霊亀戦でパーティ全員の死を目の当たりにした剣の勇者錬は、今日も剣を握り締めて絶え間なく続く生命の蝋燭を終わらせに今日も独りで生きて行く。

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剣の憂鬱

俺の名前は天城錬。

 

幼馴染みを庇って死んだ筈が、ゲームの世界に召喚されて勇者の一人となった。

 

そんな俺は、大事な仲間を失った。

 

「お逃げください錬様!!」

 

俺が油断をしたから、仲間を死なせたんだ。

 

ボロボロで、繋ぎ目だって解らない位に欠損しているのに尚も体を動かさせて酷使させる。

 

そんな事をさせてまで、俺は生きる価値はあったのか?なんて、解りきった自問自答をしてしまう。

 

そんなのは、有る訳がない。あったら、仲間はあんな目に合う機会は一度もなかった。

 

「貴方様は人類の希望なのです!」

 

俺はそんな奴じゃなかった。

 

むしろ、アイツ等を庇って死んだまま果てていれば良かったんだ。

 

俺が死ねば、痛みを他者に振り撒く事だって無かったし全員を巻き込んで死なせる必要も無かったのに。

 

「…良かった。勇者様が正気に戻ってくれて…。」

 

止めろ、俺なんかに期待しないでくれ。

 

何でそんなに希望に、慈愛に満ちた目で俺を見ていられる。そんな体になったのに。

 

もう死ぬのに、俺のせいで。

 

「どうか…この形見だけでも……家族に…」

 

根本から繋がっているのが薄皮一枚程度の腕で、こんな大事な物を俺なんかに託して死なないでくれ。

 

こんな原因を作った俺に、そんな信頼を寄せないでくれ……

 

 

 

 

「グルアァァ!!」

 

生い茂った草木を四本の足で踏み進む狼型の魔物が一匹、俺に爪で切り裂こうと飛び掛かる。

 

前足で両目を切り裂いて視界を奪ってから仕留める算段らしいが、振りの速度が遅い。

 

「フッ!」

「キャインッグルウゥゥゥ!!」

 

爪を剣で弾き返し、狼が今度は牙で首を噛み千切るモーションに入る前に剣を逆手持ちに切り替える。

 

「終わりだ。」

 

そして狼の首にある頸動脈を狙って円を描く様な軌道で剣を振るい、狼の体毛で隠された皮膚の下を裂く。

 

「グルッッ…!…」

 

切った勢いで地面に叩き付けて、絶命まで絶対に動けない状態にする。

 

その場で鮮血をドクドクと首筋から垂れ流し、地面に広げていく。

 

「襲う相手を間違えたな。」

 

この狼は森に入った俺を狙って来たので返り討ちにしたが、単純な実力差を散々その目で見せ付けた筈だ。

 

逃げれば追いはしなかったが、一歩も引かずに向かって来たから切り殺した。

 

ただ、ソレだけなのにこの狼はヤケに過去の俺の姿にそっくりに見えてしまう。

 

「無謀な戦いを挑むからこうなる、だなんて全部俺自身の話じゃないか…。」

 

霊亀にゲーム知識では弱いからと挑んだ俺だって、目の前で死に絶えた狼と何が違う?

 

「…下らない。」

 

そんな疑問をコレ以上考えたくない。そう思い、俺は

その場を後にした。  

 

「…」

 

森から数十分の距離に建造されていたボロボロの柵を退かし、魔物か盗賊のドチラかに手酷くやられて廃村となった村に入る。

 

ドレも木造の家なのだが、永年放置されたせいで欠損した屋根や家の内部から草木が生い茂っている。

 

魔物ではないリスやネズミが我が物顔で村内を駆け回っているのをココに来てから毎日、目にする。

 

「ハァ…」

 

衛生概念が現代基準の俺からすると、リスは兎も角ネズミがそこら辺をほっつき歩いているのを見ると溜め息が出る。

 

俺は廃屋の中でも欠損も少なく、草木も奇跡的にまだ生えていない家の扉を開く。

 

あくまで周りと比較したらマシというだけの話なので、下手にドアノブに力を込めると簡単に取れてしまう。

 

少し慎重気味にハンドルを回して開けてから家の中に入る。

 

部屋が複数個ある広さではなく、一つの部屋のみしかない狭さだが、今の俺にはコレ位が丁度良い。

 

「靴は…ひっくり返しておくか。」

 

土足の文化が根付いている住居だが、生憎と日本人の俺には馴染みが無いので靴は脱いでおく。

 

靴に付いた砂ぼこりが部屋内に落ちるのを防ぐ為に、地面を踏む底部分を天井方向に向けてから置いた。

 

家の中は窓の白いカーテンが日光を浴びながら影を作り、近場のテーブルにその影の形を写していた。

 

「…」

 

そのテーブルの上に、森で採取した花であしらった花冠を供える。花言葉は、この世界を知った気でいた俺には分からない。調べる気力も無いが。

 

「始めるか。」

 

手にした剣を短剣に変更して、俺は自分の首筋に添える。気持ちは落ち着いて、過呼吸にはならない。

 

精神が追い詰められた状態だと、視界も不鮮明になると聞くがそんな状態は俺には見られなかった。

 

只あるのは、"死にたい欲求"だけだ。

 

「…今日は絶好の自殺日なんて、おかしな言葉か。」

 

持ち手は震えていない。コレなら直前で止めようとしても、動脈が切れて俺は死ねる。

 

誰も来ない様な辺鄙な場所に来たんだ。

 

ソコで俺は誰にも見つけられず、腐敗した肉を虫に食われて骨だけの存在となって誰の記憶からも文献からも消える。

 

実に俺らしい結末だ。

 

何も出来ない癖に格好付けのつもりで知識を披露して、大量の死を届けた。

 

なら、もう良いじゃないか。引導は全て、自己で完結して終われるんだ。

 

「ハァ……」

 

目を閉じて、周りから聞こえる小鳥の囀ずりに耳を貸しながら。

 

 

背筋が凍る様な刃の冷たさに身を震わせる暇も与えず、俺は刃で首の半分を切ろうと力を手に込め___

 

「錬様ー!」

 

そう呼ぶ声で、自殺は中断された。本当ならそのまま首を切れば良い。声なんて無視すれば良いだけだ。

 

「…ッ」

 

ゆっくりと閉じた目を、声が聞こえた扉へと向けてから、そんな自分自身の想いを理想論だと一蹴する。

 

「錬様ー、早く魔物の討伐に行きましょうよ。」

 

聞き慣れた声だ。知らない、なんてのは有り得ない位に馴染みある男の声。

 

普段はお調子者で、浮わついた話が出ると直ぐに飛び付いて茶化す俺とは対極の存在。

 

戦いになると途端にそんなナリを潜め、一瞬で気配を消して双剣で急所を狙う頼れる奴だった。

 

パーティ内では一番の実力を持ち、人間関係でもパーティを俺なんかよりもずっと良好にしてくれる。

 

俺だって、アイツと一緒に居れば楽しくて心の底から笑えていた。

 

陽気な調子でソイツの声が聴こえてきて、扉をノックされる。だが、俺は行こうとはしない。

 

イヤ、俺は行きたくないんだ。

 

「錬様、サッサと出てきて下さいっすよー!」

 

声が増えた。さっきのは男の声だったが、今は女の声が響いてくる。

 

普段は大食いで、その癖に体重を気にする矛盾だらけの女だった。三つしたの妹が二人居る。

 

いつか、貧民暮らしの家族を王国の一等地でなに不自由無く暮らさせてやりたいと夢を話す奴だった。

 

遠方の国出身の格闘家で、前線では手数が物を言う中でもパーティ内のトップを誇っている。

 

そんな、俺なんかよりも生き残るべき一人だ。

 

なのに、最後も矛盾だらけ。ソコを失くせないから、あんな目に合ってしまった。

 

「ぁッ…あっあぁ……。」

 

さっきまで死のうとした事なんて知らなそうな、呑気で活気のある声。

 

ソレに反比例して俺は顔色を蒼白に染め上げて、その場で尻餅を付いて後退りをする。

 

扉の向こう側を恐れる様に、俺は木の板で軋む音なんかも無視して、必死に少しでも遠ざかろうとする。

 

普段から見る、何気ない扉の存在がどんな魔物や絶望よりも恐ろしく思えてくる。

 

「何を怖がっているのですか?勇者様であられる貴方様が。」

 

新しい声がまた聴こえ出すとドアノブを捻り、扉を開こうとしている。

 

今の声だって知っている。

 

普段からパーティの知識人と常識人を兼任してくれて、この世界の事を教えてくれた。

 

貴族として国同士の情勢や知られにくい情報さえ持ってきてくれる。

 

戦いでは後衛の魔法使いでありながら細剣使いとしても活躍し、的確に戦闘の均衡を守ってきた。

 

たまに自分の趣味嗜好の事が暴走するので、振り回されてしまった事もあった。

 

だがそれを含めても、頼もしくて国の行く末を担う上でも戦闘でも必要不可欠な奴だった。

 

「止めてくれ…!」

 

怖い。恐怖以外の感情では語れない恐ろしさだ。

 

部屋の窓からコチラを睥睨している気がして、思わず視線を向けたくなる。

 

「ッ」

 

だが、そうしたらアイツ等を直視するかも知れなくて出来ない。対面するのが怖い。

 

見れば、もう逃げられなくなる。

もう死なせてくれない。

 

「錬様。オラ達は別、もう気にしてねぇべよ!」

 

数度続いたノック音が響き終わると同時に、今度はいつもパーティ以外が居ると無口な男の声が聴こえる。

 

人見知りなのに体格のデカさと無愛想な顔のせいで初対面の奴には恐れられていた。

 

だが、アイツは本当は人懐っこくて誰よりも他者を気に掛けていて、だからいつも損をする。

 

それでも笑っていて、戦闘ではヘイトを一心に集めながら危険な役回りを文句の一つ失く引き受けた。

 

結局、損な役回りの対価を支払われた事なんて一度も無かった。

 

「ふっ…ぅぅ…!」

 

俺のせいだ。俺が独り善がりで何もかもを台無しにして、それでも信じてくれたアイツ等を___。

 

「__また、来ます。何時でも、決心が着いたら俺達の手を取って下さいね!」

 

いつの間にかドアノブを捻る音は消え、ノックは鳴り止んでくれた。

 

でも、今日という日の訪問が終わっただけで、また明日になれば繰り返される。

 

「その時は、前に進んで欲しいっす…錬様。」

 

失望されたっておかしくない。託された役割を放棄してこんな寂れた廃村で死のうとしたんだから。

 

なのに、期待をする声を掛けてくれる。まだ、希望を見失わないでくれる。

 

「吾輩達は、貴方を信じています。」

 

でも、俺にはもうアイツ等の期待に応えるのはもう無理だ。踏み出す前に怖じ気づいて逃げてしまう。

 

ただゲームの知識でマウントを取って、ソレで尊敬してくれたあの視線に病み付きになっただけの中毒者だ。

 

先に知っているだけで集まる凄いって声で得られる快楽に酔いしれて、その知識が通用しないと解れば苛立つだけのガキ。

 

そんな俺が、信じられるに足る人物だと言える訳が無い。

 

「オラ達、錬様には立ち止まって欲しくないべ。」

 

本当は逃げちゃ駄目なんだ。解っていても、俺は何も出来ずにウジウジするしかない。

 

俺は、部屋の隅で両耳を塞いで震える体を眺めるしかなかった。

 

部屋を見通して窓の外の景色をふと見てしまうかも知れない。そんな瞬間を万が一にも出さない為に。

 

「俺の我が儘でお前達全員、死んだんだぞ!?」

 

周りが霊亀討伐に赴く時に不安がっていたのを、無理をして着いてきてくれた。

 

ソレは今思えば俺を信頼してくれたから、信じてくれていたからだ。

 

なのに、いざ霊亀討伐を開始しようとすれば霊亀に一切歯が立たず、撤退の時期を見誤り挙げ句の果てに敗走。

 

弱った状態じゃ霊亀が従える従魔の数の暴力で追い詰められた俺を庇って、仲間は犠牲になった。

 

「そんな目に合わせて、恨まれない訳がないだろう!なのに許すだ?あんな幻覚を作って何がしたい!!」

 

仲間を全員死に目に合わせたのに、今も精神に異常をきたしたのか知らないが、俺の罪を許してくれる仲間の幻覚を作って自分で慰めようとしている。

 

罪から目を背けて現実から逃避したいから身勝手な妄想をする自分に、俺はどうしようもない嫌悪感を抱いてしまう。

 

そして、今こう思った言葉だって所詮俺は自分を罰しているんだってポーズを取っているだけに過ぎないとさえ思えてくる。

 

自分の本心が見えない。

 

自分を罵倒する事で罪悪感を軽減でもしたいのか、単純に自分に失望をしたからなのか。

 

ソレすら俺にはもう解らない。自分の思いが、もう信用出来ない


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