しあわせをのぞむならば   作:華歳ムツキ

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「感覚的には寝ているだけなので、なんだか悪くない仕事だったかもしれません……いや、多分眠りながら頑張っていたんですけどね」- 円居


昔日の学び舎に別れを

大河ドラマにでも出てきそうな古民家に上がり、円居は妙な感覚を抱いていた。

円居は東京生まれの東京育ちのため、こういった如何にもな田舎の和風家屋とは縁遠い。なのに、古めかしい木目の廊下や漆喰の壁を眺めていると不思議な懐かしさを感じる。これが日本人共通の原風景というものなのだろうか。

 

 

「円居くん、どうかしましたか?」

「いえ……こういった古民家には初めて入るのでちょっと戸惑ってしまって」

「都会育ちだと確かに戸惑うかもしれませんね」

 

 

玄関で立ち止まっていた円居だが、先に奥へ進んでいた廿酒に呼ばれて我に返った。慌てて廿酒がいる居間まで行くと、古民家の雰囲気には似つかわしくない機材類が目に入る。事前に実験準備を済ませた研究員達が運んでおいてくれたのだろう。

 

 

「散らかっていてすみません。居間がこの家で一番広い部屋なんですが、それでも手狭なもので……あ、適当に座ってください。実験前に改めて今回の件について確認しておきましょう」

「はい」

 

 

隙間を縫うようにして座卓の前に座ると、そこから隣の部屋が見えた。襖が開け放たれたままになっており、隣室には布団が敷かれている。今回の実験のためのものだろう。

 

 

「事前に連絡した通り、この旧鏡沢村では集団失踪事件が発生しています。それも、一度切りではなく何度も。引き金となっているのは村の敷地内で眠ることであり、80名近くの住民が未だ帰還していません。しかし、一部の者は帰還しており、彼らの証言にはいくつかの共通項があります。曰く、眠ったら鏡沢小学校の中にいて、そこには他の者もいたと。また、内部には奇妙な化け物がいたそうですが、この見た目について詳細な情報を聞き出すことはできませんでした」

「学校に化け物……まるで七不思議ですね」

「確かに、そういった都市伝説や怪談といった形で元から校舎に何らかの異常存在が住み着いていた可能性も踏まえ、帰還した住民達に尋ねましたが……これといって有力な情報は得られていません。敢えていうなら、学校の七不思議として河童が出てくるのは少し珍しいぐらいでしょうか? しかし、ここは長野ですからね」

「……長野って河童が有名なんですか?」

「河童橋がありますから」

 

 

河童橋はそれなりに有名な吊り橋だ。名前の由来は諸説あるが、昔の人は橋の下に流れる川の深い淵には本当に河童が住んでいると信じていたらしい。後に芥川龍之介が自作においてこの橋に言及したことで有名になり、現在も時折観光客が訪れるそうだ。

 

 

「実際の鏡沢小学校は今年廃校になっており、内部を調査したものの特に異常な点は発見できず……現状、住民は鏡沢小学校に類似した異空間に転移していると考えられています。そして、そこに入るには調査員も住民同様に村で眠るしかありません。当初はDクラスを1名送り込むつもりでしたが、幸い円居くんの派遣要請が通りました」

 

 

円居はどんな異空間だろうと脱出できるが、脱出の仕方は正直なところ当人にもよく分からない。SCP-2503のような場合であれば入り口を固定する形で脱出するが、SCP-826のような場合は固定すべき入口もないため、何らかのタイミングで勝手に出てくるのだ。

おそらくは基底現実と地続きか、それとも完全に隔絶されているかで条件が変わるのだと思われるが、円居に限らずアノマリーの性質全てを解き明かすのは難しい。特に、人型オブジェクトの場合は外的要因で異常性が少しずつ変化することも多いからだ。

円居と同じくエージェントとして使われているアイリスも、当初はポラロイドカメラでなければ異常性を発揮できないと思われていた。収容から数年以上経って初めて、タブレットやスマホといった画面からでも異常性を行使できると分かったのだ。

結局のところ、重要なのは原因ではなく結果である。脱出方法は場合によって異なるとはいえ、出てこれなかったことは一度もない。今後もないだろう。

 

 

「転移時に同行者との連携が維持できるか不明なため、今回は単独での任務となります。普段とは勝手が違うと思いますが、現地では臨機応変な対応をお願いします」

 

 

そう言って差し出された睡眠導入剤を受け取り、円居は隣室の布団に潜り込んだ。

 

映像記録941-JP.1

20██/██/██


[記録開始]

 

起動したままになっていたボディカメラに民間人らしき男性が映し出される。

男性がエージェント・円居に手を伸ばした瞬間、映像が激しく揺れる。

 

鹿野氏:うわっ! す、すみません……そんなに驚くなんて。こんなところで寝ていたら危ないと思い、起こそうとしたのですが……。

円居:ああ……こちらこそ申し訳ない。目を開けたら知らない天井が見えたものでつい。

鹿野氏:いえ、無理もないですよ……っと、廊下で話すのは少し危ないですね。よければそちらの教室に入りませんか? あなたもいきなりことで困惑しているでしょう。私は数日ほどここにいますから、あなたが抱えている疑問のいくつかに答えられるかもしれません。

円居:そう、ですね……。

 

エージェント・円居と鹿野氏両名が教室と思われる部屋に入る。

 

鹿野氏:まずは自己紹介すべきですよね。私は鹿野██といいます。

円居:僕は円居逸樹といいます。実は知人を探すため村へ来たのですが、気付けばここにいて……ここは一体どこなんでしょうか?

鹿野氏:すみません、それは私も分からなくて……他の村人達もここにいるんですが、誰もここから出られないので何も分からないんです。

 

鹿野氏は部屋の窓に歩み寄り、開こうとしてみせる。本来の間取りならば校庭に面した窓だが、窓は施錠されていないにも関わらず開かない。

 

鹿野氏:こういう感じで、外へ出られそうな窓や扉はどれも開かないんです。それに、校内には得体の知れない化け物も徘徊しているので中々探索も進まなくて。

円居:化け物?

鹿野氏:はい。リコーダーを吹いている河童みたいな茶色いやつとか、包丁を持った千手観音とかがいて、人間を見つけたら追っかけてきます。ただ、とても足が遅くて何かない限りは捕まりません。

円居:では、皆さん無事なんですね?

鹿野氏:それが……残念ながら捕まった人もいます。大体高齢者だったり、怪我や病気のある人が捕まって……殺されました。弾けるように死ぬんです。バァン!って。

円居:……あの、答えにくいことかもしれませんが、誰が死んだかは分かりますか? もしかしたら、その中に僕が探している人がいるかも……。

鹿野氏:そうですね……私も全員は把握していませんが、██さんとそのお孫さん、それに███さんとか……。

 

鹿野氏が挙げた名前はいずれも帰還者リストにある名前と一致する。

 

円居:よかった……あ、すみません。人が死んでいるのに不謹慎ですよね……!

鹿野氏:大丈夫ですよ。誰だって自分の尋ね人が無事なら安心するものでしょう。

円居:そう言っていただけると助かります。でも、もしものことがあってはいけませんし、とりあえず早いところ知人を探そうと思うのですが……他の方々がどこにいるか分かりますか?

鹿野氏:体育館の近くにあるボイラー室にいると思いますよ。この学校の部屋はどこも鍵がかからないんですが、何故かボイラー室の鍵だけ閉まるので皆そこに集まっています。ただ、今は行かない方がいいかもしれません。

円居:どうしてですか?

鹿野氏:化け物の移動ルートは決まっていないんですが、今は千手観音みたいなやつが体育館の近くにいるんです。体育館には別の化け物もいるので、挟まれたらいくら足が遅い奴らとはいえ危ないと思うので……。

円居:ああ、なるほど……なら、もう少し様子を見てから行ってみます。

鹿野氏:その方がいいと思います。それに、中には校舎内を探索するためにボイラー室から出てきている人もいるので、体育館に近づけずとも運が良ければ見つけられるかもしれません。

円居:ふむ。それじゃあ、僕も校内を見てこようと思います。

鹿野氏:ええ、お気をつけて。

 

エージェント・円居が部屋を出て鹿野氏と別れる。

 

[記録終了]

映像記録941-JP.4

20██/██/██


[記録開始]

 

エージェント・円居は廊下に立っている。付近には同規格の扉がいくつか並んでおり、エージェント・円居に最も近い扉の奥から男性二人の話し声が聞こえる。

 

███氏:本気で言ってるのか!? 目の前で二人が忽然と消えたって!?

██氏:ほ、本当だ! お前が部屋のドアにバリケードを作っている間、俺は確かに二人を眺めてたんだが……急に何の前触れもなく消えたんだ!

███氏:くそっ……何がどうなってる? 何日もおかしな場所に閉じ込められるわ、化け物のせいでボイラー室に戻れなくなるわ……今度は目に見えない化け物まで増えたっていうのか!?

██氏:俺に声を荒げられても……。

 

沈黙。

 

██氏:な、なあ。別に、目に見えない化け物の仕業ってわけじゃないんじゃないか……? もしこの部屋にそんなのがいたら、俺達だけ無事な理由が分からないじゃないか。

███氏:それは……そうだな。

██氏:けど、ボイラー室に戻れたら他の奴らになんて言えばいいのか……。

███氏:……何も言わないべきかもしれないな。

██氏:えっ?

███氏:ただでさえ妙なことばかり起きているんだ。そこへさらに何の理由もなく人が消えることもあるなんて知ったら……今度こそパニックが起きるかもしれない。

██氏:それは、そうかもしれないが……。

 

沈黙。

 

███氏:それより、今ここで私達がどうするかだ。今までにも探索に出た時、化け物のせいでボイラー室に戻れないことはあったが……誰かが寝ずの番をすることで外でも休息は取れていた。だから問題なかったんだ。眠れないとなったら話が変わってくる。

██氏:戻った方が……いいんじゃないか? まだ化け物がいるかもしれないが、正直もうかなり疲れてきているし……。

███氏:はあ……それしかないか。さっき見かけた奴がもうどこかへ行っているのを祈るしかないな。

 

扉の奥から物音が聞こえ始め、エージェント・円居は足早に階段へと後退する。

 

[記録終了]

 

頭が重い。睡眠導入剤を使った時特有の倦怠感を抱え、円居はゆるゆると瞼を開いた。

 

 

「お帰りなさい、円居くん。気分はどうですか? 妙なところはありませんか?」

「……ないです。ただいま戻りました……?」

 

 

ずっと傍にいたらしい廿酒の問いかけに頷きつつ、いつの間に戻ってきたのかと首を傾げる。自身の異常性によって戻ってきたであろうことは分かるが、一体どういう形で発現したのか自分でも分からなかった。これといって変わったことはしていなかったはずだが、中での出来事は夢のように朧げなため断言はできない。

 

 

「ひとまずボディカメラのデータを受け取るため、一旦装備を外しますね」

 

 

とはいえ、そういう時のための映像記録だ。廿酒にボディカメラごと渡した後、円居は立ち上がってぐっと体を伸ばした。畳に布団という伝統的日本式就寝スタイルは初めて経験したが、存外悪くない。床の上で寝るなんて体が痛くなるんじゃないかという先入観があったが、意外にも畳というのはそれなりに柔らかいものらしい。

 

 

「ふむ……なるほど」

「何か分かりましたか?」

「ええ、これは中々興味深い情報です。とはいえ、この場で何かを決めることはできませんから、一度持ち帰って他の収容チーム職員と話し合わないと……ひとまず村を出ましょうか」

 


 

補遺941-JP.4:救出計画

エージェント・円居による調査中、これまで再出現した一般人らとは異なり、健康な成人男性2名が再出現しました。追加調査の結果、SCP-941-JPにおいてSCP-████の異常性は、内部で睡眠を取ることによって脱出する形で発現していると考えられます。現在、エージェント・円居の派遣延長要請と村民らの救出計画が申請中です。

 




滑り込み書き納め更新。
しばらくいなかったので軽く近況報告をすると、原神に再熱して延々と探索してました。

タイトル: SCP-941-JP - 寝ても覚めても悪夢は終わらず
作者: Fennecist
ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-941-jp
ライセンス: CC BY-SA 3.0
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