それは四人の『家族』
これはその四人が揃ってから数十年が経った頃のお話。
そういった作品に忌避感のある方にはおすすめ出来ません。
また独自解釈を含みます。
それでも大丈夫な方のみ、お読み下さい。
なお今作品を読むにあたり、拙作「恩讐 その1」から続く場面があります。よろしければそちらを先にお読み頂けると幸です。
人気配信者として活躍していた葛葉はその日の配信終わりに突然告げた。
「今日も視聴ありがとな、お前ら。そうだ! 俺ちょっと配信休むわ」
『配信お疲れ様〜』
『え?』
『どういう事?』
『いきなりすぎん』
「まぁ、ちょっと思う所あってさ。ちょっと旅してくるわ」
『どこいくのさ』
『行かないで』
『明日も配信するよね』
「明日から当分ないです。でもちゃんと戻ってくるから、お前ら待ってろ〜」
『これが失踪フラグか』
『帰ってくるって言ってるだろ』
『待ってるぞ』
『帰って来てね』
「失踪しないから。じゃ、またな〜」
『乙』
『乙!』
『いつまでも待ってる』
『今日もありがとう!』
『またな』
『¥20000 旅行費』
自分を待つというリスナーのコメントに微笑むと葛葉は配信を停止した。暗くなった画面に映る自らの顔。
数年前から始めた配信活動。最近ではかなりの数のファンもつき、配信者として自立出来るほどに充分すぎる収入を得る事が出来ていた。
「さて」
PCを落とすと葛葉は部屋を後にした。
「お疲れさん」
「ん」
リビングに入ると母が声をかけてくれた。
もう深夜を過ぎて朝方近いがドーラはリビングで茶を飲みながら笑いかけてくれる。
向かいに座る自分に差し出される湯呑みを受け取ると温かいそれにゆっくり口をつけた。
「美味ぇ」
「じゃろ?」
誇らしげに笑う母に笑い返すと、またお茶を一口すする。
そこから二人は少しの間喋らなかった。
「行くのか?」
沈黙を砕いたのはドーラだった。その問いかけに葛葉は真っ直ぐ目を見て返した。
「あぁ、少し家空けるわ」
「今更家出か?」
「ちげーって」
「・・・わかっとるよ。でもちゃんと帰ってくるんじゃぞ」
「うん」
「寂しくなるな」
「ごめん」
「大丈夫じゃ」
「ありがと、母さん」
「気をつけてな」
「母さんもな」
「わしをなんだと思っとるんじゃ」
「最強無敵のファイアードレイク様」
その軽口に笑った母は立ち上がると、葛葉の横に来て彼を抱きしめた。
「いってらっしゃい」
「うん。いってきます」
父と姉が老衰で亡くなり、ドーラと二人で暮らす様になって長い時が経った。あれだけ賑やかだった家には今や二人しかいない。
吸血鬼とファイアードレイク。
たった二人の家族になってしまった。
寂しくなった家に母を残し、息子は旅に出る事を決めた。
それは遥か過去の一言を思い出したからだ。
『ちょっとだけ出かけてくるだけだ。またな』
その約束を彼は数十年ぶりに思い出してしまった。まだ自分が家族に出会う前、とある町で出会った少年に最後に伝えた言葉。あれから何十年も経っている。あの時小さかった彼は今何歳なのだろう。もしかしたら死んでしまっているかもしれない。それでも約束を思い出した以上、果たさなければならない。
「行ってくる」
「気をつけてな」
翌日。葛葉は空の上にいた。自分の翼を使い旅していた頃と違って、文明の利器に身を委ねて空の旅を謳歌する。と言っても日本を離れて、隣の大陸に渡航するだけの短い時間だ。自らの力で飛ぶより、進歩した人類の力は偉大で大した労力も無く吸血鬼は大陸に辿り着いた。
だがそこからはただひたすらに自らの脚で西を目指す。
道を歩き、街を通り過ぎ、山を越える事もあった。その中で古い記憶を手繰り寄せ、なるべく同じ道を目指した。
この数十年で世界は変わった。
しかしヒトの生きる道というのはさほど変化がなく、同じ道を巻き戻す様に辿る。
そうしてかつてと同じ様に数ヶ月かけて欧州あたりまでやってくる事が出来た。そこから更に北に向かう。
目指すのは山に囲まれた北欧の小さな町。
そこに葛葉の、アレクサンドル・ラグーザの約束はあった。
「・・・ここだ」
日本を離れて十ヶ月近くが経った頃、彼は目的地に辿り着く。あの頃と比べれば遥かに発展していたが、どこか懐かしいその町はその面影を残していた。
町の石畳の道を踏んだ瞬間。サーシャの目には自分が暮らしていた時の光景がフラッシュバックする。
町ゆくヒトがかけてくれる声。
町で生きるヒトビトが笑い合う姿。
そこに居るヒト達の生き様。
かつて許された自分の生活圏が色鮮やかに思い出せた。
「・・・」
だが。
今のここは自分のいる場所ではなかった。
もう町の誰も声をかけてくれない。笑いかけてはくれなかった。置き去りにされた感覚に自嘲して、変わってはいたが懐かしい町並みを歩く。向かうのはかつて自分が過ごしていた町外れの小さな家。そこに向かうサーシャは悲しそうに歩を進めた。
「おいおい。まだあんのかよ」
サーシャの目の前にはあの時と同じ家が建っている。いや、建ってはいたがそこには生活感が無かった。蔦に壁や窓は覆われ、誰一人として寄せ付けない風格を漂わせていた。しかし唯一入り口の扉だけは真新しく、ノブや鍵穴は使い込まれている様に見える。今も誰か出入りしているのであろうか。
サーシャはそんな小さな平屋の前で立ち尽くす。
ここにいたのはそんなに長い時間では無かった。実家を飛び出て、心落ち着けた場所。そこは町の人々と仲良く暮らした、ヒトの世で初めての場所だったから。まだ残っているとは期待してなかった。それでも残っていてくれた事に感謝した。
あの頃の優しい思い出に浸っていた時、背後から声をかけられる。
「旅の方、ですかな?」
振り向くと身なりの良い老人がいた。頭は禿げ上がり、僅かに白髪の残した老人は杖をついている。好好爺といった風の老人はにこにことその名に相応しい。ゆっくりとサーシャの隣まで来ると細めた瞳で家を眺めると口を開いた。
「この家はですね。昔々、わしが小さい頃に命を救ってくれた人が住んでいたんですよ」
「はぁ」
「友達と山に出かけたのはいいが、道に迷ってしまいましてな。それも最悪な事に熊に出会ってしまいまして、命を落とすかと思った時」
老人はサーシャの顔を見た。
「町にやって来て、暮らし始めた白髪の青年が助けてくれたんです」
「・・・え?」
「その後、町を出て行ってしまった青年にあの時のお礼も言えず、私はこんな歳まで生きてしまいました」
「お前・・・」
老人の独白に思い当たる節のあったサーシャ。あれから長い時が経っている。不老長寿の自分とは違い、普通のヒトは老いているはずだ。
「まさか!」
驚いたサーシャに笑い返す老人。
その笑顔に見覚えがあった。その昔、この町で暮らしていた頃、自らを兄の様に慕ってくれていた小さな男の子。この地を去る最後に言葉を交わした彼。
その顔に深い皺を刻む老人はあの頃と変わらない少年の笑顔でアレクサンドル・ラグーザを迎えた。
「・・・ただいま。遅くなっちまった」
かつての少年の名を呼ぶ。
呼ばれた少年は人生を生きた笑顔で吸血鬼の帰還を喜ぶ。
「おかえり、サーシャにーちゃん」
それは老える程にこそ美しい笑顔だった。
二人の姿は老人の家で椅子に座り合うと、向き合っていた。テーブルに彼の妻の淹れたお茶が置かれている。一口飲むと、母が淹れてくれたそれと同じ。ここにも、あった。
「どれくらい経ったかな」
「もう私が爺さんになってしまいましたから・・・」
「あんなちっこかったお前がもうジジイとかw」
「もう孫もいる歳になってますよ」
「・・・そっか」
「サーシャが旅立った後。町には貴方を追った者達が来ました」
「・・・」
一大聖教を名乗る彼らは貴方の所在を尋ねて回りました。きっとヒトでない事を知り、探しに来たのでしょうね。追手は血眼で貴方を探してましたよ。
・・・私をはじめ、町のヒト達は貴方に酷い事をしました。子供達の命を救った貴方を畏れ、遠ざけた・・・。
でもね。
私は。私達は。
吸血鬼の事など知らないと口を揃えました。
今更なのはわかっていました。
それでも町の子供を助けてくれた貴方の事を話さなかったのです。
貴方が居なくなった後、心無い言葉と行動をしてしまった事を誰もが悔いていました。
・・・貴方は町の子供達を助けてくれたのに。
感謝の言葉を言うべきだった。
でも、言えなかった。
その事を、あの後に誰しもが悔いていた。
伝承から来た思い込みからを畏れていたのです。
その結果、町の仲間を追いやってしまった。
サーシャ。あの時は、ごめんなさい。
友達を、私を助けてくれてありがとう。
貴方を信じられなくて、申し訳なかった。
この町の代表として謝罪いたします。
老人の告白を受け取ったアレクサンドル・ラグーザは小さな身体を折る老人に近づくと背に手を置く。震えを感じたサーシャはそれを抑える様に撫でた。
「いいんだ。俺も軽率だった」
あの時の俺は今より若くて、思いつきで行動する馬鹿野郎だったから。
ただお前達を助けたくて無茶苦茶に自分の力を使っちまった。それがヒトにとってどれだけ恐ろしい事かをまだ分かってなかったんだ。
町のみんなに・・・昨日まで笑顔を向けてくれていたみんなにあんな目で見られるなんて想像もしてなかった。
でも今お前が目の前で生きていてくれるのが嬉しいよ。
助けられてよかった。
ありがとう。
俺こそみんなに迷惑かけちまって、ごめんな。
数十年ぶりの告白。
互いの心の内を吐き出すと一人は泣き、一人は笑っていた。抱きしめ合うと長くて埋められない筈の時間が最も容易く埋まっていく。
二人は夜通し語り明かした。
それから数日。サーシャは老人の家に世話になっていた。
孫達と一緒にゲームをすれば、その上手さから羨望の目を向けられた。
彼の息子夫婦とも酒を飲みながら語り合った。
老人その妻と一緒に、町の墓地で祈った。
彼ら、子ら、孫らと、時に食事をし、時に出かけたりと和やかな日々を過ごす。
・・・今や二人きりになったあの家でも、かつて確かにあった賑やかな雰囲気。
家族の団欒を彼は嬉しそうに眺めていた。
そうして。
ひと月ほど経ったあくる朝の事だ。
サーシャは家中を走り回る足音で目を覚ました。またあのガキ共が騒いでんのか、と開いた目を再び閉じようとした時に感じた。
気配が、一つ足りない。
騒つく胸中。焦りからベッドを跳ね起きると客室の扉を飛び出した。そのまま階段を飛び上がる。
老人の部屋の扉が開いている。そこらは聞こえる人々の声。
老人の家族の声が響いてくる。
「あなた」
「父さん!」
「お義父さん!」
「じぃちゃん!」
「お祖父ちゃん!」
彼の名を呼ぶ声に応えるものは無かった。
ゆっくりと部屋に入ると葛葉の姿が変化する。自身の真の姿を現すと家族達と同じくベッドに跪くと、安らかな顔で眠りについた友人の手をとった。
魂の重さを失った亡骸に敬意を込めて願う。
「我は誇り高き真祖の一族ラグーザ家は三男、アレクサンドル・ラグーザ也。我が友人の魂に、この稀血をもって、安らかなる眠りを捧げん」
そう呟くと自身の掌を爪で切り裂いた。だが流れ出る血は下に流れず、宙に舞う。
その血は輝きながら小さな紅い宝石となった。
「ほらよ、これ土産に持ってけ。ちゃんと向こうでも元気でな」
アレクサンドル・ラグーザは老人の手に血の紅玉を握らせる。
「また先に逝きやがる。ニンゲンって奴は本当に弱いねぇ」
そう寂しそうに吐いた吸血鬼は彼の家族達と共に、小さな友人を見送った。
友人の葬式を終えたサーシャは荷造りをしていた。彼の子らは旅立ちを悲しんでいたが、当の彼はと言えば小さく笑うばかり。
そんなサーシャの背中に語りかける者が一人。
「もう・・・遊べないの?」
彼の孫がズボンを握りしめながら、こちらを睨んでいた。
こぼれ落ちそうな涙は今にも溢れそうだ。
「あぁ、わりぃな」
「じぃちゃんが死んじゃったから、いなくなっちゃうの・・・?」
少年は歩み寄ると袖を引っ張る。まるで、かの日の小さな彼と生き写しの少年は寂しそうにしていた。
「・・・そうじゃねぇよ。俺も家族に久しぶりに会いたくなっちまったんだ。お前んトコと同じくらい良い家族なんだぜ」
頭を撫でてやると溢れきった涙が床に落ちた。
そのまま黙りこくった少年。膝をついたサーシャは少し明るめに声のトーンを上げる。
「そうだ! 約束しようぜ」
「約束?」
「なぁ。お前のじぃちゃんは死んじまった。もういない」
「・・・うん」
「だからこれからはお前が家族を護るんだ」
「僕に、出来るかなぁ」
「出来るさ! お父さんやお母さんの手伝いでもいい。妹の面倒見てやるのいいな。どんな形でも、家族を大事にしろよ? 俺との約束だ」
「・・・うん。うん、わかった!」
少年の決意を感じた彼は牙を剥き出して吸血鬼みたいに笑う。少年も真似して小さな八重歯を剥き出した。
「あとな。もし困った事あったらここに連絡しろ。必ず力になってやるから。お前は一人じゃねぇ。俺は絶対に力になってやる」
そう言うと、メモ帳を切り取り彼の手に握らせる。
そこにはアルファベットの文字列が幾つか書き殴られていた。
「これ、なに?」
「俺のSNSと配信チャンネルだ。絶対だ。絶対連絡しろよ」
「うん・・・!」
吸血鬼は少年と指を契った。
世話になった家を後にした彼の足が最後に向かうのは友の眠る墓地。
正装に成り、道中買った花束を放る様に手向けると呟く。
「またな」
再び小さくも大切な約束を交わす。
二つに増えた約束。
満足げに笑うサーシャは羽を広げて家族の待つ家へ飛び立った。
雨上がりの空には帰り道の虹がかかっていた。
家に帰ると、配信を休むと言ってから既に一年が経っていた。
変わらず彼を待っていた母に告げる。
「ただいま」
「おかえり葛葉」
「帰国早々突然なんだけどさ、明日親父達の墓参り行かね?」
「・・・おい、いきなりすぎんか?」
「いきなりでいいんだよ。それでもあの二人なら笑って受け入れるだろ?」
母にそう笑うと、疲れてるからまた明日と彼は自室に入っていく。
その背を見ながら母は悲しく見送るしかなかった。
翌日。社家の墓。
そこに眠るのは父と姉。
丁寧に掃除をし、花を供え、線香を手向ける。
手を合わせて目を閉じれば二人にはかつての日々と思い出達が流れていく。
葛葉が目を閉じ、手を合わせていた時にドーラが彼の名を呼んだ。
「・・・なんだよ」
「そういえばひまわりには言ったけど、お前には言ってなかったな」
「は?」
横にいる母を向くと、彼女は微笑む。
これまで何度も見た顔だが、その時ほど優しく笑っていた事はなかったと思う。
そのまま母は語りかけてきた。
母は、ドーラは、今こそ伝えるべきだと思う。
だから言葉を贈った。
「わしらの血は、繋がっておらんかった。ヒトと吸血鬼、そしてファイアードレイクじゃからな」
「でもわしらは、確かに『家族』じゃった」
「息子になってくれてありがとう」
「わしと築と、ひまわりの『家族』になってくれて、ありがとう」
「葛葉」
確かに初めて言われた母からの言葉。
あまりに突然で、驚きすぎて言葉が出てこない。でも胸に込み上げてくるものが大きくなりすぎて、堪えきれなくなった。
震える唇をなんとか制御して、葛葉は思いの丈を返す。
何度も言おうとして言えなかったこれまでの心の内を、吐き出す様に。
「俺は・・・ずっとみんなと居たかった。こんな俺を受け入れてくれたみんなとずっと居たかった。種族が違うなんてそんなもん、わかってたさ。でも永遠にこのままが良かった・・・」
言葉を繋げていくほど、彼の目には涙が溜まっていく。
でも。
それを止められない彼はそれが溢れていくのを感じながら続けた。
「いつだったか親父と酒飲んだ時、聞いたんだ」
「『親父と姉ちゃんも吸血鬼なれば、俺たちずっと一緒にいられんじゃね?』って」
「でもさ。親父はそれを聞いて、少し黙った後に首を振った」
『ありがとな。私もお前達とずっといたい。でも、私はヒトとして生きたいんだ。そして、ヒトとして死にたい。・・・でもさ。もしひまわりがそうしたいと言ったら、その時は頼むぞ』
「・・・だから姉ちゃんにも聞いた」
『う〜ん・・・ひまはいいかなぁ。吸血鬼になるって事は葛葉の手下になるってことやろ? ひまはお姉ちゃんやから、先に歩いて手を引っ張ってあげたいんよ』
「・・・だってさ。そこまで、そこまで言われたら仕方ねぇじゃん!!」
「あの二人、らしいのぉ」
「でもあいつらさぁ・・・その後なんて言ったと思う?」
『あと眷属って事はお前の下って事だろ? 一回でもゲームで勝ってからほざけ雑魚wwwww』
『そうや、ひまがお姉ちゃんやからな! おい葛葉ァ! ちょっとアイス買うてこいや!』
「言われたあの時はブチギレて喧嘩したけど、今だからわかるわ。・・・二人とも、気ぃ使ってくれてたんだよなぁ・・・」
墓の前で立ち尽くす。震える口から、か細い声が。
それは吸血鬼ではなく、一人の息子としての叫びが搾り出る。
「親父、姉ちゃん」
「会いてぇよ」
「また一緒にゲームしよう」
「俺、強くなったんだぜ?」
「もう二人には負けねぇからさ」
「だから、またゲーム教えてくれよぉ・・・!」
そう叫び崩れ落ちる葛葉は落ちる涙を拭おうともせずに声をあげ続けた。
墓の前で泣き叫ぶ息子を見て、ドーラの目にも同じものがあった。
数十年聞けなかった息子の心。
静かに息子を抱きしめると母は涙を落とす。
そうして己が心の内を吐き出した。
「築。わしの大好きなヒト」
「ひまわり。わしの大好きなヒト」
「お前達は何故ヒトだったんじゃ!」
「わしらはなぜヒトじゃないんじゃ!」
「なんでわしらは同じ時間を生き続けられない・・・」
母は同じ事を想っていた。葛葉は自分を抱きしめてくれる母の温かさを感じながらそれを感じる。
でも続いた言葉に、葛葉は打たれた。
「・・・それでも」
「あの時間は・・・わしらを受け入れてくれたあの短い時間は光り輝いておった」
「あんな素晴らしいことは、なかったよ」
「築・・・ひまわり・・・」
「”ヒトでいてくれてありがとう”」
「愛してる」
どこか理解ってはいた。
共に暮らした日々は優しく、温かく、楽しかった時間。
とびきり素敵で最高の日々。
彼らにとって”短い”数十年。
彼らにとって”長い”数十年。
長命種の苦悩を今更実感する。
ドーラは、母は、立ち止まり顔を背けていた自分よりずっと、ずっと苦しんでいた。
だが旅を終えた今なら受け止められた。
だから葛葉は・・・。
「あぁ、わかる。わかるよ・・・母さん」
鬼と竜は日が暮れるまで、泣き続けた。
墓参りのあと葛葉は悩んでいた。
自分達はこの世界で隠れて生きてきた。
でも。
受け入れてくれる人達がいた。
受け入れてくれる人達がいる。
共に生きるとは素晴らしい時を共有する事。
それを知らせたい。
それを知らしめたい。
その為に自分は何を出来るだろうか。
「よし、やるか。めんどくせーけど」
その決意は引き篭もり吸血鬼の背を押す。彼は通話アプリで父の友人に連絡をする。
「・・・あ、お久しぶりっす。親父の葬式以来っすね」
誰にも見えない二人が、笑顔で葛葉の背を押していた。
あくる深夜。
葛葉は久方ぶりの配信を開いた。
Kuzuha Channel
【王の帰還】約一年ぶりの雑【生きてるか】
「お前ら元気にしてたか〜?」
久々の配信に色めきだすリスナー達。
『久しぶり!』
『元気か?』
『失踪撤回!』
『帰って来た! 黄泉の国から帰って来た!』
『どこ行ってたのぉ?』
復帰を喜ぶ彼らに葛葉は話しだす。
「え? どこに旅行してたかって?」
「まぁそりゃ色々よ」
「昔の約束があったからさ、ちゃんと果たして来たわけ」
「スーパーチャット、ありがとうございまぁす!って、おいゴラァ! 『約束をちゃんと守るとか葛葉らしくない。偽物ですね』って言ったやつ、出てこーい」
復帰配信に飛び交うスーパーチャットを目敏く拾いながら久しぶりの配信を進める彼は口を開いた。
いつもの様に自分を迎えてくれるリスナー達。
そんな優しい彼らに、感謝しながらも少しだけ緊張しながら口を開いた。
「まぁ、さ。俺ちょっと重大発表というか。いきなりで悪いんだけど・・・久しぶりのお前らに報告があるわけで・・・言いたいことがある」
珍しく言い淀む葛葉にリスナー達も困惑する。
『え?』
『は?』
『まさかじゃないよね?』
『”大切なお知らせ”とか嫌だぞ?』
『待って待って待って!?』
『許して』
『やだぁぁぁぁぁぁぁぁ』
『はい。終わりました』
『葛葉、配信終了』
コメントが加速するなか、一つ深呼吸をした葛葉は意を決して、告げた。
「実は・・・人間じゃないんだわ」
『?』と『何言ってんだ』で埋まるコメント欄。
想定通りの反応に少しだけ笑いながら、真祖の姿に変化するとアレクサンドル・ラグーザは牙を剥き出す。
「俺、吸血鬼なんだな、これが」
驚きから爆速で流れるコメント。
『ええぇぇぇぇぇぇ!?』
『今のCG?』
『実写じゃ無理だろ』
『マジ?』
『AIの可能性は?』
『リアルタイムじゃ流石に無理』
『て事は・・・マジ?』
『は?』
『はいぃ?』
『はい嘘!・・・嘘だよな?』
だがそれは想定内と、苦笑した葛葉は続けた。
「実はこの世界にはヒト以外にも沢山の奴が住んでるわけ。その一人が俺」
『マジ?(二回目)』
『今のCG?(二回目)』
『いやいやいや・・・え?』
『そんなわけ』
『だよねぇ』
『嘘乙!』
『冗談であってくれ』
『釣りでしょ』
「ちなみに信じてもらえないと思うけど、俺の母さんはファイアードレイクね」
『吸血鬼の母がファイアードレイク、マ⁈』
『ファイアードレイクね。俺知ってる』
『どけ‼︎ 俺はお母さんだぞ‼︎』
『どういうことだってばよ?』
『母さんはファイアードレイク(パワーワード)』
『わからん。だがヒトではない・・・らしい』
『これギャグ?』
『え? ・・・えぇぇぇ?(困惑)』
『【ドーラ】おい葛葉!わしの事を話すとは聞いとらんぞ!種族の事を話すな!』
『え?誰だ?』
『まさかお母様⁈』
『!?』
『!』
『!』
『お義母さん、葛葉さんをください!』
『いや私とでお願いします!』
『俺の夫だ!』
『【ドーラ】やめとけ。苦労するぞ』
「でも俺の親父と姉ちゃんは人間な」
『なるほどね(わかってない)』
『ほうほう(わかってない)』
『人間とドレイクから、人間と吸血鬼が生まれた・・・?』
『???』
『わからん』
『¥30000 だとしても、俺は葛葉を推すぞ!』
『ということは僕の知り合いもヒトじゃないかもって、コト⁈』
『世界の 法則が 乱れる!』
困惑から更に流れていくコメント欄。
それを見た葛葉は深呼吸すると言葉を選ぶ様に続けた。
「俺は、200年近く生きてる・・・は?おいジジイって言った奴、名前覚えたからな。覚えてろよ」
「長い事生きてきて色んなことがあった。その中で俺みたいなやつが実はこの世界にいる事を知ってほしくなったのよ」
「そんで! そういう奴が自分を偽らず生きていける様にしたい訳」
「だから俺はそんな奴らが世間に馴染める様にサポートできる会社を作ろうと思う」
「もち、俺だけじゃダメだからスポンサーについてもらった」
「なんとあの世界を股にかける超大企業! 加賀美インダストリアルさんに協賛いただいてます!」
『か、加賀美インダストリアルだとぉ!』
『社長がサイボーグ手術してる、あそこ⁈』
『確かにあの人なら嬉々として協賛しそうで草』
『あの人、子供みたいなとこあるからなぁ・・・』
『わかる。でもそこがいい』
『【加賀美ハヤト】 葛葉さん! 共に参りましょう!!!』
『・・・今、本人いなかったか⁈』
『ガチ?』
『マァァァァァァァァ⁈』
今やコメントの流れは倍速。
同接数も倍・・・どころか以前の数倍になっている。
今、世界の流れを変えつつある彼の配信。
それを、その熱を感じながら葛葉はマイクを掴み声を張り上げた。
「俺はヒトと人外が共存出来る世界の為に!」
「支援会社『ANYCOLOR』の設立を、ここに宣言する!!!・・・ちなみに社長は俺だから。逆らった奴はクビなw」
『おいおいおい』
『死んだわ俺ら』
『わかりやすい恐怖政治で草』
『許して』
『でも魅力的』
『なんか楽しそう』
『これどうなるんだろ』
もはや吸血鬼の動体視力でも読み取れない速度になったコメント欄。
とんでもない数になっている同接。
SNSを覗けば、『♯葛葉会社設立』がトレンド一位になっていた。
「その第一弾として、まずはその存在を知ってもらわないとな、ってことで俺みたいな配信者を募集します。勿論ヒトでもヒトじゃなくていい。なんなら宇宙人、未来人、異世界人、超能力者とかでもいいです」
『なんか100年前のラノベみたいなセリフ』
『それ夢にもリアルに聞くとは思ってもなかった』
『それな』
『ところがどっこい・・・夢じゃありません・・・!』
『この配信は古代人しかいないのか』
「我こそは、ってモニターの前のお前ら!」
「この世界にいろんな奴がいるって、教えてやりましょう」
「俺たちはそれぞれ色んな色がある事を示しませんか?」
『暴露からの、会社設立からの、即勧誘』
『どういう事ぉ?』
『もうなにがなんだか』
『オレ、応募するわ!』
『・・・ボクでもいいのかナ?』
『うるせェ!!! いこう!!!(どんっ!!)』
『【加賀美ハヤト】 私も応募します!』
『おいまた社長いたぞ』
『・・・ほんまのガチ?』
『おい見ろホームページが出来てる!』
『저도 스트리머가 되고 싶어요!』
『ガチガチのガチなのか』
『恐れ入った』
『遅すぎるエイプリルフールかと思ってたんだけども』
『【ドーラ】わしもやるぞ!』
『お義母様もなの!?』
『この世界って、俺たちだけじゃなかったんだな』
『私も応募してみる!』
『Sasha, kan jeg bli med?』
『異世界から来ました。英雄です』
『お前も異世界からか?』
『物価高いよね、この世界』
『ねぇ、わたしも混ぜてよ』
『サキュバスでも・・・応募してもいい?』
『Kuzuha, I'm here』
『ホストです』
『未来人もいけますか?』
『これおっさんにもチャンスあるか・・・?』
『やめとけおっさん』
『また葛葉と一緒にゲームできるって事かな』
『我、神ぞ?』
『高校生です。媚びるのは嫌でも大丈夫か?』
『きしし・・・いかいのとびらがひらかれた』
コメント欄が混沌となる。
それを眺めながら葛葉は笑う。
異端である自分達を迎えてくれた二人。
それはヒトの優しさ。
葛葉はその優しさを信じたい。
そしてそれは誰の中にもあるはずだ。
親父、姉ちゃん。
ありがとな。
俺は生きるよ。
ヒトじゃない、俺たちを受け入れてくれた世界を広げるために・・・。
『ちなみになんだけど。配信者部門の名称とかあるん?』
『それ大事。名前超大事』
『馬鹿野郎! 葛葉さんが決めてないわけないだろ!』
「え? 決めてなかったわ」
『安定で流石の葛葉』
『あんさすくず』
『あのさぁ』
『やってんねぇ!』
『こういう所はいつも通りで安心した』
「名前どうしようかな〜」
葛葉は天井を仰ぐ。
ふと、あの日見たアレを思い出す。そして壁にかけた時計を見て、その針の先を見て、何気なしに呟いた。
「虹・・・もう三時か」
『二時もう三時?』
『虹さんじ?』
『にじ讃辞』
『二時さんじ?』
『にじさんじ』
『にじさんじ?』
『安直w』
『それはないだろ』
『え?よくね?』
そう流れるコメントを目敏く拾う吸血鬼がいた。
「・・・ひらがなで”にじさんじ”、なんかいいじゃない」
「よし。配信部門は『にじさんじ』でいくわ!」
『w』
『wwwwww』
『行き当たりばったりじゃねーか!』
『草』
『思いつきかよ』
『でもいい響きだな』
『にじさんじかぁ』
『素敵だな』
その誰ともなく何気ないコメントに微笑んだ葛葉。
口角を上げながらマイクに叫ぶ。
「・・・さぁ来いや。ここにはお前らが求めてるものがある!」
「俺たちで世界を変えようぜ!!」
「にじさんじ、はじめんぞ!」
伝説の起業配信。
それは世界を変えた。
この配信は世界を実際に変えたのだ。
世界にヒト以外の者が存在する事を伝え、その後、実際に人外の者達を世に知らしめた。
最初はもちろん混乱があった。
だが、それはやがて意外にも世に受け入れられる。
“にじさんじ”は世界の架け橋として、始まった。
世界は決して一つではなかった。
観測出来る世界は一つではなかった。
無数に広がりながら幾重に繋がっている。
父と出会い、母と出会い、姉と出会い。
そうして吸血鬼は、新たな仲間達と出会う。
出会いは無限だ。
会えば会うだけ選択肢が増えるのだから、これまたタチが悪いと言えよう。
そのトップとして、現世最高同接を記録した彼は今宵もまた配信ボタンを押した。
Kuzuha Channel
【我最強也】久々すぎるカスタムやる【にじさんじの方々と】
「こん〜」
父の口元を真似ながら。
姉の様に朗らかに。
そして母の優しさで。
アレクサンドル・ラグーザ改め、社葛葉。
今の肩書きはANYCOLORのCEOにして、にじさんじのトップ配信者。
その心に居る『家族』を確かに想いながら。
葛葉は答得(こたえ)た。
「今日もみんなで、楽しい事始めちゃうよ〜ん?」
彼らは一から、虹のかかる道を歩き始める。
その道は様々な色で溢れていた。