the night we call it a day   作:スライドエリア


原作:ぼっち・ざ・ろっく!
タグ:オリ主 廣井きくり
深夜の新宿で、酔っ払いの女と出会った。彼女は廣井きくりと言った。

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the night we call it a day

午前2時だというのに、新宿の街は騒がしい。

まるで夜が本番のようだ。

俺は繁華街の壁際にもたれかかり、スーツのポケットから小銭を取り出す。

近くに自販機はないか。

酒を飲みすぎた。

頭がくらくらする。

周囲を見渡し、少し先に自販機の灯りを見つけた。

のそのそと壁伝いに歩き、ようやく自販機のそばまでたどり着いた時。

 

「痛たっ」

 

女の声。

 

「えっ」

 

びっくりして足をのける。

地面に寝ころんでいたヤツを踏んでしまったらしい。

 

「うぅぅ、ひどいなぁ」

 

若い女だ。

すげー酒臭い。

酔っぱらってここで寝ていたのか?

 

「わ、悪かったな」

 

踏んでしまったことを謝って、自販機で水を買う。

半分ほど飲んでから、女を見た。

グロッキーな表情で、まだ地面に寝ている。

……大丈夫なのか、こいつ。

放っておいてもいいのだが、もしも死んだりされたら、少し後味が悪い。

 

「あ、あのさ、水、飲むか?」

 

思わずつい、声をかけてしまった。

 

・

 

女の名前は、廣井きくりといった。

別に俺が問いかけたわけじゃない、勝手に名乗ってきたのだ。

 

「ふぅん、きくりね。変な名前だな」

「そう? そんなこと言われたことないけど。君の名前は?」

「俺? 俺は羽山良一」

「普通だね」

「まぁな」

 

年のころは俺と同じぐらいだろうか?

なんとなく、気安さを感じだ。

 

「にしてもお兄さんも、遅くまで飲んでたんだねぇ」

「別に、飲みたくて飲んでたんじゃないよ」

「え、そうなの?」

「仕事の付き合い」

「へぇ」

 

言いながら、女がパック酒にストローを刺した。

っておい、さっきまで酔っぱらっていたんじゃないのかよ。

 

「君もいる?」

「いやいや、さんざ飲んでて、まだ迎え酒する気なのか?」

「だってもう終電ないしさ」

 

それはその通りだ。

 

「お兄さん、家どこ?」

「千駄ヶ谷のほう」

「歩くの?」

「歩けない距離じゃないけど」

「ふぅん、つまんないの」

 

その言葉が、なんとなく胸に響いた。

 

「俺って、つまらないか?」

「え?」

「いや、なんでもない」

 

首を振ってから、少し、時計を見た。

26時30分になろうとしている。

金曜日の夜。

どうせ土曜日は、仕事はない。

 

「やっぱ、もらうわ」

「おっ、いいね」

「パック酒か」

「特別だよ、さっき水くれたお礼」

 

おにころなんて飲むの、初めてだった。

 

・

 

学生時代は、下宿している友人の家でさんざ夜通し飲んだ。

飲みまくって、いろんな話をした。

音楽、映画、漫画、恋愛、酒。

そんななんやかやだ。

ところが、就職してからはすっかり、そういう会話がなくなった。

というか、酒の飲み方が変わった。

酒量は減ったどころか、増えている。

しかし、それは仕事の付き合いの酒だ。

取引先の接待で、ひたすら飲む……というか、飲まされる。

あるいは、上司との付き合い。

そこにある会話のほとんどは、おべんちゃらだ。

ひたすらに相手を褒める、同意する。

あるいは、仕事の愚痴を聞き続ける。

なんにでも『はい』と言っておけばいい、というか、それ以外に選択肢はない。

そこに批評性やら文化性が入り込む余地はないのだ。

そんな飲み方を数年続けてきたからだろうか。

きくりと路上で飲む酒は、妙に楽しかった。

 

「え、じゃぁお兄さん26歳なんだ」

「あぁ、そうだよ、今新卒4年目」

「じゃ、私の一個上だね」

「へぇ」

 

そんな会話をしながら、新しい酒を開けていく。

(途中から結局、さらに追加で買った。こういう時、24時間やってるコンビニは便利だ)

 

「廣井さんは何やってんの?」

「私? 私はバンドマンだよ」

「へぇ」

 

フリーターとかではないのか。

いや、同じようなものか?

 

「あ、信じてないでしょ? 一応インディーシーンじゃちょっとは有名なんだぞ?」

「なんてバンド?」

「シックハック」

「聞いたことねぇー」

「えぇ~」

 

そういえば、俺も高校生の頃は地元の友達とバンドを組んで学祭に出たこともあったっけ。

近所のおっさんにギターを教えてもらう代わりに、どうしても弾けといわれて、ドゥービー・ブラザーズのロング・トレイン・ランニングをやらされた。

もう遠い昔みたいな気がする。

それっきり、ギターは触ってもいない。

 

「君は音楽、聴くの?」

「学生の時は聞いてたけど」

「いまは?」

「あんまり。聞く時間ないしなぁ」

「ふぅん」

「なんだよ」

「ねぇ、それって生きてる?」

「はぁ?」

 

まただ。

どうにもこの子は、俺の神経を逆なでする言葉を時々放り込んでくる。

 

「生きてるよ」

「ほんとかなぁ」

「あのな、一応言っておくけど。企業の営業職ってきついんだぞ。学生時代みたいにぼんやりとは過ごせないんだ。そこらじゅうでこつきまわされて」

「だからなに?」

「だからって……」

 

ふと考えると、だからなぜ『生きてる』ことになるんだろう。

そんな考えが頭をよぎった。

確かに、就職してからのこの4年、俺は俺なりに頑張って生きてきた。

でもそれが、『生き生き』しているってこととは、つながらないんじゃないのか?

不意に頭の中に、ジョン・トラボルタがステイン・アライブに合わせて踊る様子が浮かんだ。

って何を考えてるんだ俺は。

ダメだ、この女と一緒にいると、頭が馬鹿になる。

俺は立ち上がった。

 

「あれ? どうしたの?」

「やっぱ帰る」

「え~、せっかく友達になったんだから、始発まで飲もうよぉ」

 

足にしがみつかれた。

 

「ちょ、スーツが酒臭くなるからやめてくれ! っていうか、お前さ、バンドマンなんだろ。酒ばっか飲んでないでまじめに練習でもしてろよ」

「練習はしてるよぉ、いつも肌身離さずベースを持って……ん?」

 

ベース?

 

「あれ? 私のベースは?」

「いや、知らんけど」

「いつからなかったっけ?」

「俺がここに来た時点でたぶん持ってなかったぞ」

「えぇ~!」

 

結局、帰るどころじゃなくなってしまった。

命より大切なベースなんだよぉと泣きつかれ、一緒に探す羽目に。

路上で飲む前にいたという居酒屋に行ってみたが、見つからず、彼女が歩いたであろう道を記憶を頼って遡ることになった。

 

「あっ! あったぁ!」

 

ようやく見つけた頃には、空が白み始めていた。

 

「なんでこんなところの電柱に立てかけて置いてあるんだよ」

 

探しているうちに四谷あたりまで来ちまった。

 

「いやぁ、たぶん電柱を知り合いか何かと勘違いしたのかと」

「わけがわからん」

 

思わず、俺は笑っていた。

こんなバカバカしいことをしたのは、何年ぶりだろうか。

 

「おっ、笑ってるじゃん」

「なんか、怒る気も失せたわ」

「あははは」

「迷惑かけた張本人のお前は笑うな!」

「ね、好きな曲、ないの?」

「え?」

「ずっと聞いてないって言ってたけどさ。昔好きだったのとか」

「あぁ~」

 

ちょっと考える。

ふっと頭に浮かんだのがあった。

 

「REMが好きだったなぁ。What’s The Frequency、Kenneth?とか」

 

別にその曲が一番好きだったわけでもない。

ただ、ぱっと思い浮かんだのだ。

 

「いいね」

 

きくりが笑った。

 

「そんじゃ、ここでその曲を一曲……とかできたらいいんだけど、アンプも電源もないわ」

「別に期待してねぇよ」

 

そんな映画のワンシーンみたいにうまくいくはずがない。

俺たちは、それからあと1時間ほど雑談をして、朝から開いているラーメン屋で豚骨ラーメンを食べて、別れた。

別れ際に、彼女は、自分のバンドのライブチケットをくれた。

 

「ベース探してくれたお礼」

「安上がりだなぁ」

「ま、気が向いたら聴きに来てよ」

「気が向いたらな」

 

俺はクシャクシャのチケットを折りたたんで、スーツの胸ポケットに入れた。

 

・

 

早朝の列車に乗って、帰宅する間、なぜかずっと口角が笑うような形になっていた。

おかしな女に酒を付き合わされ、ベースを探すのを手伝わされ、しかもラーメンまでおごらされた。

普通に考えれば、バカバカしい出来事だ。

しかし、こういう無意味な馬鹿らしさって、この数年、経験していただろうか?

何の生産性もない馬鹿な行為。

就職してから、経験していなかったような気がする。

 

「意味ばかり、求められていたからな」

 

車窓を眺めながら、つぶやいた。

仕事をしてるときは、何か一つするにしても「それはどういう意味がある?」と問いかけられる。

効率、損得勘定、無駄の削除。

それが悪いわけではないが、いつの間にか、自分自身の生活にすら、意味のない行為がなくなっていた。

一人暮らしのアパートに帰宅すると、午前6時過ぎになっていた。

ひどく眠い。

俺はスーツを脱ぎ捨て、布団に倒れこんで、眠りに落ちた。

妙に心地よい夢を見たような気がした。


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