花粉症に苦しむ僕の前に現れたのは、花粉症の擬人化を名乗る美人、花粉翔子。独特な彼女に振り回される一日が始まる

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ffとのノリと深夜テンションで書いた怪文書です。
お題は「花粉症の美少女化、花粉しょうこ(仮)に出せ♡って耳元で言われながらくしゃみを出してるシチュエーション」。一体何を書いているんだお前は


第三種接近遭遇的な何か、的な何か

 春はあけぼの。やうやうしろくなり行く山際……

 こんなことを言っていた清少納言は、きっと花粉症ではなかったに違いない。鼻づまりで浅い眠りを強要され、変に目が覚めたせいで見ることになる日の出は涙でゆがんでこれっぽっちもきれいではない。いや、むしろ今日もこの後仕事があることを思えば忌々しさすら感じてしまう。

 あれ、でも杉は戦後に大量に植えられたって話だったっけ。それじゃあ清少納言はスギ花粉ではなかったのかもしれない。とはいえヒノキにブタクサ、それにイネ科の植物も花粉症の原因になるらしいし、やっぱり花粉症を回避できた恵まれた人間であったことには違いないだろう。

 ズズ、と鼻をすすってティッシュに手を伸ばし、チーンと盛大に鼻をかむ。

 

「花粉症め……いつか駆逐してやるからな……!」

 

 そう独り言ちたときだった。

 

「おいおいひどいなぁ。ウチが何したって言うの」

 

 背後から聞きなれない女性の声が聞こえた。

 僕は現状恋人はおろか家に招くほど親しい異性の友人もいない身。さらに昨晩は酒も飲まず残業後一人直帰してすぐ寝たのだから、誰もいるはずはない。

 ぎょっとして思わず振り向くと、よよよ、と泣いたふりをする美女がいた。焦げ茶の着物と対照的に白く透き通た肌、深い濃緑の髪は腰のあたりまでまっすぐ伸びでいる。身長は165近くあるだろうか、女性としてはかなり高めだ。しかし袖から除く指や顔の輪郭は非常にほっそりとしており、体型の分かりづらい着物であってなお男女ともに目を引かれるスタイルだということが予想できる。泣くふりをして伏せられた目は時折こちらをチラチラと伺っており、ネコ科を思わせる金色の瞳が悪戯っぽく輝いていた。

 驚さえ塗りつぶしてきれいだと、そんな簡素な感想が頭を埋め尽くす。誰何の声を出す努力すら放棄して、僕の口は開きっぱなしだった。

 完全に固まってしまった僕を見て、女性は興醒めだと言わんばかりに深々とため息をつき、眉を寄せた。

 

「固まっちゃうとは思わなかったなぁ。せめてなんか言ってよ、ウチがトンチキな女みたいじゃない」

「あ、えっと……どちら様で?」

 

 ようやっと出てきた言葉は家主として至極当然なものだった。というか、少なくともこの数秒を見るにトンチキな人間であることは間違いないと思うのだが。

 

「ウチ?ウチは……なんて言ったらいいかな、花粉症の擬人化?みたいな?」

「花粉症の擬人化」

 

 想像だにしない答えにおうむ返しに繰り返すことしかできない。

 

「そそ。まー名前がないと不便だろうし、そうだなぁ。とりあえず、花粉翔子って名前にしておこう!気軽に翔子って呼んでね☆」

 

 自称証拠は目元でピースをしながら、きゃぴっ☆という擬音が聞こえるかのポーズをとる。

 ……ふむ。

 

「もしもしポリスメン?」

「あーそっか信じないかー。まぁ無理もないけどね。でも君意外には認識されないらしいし、おまわりさんにクスリを疑われたくなかったらやめといたほうがいいと思うけどなぁ」

 

 すすす、と正面に回ってきながらそんなことを宣う翔子。ちらりと目をやれば、玄関の扉も窓の鍵も閉まったままだし、その周辺も寝る前から変化がない。侵入経路がわからない以上、この正体不明の何かの言うことが嘘だとも断定できない、かもしれない。いったん通報は諦めてこの女から情報を得たほうがいいだろうか。

 

「……で、花粉症の擬人化ってなんだ、ふざけているのか?」

「心外だなぁ、これでも大真面目なんだよ?」

「一回真面目の意味を辞書で引いてきたらどうだ」

「子供だから、わかりませーん」

 

 テレビのジョ〇ン、と呼びかけたくなるようなとぼけ方をする翔子。本当に何なんだこいつは。

 

「子供って、どう見ても20かそこらのきれいなおねーさんだが」

「きれいなおねーさんだって、いやんいやん」

「真面目に答えないなら蹴り出すぞ」

「まあウチも生後10分未満だからね、わからないこともたくさんあるのさ」

 

 体をくねらせながらなおもボケ倒そうとする翔子に苛立ちを隠さず警告すると、打って変わって肩をすくめながらそんなことを言う。さすがに今度は嘘は言っていないと思ってよさそうか。

 

「生後10分ってどういうことだよ、なんで僕の家にいるんだ」

「スポーン地点を選べるとは限らないだろう?」

 

 再度肩を持ち上げて見せながらそう言う翔子。わかったような、わからないような。

 

「スポーンって……というか、花粉症の擬人化ってなんなのさ」

「うーん、花粉症への人々の想いが昂ぶりすぎて、奇跡的にそのエネルギーが一か所に集中した結果できたイレギュラーというか……あ、そうだ、最近の流行りで言うと呪霊が近いかな?」

「なんで生後10分が世間の流行りに敏感なんだよ、というかそれは著作権とか的にいいのか」

「人間同士の取り決めなんてウチが知ったこっちゃないよ。伝わるんだからそれでいいジャマイカ」

 

いい笑顔でグッとサムズアップしてみせる翔子。憎たらしいことに、元の顔がめちゃくちゃ良いだけにこれだけでも非常に絵になる。殴りたい、この笑顔。

 

「殴るのは止めないけどやめといたほうがいいと思うよ、そもそも私物理攻撃無効だし」

「何でもないことのようにこっちの思考を読むんじゃあない」

「それにほら、私花粉症の擬人化だから、触ったりなんてしたら花粉の種類にかかわらず体中の穴という穴から汁を噴き出すことになるよ?」

「パッシブ防御が強すぎるだろ……」

 

 想像するだに汚かった。もう少しほかに言い方はなかったのか。

 

「まぁどうしてもって言うなら装備を整えるところからだね。これを使うといい」

 

 そう言って彼女が指揮でもするかのように人差し指を振るうと、80㎝ほどの木製の棒が空中に現れ、カランと音を立てて落ちた。

 

「……これは?」

「ひのきのぼうだよ」

「最弱装備じゃねえか!」

 

 興味本位で伸ばしていた手を引っ込める。ないほうがましとすら思える装備で殴ったところで大したダメージは与えられまい。

 

「ふふ、でもただのひのきのぼうじゃないよ。ひのきのぼう:花粉エディションさ!触ったら体中の穴という穴から以下略」

「ただでさえ最弱の装備を下方修正するな!」

 

 触らなくてよかった。息をするように罠を張るのはやめてほしい。こちとらそういった駆け引きには滅法弱いのだから。

 だが、僕の言葉を聞いて翔子はフフフと妖しく嗤う。

 

「下方修正とは限らないさ。選ばれた人間が使えば魔王だって倒せる可能性を秘めた恐るべき武器だよこれは!」

「具体的には?」

「花粉症じゃない人が使って花粉症の魔王を殴ればいい」

「魔王ならその辺のデバフ対策しとけよ……」

 

 なんともしょぼい話だった。それにどのみち僕には使えないし。

 ……って、あれ。

 

「もうこんな時間!?やばい遅刻する!!」

 

 ふと視界に映った時計は、浅い眠りのせいで早く目が覚めた分を帳消しにしておつりがくる時刻を示していた。朝ご飯を食べていては遅刻確定だ。急いで着替えなくては。

 

「社畜さんは大変ですなぁw」

「誰のせいだと思ってるんだコンチクショウめ!着替えるから出てけ!」

「は~い♪」

 

 やけに素直に部屋から出ていく翔子を尻目に大急ぎで準備して家を出るのだった。

 

「置いてくなんてひどいなぁ、これがネグレクトってヤツかい?」

「なんでついて来てんだよ!?」

「減るもんじゃないしいいじゃないか。それに、虚空に向かって叫んでいたらそれこそ社会的信用その他諸々を失うよ?」

 

 和服では走れないのか、地面から10㎝ほど浮いてスィーと僕についてくる翔子。その言葉に周囲をうかがえば、確かにこれほど非現実的な存在が白昼堂々存在していながら誰一人として注目していなかった。本当に僕だけにしか見えないのだろうか。

 ニヤニヤと小憎たらしい笑みを浮かべる翔子に青筋をたてながら、駅へと走るのだった。

 

 

 

 

「本当に誰一人気づいてなかった……」

 

 仕事終わり、帰りの電車に揺られながら呆然とつぶやく。隣には、相変わらず翔子がふよふよ浮いている。こいつが上司の頭に指を当てて「鬼―!」ってやっていようが、会議室のど真ん中でゲッダン☆を踊っていようが、僕の仕事にアドバイスやミスの指摘をしていようが、誰も何の反応も示していなかった。おかげで仕事中からずっと笑いをこらえるのに必死だった。

ちなみにこいつは今、目の前のおっさんの禿げた頭と重なってパントマイムをしている。一体どうしてこいつはこうも僕を笑わせたがるのだろうか。明日は腹筋が筋肉痛になりそうだ。

 

「あ、そうそう言い忘れていたけど。今朝君が考えていた枕草子の頃は今と暦が違うから花粉の季節とは外れていてもおかしくないよ。当時は1月から3月が春で、一か月くらいズレてるから今の暦で言うと2月から4月ぐらいが枕草子で歌われていた春だね」

 

 生後一日未満の呪霊モドキに古典の知識で負ける僕は一体……。

 その後も謎の蘊蓄を垂れながら思いつく限りのボケをかましてくる翔子を何とかやり過ごし、最寄り駅で下車する。改札を出て、しばらく歩いたところでふと息苦しさを感じた。

 いつもの花粉症だ。また鼻水が詰まってきた。

 鼻をかもうとポケットに手を突っ込んで……そこで固まる。ティッシュがないではないか。そういえば、昨日も昨日で大量に消費したせいで使い切ったんだったか。朝はドタバタしていて補給を忘れていた。

 一度花粉の勢いに負けると顔中が大惨事になり始める。目からは涙がこぼれ、喉は痛み、今にもくしゃみが出そうだ。

 ズズ、ズズと鼻をすすりながら歩いていると、異変に気付いたらしい翔子が振り返り、ニマァと今日一番のいやらしい笑顔を浮かべた。

 

「おやおや、花粉症ですかぁ?辛そうですねぇ」

「この、諸悪の根源がぁ……!」

 

 もはや外聞も何も捨ててにらみつけるが、応えた様子はない。キャーコワーイ、などとわざとらしく身を引き、次の瞬間息の触れ合いそうな距離まで顔を近づけてきた。

 いくら憎たらしい相手と言えど、見てくれは息をのむほどの美人。その顔が急に目の前まで近づいて来ては、女性に免疫のない僕としてはのけぞりながら硬直するしかない。顔にサッと熱が集まるのを感じて、さらに恥ずかしくなる。加速度的に頬が赤くなっていくのが自覚できた。

 

「そう睨まないでよ、悪いのは私じゃなくて君の体の免疫機能だろう?それが勝手に敵意を燃やしているだけ。むしろ、憎悪をぶつけられる私は被害者と言ってもいいんじゃないかな?」

「何を、勝手なことを……」

 

 吸い込まれそうな金色の瞳から目が離せず、出てきたのはそんな何の説得力もない言葉だけ。当然翔子はそれを意に介した様子もなく続ける。

 

「勝手なものか。悪意の欠片もないのに一方的に嫌われ憎まれる気持ちがわかるかい?私は君のことを、こんなにも愛しているというのに」

 

 柔らかそうな瑞々しい唇から紡がれたその言葉は、僕の脳を揺さぶって機能を止めるのに十分な威力を持っていた。ふ、と一瞬のぞかせた寂しそうな表情もまた、その言葉に説得力を与える。

 だが、次の瞬間顔は離れ、先ほどの表情は霧散していた。

 

「なーんてね。そもそも同種の生殖のための精子たる花粉が、君たち第三種を気に留めるわけないだろう?ドキッとしたかい?」

 

 一瞬遅れて、からかわれたと気づいて頭に血が上る。先ほどとは全く別の理由で顔が熱い。

 だが翔子はやはり余裕の崩さないまま、肩をすくめてこう続けた。

 

「ま、とはいえ君たちと争う気がないもの本心だよ。何よりメリットがない。さて、きみもそろそろ辛いだろう?疲れも溜まっている中、そうも呼吸が苦しくては。一回すっきりした方がいいんじゃないかい?」

「誰かさんのせいで朝忙しくてティッシュ忘れたものでね!そうもいかないんだよ」

「くしゃみの一つでもしてしまえば鼻腔内の粘液は排出されて楽になると思うけど?」

「鼻水垂らしたまま帰れるわけないだろ!?」

 

 スーツを汚すのはさすがに勘弁だ。クリーニング代もバカにならないし、何よりその間着るスーツを用意しなくてはいけない。

 だが、彼女はわがままを言う子供を見るかのようにやれやれと首を振ったかと思うと、すっとその手を僕の頬にあてがった。途端に、くしゃみをしようと呼吸器官が準備をはじめる。

 やめろ、やめてくれ、こんな場所で鼻水垂らすなんて醜態をさらすわけにはいかないんだ……!

 

「ふふ。どう思っていても体は正直ってやつだね。ほら、早く楽になろうよ。ね?」

 

 そういって翔子は僕の耳に息を吹きかける。横隔膜が痙攣し、喉の奥が広がっていくのがわかる。

 

「ほら、出しちゃえ♡出―せ♡」

 

 耳元でささやき続ける彼女の吐息に、ついに限界が訪れる。

 ブアァァックション!!

 盛大なくしゃみとともに鼻の中を満たしていた鼻水がすべて飛び出し、虚空を舞う。そのまま重力に従って落ちようとした、まさにその時。

 どこからともなく強い風が吹いて、私の顔の目の前を杉の枯れ枝がひと房横切った。鼻水は、奇跡的なタイミングで枯れ枝に着いた枯れ葉に絡め取られ、鼻腔内から何かが引っ張り出されていく感覚とともに彼方へと去っていった。

 後に残ったのは、あたりに轟くくしゃみをしてアホ面を晒すハクション大魔王こと僕と、してやったりの翔子。生まれ変わったのかというほどすっきりした粘膜系と、汚れ一つない服装に唖然としていると、翔子がニカッと笑った。

 

「ね?すっきりしたでしょ?」

「ね?じゃないよ!?なんかすごい奇跡が起こったからたまたま無事だけど大惨事になること炉だったんだからね!?」

「いや、あれも全部私の手柄なんだけど……?それに、思い返してもみてよ。今日一日でティッシュが必要だったのは今だけだったでしょう?ずーっと君の周りの花粉を制御してたんだから、褒めてくれてもいいくらいじゃない?」

 

 そういわれて、今日一日を思い返す。確かに、普段ならポケットティッシュの一つや二つではすまない量を消費しているのに、今日必要だったのはついさっきの一枚だけ。

 

「いやー、ちょっと気を抜いちゃってね。一回制御に失敗しちゃったらもう炎症は起こっちゃうし、一回すっきりしてもらったほうが早かったんだよね」

 

 てへへ、とはにかむ翔子。その様子を見て、僕は少し言い過ぎたかな、と後悔した。

 

「じゃあ、今日一日ずっとへんなことをしていたのも、花粉を抑えるためで……」

「いや、それは単純に面白そうだったからだね」

 

 前言撤回。コイツはやっぱり一度殴っておかないと気が済まない。さっきも変にいかがわしい言い回ししやがって、いろんなところがイライラしてしまうじゃないか。

 そんな私の内心を他所に、翔子は頭の後ろで腕を組んで前へと歩き出した。

 

「ま、文字通りの誕生日は十分楽しめたし、そろそろ君からは離れようかな。いつまでもいても迷惑みたいだしね」

「これからどうするか当てはあるのか?」

 

 今日一日散々振り回されたものだが、いなくなるといわれるとそれはそれで少し寂しい気もする。今日ほどにぎやかな日は当分、いやもしかしたらもう一生ないかもしれない。

 

「んーん、特に何も。まぁそうすぐに消えることもないだろうけど、君たち人間と違って特に制約があるわけでもないからね。気の赴くままに放浪してみるよ」

「そう、か。……元気でな」

「あ、なぁに?門出を祝ってくれるの?」

「まぁ一度関わった以上、行き倒れられても目覚めが悪いしな」

「優しいところあるじゃん」

 

 振り返った彼女の笑顔は西日に照らされ、世の中の何よりも美しく見えた。やがて翔子の背中が見えなくなってから、私も帰路へとつく。今まで通りの、少し寂しく感じるようになった自分の家へと。

 

 

「あ、もし会いたくなったらいつでも来てあげるからね」

「もうしばらくはいいよ!」




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