時を超えた光学兵器   作:モモンガ隊長

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5話 挫折という過程

 泥門高校に入学するまでは、ココには来ないつもりだった。

 高校生になるまではあの人に会わないつもりだったのに……僕の心は大きく揺れる。

 

 ココは大学卒業後を見据えた中高大の連携した一貫教育を行っている学園都市・王城。

 僕は今、その街に来ている。目的は大学時代にお世話になった高見さんに会うためだ。もちろん高見さんは僕を覚えていない……と言うより、名前すら知らないだろうけどね。

 

 今の僕は負の連鎖、最低の悪循環に陥っている。

 原因は解ってる。チームが勝てないせいだ。小五になってから始めたタッチフット、だけど僕は試合には出ていない。試合中は敵チームを分析し、的確な作戦を提案するのが僕の役目だ。僕はこのスカウティングを買って出た。

 自惚れるワケじゃないけど、観察力と分析能力にはそれなりの自信があったんだ。その力をもっと磨いていくつもりだった。でも……僕がチームに入って三ヶ月、未だ1勝も出来ていない。能力的にも頭一つ抜け出している僕は、練習でも孤立してチームメイトとの溝は深まるばかり。

 彼らは勝利の喜びを知らない。一度でもその味を知れば、きっと虜になるはずなんだ。何とか勝たせてあげたいと思って色々戦術を練ったけど、僕の言葉は彼らの心に響かない。

 

 何が違う!?

 僕とヒル魔君で何が違うんだ!?

 

 ヒル魔君の言葉は胸の奥深くにまで浸透した。絶望的な状況にあっても魂が奮え、体が熱くなって心が勝利を渇望する。彼の言葉には、そんな魔法のような力があった。

 

 僕は塾には通っていないけど、この前一度だけ塾に行った。学校で一番の成績を取っている内は塾に行かなくても良い約束だったけど、ママがどうしても全国模試だけは受けておきなさいって。

 普通のテストと違って全国模試の難易度はかなり高くて、以前の僕はプレッシャーに負けてあまり良い点数を取った記憶がない。でも今の僕は以前とは違う。医大を卒業した学力をベースに、小中高の内容も毎日復習している。算数のケアレスミスで満点は取り損ねたけど、それでも500点満点中498点ならトップだと思ってた。郵送されてくる成績表を見るまでは……。

 

 結果は全国3位。

 

「偉いわ、学ちゃん! 今夜はお祝いよ!」

 

 ママは喜んでくれたけど、僕の心は複雑だった。僕より上が二人もいる。今回の試験は例年よりも難しく、各教科の平均点はどれも前回を下回っていた。現に4位の子は僕より20点も低い。そんな中で今回満点を取った子が二人もいるなんて……。

 

 ショックだった。

 確かに最近はチームを勝たせたい一心で勉強が疎かになっていたのは事実だ。作戦を練るのに時間を割いたけど、それは言い訳に過ぎない。それより何よりショックなのは……1位の二人が、阿含君とヒル魔君じゃないかと思えた事だ。

 

 唯一得意だった勉強で……さらに高めた学力なのに……僕は、小学生の彼らにも勝てないのか……。

 

 付属資料の解答解説を見た。僕の間違えた問題にはケアレスミスしやすいと書いてある。計算自体は苦手じゃないけど、高校時代に五教科の成績で数学だけが4だった。解ってたはずなのに……結局、僕は何も変わってない。

 

 僕とヒル魔君の違い……多過ぎて挙げ切れないよ。

 戦術面で僕にあって彼にないものなんてないんじゃないかな。逆に僕はないものだらけさ。

 解ってる。判ってたのに…………どうして涙が出るんだろう?

 

 いつの間にか溢れた涙で解説資料が濡れていた。言い表しようのない悔しさが胸を締め付ける。僕はママに聞こえないように、声を殺して泣いた。

 

 

 そして週末となり、僕は今ココにいる。

 情けない話だけど、一目高見さんの顔を見たくなったんだ。慰めて貰おう、何か助言を貰おうとか、そう言うのじゃない。うまく言えないけど……ただ会いたい、それだけだよ。あっ、言っておくけど僕にそっちのけはないから誤解しないでね。

 

 本当はもっと前からココに来たかった。高見さんが小学生からタッチフット一筋なのは知ってたし、一人で個人練習をやってた河川敷の高架下があるって話も聞いていた。でも来る事には少なからず躊躇いがあった。

 理由は高見さんの足だ。僕は高見さんが交通事故で怪我すると知ってた。高見さんは僕の恩人で、先輩だけど親友で、大切な相棒だ。僕は神様じゃないけれど、高見さんだけは救いたかった。でも事故がいつ起きるか、どうやって防ぐか見当もつかない。予知とか言っても信じて貰えないだろうし、頭のおかしい奴って思われても困る。

 必死にあれこれ考えたけど、考えてる間に事故が起きてしまえば意味が無い。考える時間が無駄だと思って僕はすぐに匿名で電話した。信じて貰えなくても注意は促せる。でも、本当に考えてる時間は無駄だった。だって、事故はもっと早く僕が戻る以前に起こっていたんだもん。それでも僕はココを避けるようになった。何も出来なかったという負い目があったのかもしれない。

 

 僕は無力だ。

 一人の恩人すら救えない。

 小学生にも勝てず、チームに何の貢献も出来ない。

 

 部屋に篭っていると頭がどうにかなりそうだった。

 土曜の夕刻は人通りも多い。僕は件の河川敷を道行く人に尋ねた。教えて貰った通りに川沿いを歩くと――。

 

「……あっ」

 

 自然と声が漏れた。

 

 手書きであろうコンクリートの的に目掛けてボールを投げる、小学生の高見さんがそこに居た。一心不乱に投げ続けているが、ボールは的を外す事の方が多い。足を気にする仕草が目に入ると、僕の目からまた涙が零れた。どうも最近は涙腺がバカになってるみたいだ。

 

 どれだけそうしていただろう。高見さんが僕の視線に気付き話かけてきた。

 

「あの……もしかして、アナタも投げてみたいんですか?」

 

 そんな顔をしていたのかもしれない。まだ小学生だから聞き慣れた声より少し高いけど、懐かしいなぁ。でも、どうして敬語?

 

「えっ、あっ、はい。は、はじめまして。あの、ぼ、ぼぼ僕の名前は雪光学、しょしょ小学五年生です」

 

 うわっ、緊張して口がうまく回らないよ。精神は大人なのに……恥ずかしい。

 

「えっ!? 五年生!? てっきり中学生かと……すまない。僕は高見伊知郎、六年生だよ」

 

 確かに僕は以前より背が伸びるのが早くて、小五ですでに162cmある。成長期のこれからもっと伸びるだろう。でも――。

 

「そう言う高見さんこそ170あるんじゃないですか?」

「ははは、まだ167cmだよ。雪光君の場合、身長だけじゃなくて雰囲気がどこか大人っぽくてね」

 

 そう言って高見さんは笑いながらボールを差し出てくる。 

 

 しまったな。顔が見れたら満足だったのに、勢いで「はい」って言っちゃったんだっけ。

 笑顔の高見さんに断りを入れるのも忍びないし……。

 

「よ、良かったら一緒にパス練習しませんか? 僕レシーバー志望なんです」

 

 高見さんは少し驚いた顔をして、その後自分はクォーターバックだから丁度良いって笑顔を返してくれる。まだ試合経験はないって正直に伝えたら、簡単な基礎からスタートした。この頃から高見さんは後輩想いで面倒見が良いのか。

 高見さんのパスを受けていると、大学時代を思い出す。僕のせいで負けた試合も少なくない。あのパスが通っていれば……。

 

「じゃあ少し離れて本格的にやろうか。捕れなくても無理しなくていいからね」

 

 やっぱり高見さんは優しい。でも……。

 

「あっ、ごめん。ちょっと高過ぎ――えっ!?」

 

 予定より高い軌道のパスを投げてしまい謝る高見さん。

 

 謝らなくていいです。謝るのはむしろ僕の方だ。

 さっき高見さんが言った事、僕は聞けません。

 

 僕はボールに向かって全力で駆ける。そして思い切り地面を蹴った。

 

 高見さんのパスは全部捕ります。

 捕って見せます。

 

 渾身のジャンプで飛び上がった僕は懸命に両手を伸ばす。

 

 届け……届け……届け。

 見てて下さい、高見さん。

 これがまだ日本一低いけど、初めての『超高層パス』です。

 

 少し回転にブレのあったボールを、これまで鍛えてきたホールド力で強引に掴む。そして、掴んだら絶対に放さない。すぐさま脇の下へと抱え込んで着地した。

 

 ……や、やった!

 やりましたよ、高見さん!

 

 高見さんは僕の一連の動きを見て放心している。我に返った後は大慌てで僕を褒めてくれた。質問攻めにもあった。本当に始めたばかりなのかとか、どんな練習をやってるのかとか、色々聞かれたけど、正直あまり覚えていない。ハッキリと覚えているのは、最後のやりとりだけだ。

 

「雪光君はどうしてタッチフットを始めたの?」

「えっ、どうしてって……それは……その……た、高見さんこそどうして続けてるの?」

 

 質問に質問で返すのは卑怯だと思ったけど、高見さんは気にしなかった。

 

「僕はタッチフットが大好きなんだ。だから足が遅くても、下手くそでもやめないよ。もっともっと練習して上手くなって、僕が投げてチームを勝たせるんだ!」

「高見さんはすごいね。チームの為にそこまで……」

「チームの為じゃないよ」

「えっ?」

「僕の為だよ。チームの為になんて思っても、僕はたぶん頑張れない。でも、僕の為なら僕は誰よりも頑張れる。そしたらさ、それがチームの為にもなるって思わないかい?」

 

 雷に打たれたような気がした。微笑む高見さんが輝いて見える。

 

 敵わないなぁ……この人には。

 

 ふと気付けば時計の針は夜6時を回っていた。

 

「それにしても凄かったね。あんなキャッチ初めて見たよ。雪光君はどこチームに所属してるの? 中学はもう決めたかい? 僕は王城大付属中に行くつもりだけど、君となら「アアアっ!?」……へっ?」

「ま、不味い……うわぁ、どうしよう!?」

「ど、どうしたんだい……?」

「高見さん、済みません! 僕もう帰らないと! じゃあ、また!」

「えっ、ああ。またね」

 

 僕は急ぎ帰路に付く。

 

 ヤバい、絶対怒ってるぞ……ママ。

 高見さん最後に何か言ってたけど、聞きそびれちゃったよ。だけど、おかげで僕の迷いも晴れた。

 

 勝たせてあげたい?

 チームのため?

 勝利の喜びを?

 ハっ……何様のつもりだよ、僕は!?

 

 ちょっと運動が出来るようになったからって調子に乗って……くそっ、チームが勝てなかったのは僕にも一因がある。

 本気にはなってたつもりだったけど、本当の意味で僕はまだそうじゃなかった。チームの一員でもなかったんだ。僕に他人を非難する権利なんてないじゃないか。

 

 ヒル魔君の言葉が胸に響いたのは、彼が本当に勝ちたがっていたからだ。他の誰の為でもない、いつも自分の為に本気だった。その為の準備を、やれる事を全部やっていた。そんな彼だから、僕は尊敬していたんじゃなかったのか。

 

 勉強は出来ても、僕は馬鹿だなぁ……。

 高見さん、貴方はやっぱり僕の恩人です。ありがとうございました。

 

 軋轢を恐れていては何も出来ない。衝突を避けていては人は動かせないんだ。僕は僕の非を認めて、明日チームの皆に頭を下げよう。そして、その上で皆にぶつかろう。

 

 今度こそ嘘じゃない。

 僕は本気だ。僕は僕の為にチームを勝利に導いて見せる!

 

 

 そうして僕は意気揚々と帰宅し、こってりとママに叱られた事は言うまでもない。

 

 

 




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