市立スパイ学園の生徒会長〜『天使殺し』の英雄が、国家転覆を図るまで〜   作:さと かんひこ

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終章 門出

 爽やかな秋晴れの空の下。涼しげな空気を胸いっぱいに吸い込んで、背広姿のリタは教会の門を潜った。

 アルトベルゼ西部プレーリー州の郊外、バッファローレイクに鎮座するサン・フレデリコ教会。

 その教会裏手の墓地には、普段は大勢の人々が死者を弔いに集まっているのだが、今日は不思議と誰もいない。

 しんと静まり返った墓地を、リタは一人、二つ分の花束を抱えて歩いた。

 

「お二人とも、ご無沙汰してるっス。最近ちょっと忙しくって……」

 

 やがて、目当ての墓標にたどりついたリタは、そう言って苦笑しながら、寄り添うように並び立つ二つの墓標――フェイ・リーとアラタ・L・シラミネの墓に花束を添えた。

 

 アラタが演説会場で惨殺されて、もう二年が経つ。

 遺体は殺害現場から速やかに回収され埋葬されたため、殺されたのが本当にアラタだったのかどうか、リタには本当のところは分からない。

 アラタは、世間一般にはアダムス元総統を暗殺した凶悪犯だと認知され、或いは英雄視されている。

 その彼の死が大々的に報道され、直後に“セラフィムの意志”の残党を名乗る人物が犯行声明を発信すると、一時国内は大きな動揺に晒された。

 

 スタンフィールド臨時政権から禅譲を受ける形でスタートを切った新政権は、軍事独裁下で長年民主化運動をけん引してきた人々の集まりだ。

 自分達の長年の努力や、友人、家族達の流した血の成果が、成立まもなく崩れ去ってしまうのを恐れたのだろう。彼らは、驚くべき手段に打って出た。

 “学園”の再興。

 新政権に加わった人物の中には、“学園”によって拘束されたことのある者も幾人かいて、彼らはその存在を良く知っている。

 恐ろしい敵は、味方にすれば頼もしいものだ。

 そういう発想が、彼らの独力で湧いて出てきたものなのかどうかはリタには分からないが、兎も角も、“学園”は新政権の下再び世に舞い戻った。

 

 管轄は、セントラルシティ特別市から国に変わった。

 国の直轄化に置くことで、“セラフィムの意志”のような反政府組織の温床となることを防ぐ目的もあったが、一番の理由はやはり市議会の腐敗によるものだろう。

 “学園”の元理事長だったドナルド・アーヴィングは、市の議会や行政にあまりにも大きな影響力を及ぼし、没後も“セラフィムの意志”によって影響下に置かれていた。

 その事実を暴いたのは、リタ達“学園”の元生徒達だ。

 新政府への忠誠と自らの持つ諜報技術をこの件で見せつけたことが、“学園”復興の一助になった事実は、疑いようもない。

 

「そんなこんなで、中々来れなかったんスよねぇ……ホント、お上も人使いが荒いのなんの」

 

 愚痴りながら、リタは地べたに膝をつき、腰を据えた。

 報告したいこと、話したいことがまだまだ山程ある。

 だが、口を開こうとしたとき、こちらに向かってくる足音が聞こえてきて、リタはそちらを振り返った。

 

「おっ、随分早いご到着だね、生徒会長」

 

 スーツを着たエレノアが手を振りながら、小走りでこちらにやってくるのを見て、リタはそのままの姿勢で頷いた。

 

「積もる話もあったっスからね。ふくちょ――いや、主任教官殿」

「前まで通り、副長でいいよ。……確かに、色々あったもんね」

 

 リタの横に並ぶと、エレノアはそうしみじみと呟いた。

 

 在学中に“学園”の機能停止を迎えたリタ達は、表の学校で言うところの『休学』扱いとなり、そのときの学年のまま復興に立ち合った。

 当時の生徒会メンバーは復興を期に一気に退任し刷新。リタ達次の世代が、その空いた席を継いだ。

 エレノアは、そんな新生“学園”において生徒達の諜報技術や戦闘訓練の指導を統括する主任教官となり、その他旧生徒会メンバーもそれに続いた。

 

「それで、副長はどうしてこんなに早く? 予定より三十分も早いっスよ?」

「いや、予想以上に道が空いててね、車が思ったより早く到着しちゃったからさ。……新しい理事長も、もうご到着だよ」

 

 エレノアが言った直後、教会の方から、一人の男が歩いてくるのが見えた。

 黒いサングラスで目元を隠した、まだ若そうな男。肌の色から、東洋人らしいことが伺える。

 その歩き形や雰囲気がどこか懐かしいように思えて、リタは束の間じっと彼を見つめたまま身動きが取れなくなってしまった。

 

「ご紹介するよ、彼はドワイド・ロイ・ポール少佐。青年民主活動家として新政権樹立に奔走した一人だよ。

 以前は国軍で諜報活動を行う部隊の指揮を執っていたんだけど、この度その技量を認められて“学園”の理事長になることが決まった」

 

 リタは、もうその話を聞いてはいなかった。

 ドワイドと紹介された青年は、五十メートルも無いぐらいの距離に迫っている。

 目鼻立ちも、髪形も、顎や頬骨の形も、何もかも見覚えがない。だが、ずっと昔から知っているような気がして、抑えられなかった。

 

 リタはエレノアの脇をすり抜け、彼の方へ歩んでいった。

 秋の光に、二人が淡く照らされる。

 対面したリタは、思わず口を開いた。

 

「……会長、ですか?」

 

 しんと静まり返った墓地。

 微動だにしない青年と、言葉を失ったようなエレノア。

 答えぬつもりかと思ったとき、男は、サングラスを取ってみせた。

 白日の元に現れた双眸は、リタの思いを確信に変えた。

 男は――アラタは、微笑んだ。

 

「流石だな、リタ。なんで分かった?」

 

 リタは答えることなく抱きつくと、額を胸に押し当てた。

 アラタが優しく背中に腕を回してさする。

 

「……悪かった。本当はもっと早く戻って来るつもりだったんだ」

「…………遅いっスよぉ」

 

 涙声でそういうリタに、アラタはもう一度「悪かった」と呟いた。

 気がつくと、エレノアが姿を消していた。気を使ってくれたのだろう。

 日が西に傾き始め、空がほんのり色づく頃、ようやくリタが顔を上げた。

 赤く腫れぼったい目でアラタを見上げ、リタが言う。

 

「なんで、隠してたんスか?」

「俺が生きていると世間に知れたら、それこそこの国は大混乱に陥る。顔を変えたとて、お前みたいなのにはすぐ気づかれるからな。

 ほとぼりが冷めるまで、別人として“学園”を裏から支援していた」

 

 トーマスとの一件は、あえて隠した。それでもこの勘の良い後輩には、気づかれてしまっているだろうが。

 

「もう一つ、良いっスか?」

「おう」

「かいちょーが生きてるってことは、このお墓には一体誰が?」

 

 リタが差したのは、アラタが入っているはずの墓石。

 過激派にあれこれされぬよう、墓標に名前は彫られていないが、関係者達にはアラタの墓だと周知されていた。

 アラタは静かにそこに歩み寄ると、墓前で膝をついて屈み、答えた。

 

「フェイさんを心の底から愛し、弟になりたいと願い、祈り、俺を憎み、恨み、その末に死んだ男……。

 ジェームズ・F・リー。それが、この下に眠る男の名前だよ」

 

 そう言われて、リタは二年前のあの景色を思い出した。

 演説会場の下から自分とアラタを狙撃した、あの若い男。それ以前にも、アラタの命を幾度も幾度も狙っていた。

 

「……これが、俺がこいつにしてやれる最大限の罪滅ぼしで、(はなむけ)だ」

 

 アラタは墓標をぽんと叩くと、静かに立ち上がった。

 

「私には、何もくれないんスか?」

 

 いたずらっぽくそういうリタに、アラタは苦笑し頭を掻いた。

 

「生徒会長の座で充分だろ?」

「えー、嫌っスよ。仕事ばっか多くて見返り少ないんスもん。なんかもっと良いもん欲しいっス」

「わがままなやつだなぁ……」

 

 言いながら、二人は外へ向かって歩き出した。

 秋の日が、緩やかに地平に沈んでいく。

 

「……ゲーセン、行くか」

「お、良いっすね! あそこ、最近夜も開けてるんスよ!」

 

 二人はそう言って振り返ることなく、門を潜った。

 新しい時代の空気を、胸いっぱいに吸い込んで。

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