市立スパイ学園の生徒会長〜『天使殺し』の英雄が、国家転覆を図るまで〜   作:さと かんひこ

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第五十三話 友の背

「……起きたか」

 

 夕闇が徐々に辺りを包みこんでいく頃、アラタは静かに目を覚ました。

 暗がりの中に、褐色肌の男がいる。どうやら、どこかの建物の床に転がされているらしい。

 

「トー、マス……。生きてた、のか」

 

 ひんやりとした床の冷たさを背で感じながら、アラタはかすれる声で友人だった男の名を呼んだ。

 トーマスは表情を変えることなく頷くと、傍らにそっと腰を下ろした。

 

「ここは……どこだ? どのぐらい寝てた?」

「セントラル郊外の、お前らとジェームズがやりあったキャンパスや。今やすっかり廃墟化してな、俺らの秘密基地になっとる。

 時間は……せやな、丁度丸一日ぐらいか。応急処置は済んどるから、安心せぇよ」

 

 言われて、アラタはようやくまだ身体が痛むことに気がついた。

 ジェームズに撃たれた左肩と、恐らくジェシーに撃たれただろう腹部の痛みが特に酷い。

 

(あの距離で……)

 

 急所を外れたのか。

 確かに拳銃に不慣れな様子だったが、それでもあの至近距離なら、例え腹に当たっても致命傷になっていたはずだ。

 

「……なんで、生きてる? なんで……生かした……?」

「お前を死なせるわけには、いかんかった。それだけや。ま、もっともお前は表の世界では死んだことになっとるんやけどな」

 

 言うと、トーマスは部屋の片隅に積まれた段ボールの中から空になった輸血パックをつまみ出し、アラタに見せた。

 用意のいいことだ。あらかじめ聞かれることを想定して、持ってきていたのだろう。

 

(そこまでして、俺を生かしたかったのか)

 

 段ボール数箱分もの血液を、恐らく非合法な手段で手に入れ、挙げ句生死を偽装して……そんな苦労をしてまで、彼はアラタを生かすことを選んだ。

 

(その理由は、なんだ。俺に、どんな価値がある)

 

 アラタが問い掛ける前に、トーマスが口を開いた。

 

「“学園”の復興。そのためには、お前が必要なんよ」

 

 トーマスはアラタのすぐ傍らまでやってくると、地べたにどっかり腰を下ろした。

 

「アダムス政権と、その後継を担うはずやった全ての軍部派閥は、民主主義の波の前に崩れ去った。

 一発逆転を狙った“セラフィムの意志”も、理事長を失い、ジェームズを失い、再起不能の状態にまで追い詰められた。

 ……けどな、これから誕生することになる新政府も、それを選ぶ国民も、当然実務経験はほとんど無い。何が起こるか、予測不能や」

 

 一呼吸置き、トーマスは続ける。

 

「自由の産声を上げた新生アルトベルゼは、これから手探りで国政を進めていかざるをえんようになる。キルグーシやらの仮想敵国や、国内の不穏分子連中にとってみたら、これは一世一代のチャンスや。

 産まれたてのヒナ鳥を、そんな敵から守ってやれる存在が今、この国にはおらん」

「……それが、“学園”復興の、建前か」

 

 トーマスは苦笑して、頷いた。

 

「お見通しやったか」

「お前は……いつだって“学園”の為に、動いてきた……。

 存在意義を……大義を失い、処分保留になって宙ぶらりんの“学園”と、その全生徒を……新政府がどう扱うか、分からない。だから――」

 

 アラタの言いかけた言葉を、トーマスが引き取った。

 

「だから、俺が死に体の“学園”に大義を与える」

 

 その瞳に宿る強い光を目の辺りにし、アラタは息を呑んだ。

 

「“セラフィムの意志”の残党連中を引き連れて、俺は今から地下に潜る。軍事政権の狂信者を演じ、各地で反新政府掲げて、テロをやる。

 “学園”の生徒達がこの先も生き残れる道を、俺が作る。やから、お前には……」

 

 トーマスが、アラタの手をしっかりと摑み、言った。

 

「お前には、その道に皆を導いて欲しい。死者として、影から」

「…………フェイ先輩のとこに持っていく土産話が、一つ増えたな」

 

 アラタは力強く握り返すと、頷いた。

 トーマスがホッとしたような顔をする。

 上層階へ繋がる階段から足音が聞こえてきたのは、まさにそんなときだった。

 

「迎えが来たぞ。もう、時間や」

 

 そっとアラタの手を離し、トーマスが静かに立ち上がる。

 もうきっと、彼と会うことは二度と無いのだろう。そう確信していても、心の奥底から湧き出た言葉を口にせずにはいられなかった。

 

「また今度……格ゲー、やろう。ネットでも……ゲーセンでも、どっちでも」

 

 眉を上げ、驚いたような顔をしたトーマスは、やがて柔らかに微笑むと、それきり振り返ることなく、いつかジェームズが開けた大穴の中へと消えていった。

 暗闇にその背中が消えていく。アラタは、じっと目を離すことなく見送ると、にじみ始めた両目を拭った。

 

「相棒!」

 

 階段を下り、すぐそばまで駆け寄って来たエレノアに、アラタはただ一言だけ呟いた。

 

「“セラフィムの意志”は、まだ生きてる」

「……知ってる」

 

 エレノアの大きな背に負われて、アラタはその場を後にする。

 安堵したからだろうか。途端に抗い難い睡魔が襲ってきた。

 アラタは、静かにそれに身を委ねた。

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