市立スパイ学園の生徒会長〜『天使殺し』の英雄が、国家転覆を図るまで〜   作:さと かんひこ

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第十八話 自由の教会

 プレーリー州は、アルトベルゼのほぼ中心に位置する連邦最大の州だ。

 州の八割を占める肥沃で広大な平原(プレーリー)がその名の由来で、世界有数の大穀倉地帯として名を馳せている。

 バッファローレイクはその外れの方にある都市で、名の通り大きな湖に面した人口二万人弱の田舎町だ。

 そんな人間よりも家畜やバッファローの方が多いような町に、民主化運動の聖地とも呼ばれる教会はあった。

 サン・フレデリコ教会。

 一人の神父と、修道士とシスターが二人ずつ在中する小さなこの教会に、全国から数多くの民主活動家や学生運動家達が集まっていると言うのは、界隈では有名な話だった。

 

 三百年前、大帝国の植民地だったアルトベルゼの歴史は、この教会から身を起こした二人の英雄によって大きく変わる。

 独立の英雄ジャック・グレイ、初代統一総統ジェームズ・グレイの兄弟は、サン・フレデリコ教会で幼少期を過ごした。

 圧政と重税に苦しむ人々に自由を与えた二人の英雄の始まりの地として、教会は今なお厚く崇敬されている。

 

 自由の子らよ、汝を守り受け入れん

 

 礼拝堂のステンドグラスに記された言葉の通り、この教会は政権の意向に反して民主活動家達を積極的に保護している。

 民主化運動を抑制したいアダムス政権も、国民の八割が信仰する大宗教の施設、それも独立の英雄ゆかりの地に兵隊を乗り込ませるような真似は不可能だ。

 その為この教会は国内最大級の不穏分子の根城でありながら、今の今に至るまでほぼ手つかずのままその活動を続けている。

 

「……だが、それも次の政権に移れば分からない」

 

 プレーリー州都ダグラスシティから目的地に向かうバスの最後尾の席の隅。窓の外に広がる雄大な牧草地を眺めながら呟くアラタに、ジョン――もといエレノアは小さく頷いた。

 

「ロック局長が総統の席に座ることになれば、今以上に苛烈な弾圧を始める可能性が高い。あの人なら、教会を標的にすることも厭わない」

「とはいえ、教会からすれば異端で合理主義者のウィルソン部長が就任するのも不安な訳だ。辛うじて残っている特権を奪われたら、丸裸も同然だからな」

「そう、だから彼らは“教授(ドナルド)”に助けを求めた。有力な後継者候補三人の中で、最も教会の意向に沿う考えを持っていたからね」

「そのパイプ役が、お前だったわけだ」

「そういうこと。流石だね、相棒」

 

 エレノアはそう頷いて、爽やかな笑みを浮かべた。

 ……だが、ドナルドは後継者争いからの離脱を宣言すると、さっさと北部へ隠居してしまった。教会からすれば、突然はしごを外されたような形になる。

 その上、先日の独立記念式典での事件だ。世論は国民を顧みず事に及んだ全反体制派への不信と、政権への同情に沸き立っている。

 教会も、彼らの保護する活動家達も、今頃大混乱の最中にあるだろうことは想像に難くない。

 

 反体制派も、一枚岩では無い。

 教会や若年層、学生らに広く支持される穏健な民主派と、北部地域や各都市のスラムを活動拠点にする過激派の主要二勢力による対立は特に激しく、独裁打倒が一向に進まない要因になっている。

 トーマスからもたらされた資料によると、『セラフィムの意志』はそんな過激派らの尖兵らしい。もっとも、出どころ故にその信憑性も怪しまなければならなくなったが。

 

 ダグラスシティを出発して三時間。車窓から見える景色が突然変わった。

 味気なく真っ平らだった牧草地が、なだらかな丘と木々が点在する草原地帯に一変した。

 少し遠くの方には、日の光をキラキラと弾きながら風に波打つ湖と、その縁をなぞるように建つ家屋が見える。

 エレノアが、身を乗り出して湖の方を指さした。

 

「あそこに見えるのがバッファローレイク。教会までもうすぐだよ」

「そりゃ良かった。座りっぱなしで腰が痛くなってきたところだったんだ」

「へぇ、チェリーでも腰痛に悩むんだね?」

「湖に沈めてやろうか」

 

 アラタはそう軽口を叩きながら、窓の向こうに広がる景色を神妙な面持ちで眺めるエレノアの横顔を見つめていた。

 

(バディ。お前の忠誠は、何処にある?)

 

 旧友を疑う己の心が、アラタはたまらなく嫌になる。

 やがてバスは、小さな教会の前に停車した。

 

 

 *

 

 

 その教会は都市部のもの比べれば慎ましやかだが、それでも充分な威厳と風格を持った、温かみのある立派な造りになっていた。

 礼拝堂の隣に併設された孤児院から響く子供達の賑やかな声を聞きながら、二人は門をくぐって扉を押し開け、中に入った。

 

 昼の礼拝はとうに終わっているはずだが、中には七人の人々が残っていた。

 二、三人で寄り集まって隅の方で何やら談笑する若者達、長椅子の後ろの方に座って読書をする男、最前列で祈りを捧げる一人の女。

 いずれも、三十歳に満たないような年若な者達だった。

 

「さ、着いてきて」

 

 そう言って祭壇に向かって真っ直ぐに先行するエレノアの背を追って、アラタも礼拝堂の奥に向かう。

 中にいた若者達の視線が、一気にアラタ達へ集中する。先導者の白スーツが目を引いている訳で無いのは、言わずとも分かった。

 

「……素人共だな。警戒心が見え見えだ」

「みんな本職じゃ無いからね。逆に安心だろ?」

「まぁな」

 

 お互いにしか聞こえぬような声でそんな会話を続けていると、やがて二人は最前列の長椅子に到着した。

 

「神父様を呼んでくる。座って待ってて」

「早く帰ってきてくれよ。寂しくて死んじまう」

 

 そんな短いやり取りのあと、脇の廊下へ向かっていくエレノアを見送って、アラタは静かに席についた。

 

 礼拝堂は、驚くほど静かだった。

 息つくことすら憚られるような静寂と緊張感にも似た雰囲気が、色とりどりのステンドグラスから射し込む日の光に照らされている。

 こういった空間に来るのは初めてだ。妙な落ち着かなさを感じていると、不意に横から声をかけられた。

 

「礼拝に来るのは初めて?」

 

 若い女の声だった。

 アラタは気恥ずかしげな様子を装って頷きながら、女の方へ振り向いた。

 

「ええ、お恥ずかしながら。両親が無神論者だったものでして」

「恥ずかしがることないわ、誰しもみんな元は初めてなんだから。早いか遅いかなんて些細なことよ。それに、無神論も立派な考えの一つよ」

 

 くすんだ長い金髪をしたその女は、そう言って柔らかにはにかんだ。暗いサングラスをしているせいで目元は良く見えない。

 年齢は、アラタ達より少し上のように思えた。

 

「一緒にいらしてたのはお友達?」

「ええ、そうです。寄宿学校に通っていた頃のルームメイトで、もう長い付き合いになります。

 ついこの間まで北グルベの神学校に留学していまして、先日帰ってきたばかりなんですよ」

 

 そう言うと、彼女は驚いたように口元を手で覆った。

 

「まぁ! 私もこの前までグルベに居たのよ、すっごい偶然ね!

 私ジェシー。ジェシー・ブラウンって言うの、よろしく。ねぇ、あなたのお友達のこと、もっと教えてほしいわ! だって彼、すっごくハンサムだもの」

 

 北グルベで“ジョン・ドゥ”としての活動中、エレノアはどうやら変装をしていたらしい。

 ジェシーを名乗る彼女は、先ほど目の前を通り過ぎていった人物が留学中にその身を救ったボディーガードだと気がついてはいないようだ。

 

(ジェシー・ブラウン……彼女がマイケル・ブラウンの孫娘か)

 

 アラタの胸の中に苦いものが広がった。

 数ヶ月前、喫茶店でドナルドの命を狙った『中央』、もとい『セラフィムの意志』の老エージェント。

 アラタに組み伏せられる直前、毒を飲んで自決し果てた刺客。その唯一の肉親が、彼女だった。

 

「俺はアラタ。アラタ・L・シラミネ。よろしく、ジェシー。アイツのこと教える代わりに、俺にも礼拝の仕方を教えてよ」

 

 心中複雑ながらも、アラタはそう言って手を差し出す。ジェシーはにっこり笑うと、その手を取って固く握った。

 自らの祖父を死に至らしめた、肉親の血で汚れた手であるとも知らずに。

 

「ええ、勿論良いわよ! 契約成立ね」

 

 ジェシーが弾けんばかりの笑顔を浮かべてそう言った直後、エレノアが一人で席に戻って来た。

 

「相棒、おまたせ。神父様が向こうで待ってる、行こうか」

 

 エレノアの端麗な顔に釘付けになって頬を染めるジェシーを横目に、アラタは大きく頷いた。

 

「分かった。

 ごめんジェシー、用事ができてしまって……俺はしばらくこの辺りに泊まる予定なんだけど、君は?」

 

 アラタの呼び掛けに、一気に現実に引き戻されたジェシーが、残念そうに口を開く。

 

「あら、残念ね……。私もしばらくこの教会に泊まらせて頂く予定なの。約束はまたのお預けね」

「そうだね。それじゃ、また」

「ええ、また」

 

 そう言って、ジェシーはエレノアに向かってウィンクする。

 アラタは笑顔で手を振ってジェシーと別れ、エレノアの背を追った。

 

「相棒、ボクは感動したよ」

「なんで?」

「奥手なキミも随分タラシになったんだなって」

 

 無人の廊下。ニヤニヤと笑うエレノアの背を、アラタは思い切りはたいてやった。

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