度重なる激務の中、それでも風紀委員長としての職務を果たそうとパトロールをするヒナ。だが、ヒナに恨みを持った生徒はゲヘナには一定数いるようで……

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曇らせ(?)注意


戒めの跡

 

 まぶしい。

 

 まだ朝の早い時間、でもだからこそ上からではなく横から窓越しに直接あたる日光に、意識を覚醒させる。

 

 ねむい。何時間くらい寝ていたんだろう。まだ仕事いっぱい残ってるのに。

 

 度重なる徹夜と過労でもやがかかったようにぼーっとする頭を振ると、それだけで頭痛が襲ってくる。ズキズキと締め付けるような、それでいて頭の中に響くような痛みと不快感に顔をしかめて時計を見ると、どうやら眠っていたのは3時間ほどみたい。

 

 当然、ベッドや布団などで寝たわけじゃない。机に突っ伏すことすらせずに、作業していた姿勢そのままで意識が飛んで行っただけ。だから、体中が鈍く痛みを帯びている。さらに、寝る直前に作業していた書類には、持っていたままのボールペンの軌跡がぐちゃぐちゃに走っている。……この書類はもう一度提出し直してもらわないと。また、怯えられながら不備だらけの書類を受け取りに行かなきゃいけないのかな。

 

 寝起きから憂鬱なことだらけで、ため息が出るのを止めることはできなかった。幸い、今はほかの風紀委員のメンバーもいないし、誰に聞かれるわけでもないから人目をはばかる必要はない。

 

 せめてもの腹いせに、だめになった書類をくしゃくしゃに丸めて、ごみ箱に投げ入れる。狙いは正確で、一発でごみ箱に入った。その時、視界の端にぼさぼさの髪がひと房映った。

 

 最後にお風呂に入ったのは、いやシャワーを浴びたのはいつだったかな、とぼんやりと考えてみるものの、もはや日付の感覚すらも怪しくなっていて、記憶を手繰ることも難しい。現実逃避のための思考すらままならないことに絶望にも似た感情を覚えながら、自分より遥かに高いところまで積み上げられた書類の山々に取り掛かり始めた。……あぁ。

 

 先生に、会いたいなぁ。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 もちろん、先生だって最近は激務に追われているらしいし暇じゃないし、それ以上に私に暇がない。いくら先生に会いたいと思っても、そう簡単にはいかない。そんなことはわかっているから、今更気落ちはしない。

 

 寝不足のせいか疲れのせいか、いつも以上に彩度の低い景色を流し見しながら、ゲヘナの自治区をパトロールする。私は今にももつれそうな足を必死になだめて、弱みを見せないようにしっかりとした立ち振る舞いをしなくちゃならないのに、バカみたいに陽気でお気楽で熱い晴れ渡った空と太陽が憎たらしい。ゲヘナの広さに対してあまりに風紀委員の数は少ないから、一人で十二分な戦力な私は一人だ。それが、今はありがたかった。

 

 

「ひっ、風紀委員長!?」

 

 

 カツ、カツと歩を進めていると、ゲヘナの生徒が顔を引きつらせて逃げていくのが見えた。彼女は、別に悪事を働いていたわけではないみたいだから追うことも呼び止めることもしない。ただ、今日はいつもよりも怖がられているという自覚はあった。

 

 徹夜が続いているときは、毎回こうなる。多分、あまりよくない顔色と隈のせいで、機嫌が悪いように見えるんだと思う。

 

 もし、今の私を先生が見つけたら心配してくれるかな。多分してくれるでしょうね。先生は、そういう人だから。だから、少しくらい、甘えても。

 

 ここにはいない先生のことを考えながら見回りを続けていると、とある路地の奥の方で言い争う声が聞こえてきた。多少の言い争いなら目くじらを立てるほどではないけれど、言い争いはどんどんヒートアップしているようで声量が大きくなってきた。すぐに銃声が鳴り始めたから、私はそれを止めなくちゃいけなくなった。

 

 がちゃり、とデストロイヤーの頼もしくも忌々しい重さを感じつつ、セイフティを解除する。もしこの銃がなければ、これほどの力がなければ、もっと違った生活になっていたのかな。そう考えるのも、これで何回目だろう。

 

 果たして、路地裏では、5人ほどの生徒が一人の大人を取り囲んで銃口を突き付けていた。カツアゲでもしようとしたのかしら。

 

 そして、その5人組は、最近その悪辣さで少しばかり名の知れた不良グループだった。やることは美食研や温泉開発部や万魔殿と比べればちゃちだけど、手段を択ばないという点において非常に悪質。何度か懲らしめたはずなんだけど、やっぱり懲りないみたい。ゲヘナ生なんてそんなのばかりだから、今回で懲りるとも思えないけれど。

 

 彼女たちは、私を見るなり悲鳴をあげ、何人かが逃げ出そうとする。対照的に、大人の人は安堵した表情を浮かべていた。逃げ出した生徒の逃走ルートに弾丸をばらまき、少しばかりものを散乱させてもらって逃げ道をつぶす。

 

 あぁ、襲われていたのが先生じゃなくてよかった。こんなに鬱々とした日に先生を襲っている輩がいたら、自分を制しきれる自信がない。それに、先生は流れ弾一発で致命傷になるから、可能な限り銃撃戦には巻き込ませたくないし。

 

 

「り、リーダー!風紀委員長が、逃げ道が!」

 

 

 下っ端の一人が、情けない声を上げる。どれぐらい意味があるかは知らないけれど、やり口だけでも改心してもらわないといけないのだから仕方がない。今日も徹底的に懲らしめてやらないと。

 

 一歩、二歩と歩みをすすめて、そこで初めて、リーダーと呼ばれている生徒が余裕の表情を見せていることに気が付く。

 

 いつもの彼女なら、そこの下っ端と一緒に悲鳴を上げて逃げていくはずなのに。今日は、ニタニタと嫌悪感を覚える笑みを浮かべたまま、背を向ける気配がない。戦闘中なのに、こんな違いに、気づかないとは。

 

 

「おら、ビビるんじゃねえ!例の作戦だ、やれ!」

 

 

 リーダーが声を張り上げる。それを聞いて、下っ端たちもハッとしたように動き出す。

 

 ……作戦?何かはわからないけれど、警戒しておくことに越したことはない。

 

 いつでもデストロイヤーを掃射できるように構えつつ、彼女たちの動き一つ見落とさないようににらみつける。

 

 だからこそ、気づくことができた。この路地裏を形成する片方のビルの屋上に、先生がゆらりと立ち上がったのを。

 

 

「……先生!?」

 

 

 どうして先生がここに?シャーレで仕事に忙殺されていたはずじゃ?

 

 そんな疑問は、しかしその後ろで下っ端が一人銃を構えているのを見つけて後回しにする。先生は少し不自然な立ち上がり方だったけど、激務の中こんなことをされたのならそれも納得がいく。……こいつら、よりにもよってなんてことを。

 

 

「おいおい、どうしたんだい風紀委員長サンよぉ?いつもの威勢はどうしたよ?」

 

「……さない。」

 

「え?」

 

「絶対に、許さない。」

 

 

 持てる限りの力で持ってリーダーをにらみつける。もし、視線に物理的な力があるとしたら、彼女のヘイローを10回は壊せるだろう。それほどの殺意を込めて。

 

 しかし、彼女はヘラリと神経を逆撫でするような笑顔を浮かべて、大仰に肩をすくめる。いちいち、癇に障る動きしかしない。

 

 

「そう怒るなって、委員長サン。そんなににらみつけたら、先生とやらを見張ってるアイツがビビッて引き金を引いちまうかもしれないだろ?」

 

「……ッ!」

 

 

 本当に、卑怯な。あまりの怒りに、全身の血液が沸騰しそうだった。周りの音が、ザリザリという機械音声のようないやなもの混じりになる。人生でここまで怒ったのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 

 

「……ヒナ、ごめんね。私はちょっと、この子たちを手伝ってあげないと。だからヒナ、帰って。」

 

「……え?」

 

 

 しかし、先生の言葉で、今度は急に冷や水をぶっかけられたかのように体が、意識が冷たくなる。まるで、先ほど沸騰していた血液がすべて体の中から消え失せてしまったようだった。

 

 先生の声は裏返ったり、急に落ち着いたり、少し変だったけれど。もし、さっきの私の怒りが……いや、殺意が、先生をも威圧してしまったのなら。そして、そんなことをする私に絶望したのなら。そんな声も、出るだろう。

 

 

「待って、先生。わたしは、そんなつもりじゃ。」

 

 

 不良グループが目の前にいることも忘れ、呆然と立ち尽くす。できたのは、掠れて決して聞こえないであろう言葉を吐き出すことと、ふるふると力なく首を横に振ることだけだった。

 

 ぐらり、と足元が揺れる。雑音が消え、痛いほどの静寂に包まれる。

 

 ゆがむ視界の中、リーダーが指を鳴らすしぐさをしたのが見えた。そしてすぐに、先生が屋上から落ちて来るのも。

 

 力の入らなくなった体でも、何も考えられなくなっていた頭でも、この時やるべきことをやれたのは幸いだった。私はデストロイヤーを放り投げ、地面を蹴って跳躍する。同時に、気休め程度とはいえ羽を目いっぱいに動かし、先生のもとへと飛んでいく。先生を受け止めて抱き寄せたところで、残忍な笑顔を浮かべていたリーダーの顔が、愉悦に染まり、大きく口を開けたのが見えた。

 

 次の瞬間、世界に音が戻った。いつも悪い意味で騒がしいゲヘナの物音が耳を打ち、少し遅れていくつかの銃が全力で弾を吐き出す音が聞こえた。射撃対象は、もちろん、私。そして、腕の中には先生がいる。

 

 小さな体で先生を抱きしめ、覆うように体を丸める。羽も先生を守れるように広げ、全身に襲い来る痛みに耐える。落下しながら銃弾を受け止め続け、一秒と経っていないとき。抱きしめた先生の体が、急に熱を帯びた。

 

 え、と思い、目を開けたとき。

 

 先生の体が、爆ぜた。

 

 最後に見えたのは、もげた先生の顔が、私の視界いっぱいに広がった光景。その凄惨な、悪夢のような映像に、ついに私の中の何かが音を立て崩れたのがわかった。

 

 そして、次の瞬間に襲ってきた爆音と衝撃波に、私の意識は闇に落ちた。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「えっ、ヒナが!?」

 

 

 シャーレで仕事に追われていると、突如アコから連絡が入った。電話に出て緊急だ、大変だと騒ぎ立てていたところを、電話の向こうにいたらしいセナが落ち着かせてくれたらしい。詳しい話を聞くと、パトロールをしていたヒナが音信不通になり、駆け付けてみるとボロボロで倒れていたということだった。

 

 

『……幸い、命に別状はありません。ただ、疲労と寝不足が祟ってまだ目を覚ましていないのです。多数の銃痕と、至近距離で爆発に巻き込まれた跡があります。近くには、先生の姿を模した精巧なビニール人形の破片と、壊れたレコーダーが落ちていました。委員長がこのようなことになってしまった原因の一端が、そこにあるのかもしれません。早急に捜査を行う子必要があるでしょう。……それと、非常に言いづらいのですが。』

 

 

 これまで淡々と事務的に話していたセナの声のトーンが急に下がる。そこには、底知れない怒りが含まれていて、私の肝をも冷やした。

 

 

『ヒナ委員長の顔に、刃物で切りつけたような傷が深くついています。これも重傷に至るものではありませんが……傷跡は、一生消えないでしょう。』




 ごめんよヒナ、もう曇らせは書かないからね……
 というわけでクモです。曇らせ書け、伸びるから書けと友人たちにそそのかされて書いてみた結果です。うん、やっぱ俺曇らせ好きじゃねえや
 とはいえ、苦手なジャンルながらやってみた以上結果が気になるのが人の性というモノでして。ハーメルンには評価があるみたいですし、そちらを忌憚なく押していただけると嬉しいです

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