原作で明記されていない設定をいくつも捏造しています。
あくまでも原作に関係なくこの作品のみに適用した設定ですので、苦手な方はご遠慮下さい。
この作品の主人公は雪光学です。
小さい頃から勉強だけは得意だった。教育ママの影響で小学校から塾に通い、僕は都内の医大に現役合格を果たした。大学を卒業してからは神奈川県にある医科学センターで研修医として働き始めた。それが今の僕だ。
順風満帆に見える僕の人生だけど、実は中高と二度も受験に失敗している。だけどそれは学力的な問題じゃない。僕は昔からプレッシャーに弱くて、大事な試験や運動会の日なんかは決まってお腹の調子が悪くなるんだ。そんな僕がどうして第一志望の医大に現役合格できたかって?
僕を変えたもの、それはアメフトとの出合いさ。
アメフトって言うのはね、アメリカ合衆国ニュージャージー州で始まったとされるフットボールの一種なんだ。
特に
知っているかい?
アメリカじゃフットボールって言うとアメフトを指すんだよ。じゃあ欧州や南米で盛んなフットボールはなんて言うか……答えはサッカー、これは日本も同じだね。
さてさて、そんなアメフトと僕が出合ったのは高二の春。校庭でやっていた試合をたまたま目撃したのが始まりかな。その試合で僕はある選手のプレーに目を奪われた。とんでもないスピードとキレで敵の守備陣を突破する彼の走りは、テレビや物語に出て来るヒーローのように思えたくらいだよ。
――彼に近付きたい。
――彼と同じ
運動音痴で体力もなくて、本格的にスポーツをやった経験もない。がり勉だった僕はずっと運動から逃げて来た。そんな僕が一念発起したからって、すぐにどうにかワケじゃない。でも、そうせずにはいられなかったんだ。
案の定、僕はレギュラーにはなれなかった。試合に出た回数も数える程だ。それでも僕のいたチームは関東大会を勝ち抜き、クリスマスボールであの帝黒学園を破った。つまり高校日本一という快挙を成し遂げたんだ。創部二年目の凸凹チームが優勝したんだ。これを奇跡と呼ばずに何と言うだろう。
僕の高校は三年の夏で部活動が終わる。そこから本格的な受験勉強が始まるんだ。僕はもうプレッシャーに負けなくなっていた。優勝という形で終われた部活動には満足している。でも、心残りがないワケじゃない。
――どうして僕はもっと早くアメフトに出合わなかったんだろう。
何度そう思った事だろう……アメリカでの地獄のような合宿をやり遂げ、チームの団結力と個人の能力を飛躍的に高めた僕に、それでも都大会の出場機会はなかった。現実は甘くない。
――どうして僕は
涙が溢れた……勝った試合でも僕は嬉しさと同時に、いつも悔しさと歯痒さを感じていた。試合後に泣いたのは一度や二度じゃない。
――どうして僕は小さな頃から運動をしてこなかったんだろう。
何度後悔しても現実は変わらない。試合に出たくても、フル出場できるだけの体力が僕にはなかった。だから、代わりに僕はアメフトIQを高めた。幸いにも僕のチームには悪魔の司令塔と呼ばれた選手がいた。僕は彼から戦術を学び、盗み、そして彼を支えたという自負がある。
――どうして僕はチャレンジすらしなかったんだろう。
日本代表候補を決める選抜試験を僕は辞退した。自分の実力は解っているつもりだったし、不合格になるのは目に見えていた。でも、僕は自分を判っていなかった。
セレクションの最終試験に落ちたはずの僕の後輩達がなぜか世界戦のフィールドに立ち、日の丸を背負ってプレーしていた。経緯はどうでも良かった。僕はただ羨ましかった。出来る権利があったのに、僕はそれを放棄した。
医大生になってもアメフトを続けた。受験勉強で鈍った体を鍛え直し、もう一度彼らと戦うつもりだった。
『0.1秒縮めんのに、一年もかかったぜ……ッ!』
凡才は辛いね。どんなに頑張っても練習した以上の力は出せない。それでも努力は嘘を付かない。スポーツ医学を専攻したのは正解だった。179㎝だった身長は186㎝まで伸びたし、足だってかなり速くなったよ。
でも40ヤード走5秒の壁を切るのは想像以上に難しいね。4秒2なんて本当に超人の領域だよ。ベンチプレスだって似たようなものさ。成長したと言っても、凡人の領域を出ていない。
ワイドレシーバーの僕が生き残る道はキャッチあるのみだ。こんな凡人の僕でも期待してくれる人がいた。一学年上の先輩で高校時代はライバルチームにいたクォーターバックだ。先輩も足の怪我というハンデ負った苦労人で、よくアメフト談義に花咲かせた。眼鏡をかけた知的な先輩はチームの司令塔だったし、僕はその作戦参謀であり相棒だ。
高校時代に比べると、練習量は格段に減っていた。人の命や健康に関わる医療の勉学を疎かには出来ない。それでも先輩は時間の許す限り僕の個人練習に付き合ってくれた。講義が長引き遅れた事を謝ると――
『気にするな。待つのには慣れている』
そう言って先輩は笑った。どうして笑うのか僕には解らなかったけど、あの時の先輩の笑顔を僕は一生忘れないだろう。先輩がいたから僕は頑張れた。
――もう一度彼らと同じフィールドに立ちたい。
でも、その夢が叶う事はなかった。
彼らの大学は関東1部リーグでも1,2を争う強豪チームでライスボールにも出場している。一方の僕がいる医大は関東2部リーグ、その2部でさえ優勝争いに絡めない。彼らが2部落ちする事はなく、僕らが1部に昇格する事もなかった。結局公式戦では只の一度も対戦できず、練習試合でも2軍相手に惨敗を喫した。
他人の三倍練習して漸く人並みになれる凡才の僕が、他の大学に劣る練習量で勝てるはずもなかった。六年制の医学部と異なり、院に進まない限り大学は四年で卒業となる。彼らと先輩が卒業した年、僕のアメフト人生も終わった。
研修医として働き始めて一年、朝も夜も関係なく働き詰めては泥のように眠る。そして寝不足のまま起きては馬車馬のようにまた働く。今日も明日もそんな生活が続く、そう思っていた。
翌朝目覚めるまでは――
「――なさい」
遠くの方で声がしてる。
「――起きなさい」
女の人の声だ。
「――もう朝よ。起きなさい」
だんだんと近付いて来る。看護婦さんか婦長さんが起こしに来たのかもしれない。目覚まし鳴らなかったのかな?
「学ちゃん、起きないと学校に遅刻するわよ」
あれ? 婦長じゃない……ママの声だ。学校って何の話を――ママッ!?
僕は布団から飛び起きた。目の前には確かにママの姿が……。
「ど、どうしてママが此処にいるの!? てか、あれ? そんなに若くて肌も綺麗だったっけ?」
「あらあら、学ちゃんたら! どうしたの急にそんな……本当の事を、おほほほほほほほほほほほほほほ!」
「ハゲーンッ!?」
かなり強烈な平手打ちを背中に喰らった。ワケが解らない。どうしてママが宿舎に……って、ここは宿舎がない!?
辺りを見渡すと、見覚えのある懐かしい本棚や机が目に留まる。昔使っていたものだけど、とっくに処分したはずじゃ?
この部屋は確かに都内にある僕の家だ。マンションの一室でここは僕の部屋……だけど、小学生の頃に買って貰った学習机が真新しいのはなぜ?
「早く着替えて朝ご飯を食べないと、学校に遅刻するわよ。内申書にも影響するから無遅刻無欠席を目指すのよ。いいわね、学ちゃん」
「……」
ママは何を言ってるんだろう?
それを問う言葉すら出てこない。何となくだけど、自分の置かれている状況は理解できた。でも、物理学的にも医科学的にも理論的な説明が出来ない。だって、そんな事は起こり得ないはずなんだもん。
新聞やテレビのニュースを見て、今日が何年の何月何日何曜日なのか判明した。ランドセルに入っていた教科書を確認しても
僕は今、約20年前の世界にいる。
僕はママに言われるがまま小学校に行った。混乱してたせいか、朝ご飯に何を食べたかも覚えていない。小学校までの通学路や教室の位置は辛うじて覚えていたけど、自分の席はどこだか判らなかった。とりあえず目に付いた子に聞いて教えて貰ったけど、多分変な奴だと思われただろうなぁ。誰だか覚えてないけど……。
その子だけじゃなくて、クラスの大半は顔と名前が一致しない。よく考えたら勉強ばかりやってて、友達らしい友達がいた記憶がない。誰かと放課後遊んだり、一緒に帰ったという思い出すら皆無だ。何だろう……自分の事なのに、ちょっと泣けてくる。
僕は複雑な心境を押し殺して、授業中はせっせとノートを書いた。と言っても、今更ひらがなや漢字、足し算や引き算をメモする必要なんてない。僕が書いているのは覚えてる限りの歴史だ。今後起こるであろう事を出来るだけ詳細に書き連ね、僕の身に起こった事を検証していく。
仮説ならすでにいくつか立てて見た。
一つ目は僕がまだ夢を見ているという説だ。明晰夢という事も十分考えられる。つまり自分の夢だと自覚している夢の中にいるって事さ。とりあえず試しに何度か頬や腕を抓ってみたんだけど……すっごく痛い。非常に残念だけど、これは夢じゃない可能性が高いと言える。
二つ目は僕に超能力や霊能力の才能があるって説だ。可能性は高くないけど、僕はとてもリアルな予知夢を体験したのかもしれない。二十年も続く夢なんてそうは見ないだろうけどね。でも可能性はゼロじゃない。
最後は精神のみが時空間を超越したっていう眉唾説だ。正気の仮説じゃないけど、完全に否定できるだけの根拠もない。だからと言って誰かに話せるものでもない。与太話としてバカにされるか、見識を疑われるだけだろうからね。最悪の場合……精神鑑定を受けさせられて、病院送りなんて目に遭うかも。
困った……困ったなぁ。
病院で働くのは本望だったけど、お世話になるって言うのなら話は別だ。親にも先生にも相談は出来ないか。
でも、考えようによっては千載一遇のチャンスかもしれない。もう一度やり直せるとしたら、また彼らと同じ舞台に立てるとしたら……この現実は、むしろ好都合じゃないか。今から準備を始めれば、僕はどこまで登れるんだろう?
以前の僕、あれはあれで一つの人生として完成している。凡人として、凡才のまま高みを目指した。僕は僕なりにやれる事を精一杯やったと思う。それでも届かなかった。あれじゃあ、足りなかったんだ。
でも今の僕なら……今から始めれば……届くかもしれない、あの高みに――。
まずは僕の記憶がどこまで正しいかをしっかりと検証しよう。その上で今後の方向性を決めるプランを練るんだ。スポーツ医科学を修めた僕の知識は、体を鍛える上でこれ以上ない強みになる。培ったアメフトIQと経験値だってそうだ。情報っていうのは強力な武器になるからね。
そうだなぁ、今度は体幹トレーニングを中心とした基礎体力強化で体そのものを作り変えよう。無論体幹トレーニングだけじゃ不十分なのも知っている。まずは怪我をしにくい柔軟な体を作って、本格的なアメフトのトレーニングはそこからだ。フフフ、なんだかワクワクしてきたなぁ。こんな気持ちは久しぶりだよ。
待っててね、セナ君! ヒル魔君! そして、高見さん!!
僕は必ずそこに戻って見せます、前以上の僕になって!
僕の名前は雪光学、今日から小学一年生だ。
凡才だって努力次第で天才に勝てるって事を、僕は証明して見せる!
そして成るんだ、頂点に。やるぞ、やってやる!
最高のレシーバーに、僕はなる!!
でも、大きな力には大きな代償が付いてくると、この時の僕は知る由もなかった。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
ご意見ご感想などありましたら宜しくお願いします。
2014.9.28
タイトルを変更しました。