結城友奈は勇者であるアフター 優翠の章   作:bakedapple

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大赦側に人間性が滲み出るのと真逆に、勇者側(例外はいる)の人間性が削ぎ落されて、受け手に(都合の)良い子になっていったのが原作の大残念なところ。


第2話 旧き幸せから巣立て

 

この幸せは本当にホンモノなのかな。

 

自室に戻ると鞄を放り投げ、ベッドに倒れこむ。何度目かもわからない疑問が頭に浮かび、全身を圧し潰される。

 

「・・・はぁ・・・。」

 

・・・今日もやっと部活動が終わってくれた。頭の片隅で早く帰りたいと念じながら、作業に精を出していた気がする。

 

勇者部の皆と一緒にいられるのは楽しいし、幸せのハズなのに。今となってはそれ以上に疲れと不安を感じる。天の神をめぐる事件が終わってすぐの頃はこんなことなかったのに。

 

 

○○市住宅地で絞殺死体。看病苦が理由か。

 

××市で銀行強盗。犯人は将来に不安?

 

大赦への中傷コメントが炎上。大赦関係者は黙秘。臨時ニュースです―――

 

 

ある時自宅のテレビから聞こえてきた痛ましい事件。そこから気になって置いてあった新聞を取りつかれたように読んでいく。

 

あの騒動以前なら決して聞かなかった人による災いの数々。

 

勇者部のラインに新しい活動内容が入ってきていたけど。友奈はちらりと確認しただけで、すぐにここ数か月で起きていた出来事を夢中になって追いかけ続けた。

 

 

「・・・大赦への中傷・・・。」

 

・・・本当に大赦に対してだけだろうか。

 

ふとそんな疑問が湧き出る。

 

その中傷の中には、本来なら勇者部に対して向けられるべきものも含まれているのではないか。

 

天の神が去って勇者部の活動に戻る傍ら、何度か大赦のことを自分なりに調べてみたことがある。不自然なくらい勇者部の話題は出てこなかった。

 

 

夕飯の時に、両親にも話してみた。以前よりも町の人がどこかピリピリしていると。

 

「・・・そっか。」

 

よく考えなくたって当たり前だ。神樹様の加護が無くなり、生活に必要な資源だっていつどうなるかわからない。落ち着け、争うなという方が妙な話だ。

 

自分たちは何も知らされていなかった。ううん、知ろうともしていなかったんだ。高い勇者適性を持とうと幼い子どもだから、勇者部は本当は守られるべき子どもの集まりだからと。

 

だからワガママで世界を変えたことには何の罪もないと。

 

 

「違う。」

 

 

 

違う。たまらず叫んでいた。

 

 

違う。そんなはずがない。あやふやな理屈で考えるのをやめてしまっていただけだ。

 

 

違う。違う。違う―――。

自分の中で何かが変わっていくのを友奈は感じる。その変化はもしかしたら勇者部にとって良いことではないのかもしれない。けれど知ってしまった以上、もう知らなかった頃には戻れない。

 

 

 

最近石段で語らったあの人、仮面を脱ぐことのできた安芸先生のことを思い出す。

 

無言の優しさを常に押し隠していた恩人。まだ数えるほどしか会ってないけど、その少ない時間は今の勇者部の皆といられる時間よりも記憶に残っていて、思い出すたびに気持ちが安らいでいく。

 

会いたい。友奈は迷わず携帯を手に取っていた。

 

 

「こんにちは、友奈さん。」

 

「安芸先生。お忙しい時にすみません。」

 

 

くすんだ黒髪の女性が机の上の資料を整理している。

 

「いえ。友奈さんの元気な姿を見せてもらえるだけで・・・。」

 

少女に向き直った先生の背後には何か書類のようなものが山と積んである。顔も少しやつれている。・・・心配は当たってしまったみたい。眼帯に目が行く。体の機能が一部損なわれるだけで人の生活はかなり一変するんだ。自分は味覚だったけど、それに慣れるまでの大変さは知っている。

 

友奈は意を新たにし声に出した。

 

「―――どうしても話したいことがあるんです。だから1人で来ました。」

 

だけどその前に頼まれてほしいことがある。ずいっと膝を擦って近づく。

 

 

 

「・・・もう少し下の方を、はいそこです・・・。」

 

「・・・ホントに凝ってますね、先生・・・。」

 

「わたしにできることはこれぐらいですから。」

 

俯せになった先生の背中に掌を当て、力を込めて押していく。

 

勇者部が“人間らしく“子どもらしく”幸せを謳歌している裏側で、安芸先生たち大人は今も見えないものと無言で戦い続けている。

 

(幸せ・・・こんなのが、そうだったの?)

 

 

あの戦いで勝ち取ったと思っていた自分の幸せ。変わっていけると思っていた。勇者部のみんなや大赦の人たちが今度こそ手を取り合えば。また間違えることがあっても心配することなんて何もないと。

 

・・・でも現実はどこまでも両者を追い詰めたいらしい。

 

勇者部と大赦が笑顔で協力し合うことなんてほとんどなくて、相変わらずお互いに対して余所余所しい爆発物扱い。

 

 

ただ大赦の関係者がみんなそうではない。中には安芸先生や夏凜の兄みたいな人たちも確かにいて、仕事の依頼という名目で部室に顔を出したり、相談という形で大赦内部の情報を話してくれることも多くなっている。

 

部室に現れる職員たちはみんな普通の人たちばかりだった。あの見る者を圧迫させる無機質な仮面も法衣もない。勇者部と何も変わらない人間。

 

 

大赦の人たち、なんだか変わったね。

 

 

友奈が嬉しくなりながら振り返ると・・・笑顔のまま固まってしまった。自分を見るみんなの表情が。まるで場違いな発言に対する愛想笑いみたいだったから。

 

 

「安芸先生、ごめんなさい。」

 

「友奈さん。」

 

「わたし難しいことはわからないけど、ごめんなさい。」

 

 

言葉がもう止まらない。一度口にし出した感情が溢れ出してくる。

 

マッサージの最中でよかった。面と向かって話していたら、先生にみっともない泣き顔を見られてしまうから。

 

ずっと一人で苦しさを背負わせていたこと。ずっと誤解し続けていたこと。ずっと謝りたかった。

 

「あなたが謝ることなんて一つもないですよ。」

 

 

 

安芸先生はいつの間にか起き上がり、わたしの頭を撫でてくれていた。

 

結局みっともない所を見られてしまった。・・・あ、でもこれって。

 

「あの時と逆、ですね。」

 

「――あぁ。」

 

 

 

友奈が祟りに苦しんでいた時。家に来ていた安芸先生とこれからのことを話していた時だ。

 

――本当にもうどうしようもないんですか――

 

――助かる方法は、本当になかったんですか。――

 

奥歯に物が挟まったような物言い、事務的に終わっていく説明。その中には少女の寿命が長くないことも含まれていて。たまらず問いかけていた。全身を灼かれる痛みもあって、その時の少女の声には責めるような響きがあった・・・と思う。

 

 

そんなつもりは全然なかった。でも。生きたいと口にしかけた時。

 

 

―仕方ないじゃない・・・!―

 

 

先生が突然耐えかねたように声を張り上げた。仮面はつけたままだったけど、普段とは明らかに違う様相。

 

今まで見たこともない反応に驚き、そのまま押し倒された。叩かれる。押し返せたはずなのにできなかった。仮面越しの激しい感情の渦を直感的に感じ取ってしまったから。

 

目を閉じる。頬を叩かれることでこの死にたくなる痛みから少しでも和らぐなら、もうそれでもいいやと思っていた。

 

 

 

でも予想していた刺激はいつになっても来なくて。

代わりに訪れたのは全身を覆う温もり。ゆっくり開いた目には一杯の白。ようやく抱きしめられていると気が付いた。

 

―めんなさい・・・ごめんなさ・・・。―

 

何度も何度も許しを乞うような、己を呪うような震える謝罪の言葉。仮面に流れて落ちていく涙の音。

 

「・・・あ・・・。」

 

友奈はそれだけで察した。察してしまった。もう天の神の怒りに触れてしまった以上どうしようもないこと。そんなどうしようもない中で全員でなかったにしても、安芸先生たちは心を砕いて、砕いた心の欠片で自分たちをさらに傷つけながらも必死に調べてきてくれたってこと。

 

 

(同じ、なんだ・・・。)

 

遠い存在だった大赦が自分の中で急速に近づいてくる。勇者部と同じくらい大赦も苦しくて。勇者部と同じくらい大赦も間違えていて。きっとその痛みを声に出しているかどうかの違いだけだったんだ。

 

 

友奈は職員の背中に腕を回しそっと抱き返した。ビクッと女性の全身が揺れる。

 

――泣いてくれて、ありがとう――

 

かろうじてそれだけ伝える。声は疲労から震えていたけど、これだけ近ければ届けられた

 

本当は気のせいだったのかもだけど。身体の痛みがこの時ばかりは和らいでいて。たとえ何もできなくても、誰にも言えない辛さに寄り添ってくれることが嬉しくて。

 

安心から張り詰めていた意識が遠のく。もっとこの人にありがとうと言いたい。声に出さない優しさをおしえてくれたことに感謝を伝えたい。

 

友奈を抱きしめる力は強くなっていく。せめて自分が生きている間だけでも。この人を苦しめるものから助けたい。

 

―もう少しだけ、こうして・・・―

 

願望が先に出てしまった自分を恥じながら、友奈の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

何となく予想してはいたけど。友奈の相談は勇者部の側からは鈍い反応ばかりだった。

 

大赦が世界を守るという名目で多くの人たちに隠し事をし、そのことで勇者部を苦しめていたのは事実だと思う。

 

だけど勇者部にできる限りの援助や子供らしい生活を過ごせるよう手配してくれていたのだって否定できないことじゃないか。

 

300年。戦う力を持たない大赦がずっと苦しい、辛い、どうして自分たちがと声も出せずに戦い続けた時間。

何もできずに腐っていった人もいる。何もできずとも未来を信じていた人もいる。そして紆余曲折を経て勇者部に戦う使命を押しつけた。

だけど同時に、みんながただ当たり前に生きられる未来を作ってくれという願いも託されたんだ。それだって初代勇者さんときっと変わらないバトンのはず。

 

 

友奈の気持ちは分かるけど・・・などと面倒そうに話を終わらせようとする風先輩。

大赦が相手じゃ助ける気になれない・・・とでも言いたげだ。

 

 

ムカついた。

何だこのヒトはと本気で思った。あの勇者部での大喧嘩でもこんな不快な気持ちになったことはない。

 

友奈さん、わたし達はまだ子供ですから・・・自分たちじゃ大人の人たちを困らせるだけよ・・・兄貴たちなら大丈夫よ、友奈。

 

園子以外の仲間も大赦に関わらない流れに賛同していく。

 

あんなに温もりに満ちていた部室が冷たい。大赦ばかりか、大赦の肩を持とうとする存在はここでは異物でしかないんだ。

 

(これが人間らしい未来なのかな。こんなのが。)

 

安芸先生の姿が浮かび上がる。

眼帯をつけ、新たな仕事に手間取りながらも取り組む姿。自分たちも似通った体験をしながら、あの人の状況に何も感じることはないのか。

 

的外れな心無い批判を何も言わず受け止め、子供たちに罪はないと言ってくれたあの人を。言葉にしない優しさを秘めているあの人を。目の前の“お優しい”ヒトたちは大赦だからと笑って追い払うのか。

 

ガァンッッ!

 

気が付けば机を思いきり拳で叩いていた。

 

痛い。皮が破れ血が滲んでいるかもしれない。勇者の加護もないのだから当然だ。

構わない。これぐらいが何だ。あの人を苛む苦しさに比べれば、こんなの痛みでも何でもない。

 

 

みんなは突然の行動に固まり、部室の空気はいよいよ凍り付いている。―――まるであの全員の禁忌といえる大喧嘩の続きが始まったみたい。

 

「みんな、いつからそうなっちゃったの。」

自分だけが異を唱えても、世の全てを救うなんて無理だ。そんなの自分だって理解っている。けれど勇者部の狭い価値観一つに留まり続けることが本当に幸せに繋がるのか。誠実な他人の善意に寄生し続けるのが人間らしさなのか。

 

 

伏せていた顔を上げる。友奈の冷たい怒りと失望は目の前の先輩にも伝わったようで、険しい顔には明らかに動揺が滲んでいた。

 

 

「―――もういいです。こんな幸せ要りません。」

 

 

ここはもう自分の居場所じゃない。いつから勇者部はこんな嘘に凝り固まってしまったんだろう。吐き捨てて部室のドアを乱暴に開け放つ。東郷さんや夏凜ちゃんが何か叫んでいたけど全部無視した。

 

 

・・・その後どうしたのかはよく覚えていない。気が付けば自分の部屋の勉強机にぼんやり座り込んでいた。思い出せるのは東郷さん、夏凜ちゃん、園ちゃんが追いかけてきたこと。連れ戻そうとする3人を冷えた眼差しで黙らせたことだけだ。

 

 

言いたいことは山ほどあった。脛かじりだとか腰抜けだとか自分勝手だとか。

でも自分たちだけの幸せのためにお前らが死ねだなんて。身を粉にして耐えていたあの人にそう言い放ったあの苦労知らずな人とは、1秒でも一緒にいたくなかった。

 

 

 

 

「本当にみんなには何も言わずに行くの、ゆーゆ。」

 

また次の日。友奈と園子は讃州中の屋上で授業をサボって話し込んでいた。昨日帰宅した後、携帯に届いた園子からのメール。明日少し話せないかという内容。今日の部室でのことは自分も感情任せだったし、園子なら大赦のことも含めて曖昧に片づけたりはしないだろう。友奈は迷わず返信した。

 

「うん。昨日の今日だし。あの時みたいに流れで謝り合うのは嫌だからね。」

 

「それだけじゃないでしょ?」

 

「・・・なんかよくわかんなくなっちゃった。今の勇者部。」

 

 

屋上のフェンス越しに空を見上げて苦笑する。園子も隣で同じように雲を追いかけていた。

 

「わたしも大体はゆーゆとおんなじ。昨日のゆーゆの態度は一応注意しておくけど。」

 

「ごめん。」

 

「大赦にだって苦しんでいて、耐えられなくなった人たちも大勢いる・・・わたし達ももっと早く向き合うべきだった。」

 

「うん。だからなおさら昨日の風先輩の態度には我慢できなくて。」

 

ふと神婚の時の大喧嘩を思い出す。誰もが正しくて間違っていた不毛な争い。天の神との戦いもあってそれどころじゃなかったけど。うやむやに終わらせたままなのは勇者部らしくなかったと強く感じる。

 

「大赦のサポートがなかったらわたし達はとっくに負けてた。なのに風先輩は大赦のことなんてどうでもいいのかな。」

 

ゆーゆ、と声を掛けられ振り向く。屋上に上がる時、園子が持っていたポリ袋。中には焼きそば2つと大きめの魔法瓶が入っていた。

 

 

「イネスで食べてたのと味が近くてね。ゆーゆも好きになってくれると嬉しい。」

 

 

時々穏やかな春風が吹く中、青空の下で軽食。こうしていると勇者部と大赦のいざこざなんて全部思い込みでしかなくて、この焼きそばをみんなで食べれば瞬く間に解決できるんじゃないかって気になってくる。

 

「ミノさんもゆーゆみたいに勢いよく食べてたなぁ。」

 

「三ノ輪さ・・・銀ちゃんもそうだったんだ。」

 

「うん。損なことを引き受けやすいけど、落ち込んでもご飯を食べればすぐ元気になってさ。」

 

 

懐かしそうに楽しそうに微笑む。園子にとってかけがえのない思い出。復興活動に勤しむ中、時々話してくれるもう一人の勇者のこと。

 

「きっとミノさんも安芸先生のことは放っておかなかったよ。」

 

でもと園子が肩をすくめる。

 

「悪者がいなくなると困る人たちもいるんだろうね。」

 

「悪者・・・。」

 

「怒り、恨み、不信感、無力感・・・自分の中のドロドロしたものをぶつけられる矛先がなくなれば、それまでの自分の正しさを変えざるを得なくなるってこともあるから。」

 

フーミン先輩はそのタイプ、と無感情に空を眺めながら呟く。

 

昨日の部室での風が脳裏に再浮上する。同じ勇者部には決して見せない冷たい不快そうな表情。大赦を自分たちの元へ近づけたくないという排他的な態度。

 

「大赦を憎むことであの人は自分を保ってきた。勇者部という自分たちの幸せで平穏な世界を作ってきた。」

 

「幸せで平穏で・・・狭い。」

 

無意識に狭いという言葉が友奈の口を突いた。園子は一瞬彼女に視線を向けるもすぐに戻す。

 

「憎んできた大赦が自分たちと同じ人間で被害者だった。そんな苦しい事情を隠しながら勇者部を必死にサポートしていた。もしそれが真実だと認めてしまえば、あの人にとっての世界はどうなると思う?」

 

「・・・壊れちゃうね、風先輩は。」

 

「自分たち以外の誰かを悪者にしないと気持ちを保てないってことはある。・・・フーミン先輩はゆーゆ達みたいに強くないから。」

 

「間違っているなんて言えないよね。そういう人たちは昔からたくさんいるんだよね。」

気分の悪い事実だ。うんざりした溜め息がユニゾンし、目を見合わせて曖昧に愛想笑いをしあう。

 

 

共に生きていくための社会のルールが、人間同士を分裂させ苦しめていく。

 

感情の目安となるべき正論が、人間らしい感情を理不尽に押さえつける。

 

善意は簡単に悪意へと腐っていくんだ。気が付いた時には抜け出すことさえ困難で喘ぐことしかできない。

 

「世の中ってめんどくさいよね。誰がそうしちゃったんだって言いたくなるよ」

少し泣きそうな微笑みを向けてきた。その物憂げな仕草も色褪せた笑顔も。中学生のものとは思えないぐらい思慮深さと、同じくらい諦めに満ちていて。

・・・今の自分も似たような表情をしているんだろうか。紙コップのお茶を飲みほしていて良かったと友奈は思う。もし中身が残っていればたまらず覗きこんでいただろう。

 

 

「誰も悪くないよ。」

 

園子の見えている世界はきっと勇者部の誰よりも広くて深い。それに釣り合う言葉なんて思いつきそうもなくて。

 

「・・・誰も悪くなんかない。」

 

どうにか出てきた言葉はやっぱりこれだった。

 

「みんな世界を守ろうって、大切な人たちを守ろうって必死だったんだよ。」

 

「うん・・・最初はみんな同じ。みんなで幸せになりたいだけだったのに。」

 

 

結局最後はそこに落ち着く。だけど戦いが終わった今、間違えながらでもその先に進まないといけない。みんなの幸せをやっぱり願うから。勇者部にとって正しくなくても、結城友奈が心から信じられる生き方を探したい。

 

「・・・園ちゃん、勇者部のことお願いするね。」

 

友奈は退部届を園子に手渡した。

 

 

翌朝。大赦本庁の入り口前で佇む。見上げれば今朝の空はすべてが終わったあの時のように青い。

 

(嬉しいな。)

 

晴れ空も曇り空も雨空も好きだけど、新しい幸せを始めるなら。この青空がいい。

 

(安芸先生は・・・どうなのかな。)

 

大切なものばかり失っていき、守れない現実からも目を背けていた。そうでもしないと心無い人達の罵倒から、擦り減っていく自分自身を守ることなんてできなかったんだろう。ずっと声を殺し俯いて生きてきたあの人には空がどんな模様だろうと何の感慨もなかったのかもしれない。

 

だけど。だからこそ。

 

(わたし、自分勝手で欲ばりだなぁ。)

 

今も苦しんでいるあの人に誰にも負けないぐらい幸せになってほしい。色々な姿を見せる空を見上げて楽しいって気持ちになってほしい。

自分の幸せもまだはっきりと見つけられていないくせに。自分以外の人間の幸せを勝手に作ろうとしている。

 

 

「――友奈さん、お待たせしました。」

 

人影と聞き慣れた声に顔を上げる。あの神官衣装でも石段で話した時とも違う。動きやすさを第一にしたシックな姿。肩に背負った大柄のナップザックが意外なほど似合っていて。思わず笑みを浮かべてしまった。

 

「どこか変だったでしょうか。少し長旅になると伺っていたので。」

 

「あ、いえ。やっぱり神官の時よりそっちの方が似合ってるなぁって。」

 

「そうですか?ありがとうございます。」

 

「あと先生思ってたより肉付き良いんですね。」

 

あ、最後は多少余計だったかも。格闘技をかじっているとついつい相手の身体を確かめてしまう。案の定先生は違う意味に取ったのか、やや苦笑いが浮かんでいた。・・・園子から乙女の雑談で聞いていたけど、先生のバスト自体は誇るべきレベルだと思う。

 

気を取り直して行きましょうか。正面入り口の守衛さんに2人でお辞儀をして本庁を後にした。

 

 

「それで最初は島根でしたね。」

 

「はい。300年前の5人の勇者さんと1人の巫女のこと。もっと知りたいんです。」

 

目覚める前の街並みを2人で歩く。通りがかった人たちに2人で朝の挨拶を交わす。

 

「先日の部室でのこと、園子さんから伺いました。」

 

「・・・そう、ですか。」

 

「友奈さんがあんな風に怒ったことに驚いたけど、自分たちももっと早く考えるべきだったと言っていましたよ。」

 

「勝手なことしてごめんなさい。お節介でしたよね。」

 

立ち止まる。先生も足を止めて続きを待っている。

 

「先生のことも喧嘩の理由みたいにしちゃって。だけど自分でも不思議なんだけど、後悔とかは全然してなくて。」

 

まっすぐ安芸先生の顔を見つめる。

 

「大赦の人たちが色々引き受けているのに、わたし達だけ幸せになっていいはずがありません。」

 

色々なことがあったけど、自身の中で変わらないものがある。たとえ多くを知らない子どもでも、結城友奈は皆の幸せを願って戦う勇者だから。

 

 

「最初はそのお気持ちだけ頂いて辞退するつもりでした。世界は未だ不安定で矢面に立つ存在はどうしても必要ですから。」

 

「・・・・・・。」

 

「私も友奈さんと同じですね。自分以外の誰かのために損を引き受けること自体は苦ではないんです。辛くても間違える時があっても、それが自分の生き方なんですから。」

 

でも。友奈の方を見遣る。無理のない満たされた笑顔。

 

「他の誰でもない、誰かの痛みを思いやれる貴女からのお誘いでしたから。」

 

「―――――」

 

「立場は違っても、同じように苦しんでいた貴女が少しずつでも報われてくれれば・・・一緒に幸せになってくれればと。」

 

 

溜まっていた有休を思う存分使いたくなりました。くすっと楽しそうに微笑み赤毛の頭をそっと撫でてくれた。

 

「私の勝手な願いですけどね。」

 

「ううん・・・ううん・・・。わたしも先生と同じ自分勝手なんです。」

 

先生が来る前にグルグル考えていたことを打ち明ける。勇者も大赦も街の人たちも。世界に生きている人たちはみんな優しくて身勝手で。誰もが同じなんだ。

 

 

街の入り口の前に立つ。ボロボロの標識が申し訳程度に街とその先の領域を隔てていた。

 

 

ここから先は何の保証もない。友奈と安芸先生をどんな現実が待っているのか想像もつかない。街中だけでも治安が目に見えて悪くなっているくらいだ。街に居づらくなった人達が悪さをしていないとも限らない。無事に帰って家族や勇者部のみんなに謝ることも叶わないかもしれない・・・けど。

 

 

「行きましょう、友奈さん。」

 

「はい―――。」

 

 

差し伸べられた手をしっかり握り合う。他に不幸を押しつけた綺麗で醜い幸せよりも。

 

悩みながら傷つきながら自分たちで正しさも間違いも共有し合って。今度こそ胸を張れる泥だらけの答えを得るために。

 

 

友奈と安芸先生は同じ一歩を踏み出した。

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