今宵は川に流されて。
華鏡よさりは今日も悪夢を見る。
いや、今日は悪夢を見てしまった。あるいは、どういう訳か、今日と言う日に悪夢を見てしまったのである。忌々しいことこの上ないと表現すればいいのか、それとも、禄でもない夜だか昼だかの惰眠の最中に訪れたうたかたの夢を呪えばいいのか、甚だ疑問だ。
だが、まず間違いなく、神は死んだ、などと叫べる程度にはそれはもう禄でもない悪夢だった。付喪神であるところの一人のVtuberであるところの華鏡よさりにでさえ、そう思わせるだけの状況は酷く整い過ぎていた。
なぜそう思えたのか?
答えは簡単である。
気づけば浮き輪を抱えての川下りである。
それはもう呑気なレベルで緩やかな下流での川下りであった。
どのぐらい呑気なレベルか? ゆとり桃太郎もビックリなレベルで緩やかな、と表現すれば伝わるだろうか。別の表現を求めているのならば、雲を凝視しているとゆっくりとではあるが少しずつ空を動いているのだな、などと思わせる程度に、現代人からすれば忘れてしまっているほどに呑気で、とろく、蚊が止まる程にはゆっくりと表現しておこう。それ以外で? ゆっくりだ。とにかく、ゆっくりである。
お日様は煌々と、もしくはニッコリと、あるいは下卑た笑いを浮かべているかもしれない。いや、腹を抱えて大爆笑、そんな気がしてならない。いっそ、天照大御神でさえ、机を散々に叩き、笑いを必死に堪えた上で、噴き出してそこら中を転げ回って大笑いしている程に、その太陽はほのぼのとしていた。平和、能天気を通り越して、アホだ。
「……はぁ」
どうしてこうなった、などとは思うまい。そんな禄でもない事は考えるだけ無意味なのだ。そう、理不尽、理不尽である。不条理、この世の摂理とはかけ離れたよく分からないルールによって壊れ果てた世界が生み出したバグのソレだ。
世界に溜息を吐露したところで、誰かが何かの答えを与えてくれるでも無し。
しかし、その禄でもない悪夢は「こういう世界観ですよ」とばかりに遡上する本当にどうしようもない連中を見せつけてくれる。
声を揃えて「せいや、そいや」と。
オール、もしくは櫂とも言う。体は黒服、頭脳というより、頭部はエビフライ、その名は自称するところによればリスナーだ。本人らの言う所によれば、と強調しておきたい。何せ、Vtuber華鏡よさりに言わせれば、エビフライ頭の黒服など、奴らが「黒服」などと自称している事実は認めておらず、強いて言えば「きみたち」と総称しているにとどまっている事実を考えれば、ああいう連中をリスナーとは認められないからだ。
例え、この手の悪夢において、一般人という役柄を担うのも事実と言う訳で、都合よく表現されている馬鹿馬鹿しい連中に過ぎない。
しかし、しかしである。
頭エビフライの黒ずくめな連中数人、いや、十数人からなるむさ苦しい馬鹿野郎共が一糸乱れぬ呼吸で掛け声と共に、オールを漕いでいる光景は如何なものだろうか、静かな川下りと逆行するかのように、自分たちは「いい汗を流していますよ」と強調せんばかりに声を揃えて「せいや、そいや」などと、昨今の体育会系などでもまず聞かないレベルの掛け声で以て必死に櫂で弧を描く動きをしている。
近くで見ればそれはもう青春の1ページなのだろう。ただ、服装が真っ黒なスーツで、頭が好青年ではなくエビフライで、とても現代的とは思えない「せいや、そうや」などと言う暑苦しい事極まりない掛け声で、常軌を逸していなければ、それはもう青春物語と扱ってしまっていいのだろう。扱えるのであれば、だが。
恐ろしく緩い川の流れに反して、必死の形相と言わんばかりに川を遡上するエビフライの一団はあっという間に居なくなり、静かな空間が訪れた。
ここがちょっとしたボートで昼下がりのボートの上で、穏やかな陽光の下、平和を謳歌せんばかりの光景であれば、どれだけ平和だった頃だろうか。生産的ではないにしても、穏やかな世界を切り取った一場面であったことだろう。世界にはこうあってほしい物だと頷き、牧歌的な一瞬を切り抜いたと言わんばかりに、次第によってはスタンティングオベーションを勝ち取ったかもしれない。いや、それは過言か。
しかし、この悪夢はどうだろうか、屋形船と贅沢は言わないにしても、ボートすら用意してくれない。浮き輪ひとつで川に放り込まれ、ただ流れに従って漂うだけとは。この悪夢の財布事情にもほとほと愛想が尽きたと言わんばかりの低予算っぷりではないか。
キャストはどこだ、川下りなのだ、河川敷で野球をしている少年らが居たとこでは不思議ではないではないか、だというのに、どうして、こうも静かなのか、精々の演出がアホらしい事この上ないエビフライ頭の遡上光景のみ? それはもう怠慢を通り越して、サボタージュではないだろうか。
夢という言葉にはもっと、こう、幻想的で理想的な何かを見せられる魅惑的な意味合いがあるはずなのに、残念と言う表現が見つからない連中を見せられただけで、川下へ流されるだけの夢? 断じて、そう、断じて、断固として受け入れられる話ではないのだが、遺憾ながら、この夢は川と同じだった。
どういう訳か?
それはもう明瞭だった。
記憶ごと意識諸共押し流されるのだ。
本当にどうしようもない夢は時間と言う流れに押し流される。
憎むべきか、あるいはこんな悪夢は早々に忘れ去るべきか、迷いどころだった。
そうして、華鏡よさりは悪夢から目覚める、微かな不快感を目覚めに残して。