【完結】この銀翼は後退れない――あるいは戦闘機でこの先生きのこれるか―― 作:河畑濤士
(シルヴィア准将も、核戦争までは望んでいないはずだ)
一縷の望みにかけて、俺は『エンタープライズ』からの無線戦術データリンク、捜索用レーダーでシルヴィア准将の搭乗機を追跡した。
しかしながら逆にいえば、戦術データリンクや捜索用レーダーが機能しているこの状況自体が、不吉というか、彼女の真意を感じさせた。このミノフスキー粒子の濃度からすれば、『エンタープライズ』からの核攻撃停止命令が届いてもおかしくない。
(故意の命令違反――)
まさか、とは思わない。
彼女なら、やる。
この状況から次の局面を判断する思考も、この1年近く共に過ごしてきたことで培われた彼女に対する直感も、核戦争の危機、その警鐘を鳴らしている。網膜に投影される25mm徹甲榴弾の装弾数に否が応でも意識がいく。
「クリムゾン、こちらジ・アース。応答せよ」
宇宙の闇によく溶ける黒と濃紺のカラーリングを視認すると同時に、俺は無線で呼びかけた。
航空母艦『エンタープライズ』は発艦作業前に現在のコンディションが許す限界の加速を実施し、俺の機体はさらにそこからカタパルト射出されている。そのため、シルヴィア准将の搭乗するMSよりも、このFF-4Cトリアーエズのほうが優速だ。俺は素早く接近すると、シルヴィア准将の搭乗機の後方につけた。
「クリムゾン、こちらジ・アース。応答せよ。貴機に下った核攻撃命令は撤回された。繰り返す、貴機に下った核攻撃命令は撤回された。速やかに――」
(機関砲の射程距離だ)
この呼びかけが聞こえていないわけがない。
「クリムゾン、こちらジ・アース。
「ジ・アース、こちらクリムゾン。……撃墜する? つくづく貴官は私を退屈させない」
「やはり聞こえていましたか」
俺は一呼吸おいてから、言葉を続けた。
「すでに核攻撃の命令は撤回されています。誘導に従って帰投コースに――」
「断る」
「なぜですか」
「理由は貴官がいちばんよく知っているはずだ」
「地球と各サイドとは対照的に、サイド3が無傷のまま終戦を迎える――それに耐えられない、といったところでしょう」
「そのとおりだ」
(理解できる)
理解できてしまう。
実際、原作ではこのあとサイド3は繁栄を遂げる。この終戦間際にもなれば原作知識をもたない人々であっても、簡単にこの将来を見通せるはずだ。人類の半数、億単位の生命を開戦劈頭に吹き飛ばしておいて、戦後はのうのうと恵まれた生活を享受する――それを許せない人間はシルヴィア准将だけではなく、口に出さないだけでごまんといるだろう。
「誰かが因果応報、悪に奔ればいかなる報復、いかなる結果が待ち受けるか、正義を示さなければならないのだ」
そう語る彼女の言葉は頑なであった。
が、
「しかし人は死にますよ」
「ああ、すでに死んだ人々のためにも、殺さなくてはならない」
「何の罪もない赤子も、
「きみはどこまでも私の感情を揺さぶる。が、どうやって?」
シルヴィア准将の意地悪そうな表情を、俺は幻視した。
「どうやってきみは私を止める? この機体は120mm徹甲榴弾に抗堪するように全周防御がなされている。背部の専用ロケットランチャーも同様だ」
翻ってきみの機体はどうだ、と彼女は嗤った。
「きみの機体はFF-4Cトリアーエズ。武装といえば25mm機関砲がせいぜい。ガンダムではない! その貧弱な
「起こすさ――俺はガンダムよりも、
「ならばやってみろ!」
叫びとともに彼女の搭乗機、その背面にあるロケットランチャーの外殻が離脱する。
(チャンスは一瞬だ)
俺はブリーフィングで核兵器発射装置がコールドローンチ方式であることを説明されていた。
コールドローンチとは、発射装置が開放されるとともに弾体がガスを噴出して発射母機から離脱し、数メートル離れたところからメインロケットに点火――瞬く間に加速する、という発射方式である。
点火を許せば最後、MSでも戦闘機でも追いつけない。
(見えた!)
純白の弾体。
その下部から半透明なガスが噴き出される。
反射的に弾体の未来位置と、いまから発射する25mm機関砲弾の未来位置を重ね合わせ、機体を操る――そしてトリガーを引いた。
振動する機体。
結果は見ないし、見る余裕もない。
(同時発射モードでも、弾体同士の干渉を避けるために、1発目と2発目の間には3秒の発射間隔が設定されている!)
視界の端に生じる火球を捉えつつ、濃紺のMSは突如としてAMBAC――頭頂部と爪先を入れ替えるようにぐるりと半回転し、それから2発目の外殻をパージした。
「1発目は囮だぞ、ジ・アースッ!」
「言われずとも、見えてますって!」
発射母機から切り離された弾体がガスを放出――それに機首を向けつつ、機関砲弾の偏差方向を直感する。それから素早くトリガーを引いた。もうこれで25mm機関砲の出番は終わりだ。俺はトリガーを引き続ける。
混じる曳光弾は、想像通りの軌跡を辿っていた。
次々と弾体に吸いこまれていく25mm機関砲弾。
「……」
わずか10秒前後の攻防。
「きみは、英雄だ――」
「大袈裟ですよ」
「だから謙虚すぎる、と言っている」
爆散する弾体。
橙の火球は生じると同時に、速やかに消えた。
たとえ弾頭が生き残っていたとしても、適切な軌道に誘導されることはない。
「シャングリラ・コントロール、こちらジ・アース。核弾頭の破壊に成功した」
それから一言、付け加えた。
「戦争は終わった」
◇◆◇
「フェンサー各、来るぞッ!」
宇宙の闇を背景に、ジオン共和国軍の所属を示す2本の白帯を胴部に描きこまれたザク改の編隊が散開し、シュツルム・ファウストの斉射を避けた。速やかに彼らは再集結して、90mmマシンガンで弾幕を張り、突進してきたザクⅡの群れ――その最先頭機の装甲板を吹き飛ばし、捲れ上げ、そして
「この傀儡どもが!」
「傀儡? 笑わせるっ!
ザク改の編隊はザクⅡの攻撃を退けると、むしろ中隊規模のザクⅡの群れを圧迫した。抗しきれず、ジオン公国軍のマークを後生大事に施している濃緑の機影は、漂流するスペースデブリの最中に後退し、ザクマシンガンをフルオートで撃ちはじめた。
宇宙世紀0081年――戦いはまだ、終わっていない。
宇宙世紀0080年、デギン公王の退位宣言とともにジオン公国はジオン共和国に国号を変え、地球連邦に自治権を認められた行政組織として再出発した。
ジオン公国軍は形式上、保有する装備を放棄して解散――その後、ジオニック社をはじめとする旧ジオン公国系軍需企業の協力を得て、旧公国軍よりも質・量ともに縮小されたジオン共和国軍が創設された。
ジオン共和国軍の任務は大別するとふたつある。
サイド3の治安維持と、ジオン共和国の復員指示に従わない自称・旧公国軍の対処である。
特に後者は、地球連邦政府がジオン共和国に対して強く望んだ機能であった。地球連邦は復興予算を捻りだすために巨額の軍事費削減に動いたが、同時に旧ジオン公国軍残党への対処が後手に回ることを恐れたのである。そのためジオン共和国軍には、残党狩りを主任務とする機動部隊が設けられた。
このジオン共和国軍は、瞬く間に大規模な戦闘を経験することとなった。
――デギン元公王の不審死。
ソーラ・システムの照射に巻き込まれて戦死したキシリアに続き、デギンが亡くなったことで、一年戦争当時に開戦の意思決定にかかわったザビ家の人間は消えた。このデギン元公王の不審死を、旧ジオン公国軍残党はジオン共和国による陰謀だと
「バズ!」
ジャイアントバズを担いだザク改がデブリごとザクⅡを吹き飛ばしにかかる。
が、そのときザク改らの母艦から切羽詰まった通信が飛んできた。
「そいつらは囮だ!」
「なにっ!?」
ザク改の戦陣から離れた宙域を、4機のリック・ドムが翔ける。
彼らが構えるジャイアントバズ。
その弾頭の先にあるのは、サイド3を構成する半開放型スペースコロニーの1基。
「しまった――」
ザク改が手持ちの重火器をリック・ドムに向けるも、間に合わない。
ジャイアントバズの弾頭が発射され、真っ直ぐにコロニーの外壁へ向かっていく。
通常弾頭ならともかく、旧ジオン公国軍が保有していた戦術核弾頭ではない、という保証はない。
むしろ旧軍残党が核兵器を保有していない、と考えるほうが呑気であろう。
「ジークジオン! ジオンを僭称する者どもと、事なかれ主義を貫く連中に裁きの鉄槌を――」
快哉が垂れ流される周辺宙域。
その宙域にわだかまる宇宙の闇を、若草色の光芒が奔った。
遅れて4つの火球が生じる。
「な――」
「フェンサー」
敵味方ともに唖然とするなか、1機の重戦闘機が翔けてくる。
そして翔けながら重戦闘機が抱える主脚が展張した。
続けて機首部分がバックパックに収納される。
そして姿を見せたのは、生命萌ゆる緑のツインアイ。
「アルケイン!?」
白銀の世界に灯る炎、その橙を身に宿したMSがビームライフルと呼ぶには長大に過ぎるそれを構えた。
「ジ・アース……!」
ある者は恐怖とともに、ある者は畏敬とともにその名を呼んだ。
「慌てるな、ホンモノじゃ」
統制をとろうとした隊長役のパイロットは次の瞬間、メガ粒子の奔流を浴びて蒸発していた。
「こちらジ・アース。リック・ドムのほうは私が片づける」
(結局、なかなか平和にはならないよな……)
そうアルケインを操る彼は内心嘆息しながら、棒立ち状態になったリック・ドムに照準を合わせた。
その操縦席の天井部に収納されているマニュアルには、出所日と“出所したらしたいことリスト”が記されたシルヴィア元・宇宙軍准将からの手紙が挟んである。
『この
完