短編1話完結。
坂上田村麻呂を独自解釈でキャラ設定しています。
坂上田村麻呂。
征夷大将軍が単騎で鬼牙城を征く。官軍は妖怪と戦いを続けている。田村麻呂が狙うは大嶽丸。居城に乗り込み敵将を討つ。黒漆大刀を収め、背負い、光り輝く剣を握る。
大嶽丸の妹、鈴鹿にソハヤマルを託された。鈴鹿の守護霊であるソハヤを宿した九十九武器。ソハヤの光があれば、不死の鬼である大嶽丸を倒せる。
「鈴鹿……ありがとう」
剣につぶやいた。
守護霊は自身の半身とも言える存在。鈴鹿の覚悟を渡された。人の世を守るため兄を殺す。応じねばならない。人間と妖怪は和せるのか。鈴鹿の夢も、今は雑念だった。
大嶽丸を斬る。覚悟は決意で受け入れた。禍々しい島を進む。
金鬼。
岩石よりもはるかに硬い。鍛え上げた鉱石の巨岩。全身が金属のような重い光を放ち、見上げるほどの体格で田村麻呂に影を落とす。
「ぶっ飛バす」
たどたどしい言葉。
「邪魔スル奴。みんナ、ぶっ飛ばす。ぶン殴る。約束、シタ」
金鬼が足を踏み出す。地鳴りを感じる足取り。
ソハヤマルを構えていた田村麻呂は、金鬼を見ると、剣を地に刺し手放した。
「腕っぷしに自信があるのか」
「ぶっ飛バス!」
剛腕がうなる。田村麻呂は正面から迎え撃ち、拳を拳で殴り返した。
打ち鳴らす。吹き飛ばされる。
田村麻呂の鎧は、征夷大将軍の地位に相応して、優雅でありながら強固に作られていた。神仏の加護も重なる。拳を握り込んだ籠手が、金鬼と激突する。
人間を超えた将軍の力だが、金鬼はそれを上回る。打ち負け、弾かれた。全身に走る痛みを感じ取る。岩石を叩きつけられたかのような衝撃。
「これ……なら、いけるぜ!」
地を踏み、姿勢を立て直す。
力試しだった。大嶽丸と戦えるか、己を知る。鬼牙城の妖怪でも、ひときわ力自慢であろう鬼と、腕力を比べた。押し返すことはできなくとも、耐えられた。
「次は、切れ味だ」
ソハヤマルを手に取る。
風鬼。
砲撃が止まらない。階段に続く広間。轟音の中で、田村麻呂は物陰から飛び出すと、隣の柱に隠れた。風鬼が笑う。
「おいおいおい、逃げてんじゃねえよ!」
風迅砲を撃つ。人間なら両腕で抱え、座して扱う大筒。片手で軽々と使う。放たれる砲弾も、妖力を帯びた突風だった。間断なく連射される。
広間を風鬼が跳び回る。並の妖鬼とかけ離れた身軽さは、立ち止まっていては的になる。田村麻呂は砲弾を避けて身を隠す。距離を取り、様子をうかがう。
「つまんねえ奴だな」
迂闊には近付けない。風鬼は逆の手に刀を持っていた。砲撃をかいくぐれば、風の速さで刃が吹き荒れる。
砲撃が続く。
瓦礫が飛び散る。煙が巻き上がる。
「ああん?」
いぶかしむ風鬼。田村麻呂は広間の中央に姿を見せた。
「ふんぞり返る奴を斬り刻むのが楽しいんだがな。もう終わりか」
風迅砲を向ける。剣が届かない間合い。ソハヤマルを構えもせず、無造作に立つ。
「官軍なんてそんなもんかよォ!」
あざけり笑い、引き金を引いた。
禍々しい突風が吹く。田村麻呂は動かない。風鬼も風迅砲も見えていないかのようだった。
砲弾が届く直前。
田村麻呂に戦意が戻る。ソハヤマルを縦に構えた。刹那の受け。
避けながら風迅砲を見てきた。距離。速度。軌道。威力。すでに見切った。
防ぐのではなく弾き返す。
突風が逆風になる。風鬼を貫き通して、爆風と爆音が響いた。
「官軍は斬り刻ませない。お前なんか斬り刻みもするか」
広間から階段に進む。
水鬼。
水と氷を自在に呼び出す。長柄の両端を凍らせた。双刃の鎌が水流のような軌跡を描く。
鎌だけではない。水鬼の妖術により、洪水が生まれては消える。水に押し流され、思うように身動きが取れない。
田村麻呂は甲冑を身に着けている。水に耐え、立っているだけで、体力を奪われた。時間はかけられない。
間合いを詰めようにも波に押し戻される。長い鎌も、ソハヤマルを寄せつけず、水鬼が優位にいた。
「大嶽丸様……」
天井を見上げ、細い声を伸ばす。
「かような小虫、すぐ洗い流して差し上げます」
「虫かよ俺は」
陶酔する水鬼に、田村麻呂が悪態をつく。
人里を襲う妖怪。そして鬼牙城の鬼を見ればあきらだった。大嶽丸は大半の妖怪を、力で押さえつけてはいない。妖怪達が惹きつけられた。いるべくして集められた。
坂上田村麻呂は征夷大将軍の位を授かり、数々の武功を上げた。民の人望も厚く、英雄と名高い。同じ希望を妖怪は大嶽丸に見出している。
「お前達からすれば、しょせんは敵兵か」
戦争の本質。敵とはなんであるのか。なぜ戦うのか。敵から見た己は。
将として考えざるをえない。しかし、迷ってはならない。敵と戦い、討つ、兵士のありよう。人間でも妖怪でも変わらない。
「兵だなんて、思い上がり」
妖気が走る。洪水が生まれる前兆。
「戦いもせずに溺れなさい」
水流が渦となる。耐えられる勢いではない。田村麻呂は黒漆大刀を抜いた。征夷大将軍の証。ソハヤマルを上方に投げ、大太刀を床に突き刺す。両腕でつかまり踏みとどまった
やがて水が消えた。ソハヤマルが落ちてくる。
「俺もあやかしを兵とは思わないな」
黒漆大刀を持ち直す。宙のソハヤマルを狙い、縦に振るう。二刀の刃を水鬼の頭上に叩き落とした。
隠形鬼。
影だけが現れては消えた。鬼牙城の奥に続く、薄暗い洞窟。亡霊のような姿が浮かび上がる。
ソハヤマルを構える。隠形鬼は影に消えた。背後から影が立つ。田村麻呂は振り返り、下がる。前方と、さらには左右に、隠形鬼が浮遊していた。
「人の目に影は見えぬ」
どの分身から出た言葉か。
隠形鬼は輪になり回りながら田村麻呂を囲む。次第に分身が増えていく。円の中心で、田村麻呂は周囲を見回してから、弓を取り出した。
神通力を込めた独自の弓術を修めている。弓を引き絞り、上向きに放った。
打ち上げられながら。矢が増えていく。残像のように分裂する。天井に当たると、それぞれの矢がさらに分裂して、跳ね返る。
無数の矢が洞窟を乱反射する。風切り音が鳴り響いた。矢から弓に手応えを感じる。
「そこだッ!」
ソハヤマルを投げた。
隠形鬼に突き刺さり壁まで貫き通す。動きが止まる。分身が消えた。
「どうだよ。見えたぜ?」
「影は、見えるか」
近付いてくる田村麻呂。
「されど、真は、見えま、い」
隠形鬼の姿と影が失われていく。影が崩れ霧散した。
「見えるかはともかく、見に行くさ」
壁からソハヤマルを抜いた。古びた布だけが残る。力なく落ちていき、地につく前に消えた。
大嶽丸。
「決着だ!」
斬りつけながら跳び上がる。空中でさらに斬り、頭上を取る。
鬼牙城最深部。
坂上田村麻呂と大嶽丸の戦い。始まりを忘れるほど、長く続いた激突は、ついに終わりが見えてきた。
鬼神、大嶽丸は、官軍がどれほどの数を差し向けようとも、討つことはかなわなかった。
三明の剣が不死を与える。自在に動く三振りは、地から空から、周囲から、田村麻呂を斬る。次で倒せなければ、もはや立つ力はない。
ソハヤマルなら大嶽丸を斬れる。
倒れた兵士達。妖怪に追われる民。鈴鹿に託された覚悟。田村麻呂は最後の歩を踏み出す。斬られながら進む。三明を越えるソハヤの輝き。
無限に湧き上がる妖力の源。狙いを定め、角に刃を落とした。
火花が散る。容易には切り落とせない。大嶽丸も歯を食いしばり、角でソハヤマルを受け止めた。押し込み押し返される。
思いが重なる。決着は近い。
角に亀裂が浮かぶ。苦しむ大嶽丸を見て、田村麻呂が叫んだ。
「こんなものが……あるから!」
大嶽丸は目を見開く。
「あるから、なんだというのだ!」
夢を見た。夢はいつしか悪夢になった。悪夢が終わる前に、またわずかに夢が見えた。
「角があるから、汝は余を斬るのか!」
「ぐッ、うお、おおお!」
「汝は……真実を見てきたのか?」
大嶽丸と鈴鹿は、兄妹で異なる夢を選んだ。鈴鹿の夢は覚悟となり、大嶽丸の夢を斬ろうとしている。
「ならば、人と……あやかし、は……」
最後は乾いた音がした。
角が折れた。
終わりのない荒魂と、意思。そして夢を宿した結晶。空を舞う。
大嶽丸が倒れる。
鈴鹿。
大嶽丸を斬るために、守護霊と力の大半を失い、ソハヤマルを生み出した。
ソハヤマルを田村麻呂に渡す。兄である大嶽丸を見届けに来た。
「兄を……討ったのですね」
二人は顔を見合わせ、そして地に落ちている角を見た。
「これで最後だ」
田村麻呂はソハヤマルを振り上げ、大嶽丸の角に突き立てた。
力の源を砕く。大嶽丸は完全に失われる。
不意に角から現れる黒衣。人の姿になり、空中に消えた。荒魂の化身、果心居士の始まり。
「こ、これは?」
鈴鹿があとずさる。周囲を見渡した。すでに果心居士の姿はない。
「駄目だ」
田村麻呂の表情がこわばる。
「大嶽丸は封じたが、荒魂を逃がした。またいつか、どこかで、力を取り戻される」
「手立てはないのでしょうか」
うつむきながら、答える。
「俺には、無理だ」
少しの沈黙。大嶽丸を思い出す。刃に乗せて意思を交わした。
「できるとしたら。真実……を知る者だろう」
「真実、とは?」
「わからない。俺には、わからない。だから俺はできなかった」
田村麻呂は鈴鹿にソハヤマルを差し出す。
「ありがとう、鈴鹿」
「将軍様……?」
人の世を守る戦い。一時は決着した。
「おかげで大嶽丸を封じられた。そしてすまない。この刀と、戦いの続きを、預かってほしい」
鈴鹿はソハヤマルを受け取る。
「世が乱れれば、大嶽丸の封印は弱まり、破られる。その時は……」
受け取った覚悟を、半ばにして返す。無念に言葉が詰まる。
「ありがとうございます。しかと承りました」
「ありがとう。頼む」
かくして歴史が始まる。夢は未来に受け継がれる。歴史の果てから果ての先で、太初に戻る者まで、届けられる。
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