結城友奈は勇者であるアフター 優翠の章 作:bakedapple
―――全ての戦いが終わった後、讃州中の屋上で青空を勇者部みんなで眺めていた。
みんなで誰も悪くない大喧嘩をしてしまったことへの気まずさは残っている。変わった世界でやるべきことがたくさんある。
でも今はみんなと生きて笑い合えることが嬉しくて。
そうみんなで・・・。
「あ・・・。」
ふと思い出す。袖で力いっぱい涙を拭い去って、勢いのままに立ち上がっていた。
「友奈ちゃん?」
「あの人・・・大赦の職員さんは?」
「安芸先生はあの霊園で別れて。」
(終わってなんか、ない!)
「ありがと、行ってきますっ!」
寝ころんでいたみんなから場所を聞き出して、少女・結城友奈は走り出していた。
全員が彼女の名前を驚きながら叫んでいたけど、気にしてる場合じゃなかった。
校内から正門、街中。駆けていく姿に色んな人達が声を掛けてくるけど、反応する余裕なんかなかった。
神婚のために用意された正装は走りにくかったけど、私服に着替えてる暇なんかない。何なら全部脱ぎ捨てて裸になってでも構わない。
間に合わなきゃいけない。ずっと一人で痛みを抱えていたあの人の所に駆け付けたい。
(わたし、また頑張れる。)
世界がどうこうじゃない。自分が勇者だからでもない。
他の誰でもない結城友奈がそう願うから、誰かのためにまた頑張ることができる。
がむしゃらに走り続けて辿り着いた、数えきれない墓標のそびえたつ広場。
額の汗を乱暴に拭って、酸素を求めて悲鳴を上げる身体に言い聞かせて。とにかくその姿を探し続けて。
「・・・いた!」
仮面は外れていたけど、背格好から自宅に訪問していたあの人だとすぐにわかった。力なく地面に座り込み、青空を見上げている。抜け殻のような姿に堪らなくなって。
「安芸先生ぇー!!」
カラカラの喉が張り裂けそうなほど、渾身の想いで叫ぶ。
「・・・結城、さん?」
走り続けた勢いのまま飛びついた。
先生の顔を見上げて気付いた。真っ暗な穴が開いた右目。自分達は結局間に合わなくて犠牲を出してしまったんじゃ。
「その右目。」
言葉は続かなかった。彼女の両腕が背中に伸ばされ、思いっきり引き寄せられたから。
「むぐ。」
強く強く。もう決して離さない、失わせないという想いが十分すぎるほどに伝わってきて。
「・・・良かった・・・。」
戻ってきてくれて良かった。
震える涙声で何度も言い続けて。汗だくの身体を抱きしめてくれた。
「ごめ、なさ・・・ごめん・・・なさ・・・。」
気が付けば友奈も今日何度目かの涙があふれてきて、安芸の身体に縋りついて。時間も忘れて声を張り上げて一緒に泣き続けていた。
しばらくして。2人は一緒に目を閉じ、手を合わせる。穏やかな青空の下、墓前で喪に服していた。
「それで私の所に来てくれたと?」
「はい。もう先生のこと思い出したら居ても立ってもいられなくって。」
三ノ輪銀。友奈にとっては少し先輩の勇者で、安芸にとって今も大切な教え子のお墓の前。2人で語り合っていた。これまでのこととこれからのこと。
ついこの間までお互いのことなんてほとんど知ることもできなかったのに、不思議な感じがする。
「お身体の方は大丈夫ですか。」
「もう何ともありません。勇者部に防人の皆や、大赦の人たち・・・牛鬼のおかげで。」
論より証拠と。少女は立ち上がって帯を緩めると、白装束を勢い良く脱ぎ捨てた。全身に刻まれていた禍々しい刻印はすっかり消え去っている。
安芸が無言で見つめている。少しして目元に安堵が浮かんだのが見て取れた。
友奈が満面の笑顔を見せると、先生もそれに応えようとぎこちなく微笑んでくれようとして。
「「あ。」」
お互いハッとする。目の前の人に安心してほしい一心だったけど、自分が青空の下、霊園で素っ裸になっていることに気が付いた。
「風邪引いちゃいますよ。」
先生が自分の白い羽織をかけてくれた。先生の色んな感情を閉じ込めていた純白の羽織。今は確かな体温が感じられて。大赦の人たちも同じ人間なんだと改めて感じることができた。
「その・・・右目、の方は。」
「後で病院で検査は受けておきますが・・・私も何ともありませんよ。」
・・・何ともないわけない。
「ごめんなさい。わたし達がしっかりしていれば。」
「いえ、結城さんと勇者部、防人の皆様は不甲斐ない大人に代わって戦ってくれました。」
安芸はお墓に向き直り、俯いた。その表情は暗く沈んでいる。きっと冷たい仮面の下でずっと隠されていた面持ちだ。
「貴女が苦しんでる時に、私は何もできませんでした。結城さん一人に背負わせて、結城さんのご両親を悲しませて、お友達同士で傷つけ合わせてしまった。」
「先生のせいじゃないですよ。」
「色んな人たちを振り回し続けた罰でしょうね。」
彼女の言葉は止まらない。もうそんな顔はしないでほしいし、もう自分を責めてほしくなんてないのに。
この人がどれだけ無力感に心を圧し潰されてきたかを。助けても慰めてももらえなかった長すぎる時間を少し想像しただけで。少女は何も言えなくなってしまった。
「・・・先生。」
「右目のこともあの子たちからの怒りも当然のことで・・・。」
「ダメです、先生。」
安芸先生の手を両手で包んで、俯いていた顔を真っすぐに見上げた。
先生と真っすぐに目を合わせてぶんぶんと首を大きく振る。もうそれじゃダメなんだ。
自分が儀式を進めている間、先生と勇者部でどんなやり取りをしていたのか、まだ詳しくは聞いていないけど。冷静じゃないみんなが先生にどんな汚くて酷い言葉をぶつけたのかはだいたい想像がつく。
「みんなの方が正しかったんだとしても。先生や大赦の人たちを傷つけていい理由になんかならないから。」
もし勇者部と先生の言い合いの場にいたら。その時ばかりはみんなに怒っていたかもしれない。・・・もしかしたら殴っていたかもしれない。
「勇者部や防人がヒトとして頑張れたのは、300年大赦が道を作ってくれていたからです。」
先生の顔から陰りは消えない。少しでも元気になってほしくて安心してほしくて。とにかく頭をフル回転させて。そしてピカーンと閃いたのが。
「えっと先生、お花を育てたことはありますか?」
「?多少はありますが・・・。」
「花は花だけじゃ咲かないんですよ。」
「えっと、結城さん?」
「時間をかけて種がブワーってなって土の中で根がグイグイってなって。茎が水や養分をコツコツ送って。それで初めて色んな花を咲かせるんです。」
きょとんとしてる先生に、友奈は話し続ける。
「お花が踏まれても千切られても病気になっても。また咲けるように茎は根から伸び続けてくれるんです。」
「えっとつまり、大赦はきっと茎で。目立たなくても納得できないことはあっても、大赦が伸び続けてくれなかったら、わたし達は咲けなかったから。」
・・・閃いたのはいいんだけど、自分でも説明がフワフワしてるのがとても分かる。
「とにかくもう、これ以上自分を傷つけないでください。大赦の人たちも苦しかったこと、今は分かってますから。」
勇者部や防人が世界の理不尽相手に頑張っているその裏で、大赦もまた見えない悪意と無言で戦ってきたこと。今の自分には、全部じゃなくても分かるから。
大赦は遠い存在なんかじゃなくて、勇者部とよく似たお隣さんなんだ。
順番が少し違えば、この300年で腐っていたのは勇者部や防人の側だった可能性だって十分ある。
「牛鬼と友達だったからかな。大赦もわたし達と変わらない人間だってこと、強く感じるんです。勇者部や防人のみんなと同じ。欠点ばっかで強くなんかないってことも。」
この世の人たちはこれからも進み続けて、その度に間違えて傷つけ合っていく。
勇者部は決して強い存在なんかじゃない。大赦とのいざこざでそれを知った時は正直ショックだったけど。でもそのおかげで、勇者部とは違う場所で、違う価値観で頑張っている人たちもいるって知れたから。
「みんなで一緒に幸せになりたいんです。先生たちの抱えてた辛いとか苦しいって気持ち、一緒に背負わせてください。」
「本当に・・・いいんですか?」
こくこくと力いっぱい頷く。
勇者部と防人がヒトとしての幸せを叫ぶだけじゃダメなんだ。自分たちだけの閉じた場所で訴えるだけじゃまだ足りない。より多くより広く伝わるよう形にしてくれる存在が必要で。
少なくとも友奈は大赦のこれからを信じてみたいと思っている。
「やっぱり・・・強いですね、結城さんは。」
「強いかは分かりません。でも自分たちだけの正しさで誰かが傷つくのは・・・やっぱり嫌ですから。」
また間違えることがあっても、また揉めることがあっても。友奈個人にだって譲れない意思がある。
結城友奈は困っている相手には魔王にだって手を伸ばす勇者で人間だから。
安芸は少しの間無言で青空を見上げた後、赤毛の少女に告げた。
「結城さん。これを受け取ってもらえませんか。」
「リボン・・・?」
「三ノ輪さんが使っていたものです。」
お墓に視線を向ける。先生も同じように見つめた後、しっかりと頷いた。
「嬉しいですけど・・・良いんですか?先生にとって大切なものなんでしょう?」
「結城さんにならきっと三ノ輪さんも喜んでくれます。誰よりも頑張っていた貴女への感謝として贈りたいんです。」
後ろを向いてください。そう言われて友奈が背中を向けると、丁寧にいつもの髪型に結わえてくれた。ズシリと重く感じたのはきっと気のせいじゃない。またくるりと向き直ると、安芸はさっきよりは無理のない微笑みを浮かべながらお辞儀をした。
「大赦を代表して。ヒトの未来を守ってくれたこと、本当にありがとう。」
「それじゃ・・・わたしからも貰ってください。」
脱ぎ捨ててあった神衣をまさぐって取り出した。少女がいつもつけているリボン。もう生きて使うことはないと思っていたものを、先生の目の前に差し出した。
「勇者部を代表して。ヒトの歴史を繋いでくれて、ありがとうございます。」
友奈と安芸の手が重なり合い、互いの掌に使い古したリボンが託された。
「重いですね。」
「はい、重いです。」
お互いへのありがとうとか無理しないでとか、もっと知りたい気持ちが込められているから。
安芸はリボンを軽く握りしめると、友奈の方へ向き直る。その表情からはほんの少し柔らかさが戻っているように感じられた。
「私も一歩踏み出さないとですね。・・・落ち着いたらまた会いましょう、結城さん。」
「はい、必ずです。銀ちゃんのリボン絶対大事に使いますから。」
勇者部の皆にまた秘密を作っちゃうけど。何だろう。自分でも不思議なくらい嬉しくてドキドキしている。
「あと・・・先生さえ良ければ、これからは友奈って呼んでください。」
「では・・・友奈さん。お悩みがあったらいつでもご相談を。」
御記、改めて日記にしっかり書いていかなきゃ。
安芸先生と生きてまた会えて、これからはいっぱい話せることも。
勇者部も防人も大赦も、少しずつでも一緒に変わっていけることも。
友奈と安芸の道がこれからどうなるかはわからない。勇者部にも大赦にもどんな未来が待っているかも保証はない。
それでも今は・・・出会えて本当に良かった。