『銀河鉄道の夜』のパロディです。
甲高い金属と金属が擦れるような音で目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋とは似ても似つかない場所だった。
目と鼻の先にはSLだと思われる鉄道の扉の空いた乗り口があった。
目を何度擦ってみても目の前に広がっている景色は変わらない。
思わず二、三歩後ずさって呆然と立ち竦んでいると、見知った顔の少女が車窓から体を乗り出して手を振っていた。
鉄道に乗り込んで少女がいた方に向かう途中には、当たり前だけれど色んな人がいた。
仕事帰りのサラリーマンは勿論、大きなクーラーボックスを大切そうに抱えている釣り人や、スケッチブックを持って車窓からの景色を一心不乱に描いている画家なんかもいた。
その画家を見て気付いたけれど、車窓の外には今まで見たことのないくらい綺麗な星空が広がっていた。
どのくらい経っただろうか。
呼び人がいつまで経っても来ないことに痺れを切らしたのか、少女が迎えに来た。
「みんなはねずいぶん走ったけれども遅れてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」
「昔から君は足が速かったからねえ」
そう言うと少女は少し悲しそうな顔を浮かべた。
「次はね、白鳥の停車場なんだ。そこには地に想いを馳せる人たちがいるんだ」
少女は円板のような地図をぐるぐると見ながらそう言った。
「君が宇宙に抱いている想いと同じくらいの想いを彼らは持っているのかなあ。だとしたらそれはきっと幸なんだろうねえ」
少女は幸という言葉にピクっと反応を示したけれど、その後何もなかったように
「その後にはね、狐が現れて私たちを化かすんだ。私たちが今まで食べたことのない美味しいお菓子を出してくれるんだ。一体どんな味がするのかな?」
と続けた。
「こんな綺麗な景色を見ながら美味しいお菓子を食べるなんて夢みたいだねえ。幸だねえ」
今度の少女は幸という言葉に反応せず、哀しそうな顔を浮かべるだけだった。
「狐が去るとね、次は鷲の停車場で水難事故に遭った青年と少年少女が現れるんだ。そこで私と彼らは本当の幸と神様について話をするんだ」
そう話をする少女の顔は少し青褪めていて、どこか苦しそうだった。
そんな少女を見ていると此方の胸まで苦しくなった。
ずっと前にもこんなことがあったと思い出そうとしても、頭の中に靄がかかったように思い出せなかった。
ここには綺麗な景色がある。この先、お菓子も出てくる。なにも哀しいことなんてない。
じゃあ事故に遭った人たちに会うのが哀しいのだろうか。
なぜだか分からないけれど、君には哀しい顔をしていて欲しくなくて
「どうしてそんな哀しそうな顔をしているの?」
なんて言葉が口をついて出た。
時計の針はもうすぐ十一時。
◇◇◇
結局、僕が記憶を取り戻したのは時計の針が十二時を回った頃だった。
正直、なにがなんだか分かってなんていなかったけれど、僕たちが銀河鉄道に乗っていること。
僕と灯花が話せるのはもう三時間もないこと。
南十字行きの切符を持つのは灯花だということ。
この位のことは嫌でも理解させられた。
だから、僕と灯花は鷲の停車場で乗ってきた青年たちと関わることなく、苹果を見ることもなく、二人きりで沢山の話をした。
幸とはなにか。灯花には星々がどんな風に見えているのか。死ぬのは怖いか。みんなに伝えたいことはあるか。お供え物は何が良いか。この後はどうなるのか。人が死んで星になるなら、どの星になりたいか。アナタは私の一等星なんて臭いセリフは案外、天体好きは言わなくて、一番星とかマイナス等級って言い方をするんじゃないか。というか、絶対等級か見かけの等級どっちを取るのか。実はアイツが好きだった、嫌いだった。サイダーとソーダとラムネの違いってなんだろうとか。
時間の許す限り、沢山の話をした。下らない話も、真面目な話も。
その間、僕は泣きそうなのをグッと堪え続けた。僕が泣くのは灯花が死んだ後でいい。
今はこの時間を少しでも長く。
そうして気が付けば、時計の針は三時を指そうか否かというところまで来ていた。
おおよそ三時間も話し続けたというのに、不思議と喉は乾いていなかった。
「そろそろだけど、言い残したことはある?」
「んー。……私ね、星も大好きだけど、それとおんなじ位、蛍が好きなんだ。星みたいに眩くみんなを照らす光じゃないけれど、優しく闇夜を照らして人々の心を奪うあの光が大好きなんだ。例えるなら、大輪の花火もいいけど、線香花火もいいよね……みたいな?」
「今日は随分と詩的だね」
「死ぬときくらいは格好つけたいの! 全く……」
君はため息をついてから「ああ、時間だ」と呟いて、車窓の外に広がる星に負けないくらい眩しい笑顔で「バイバイ!」と言った。
僕は笑顔で「バイバイ」と返した。
◇◇◇
目を覚ますと、今度は正真正銘、見慣れた自分の部屋の天井だった。
まだ部屋の中は暗くて、時計の針は三時を回ったところだった。
カーテンを開けて空を見上げると、一際輝いている星があった。
きっと、あれが灯花がなりたいと言っていた星なんだろう。なんの根拠もないけれど、そう思った。
僕はカーテンを閉めてから(なんとなく灯花に見られている気がして嫌だったのだ)、体中の水分がなくなるんじゃないかと思うほど泣きじゃくった。