市立スパイ学園の生徒会長〜『天使殺し』の英雄が、国家転覆を図るまで〜   作:さと かんひこ

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第四十五話 出藍

 南岸に設けた拠点の内部。

 リアルタイムで送信される衛星写真からアラタの潜入したキルグーシ軍基地の様子を観測していたリタは、ふとある重要な真実に気が付いた。

 配備されてた軍用車両の数が、基地の規模とは不釣り合いなほどに少ない。

 戦車も装甲車もトラックも、水陸両用車からヘリコプター、果ては車両に留まらず船舶に至るまで、これから一騒動起こすのには、それも当日というのにはあまりにも少なすぎる。

 もう攻撃が始まっているのかとも一瞬頭を過ぎったが、すぐにそうでないことには思い当たった。

 彼らが行動を起こすなら、まず間違いなく標的は今リタのいる五大湖南岸地域だ。

 それに、敵基地周辺にはリタの他にも観測人員やバックアップが複数潜伏している。

 何か重大な事が起きていて、リタに報告がないというのはあり得ない。

 

(まさか、先手を打たれた……?)

 

 それもまた考え難いだろう。リタと潜伏中の彼らは定期的に生存確認の連絡を取っている。

 最後の連絡からまだ十分も経っていない。

 

「かいちょー……」

 

 建物から出て、リタは五大湖の向こう岸を睨む。

 想定外の事態が、この湖の向こうで起きている。

 ヘリコプターの轟音が夜空に響き渡ったのは、そのすぐ後のことだった。

 

 

 *

 

 

 屋上にそよぐ夜風が傷口に染みるのを感じながら、アラタは片手一本でコンバットナイフを握って迫りくるドナルドを迎え撃った。

 刃の刃がぶつかり合い、耳をつんざく様な金属音と共に火花が散る。

 サーチライトに照らされたドナルドの目は、異様な光を宿していた。

 

(重い)

 

 利き手でない片腕、それも重傷を負った老体とは思えぬほどの力に、アラタは奥歯を噛み締めた。

 手負いの獣の最後の意地か、はたまたアラタの身に蓄積した疲労が故か、考える余裕は最早無かった。

 

 不意に、目線の下で何かが動くのが分かった。

 咄嗟にアラタは鍔迫り合いを解いて後ろに飛び退き片膝をつく。

 ドナルドが足払いを掛けたと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 アラタは無意識の内に苦笑すると、額に浮かぶ汗を拭った。

 

「今のは……いけたと思ったが……」

 

 ドナルドも、眉間にしわを寄せつつ悔しそうに笑みを浮かべて息をつく。

 互いに、もう満身創痍の状態だ。

 

「視野を広く持て、と、あなたに教わりました」

「…………そう、だったか、な」

 

 ドナルドは一瞬辺りの様子をうかがうような素振りを見せ、何かを納得したような顔で頷くと、口を開いた。

 

「連中、め……この件の、始末を……君につけさせる……つもりらしい……」

 

 キルグーシの腰抜けどもの考えそうなことだ、と、切れ切れの息をつきながらドナルドは口元を歪める。

 やけにすんなり潜入できたのも、彼らが建物を囲うだけ囲んで一向に制圧に来ないのも、そう考えれば辻褄が合う。

 あるいは、

 

「あなたが勝つ可能性も、考慮の内に入れているのかも、しれませんね」

「……なら、頑張らないと、なぁ」

 

 瞬間、ドナルドは目にも止まらぬ速さで左手を振り上げた。

 鈍い音と共に、右(もも)に激痛が走る。

 投擲されたナイフがものの見事に突き立てられたのだと気づいた頃には、もう遅かった。

 アラタのすぐ目の前まで肉薄したドナルドは、勢いのままに傷付いた右腕を振り抜いた。

 血しぶきが舞い、世界が揺れ、傾き、倒れる。

 気が付くとドナルドは、アラタをじっと見下ろしていた。

 その左手には、隠し持っていたのだろう短剣が握られている。

 

「勝負は、最後まで分からんものだ……そう、君らに教えたこともあったな」

 

 短剣を逆手で持ち、鋭い眼光でアラタをぐっと睨みつけ、ドナルドは落ち着いた様子でそう呟く。

 もう、立ち上がれそうには無かった。

 

「まだ、そんな力を、残していたんですね」

「私にも、死ねない理由がある――それに、君の言う通り私が勝てば、奴らも考えを改めるかもしれんしな」

 

 確かにそれは一理ある。

 キルグーシ軍は、一度はドナルドらの考えに同調した身だ。土壇場で政府に計画をひっくり返され、不満を抱いている連中も少なくないだろう。

 ドナルドの健在は、そんな彼らにとって強い追い風になる。

 そして同時に、軍事政権からの脱却を目指すスタンフィールド総統には致命傷になりうる事態に繫がる。

 冷たい夜風を肌で感じながら、アラタはまぶたを閉じ、一つ息をついた。

 

(すまん。あとは、任せた)

 

 暗闇の向こうに、明るく笑うリタが見える。

 負の連鎖を自分の代で断ち切れず、あの生意気で可愛い後輩に託さなくてはならないことが、悔やまれる。

 

「……先輩に、なにか伝えることは、ありますか?」

 

 有るか無きかのアラタの声に、ドナルドは虚を突かれたように動きを止めると、静かに首を横に振った。

 

「言いたいことは、直接伝えるさ」

 

 ドナルドは天高くに短剣を振り上げ、アラタの喉笛に狙いを定める。そして、

 

「また会おう。もう一人の、ジャック・グレ――」

 

 ――かいちょー!!!!

 

 拡声器越しに響き渡る懐かしい声が、ヘリのプロペラ音と共にキルグーシの夜空を揺るがす。

 

(リタ……)

 

 ドナルドの動きがピタリと止まり、短剣が空中で静止する。

 彼の視線が、声のした空の彼方に泳いだ。

 

 まだ、やれる。

 

 アラタは上体を起こし、ドナルドの握る短剣に手を伸ばす。

 

「勝負は、最後まで分からないものです」

 

 肉の裂ける音がする。

 手のひらに、じんわり温かな血が溢れる。

 ドナルドは、大きく目を見開いたまま、仰向けに倒れた。

 その胸の真ん中には、彼の短剣が真っ直ぐに突き刺さり、赤黒い血が池のように広がった。

 

「……地獄に、あの子は…………居ない、だろうな……ぁ……」

 

 男はそう苦笑したきり、動かなくなった。

 風が、その白髪頭を優しく撫でる。

 アラタは直ぐ側に腰を落とすと、そっと、まぶたを閉じてやった。

 

 リタを乗せたヘリは、間もなく屋上にやって来た。

 アラタは、その到着を待たずにその場に崩れ落ちると、すっと意識を手放した。

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