時を超えた光学兵器   作:モモンガ隊長

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8話 新天地と高き壁

 アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ。

 太平洋岸にある海に囲まれた大都市で、年間を通して過ごし易い気候をしている。霧と坂の街としても有名で、アメリカ有数の観光名所でもある。

 

 そのサンフランシスコに僕はいる。もちろん観光が目的じゃない。

 この街にはAMGアカデミーというスポーツ選手育成機関があって、僕は今そこに通ってる。つまりスポーツ留学生って事になるのかな。だから中学卒業資格もこっちで取る予定だ。

 アメフトをやる環境として本場アメリカ以上の場所なんて考えられない。どんな厳しい練習にも耐えて見せると意気込んで来たけれど、ここでの練習は想像の遥か斜め上を行った。僕はこの三ヶ月、正規の練習でボールをまともに触っていない。試合形式の練習ではいつもスコアブックをつけさせられた。パスやタックルの練習になると、決まって僕は校外を走らされる。どれだけ速く走り終えても、練習には参加させて貰えずマラソンの周回数が増えるだけだった。キャッチの練習をやらせて欲しいとコーチに直談判した事もあるけど「余計な事はするな」って一蹴されたよ。僕はコーチに嫌われてるのかもしれない。コーチだけじゃない、たぶん皆に嫌われてると思う。

 

 

 少し愚痴っぽくなるけど、順を追って最初から話そうか。

 

 小学校を卒業して泥門三中に進学したまでは当初の計画通りだったけど、ここで計画に大きな狂いが生じたんだ。タッチフットのチームで監督をやってたお爺さんを覚えてるかな。本名は八咫重蔵(やたじゅうぞう)って言うんだけどね。この人が実は大手スポーツメーカー『八咫烏』の名誉会長さんで、AMGアカデミーの理事でもあったんだ。

 てっきり好々爺だとばかり思ってたら、とんだ昼行燈だったよ。いきなり訪ねて来たかと思えば、僕をAMGアカデミーの推薦枠にゴリ押ししたって言い出す始末。両親は困った顔をしてたけどね、僕にとっては渡りに船だった。元々は社会人チームに入れて貰おうと思ってたし、より高いレベルを経験出来るに越した事はない。

 全国中学統一模試で文句なしの1番を取って学力を証明したけど、ママは納得しなかった。結局はお父さんの援護もあって渋々折れてくれたけどね。

 一学期の間は帰宅部をして英会話教室に通った。夏休み前に転校手続きを済ましてクラスメイトにさよならを言ったけど、寂しさはなかったよ。だって、入学時から「ハゲ」「ハゲ」言われ続けたからね。

 

 ビザ申請の関係で渡航したのは八月末。海外の年度始めは九月からだからギリギリセーフだと思ったんだけど、どうやらそうじゃなかったらしい……。事前の試験やら説明会やら何やらあったらしいけど、推薦枠って事でゴリ押ししちゃったから印象の悪いスタートだよ。

 ちなみにアメリカのミドルスクールやハイスクールの部活動には人数制限がある。アメフトだとだいたい50人くらいが定員かな。学校によって倍の定員にして二軍もあるらしいけど、それでも入部試験(トライアウト)は必ずあるんだ。

 でもAMGアカデミーの場合は少し違う。ここでの合格基準は二つ存在する。一つは運動能力の優劣、そしてもう一つは経済力の有無だ。普通の学校と違ってここは定員枠をお金でも買える。

 

 皮肉にも推薦枠はその後者の最たる例と言っても過言じゃない。

 印象が悪いどころの騒ぎではなく、最悪だよ。皆が僕を侮蔑したような目で見てた気がする。

 

 トライアウト自体は僕も受けたよ。40ヤード走5秒03、ベンチプレス55kgという結果だった。自己ベスト更新とはいかなかったけど、悪くない数字だと思う。でもね――

 

「すげェ、ベンチプレス115kgだぜ」

「こっちは40ヤード4秒65だってよ」

「おいおい、アイツもやるぜ」

 

 目や耳を疑うような数値が次々と記録される。僕と同い年のはずなのに、大して身長も変わらないのに、彼らがとても大きく見えた。

 

 そして、コーチに初めて会ったのもこの時だ。

 無精髭を生やしサングラスをかけたいかにも怪しいこの男がコーチだなんて未だに信じられない。コーチの名前はロベルト、ファミリネームは教えてくれなかった。足が悪いみたいで杖を突いているけど、時々それを凶器にもする。

 コーチが初めて僕にかけた言葉は

 

「そこのジャパニーズ、来るグラウンドを間違えてるぞ。ベースボールは二つ隣だ」

 

 だった。僕は嘲笑の的となり、恥ずかしさと悔しさで震えた。これくらいに耐えれないでどうする?

 

「間違えていません。僕の名前は雪光学、アメフトをやる為に来ました!」

「なんだ、お前が雪光か。推薦枠と聞いていたからどんな奴かと思ったが……頭でっかちのモヤシじゃ、期待外れもいいとこだな」

「なっ!?」

 

 顔がすごく熱い。体も熱い。鏡を見なくても判るくらい、僕は赤くなってると思う。

 

 この人は本当にコーチなんだろうか?

 皆の前でわざわざ口にしなくてもいいだろう?

 

 サングラスのせいでコーチの目は見えないけど、絶対目の奥は笑ってるに違いない。僕を馬鹿にして楽しんでるんだ。ここの理事長たっての要請で今年赴任してきた人格者らしいけど、正直者っていうレベルを超えてるよ。悪意しか感じないんだけど……。

 

 僕の腸が煮えくり返ってる間に、コーチが一人ずつ名前を呼んでユニフォームを渡していた。

 

「デビッド・エルスマン。124番だ、頑張れよ」

「よっしゃ! 2軍スタートだぜ!」

「次――」

 

 ユニフォームには背番号が入っている。ここではその番号が大きな意味を持つ。

 

「次、トニー・シジマール。ほら58番だ、期待しているぞ」

「うおぉぉぉ、頑張りマッスル!」

「アイツ、ベンチプレスで115kg上げてたぜ」

「マジかよ!? 年齢詐称してんじゃね!?」

「くそったれ、俺だって」

 

 あちこちで感嘆の声が上がる。

 背番号二桁以下は1軍の証。二桁と三桁では大きな格差がある。公式戦に出れるのは1軍メンバーだけだし、個室や個人ロッカーが与えられるのも一部の例外を除いて1軍だけ。確か帝黒学園が同じ制度だったと思う。

 

 皆が呼ばれ終わって漸く僕の番が来た。

 

「学・雪光。ほらよ、お前のユニフォームだ」

「ありがとうござ……えっ、これは!?」

 

 いきなり1軍になれるなんて思っていない。日本の小学校じゃ抜け出ていても、ここじゃやっぱり凡人の域だったから。

 でも、だからって……

 

「おいおい、アイツ背番号が書いてないぜ」

「本当だ。そういや何人か見たぞ」

「言い忘れたがな、背番号のない奴は仮入部扱いだ。練習の邪魔だけはするなよ。辞めたくなったら、いつ辞めてくれても構わんぞ。帰りの航空券くらいは用意してやるからな」

 

 僕に向かって言ってる事は明らかだった。生憎だけど、辞める気なんてない。石にかじりついてでも残ってやるんだ。

 

 来る日も来る日も僕はアカデミーの外周ばかり走らされた。広大な敷地面積を誇るAMGアカデミーの外周は約5kmに及ぶ。デス・マーチで走破した2000kmはとっくに超えた。

 練習がしたい。キャッチがしたかった。でも僕にボールを投げてくれる人はいない。僕が嫌われてる最大の理由は、背番号もないのに個室に住んでる事だと思う。

 さっき言った例外ってのが僕だ。推薦枠には専用の個室が付いてるなんて全然知らなかったよ。どうして八咫監督は何も言ってくれなかったんだろう?

 

 いや……それより、どうして僕なんかを推薦したんだろう?

 

 アメフト漬けの生活を送れると思っていた僕の理想は音を立てて崩れていく。最高の環境という思いが一転し、僕にとって最低の環境に変わりつつあった。

 

 これだけ走り込んでいるにも関わらず、僕は未だ40ヤード走で5秒の壁を超えられない。小学生の間は順調に更新してきたのに、中学生になってからは0.01秒も縮まっていない。あとたった0.01秒で5秒の壁を壊せると言うのに、僕にはそれが出来なかった。

 

 息苦しい……真綿で首を絞められているような、そんな感覚に陥る。それに、最近はよく眠れない。

 どうせ眠れないなら……と、夜中に走る事が増えた。サンフランシスコの治安はアメリカ国内じゃ良い方だけど、それでも日本ほどじゃない。そうなると結局またアカデミー外周を走る事になる。

 

 もう何時間走っただろうか。空が白んできた。

 集中し過ぎると時間を忘れてオーバーワークしてしまう……僕の悪い癖。ずっと注意してきたはずなのに、久しぶりに出ちゃったなぁ。

 

 軽めのジョギングに切り替えると、突如後ろから声をかけられた。

 

「グッモーニン、Mr.サムライ。今日も早起きマッスルだな、ワハハハハ!」

「……トニー君、おはよう」

 

 豪快に笑う彼はトライアウトでいきなり1軍入りを果たしたトニー・シジマール君。1軍……と言うより、背番号持ちの中で唯一人僕に話しかけてくれる。Mr.サムライは僕のあだ名だけど、剣術が得意って意味じゃない。泣き言を言わずストイックに走り続ける僕を揶揄して、皆が陰でそう呼んでるんだってさ。

 ちなみにトニー君はよく解ってないみたい。悪意なくカッコイイからって呼んでくれるから反応に困っちゃうよね。あと彼は絶対パワフル語が使えるはずだよ。

 トニー君は黒人だけどスプリンターじゃなくて、筋骨隆々のラインマンなんだ。僕より15cm背が高くて、僕より30kg以上重い。ホントに同い年なのかな……?

 

「それより珍しいね。トニー君が筋トレじゃなくて走ってるなんて」

 

 トニー君も練習の虫だ。僕とは気が合う。頭まで同じフォルムをしている。

 日本じゃ散々バカにされたこの頭も、アメリカじゃ珍しくもない。スキンヘッドなんて街中を少し歩けば一人や二人必ずすれ違う。

 

「倒したい奴が出来た……でも、腕力だけじゃ絶対に勝てないって言われた」

「誰に言われたの?」

「ロベルトコーチだ。勝ちたければ、まずは走れって言われた」

 

 朝から気が重くなる名前を聞いてしまった……いやいや、顔に出しちゃダメだ。

 

「ゴホン……それで、誰を倒したいの?」

「今年AMGを破って全中も制した最強の男、ドナルド・オバーマンだ」

「ゲホッ、ゲホッ……あ、あのMr.ドンを?」

「Mr.ドンって誰だ?」

 

 トニー君が首を傾げている。そっか、まだMr.ドンってあだ名は定着してないのか。

 

「あっ、ごめん。あのオバーマン上院議員のご子息だよね?」

「それは知らん! ドナルド・オバーマンだ!」

「あ……うん、そ、そうだね。そのドナルド・オバーマンだね」

「おう。俺は奴と戦いたい。前の試合はずっとベンチだったからな」

 

 いきなり1軍入りしたとは言え、トニー君はまだそれほど試合に出ていない。二個上の先輩方は実力が違うし、一個上の先輩だって僕らより断然上手い。そんな中でトニー君はよくやってると思う。

 

 問題は僕の方だよ。

 僕を目の敵みたいにして、いつもいつも只「走れ」だもん。スタミナが大事なのは僕だって解るよ。泥門デビルバッツで一番体力のなかった僕がそれをどれほど痛感した事か。

 でも僕には僕のプランだってある。せっかくアメリカまで来て手ぶらで帰る気はないよ。僕はここでキャッチの技術を磨くって決めてたのに……くそっ。

 

 そんなに走れって言うのなら走ってやる。

 朝も、昼も、夜も、夜中だって……僕ならやれる。努力じゃ絶対に負けない。僕は才能になんて負けない。

 負けてやるもんか!

 

 

・・

・・・

 

 

 二週間後、僕は病院のベッドで寝ていた。

 

 今より上手くなりたい。今より強くなりたい。

 ただそれだけを願って来たアメリカなのに……体調管理もままならないなんて、情けない。

 点滴を打って一晩ゆっくり休めば、明日には退院できると言われた。でも、僕の心は晴れない。ずっと霧がかかったままなんだ。

 

 コツコツという音が近付いて来る。誰だかすぐ判る。僕が一番会いたくない人だ。

 

「邪魔するぞ」

 

 ノックと共にロベルトコーチが病室に入って来た。

 陣中見舞い……のはずがないよね。花も果物も何も持っていない。持ってるのは一通の封筒だけだ。

 

「……何のご用でしょうか?」

 

 コーチに対して随分横柄な態度だと思う。でも、自分を抑えられない程昂ぶっている。

 

「言ったはずだぞ。余計な事はするな、と」

「……余計な事って何ですか? 僕は言われた通り走っただけですよ」

 

 売り言葉に買い言葉だ。子供染みている事なんて百も承知で僕は言い返した。言い返さずにはいられない。こっちは四ヶ月近く我慢してきたんだ。

 

「俺が言った通りだと? 誰が夜中まで走れと言った?」

「……それは」

「お前は重蔵氏の思いを少しも理解していない」

 

 重蔵氏?

 八咫重蔵翁の事か。どうして理事を知っているんだろう?

 いや、理事なんだし知っていて当然か。それより思いって……何を言ってるんだ?

 

 サングラス越しでもコーチが真っ直ぐ僕を見ている事が判る。

 

「お前は何の為にアメフトをやっている?」

「えっ?」

 

 突然そんな事を聞かれるなんて思っていなかった。

 何の為? そんなの決まってる!

 

 僕はこれまで溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのように、ありったけの思いをコーチにぶつけた。

 僕がアメフトを始めたキッカケ、仲間と同じフィールドに立つ夢、果たせなかった約束を果たす為、何よりもアメフトが好きだという気持ちをさらけ出した。

 

「そうか。そういう思いでやっていたのか」

 

 コーチは最後まで黙って聞いてくれたし、話し終えた後頷いてもくれた。僕の一生懸命な思いが漸く伝わったのかもしれない。

 

「判って……頂けましたか?」

「ああ。よく判った」

「じゃ、じゃあ?」

 

 やっとパスの練習が出来る!

 キャッチの技術を教えて貰えるんだ!

 

「舐めるのもいい加減にしろよ、糞ガキ。約束通り航空券(チケット)は用意してやった。荷物まとめて明日日本へ帰れ」

「……えっ!?」

 

 ベッドに投げ出された一通の封筒。そこには『サンフランシスコ国際空港発、成田空港行』と書いてあった。

 

 

 

 




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