アイビスの火の後、ボロボロの体と機体で目を覚ましたC4-621。その頭には、ルビコン3で出会った人たちの影が踊り、自らがしたことへの自責の念がちらついていた。
そんな中、COMから聞きなれた声が聞こえる。
過去は消せない。自らの選択も、また。
それでも、未来は変えられる。自らの望むものを手に入れるため、621は初めて自らの意思で戦場へと赴く。

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本作は個人的にもっともマシなエンドに思えたレイヴンの火ルート、その後を描いております。こんな世界線があってもいいじゃない。


燃え尽きないもの

『強化人間C4-621 通常モード移行。解除条件をクリア。ハンドラー・ウォルターからのメッセージを……』

 

 

 ここは―――あぁ、生き残ってしまったのか。

 

 目が覚めると同時に感じたのは、安堵と達成感、そして同じくらいの後悔。ハンドラー・ウォルター、カーラ、そして彼らの背後にある、数多の「友人」達の遺志。それらに応え、人類の、宇宙の未来を守るべく、僕一人だけの「友人」を排除し、その本質たるコーラルに、火をつけた。

 

 僕の行動は、多くの人に被害をもたらしただろう。アイビスの火よりも小規模だったとしても、比較対象は星系を焼き払っているのだ。億単位、あるいは兆単位の人が犠牲になったかもしれない。そして、僕を知る人は誰一人として残ってはいないだろう。

 

 皆、あの火に焼かれてしまったはずだ。あるいは、その前に自らの手で殺した戦友たちも、また。しかし、そうでもしないと、すべての人類が、未来が焼き払われてしまうことになってしまうところだった。

 

 ……背後に渦巻いていたコーラルの災禍は、以前のそれを見たことがないから断言はできないが、すべてのコーラルを焼き払ってくれたのだと思う。思うが、やはり少し心配だ。

 

 

「し……おお、えむ。いま、の、じょーきょう、は……?」

 

 

 もとより満足に話せる体ではないが、先の炎から逃れたダメージも回復しきっていないようだ。自分が発した声は、想像以上に掠れて、到底聞き取れるようなものではなかったようにすら思えた。

 

 

『コーラルは全焼し、企業勢力と惑星封鎖機構の連名で、ルビコン3が廃星になることが決定されました。そして』

 

「レイヴン。」

 

 

 COMから望んでいた答えが聞けたと思った次の瞬間、僕は幻聴を聞いた。エアの声だ。

 

 自らの意思で彼女と袂を分かち、自らの手で彼女を倒したというのに、どうやら僕も相当な未練があったらしい。苦笑しようとしても、ピクリとも動かない表情筋が少し恨めしい。

 

 

「レイヴン。返事をしてくださいレイヴン。」

 

「え、あ……。」

 

 

 きっと、この幻聴は自らへの罰なのだろう。僕は選び取ったのだから、それに伴う責任は負わなくては。いつしかカーラが、そんなことを言っていたような気がする。……言ってなかったかな、気のせいかもしれない。

 

 無駄とわかりつつも、幻聴にたどたどしく返事をする。いつものように脳内に直接聞こえてくる感じではないのが、すでに彼女はいないのだと告げているようで嫌になる。

 

 

「よかった、レイヴン。私のことはわかるようですね。あなたのおかげでコーラルは全滅してしまいましたし、あなたは星系を焼き払った主犯として世界を敵に回してしまいました。一部では、あの大火をレイヴンの火、などと呼んでいるようです。……おかげで、私はあなたの呼び方を変えなくてはいけなくなってしまいました。本当になんてことをしてくれたのですか、レイヴン。」

 

「え、あ……?」

 

 

 呼び方変えてないじゃんと反射的に思ってしまうものの、はたして幻聴とはこれほどまでに明瞭で現実感を帯びたものだったか、という疑問が鎌首をもたげる。僕の知らないことまで話してくれるこれは、本当に幻聴だろうか。なにか悪い霊にでも取りつかれてしまったのだろうか。

 

 

『Cパルス変異波形、エアの言う通りです。なお、現在地点は』

 

「人類発祥の地、地球の隣、火星という星です」

 

 

 ついにCOMのセリフ横取りするまでになってきたぞこの幻聴、短時間で成長しすぎなんじゃないだろうか。……いやちょっと待って、今COMもエアって言わなかった?もしかしてこれ本当に幻聴じゃないのでは?

 

 

「えあ、どうし、て……。」

 

「レイヴンへの執念で天国から舞い戻ってきたのです。……嘘です、私にもよくわかりません。」

 

『再現しました。彼女はコーラルそのものであると同時に、コーラルに生じた波形でもありました。コーラルは燃え尽きましたが、過去のデータと、ルビコンからの脱出時にこの機体を握りしめていた、彼女が乗っていた機体の腕部から、コーラルそのもののデータも併せて波形をAIとして再現可能でした。マスターオールマインドの遺志にも、ウォルターの遺志にも準じています。』

 

 

 COMが説明してくれた。これだけ一度にたくさんのことを話すCOMは初めて見たかもしれない。言われてみれば、今のエアの声はCOMの声と同様、コックピット内部のスピーカーから聞こえてくる。

 

 一度生まれたものは、そう簡単には死なない。ウォルターの言葉が、記憶から呼び起こされる。

 

 

「そういうことらしいです。つまり、私は私であって私ではない可能性があるということでしょうか。……いえ、難しいことは無しにしましょう。仮に私が本物のエアでなくとも、本物のエアは既にいないのですから何の問題もありません。レイヴン、あなたがいて、私がいる。それだけで十分です。」

 

「そう、かな……?」

 

 

 なんだかもうよくわかりません、本当にありがとうございました。

 

 心の中でオールマインドの真似をして、現実からの逃避を試みる。あれだけのことをやった後に目覚めてすぐ摂取する情報としては過剰もいいところだ。断腸の思いで苦渋の決断をして疲れて眠った後、目が覚めてすぐにステーキを食べさせられるくらい重い。それでも問題なくいける人も世の中に入るらしいが、僕は体がこうなる前からそういうのはだめなのだ。

 

 

「レイヴン、しっかりしてください。ここで寝られては困ります。コーラルの波に乗ってスラスターを吹かし続けたとはいえ、かなりの距離、そして時間を航行してきました。エネルギー残量や生命維持装置の稼働時間もあまり多くは残っていませんし、機体もボロボロです。どこかで補給をしないと危険です。」

 

「そ、うだ、さん、そ……」

 

 

 宇宙空間でACに乗ることなんてめったにないからすっかり忘れていた。ディスプレイを見てみれば、生命維持装置の稼働時間は1割程度しか残っていない。逆に1割も残っているとは、正直驚きだ。……どうやら、選り好みをしている余裕はないらしい。

 

 

「この機体は、普通のACと比べて非常に活動限界が長めに設定されているようです。各種上限値が半ば強引に高められている……。…………。機体をチェックしてみましたが、どうやらRaD製のパーツが後付けされていて、これらが活動限界を引き延ばしているようです。カーラか、あるいは最初からウォルターが……?」

 

 

 そういえば、ルビコンで活動するようになってから、ウォルターが補給の時には重量に気をつけろ、と言っていた。ルビコン内では補給ポイントが多数あるから、重量を削った方がいい場合が少なくない、ということだったはずだ。もしかしたら、それも後付けのタンクの分の話なのかもしれない。

 

 

「お、るた、ぁ」

 

「……レイヴン。感傷を遮って悪いのですが、お伝えしたいことが。どうやらこの付近でも、独立傭兵の仕事はいくらでもあるようです。つまり、独立傭兵の駐屯地もまた、少なからずあるということになります。ひとまず、手近な拠点をマークします。そこへ向かいましょう。……私の仕返しの前に死なれてしまっては、困ります。」

 

 

 エアの言葉とともに、ディスプレイに目的地を示すマークが浮かび上がる。幸いそこまで長い距離ではないようだ。推力まわりに異常がなければ、問題なく辿り着けるだろう。

 

 エアの目的が具体的にわからないのが気にはなるものの、僕は彼女に何をされても文句が言えないだけのことをした。ウォルターの遺志も果たした以上、彼女の「仕返し」を受け入れない理由もない。好きにしてもらうことにしよう。

 

 何か所か動かなくなっている関節があるが、戦闘するわけでもなければ問題はなさそうだ。姿勢制御は、僕の経験で何とかするしかないだろうが。

 

 一通り機体を動かしてみて、アサルトブーストが問題なく使えそうなことを確認し、移動を開始した。

 

 そう長くない距離とはいえ、アサルトブーストを何度も吹かして移動する必要がある距離だ。僕のアセンブルが格闘偏重型なこともあって、この機体は軽量ではあるもののアサルトブースト推力は低い。燃費はいいため、高低差で困ることはないが……こういった長距離移動では、ある程度時間がかかる。

 

 つまり、姿勢制御をしている僕はともかく、エアは暇なのだろう。移動し始めてすぐに話しかけてきた。

 

 

「そういえばレイヴン。先ほども言った通り、あなたは今や世界の敵です。機体はボロボロですからバレることはないでしょうが、名前やパーソナルマークは変える必要があるでしょう。」

 

「なま、え……。」

 

「しかし、問題ありません。コーラルからAIに変わったせいか少し手間取りましたが、ここの傭兵支援システムに侵入し、レイヴンの情報を偽造しておきました。あなたは今から、『Rx-78、識別名 レイ』、です。どうでしょう、これならレイヴンと呼び間違えても、『レイ君』だったと誤魔化せる可能性があります。」

 

 

 敵になっても、AIになってもエアは優秀なままらしい。戦うことしかできない僕に代わって、僕を助けてくれる。「レイ君」は少し無理がある気がするけれども、なにも代案の浮かばない僕が考えるよりは、よっぽどいい。少し得意げに聞こえたエアの声が頼もしかった。

 

 ウォルターがいなくなってしまった今でも、エアが助けてくれるのならばなんとかなると、そう思えた。……そして、その滑稽な思考に心の中でだけ苦笑する。僕を憎んでいるはずのエアが助けてくれるなんてこと、あるはずないのに。

 

 いまだけは、この動かない表情筋にも感謝する。浅ましい考えも、それに気づいた惨めさも、僕の内にだけ留めて察せられることがないのだから。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

『登録番号 Rx-78、識別名 レイによる認証を確認。新着メッセージ、なし。』

 

 

 通っちゃったよ認証……。そしてすさまじい既視感。再びルビコンでの活動の前半をなぞるようなことになるのだろうか。

 

 

「識別は通ったようですね、レイヴ……レイ。機体の修復はここで行えそうです。同時に、どこかで失っていた武器類も。以前の……いえ、私を倒してくれた時の構成で問題ありませんか?」

 

「あ、はい……。だい、じょーぶ、です……。」

 

 

 そんなことはなかった。今は、この言葉だけですさまじい圧を発する頼もしい友達がいるのだから。あまりの圧に思わず敬語になっちゃったよ。

 

 

「わかりました。では、修理と補給が済むまでの間に、これからの方針を決めましょう。」

 

 

 先ほどまでの気迫はどこへやら、今度は柔和な声でエアが続ける。そして、コックピットのディスプレイにはブリーフィングと同様に資料が映し出された。

 

 

「まず、これから何をするにも、お金は必要です。幸い、あなたが借りた名義で稼いだ分のお金が、C4-621の口座にそっくりそのまま移されています。この辺は、どうやらカーラがやっておいてくれたようです。カーラの腕前、そして旧名の証拠の多くが嵐と炎に焼かれて今なお混乱状態にあることを鑑みれば、ここからさかのぼってあなたが特定されることはないでしょう。」

 

 

 目の前のディスプレイに、レイヴンの口座の残額推移とC4-621の口座の残額推移が映った状態で、エアの説明が続く。コーラルを焼いた損害と混乱から世界はまだ回復していないようで、続いて表示された画面からは経済の混乱が見て取れる。

 

 

「あなたがルビコンで稼いだ金額は膨大なものです。再手術をしても、かなりの額が残るでしょう。……そこで、まずは私の義体を購入しようと思います。」

 

「……え?」

 

 

 エアの想定外の一言に、思わず声が出てしまった。しかし、エアはこちらに構う気はないようで、ディスプレイの画像を切り替えていく。先ほどまでグラフなどが映っていた画面は、今は多種多様な魅力的な女性の体を模した義体の画像で埋め尽くされている。悔しいことに、これまでの戦闘で拾える情報はすべて拾って生き延びてきた経験のおかげで、嫌でも目が義体の情報を追ってしまう。

 

 

「え、あ……な、にを……?」

 

 

 テンパった結果、困惑の問いかけが出てしまうのは避けられなかった。しかし、そんな僕の混乱とは逆に、半分得意げに、そして半分拗ねたようにエアは答えた。

 

 

「何って、仕返しをしようにも体の一つもないとやりようがありませんから。あなたもその状態ですし、再手術で満足な体にするまでにも自由に動ける人間は欲しいはずです。それに、あなたのお金を借りるのですから、最期くらいあなたの好みの体で見送ってあげようという粋な計らいです。そんなこともわからないのですか、残念です。ハァ、残念ですよ、レイヴン。」

 

 

 なんかやたらと早口だった。

 

 これみよがしに溜息までついて、残念だ、残念だと繰り返すエア。それを見て、少し悪戯がしたくなってしまう。……僕もいつのまにか、人間らしい感情をだいぶ取り戻していたらしい。

 

 

「えあ、かて……る……?」

 

「言いましたね!?言いましたねレイヴン!いいですよそんなに言うなら自分で選びますから!ぼっこぼこにしてやりますよ!あーあ残念ですね、折角今際の際にかわいいかわいいエアちゃんを見れるチャンスを逃してしまいましたね!せいぜい私の選んだボディに悩殺されないように気を付けることです!」

 

「ど、っち……?」

 

 

 ぎゃいぎゃいと、呼び名が戻っていることにも気づかない様子のエアの声が狭いコックピット内に響き渡る。ちょっと煽りすぎたかもしれないが、エアはこんなに人間臭いというか、感情を露にするキャラだっただろうか。というか、かわいいエアが見られなくなるのか悩殺されるくらいかわいいエアが見られるのかどっちなんだろうか。

 

 しばらく騒いだのち、呼吸することもないのにゼーゼーと息を切らしたエア。

 

 

「まあいいでしょう。先ほどのディスプレイに表示した際の注目の仕方から、レイヴ……レイのお気に入りはわかりました。とにかく、この義体の代金はもらいます。その後、私がこの義体であなたのオペレーターを名乗り、再手術という流れが順当だと考えます。万が一お金が不足するようなことがあっても、強化人間としての能力は残しておくように依頼しますから再び二人で仕事をこなせばいいだけです。問題ありませんね?」

 

「う、ん……のぉ、ぷろぶ、れむ」

 

 

 エアの提案する案は、少なくとも僕が考える範囲で問題点はない。強いて言えば、僕のお金を使うことが決定事項なのと、僕の好みの見た目がエアにバレたことくらいだが、その程度のことには目を瞑るべきだろう。

 

 

「さて、義体も注文しましたし……どうでしょう、ここにもアリーナのような仮想戦闘空間があるようです。あなたの実力を確かめてみては?」

 

「た、たかう、なら、で、きる」

 

 

 エアとのちょっとした方針会議も終わり、修理補給する間は手持無沙汰になってしまった。どうせ僕には戦うことしかできないのだし、仮想戦闘に潜ってこの辺の傭兵の情報を集める方がいいだろう。

 

 そうして、僕は再び闘争へと身を投じた。

 

 ……10分で完全制覇した。あれ、弱くない?ルビコンに来ていた傭兵たちのほうがよっぽど強かったけど……?

 

 

「レイ。ルビコンは企業もルビコニアンも、そして惑星封鎖機構も。人類の中でもかなりの力を持つ組織達がひしめき合っていたある種魔境ですから。その環境でしのぎを削っていた人たちと比べるのは、その……少々酷かと。」

 

 

 

 あまりに一方的な戦闘をしてきたからか、エアがどこか気まずそうにそう言った。まぁ確かにそうなのかもしれないけれど……。

 

 

「一応、レイは傭兵ランクとしては末席のほうに名を連ねる程度で設定していたので……今回の仮想戦闘のデータは消しておこうと思います。これではさすがに怪しまれてしまいますから。」

 

「う、ん……お、ねが、い。」

 

「仮想戦闘を提案しておいてなんですが、あなたの体は先の炎のダメージが各所に残っています。それと、私との戦闘で避けられなかった分のダメージも。ふふ。……どうせ、現状でできることはありません。しばらく眠って体を休めてはどうですか。」

 

 

 言われてみれば、機体だけでなく体も十全ではないらしい。自分の体のことがわかるような身体ではないのだが、なんとなく不調な感じは拭えない。思っていたよりもダメージは深刻なのかもしれない。

 

 エアにはゆっくりとした頷きをひとつ返し、機体の修理が行われる音を聞きながら、瞼を閉じる。今のこの状況が夢でないことを、目が覚めたら全てがなくなっていないことを祈りながら、やがて意識が溶けるように眠りに落ちていった。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

「……イ。レイ。聞こえますか、レイ。」

 

 心なしか、いつもよりもはっきりと聞こえる声が、まどろみから意識を引き上げる。重い瞼を開くと、今まで見たこともないほどカラフルではっきりとした光景が広がっていた。

 とはいえ、別に観光スポットなどではない。白を基調とした色気のない内装に、吊り下げられた強力なライト、鼻を衝く消毒液の独特の匂い。病院か、それに類する施設だろう。だが、彩度もコントラストも、今までのそれとは比べ物にならないほどしっかりしている。嗅覚に至っては、存在そのものを忘れていたほどだ。

 

「レイ、目が覚めたのですね。あなたの再手術は無事終わったそうです。どうでしょう、なにか違和感などはありますか?場合によっては施術者を……」

「なんだこの美少女!?」

 

 なんか知らないめちゃくちゃ綺麗な子が話しかけて来る!?え、誰!?一周回って怖いよ!

 女性としては高めの身長に、すらりと伸びた手足。長めでストレートに伸びた髪や、すべてを見透かすような透明さを内包した目は赤いという印象を受けるが、目が痛くなるような原色ではなく、陶磁器のように白い肌とのコントラストがよく映える。確か、緋色、というのだったか。顔立ちは、凛々しい雰囲気を感じさせつつも、時折成長しきっていない思春期の女子のような幼さがのぞく。胸こそ控えめだが、スレンダーなぱーふぇくと美人さんと言って差し支えないだろう。おまけに、シンプルかつ引き締まった服の上に、ゆったりとコートを羽織っており、全身のいたるところに人型の機体――おそらくはACだろう――の一部を模した装飾品がついている。

 

「その様子だと元気そうですね、レイ。そして、ボディ選びも完璧だったようですね。」

「あれ、その声……エア?」

「やっと気づきましたか、レイ。」

 

 呆れを多分に含んだ表情でこちらを見ているパーフェクツな美人さんは、どうやらエアだったらしい。これまで声だけだったから気づいていなかったが、美人というのは溜息をつく動作一つでさえ、視線を奪われるほどの魅力を持っているらしい。あるいは、何年ぶりかもわからない明瞭な視界だからだろうか。

 

「あれ、そういえば五感が……言葉もはっきりしゃべれる。もしかして……。」

「再手術が終わり、普通の強化人間の体になったのです。どうですか、何か言うことはありませんか?」

「世界が、きれいだ……。」

 

 まだ健常な肉体を持っていたころには気づかなかった、失ってはじめて気づいた世界の美しさ。そして、それを感じることができる身体のすばらしさ。あまりの感動に、涙すら浮かんできそうな気がした。心なしか、遠い記憶の彼方にある健常な頃の景色よりも、今のほうが色づいて見える気がする。

 感動のまま天井を仰いでいた僕の顔に、二本の細い腕が伸びる。そのまま、僕の頬をがっちりと掴み、強引に腕の主であるエアのほうを向かされた。

 

「レイ。それもそうかもしれませんが、他に言うことがあるでしょう。ありますよね?」

「痛い痛い痛い首がぁ!!」

「言うことが、ありますよね?」

 

 何、なんでエアはこんなに圧の強い笑みを浮かべているの!そして僕の首は大丈夫なの!?音こそなってないけどすごい角度で曲がっている気がするよ!?

 

「あ、え、えーっと……エア、きれい、だね?」

「~~~っ!!ふ、ふん、当然です。レイの好みをしっかり分析しましたからね!」

 

 だんだんと血の巡りが悪くなって働かなくなりつつあった脳みそがかろうじて出した答えは、どうやら正解だったらしい。いろいろな意味で震えた声の賛美で、エアは真っ赤になって腕を組み、得意げにうんうんとうなずいている。元の肌が白いから、赤くなっているのがよくわかる。……何がしたかったんだろうか、エアは。

 

「あー、若いのや。仲睦まじいのはいいことだが、ちょーっと場所を選んでもらえるかい?」

 

 突如、第三者の声が割り込んできた。声の主を見れば、白衣を着た壮年の男性が腰に手を当てて立っている。少し猫背ではあるが、丸い眼鏡の奥から覗く瞳は強い光を灯しており、年齢不相応に強い生気を感じた。

 

「……こほん。レイ、彼があなたの再手術を行ったテム氏です。」

「取り繕うには少々遅くはないかい、別嬪さんや。……まあそんなわけだ、とりあえずつつがなく処置は終わったはずだが、なんかあったら言ってくれ。こっちのミスに関しては、無料でちゃーんと面倒見てやるからよ。」

 

 気まずそうに咳ばらいをするエアを尻目に、どこか気怠げに頭を搔きつつテムと呼ばれた男性はそう続ける。

 

「あ、いえ、大丈夫そうです……。えっと、ありがとうございました。」

「おう。しかし、お前さんも運がいい奴だね。」

「運がいい、といいますと……?」

 

 お礼に対してテムがこぼした一言に、そろって首をかしげる僕とエア。するとテムは少し驚いたように目を見開き、すぐに一人納得したようで頷きつつ口を開いた。

 

「お前さんは第四世代の強化人間だったわけだが、第四世代はまだ根幹にコーラル技術がかかわってる世代だ。どこぞの独立傭兵が燃やしたとか何とかで、コーラルがこの宇宙から消えちまった今、猶予は残ってなかったのさ。そこの綺麗なオペレーターちゃんが持ってくるのがもう少し遅かったら、あのまま目が覚めなくってもおかしくはなかったんだよ。……まぁ、お前さんの場合、脳深部のコーラル制御端末が異常にいい働きをしていたっつーか、よっぽどAIがコーラルに関する対応を叩き込まれてたのか不自然なまでに安定してたけどな。」

 

 おそらく、AI化したエアがなんとかしてくれたのだろう、とすぐに思い当たる。COMはさすがに、それほどまでの性能は有していないだろうから。

脅されてなきゃデータ取ってたところだ、と肩をすくめるテム氏の言葉に、真横から凄まじいプレッシャーが放たれたのがわかった。ギギギ、と油の切れたロボットのように横を向けば、微動だにせず笑顔のまま殺気を放つエアがいた。心なしか、髪の毛が赤黒く発行してうねるように持ち上がっているような気さえする。

 エアは義体に入ったAIのはずなのに、どうしてここまで人間らしい振る舞いができているのだろうか。半ばエアの殺意の波動から逃避するように、そんな疑問が脳裏をよぎった。

 

「おぉ怖い、そんな怒らないでくれよ。あのレッドガンに手を出すバカは今日まで生き延びちゃないさ。」

「レッドガン?」

「あぁ、お前さんがかつてレッドガンの一員でG13の名を背負ってたことがあるって……なんだ、嘘だったのか?」

「G13……いや、嘘じゃないよ。それは確かに、一度僕がもらった名前だ。」

 

 おそらく、僕がかつてG13と呼ばれたことを使って、エアはテムに釘を刺していたのだろう。

 その気遣いに感謝すると同時に、耳の奥で僕をG13と呼んだ人たちの声が聞こえた気がした。ガリア多重ダムで共闘し、それっきりになってしまったG4ヴォルタ、同じく共闘したのち、腐れ縁となって幾度と刃を交えたG5イグアス、最も多く声を聴いたG6レッド。そして何より、自ら殺めてしまったG1ミシガン。

 僕が抱いていいものではないのかもしれないけれど、やはりやりきれない思いが胸をよぎる。

 そんな僕の胸の内を知ってか知らずか、テムが口を開いた。

 

「元レッドガンの、再手術が必要な旧型強化人間。しかも、再手術に必要な金も出せて、こんな美女のオペレーターが必死に牽制してくるほどの傭兵、か。お前さん、相当腕が立つだろう、名前は?」

「えっと……レイ、だ。」

「レイ?……聞いた記憶がねえな。」

 

 腕を組んで記憶を手繰るようにうんうんと悩んでいるテムだが、思い当たらないのも当たり前だ。これはつい先日作った偽名なのだから。

 さすがに不自然な点が多かったかと内心肝を冷やしつつ、横目でエアをうかがう。するとエアもこちらの視線に気づいたようで、どうしたのかと言うように顔を近づけてきた。

 不意打ちで整った顔立ちが目の前に来て、心臓が跳ねる。おまけにふわりと甘く、わずかに刺激的ないい匂いが漂ってきて僕の頭は一瞬にしてキャパオーバーを迎えた。慌てて体を引き、暴れる心臓の音が聞こえないように落ち着こうと試みる。

 当然ながら、そんな僕の行動は不審以外の何物でもなく、怪訝そうにエアが声をかけてくる。

 

「どうしたんですか、レイ。顔が真っ赤ですが。」

「い、いや、何でもない……よ?」

「本当ですか?何か言いたげでしたけど。……あぁ、私に隠し事をしようとは思わないほうがいいですよ、レイ。大半のことはすぐにわかりますし。……あとで発覚するようなことがあれば、その時はわかりますね?」

「ヒエッ」

 

 別にやましいことはないのだが、エアの笑顔が怖い。……あれ、目が覚めてから見てるエアの笑顔、ほとんど怖いものばかりのような気が……。

 そんな僕たちを見かねてか、テムが仲裁に入ってくる。

 

「モテるってのも大変だねぇ。……嬢ちゃん、そんぐらいにしておいてやりな。あんまり怖い女ってのはイマドキ流行らないぜ。」

「いい年こいたオッサンが今を生きる若者に流行を説くとは、不思議なこともあるのですね。」

「グハァッ!」

 

 あ、死んだ。

 エアの強烈すぎるカウンターをもらったテムは今にも吐血しかねない勢いで震えている。

 ……というか。

 

「エアって今を生きるって言っても年齢としては」

「フンッ!」

「…………。(バタリ)」

 

 エアの強烈なエルボーが鳩尾を直撃し、僕は声を出すこともできず地面に伏した。いい、センスだ……。

 そんな風に騒いでいると、壁に設けられていたモニターの画像が切り替わった。先ほどまではドラマがやっていた気がするが、あまり興味もなかったので気にしていなかった。どうやら、ニュースの時間となったらしい。

 

『3時になりました。ニュースの時間です。』

 

 なんてことはない、ニュースの導入のはずだ。でも、なぜか胸騒ぎがして、気が付けば僕は何を言うでもなくモニターを注視していた。エアも何かを感じ取ったのか、静かにニュースキャスターの次の言葉を待っている。唯一、何も感じていないらしいテムが、急に静かになったことに困惑しているが、そちらに意識を回す余裕はなかった。

 

『まず、先日ルビコン3を中心として発生したコーラルによる炎と嵐についてです。2度目となるこのコーラルの災害は、すでに炎と嵐は収まっていますが、依然として被害を受けた星系では混乱が続いており、企業及び惑星封鎖機構による救助活動、捜索活動が続いています。一方で、コーラルは今回の災害にて燃え尽きたものとみられており、専門家によりますと、今後同様の災害が起こる可能性は低いとのことです。この災害は人為的に引き起こされたことがわかっており、その主犯である独立傭兵レイヴンの消息はいまだ不明となっています。災害の発生源にいたため、生存の可能性は低いとの見方が有力です。また、独立傭兵レイヴンのハンドラーであるウォルター氏の身柄を拘束中との声明を発表したアーキバス本社ですが、会見には応じておらず、その詳細についてはわかっていません。この対応について、世間では批判の声が高まっており……』

 

 ニュースキャスターはそのまま話し続けているが、その先は一切頭に入ってこなかった。

 ウォルターが、生きている……!?

 いてもたってもいられず、考える前には体が動いていた。部屋を飛び出し、そのまま出口を目指す。

 

「レイ!待ってください、レイ!」

 

 エアの制止を振り切って建物から出て……そこで足が止まる。目の前には、見知らぬ道。

 それはそうだろう、この前僕が眠ったのは、自分の機体の中で、目が覚めたのはここなのだ。どうやってきたのかなど、知るはずがない。同様に、戻る道も。

 だが、それでも立ち尽くすことなどできなかった。直感を信じ、大きな倉庫のような建物が見える方向へと突き進む。

 肺が悲鳴を上げ、からからに乾いた喉は塩っぽい味がする。全身が重くなっていく。自分の体を動かすというのは、こんなにも大変なことだっただろうか。いつもの軽量型ACであればクイックブースト一回分の距離ですら、途方もなく遠く感じる。

 それでも人を押しのけ、走って走って……やがて、何者かに腕を引かれ、路地裏に倒れ込んだ。

 僕を路地裏に引きずりこんだのは、いつの間に追い付いてきたらしいエアだった。機械の体である恩恵か、汗一つかかず、上がる息もないようだ。息を切らす僕をつかんだまま周囲を見渡し、人がいないことを確認したらしいエアが凛とした声を出した。

 

「レイ、落ち着いてください!」

「落ち着いてだって!?ウォルターが囚われているって知ってどうやって落ち着けって言うんだ!しかもアーキバスに!……僕が技研都市で捕まって、その時にウォルターも一緒に捕まったはずなんだ。生きているなら、きっと再教育センターなんてレベルじゃないところに送られてるに違いない。行くしかないじゃないか!」

 

 今すぐ動けないのがもどかしくて、諫めてくれているエアに逆上してしまう。こんなことをエアに行っても、仕方ないとわかっているはずなのに。

 しかし、それでもエアは冷静に言葉をかけてくる。かけてきてくれる。

 

「ダメです、レイ。仮にアーキバスがウォルターを本当に確保していたとしても、奪還する手段がありません。それとも、アーキバス本社に殴り込みにでも行く気ですか。」

「それしかないのなら、そうするさ。」

「いいわけないでしょう、レイ。いくらあなたが強く、そして企業が死に体とはいえ、本丸には十分な戦力が残っています。あなた一人で行っても、生還できる確率は非常に低くなってしまいます。……それは、私が許しません。」

「だとしても、僕はこれまで一人でやってきた。壁越えも、ウォッチポイントも、グリッドでも、中央氷原でも。技研都市に、ザイレムでだって。今度も、やってみせる。だから、止めないでくれ。」

 

 自分でも苦しいと思いつつも、そう言葉を紡ぐ。それでも、僕は戦うことしかできないから。ほかの方法を、知らないから。

 しかし、その言葉を聞いて、それまでずっと冷静だったエアが声を荒げた。

 

「また私を裏切るんですか、レイヴン!!」

 

 パァン、と乾いた音が鳴り、視界がぶれる。頬をぶたれたのだと気づいたのは、数秒後に痛みを認識してからだった。

その痛みに、訴えに、僕は冷や水を浴びせられたような気がした。

 頬を抑えてゆっくりとエアに向き直り、そこで初めて彼女がこちらを睨みながら涙を流していることに気が付いた。頭のどこかで、涙を流せる義体に感心する自分がいるのが嫌になる。

 

「あなたは、一度私を裏切ってウォルターに付きました……。そして、私たちコーラルを根絶やしにしました。だというのに、またウォルターに付くんですか。また、私を裏切るんですか、レイヴン!……それほどまでに、私よりも、そしてあなた自身よりもウォルターが大事ですか。」

「…………ごめん、エア。」

 

 エアに何と言われようと、僕が言えるのはそれだけだった。彼女の眼を見るのが怖くて、視線を逸らす。エアと一緒に逃げていれば、僕やエアは助かるだろう。だが、ウォルターを助けに行っても、死ぬのは僕だけでいい。エアの「仕返し」に付き合えなくなってしまうのは心残りだが、エアが無事なら、いかないという選択肢はなかった。またウォルターを選ぶのかと聞かれたら、違うとは言えないけれど。

 

「……どうしても、ですか。」

「……うん。」

 

 最後通牒代わりのエアの問いに、それでも答えは変えられない。

 二人の間に、しばらく沈黙が訪れる。お互いの呼吸音と、遠い雑踏やエンジンの音だけが空間を支配する。

 しばらくして、エアが深く息を吐いた。

 

「……レイヴン。あなたの考えはわかりました。……本当に、残念です。」

 

 彼女の失望したような声が、かつての苦渋の決断と相まって僕の心を抉る。

 だが、エアの言葉はそれで終わりではなかった。

 

「ですから、もう一つ、大きな償いをしてもらうことにしましょう。それで、チャラにしてあげます。……先ほど、一人で戦ってきたと言ってましたけど、そのほとんどには私もいましたよ、レイヴン。あまり自惚れないでください。ですから、今回も……いえ、今後も。」

 

 そこまで言って、エアは僕の手を取った。びっくりしてエアの顔を見れば、涙を湛えつつも少しいたずらっぽい光を宿した目が見えた。

 

「私がサポートします、レイヴン。自分のACにもたどり着けないような体たらくのあなたでも……そこは、私がカバーします。さぁ、時間も待ってはくれません。そうと決まったら、行きましょうか。……今度こそ、私を死なせないでくださいね、レイヴン。」

 

 泣き腫らした目で、ウインクを一つして、呆気にとられる僕にこう続けた。

 

「ちなみに、駐屯所は逆方向です。残念でしたね、レイヴン。」

 

ひとまず落ち着いて路地裏から出た僕たちを迎えたのは、昼間から痴話喧嘩かとでも言いたげな人々の目線だったが、そんなものを気にしている余裕は、どのみちなかった。エアに駐屯所への案内をしてもらい、再び愛機のコックピットにたどり着いた頃には僕は息も絶え絶えだったことは言うまでもない。

……そういえば、激しく動いた後は筋肉痛ってものがあるんだっけ?

 

 

――――――――――――――――

 

 

 エアとともに駐屯所に戻り、自分のACに飛び乗ると、いつの間にかコックピットがタンデムシートになっていた。驚いて後ろを振り返ると、得意顔のエアと目が合う。

 

「どうです、レイ。優秀なエアちゃんが気を利かせてコックピット含め全身に改良を加えておきましたよ。」

「え、パイロットに無断で……?」

「大丈夫です、操作に関して変わった部分は後部座席に座る私が管理します。レイヴンは今まで通りの操縦をしてくれれば問題ありません。」

「ならいいけど……。」

 

 軽量型ACは機動力が命だ。あまり勝手にいじられると機体のバランスをはじめとした扱いが変わる可能性がある。そのための強化人間とは言え、少しばかりの不安は残る。

 ひとまず、エアの指示通り前部座席に乗り込み、機体を起動する。機体と直接接続ではない方法での機動はほとんどやったことがないが、それでも特に違和感などはない。エアが後部座席に乗り込み、準備が整ったことを確認してコックピットハッチを閉じる。

 

「さて、レイヴン。最初の目的ですが。」

「その前に、ウォルターの所有していた基地に寄る。」

「ウォルターの……?構いませんが、急ぐのでは?」

 

 エアの言葉を遮って宣言すると、後ろから怪訝そうな声が返ってくる。

 

「急ぐのは、そうなんだけど。……ここじゃ、『レイヴン』の機体に戻すわけにはいかないから。」

「……なるほど、ルビコンで使っていた外見に戻して、レイヴンとしてアーキバスに殴り込みに行くわけですか。確かに、ウォルターへのアピールも考えればその方がよいでしょう。」

 

 どうやら、納得してくれたようだ。こっそりと胸をなでおろしていると、後ろからタッチパネル式のウインドウを操作する音が聞こえてくる。続いて、コックピットのモニターに資料が表示された。

 

「どのみち、まずはこの星を出て、宇宙空間を移動する必要があります。そこで、この依頼を利用しましょう。」

 

 眼前のモニターには、『恒星間輸送阻止』と銘打たれた依頼が表示されている。依頼主は……驚くべきことにPCA、惑星封鎖機構だ。

 

「どうやら、犯罪組織の一端が火星を経由した密輸を試みているようです。どうせ使い捨てる偽名ですし、この依頼を受けて、シャトルを強奪しましょう。」

「強奪なんてやったことないけど。」

「大丈夫です、シャトル以外の敵戦力を全滅させればよいだけです。あとはシャトルをハッキングして、使わせてもらうとしましょう。さて、ミーティングを開きますよ。」

 

エアがそう言ってさらにデバイスを操作すると、目の前の画面に惑星封鎖機構のロゴが大きく表示された。

 

『まずは今回の依頼を引き受けてもらったこと、礼を言おう。我々惑星封鎖機構は、封鎖圏内の特産物質などの流通を統制しているのは知っての通りだと思うが、それに従おうとしない輩も一定数いる。そのうちの一つが、今回のターゲットだ。敵は秩序を乱す犯罪者だ、容赦はするな。敵戦力を可能な限り叩き、絶対に封鎖物質の密輸を成功させるな。なお、独立傭兵に依頼しているのはここ火星があまり大きな動きのない平和な場であるが故の人手不足に起因する。貴様ら独立傭兵があまり下手な動きをするのなら、上の火星への認識も変化するだろうということは、よく胸に刻んでおけ。』

 

そういって、若い男性の録音音声は終了した。まぁ、すぐに出て戻らない星の未来なんてどうでもいいのだけど。すぐに、出撃前の機体最終確認画面に移行する。

 

「フレーム、武装ともに従来通り。弾薬、エネルギー、酸素すべて問題なし。」

「では、行きましょうか、レイヴン。」

 

 グポン、とKASUAR/44Zの異形の頭部が光を宿す。続いて、全身のセンサーユニットおよび発光ユニットも稼働。格納庫から出撃ハッチへと期待が運送され、やがて射出カタパルト前で停止する。一歩、二歩と機体を進め、KASUAR/42Zの猛禽類を想起させる足先をカタパルトへと接続、射出に備えて重心を落とす。

 

「システムオールグリーン。進路クリア。C4-621、LOADER4、出る!」

 

 強力なGを全身に感じながら、偽装のために白基調のトリコロールカラーに塗装されたACが火星の空に飛び立っていった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 犯罪組織と言えど、封鎖機構があまり手を回してもいない惑星での密輸中継だ。敵の戦力はMT中隊2個にRaD製とBAWS製のパーツを寄せ集めたジャンクACが一機いただけだった。練度も低く、ミシガン率いるレッドガン主力部隊とは比べ物にならない。

 だから、まぁ、その、なんだ。

 瞬殺だった。

警戒が甘くリーチの極端に短いアセンブルのこの機体の襲撃を許し、混乱して態勢を整えることもできず、あまつさえ友軍を誤射する始末だ。ACもすぐにこちらを見失っては焦ってブーストを吹かし、エネルギーの枯渇を起こすという新兵っぷりで、終始一方的な戦闘だった。

 

「……敵戦力の全滅を確認。輸送シャトルは……無事ですね。5機もあります。これなら正体不明の独立傭兵が襲ってきても逃げられるでしょう。」

「……待って何の話?」

「冗談です。……ここに放置していくのもなんですし、レーザーダガーであるVP-67LDなら弾薬消費もありません。一機を残して破壊してしまいましょう。」

 

 戦闘終了後の安堵感の中、しかし警戒は緩めずにエアと会話を続ける。こういう時、KASUAR/44Zの優秀なスキャン性能はありがたい。出し惜しみする必要もないので、クールタイムが明け次第スキャンを繰り返し、不意打ちに備える。ウォルターの助言である「不測の予測」は、当時はあまりよくわからなかったが、いくつもの戦場を駆け抜ける過程で体に染みついていた。

 エアの指示通り、4機のシャトルの燃料タンクをVP-67LDで貫き、引火させる。残ったシャトルの内容物は……これもいらないか。破壊したシャトルを包む炎の渦に投げ込んでおこう。

 幸いその後の攻撃もなく、難なく火星からの離脱に成功した。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「レイヴン。そういえば、この機体の名前は変えないのですか?」

 

 ウォルターの基地に着き、機体のカラーリングとエンブレムの塗装、そして識別コードをルビコンでのそれに戻している間。特にすることもなく、ゼリー状の補助食料を飲みながら、コックピットでボーっとしていると、エアがそんなことを言い出した。

 

「機体名?……正直、こういうのを考えるのは苦手なんだよね。」

「苦手……ですか。ですが、男の子というのはかっこいい機体名があるとうれしいと聞きます。」

「そりゃ燃えるよ。……かっこよければ、ね。」

 

 生憎とネームセンスというものが皆無なため、考えてはみたものの、どれもこれもしっくりこないのだ。ルビコンで会ったAC乗りたちは皆かっこいい名前がついていてうらやましかったものだ。

 

「……、難しいのですね。ゆっくり考えてみてはいかがでしょう。」

「考えるだけならタダだしねぇ。」

 

 座席の背もたれに体中を預け、息を吐く。コックピットの低い天井を見上げ、吐き出した分の空気を取り込もうと大きく息を吸うと、ガレージらしい油の匂いとエアの刺激的な匂いに交じって、不快な匂い鼻をついた。

 

「……なんか、臭くないか?」

「そうですね。タンデム式に換装する前のコックピットよりは全然マシですが……。戦闘をこなし、ここまで航行してきたのですし、汗や老廃物も出るでしょう。というかレイヴン、あの匂いでよく出撃できましたね。」

「嗅覚が機能してなかったからね。でも、そうか、汗の匂いか。懐かしいな……。ひとまず風呂に入ってくるか。」

 

 コックピットハッチを開き、機体から出る。すると、先ほどの不快なにおいはかなり薄まった。確かに、汗の匂いらしい。遠く記憶の彼方すぎて全く覚えていなかった。

 このウォルターの基地に来たころにはすでに、機能以外が死んでいたため、風呂に入ったことはない。つまり、風呂がどこにあるのか知らない。ガレージに備え付けられたデバイスから施設内MAPを表示し、風呂の場所を探すと……あった。しかも、結構大きい。今はがらんとしているが、かつては結構な数の強化人間がここでウォルターの猟犬として生活していたからだろう。

 機体の準備が整うまでには、まだ時間がかかる。アーキバス本社に殴り込みに行く前に、一息つくのも悪くないだろう。

 ……そういえば、いつだったか、誰かが大きな湯船に大量のお湯を入れて体を温めるととても気持ちがいい、みたいなことを言っていた気がする。もう顔も声もどんな人だったかも思い出せないような古い記憶だが、ここならばできそうだし試してみるのも悪くない。せっかく、普通の感覚を取り戻したのだから。

 好奇心もあって足取り軽く脱衣所に向かうと、数人が同時に着替えを行うことができるだけのスペースが広がっていた。服に手をかけ、脱ごうとしたとこで、ふと動きを止める。

 

「……あの、僕これから風呂に入るんだけど。服脱ぐんだけど。」

「そうですね。」

 

 横を向けば、ぴったりとついてきたエアが堂々と立っている。

 

「そうですねじゃないんだけど……?」

「……なにか問題があるのでしょうか。」

 

 本当に何が問題なのかわかっていないかのような面持ちできょとんと首をかしげるエア。しかし、その顔は非常に整った女性のそれであり、体も同様だ。一緒に入浴は……色々まずい。

 

「いや、その、人間にとっては異性と裸のお付き合いをするのは推奨されないというか、あまりよろしくないというか……。」

「そうなのですか?しかし、人間は異性同士で裸で交尾して繁殖する生物ではありませんでしたか?」

「だからこう、そういう相手とだけというかね!?」

 

 必死に説得とも言えないような説得をしていると、エアはなるほど、と言って頷いた。

 

「つまり問題ないということですね。」

「なんで!?」

「あまりゆっくりしていると機体の準備も終わってしまいますし、何より先ほど沸かしておいた風呂が覚めてしまいます。」

「いつの間に……!?」

「私は高性能AIですから。」

 

 すました顔でそう宣うエア。もしかしてこの基地のシステムはすでに彼女に掌握されているのだろうか。

 

「そんなことよりレイヴン。早く入りましょう。ほら服を脱いでください。」

「ちょっと、やめ……なんでそんな力強いんだ!?」

「義体の使用用途に力仕事を含めた雑用があるのは当たり前だとは思いませんか?」

「そういう問題じゃ……(ビリィ!)服破れたんだけど!?」

「いいじゃないですか、どうせ洗濯している時間はないんですし。」

 

 抵抗むなしく、全裸に剥かれた僕は風呂場に放り込まれた。最後の抵抗としてタオルを腰に巻いてシャワーに向かう。

 数十秒後、再び浴室の扉が開き、一糸纏わぬ姿のエアが入ってきた。

 

「せめてタオルを巻きませんかねぇ!?」

「なぜですか、レイヴン。タオルなんて巻いてたら動きにくいじゃないですか。」

「恥じらいとかそーゆーのを持ってほしいなって思うわけですよ!」

 

 あまりに堂々とした立ち姿は、人間のそれと区別できないほどに精工に作られていた。加えてエアが選んだ義体は基本的に僕の好みを分析したものなわけで。僕のとっつきはメインシステム戦闘モードでフル稼働中だ。これは色々とよくない。

 

「さて、背中でも流しましょうか。レイヴン。」

「ストップストップストップ!!」

「大丈夫です、一通りの流れは把握してあります。」

「流れの前の大事な前提が吹っ飛んでるんだよなぁ!?」

 

 エアは迷うことなくつかつかとこちらに歩み寄ってくる。申し訳程度に湯煙にぼやかされていたその肢体がより鮮明に見えてくるようになり、ごくりと生唾を飲み込んだ。 そしてついに、シャワーの前に腰掛ける僕のすぐ後ろまでやってくる。心なしか、その表情は獲物を前にした肉食獣のようなものを感じた。

……これ以上の抵抗は無意味かもしれない。それに、どうせアーキバスに殴り込みに行く寸前なのだ。最後の出撃になる可能性を考慮すれば、欲望に素直になってもよいのではないだろうか。そんな考えが頭をよぎる。

 

「レイヴン、顔が真っ赤ですが。」

「もう気にしないでくれ……。」

 

 考えていたことが考えていたことだけに、エアに赤くなっていることを指摘されると自責の念に駆られてしまう。まあ、こうなっているのもエアの性といえばエアのせいなのだが。

 

「……よくわかりませんが、さっさと体を洗ってしまいましょう。それではレイヴン、背中を流させてもらいますね。」

「う、うん……じゃあ頼むよ。」

 

結局欲に負けた僕は、最後の抵抗と言わんばかりにかたく目を瞑った。すぐ横をエアの吐息が撫で、シャワーのノズルを操作するキュッという音が聞こえる。勢いよく水が流れる音が聞こえてきたかと思うと、背中に程よい圧力の水が当てられ始めた。……そう、冷水が。

 

「冷てええええええええええええええ!?」

 

 ただでさえ浴室というものは音がよく響くものだ。それが、複数人が同時に利用できるサイズともなればなおさら。

 ウォルターの基地に、哀れな強化人間の叫び声が木霊した。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「……じゃあ、出撃と行こうか。」

「大丈夫ですか、レイヴン。大一番の前にずいぶんと疲弊しているようですが。」

「誰のせいだろうね……。」

 

結局あのあと、自分で体を洗って湯船につかった。湯船のほうは適温で、非常に心地よかったのだが、エアは終始申し訳なさそうにしていた。

なお、破れた服に関しては、さすがは猟犬たちの巣というべきか、搭乗服がたくさんあったのでそのうちの一着を拝借している。後ろのエアも同様に搭乗服に身を包んでいる。曰く、少しでもこの義体への負荷を軽減するためらしい。そういえば軽量機の機動力由来のGに耐えている義体は一体なんなのだろうか。

 

「うっ……。温度調節が適応されるまでタイムラグがあることは私が調べた情報源にはなかったんです。ですから、その……すいませんでした。」

「どちらかというとその前の下りで疲れたんだけどね……。」

 

言いたいことがないわけではないが、珍しくしおらしいエアの姿を見てしまうとあまり強く言う気も起きない。あと湯上りでもともと白い肌が紅潮しており、非常に艶めかしいのも理由の一つだ。本当にどうなっているんだこの義体は。

もし今回のウォルター救出作戦でうまくウォルターを連れ帰ることができたら、僕ともどもエアには人間の暮らしというものを教えてもらった方がいいかもしれない。

 そんなことを考えながら、かつてのようにくすんだ赤を基調とし黒と鮮やかな赤を随所に散りばめた塗装のなされたLOADER4を起動する。エンブレムも、ルビコン3で使っていたものが機体の見やすいところに張り付けられており、一目で「あのレイヴン」だとわかるようになっているはずだ。脚部と頭部が異形のKASUARで、胴が鋭角的なフォルムのNACHTREIHER/40Eコア、そして全体的に赤黒い色合いと、非常にヴィラン味の強い外見となっているが、それがまた良い。腕だけは格闘偏重な都合もあってAA-J-123 BASHOと、堅実な見た目になっているのだが……傭兵として性能を二の次にすることは死に直結するため、見た目は性能を満足してから考えるべきだろう。

 ヴン……と、これまた機体カラーリング同様くすんだ赤色の光が全身のセンサ及び発光ユニットから放たれる。この基地から直接戦闘区域へスクランブルするようなことはまずないため、ここにカタパルトの類はない。一応、基地が襲撃を受けたときのために格納庫から直接出撃できるようになっているらしいが、僕はその場面に遭遇したことがないので詳しくはわからない。

 機体のチェックを終え、ゆっくりと歩かせて宇宙航行用シャトルへと向かわせる。機体格納ハッチに自機を滑り込ませ、固定装置と接続する。

 

「レイヴン。ここからは、私がシャトルの制御を行います。作戦領域到達まで、休息をとることを推奨します。人間は、睡眠後がもっともパフォーマンスが高くなると聞いています。」

「ありがとう、エア。お言葉に甘えさせてもらうとするよ。」

それと、アーキバス本社はルビコン3のような衛星軌道砲こそありませんが、数多の滞空迎撃設備があることは想像に難くありません。降下中に集中放火されることを防ぐため、空いている右肩にはジャミング弾ランチャーを搭載してはいかがでしょうか。降下後はパージしてしまえばよいかと。」

「チャフかぁ……。」

 

 過去に試しては見たものの、圧倒的な使い勝手の悪さであきらめた武装を提案された。確かに、この機体の右肩装備は何もつけていない。少しでも軽量化したかったという理由のほかに、NACHTREIHER/40Eのシビアなエネルギー出力補正の下では装備できるものが限られていたからだ。それよりも、機体のEN負荷を下げて回復を早くしたかった。

 しかし、チャフか。確かに、アリかもしれない。空から撒くのであれば、地上の広範囲に阻害を掛けられるし、対空戦力は固定砲台が主流だ。相手に移動される心配も少ない。

 デバイスを操作して、ウェポンハンガー及びMA-T-223 KYORIKUが装備されたことを確認して、機体をスタンバイモードに切り替える。

 

「それじゃあエア、お願い。」

「任せてください、レイヴン。……それにしても、二人きりの出撃も久しぶりですね。大丈夫です、完璧にサポートしますから、安心して休んでいてください。」

「頼もしいや。」

 

 これ以上なく信頼できる相棒の声を聞いて、コックピット内の照明を暗くする。そして、一度眠らせてもらうことにした。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

「……ヴン。レイヴン。」

 

 

 まどろみの中、エアの声が聞こえてくる。そして、にわかに瞼越しに光が入ってきて明るくなったことを察する。ついで、肩を揺さぶられる感覚。まだ眠っていたいという気持ちもあるが、直後に現状を思い出し、半ば強引に意識を覚醒させる。

 

 

「起きましたか、レイヴン。あと30分でアーキバス本社への大気圏突入コースに入ります。最終準備をお願いします。」

 

「あぁ、エア、ありがとう。」

 

 

 エアはあまり忙しそうには見えないが、あの裏ではこのシャトルを操作しているはずだ。僕にできることにリソースを割かせるのは悪手だろう。再度、機体のモニタリングを行い、問題がないことを確認する。

 

そこでふと、全身が重く、軽度の攣るような痛みがすることに気が付いた。これは一体、と考えを巡らせていくと、昨日エアと全力の追いかけっこをした記憶がよみがえってくる。……そうか、筋肉痛か……。

 

しかし、これくらいは問題ない。腐っても強化手術の施された肉体だ。多少動かすのが億劫になる程度で操作に遅延が生じるまでには至らない。

 

機体の準備が万全であることを確認し、座席の下から携帯食料を取り出す。あまり詰め込むものではないが、軽食くらいは取っておいた方がパフォーマンスが上がるような感じがするのだ。食事という行為があまりに新鮮だからかもしれないが。

 

 もそもそとしたブロック状の携帯食料を咀嚼し終え、水を喉に流し込む。

 

 

「レイヴン。まもなく降下ポイントに差し掛かります。機体の起動と衝撃への準備をお願いします。」

 

「了解。」

 

 

 タイミングよく、エアから指示が下る。スタンバイモードだった機体を戦闘モードに切り替え、ACSをアクティベート。シートベルトを着用し、操縦桿を握る。

 

 

「AC固定装置解除権限をレイヴンに移行。ハッチ開放権限をレイヴンに移行。降下まで、10……5、4、3、2、1。降下開始!」

 

 

 エアの掛け声とともに、AC固定装置とシャトルのハッチ、この二つの操作が可能になる。飛び出すタイミングは僕に一任された形だ。

 

 そして、降下が始まる。徐々に機体の速度を表示するメーターが振れていき、シャトル全体が振動に襲われる。

 

 

「まもなく、敵防空圏内に突入します!」

 

「ロック解除、ハッチオープン……今!」

 

 

 高度計・速度計、そしてエアがシャトル外のカメラと接続してくれたおかげで見える地表の様子から、タイミングを計り飛び出す。ここから地表までは、非接地状態のためEN回復が遅い。クイックブーストの乱用はできないが、左肩にはこういう時のためのシールド、VP-61PSを装備している。距離があるうちは自由落下とブースト落下の使い分けでも弾を避けることはたやすい。

 

 まずは、ウェポンハンガーを起動して右手のSG-026 HALDMANをKYORIKUに切り替え、目視できる大型固定対空砲台の一つに向けて発射する。

 

 

「エェェエントリイィィィィィ!」

 

 

雄たけびを上げながら、最速の自由落下で降下する。リロードの許す限りの回転率で、一発、また一発とジャミングを打ち込んでいく。

 

しかし、さすがは企業の本拠地というべきか。最初に撃ったジャミンググレネードが着弾する前に、敵部隊の砲口がこちらを向いた。アーキバスらしく、高弾速高威力のレーザー砲台ばかりだ。眼下に広がる数多の砲口に、青白い光が収束していく。

 

即座にブースターを起動、水平方向への移動も加える。急激な減速に強烈なGがかかり、視界がわずかに彩度を失う中、歯を食いしばってGをやり過ごす。

 

ピピピ、という警告音とともにモニタ一面に表示される砲口が赤い四角でマークされる。警告音終了からわずかなディレイを置いて、一度だけクイックブースト。ほぼ同時に、MT程度であれば一撃で消し炭にする威力を誇る砲台たちが、無音の砲声を上げる。

 

その威力を知らなければ、美しいと思えるかもしれない光線の雨。それがつい先ほどまで自分がいたところを焦点として収束し、空に向けて拡散していく。照準の精度は、正確無比の一言だ。

 

だが、それゆえに、先ほど放ったKYORIKUの弾が撃ち抜かれた。ジャミンググレネードは、電磁波を乱反射する金属片をまき散らし、霧のように広がってゆっくりと落ちていく。

 

眼下では、第一射を終えた砲台が一斉に白煙を噴き出している。射撃に伴う熱を排出しているのだろう。連射はそうそうできないようだ。その隙を突き、広がったチャフの雲に隠れようと機体を滑らせる。

 

 

「レイヴン、まだです!」

 

 

エアの警告と同時に、回避優先度が低い攻撃への音無し攻撃予測がモニタに表示される。慌てて進行方向を変え、VP-61PSを展開。直後、先ほどの砲撃と比べるとか細いレーザーが、しかし大量に突き刺さる。幸い、大半の弾は0.6秒のIG時間中に受け止めることができたようで、機体及びACSへの負荷は大きくはない。

 

 

「小型のレーザー砲台……!さすがに甘くはないか。」

 

「対空大型プラズマミサイル、来ます!」

 

「厄介だな!アーキバスめ、ネペンテスを参考にでもしたか?」

 

 

 悪態をつきつつ、リロードの終わったMA-T-223 KYORIKUを発射。今度こそ、機体をチャフの雲の上へと潜り込ませる。プラズマミサイルは、発射された後にチャフの中に潜ってもホーミングしてくるが、弾速が遅い。KYORIKUのリロードが間に合うまでひきつけてから、もう一発地表へジャミンググレネードを投射する。すぐにウェポンハンガーを起動、右手武器をHALDMANに持ち換える。そのまま、ミサイルの雨に向かって一射。

 

 BASHO腕は射撃精度が低く、搭載しているFCSもIAC-01F:OCELLUSという、格闘戦に特化したもののためあまり有効な射撃は送りづらい。とはいえ、ペレットの拡散するショットガンで、自機に向かってホーミングする弾幕に向かって撃てば、1発や2発は当たるものだ。

 

迎撃に成功したミサイルが起爆し、プラズマの領域を作り出す。大型ゆえ、その領域はACに搭載するプラズマミサイルよりもずっと大きい。プラズマの爆風が、付近のミサイルに誘爆し、連鎖的にプラズマ領域が広がっていく。その数と密度故に、すぐにすべてのミサイルが誘爆し、自機とは少し離れた場所に致死性の領域を作り出した。その領域を避けるようにしつつ、再び右手武器をKYORIKUに戻す。

 

小型レーザー砲台は大型のものと違ってある程度連射が可能らしく、次々と撃ち出され近くを通り抜けるレーザーがコックピット内のモニタにも映し出されて僕らの顔を白く染める。だが、ただでさえチャフによって欺瞞されて手動で照準を合わせなくてはいけない中、高速で落下するAC程度のサイズの的にそうそう当たるものではない。加えて、チャフの中ではレーザーが攪乱され、威力も落ちる。しばらくは脅威にはならない。

 

ジャミンググレネードの恩恵に与ってENを温存しつつ降下していると、再び大型砲台が光を収束しているのが見える。チャフの雲はもうじき抜けるが、発射までには間に合わないかもしれない。このジャミング弾の難しいところは、当然ながら自機にも影響を与え、敵のロックオンも阻害しているためアラートが機能しなくなってしまう点だ。発射タイミングは自力で見極めなくてはならない。

 

モニターを睨み、収束完了を見極めようとして、砲台ごとに収束タイミングがずれていることに気が付く。先ほどの斉射で、精密一斉射ではよけられてしまうことに気づいたらしい。さすがは企業の本丸、練度も相当なようだ。

 

 

「レイヴン、まもなく敵MTの射程圏内です!これまで以上の砲火が予測されます、注意を!」

 

「ENも浪費はできない……なら!」

 

 

 本来であれば、MA-T-223 KYORIKUにリロードするはずのジャミンググレネードの弾倉を一つ左手で取り出す。それを、前方やや下方に向けて投げる。

 

 

「エア!ロックオンを頼む!あの弾倉だ!」

 

「あんな小さいものをですか!?無茶を言ってくれますね……!」

 

 

 本来であれば、ACが標的として認識するのは困難な、人間程度の大きさの弾倉。だが、機体の正面を向けると一瞬の硬直の後にロックオンされた。

 

 

「最高だ!愛してるぜエア!」

 

「その言葉はもっと早く聞きたかったです!」

 

 

 アドレナリンが脳内に溢れ、自分が何を言っているのかもわからないような興奮状態でVP-67LDのレーザー刃を発振させる。そのまま弾倉に斬りつける。

 

 この機体は、普段装備していないKYORIKUを合わせても、総重量63000を下回る軽量機だ。それを、VP-67LDと素早い伸びにAB-J-137 KIKAKUの近接攻撃推力を乗せて押し出すおかげで、瞬間的に水平面だけで800を優に超える速度を叩き出すことができる。

 

 この殺人的な加速で、一瞬でチャフの雲から抜け出す。これにより、敵の砲台はいきなり機械によるロックオンが働き、すさまじい勢いで銃身を回転させる。だが、その照準の先が僕をとらえることはない。

 

 VP-67LDによって浅く斬られた弾倉は、そのままチャフを撒き散らす。速度800への瞬間的な加速の後、チャフの中で一瞬で減速する……そのような動きを正確に捉えられるFCSは、天下のアーキバスといえども用意はできない。

 

 当然、大型砲台はどれもこれも、明後日の方向へレーザーを放つこととなった。

 

 

「あぁ、そう、これだよ。この速度、このGこそ戦場よ!」

 

 

 すでに、KYORIKUのジャミングがなければACやMTの交戦距離へと移りつつある。もう、この重りはいらないだろう。そう判断し、KYORIKUをパージする。ウェポンハンガーを起動して、右手の武器をHALDMANに戻す。……ウェポンハンガー自体もパージできたら、もう少し重量を削減できたりするんだろうか。そんな疑問が一瞬よぎり、すぐに消える。

 

 さて、最初の標的は……決めた。厄介な小型レーザー砲台から潰していこう。

 

 降下位置の最終調整を行い、アサルトブーストを起動。チャフに守られた領域を飛び出し、一息に詰める。チャフを飛び出した途端、MTやヘリからも狙われ、レーザー、ミサイル、実弾を放とうとする砲口がこちらを向く。

 

 

『く、来るぞ!』

 

『あの対空砲火を抜けるのかよ!?……だが厄介なジャミングはもうない!撃て!』

 

 

 通信越しの敵の動揺を聞き流し、アサルトブーストを吹かしたまま機体を左右に振って接近する。AB-J-137 KIKAKUはアサルトブースト推力は低いが、反面燃費は非常に良い。贅沢にステップを踏んで距離を詰め、狙いを決めていた砲台にキックをぶつける。軽量機とはいえ、ACのキックだ。その衝撃は砲身を歪めるには十分な威力を誇る。銃身の曲がった砲を撃つことがどれほど危険かを試すほど、敵も愚かではないはずだ。

 

 無力化した小型レーザー砲台から近くのMTへとロックオンを変更、HALDMANでキックの硬直をキャンセルしながら破壊する。そのまま着地し、降下で消費したENの回復を行う。

 

 このEN回復中、ACは回避挙動が大きく制限される。多少の被弾を甘んじて受け入れることも必要になるが、軽量機ゆえの耐久性能の低さ、そして何より逆関節特有の圧倒的姿勢安定性能の低さがネックとなる。そのためのVP-61PSだが、四方八方を敵に囲まれている状況では、どれほど頼りになるものか。ENの状況と相談しながらKASUAR/42Zの跳躍性能を頼りにジャンプを織り交ぜて回避していく必要があるだろう。浮いてしまう分、EN回復は遅くなるが。

 

 

『しかし、アーキバスに殴り込みに来るとはどんな命知らずだ?』

 

『いや、待て。この識別コードは……ルビコン3の、レイヴン!?』

 

『バカな、生きていたのか!?』

 

 

 一度足を止めたこともあってか、こちらの正体に気づき始めたらしい。この騒ぎを聞きつけて、ウォルターが動いてくれるとうれしいが。

 

 機体をブースト移動で滑らせながら旋回し、全方位の状況を改めて確認する。敵の数は100はくだらないだろうか。だが、そのすべてを相手する必要はない。

 

 そこで、モニタに目標地点を示すマーカーが表示される。

 

 

「内部へ侵入するための最短ルートを計算しました。マーカーを随時更新していくので、それを目指しつつ交戦してください。」

 

「了解、助かる。」

 

 

 マーカーの方向を確認し、敵の位置と地形を把握。進行ルートを脳内で組み上げる。右手のHALDMANのリロードと、EN補充を終えたタイミングで動き出す。

 

 まずはクイックブースト。逆関節特有の一瞬の溜めの後、地面を蹴って大きく前進。最高で700にも届く速度でもって強引に間合いを詰める。MTのコックピットにVP-67LDを突き刺し、付近のヘリに向かって振り抜く。

 

 

『この動き……本当にACか!?』

 

『噂じゃ第一隊長もこいつにやられたとか……。』

 

『嘘だろ!?新生ヴェスパーは今別の惑星に出張ってるし……あの第一隊長をやったバケモノを俺たちだけでかよ!?』

 

『狼狽えるな!ヴェスパーほどではないが、私たちもいくつもの死線を潜り抜けてきた精鋭に違いはない!奴もそのうち疲弊するはずだ、それまで粘るぞ!』

 

 

 DF-GN-08三台のEN容量に物を言わせて、休息を挟まず突っ込む。道すがら、クールダウンの短いVP-67LDで大型砲台を切り裂き、さらに前進。お次は……盾持ちか。

 

 後方からアラートが鳴る。おそらくは。砲塔旋回を終えて俯角を取ったレーザー砲台。タイミングが良い。VP-67LDが盾持ちMTに当たる寸前、斜め前へクイックブースト。そのまま片足で地面を掴み、強引に方向転換する。一瞬で盾持ちMTの背後を取り、タックル。こちらを狙っていた砲台の強力なビームは、MTの盾に命中し、その強烈な衝撃にMTが姿勢を崩す。1秒の時間が惜しいため、VP-67LDを発振させずに左腕で殴りつける。

 

 ガァン、と鈍い音が鳴り、MTの装甲が大きくひしゃげる。変形した一部の装甲が関節部を巻き込み、行動を封じた。

 

 再び、次の敵にVP-67LDのホーミングとクイックブーストを交互に繰り返し、HALDMANを織り交ぜながら障害となる敵を屠り続ける。

 

 

「レイヴン、新手です!」

 

 

 エアの指す方向を見てみると、地下からハッチが開いて3機ほどの機体が飛び出てきた。レーザー兵器を発振させながら滞空する、ACより二回りほど大きい機体には見覚えがあった。

 

 

「あれは……封鎖機構のHCか?」

 

「いえ、一部違いがあるようです。おそらく、ルビコンで接収したデータを基に再現・改修したものかと。」

 

 

 飛び出してきたHC達は3機で陣形を組んだまま、素早く戦場を右に左に駆け回る。そして、全体への通信を始めた。

 

 

『独立傭兵レイヴンの襲撃を確認。旧ヴェスパー第二隊長閣下の遺されたプランに基づき、迎撃を行う。諸君らは一度後退し、プランの確認と部隊の再編成にあたれ。』

 

『『『了解!』』』

 

 

 通信を受け、素早くMT達が退く。その隙を埋めるように、HCの一機が大型パルスシールドを構えたまま突撃してきた。

 

 シールドバッシュはアセンブルの都合上面倒くさいんだよな……。回り込むにも残りの2機が目を光らせているし、このシールドは大型というだけあって前面を隙なくカバーしている。ここは攻めるよりも一度距離を取るべきだろう。後方に大きく跳んでやり過ごす。

 

このままではジリ貧だ、なんとか打開策を探さなくては。そう考えたところで、突撃してきたHCが上空へ浮かび上がり、滑るように引く。そのまま僚機と合流し、ロックオン範囲ギリギリの距離でホバリングに移行した。

 

 

「空中に浮かれると格闘攻撃は当たりづらくなってしまう……。的確に嫌なことをやってくれますね。」

 

「いや、それだけじゃなさそうだ。様子見しているかのような……まだ何かあるぞ。」

 

「……レイヴン、高エネルギー反応です!回避を!」

 

 

 エアの忠告の直後、HC達の奥で緋色の光が爆ぜた。真横にブーストを吹かして飛びのくと、寸前までいた場所にビームが着弾し、連鎖爆発を起こした。爆風の余波が装甲を撫でる中、ビームの飛来した方向を見る。

 

 HCの奥で、臙脂色のACが見覚えのない右腕武器を下ろし、ゆっくり立ち上がっていた。

 

 ザザッという、聞きなれたノイズの後に無線通信が入る。

 

 

『621……そこにいるのは、お前なのか……?』

 

 

 聞こえたのは、望んでいた声。しかし、最も望まなかった声。

 

 

『俺は……』

 

「「ウォルター!」」

 

 

 エアとともに、その名前を呼ぶ。その呼びかけに対する返答は、ヘッドパーツの起動だった。

 

 

『621、お前を……消さなくてはならない……』

 

 

 全方位が見られるようになった頭部の内側を、赤い流体が粘度をもって走る。まるで過去から続く意思の主たちが渦巻くようなその威容に、一瞬気圧される。

 

 

「あの、ACは……」

 

「……ひとまず応戦する。エア、サポートを頼む」

 

「わ、わかりました」

 

 

 警告音の後、右肩から弾速の遅いミサイルのようなものを放ってまっすぐこちらに突撃してくるウォルターの機体。一方で、HC達は申し訳程度の援護射撃をしてはいるものの、接近してくる様子もない。

 

 

「何か変だ、先ほど言っていたプランとやらか?」

 

「ウォルター、来ます!」

 

 

 アサルトブーストで突っ込んできた勢いのまま、見慣れない赤い光のブレードを発振し切りつけてくる。VP-67LDのレーザー刃を展開し、剣筋に沿わせるようにして受け流す。そのまま空いた胴をすり抜け、背後に回る。

 

 見るからにド派手な武装をすでに3つもブン回しているうえ、機体自体もがっしりとした見た目だ。ある程度の装甲はあるだろう。

 

 そう算段をつけて、右肩の武装に銃口を押し付けるようにHALDMANを突き付ける。

 

 

「死なないでくれよ……!」

 

 

 トリガ。

 

 確かな反動とともに撃ちだされたシェルは、肩武装を打ち抜くことはできなかった。独特の音とともに赤い光の表面に波紋を残し、消えていく。

 

 

「赤いパルスアーマー!?」

 

「いえ、違います!これは……シールドです!」

 

 

 全方位をカバーするシールドだと……!

 

 左肩から展開されたシールド展開用のアームが格納されていくのを傍目に、垂直に跳躍し、後方のHCからのビームを避ける。悲鳴にも似た音を響かせながら不規則に子弾を撒きつつ追ってくる謎のミサイルはシールドでいなす。

 

 しかし、ミサイルは着弾と同時に巨大な爆円を発生させた。炸薬のそれとは違う、緋色の閃光で視界が埋め尽くされる。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

 クイックブーストを吹かして爆風から逃れつつ、スキャンでウォルターの機体をとらえる。再び、警告音。

 

 初撃と同じビームが右手武器から放たれ、さらなるクイックブーストを余儀なくされる。その隙に、ブーストキックを差し込まれ、機体のバランスが大きく崩れてしまう。仕切りなおすため、さらに後方にクイックブースト。

 

NACHTREIHER/40Eの恩恵でクイックブーストは吹かしやすいとはいえ、無限ではない以上限界はある。一度ENを回復させたいが、前後から狙われているンこの状況で足を止めるのは自殺行為に等しい。

 

 

「レイヴン、あそこの建物に隠れられそうです!一度立て直しましょう」

 

「ナイスタイミング!」

 

 

 身を翻し、残り少ないENを使い切るつもりでアサルトブーストを使用し、建物の陰に滑り込む。建物越しにレーザーや謎の赤いミサイルが着弾し、あるいは外れて近くを飛んでいく。……あのミサイルの爆風大きすぎないか、AC3,4機分くらいのサイズがあるように思える。そりゃぁ視界も遮られるわけだ。

 

 スキャンで壁越しの敵機の動向を見つつ、ENとACS負荷の回復を待つ。三台に NACHTREIHER/40Eのジェネレータ供給補正、さらにEN負荷を抑えた武装構成のおかげでEN回復はかなり早い方ではあるのだが、三台の圧倒的な容量故に全快まではそこそこの時間がかかる。ACS負荷も、軽量故に早い方ではあるが、こちらは負荷が低下し始めるまでに長めの時間がかかってしまう。

 画面の隅に表示されるENゲージとACS負荷ゲージを睨みながらスキャンに映る機影を注視する。ウォルターもACS負荷とENの回復を待っていたのか、しばらく経ってから一直線に突っ込んできた。

 

 

『今だ、起動しろ!』

 

 

 建物から飛び出してくるウォルターにキックを見舞うため、アサルトブーストを起動したその時だった。周囲の地面から板が飛び出し、自機とウォルターを閉じ込めるようにドーム状に噛み合う。あっという間に、半球状の空間に幽閉されてしまった。直後、建物が地面に収納され、障害物となるものがすべてなくなってしまう。広さは……ACテストをしていた空間の半分弱といったところか。

 

 都市というほどではないが、大規模な地形変化は恒星間入植船ザイレムを思い出す。

 

 

『企業の……命令を……』

 

 

 ウォルターはこの状況に何か感じた様子はなく、再びブレードを振るってくる。が、すでにアサルトブーストを吹かしているこちらが蹴りつける方が早い。普段は折りたたんでいる脚部をほぼまっすぐに伸ばした飛び蹴りは慣れていなければ予測不可能なリーチを誇るため、普段AC戦をやらないウォルターに避けられるはずもない。

 

 閉じ込められた状況で外界が見えないのは非常に不安ではあるが、ひとまずはウォルターを無力化する必要がある。

 

 ブーストキックをコアに受けたウォルター機が大きく体勢を崩す。その隙にVP-67LDを展開し、素早く切りつける。狙うは左脚。その膝に該当する関節だ。

 

 ひるんだ後では、シールドの展開は間に合わない。これ以上の被弾を嫌がってクイックブーストを吹かしたウォルター機だが、一部溶断された膝関節がうまく動かず、着地でわずかにもたつく。直撃させたはずだが、その程度で済んでいるのはやはりACSの恩恵か。

 

 さらなる追撃をしようとしたところで、閉じ込めた空間全体を埋め尽くさんばかりの勢いで周囲の壁から何かが散布された。霧状に吐き出された何かに機体の一部が掠り、一瞬動きが止まる。同時に、ピリッとした痛みが全身を駆け回った。

 

 

「これは……帯電した金属片のようです!このままでは、機体が強制放電を……!」

 

「なるほど、全方位からの電流はシールドでも防ぎようがない……」

 

 

 モニタ中央には『ELEC.DISCHARGE』の文字とともに黄色いゲージが表示され、みるみる増えていく。ルビコンでも深度調査でエンフォーサーと戦う前に似たようなことをしてくる虫のような機体がいたが、あの時はすぐに放電を誘発される空間を通り抜けてしまえばよかった。だが、今は閉じ込められている都合上そうもいかない。

 

 死してなお厄介な奴だな、スネイル……!

 

 

「ウォルターは……そうか、あの機体のシールドは全方位に対応しているんだったか」

 

「一方的に放電ダメージを与えつつ、よしんばウォルターが撃墜されてもここから出る手段もない……。放電ダメージはパイロットが死ぬ可能性も低い、無力化して鹵獲することを徹底的に考えたような仕組みですね」

 

 

 そうこう言っている間にも電流によるシステム異常が蓄積されていき、ついに処理限界を超える。一度目の強制放電が発生して再び機体の動きが止まった。同時に、機体各部の損傷を知らせるアラートが響く。

 

 足の止まった軽量機を見逃すはずもなく、ウォルターがビームを撃ち込んでくる。慣性で動いていたためか直撃こそ免れたものの、右肩を掠めた光線はウェポンハンガーを貫いた。

 

 何も保持していなかったウェポンハンガーをパージ。ACSが正常に働かなかったのは、強制放電による制御の上書き故だろう。最後のリペアキットを消費し、機体の損傷を修復する。

 

 

『声が聞こえる……。621、お前の隣にいるのは……それが、火種か……?待っていろ、今……』

 

 

 どこか上の空のような、独り言じみたことを言って、ウォルターの動きが加速する。シールドの保護を失うことも厭わずに、ブレードで切りつけに来たのだ。

 

 ウォルターまでも放電の影響にさらされるのはこちらとしても本意ではない。リペアキットも使い果たしてジリ貧な状況下では一時しのぎに過ぎないかもしれないが、使う時が来たということだろう。

 

 パチ、パチ、パチとコックピット側面のスイッチを上げ、DANGERと書かれたボタンを押し込む。 NACHTREIHER/40Eの背面が開き、大型の放熱フィンが展開。機体表面をパルスの稲妻が走った直後、全方位に向けて強力なパルスの爆風が放たれる。

 

 強力な隠し玉ことコア拡張機能、アサルトアーマーだ。今の状況に対応するにはパルスプロテクションが喉から手が出るほど欲しいが、基本近接戦を行うこの機体でパルスプロテクションが必要になる場面というのは稀有であるため積んでいないのだから仕方がない。

 

 辺りに舞っていた金属片が、パルスの奔流に灼かれて消える。ブレードを叩きつけようと目と鼻の先まで迫ってきていたウォルターにも、容赦なくパルスの爆風が叩きつけられた。その強烈な衝撃によってACS負荷が限界を超えたのだろう。空中で急停止し、よろめく。スタッガーに陥った証拠だ。

 

 しかし、それだけでは終わらなかった。

 

 ウォルターの機体の胸部および脚部の一部が展開し、緋色の稲妻が機体表面を走る。コア拡張機能の前触れだ。クイックブーストは間に合わないと判断し、シールドを展開する。

 

 そして、緋色のエネルギーの爆発が起こった。何ということはない、ウォルターの機体もまたアサルトアーマーを採用していたという、それだけの話だ。しかし、アサルトアーマー返しをしてくるとは……どこでそんな駆け引きを習得したのだろうか。いずれにせよ、AC乗りとしてのウォルターの脅威度を上げる必要がありそうだ。

 

 VP-61PSのイニシャルガードによって、アサルトアーマーの衝撃とダメージの大半を受け流したため、スタッガーには至っていない。向こうもそれを確認したのか、無理にブレードを振ってくることはせず、再びシールドを展開してビームをチャージし始めた。

 

 このまま睨み合いに持ち込めればよいのだが、生憎とそううまくはいかないらしい。再び周囲の壁から帯電した金属片が散布され、やがて電流が機体を侵していく。対抗する手段は既になく、状況はACを駆る腕前どうこうの問題ではなかった。

 

 

『コーラルは既に焼かれた。俺たちの仕事は終わりだ……。お前が稼いだ金で、普通の人生を……』

 

「お陰で無事立派な体を手に入れられたさ、ウォルター」

 

 

 少しずつ明瞭な話し方になってきたウォルターが銃口を向けながらそんなことを言っていた。だが、再び強制放電に見舞われ、リペアキットも尽きている状況では、未来の話をする余裕はなかった。届かないとわかっていても、口の端を上げてそう返すしかない。

 

 APはすでに半分を切っており、軽量機の強みである機動力も回避先のない状況では意味がない。ウォルター機からの攻撃を、なんとか避けて再び『ELEC.DISCHARGE』のゲージが溜まっていくのを眺める。虎の子のアサルトアーマーも使ってしまってクールダウン中だ。

 

 バチッという音が響き、さらにシステム負荷が増加する。機体の損傷は大きく、次強制放電が起きたら戦闘を続行することはできないだろう。

 

 

「これは詰み……かなぁ。」

 

「レイヴン……。」

 

 

 ハハ、と乾いた笑いを漏らし、シートに背をもたれる。

 

 せっかく十全な体を手に入れて、エアに大見得切って、さらにはサポートまでしてもらったのに。エアの言う通り、ウォルターを忘れて逃げるべきだったのかなぁ。それとも、エアだけでも残してくるべきだったのかなぁ。

 

 頭の中で、後悔の念が渦巻く。だが、まぁ……ACを動かすしか能のない、意味すらなかった旧世代型強化人間にしては、楽しかった。

 

 

「ごめん、ウォルター。……ごめん、エア。」

 

 

 最後に口をついたのは、神への懺悔にも似た謝罪だった。

 

 システム異常が蓄積し、処理能力が高いはずのKASUAR/44Zの限界を超え……その寸前、ドン、という音とともにコックピット内部が暗転した。

 

 

「……まだです、レイヴン。まだ、私は満足していません。もらっていません。あきらめて、いません。」

 

「エア……?」

 

 

 黒いモニタに浮かぶSystem dawnの文字がコックピットを仄かに照らす中、エアの声が染み渡るように広がる。機体の電源を落としたらしい。

 

 振動とともにガシャン、という音が轟き、静かなコックピットを支配する。支えのない中で機能停止した機体が膝をついたのだろう。

 

 

「ですから……だから……っ」

 

 

 外からは、一定のリズムでズシンズシンという音が響いてくる。頽れたこの機体に歩み寄ってくるウォルターの機体の足音だろうか。

 

 やがて、その音が止まり、軽い振動が伝わってきた。そして、接触回線から声。

 

 

『そうか、お前にも友人ができた……。』

 

「ウォルター!あなたはいつもそうやって―――――!」

 

 

 ウォルターの声を聴くや否や、エアが激昂する。それに呼応するように、モニタが再び灯った。目の前には、真っ赤な光を湛えた銃口。

 

 ノイズだらけで戦闘するには心許ない画面には、ENゲージが表示されていなかった。見れば、ジェネレータが動いていない。それなのに、機体が動き出そうとしている。……まさか、エアが?

 

 

「あなたには、言いたいことがたくさんあります……!」

 

「エア、何を……うわぁっ!?」

 

 

 頭部のカメラアイが強く発光し、サマーソルトで右腕ごと武装を蹴り上げる。だが、僕は何も操作していない。

 

 

「いくつも、いくつも、言いたいことがあります!ここでは、言い切れないほどに!」

 

 

 蹴り上げられた砲身があらぬ方向へビームを撃ち、壁にぶつかって爆風を散らす。それに構わず、着地する前にHALDMANを投げ捨て、空いた右腕でウォルターに殴りかかる。

 

 当然、シールドを展開しているウォルターの機体本体に届くことはなく、表面に波紋を残して止められる。だが、まだ止まらない。

 

 

「ずっと!私を幻聴の一言で片づけて!今度は私たちを焼き尽くそうとして!果ては今!私のすべてを!レイヴンを!消そうなどと!」

 

 

 強まる語気に同調するように、二度、三度と拳を赤い光の壁に打ち付ける。そこで気が付く。機体がアクションを起こすたびに、『ELEC.DISCHARGE』と共に表示されているシステム異常を表すゲージがゴリゴリと削れていた。

 

 ジェネレータからではなく、周囲に浮かぶ金属片の電気からENを得ているとでもいうのだろうか。だが、そうでもないとこの状況は説明できない。

 

 ウォルターも距離を取ろうとしているが、KIKAKUの近接攻撃推力がそれを許さない。

 

 

「ですから、帰りましょう、ウォルター。もし、それすらも受け入れられないというのなら……!」

 

 

 オーバーヒートしてもなお拳を叩き込み続け、やがて右腕が肘の先で潰れるように砕け散った。それでもなお、止まらない。VP-61PSを展開し、保持アームを振り回してシールドを叩きつける。

 

 シールド同士が干渉し、激しくパルスの火花を散らす。相当な衝撃が伝わっているのか、被弾しているわけでもないのにACS負荷が一気に増えた。それはウォルターも同様のようで、ついにシールドが剥がれ、スタッガーを取ることに成功する。

 

 それに対し、大きく上体をそらし、特徴的なブレードアンテナの頭部に異形の頭部を打ち込みながらエアが叫んだ。

 

 

「レイヴンを、私にください―――――!!!」

 

 

 今なんて言った?

 

 そんな疑問を抱く間もなく、ウォルターの機体とLOADER4の紅く輝くカメラアイが緑色に変化する。かと思えば、突如視界に稲妻が走り、浮遊感が全身を包んだ。気が付けば、コックピットにいたはずが、宇宙空間のような場所で浮遊していた。隣にはエアが、そして正面には見たことがないはずなのにウォルターだと確信できる壮年の男性が同じように浮遊している。

 

 

「ウォルター……」

 

「621……なのか……?」

 

 

 スピーカー越しではない、生の声。それを確かに聞いたと思った次の瞬間、僕はコックピットに戻されていた。お互いのACは頭突きした状態のままエメラルドグリーンの光を湛えており、さらには周囲にも同様の色のオーラが漂っている。

 

 

「今のは……」

 

 

 自然と口をついた疑問は、続く声に打ち消された。

 

 

『621、お前の伴侶について俺が決めることはない。だが……慎重に決めろ。』

 

「「ウォルター!」」

 

 

 先ほどまでと違い、明瞭なしゃべり方。加えて、これまでと同様、駒に向けるものでも敵に向けるものでもない慈しみを内包した声に、僕たちは歓声を上げた。

 

 

『なぜ俺を助けに来た……いや、今はいい。エアといったか、お前が何者なのかも含め、あとでゆっくり聞かせてもらうとしよう。今は、ここからの脱出が最優先だ。』

 

「……あぁ!指示をくれ、ウォルター!」

 

 

 エアのオペレートとは違う、懐かしいオペレートに涙ぐみそうになる。しかし、まだここは戦場だ。嬉し涙も悲し涙も、帰ってからでいい。……あと、エアのさっきの発言についても。

 

 

『この機体は技研が残したコーラル技術の結晶だ。アーキバスの奴らは気付いていなかったようだが、有事の際に備え、高出力の殲滅が行えるようになっている。……問題は、コーラルが無い今、これができるかどうかわからないことだが。』

 

「それに関しては私に任せてください。コーラルに関しては、カーラよりも技研よりも私のほうが詳しいですから。」

 

『カーラを知っているのか……?』

 

 

 自信満々のエアの発言に、ウォルターが訝しむ。しかし、エアは取り合わない。

 

 

「ウォルターの機体を解析します。機体名HAL、コーラル武装に関しては……なるほど。これなら、こうして……これで、本来の性能のほとんどを引き出せるはずです。」

 

 

 さすがは元コーラルだ。ウォルターは疑念が解けてはいないようだったが、よし、と言って武装のチャージを開始する。

 

 

『すべての武装を一点に集中すれば、この壁は破壊できるはずだ。今頃はアーキバスの防衛戦力がここを囲んでいるだろう。構わず駆け抜けるぞ』

 

「了解!」

 

 

 先ほどまでとは違い、緋色ではなくエメラルドグリーンの光を銃口に収束させたHALは、さらにチャージを続ける。同時に、右肩のミサイルも後部が回転し緑色の粒子を吐き出す。

 

 

『行くぞ、621。遅れるなよ。』

 

 

 そうして、HALが左手のブレードで巨大なビーム刃を形成し、横一文字に薙ぎ払い始めた。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

『静かになったな……』

 

『決着がついたか?内部が観察できるようにしておくべきだったかもしれないな。』

 

 

 アーキバスの本部防衛隊が見守る先は、アーキバスバルデウスがかんたんに収まるようなサイズの黒いドーム。中では、星系を焼き払った主犯でありアーキバス本社に襲撃をかけた命知らずこと独立傭兵レイヴンと、元そのハンドラーであるハンドラー・ウォルターが戦闘を行っているはずだ。

 

 専用の迎撃設備を用意し、その中において圧倒的な優位性を持つ駒を投入したのだ。さすがに無力化できたことだろう―――――。そんなアーキバス社員たちの予測は、次の瞬間彼らの命と共に吹き飛んだ。

 

 ドームの中からAC一機分ほどもある太さのエメラルドグリーンの光線が飛び出し、ドームの壁面ともども待機していたMT、LC、HCを飲み込んで蒸発させる。運悪く射線上にあった固定砲台もまた。

 

 想定しえない、ACのものとはとても思えない出力に、指示を出す側の人間すらも唖然とする。その隙を突くかのように、先の光線と同じ色を纏った弾丸が飛び出してくる。……否、弾丸ではなく、手をつなぎ共に飛ぶ2機のACだ。

 

 

『う、撃てぇ!あれを撃墜しろ!』

 

 

 ようやっと放心から目覚めた誰かが言い、やたらめったらにレーザーが飛んでいく。しかし、まるで翼でも生えているかのような動きで2機のACは自在に空を舞い、やがて射程圏外へと消えていった。

 

 

『レイヴン……自由の象徴……』

 

 

 誰かがそう呟く声が、アーキバスの社員たちの耳に強烈な印象を伴って響いた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

『続いてのニュースです。先日の独立傭兵レイヴンによるアーキバス本社への襲撃から、アーキバス経済圏は未だ立ち直っておらず、為替は混乱を極めています。これにより、指名手配犯である独立傭兵レイヴンの生存が確認され、同時にレイヴンに拉致されたものとみられるハンドラー・ウォルターも指名手配対象となりました――――――』

 

 

 ポチ、とボタンを押してテレビの電源を切る。

 

 

「どうした、621。自分がニュースになるのは慣れないか。」

 

「ウォルターはずいぶんと慣れているかのような物言いだね。」

 

「まあな。」

 

 

 ベッドに寝たきりのウォルターから問われ、内心を見透かされている気恥ずかしさから軽口で返すがあっさりと流されてしまった。あの後、ウォルターの拠点に帰るわけにもいかず、活動限界が近づいたあたりで手近な惑星に降り立った。LOADER4の損傷は激しかったが、それよりもアーキバスに弄り回されたウォルターは体の自由が利かなくなってしまっていた。今は秘密裏に再手術請け負ってくれるところを探しながら、再手術費用を稼ぐため変わらず傭兵稼業をしている。

 

 噂をすれば、新たな名義になっている携帯端末に着信があった。

 

 

「……ん、依頼が入ったみたいだ。ちょっと行ってくる」

 

「621。お前が俺について気を使う必要は……」

 

「何回言ったらわかるのですか、ウォルター。私たちが望む生活には、あなたが必要なのです。それよりも、食べられそうな果実を取ってきたので選別をお願いします。」

 

 

 既に何度聞いたかわからないウォルターの言葉は聞き流し、エアに彼の世話を頼んで部屋を出る。次の仕事を超え、愛する人たちのもとに帰ってくるために。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。シースパイダー型のナニカです
初の戦闘描写いかがでしたでしょうか。戦闘描写楽しすぎてめっちゃくちゃ筆が乗ってしまいました。コーラルってなんかサイコフレームみたいな感じだよね()
戦友や狂犬が出てくるストーリーも考えたのですが、あんまりにも長くなりそうだったのと、火√をもう何周かして「これ生きてるのはちょっと違うな」と感じたため没にしました。
いいね、感想などお待ちしております!最近は主にブルアカの二次創作書いてますので、よろしければXのフォローもお願いします
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