結城友奈は勇者であるアフター 優翠の章 作:bakedapple
簡単に着替えを済ませて自宅を出る。冬の冷えた空気をゆっくり吸い込むと、胸の中のモヤモヤが少し落ち着いた気がした。
「・・・ふぅ・・・。」
隣家に顔を向ける。親友の東郷の部屋は暗い。さすがにまだ寝ているか、水浴びで身体を清めているのかもしれない。
声をかけようかとも思ったけど、今の自分の顔を見たらまた余計な心配をかけてしまうんじゃないか。
(行ってきます、東郷さん。)
胸の内で呟き、友奈はまたあの場所へと向かうことにした。
ヒトの世界の存亡と自分の命がかかった戦いが終わって数日。勇者部やみんなの家族、学校の友達、大赦の人達・・・目まぐるしく色んなことが変わっていった。
神樹様が人類に全てを託して去っていき、これからは残された自分たちが間違えながらでも進んでいく世界。
石段を一歩一歩上がっていく。薄紫の広がる空を見上げながら、踏みしめる石の感触を確かに感じ取っていく。
・・・ここまではあの時と同じ。でも傍にいてくれた牛鬼はもういなくて、心境だってまるで違う。
突然の神樹様との結婚の話。天の神にむしばまれていく身体。自分がいなくなった後の世界のこと。色んな不安に追い立てられていた。
今は勇者部や家族、友達のみんな。一緒に新しい日々を生きていけるというだけで足取りも軽い。
だけどそれでも不安はついて回るもので。
自分たちの選択が本当に正しかったのか。勇者部が少なからずワガママで変えた新しい世界で、本当に胸を張って生きていけるのか。
もうじき四国の街並みを見渡した場所に辿り着く。またあの景色を目にすれば、この言葉にできないもやもやも少しは晴れるといいな。
そう思いながら顔を上げると・・・恭しく頭を下げる女の人の姿。
「こんにちは・・・友奈、さん。」
人類と神樹様と天の神による世界をかけた騒動で何度か会った大赦神官。威圧感に満ちた純白の神官衣ではなく動きやすさ第一のラフなジャージ姿。
仮面で窺えなかった顔は見惚れてしまうほど整っている。霊園で2人で抱き合った時に間近で見た時も、綺麗な顔だと思っていた。
(どうしたんだろ、わたし。)
友達や家族のみんなの顔だってそれぞれに良い印象を持っている。けどあれ以来、目の前の女性の素顔が心に強く刻まれている。何をしていても、この人の色んな顔をもっと見たいと思う自分がいる。
・・・石段に隣り合って座り、四国の街並みを無言で見渡す。
ふーと友奈が一息つけると、安芸がそっとペットボトルを差し出してくれた。
「よろしければ。」
「ありがとうございます。」
一口喉に流したお茶は温かくてほのかに甘かった。二口目を飲んでから安芸の方を見やると、どこからか出していた自分のお茶を静かに口に含んでいる。
(美人だなぁ・・・。)
友奈を襲った祟りについて大赦と連絡し合っていた頃、最も直に接してくれたのが彼女だ。仮面と僧衣で身を包んでいた時はどんな表情をしているかなんてろくにわからなかった。
「えっと安芸、先生はどうしてこちらに?」
「・・・・・・・・・。」
深い翠の瞳を一瞬こちらに向ける。ほんの少し淀みのある眼差しはすぐに薄青く染まった空と白く輝く街並みへと向き直された。
答えにくい質問だったかなと同じく景色を眺めていると、彼女は重々しく、どこか罰が悪そうに口を開いた。
「友奈さんが・・・。」
「?」
「神婚の話をした翌朝、こちらを登ったと聞いたので。」
自分も登ってみようと思いましたと告げ、夜明けの光景をただただ眺めている。あの日結城友奈が見たもの、感じたもの・・・全部汲み取って、自分の中に刻み込もうとしているかのよう。
誰に・・・と聞こうとして、すぐに園子のことだと思い直した。勇者部に合流する以前から大赦と繋がりの深い彼女なら、安芸先生と話せる時はいくらでもある。
(でももう園ちゃんだけじゃないよね。)
今の勇者部と大赦の人たちなら、自分たちのお役目以外の色んな話、それぞれの立場で戦っていた時のことを知る機会ならいくらでもある。
天の神を撃退してからは勇者部も大赦もそれまでのいざこざを一旦置いて、新しい世界に向けて新しい協力関係となっている。また間違えることがあっても、今度こそお互いの正しさを共有し合えるようにと。少しずつだけど大赦の職員さんとも関わる機会は増えていって、その筆頭たる存在が三好夏凜の兄やこちらの安芸だった。
「あの、安芸先生・・・ありがとうございました。」
「・・・何が、ですか?」
「祟りにあってから傍にいてくれたこととか、祟りについて調べてくれたこと。早くお礼を言いたかったんですけど、ずっとバタバタしてましたから。」
「・・・お礼を言われるようなことなど、わたし達は何も。」
低く抑えた声。勇者部に代わって相談に乗ってもらっていた時を思い出す。そこに込められた想いを察して、何も言えなくなってしまう。気の遠くなるほど長い歳月、大赦は世界に、人類に奇跡あれと願ってひたすら耐えてきた。勇者を欺くことも含め打てる手は打ってきていた。生まれてもうすぐ14年の自分には正しく理解するなんてできないし、重すぎるとしか言えないけど。
「もうお身体の方はは平気なのですか。」
「あ、はい。大赦の人たちが検査の手配とかしてくれてますから。・・・先生の方は大丈夫なんですか?」
右目ももちろんだけど、友奈の覚悟に荒れる勇者部が彼女につけた心の傷も気がかりだった。未熟な子供だからで済ませていいことじゃない。
「生活には特に支障はありません。先ほどの友奈さんの様子も気づけましたから。」
「・・・・・・?」
「何か悩んでいること、あるのでしょう?」
「・・・はい。」
自分のもやもやなんてお見通しだったのだろう。なんだか逆に気を遣われてしまった。
・・・天の神の祟りに関して勇者部の皆に代わって相談に乗ってもらっていた時を思い出す。
直接・間接問わず接触することでいつ危険が及んでもおかしくない状況。それを理解した上で、安芸は友奈の元へ何度も調査結果を伝えに来て、話もも聞いてくれた。
たとえ大赦からの命令だとしても、相当の覚悟でケアに努めてくれたことは忘れていない。
無機質な面越しにほんのかすか、聞き間違いと思うほど小さく・・・だけど確かに伝わってくる震える声音。あの頃は友奈も本当に声が震えているのか、どうして声を震わせているのか深く考える余裕なんてなかった。
けど今ならはっきりわかる。あの震えた声は決して勘違いなんかじゃなかったし、祟られる恐怖で震えていたわけでもない。
「良かったら・・・聞いてくれますか。」
もう一人の勇者に自分の気持ちを分かち合おうと口火を切ると、先生はしっかりと頷く。
「聞かせてください。」
「あ、でも一つだけ条件をつけさせてください。」
「?はい。」
「わたしが話したら、今度は・・・安芸先生の悩みも聞かせてください。」
勇者部六箇条、悩んだら相談!あと無理せず自分も幸せであること、です!
安芸先生をしっかり見つめて笑顔でその気持ちを分かち合いたい旨を伝える。
子供の戯言だと呆れられても、自分の信じる勇者の教えで困っている誰かを助けていきたいんだと。
1日の始まりを告げるように白く輝く朝陽を背負い。ずっと人知れず戦ってきたもう一人の勇者さんはまたぎこちなく微笑んだように見えた。