時を超えた光学兵器   作:モモンガ隊長

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4話 成長と試練

 光陰矢のごとし。

 小さい頃の時間間隔は長いって言うけど、僕にとってはあっという間だった。これは精神的なものが大きく影響しているのかもしれない。僕は同級生の中では大人びていて、先生からは達観していると言われた。当たり前と言えば当たり前だけど、社会人だった僕が子供相手に胸をときめかせたらある意味問題だ。誓って言うけど、僕はロリコンじゃない。

 もし万が一そんな事になれば僕はコンクリートに頭を打ち付けてでも正気を取り戻そうとするだろう。姉崎さんを可愛いと思ったのも多分自分の娘が一番的な感情に近い思う。今の僕はもう色恋沙汰に対する関心は失せた。少なくとも肉体的に未成熟なうちは考えない事にした。せっかく得たチャンスをふいにしたくないからね。

 

 Orandum est, ut sit mens sana in corpore sano.

 

 健全なる精神は健全な身体に宿ると訳される格言だけど、これは古代ローマの風刺詩人・ユウェナリスが綴った詩の一節でもある。でも厳密に言うと、この翻訳は間違っているんだ。この詩は多くの欲はいずれ身の破滅に繋がるという戒めを詠ったものなんだよ。極論すると「青年よ大志を抱くな」って言ってるわけさ。これを聞くと僕はキッド君を思い出す。

 ただし、ここで言う大志は富や地位、名声や栄達といった利己的野心を意味している。ちなみにクラーク博士の言葉で有名な「少年よ大志を抱け」は、そう言った野心じゃなくて人間としてあるべき全ての事を達成せんとする大志を持てと言っているんだよ。

 

 人生をやり直すっていう大きな幸運を得た僕が、あれもこれもなんて欲張るべきじゃない。それでも僕にとってアメフトは夢だ。その為だったらどんな対価も厭わない。そう思っていたんだけど……流石に、あの代償だけは想定外だったな。

 

 

 少し脱線したから、話を戻そう。

 僕は自分に才能がない事を知っている。でも、僕は自分が何をすれば良いかを知っていた。セナ君や阿含君のような超一流選手は試合中まるで己と外界を遮断したかの如き集中力を発揮する。その状態に入った時の彼らは常軌を逸したプレーを見せる。

 僕にあれを真似る事は出来ない。努力うんぬんの問題じゃなくて、彼らは本能型の極みなんだ。本能型は感覚的に直感でプレーする。僕は知略型だからスタイルが全然違う。まぁ阿含君は知略を併せ持った本能型だけどね。

 

 そんなワケで、僕が目指すのは知略型の極み。これ以外に僕の目標到達点はない。その為に必要な事はもう始めている。

 

 培ったスポーツ医科学の知識と経験は、予想以上に早く僕の基礎体力と運動神経を向上させてくれた。最良の結果を想像して強く意識する事はトレーニング効率を倍増させる。僕は常に考えて、実現させたい理想をイメージした。

 そこでいいと思った人間はそこで終わる。諦めて思考を停止したら、そこで試合も成長も終わってしまう。限界を決めるのはいつだって自分自身なんだ。凡才の僕が自分に妥協したら天才には一生勝てない。だから僕は僕に誓った――絶対に諦めないと。

 

 努力が報われれば自信になる。努力が報われなくても経験になる。

 

 小五の秋になって僕は初めて短距離走で1番を取った。学年だけじゃなくて六年生も含めた全校生徒の中で一番のタイムを出したんだ。これは小四から始めた坂道トレーニングのおかげだと思う。短距離を爆走するにはもも裏やふくらはぎの筋肉を意識して使う事がとても重要で、僕は陸君の走りを意識してこのトレーニングを続けた。僕の下半身はまだまだ細身だけど、以前に比べてかなり逞しくなったと思う。あっ、別に卑猥な意味じゃないよ。

 人間の筋肉繊維には大きく分けて二つある。速筋と遅筋だ。前者は瞬発力に優れ、後者は持久力に優れている。速筋の割合が多い人ほど足は速くなりやすい。残念ながら筋肉繊維の数は遺伝によって決まっている。速筋の割合が多いのは黒人であり、逆に日本人は遅筋の割合が多い。抗い切れない身体能力の差は遺伝子レベルで決定していると言えるかもしれない。

 でも僕はそれを知っている。パンサー君のようになれるなんて微塵も思っていない。セナ君や陸君を目指すのだって分不相応だと思う。そして僕は彼らを知っている。

 

 彼を知り己を知れば百戦危うからず。

 自分が弱いと知る事は恥じゃない。逆に強いと満足してしまえば成長は止まる。上には上がいて、僕が目指す頂きはそのさらに上だ。それを肝に銘じていれば、僕は十分戦える。

 

 僕は小五で初めて学校の代表に選出されて、都の陸上大会に出場した。大会当日は両親と姉の家族総出で応援に駆け付けてくれた。この頃タッチフットの試合もやっていたけど、ママが見に来た事は一度もない。この時ばかりは自分がやってきた事を認めて貰えた気がして少し涙が出た。後で聞いた話だけど、ママは僕が試合で怪我する場面を見たくなくて来なかったらしい。

 家族の応援もあって僕はいつも以上の走りが出来た。表彰台には立てなかったけど、自己ベストを更新して8位入賞という好成績を残した。六年生がひしめく中で快挙と言える。両親は手放しで喜んでくれたけど、僕は満足出来なかった。

 足が速くなればなる程、背が伸びれば伸びる程、僕はもっともっとって貪欲になっていく。僕の基礎体力は小学生としては『上』の部類にまで向上している。同級生でも阿含君や一休君は『特上』だ。阿含君がその気になれば、様々な競技の記録を塗り替えるだろう。今のところ彼にその気はないみたいだけど。

 

 でも、だからこそ僕はこんな所で満足してはいられない。

 これからは持久力が伸びて来る時期だ。体幹トレーニングと併用して特別なメニューを組む必要がある。勝つという意欲も大事だけど、それ以上に重要なのは勝つ為に準備を整えるって意欲だ。

 

『0.1秒縮めんのに1年かかったぜ……ッ!!』

 

 僕はヒル魔君を尊敬している。彼は知略型を極めた一人だ。彼のようになりたい。彼の横に立って共に戦いたい。そして……彼に勝ちたい。

 以前の僕は八年のアメフト人生の中でそれを為し得なかった。でも今度は負けない。模倣は憧れの表れでもあるけれど、上達への王道でもある。中途半端にやれば只の猿真似で終わるだろう。でも、とことんやればそれは誰にもマネ出来ないものに変わると信じている。

 

 その準備の第二段階として、僕はタッチフットを始めた。僕の学校や区内にはタッチフットのチームがなくて、見つけるのに苦労した。図書館のパソコンで検索して見たけど、ホームページを開設しているチームは少ない。せっかく見つけても遠方が多くて子供一人じゃ通えない。僕は大丈夫なんだけど、両親の許可が下りないと思う。結局学校の体育教師に隣町のチームを紹介して貰った。

 でもそのチームは地元意識が強くて、よそ者の僕を歓迎してはくれなかった。そのくせチームの成績は最悪で、これまで15戦やって1勝もしてないそうだ。

 僕は練習でも除け者にされた。アメフトをやる為に何年も鍛えてきた僕は、並の小学生じゃ相手にならない。特にこのチームにはエースと呼べる存在がおらず、監督にすれば僕の参入は頼もしく、選手達にすれば面白くなかったんだと思う。

 

 だから僕は、ある決断をした。

 

「試合には出ないじゃと?」

 

 監督は目を見開いて驚いている。即戦力として期待していたのだから当たり前か。

 

「はい」

「どうしてかな? 解るように理由を説明しなさい」

 

 監督は普段温厚なお爺さんだけど、この時の目は鋭かったなぁ。嘘は見破られるとなぜか思えた。

 

「僕はスカウティングがやりたいんです。敵チームの陣形や戦術、選手の特徴、シチュエーション毎のプレーを分析して、対策を講じる事でチームの勝利に貢献したいと思っています」

 

 だから僕は半分だけ本当の事を言った。老監督は少し困った顔をして、それからニコリと笑った。

 

「ほっほっほ、好きにやりなさい。ただし、チームの皆が君の出場を望んだら……その時は、応えてやってくれんかね」

「……判りました」

「うむ。頼んだよ、ほっほっほ」

 

 こうして僕のスカウティングとしての戦いがスタートした。監督に言った言葉に嘘はない。僕が目指すプレースタイルに分析能力と観察力は不可欠だ。ビデオではもう何百何千回とプロの試合を見て来たが、アマでも直に見る試合から得るものは大きい。特にエース不在のこのチームを勝たせるには、相当な戦略(タクティクス)が必要となる。試合に出ないと言うのは苦渋の決断だったけれども、僕は悔しさよりワクワクする楽しさを感じていた。

 一方の選手達は僕が試合に出ないと分かるや、ホッと胸をなで下ろしている。多分レギュラーを奪われずに済んだと思っているのかな。子供なんだから保身よりももっと向上心を持って欲しいけど……。

 

 

 僕が加入して一ヵ月、チームは相変わらず連敗記録を更新していた。これまでの試合を見て判った事がある。このチームの選手は悪い意味で負ける事に慣れていて、勝利に対する意欲や執念が感じられない。負けても平気で笑っているくせに、レギュラーの座だけは死守したいなんてとんだお笑い草だ。

 これじゃあ勝てる試合も勝てないよ。僕が出場すれば勝てる確率は上がる。でも、それじゃあ意味がない。チーム全体で勝ちたいって意志がなきゃ、格上相手に奇跡は起こせない。監督は置物のように座って、たまに笑っている。まるで好々爺だ。チームの現状を理解しているはずなのに、何も言わない。

 相手の不意をつく作戦が成功するのは一度までだ。あとは勝負どころで勝負しなきゃ、せっかくの仕込みや作戦も意味がない。

 

 僕は入るチームを間違えたのかな!?

 

 




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