帰宅して真っ先に冷蔵庫へ移すはずのみさえに、今はそんな日常の作業をこなす心の余裕さえ、1ミリも残されていなかった。
そのビニール袋の隣には、庭の穴から掘り出された古風な文箱と、広げられた2通の紙が置かれている。
「はい。あぁ、そうなんですか。あ、えぇ、心当たりはもうひととおり……」
異様な静けさに包まれた家の中で、玄関口にある固定電話にすがりつくようにして話す、みさえの声だけが響く。
「はい……では、失礼します」
受話器を置く鈍い音がした。
キッチンでは、ひろしが両の手のひらをテーブルについて、広げられた紙をじっと見つめていた。
「警察も今の所、手がかりはないって……」
警察に捜索願いを出し、その後の報告を受けていたみさえが、ひろしの背後から声をかける。その声には、時間が経つごとに濃くなっていく真っ黒な不安と疲労が滲み切っていた。
しかし、ひろしはみさえの方を向かず、ただただ紙を見つめ続けている。
「どうしたの?」
「いや……しんのすけとかけるくんの手紙にある『天正2年』って、昔の年号のことだよな……」
「まさか……」
ひろしは弾かれたように書斎へ向かい、歴史の資料本を引っ張り出してきた。
焦る手つきでページをめくり、年表が載っている箇所に目を走らせる。
「あった。天正2年……1574年」
「戦国時代……?」
「なんでアイツ、天正なんて年号を知ってるんだ? まさか本当に……」
ひろしの呟きに、みさえの中で張り詰めていた糸がプツンと音を立てた。
「んなわけないじゃない!! きっとかけるくんが入れ知恵したのよ!」
半ばヒステリックに叫び、みさえは庭の穴の前へと駆け出していく。ひろしも慌ててその後を追った。
「穴を埋めるのがイヤだったから、かけるくんに泣きつきでもしたんじゃないの! かけるくんも手伝って、手の込んだイタズラで、きっと近くのどっかに2人で隠れてんのよ! しんのすけー! かけるくーん! 怒らないから出てきなさーい!!もう降参ー!!」
暗くなり始めた庭に向かって、みさえは枯れそうな声で呼びかける。
それは、完全に自分自身の不安を拭い去るための行動だった。タチの悪いイタズラであってほしい。ただ迷子になって隠れているだけであってほしい。母親としての、痛切な願望。
「そんなこと……かけるはしないです」
不意に、静かで、酷く冷たい声が庭先に響いた。
「マタちゃん……!」
振り返ると、今の今までかけるを探し回っていたマタが、クロを連れて立っていた。その顔には明らかな疲労の色が浮かんでいる。
「こんな遅くまで探し回ってたの!? どうだった? 見つかった……?」
みさえがすがりつくように駆け寄る。これもまた、そうであってほしいという悲痛な願望だった。
しかし、マタは静かに視線を下げ、ゆっくりと首を振った。
そして、足元のクロと一度深く目を合わせて頷き合うと、躊躇うことなくポッカリと口を開けたあの巨大な穴の中へと降り立った。
「なにしてるんだ?」
マタの不可解な行動に、ひろしが疑問の声を漏らす。
穴の底で、マタは目を閉じ、意識を研ぎ澄ませていた。何か僅かな力の残滓でもないかと必死に探る。
しかし。
「だめだね……何も感じない」
絶望を塗り込めたような暗い表情のまま、マタは穴から這い上がった。
「どういうことだ? 穴に何かあるのか?」
「ちゃんと説明して! またなにか、とんでもないことに巻き込まれたの!?」
ひろしが問い詰め、みさえが取り乱したようにマタの肩を掴む。無理もない。自分の幼い息子が、忽然と姿を消してしまったのだから。
「ボクにも、はっきりとはわかりません。でも、クロが見ていたって。……しんちゃんが、この穴の中で『パッ』と消えたって」
「……消えた……!?」
ひろしとみさえが息を呑む。
その足元で、クロが静かに口を開いた。
「しんちゃんが手紙を掘り起こして、読んだ後、穴の中に入ってたんです。そして気づいたら、音もなく目の前から消えた。……かけるも、おそらく同じように消えたんです。朝早く、僕に声をかけてきて、掘る前の穴の位置に立ってて、気づいたらいなくなってました。最初は家の中に入ったんだと思ってたんですけど……今思えば……」
クロの姿をしたギンギンは、深く表情を曇らせ、ギリッと歯を食いしばった。
眠気に負けて目を閉じてしまった己の失態。伝説の盾でありながら…自分なら、絶対に気づけたはずだったのに。その後悔が、ギンギンの心を鋭く抉っていた。
「消えたって……! そんなこと……!」
みさえは信じられないというように首を振り、ひろしの腕にすがりつく。ひろしもまた、みさえを支えながら、ただ呆然と真っ暗な穴の底を見つめることしかできなかった。
一通りギンギンから説明を受けていたマタは、己の内に渦巻く焦燥と恐怖を必死に押し殺し、努めて冷静に、淡々と話を進めようとしていた。ここで自分が感情的になれば、かけるを助け出す道が絶たれてしまうかもしれないから。
マタは、穴の傍らでずっとうずくまっている白い犬を見下ろした。
「シロは、この穴を埋めようとしたしんちゃんを、必死に止めてたみたいです」
マタの静かな声が、夜の庭に響く。
「シロ。キミは、何か知っているんじゃないのかい?」
マタに問われたシロは、悲しそうな目で一度マタを見上げると、再びあの真っ暗な穴の底へ向かって、ただただ、悲痛な声で吠え続けていた。
ワン、ワンッ… ワン、ワンッ……!
もはやこの世界に存在しない、大好きな小さな飼い主の温もりを、暗闇の奥に必死に探し求めるように。
シロが穴に向かって吠え続けるシーンは少し不気味な感じがありますよね…
ロボとーちゃんに関しては、かけるのことなので、ひろしを絶対ロボにさせないと思います。なのですぐ終わる可能性があります。
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