お前もニフってる? 作:HLNF会長
「なるほど、そんなことが……」
暖炉の炎がゆらりと揺れる。
ポリジュース薬でマルフォイに探りを入れたあと、ハリーとロンは談話室で再びシリウスと落ち合っていた。ことのあらましを詳細に伝えていくにつれ、シリウスの顔がドンドン険しいものに変わっていく。
「ポリジュース薬は危険な薬だ。ハーマイオニーは大丈夫だったのか?」
シリウスが眉をひそめて真剣に聞く。
その一言に、ハリーとロンは顔を見合わせた。
「うん。その、マダム・ポンフリーに見せたら、完全に元に戻るのに数週間かかるみたいだけど」
ハリーは歯切れ悪く答える。
というのも、最後に見たハーマイオニーはだいぶ傷心していた様子で、医務室の別れ際、「新学期が始まるまでに治らなかったら授業に出られないわ!」とヒステリックに猫耳を搔きむしっていたのが印象的だった。しかしそれをシリウスに伝えてどうなるというのか。
ハリーとロンが誤魔化すようにニコッと微笑んだのを見て、そうか、とシリウスはほっとしたように溜息を吐いた。
「なにはともあれ、三人ともよくやった。十分な成果だ」
「そうかな」
「もちろん。少なくとも、ドラコ・マルフォイ本人が継承者である可能性は消えたと言っていい。自宅の隠し部屋について学友に不用意に話してしまうあたり、彼が継承者だったとき口を滑らせていないはずがないからな。これは小さくない収穫だ。それにしてもマルフォイの奴、応接間の下に隠し部屋を持っていたとは……すぐにアーサーに連絡して、明日にでも嫌がらせしに行ってやる」
シリウスは炎越しにハリーを見る。
「しかし、父親であるルシウス・マルフォイがこの件に関与しているのは間違いないな。倅を関わらせないあたり、なるべく裏で動きたいらしい……」
「なんでマルフォイのお父さんが関わっているって分かるの?」
「私にもドビーが忠告に来た、という事実が重要なんだよ、ハリー。君の保健室の一件だけなら、『マルフォイ邸で偶然耳にした“秘密の部屋”の危険性について、ハリー・ポッターに伝えよう』という考えで動いたのかもしれない。しかしドビーが私のもとに来たのは夏休みの間。秘密の部屋が今年開かれることなんて、継承者や、それを手引きした、もしくはその話を聞いた身近な人間しか知りようのないことだろう」
「じゃあ、マルフォイじゃないとしたら、誰なんだろう……」
「そこが問題だ」
赤々と燃える火の中で、シリウスは思案気に目を伏せた。目元の炭がごろりと揺れる。
「あらためて、一度整理してみよう。可能性は大きく二つある。ひとつは、ルシウス・マルフォイがこの事件の黒幕で、誰かを動かしている場合。もうひとつは、ルシウスは事情を知っているだけで、実際に動いているのはまったく別の人物という場合だ」
二人は黙って耳を傾ける。
「もし前者なら、少し気がかりなことがある」
「気がかりなこと?」
「ああ」
シリウスは静かに頷いた。
「ルシウスは息子にすら詳しい事情を話していない。用心深い性格だから、と言ってしまえばそれまでだが、どうにも引っかかる……スリザリンの継承者というのは
しん、と談話室が静まり返った。
この場には三人しかいないはずなのに、まるで周りにいたすべてが黙り込んだような静寂。ぱちり、と暖炉の炎が爆ぜる音が響く。
「継承が何かの先天的な要素だったらまだいい。問題は、それが人為的に継承される場合だ。なにも、実行役が自分の意思だけで動いているとは限らない」
「てことは……つまり、マルフォイの父親が誰かを操ってるってこと?」
ロンは胡坐をかき腕を組んで、完全に考えるモードだ。ハリーも似たように腕を組んで、考えるふりをしてみる。
「可能性の話だ。継承者が自ら継承した可能性はある。ただ、人を意のままに従わせる闇の魔法は存在するし、そこまで大げさでなくとも、弱みを握る、恐怖で縛る、恩を着せる……人を思い通りに動かす方法はいくらでもある。ルシウス・マルフォイという男なら、その程度のことをやっても不思議ではない。そしてその場合、どんな人間でも継承者になりうる。ハッフルパフいちの人格者や、もしかすると教員すら……」
重苦しい沈黙が流れた。
やがてロンが口を開く。
「じゃあさ、そのルシウス・マルフォイを、おじさんたちで調べたりできないの?」
「出来ればとっくにやっているさ」
シリウスは苦笑した。
「証拠が弱すぎるんだ。今あるのは、ドビーが私やハリーに危険を知らせようとしたという事実と、いくつかの状況証拠だけ。それだけで闇祓い局を動かそうとしても、スクリムジョール———闇祓い局長だ———が首を縦に振るとは思えない。仮に私やムーディが独断で動けば、今度はルシウスが真っ先に魔法大臣へ抗議を持ち込むだろう。『根拠もなく闇祓いが身辺を嗅ぎ回っている』とね」
シリウスは苦い顔をした。
「特にムーディは、腕は一流だが少々やりすぎることで有名だからな。監督不行き届きだ何だと理由をつけられて、最悪の場合は職を追われかねない」
シリウスの言葉に、ロンが唸る。ハリーは自分が置いていかれていることを薄々察していた。
「少し難しい話になってしまったな」
シリウスは苦笑した。
「考慮しなければならないことが多い。前回の継承者も見つからないわけだ……」
「あ、そうだ、前に秘密の部屋が空いた時のこと、シリウスはどう思う?」
ルシウス・マルフォイの疑いから話は離れ、やっと口を挟める話題になってきた。しかし、ハリーの問いにシリウスの表情がわずかに曇る。そして慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「魔法省の公式見解では、一応、名目上、犯人はルビウス・ハグリッドということになっている」
「ハグリッド!?」
ハリーとロンの声が重なった。
「もちろん、私は信じていない」
シリウスはきっぱりと言った。
「ハグリッドは確かにだいぶ危なっかしいところがあるが、人を殺せるような男じゃない。スリザリンの継承者だって? もってのほかだ。当時も証拠らしい証拠は乏しかった。しかし、学校は犯人を必要としていた。ハグリッドを退学にし、事件もそれで幕引きとした」
「じゃあ、本当の継承者は……」
「解明されていないだろう。だからこそ、五十年経った今でも同じことが起きている」
シリウスは少し考えるように一拍置いた。
「ちなみに、その時の犠牲者は、マートルだった」
「えっ」
「マートルって……」
「知っているだろう? 女子トイレのゴースト。学生時代一時期ひどく惚れられてね。人間だけでも面倒なのに、彼女をあしらうのにはなかなか骨が折れたよ」
シリウスは肩をすくめる。ハリーは思わず黙り込んだ。制服姿のゴーストだから、在学中に亡くなったのだろうとは思っていたけれど。それが秘密の部屋の犠牲者だったとは。
一方のロン。
今コイツ、人間だけでも面倒っつったか?
静かに殺意を覚えていた。
「聞いていないか? つい先日、ロミオにマートルへの聞き込みを頼んでいたんだが」
「聞いてない。でも、ロミオって喋れないでしょ? あのマートル相手じゃ無理じゃない?」
「タイプライターを取り出す前に、水をぶっかけられて追い返されたそうだ」
なぜだかその光景が容易に想像できる。
かわいそうに、とハリーはぼそりと呟いた。
「もしよければ、君たち二人で話を聞いてみてくれないか。マートルも、同年代の生徒相手なら少しは口を開くかもしれない」
「おんなじように追い返される方に十シックル」
ロンが即答する。
「賭ける相手がいないぞ、それは」
シリウスはあしらうように笑った。
「まあ、頼んだよ。私はその間、マルフォイ邸の隠されざる“秘密の部屋”の件と合わせて、ルシウス・マルフォイへ嫌がらせをする方法でも考えておく」
「それって、闇祓いとして?」
シリウスは悪戯っぽく片目をつぶった。
「趣味だな」
その言葉を最後に、炭で出来た顔はごろりと崩れた。
赤い火だけが一瞬勢いよく燃え上がり、ぱっと火の粉を散らす。
次の瞬間には、暖炉には白い灰と黒い薪だけが残り、シリウスの姿は跡形もなく消えていた。
翌日。
ハリーとロンが女子トイレへ足を踏み入れると、じめじめとした冷気が肌にまとわりついた。
クリスマス休暇に入った校舎は静まり返っている。誰かに見つかる心配もなく、二人はエメラルドグリーンの配色で立ち並んだ個室の方へゆっくりと進んだ。
蛇口からは雫が一定の間隔で落ち、水音が広い室内に反響している。
個室の一番奥から、すすり泣くような声が聞こえてくる。
「……マートル?」
恐る恐る二人は近づき、扉を足でそーっと開けたハリーが声をかける。
返事はない。
しかししばらくして、便器の中から青白い顔がぬるりと浮かび上がった。
「……なによ。またあんたたち?」
野暮ったい眼鏡を右手でなおしながら、マートルはじろりと二人を睨む。
ハリーは前から思っていたことだが、いくらトイレで死んだとはいえ、こうも便器などに潜ることに対して抵抗がないのはいかがなものだろうか。一応亡くなったときにはいっぱしの女の子だったはずだ。
「あら? 今日は猫のお友達はいないの?」
「ハーマイオニーなら保健室だよ」
ロンがむっとして言い返した。
「ふぅん。残念。あの猫顔、結構似合ってたのに」
マートルは意地悪そうにくすくすと笑う。これ以上彼女のペースに乗せられてはいけないと察したハリーは、咳払いを一つして口を開いた。
「今日は、そのことで来たんじゃないんだ」
「じゃあ何?」
「五十年前に秘密の部屋が開いた時のことを聞きたくて」
マートルは露骨に顔をしかめる。
「ああ、その話?」
彼女はふん、と鼻を鳴らすと、すうっと天井近くまで舞い上がった。
割れた高窓の縁へ腰掛けるように飛んでいくと、二人を見下ろす。
「どうやって死んだの、何を見たの、怖かった? それで、言いふらすんでしょ。そんな魂胆お見通し!」
過去によっほど腹に据えかねた事件があったらしい。窓の外へぷいと顔を向けて、完全に拗ねモードだ。
「知らない。覚えてない。帰って」
取り付く島もない口調でシッシッと追い払うようにジェスチャーをするマートル。
ハリーとロンは困って顔を見合わせた。
やっぱり駄目か。だってあのロミオでもダメだったんだもんな。
しかしその時、ハリーに天啓のようなアイデアが思い浮かんだ。
「もう、まだいるの? さあさ、帰った帰った! クリスマスくらい静かにしててよ!」
「……シリウスからの頼みなんだ」
ハリーが静かに言う。
ぴたりとマートルの動きが止まった。
「……え?」
ゆっくりと振り返った彼女は、眼鏡の奥で目をぱちぱちさせた。
「いま、なんて?」
「シリウス」
「……あの、シリウス・ブラック?」
さっきまでの不機嫌そうな表情が一瞬で消えた、ような気がする。そのかわり、マートルの目には獲物を狩る直前のメスライオンのような、どこか爛々とした光が灯っていた。ハリーは心の中でシリウスに謝った。もしかしたら面倒なことになるかも。
「そう。そのシリウス。シリウスからの頼みなの。マートルは知ってるかなあ~シリウス。十何年前くらいには結構ハンサムで有名な生徒だったらしいんだけど、シリウス。今もハンサムだけどね、シリウス」
ロンに凝視されながら、極めて白々しい表情を浮かべたハリーは何気ない調子で付け加える。
「ちなみに、まだ恋人はいないっぽいよ」
「あっ、そう」
マートルは慌てて前髪を撫でつけ始めた。
猫っ毛でぱさぱさの髪を指先で整え、制服の襟を引っぱって形を直す。鏡まで飛んで行って顎にあるにきびを気にし始めた。
「ちゃんと聞いてなかったわ。何か御用?」
そして二人の目の前まで飛んできて、マートルは一転、借りてきた猫のようにしおらしくなった。
「……すっげー。魔法みたいだ」
あまりの変わり身の早さに、ロンは思わずハリーへ顔を寄せて囁いた。
「僕もびっくりしてる」
ハリーは苦笑すると、もう一度切り出した。
「五十年前、秘密の部屋が開いた時のことを教えてほしいんだ」
「……シリウスが知りたいって言ったの?」
「うん」
「……そう、いいわよ。話してあげても」
しばらく黙っていた彼女は、小さく息を吐いた。
「あんまり覚えてないんだけど。オリーブ・ホーンビーっていう意地の悪い女にからかわれて、泣きながらここへ逃げ込んできたの。個室に閉じこもっていたら、誰かが入ってきたわ。男の子の声だった。変な言葉で、誰かと話しているみたいだった。『ここは女子トイレよ!』って怒鳴ろうと出ていこうとしたの。それで扉を開けたら……」
マートルは憎らし気に目を細めた。
「黄色い二つの目を見たの。そしたら金縛りにあったみたいになって、身体がふーっと浮かんで……それだけ。次に気づいた時には、私はもう幽霊だったの」
ハリーとロンは顔を見合わせた。
「……それを見たのって、どのあたり?」
ハリーが尋ねると、マートルは少し考え込んでから、すうっと洗面台の方へ漂っていく。
「この辺だったと思う。個室を出て、見た瞬間だったわ」
青白い指先が、ずらりと並ぶ洗面台の一つを指した。
二人もその場所へ目を向ける。
「どういうことだろう……黄色い目って、その怪物のことだよね?」
ロンが小声で囁いた。
「たぶん」
ハリーも声を潜める。
「でも、どうして女子トイレなんだろう」
「鉢合わせたとか?」
「それなら、なんでこんな場所に怪物が……」
二人は考えたが、答えは出なかった。
ハリーはもう一度マートルへ向き直る。
「ありがとう。話してくれて」
「いいのよ」
マートルはふわりと笑みを浮かべる。そしてハリーの方にスイーッと飛んでくる。
「その代わり」
ぐい、と顔を近づける。ハリーは思わずのけぞった。マートルは他の歴史的なゴーストとは違って、ホグワーツの制服を着ているという点で妙に生生しい。
「シリウスの写真、ちょうだいね」
「え?」
「あの子がどんな風に成長したのか気になるもの」
マートルは恍惚とした表情で両手を胸の前で組み、身をよじった。
「ウウウゥーッ……気になるぅ!」
ハリーは思わず一歩後ずさりした。
「……うん。あとでシリウスに頼んでみるよ。とびきりかっこつけたブロマイド……」
隣でロンがこれ見よがしに目を見開き、肩をすくめる。
シリウス、ご愁傷さま。そのとき、二人の心は確実に通じ合っていた。
そうして、若干逃げ腰の二人が女子トイレを後にしかけたときである。
「あ、そういえば。ロミオを追い返したんだって?」
ロンが思い出したように振り返った。
その途端、マートルは露骨に顔をしかめた。
「ロミオ……あの変なニフラー?」
「うん」
ハリーが頷く。
「タイプライターを持って話を聞きに来たって?」
「……は? 来てないけど」
マートルはきょとんと目を丸くしている。
今度はハリーたちが固まる番だった。
「来てない?」
「ええ。そんなやつと一度も話してないもの。あんたたちが変な薬調合してた時に、たまに姿を見たくらいで」
ハリーとロンは顔を見合わせる。
「でも、シリウスは……」
「ロミオが聞き込みにきたって」
「知らないったら知らない!」
マートルは少しむっとしたように顔を歪めた。
「なんなのよ、さっきから! 私が嘘をついてるって言いたいの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
ハリーは慌てて首を振った。
「ただ、本当にロミオが来てないのか確認したくて」
「来てないわよ!」
「絶対?」
ロンが念を押す。
「絶対!」
「本当に?」
「本当に!」
「記憶違いとかじゃなくて?」
「違う!」
「水をかけて追い返したんだろ?」
「だから、来てないって言ってるでしょう!」
マートルの声が女子トイレ中に響き渡った。
問い詰めるように二人が近づくと、マートルはびくっと肩を震わせた。
「や、やだ! きもい! 私嘘なんかついてないんだから!」
マートルは空中で後ずさる。
「ちょっと、落ち着いて」
「知らない! あなたたちまで私を疑うのね!」
「疑ってるわけじゃ———」
「もう知らない!」
「あ、待って!」
ハリーの制止も聞かず、マートルはそのまま逃げるように天井近くまで浮かび上がった。
「マートル!」
「知らないったら!」
最後にもう一度キンキン声で叫ぶと、マートルは勢いよく便器の中へ飛び込んだ。
ばしゃん!
水柱が高く跳ね上がる。
「うわっ!」
ロンが慌てて飛び退いた。
女子トイレに静寂が戻る。
「……どういうことだろう?」
ハリーがぽつりと呟く。
ロンは服についたかすかな水しぶきに顔をしかめながら、汚れを手で払っていた。
「ロミオが嘘をついたってこと?」
「そんなことするかな……シリウスに嘘をつく理由なんてないじゃないか」
「じゃあマートルが嘘を?」
「いや、それも違う気がする」
マートルは面倒臭いし、気分屋だし、すぐ人をからかうけれど、さっきの反応は嘘をついているようには見えなかった。
ハリーはふと洗面台に視線を落とした。
ロミオは、ああ見えて妙なところで真面目だ。
面倒臭がることはあっても、頼まれたことを放り出すような性格ではない。少なくともこんな被害者が出ている問題では。
それなのに……。
その時、不意に昨夜のシリウスの言葉が頭をよぎった。
———継承が人為的なものだった場合。
———実行役が、自分の意思だけで動いているとは限らない。
ハリーの背筋を、冷たいものが走る。
もし……もし誰かが操られているのだとしたら。
それはスリザリン生だけとは限らない。
ハッフルパフで一番のお人好しだって、尊敬されている監督生だって、あるいは、教師でさえ……誰が継承者でも、おかしくない。
そうシリウスは言ってたじゃないか。
「……考えすぎかな」
ハリーは小さく呟いた。
けれど、その不安は胸の奥に小さな棘のように引っ掛かったまま、消えようとはしなかった。
「ロミオがマートルに聞き込み?」となった方は、第十話を参照されるといいかもしれません。
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切実に燃料をください。エタる確率が低くなります。沢山の感想ありがとうございます。感想をください。私の主食です。