そこが、楽園ではないとしても   作:テクニカル古則おじさん

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楽園ではない場所へ

 時は飛び、エデン条約調印式を狙ったテロは終息し、トリニティとゲヘナの生徒達が事後処理に追われている最中にある裁判が間近に控えていた。

 裁判長を務めさせられるリリは屋敷の執務室で手元の資料を眺めながら溜め息ではなく、唾を吐き捨てたくなるような気分になっていた。

 

(あの人がこの現状を見たら……いや、あの人なら……そんな仮定は無意味ね)

 

 先の騒動で起きたことの大半をミカに擦り付けて、一般生徒の溜飲を下げさせつつ、基督家のリリが親戚筋のミカを裁くことによって、自分達は無関係であると証明したいという基督の大人の思惑も絡んでいることが気に入らない。

 

 自分がやらなければ、ティーパーティーのホストであるナギサがミカを裁くことになるだろう。

 幼馴染同士でそんなことになってしまうことだけは何としても避けたいリリは公平でなくてはならない立場なのに、ミカをどうにか救う手立てを思案していた。

 

(いくらなんでも罪状が多すぎる……!)

 

 資料の中にミカの行動に再び目を通すと、脱獄後の彼女は明らかに戦闘の激しい場所を転々としていて、何か目的があってのことにしても、証言と照らし合わせても不可解な行動にリリは引っ掛かりを覚えていた。

 

(現地に居た生徒の中にはパテル分派以外のトリニティの生徒どころか、ゲヘナの生徒までミカ様に助けてもらって……わかんないな。いっちゃんに行かせて様子でも教えてもらおうかな?)

 

 正義実現委員会に居る糸目が特徴的な友人の顔を思い起こしながら、スマホでモモトークの通話ボタンをタップする。

 

『はいはい、もしもし?』

「お疲れ様。最近お互い忙しいね。どうしていっちゃんから連絡してくれないの????」

 

 手始めにファッションメンヘラをぶちかますのは挨拶なようなものだった。

 

『いつもっすけど、急にヘラるのは怖いすよー』

 

 通話相手のいっちゃんこと、仲正イチカは付き合いは短くないが困惑してしまう。

 それはそれとして、アルマが死後でさえそれなりの権力を持つ基督のトップと遠慮なく友達をやれているのは腐れ縁故だろうか。

 お互いに気軽に話し合える存在はありがたいものである。

 

「いやね。ミカ様そっちでどうしてるかなって。今の私は派手に動けないから、いっちゃんなら知ってそうだと思ってね」

『あー、何というか、おとなしく判決を待ってる。というのが一番当てはまるかもっすね』

 

 調印式前に聞いた様子とあまり変わっていないらしい。が、聖園ミカという人間を知っているとそうなるだけの何かがあったことだけは間違いないと疑わざるを得ない。

 

「……外に出たがってたり、いや、もっと直接どこかに行きたがってたりする?」

『そういや、後輩の子がアビドスとかミレニアムの観光雑誌を要求されたとは言ってたっすけど……何か心当たりが?』

「……ある。けど、確信じゃない」

 

 偶然かもしれない。

 リリの勘違いかもしれない。

 だけど、今リリの目の前にある封筒の中身の文言次第では確信に変わってしまう。

 

「……ごめん。そろそろ切るね。暇になったらお茶しましょう」

『こっちも何か動いたら連絡するっすよ』

 

 通話を切ったリリはスイッチを入れるために肩まで伸びている浅葱色の髪を後頭部にバレッタで纏める。

 ペーパーナイフで封を切って封筒の中にある一枚の紙と羽根を取り出す。

 

(ナギサが倒れていた場所に一枚だけ傷一つなく残っていたこの羽根……気になって回収してもらったけど)

 

 硬度が通常のそれではない羽根をDNA鑑定に回した結果を記した紙を広げて内容に目を通す。

 

「──っ……これは」

 

 書面には羽根のDNAがほぼ確実にアルマのモノと一致することを示していた。

 本来であればあり得ない話である。もうアルマの遺体は墓の下にあるはずのものだ。

 だけど、現実としてアルマはあの場に居た。と結果が告げている。

 

(クローン? いや、そんなミレニアムでもそんな研究聞いたことない……ミメシス、なわけない。ユスティナ聖徒会は沈静化したし、それこそないか……)

 

 可能性の話ばかりリリの頭にちらつくが、それで答えが出るわけもない。

 

(最初にミカ様が向かった場所にあったっていうことは、やっぱりミカ様は……)

 

 あまり他人事ではない事態が発生しているような気がして、リリは溜め息を吐いて紙だけを封筒の中に戻す。

 

(貸しなのか借りなのかわからないけど、やるしかないか)

 

 机の引き出しからライターを取り出して、封筒の上に火を点ける。

 ぱちぱちと鳴りながら燃えるそれを見ながら、これから先のことを考えると気が重くなる。

 

(憎みますよ。こんなことを自身ではなく、私に押し付けたこと……)

 

 故人に対して怨み節を吐いても何にもなりはしないが、これくらいは許してほしいとも思うリリであった。

 

 そうして迎えた裁判の日。

 

「被告人。聖園ミカ──」

 

 原告、被告両方の尋問が終わり、判決を下す時間がやってきた。

 リリの視界の端には傍聴席に座っている冷静であろうとし過ぎるあまり表情が強張っているナギサや復帰したもののまだ体調が万全ではない状態のセイアの姿が写る。

 この後のことを考えると、リリ自身も身震いしそうになってしまうが、三日三晩は寝ずにこの日のために準備してきたのだから失敗はできない。

 

(あーあ、正直に戻ってきちゃたんだかね。あのアルマのこと言えないくらいには私もバカだね)

 

 先のクーデターも含め、数え切れないほどの罪状が読み上げられ積み重なっていく。

 どれもミカ自身がやりたくてやったことの事実陳列に過ぎず、それが罪だと言うなら、自分はトリニティに合わなかったというだけの話である。

 

「主文、被告人を──」

 

 手を回してくれようとしたナギサや先生には申し訳ないが、続くであろう言葉が自分に相応しい罰が下されるだろうという確信のもとミカは天を見上げる。

 

 

 ●

 

 

「ミカさん……その……」

「ナギちゃんが気にすることなんてないよ。私もバイク旅にはちょっと憧れてたし」

 

 判決が出た翌朝。トリニティ自治区郊外でミカは曇った表情のナギサに見守られながら、バイクのチェックをしていた。

 

「ですが……」

「退学になったワケじゃないけど、財産没収の上に無期限停学で自治区の外に居てって言うのは……やったことを考えたら妥当じゃないかな」

 

 今のミカがその身に纏っているのはトリニティの制服ではなく、赤と白のボーダーの囚人服を隠すようにポンチョコートを羽織っている。

 没収されたものは制服ではなく、ミカの所有しているモノは全て押収されて、帰る屋敷さえ存在しないのだから、トリニティの外に居た方が気楽である。

 

 それに、ミカの探し物を探すにはちょうど良かった。

 アルマやナギサとの思い出のあるトリニティを離れるのは寂しくはあるものの仕方の無いこととして受け入れている。

 

「あ、そうだ。セイアちゃんには──」

「ちょーーっと待った!」

「り、リリさん?」

「ぜぇ、ぜぇ……ごめんなさい。ちょっと、息が……」

「いや、ホントに何しに来たの?」

 

 そこに大玉の汗を流しながら走ってきたリリが二人の今生の別れの空気の中に割って入る。

 急いで来たため、肩で息をして呼吸を整えるのに時間を要し、その間ナギサとミカは何とも言えない空気になってしまった。

 

「ふー……こほん。お見苦しいところをお見せしてしまいましたね」

 

 何事もなかったかのように咳払いをしたリリが裁判長としてではなく、ただの基督リリとして、このメリーバッドエンドを否定しに来た。

 

「ミカ様。これを……中はお一人の時に確認してください」

「あ、うん。どうも」

「リリさん……まさか、それだけのために?」

 

 リリが一枚の封筒をミカに渡すと困惑気味にミカが受け取る。

 ナギサも困惑しながらリリにここに来た目的を問う。

 

「まさか、と、言っても些細なことです。ミカ様。押収されたあなたのモノは全て私が管理させていただいてます。ティーパーティーの空席も……なので、いつでも帰ってきてください。たったそれだけの話です」

 

 ナギサには知られずにミカに『彼』を探してもらうために、例の羽根とそれがアルマのモノと同一のモノであることを綴った手紙を封筒の中に入れた。

 もし、見つかった場合のことを考えると、ミカの帰る場所はトリニティでなければ困る。

 

「昔から思ってたけど、変な子だよね」

 

 ミカもリリも遠縁ではあるが、基督と血の繋がりがあってたまにそういう集まりで同じ場所に居合わせても、妙に距離が遠くて、アルマと共に居るのを眺めてるだけ。

 そんな記憶しかないせいで、ミカの中でのリリの印象は総じて『変な子』だった。

 

「変で結構です。悲しい結末より、笑い話の始まりの方が良い筈ですから……それに──いや、続きはナギサ様にお渡しします」

「……私、ですか?」

 

 『楽園』という存在は信じはしないが、きっとあった方が良いのだろうとリリは考える。

 だから、アルマのことも嫌いではない。けれど、遠くから眺めている方が好きだった。

 ならば自分よりナギサの方が適任だろうと、バトンを渡す。

 

「私はミカさんが魔女だとしても、憂鬱で救いの無い話は嫌です」

 

 あの日のヒフミの宣言と青い空を思い出しながら、ナギサは言葉を紡ぐ。

 誰よりもアルマを理解していたナギサにも『楽園』は作れなかった。

 それでも生きていくしかない。生きていく限りずっと彼のことは忘れられないし、後悔は残り続ける。

 

「罪を背負った人も、いつか赦し迎い入れることができる……優しい場所。

 そこが、楽園ではないとしても。私はいつまでも待っています。だから……ミカさんも自分を赦してあげてください」

 

 いつか、ミカが否定した『楽園』はきっとどこにもないのだろう。

 それでも誰も赦しあう世界が、物語が、綺麗事かもしれない。

 何よりナギサが自分自身を赦すために、信じてみたいとヒフミが思わせてくれた。

 

「ナギちゃん……」

 

 その言葉を必要としている人物の顔がミカの脳裏に思い浮かぶ。

 

(あの黒い方のアルマも、きっと自分が赦せないんだ。だから、誰かが赦してあげなくちゃいけない……)

 

 騒動の最中に戦場を駆け回っても、ミカが見たあのアルマを捕捉することはできなかった。

 今のミカが彼を探して、最悪の場合ヘイローを壊すことすら考えていた。

 

「やっぱりナギちゃんもバカだよ。でも、うん。絶対に帰ってくるから待っててよ」

 

 もう、誰にも裏切らせない。踏み躙らせない。

 その為にも、トリニティを出て彼を追って捕まえてナギサの前に叩きつけるしかなくなった。

 やることばかり増やす仕方の無い幼馴染だと、ミカは呆れつつも、笑顔で見送らせるためにも自分も笑顔を作る。

 

「じゃあ、またね。行ってきます」

 

 バイクに跨がったミカが火を入れて車輪を走らせる。

 笑顔で送り出そうと、必死に抑えていたナギサの涙が溢れそうになる。

 

「はい……! 待ってますから、いつまでも……!」

 

 本当なら、無理矢理にでも止めてずっとそばに居てほしい。

 ナギサはそんな嗚咽すら飲み込んで、いつか笑いあうためにミカの後ろ姿が見えなくなるまで、その場で笑顔を作って見送った。




茶会の夏イベント良すぎて元気もりもりメメントモリなので、なんとか更新できました。

長々と時間を使ってしまいましたが第一部完です。
反省点やアドリブ滅茶苦茶やったりと色々ありましたが、おおよそ想定通りの着地ができました。

二部以降もゆっくりですが準備していきますので、楽しみにお待ちいただければ幸いです。
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