一時的に本編の方にあげてしまっていたものと同じです。
やけに寝起きが良かった。いつもなら微睡みに負けて二度寝をキメる休日の朝、俺はかつてないほどにすっきりと目覚めていた。
「…嬉しいけど、なんで————!?」
声を発した途端、固まった。声がおかしい、とかいう次元では無かった。高いし、
「瘴気由来の何か、なのか?」
とりあえず患部を見なければ始まらない。
鏡の前へと移動。何故かその数メートルが長く感じた。
パズルのピースがはまらないような気持ち悪さに首を傾げながら、自身の姿を覗き込む。
「…………誰?」
知らない女の子が鏡に写っていた。
喉を撫でてみる。鏡の中の少女は、俺と全く同じ動作を行う。喉仏が無い。鏡の中の少女は勿論、俺の体にも。
「はい?」
耳を打つ鈴のような声は確かに、自分の喉から発されていて。
この少女が俺自身であることを受け入れざるを得なかった。
「いやそんな簡単に受け入れられる訳ないだろうが!!!」
その場に崩れ落ちた時の揺れで、大きくなった法衣が肩からずれ落ちる。
「ッ!」
反射的に首筋を手で隠した。いつも着ているこの法衣は特注品で、首まですっぽり隠してくれる。もちろん
しかし、どうやら身体が縮んでしまった今の俺には、そのオーダーメイドも無駄になってしまう。
いつも完全に隠して、仲間の前では「存在しない」ことにしているその禍々しい傷。正直かなりグロいので、自分で見るのも億劫である。
身体変化の疑問はどこへやら、瘴気の見た目に対する不満をふつふつと溜めながら、首筋にあてた手を離してやると。
「…あれ?」
そこには、しみ一つない綺麗な肌が。
…治った?まさかそんなはずは無い。いや待て、そもそも
そうなれば、この体の持ち主は今、訳もわからずに俺の瘴気に苦しんで———
「
全然そんなことなかった。一見ノーダメの肌を強めにつついてみると、もはや親しみ深い呪いの激しい痛みが刺すわ刺すわ。
見た目は消えたような感じだが、貯めに溜めた瘴気は完全に残っている。ってことはこれは俺の身体で、今は魔法で姿が変わっていると考えて良さそうだ。
それはそれで意味がわからないが。まあ、とりあえず俺の身体と瘴気を勝手に背負わされた罪なき少女は存在しないと分かって一安心。
「——ラスタ、起きてる?」
「!」
ほっと息をついたのも束の間、部屋に響いたノックの音。めちゃくちゃ油断していたので、肩が面白いくらいに跳ねた。なんかいつもより音に敏感になっている気がする。
声の主はハイネだった。俺よりも睡眠が好きな彼女が、こんな時間に訪ねてくるとは珍しい。
って、そんなことはどうでもいい。それよりも、今の状況をどう説明するかだ。幸いなことに瘴気は
この変化が魔法ならば、ハイネに聞けば何かしら分かるだろうし。
「おー、起きてるよ。入っても大丈夫だ」
違和感しかない声でそう返すと、にわかにざわつく扉の向こう側。どうやら三人とも来ているようだ。予定なしの休日にしては大分早朝だと思うのだが、みんなやけに元気だな。
のんきに目を擦っていると、ゆっくりと扉の開く音が聞こえる。
ぱったりと声が止んだ。
流石の彼女たちでも、これには言葉も出ないらしい。
無理もない、とこちらから話しかける。
「信じてもらえるか分からんが、俺は——」
「…か」
「ん?」
「っ可愛いいいいぃっ!!!!」
猪突猛進、ものすごい勢いで俺の目の前にソアレが滑り込む。黄色い声が雷のような速度で接近する。瞬きのうちに、ソアレは俺の目と鼻の先に鎮座していた。
正直めちゃくちゃびびった。
その慣性のまま抱きついてこなかったのは最後に残った理性のおかげか。
「ほう。ここまで変わるものなんですね」と、歩み寄ってきたキキョウの訳知り顔に困惑する。
完全に彼女の瞳は、親戚の幼い子を見る目———「おねえちゃんモード」になっている。同い年からその目で見られるの、居心地が悪すぎる。
「…みんな、何か知ってるのか?」
この状況下で置いてけぼりになるのが怖すぎて、彼女たちの視線に負けずに尋ねる。俺の疑問に、ソアレが正気に戻ってきて首を傾げた。
「覚えてないの?」
「…………うん」
不服にも、覚えてないことから逆に分かった。だって昨日の夜、珍しくパーティメンバー四人で日が変わるまで飲んだから。って言っても、主に酒を浴びていたのは俺とキキョウだけだったが。
「ラスタは私が新しく覚えた魔法の実験台になったの」
背後から声がかかる。振り向いた先、開け放たれた扉のそばにもたれかかってドヤ顔をしている女。言うまでもなくハイネである。
「…そんなのッ!………想像に難くない!!」
本日2度目の崩れ落ち。胸についた脂肪が擬音つきで揺れる。若干名からの視線が一瞬怖くなった。頑張って気づかないふりをする。
四人で飲み会をする時は、大抵罰ゲームをかけてキキョウと飲酒バトルをしている。なんならハイネの新魔法の餌食となったのは、今回が初めてではなかった。
「それで今回は性転換魔法ってワケか」
「察しがいいね」
「何回目だと思ってんだよ」
「ラスタは今まで食べたパンの数を」
「盛りすぎだろ」
そんなやってたら体バグるわ。精々二桁に満たないくらいだろうが。こんなくだらないツッコミでさえも、ハイネの顔を見上げなければならないことが地味に癪だ。
「込めた魔力から考えて、1日経てば戻るから」
その言葉に一安心。身体もそうだが、呪文を唱えるのが第一の仕事である治癒師にとって「声が普段と違う」というのは存外大きな違和感なのだ。
叫んだら自分の声でキンキンしそう。
「そういうことなら、魔法が解けるまで今日は部屋でのんびり————」
「させるわけがないよね?」
元気な声が、著しくねっとりと俺の耳朶を撫でた。息が耳にあたるくらいの距離。恐る恐る視線をやると、それはもう満面の笑みである。
「おしゃれしよっか♪」
「勿論おことわ———」
連行。男の時から力で敵わないのに、女の体になって抵抗できるはずが無かった。やはり「雷霆への祈り」腕相撲大会のワーストを誰にも譲らない治癒師の名は伊達では無い。
最後の関門だとキキョウに助けを求める。
俺の小動物の瞳をくらえ!そして助けて!
「伸びた髪、可愛く結ってあげますね」
心底面白そうに笑う。現実は非情である。
◇
「待てソアレ、落ち着け今ならまだ間に合う。だからその手に持った服を戻してきてくれ」
「えー…でもラスタ、ふだん厚着だし?せっかくだから肌見せようよ」
「にしてもなんでスカートなんだよッ!!」
案の定、叫ぶと耳がキンキンする声である。
あの後自室から連れ出された俺は、あれよあれよとソアレの服を着せられて、気づけば彼女たちがよく行っている洋服店の試着室に居た。
いくら姿が変わったからって、自分の服を躊躇いもなく異性に着せることのできるソアレの精神には度肝を抜いた。なんとか必殺技『
俺の断固拒否もどこ吹く風で、フリルのついたパステルカラーのミニスカートを持ってじりじりとこちらに近づいてくるソアレ。
たまご肌に見えてる俺の脚、実は呪いまみれなんだよ察してくれ!実際察せられたら死ねるけどさぁ!
「待ってください」
「キキョウ!」
颯爽と、俺とソアレの間に割り込んできた救世主。よかった…外出の際に俺の髪をツインテールにしようとした時には卒倒するかと思ったが、やはりここは流石の常識人。
最終的には比較的シンプルなローポニーテールで許してくれたし、今回も上手い感じに助けてくれるのだろうか。期待の目をやると。
「今のラスタは黙っていれば清楚です。こちらのフレアスカートの方が似合うかと」
「……たしかに!」
二人揃ってこちらを向いた。蛇に睨まれた蛙の気分をここまでリアルに味わえるとはね。
「流石キキョウ!今のラスタにぴったり!」
「やはり正解でした。髪型にも合っていますね」
スースーする…なんてテンプレじみた発言をするのはプライドが許せないので、押し黙ってソアレの後ろをぴったりとついて行く。
通常装備が和装のキキョウだが、何故か彼女は洋服のコーディネートもお手のもので。
悔しいことに、今の俺は自分の容姿を自画自賛できるレベルに仕上がっていた。
「何隠れてるの。それじゃ意味がない」
むんずと俺の肩を掴んだのは、ある意味全ての元凶の山羊目。いつもの澄ました無表情の端に、隠しきれない愉悦が漏れている。
同性特権を使って頭を引っ叩いてやろうと思ったが、ハイネに身長を逆転された今となっては難易度が高い。
「なに?
「よしそんなに喧嘩したいなら買ってやるよ!!」
前世でプロのデコピン師と言われた俺の実力見せてやる!
なんて意気込んで出した右手は、和装の少女の白い手に捕らえられた。瞬間、急に気温が低くなったような。
たぎっていた精神が、みるみるうちに叱られた子供の気分に変わっていく。
これが本当の凄みというやつか———
「ラスタ」
「っ…いや、その……ここで引き下がるのは、男が廃るっていうか」
「そんなもの廃れさせてください。自身の身なりを考えて。いいですね?」
「……はぃ」
「良い子ですね」と言わんばかりに俺の髪を撫でる手は、黙って受け入れる以外の選択肢が無い。ふと、周囲が静かになっていた……ことに、気づいてしまった。
先のわちゃわちゃを往来で行っていたので、気づけば俺たちは衆目の的になっている。
その多くの目線が非常に生温かくて。もう前を向いて歩けない。
待ってソアレ手を繋がないで意味がわからないくらい恥ずかしい。なんだ俺は迷子の子供か?罰ゲームにしては重すぎるって。
もうなすがままにされているのが一番ダメージが低いと分かったので、大型犬ばりの力で俺の手を引くソアレに大人しく連れられて——
「えっちょっとその道は」
「どうしたの?」
きょとんと首を傾げる彼女の背後に立つ、静謐な雰囲気を醸し出す建物……というか、教会。そして隣に併設された孤児院。俺の視線から、ソアレは俺の言いたいことを察してくれたようで、
「孤児院に顔出しとく?」
うん、真逆の気遣いありがとう。
これにはさすがに全力抵抗。その行動の意図がまだ分かっていないのか、近くの柱にしがみつく俺に、ソアレは諭すように話しかけてくる。
「マリーちゃん、ラスタに会うの楽しみにしてるんじゃない?」
できれば今はマリーに一番会いたくないんだよなぁ……あの子は新しい物、面白い物大好きっ子だ。間違いなく言いふらされる。その情報がレオたち年長組に伝わると思うと…。
寒気がする。俺の頼れるお兄さんキャラが崩壊してしまう。
「いいのか?」
「え?」
「…それ以上は俺も奥の手を使うことになるぞ」
「もう膝折ってるの、用意がいいですね」
「弱者根性が染み付いてる」
散々な言われようだが、年下の子供たちの前で醜態を晒すよりはマシである。ただ一つ注意。さっき土下座した時、髪の先が地面についてキキョウにすごく怒られたので、そこには気をつけて行わなければ。
膠着状態になりかけた現場。いつでも屈服できる緊張感のある空気に、扉が開く音が少し強めに聞こえた。
「あれ、シスターさん?」
教会に隣接する建物のもう一方。治療所から、何度か顔を合わせたことのあるシスターが出てきた。
「ソアレさん!ちょうど良かったです、ラスタさんはいらっしゃいますか!?」
途端に声を詰まらせるソアレ。そりゃあそう。こんな身内ネタのノリに、そこまで仲がいいわけではないシスターを巻き込むのは失礼だろうという迷いか。
「俺です」
「突然すみません。少し手伝ってほしく………て?」
だかしかし。
九分九厘、俺の治癒が必要なのだろう。ならば自分のくだらないプライドはさっさと捨てる。
そんな気持ちで潔く名乗り出たはいいものの、シスターの顔は困惑一色。
説明がいりますねすみません。
「…その、ちょっと諸事情で。できれば他の人——特に孤児院の子たちには秘密にしといてもらえると」
シスターは助けを求めるようにソアレを見た。ややテンションを下げながらも、彼女はきちんと俺が「ラスタ」だと断言してくれる。ソアレのお墨付きをもらって、一応は飲み込んでくれた感じだ。
A級パーティとしての信頼の証だろうか。何故か不思議と嬉しくない。
気を取り直して、森で怪我をしたという少年の元へ。シスターの話によると、彼は毒ヘビに噛まれたらしい。
この世界では瘴気の害があまりにも強いため見逃され気味だが、普通に毒を持つ動物も存在する。毒を浄化する治癒魔法はなかなかにマイナーであるため、毒が体に巡らないように処置してあとは安静に、が主流の治療法となっている。
そして、実は俺の
「ここです」
そう言って開けられたカーテン。医務室のベッドに横たわる少年の右腕が、腫れて紫に変色していた。
応急処置は概ね済んでいるようで、数週間も経てば治るだろうという様子。しかし少年の顔には脂汗が浮かんでおり、痛みを必死に堪えていることは想像に難くない。見たところまだ十二、三歳であろうに、強い子だと思った。
「よく我慢したな、えらいぞ。もう大丈夫だ」
「……お姉さんが、治してくれるの?」
「お姉さん」の呼び名に一瞬怯むが、間違ってもそれを顔には出さない。対して少年の顔は懐疑的だ。…今の俺の格好、良家のお嬢様みたいだもんな。分かるよ少年の不安は。にしてもそこを疑えるとは、この子も案外冷静だ。なんならさっき外で迷走してた俺よりは。
「ああ。任せてくれ」
気休めかもしれないが、安心させるように力強くそう言って患部に視線を戻す。幸い噛まれてからそこまでの時間は経っていないようで、これなら意外と古典的な方法が役に立つ。
「傷口から毒を吸い出してもいいか?」
「え」
突然少年は固まった。
「それって、えっと、口で?」
「ああ」
そこ以外のどこで吸い出すんだよ、というツッコミは心の中だけにしておいて。実はこの一見古典的な対処法も、女神様から貰った超健康ボディーだからこそできる代物だ。普通の人がやると第二の被害者になることがあるからね。
ってことで失礼。
「えっえっ」
ちゅーっと吸い出したら、また口から出すのは面倒くさいのでごくんと飲み込む。良い子は絶対真似しちゃダメだぞ。
あとはいつもの呪文をかけて、残った毒ごと腫れを奪い取ったら綺麗な腕に元どおり。
今着ている服はちゃんと長袖なので、奪った結果もバレていない。その辺も抜かりなく完璧である。
「よし。どうだ?もう痛みも無いと思うけど」
「…えっ」
さっきから壊れたラジオみたいになってしまった少年を前に首を傾げる。おかしい、治癒は完全に成功したはず…
硬直した少年の隣で悩む俺の肩に、シスターが手を置いた。
「…ありがとうございました」
「いえいえ、当然の事をしたまでですよ」
「……」
何故か分からないが、シスターから「部屋を出ていってくれ」的感情が込められた目線を感じる。俺の今の姿を面白がる者がいないこの場所は安らぎなので、正直もうちょっと居たいけど。
「長居するのも悪いですし、そろそろお暇しますね」
「その方がいいと思います」
俺が部屋を出る寸前まで、シスターは俺を見ながら微妙な顔をしていた。本当に何?