祈刀師シアンは抜いている   作:暁貴々

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第2話 初期衝動

 -1年目-

 その日のシアンは興奮していた。

 方向性が定まると、すぐ行動に移したくなるのが人の習性だ。

 

 鉄は、熱いうちに打つべし。

 あの祈りを自分のものにしたい。

 

 その為にはまず、旅人の所持していた剣を手に入れる必要があった。

 まあ、こと剣に関しては父に聞くのが一番早いだろう。

 

 くさっても剣聖だし、と。

 シアンは軽い気持ちで当主の部屋の扉をノックした。

 この頃はまだ、父とまともな会話ができた。

 

 しなやかな片刃、楕円形の鍔。

 おぼろな記憶を頼りに、父に恐る恐る特徴を伝えた。

 

「それはカタナだ」

 

「え? 今なんと?」

 

「……カタナだ」

 

 カタナ。

 それが、求める剣の俗称。

 

 なんとまあ、端麗な響きだろうか。

 シアンは心の中でガッツポーズをした。

 

 感激するや否や、薄く、短く、刃毀れのしやすい――切れ味だけの軟弱な剣だと、父は言い放ったが。

 

 どうも、打ち合いには向いてないらしい。

 

 まあ父の主観など、どうでもよかった。

 背高い、筋骨隆々の巨躯を見上げながら、そう思った。剣聖の力強い剣閃よりも、旅人の流麗な抜刀の方が頭から離れなかった。

 

 名前さえわかれば、後はこっちのもの。

 

 とはいえ、懸念はあった。

 というより懸念しかなかった。

 

 軟弱な剣が欲しいとお願いしたところで、頑固な父が承諾するはずもない。

 シアンは祖母に頭を下げてお小遣いをせしめ、専属のメイドに頼んで秘密裏にカタナを入手する。

 

 バレたら、潔く、怒られる覚悟で……。

 

 メイドのマオ=ネイは、街一番の武具屋に足を運び、業物を買ってきた。

 

「どうせなら一番いいものをシアン様に」

 

 と。

 

「子供用じゃないか、しかも二本もいらな……」

 

 という、不満の言葉を寸でのところで飲み込み、ありがとうと感謝の言葉を伝えた。

 

 父親へ対する拒絶感が、思いとどまらせてくれた。

 子は親に似るという。不満ばかり募らせていると、父のような、思ったことを何でも口に出す大人になってしまうだろう。それだけは死んでも御免だった。

 

 早速、剣の稽古をサボり、庭で鞘から抜いてみた。

 

 漆黒の、美しい剣身。

 反り返った刀身の曲線は、シアンの好みドンピシャだ。

 さっそく試してみることにした。

 

 屋敷の裏手にある林の中で。

 

 抜刀はすぐにできるようになった。

 最初の一年は、むしろ納刀の方に神経を注いだ。朝、昼、それを繰り返し、夜になると瞑想して理想の剣士像を脳裏に浮かべた。

 

 そこに至るためには、反復が必要だった。

 

 難易度を低、中、高で表すなら、抜刀は中の低で、納刀は高の高。この動作をスムーズに行えなければ、居合いをものにするなんてのは、夢のまた夢。

 

 シアンの祈祷は、納刀の鍛錬から始まったと言ってもいい。

 

 

 

 -2年目-

 ここにきて父との関係が一気に悪化した。

 

 カタナを所持していることが、バレてしまったのだ。

 マオは解雇され、物分かりの良い祖母は癌という病で寝たきり状態。シアンを庇ってくれるものは、屋敷の中に誰一人としていない。

 

 そんな状況下で芽生えたものがある。

 生まれて初めての反抗心。

 

 カタナを取り上げられるぐらいなら

 マオとの思い出まで奪い取るというのなら

 

「全てをくれてやる」

 

「よく聞け、シアン。それは私がお前にくれてやったものだ」

 

「だから、それをくれてやると言ってるんです!」

 

「……」

 

 シアンは右の脇腹にナイフを突き立て、父親の目の前で魔術紋をひっぺがそうとした。

 

 アズールは息子の魔法の才能だけは認めていた。シアンの、唯一の取柄を失わせるわけにはいかない。それに、代々長男へと受け継がれてきたフォール家の魔術紋を……魔術回路(神経)ごと、ひっぺがすなんてありえない。

 

 あってはならない。

 

 そう思い至り、折れた。

 それでも、シアンの心が晴れることはなかった。この一年は、怒りに身を任せて、カタナを振り抜いた。

 

 朝も、昼も、夜も。

 目標は、一日一万回。

 

 春は右手の皮がずるむけになり、夏はたくさんの汗を大地に吸い込ませた。秋になって、本格的に居合いの動作へと移行し、冬になって、マオとのあれやこれやを、ふと思い出した。

 

 暑いとき、タオルで汗を拭ってくれたこと。

 

 お腹が空いたとき、父に内緒でケーキを作ってくれたこと。

 落ち込んでいたとき、シアン様は必ず剣の達人になれますと言ってくれたこと。

 

 鮮明な、とても色鮮やかな記憶。

 

 感傷にひたってもなお、シアンは、黙々と、カタナを走らせた。どこかで元気にしてくれていたらいいな、マオ――と、そんな祈りを込めながら。 

 

 

 

 -3年目-

 一日、一万回の祈祷は、ペースアップしていた。

 

「なぜ、空が明るいんだ」

 

 夜までかかっていたものが、夕刻までに終わる。ほんの少し、この……ほんの少しの加速――感が、成長を感じさせてくれた。

 

 そんな一年。

 

 

 

 -4年目-

 祖母が他界した。

 シアンは、泣いた。

 

 一人で。

 

 泣いた、泣きじゃくった。

 

 ばあちゃん。

 ばあ、ちゃん。

 ば……あ、ちゃ……

 

 何百、何千回と繰り返した、ばあちゃん。

 真っ白なシーツに涙を落とすたび、大切なものが、一つ一つ砕け散っていく感覚に襲われた。

 

 

 もう二度と会えない。

 もう絶対に帰ってこない。

 

 その事実は、シアンにとって重すぎた。

 

 自分が何をやっているのかわからない。

 それでも祈ることだけはやめられない。

 

 ただひたすら、無我夢中で祈りを捧げた。

 雨が降ろうが、風が吹こうが、雷が鳴っていようが、雪が積もっていようが、カタナを振り続けた。

 

 呆れ果てた――父の、冷たい、憐憫な眼差し。背中越しに突き刺さる視線が心臓を貫いてどこまでも伸びていく、そんな、遠い目のように思えた。

 

 

 -5年目-

 父は、双子の妹ネイビーを次期当主に、と考えているらしい。

 食客のひそひそ話が祈祷中にも関わらず、よく聞こえた。ハッキリ言って、筒抜けだった。

 

 音や匂い、湿度、空気の味まで、五感を通して伝わってくる。

 

「シアン坊ちゃんは、少し、イカれてるからな」

 

「おい、どう考えたって少しじゃないだろ」

 

「あー、あれは完全にイっちまってる。完全にな」

 

「お前らな、ホントのことでも言っていいことと悪いことが」

 

 聞き捨てならない会話だったとか集中力を散漫させていただとか、そういうのじゃない。抜刀を繰り返すという、シンプルな動作に慣れたのだ。

 

 今やシアンは居合いに特化した呼吸法まで編み出していた。それを極めるためだけに培われたようなルーティーンがあったからこそ、抜刀の速さ、鋭さ、太刀筋の正確性――どれもが卓越していた。

 

 あくまでも気楽にそれを繰り返す。

 

 

 水を、飲むような。

 

 

 日常で必ず行う動作と感覚が似ていた。自然にこなせるようになった、ということだ。

 ついにこの段階まできた。間もなく、最強の剣術が完成するだろう。祈りと同じ速さで対象を斬る、最速の剣術が。

 

 最速の剣術が。

 

 

 

 -6年目-

「最速の剣術、か」

 

 となれば、技名……的なものが欲しいとシアンは思った。彼は病名の無い、ちょっぴり痛々しい、子供ならではの病をこじらせていた。

 まあそれはさておき、東洋ではカタナという言葉は一文字らしく、トウという読み方もあるらしい。

 

 シアンは、祈祷のトウとカタナのトウを――結び付けた。

 ろくに調べもせずに。

 

 そういう年頃だったと言えばそうだし、独自の解釈により生まれた〝祈刀(キトウ)〟こそが、シアンの志す剣の道の答えだった。

 

 非力だからこそ。

 軟弱だからこそ。

 

 祈り続けた。

 自分こそが、剣聖の後継者であることを――証明するために。

 

 ああ、そうか。

 ワチは……父上に、認めて欲しかったのか。

 ここにきて、シアンは、自分の本心と向き合い始めた。だが目標に近づけば近づくほど、父との距離は遠ざかっていく。父の期待に応えたかった。

 

 

 だけど応えられなかった。それが悔しくて悲しくて、情けない。

 

 シアンは、いつの間にか、泣いていた。

 涙を零しながら、カタナを振るっていた。

 

「私の視界に入ってくるな、このできそこないめが!」

 

 そんな父の怒号が、屋敷の端から端まで響きわたる、心苦しい、一年、だった。

 

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