酔い潰れるほど深く呪って!   作:『?』

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に:特級呪霊に蹴っ飛ばされた件

 助太刀いたします、と。そのような口上を述べた私に対し、呪術師の三人が向けた感情は、当然ながら安心や信頼のようなものではなかった。

 張り詰めた緊張の中には、むしろ、どこか訝しげな警戒が含まれている。

 領域を上書きされた陀艮は、術式の行使を含むあらゆる敵対行動を忘れたように、私を注視して「お前は何だ」と問うた。それはおそらく、混乱から飛び出た無意識の言葉だろう。

 

 各々、現状の認識のために、僅かの間だが戦闘が停止したのだ。

 

 まぁ…原因というかなんというか。そのような状況になる理由など、分かりきっているのだ。

 不測の事態、得体の知れない乱入者…ここで無闇に動き出すのは、こと呪術廻戦の世界においては悪手である。

 乱入者と言えば伏黒パパの件が思い出されるが、そもそも彼は直毘人さんと顔見知りだった訳だし、あの状況では陀艮にも動きを止めてまで思考を回している余裕はなかったろう。きっと、いろいろなことが重なった結果として、有耶無耶になってしまっただけなのだと思う。

 

 正体不明の術師が領域展開などしながら割り込んできたら、誰だって警戒するのだ。…しかもそれが、特級呪霊の領域を上書きするような手合いともなれば、こういうことにもなる。

 ただ、こんな形で注目を集めることになるとは考えていなかったものだから、合計8つの鋭利な視線が非常に気まずい。

 

「何だと言われましても…私は」

 

 言い訳の言葉を漏らす最中、私の横を白い残像が擦り抜けてゆく。

 後を追うように吹き抜けた突風は、それがどれほどの速度かを物語るようだ。そうして発射された影は、強烈な衝突音を響かせて陀艮を吹っ飛ばした。

 

「何者か知らんが、敵ではないようだな!娘!!」

 

 禪院直毘人…

 どうやら先程の突撃は、飛び蹴りであったらしい。インパクトの瞬間、微かに停止した直毘人さんの姿勢が、そんな様子であったように見えた。

 もっとも、またすぐに掻き消えてしまったため、それも推測が多く含まれるものだが…いずれにせよ、この中では最高戦力であろう彼が、こうして動いてくれたのは僥倖である。

 作中の描写から知ってはいたが、やはり彼はとても柔軟でロックな呪術師だ。かっこいいぜ。

 そしてこの戦況、察するに私がすべきは、領域の効果を活用した補助…いや、それはちょっと面倒だな。まぁ、いいとこ情報の共有あたりであろう。

 

「皆様。私の領域内で発生する必中効果は『酩酊感と郷愁の付与、及び目的意識の希薄化』です。効果は私自身を含め、無差別に発動します」

 

「術式のかぃ…!」

 

 反応した陀艮が、直毘人さんに蹴られて怯む。

 なんとか踏み留まった彼は、しかし不自然にぐらついて、地に膝をついた。そこを追撃されて滅多打ちにされる様子は、呪霊とはいえ幾らか可哀想に見えるものである。

 ここにすかさず飛び出した七海さん…そして真希さん。各々が自らの武器を高く振り上げ、陀艮を殴り始めた。

 陀艮は先ほどと比べ、明らかに動きが鈍っており、一見すると為すすべが無いようにすら思えるほどだ。

 

「このように、酔いを知らない呪霊にはよく効くでしょう。…生憎、私は戦いとかあまり得意ではないので、直接の討伐は皆様に任せます」

 

 適当に補足を入れながら、床に座り込んで、両足を伸ばした。

 正直、接敵する前からだいぶ疲れていたのだ。この戦闘でした事といえば、領域展開でちょっかいを掛けた程度のものだが、ここに至るまでの疲労が半端ではない。

 それにこれまでの戦闘において、不意打ちの一発で仕留めきれなかったことは一度もなかったのだ。要するに私は、真っ当に呪霊の討伐を行ったことが一度もないのである。

 緊張感というものだろうか。

 プロの呪術師たちが全身から放つ、その独特の雰囲気によって、無駄に身体が強張ってしまう。こういうヒリついた雰囲気は、あまり得意ではなかった。

 生死の間際に立って戦うとは、そういうものなのだろうか。

 

「ぐ、鬱陶しいっ…!」

 

 物思いに耽りながらぼうっとしていると、不意に陀艮の苛立ち混じりの咆哮が響き渡った。直後、爆発するような大音量が耳を突き抜ける。

 それによって袋叩きの現場を確認してみれば、そこにはあったのは大きなクレーター。そして、それを中心に後ろに吹っ飛ばされる三人の姿である。

 

「なにが起こったのですか?」

 

「そちらです!!」

 

 問いかけるや否や、こちらに顔を向けた七海さんが怒声を発する。

 焦って彼の視線の先を辿り⋯振り向いて後方を確認すれば、視界いっぱいに広がっていたのは、水掻きのついた丈夫そうな足の甲だった。

 途轍もない速度で迫り来るそれに対し、私は普段の何十倍とも感じられるほどの思考速度で現状の理解を行う。

 

『あっ、これ蹴られるやつだ…』

 

 この時間の進みが異常なほどに遅い感覚は、目の前に横たわった死に対する、脳の防衛反応なのだろう。走馬灯めいた感覚は前世、今際の際で体験したことがある。

 

 さて、では⋯一体どうしたものだろうか?

 避け…いや、間に合わないだろうな。受けるしかなっ…

 

 堂々巡りの思考を打ち切るように、ゴッという独特の重い音が反響して、しかし音は途中で途切れた。

 

 

 

 

 

 身体が打ち付けられた衝撃で意識を取り戻す。

 そこでまず認識したのは、顔面が爆発しているかのような激しい熱だった。慌てて状況を掴もうとするも、何も見えず、何も聞こえない…話そうとしても、顔が動かない。

 朦朧とする世界の中で、激しい苦痛が脊椎を矢のように貫いてゆく。

 

 その痛みに悶えることすら許さないと言わんばかりに、矢継ぎ早に襲い掛かる衝撃と苦痛が、さらに一発、二発。

 

 目覚めてからは、相応の呪力を守りに回しているが、それにしたって痛い。この感覚…きっと私の身体は、水切りの石めいて地面とぶつかりながら、激しく吹っ飛んでいる最中なのだろう。

 そうか、私は生きているのか。

 顔が潰れたかな?…しかし、ちゃんと防御を意識した甲斐があって、思考を回せる。突然のことだったので対応しきれなかった部分はあるが、どうやら頭蓋の内側については守ることができたらしい。

 呪力も感じるので、首も身体とくっついている。

 

 意識を保つためだけに思考を回す。

 痛みと衝撃に揉まれて集中できず、反転術式を回せない。それでも気絶するのはまずい。そのまま死んでしまうだろう。

 そうしていると、不意に誰かに受け止められた。衝撃を抑えようという意思を感じる柔らかい感覚が心地よい。

 

 それを認識すると同時に、これ幸いと反転術式を回した。

 身体全体に行き渡る正の呪力。呪力を急速に消費する特有の脱力感を感じながらも、確かに傷を癒やしてゆく。

 回復の対象を顔面だけにしないのは、地面の上を跳ね跳んだ勢いで、身体全体が壊れていたからだ。動かせはするが、それと同時に自壊する気味の悪い状況である。

 しかし、幸いにも呪力は潤沢だ。反転術式もある程度効率良く回せている。

 即死を免れたなら、全く問題はないだろう。

 

「…ぃ!こいつ、生きてます!!」

 

「反転術式ですか…」

 

「ぐるるあ!」

 

 声の主は順番に、真希さん。そして七海さんである。

 ちなみに最後の唸り声については、全く心当たりがない。獣っぽいが、もしかして恵さんが合流したのだろうか?

 状況から察するに、どうやら吹っ飛ぶ私を真希さんが受け止めてくれたようだ。今、私は彼女に抱きかかえられているらしい。

 善意で受け止めてくれたのか、あるいは反射で受け止めてしまったのか気になるところである。…いや、多分後者だろうな。酔ってるだろうし、正常な判断は難しいだろう。

 

「げほっ、げっ…おえっ……」

 

 不意に、血を吐く。

 喘息の症状…ではなさそうだ。血が気管に入り込んでいて苦しい。

 呪力による強化がなければ、咳をしただけで骨を折るような身体だ。餌付くことすら、一定以上のダメージを伴う。

 ドロッとした生臭い血液が口を満たして、大層不快な感覚であった。

 もっとも、苦痛は実際のダメージほどは大きくなかった。領域展開などしたために、どろどろとした酩酊感が一層強くなっていたのだ。

 

「う、ぅ…あぃ、ありがと、ございます…」

 

「問題は…無さそうですね。真希さん、彼女の様子を見ていてください」

 

 舌が回らないな。

 微かに見える金髪の巨漢…視界がぼやけて分かりづらいが、おそらく七海さんであろう影を見てみる。

 彼はこちらの様子を確認するなり、撃ち合う音の響くほうへと駆け出していった。うむ、クールだ。

 彼がすっ飛んでいった先を見ると、そこでは見覚えのある真っ黒な影も撃ち合っている。やはり伏黒恵…彼も合流していたらしい。

 先程から頻繁に聞こえる、ぐらつく意識を突くような無秩序な獣の咆哮は、どうやら彼の式神が由来であるようだった。

 

「けほ、ごほっ…ふぅ、よぅ…ようやく、落ち着いてきましたね」

 

「お前、戦場でくつろぐのはやめたほうがいいと思うぞ…」

 

 直毘人さんと七海さんの戦いを注視しながらも、こちらをチラチラと確認する真希さん。居ても立っても居られないようでソワソワしているが、私を捨ててまで戦線復帰するほどでは無いといった感じだろうか。

 振る舞いといい言葉といい、彼女は得体の知れない私に対して、どうしてか割と本気で心配していそうな様子だ。

 確か二年生だったか。呪術師の家系に生まれてそれともなれば、呪詛師とも幾度となく戦ってきただろうに…

 

「真希さん、と言いましたか。優しいんですね?」

 

「いや、そういうんじゃないけどよ」

 

 すっとぼけまじりに問いかけると、割と真面目なトーンの返事が帰ってくる。

 まぁ、なんだっていいさ。優しい女の人に抱いてもらえるなら、私はそれでもう満足である。

 それにこのアングル。下から見上げる美人の顔とは、何にも変え難いものだ。陀艮の術式のせいで水が滴っており、それが緊張した表情を非常に引き立たせている。

 

 戦場の美女とは、素晴らしいことだ。

 酔いには肴が必須であるのだと、相場が決まっているのだからね。

 

「それにしても、このあと…どうしましょうね?」

 

「…呪詛師かもしれないお前を見逃す気はないからな」

 

「いえ、そういうことではなく。…どうやら増援が来るみたいなので、この呪霊が払われたら、私はどうしようかなと」

 

「増援…?」

 

 彼女が訝しむように私を見下ろした。

 説明のために呼吸をするのも面倒だし、それ以上口を開くことはない。どうせ来れば分かるのだ。

 増援といっても敵の敵は味方的なアレだけど…そんなことを考えていると、不意に散らしておいた式神。おもちゃの兵隊さんから、彼の到来が伝えられる。特級呪霊以上の怪物がすぐそこだ。

 

「来ますよ…」

 

 次の瞬間、陀艮が弾け飛ぶ。

 直毘人さんによる飛び蹴りでも大概遠くまで吹っ飛んでいたが、今回のそれはあれを優に凌ぐ威力らしい。

 遥か強者であるはずの特級呪霊が、あんなに遠く…駅のホームの壁面に、ガゴゴという聞き慣れない音を立てて埋まる。

 それをした存在の姿は土煙によって隠れていた。⋯それでもなお、放たれる強烈な圧が彼の脅威を知らしめる。

 強者が強者たる所以を示すような、恐ろしい暴の気配だ。

 土煙が明けると、そこにはまるでエヴァかなにかみたいに、口から蒸気を吐き出す男の姿があった。

 

 紛れもなく天与の暴君…伏黒甚爾だ。

 

 いやぁ、かっこいいね!やっぱ!!

 正確には彼本人ではなく、降霊された別人ということらしいが、それでも魅力は全く失われていない。心の男の子がああなりたいって言ってる感じがするよ。

 さり気なく恵さんから遊雲を奪い取っていたようで、彼の手元には伏黒パパといったらコレとすら思えるアイテム…とても大きな三節棍が見える。

 

「なんだ、あいつ…!?」

 

 驚愕する真希さん。手元から消えた呪具に動揺する恵さん。

 微かに目を見開き、そしてなんとも複雑な表情を浮かべる直毘人さん。

 またかとでも言いたげな、乱入者に辟易するような表情のナナミン。

 

 それぞれが彼に注目しており、場の空気感は急速に伏黒パパへと引っ張られる。

 優勢だが勝負の付かない、ぬるま湯から抜け出せないような戦いは⋯もはや彼の独壇場へと整えられていた。




酩酊呪法
相手に酔いと忘却を強いることができる。
本質として攻撃的な運用を苦手とし、どれだけ出力を上げても、これだけで敵を害することは難しい。…具体的には「急性アルコール中毒を起こすことで毒殺する」「心神喪失状態になるまで忘却させる」といったことはできない。

SCP-1418-JP - サーチライトと応答
by KanKan
http://ja.scp-wiki.net/scp-1418-jp
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