結城友奈は勇者であるアフター 優翠の章   作:bakedapple

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閑話 無名の花と苔たち①

全ての戦いが終わって少し後のこと。勇者部の活動の帰り道。

 

結城友奈がふと公園に目を向けると、子供たちが騒ぎ立てていた。誰かを取り囲んで口々に喚き立てているみたいだ。大赦の子供のくせにだの、よくも騙したなとか。

歩み寄ってきた年上の少女に何人かが気が付き、気まずい空気が漂い出す。

 

「ダメだよ、こんなこと。」

 

やんわりと、それでも確かな声音で告げると蜘蛛の子を散らすように去っていく。

小さく安堵の息を漏らしながら、座り込んだままの男の子へと歩み寄った。

 

「大丈夫・・・?」

 

甲高い音が響いて消える。伸ばした手が叩かれた。

 

「ほっとけよ。」

 

「ま、待って!」

 

「お前勇者部だろ。」

 

「勇者なんてみんな死んじゃえばいいんだっ!」

 

取り付く島もなく、少年は走り去ってしまった。

痛い。叩かれた手がじゃない。ぐしゃぐしゃに歪んだあの男の子の気持ちに胸が痛んで、足が竦んだ。

 

勇者部のみんなに相談した方がという考えが浮かんで・・・すぐ消えてしまった。

いつもの活動ならそうしていた。

 

けれど大赦が絡んだ時のみんなはいつもと違う。関わり合いになることにどこか消極的で、大赦の大人たちをまるで違う世界の住人のような、自分たちの世界にいてはいけない異物のように扱っている。

 

(あの人なら・・・。)

 

戦いの後半。友奈が暴走した東郷の罰を引き受けたことで縁ができた大赦職員の女性。勇者部に相談できない間、何もできなくても傍にいてくれた。あの人なら、こんな時どう言ってくれるだろう。

 

ぼんやりと夕焼けを見上げながら、決心する。大赦本庁に行こう。安芸先生と同じ人間として話し合ってみたいと。

 

 

 

 

 

何度もヒトの在り方に愛想を尽かしそうになるけど。一矢報いずに終わるのは確かに悔しいので、ここにも手記を残しておきます。

 

最後にお日様を見たのはいつだったろうか。

 

 

旅の途中。ある日の夕方。燃えるような夕日を見つめながら。

 

「先生と旅に出る少し前。勇者部の活動の帰りに子供を見たんです。大勢に虐められてました。」

 

「わたしが話しかけて大事にはなりませんでしたけど、その子に勇者なんか大嫌いだって言われて。」

 

「その子なら・・・今は学校に行かず、自宅で過ごしていますね。」

 

「勉学は必ず学校で行わなきゃいけない時代でもありません。職員たちも傍で力になってくれています。」

 

「そう、ですよね。」

 

少し安心する。勇者部の不始末に圧し潰されていないか気になっていたから。旅が終わったら、あの子ともちゃんと話していきたい。

 

「友奈さんも帰ったら勉強ですね。」

 

「・・・はーい。」

 

それはそれで向き合わないといけない。生きている限り、自分たちは学んでいく。失敗しても遠回りしても。

 

 

また旅の途中。ある日の昼下がり。雲一つない青空を見上げながら。

 

「不思議な世界にいたことがあるんです。勇者部のみんながいて、300年前の勇者さんたちがいて、防人のみんながいて。とっても暖かい時間でした。」

 

「神樹様や他の神様の贈り物でしょうね。」

 

「けど・・・先生がいないのが今思い出すと寂しくて。」

 

「幸せな場所だからこそ、大赦の人たちとももっといろいろ話ができたんじゃないか。なんて考えちゃうんですよね。」

 

 

また旅の途中。雲がゴロゴロ唸る夜明け。鳥の囀りを聞きながら。

 

「友奈さん。そろそろ出発・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

安芸が背を向けたまま微動だにしない少女の後ろに座り込む。

 

「私鈍感ですから・・・拗ねて何も言ってくれないんじゃどうしたらいいのかわかりません。」

 

両腕を回しそっと抱きしめた。気持ちを言葉にしてくれるまで、自分はちゃんと待ってる。そう伝えて安心させるように。

 

「今日はずっとこうしてますから。話したくなったら話してください。」

 

少しの時間が経ってから。

友奈が身体を反転させて、安芸の胸に顔を埋めた。安芸は安心させるように頭を撫で続ける。

 

「昔のことを話してる時の先生、すごく楽しそうで。でもその中にわたしがいなくって。」

 

「・・・・・・。」

 

「先生、わたしなんかよりその子たちと一緒の方が幸せなんじゃないかってもやもやして。」

 

「もしそうなら。こうやって旅に出たり、裸で抱き合ったりしませんよ。ワガママで世界を変えた罪を共有したりもしません。」

 

それに私も。先生は付け足す。

 

「友奈さんが勇者部や学校のお友達のことを話すたび、自分がいないことにもやもやしてます。」

 

自分が神官として閉じ込めた気持ちに気づいてくれた友奈が。少女が自分以外の人たちに晴れやかな笑顔を向けていたら。勇者部への未練が再燃したら。

 

「そっか・・・そっか・・・。」

 

 

 

「「大丈夫。」」

 

 

 

互いにかけようとした言葉が重なる。2人して笑いあった。大丈夫、今のわたし達ならまた話し合える。

 

 

 

また旅の途中。降りしきる雨の中。

 

2人はひたすら歩き続けていた。明かりもない荒れた夜道はもはや道の体を成していない。突然の土砂降りで全身がずぶ濡れだ。すり減った靴の中も泥浸しで何とも気持ち悪い。

携帯も持ち合わせていないので、天気予報など確認しようもなかった。リュックに詰めた着替えもとっくにやられているだろう。

 

「安芸先生、大丈夫ですか?」

 

右目を眼帯で覆った女性の右手を引きつつ、赤毛の少女が小走りのまま振り返る。

 

「ええ・・・あの空き家で休みましょう。」

 

はいと頷いて、友奈は足元を確かめながら進んでいく。2人で旅に出てから、少女はずっと自分の片目の役を請け負ってくれていた。

 

300年放置された無人の街だった場所。自分たちの故郷から大分離れているので暴漢の心配はないが、滅びた廃墟はどこで気を休めればいいのかわかりもしない。前進するだけで骨が折れ、神経が削られていくようだ。

 

 

「お邪魔します。」

 

友奈が玄関で深く一礼してから奥へと入っていった。屋内の確認やら衣服を干したりで一息つく暇もない。・・・けど家の中を探索する少女はどこか楽しそうだ。

 

ヒト同士の争いから一旦逃げて共に旅に出てから、彼女の笑顔を見る機会が増えたと思う。勇者部や大赦、故郷の人達の不穏な空気に張り詰めるよりは予期せぬ大雨の中を彷徨う方が落ち着くのだろう。

 

衣服を全て脱ぎ捨て、絞ったタオルで無心に身体を拭いた後、。

 

残されていたボロボロの毛布を持ち上げて、安芸先生がポンポンと床を手で軽く叩いた。

 

「さ、どうぞ。」

 

「・・・うーん。」

 

「今の私たちなら風邪でどうにかなることは無いでしょうが、油断は禁物ですよ。」

 

「えっとそうなんですが、わたしってずっと身体洗えてないから、臭うっていうか。」

 

「そんなの私も同じですよ。友奈さんは一緒に寝るのは嫌ですか?」

 

「嫌なわけないです。」

 

「・・・・・・。」

 

ポンポンと安芸先生は床を叩き続ける。勇者は度胸だ。友奈は観念して彼女の胸元へと潜り込んだ。

 

300年の時を経て、友奈の意思と大勢の人間の欲でたどり着いた新しい世界。

未知の世界である四国の外側。日中は歩ける所まで歩き回り、夜や雨天には雨風をしのげる廃屋で身を寄せ合って安らぎ合う。それが友奈と安芸の新たな人生となっていた。いつも寝入るまでに語り合っている。自分たちが出会うまでに過ごしていた日常のことを。

そうして勇者も神官も同じ人間であることを改めて確認し合うのだ。少女が家族や友達のことを話す時も、女性がぎこちなく自分の思い出を語っている時も。どちらも心から楽しそうで満面の笑みを浮かべていて。胸の辺りが暖かくなって、2人は互いの身体を抱き合い、髪を撫で続け、温もりを確かめ続けていた。

 

 

 

豪雨での行軍でやはり疲れがたまっていたのだろう。眠りはすぐに訪れた。

 

───そういえば。自分も最近は笑みを浮かべる機会が増えたなと気付きながら。

 

 

 

 

 

眠りから意識が浮上するのを感じる。

 

 

「ふぁ・・・。」

 

就寝前を思い返しながら、褪せた畳の上で身を動かそうとして。自分の体にしがみつく存在に気付いて静止。

 

(起こさないようにですね。)

 

安芸の胸に顔を埋めて寝息を立てる少女に視線を向ける。安心して熟睡していて、もうしばらくは目覚めそうにない。

 

 

「まだ止みそうにない、か。」

 

縁側に顔を向けると、今日も今日とて滅びた町を大雨が覆っていた。

 

(よく寝た・・・。)

 

最後にそう思えるほど眠ったのはいつだったろう。大赦本庁にいる間はまともに安眠した記憶などなかった。市民の不安、勇者部や調査隊の反感、何より己自身への不信と無力感。どれだけ見えない明日のために心を殺していても、悪意という悪意は刹那に安らぐことさえ許してはくれなかった。

 

(違っていたんだ・・・この子だけは。)

 

目の前の少女、結城友奈だけは。仲間を助けるために天の神の祟りに遭い、抱え込むしかない痛みに心を焼かれても。この子だけは思わず弱音を吐いてしまった神官に言ってくれた。ありがとうと。傍にいてほしいと。

 

 

物干し竿に吊るした衣服が乾くのは当分先のようだ。寝直そうと友奈の方へと向き直り、冷えないようにと生まれたままの姿で再度抱き合う。気が遠くなる昔に滅んだ町の民家には2人以外は誰もいない。

はしたないとも思わなくもないが、それ以上にとにかくすがすがしい心地だ。テクノロジーがどれだけ進んでも、裸の付き合いとやらに勝る打ち解け方はないのかもしれない。

 

眠る友奈の頭をそっと撫でつける。ろくに手入れされてない赤髪は背中に届くほど伸びてゴワゴワだ。裸身は垢と生傷だらけ。大昔の勇者の所縁のある場所から場所へ。途中で安全な貯水地を見つけた時以外は身を清める機会も得られない。

 

自分たちは何をしているんだろう、と思う時もある。

 

300年。

 

ヒトとして生きるという同じ目的を忘れて、立場に甘んじて傷つけ合っていた。大人の責務を事務的にこなす表の顔と、それでもかすかに勇者への信頼と期待を残す裏の顔。自分はまだそれらを使い分ける器用さを身に着けていたから、傷つくこと自体は今更だった。・・・あまり良い考え方でもないけど。

 

(でも友奈さんは。)

 

察するに余りある。祟りがきっかけであんなに仲の良かった勇者部とも今まで通りの付き合いができなくなるほどの争いに至ってしまった。

たとえバーテックスと戦う力がなくても。大人としてもっと寄り添うべきだったのでは。気付くのが遅かったせいで愛する教え子を失い、仮面を被って心を凍らせることで最初の願いからも逃げていた。

全てが終わってからようやく気付いて・・・人知れず後悔し続けていた。何度も何度も。今だってこうして甘えたい盛りの少女を連れて保証もない旅を続けている。

 

ただ。それでも。

 

─勇者部を侮らないでください。みんな根性と意地汚さなら天下一品ですよ。─

 

初代勇者の故郷だった荒れ地の片隅で。赤毛の少女は胸を張って断言した。

 

─大赦も勇者部もどんなに間違えたって道を探すことだけは諦めなかったじゃないですか。少なくともわたしはそれを知っています。今まで辛かった分、みんな幸せになっていかないとバランスが悪くておかしいじゃないですか。─

 

ーもし勇者部が大赦にまた押し付けようとしたら、わたしに言ってください。その時ばかりはわたしが友達として叱ってやりますから。ー

 

グーを突き出して、座り込む安芸に微笑む。泥だらけの笑顔が何よりもきれいに思えた。

 

 

友奈さんは自分で思っているよりよほどすごいですよ。

 

悪あがきでしかないのかもしれない。初代勇者の眠る場所へ巡礼を続けた所で何も得られないかもしれない。

 

「───私もあなたと一緒にいたい。」

 

子守唄を口ずさむ。記憶の彼方にいる家族が紡いでくれた歌。自分が誰かに伝えることはないと思っていた歌。うろ覚えの歌詞を鼻歌で誤魔化しながら、ささやかな願いを少女の寝顔に伝えていった。

 

自分も友奈も人知れず戦い続けて、今も見えない痛みを抱えている。それはきっと大赦も勇者部も、この狂った世界に生きる人たちの誰もが同じ。

 

 

今も苦しんでいる人々へ手を伸ばし続けるのも大事だけど。同じくらい、自分たちを癒していくことだって必要だから。憂鬱になるような長雨も、今だけは複雑すぎる世の中から2人を守ってくれる。

 

 

安芸はかけがえのない共犯者へと寄り添い、慈愛の歌を紡ぎ続けた。

 

 

 

 

 

「お誕生日おめでとう、友奈ちゃん。」

 

「大変なことも多いけど、これからよろしく。」

 

大赦本庁の仕事を一通り紹介してもらった次の日。安芸先生の部屋で休みがてら持ってきた私物の整理をしていた所、夕方に呼び出しを受けた。案内された食堂へ入ると、安芸先生や何人かの職員さんが揃っていて、新しい仲間の誕生日と歓迎会のサプライズを開いてくれたわけだ。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

「本当ならもっと盛大にやりたかったんだけどね。」

 

「いえ、先生や皆さんのお気持ちだけで十分すぎるぐらいで。」

 

大赦とは何かといざこざの絶えなかった勇者部から飛び入り同然で駆け込んだ身だ。受け入れてくれただけでも十分なのに、これ以上を望んだら罰が当たりそうである。

 

「友奈ちゃんもアキちゃんももっとドーンって胸を張ってもいいのに。」

 

大赦も勇者部も、2人の仲裁に入ったからこそ決裂を避けられたようなものだ。

 

「自分だけが親切にされるのって、生まれつき落ち着かなくって。」

 

「友奈ちゃんは誰かのために頑張ってて、相手もそんな友奈ちゃんのために何かしたい。難しく考えることはないよ。」

 

「嬉しい・・・んですけど、わたしって欲張りだから考えちゃうんですよね。」

 

自分の知らない場所で悩んで苦しんでいる人たちのこと。勇者の幸せを押し付けて終わらせることはやっぱり・・・できない。安芸と一緒に旅をしてきて、その気持ちはより強まっていた。

 

「アキもだけど、友奈くんもしっかりしてるというか甘え下手というか。」

 

言われて隣に座る安芸の方を見やると、机に突っ伏して眠っていた。

 

「こんな酔い潰れたアキ、初めて見たなぁ。」

 

職員たちが穏やかな表情で眠る同僚を見つめている。友奈はコップに水を入れて、彼女の近くにそっと置いておいた。

 

「わたしの祟りのことで会ってた時・・・先生、ずっと泣いてました。」

 

ノンアルのカクテルをぐっと喉に流して、もどかしさを言葉にする。

 

「旅をしてる時も寝言でごめんなさいって。わたしや神樹館の子たちに何度も。」

 

「そう、か。」

 

「わたし、先生を抱きしめることしかできなくって。何のために勇者部と別れて先生と一緒にいるんだって。自分が不甲斐ないです。」

 

「辛い時に友奈くんが傍にいてくれるのは、アキにとっては救いになってるよ、きっと。」

 

そうなんだろうか。友奈自身にはまだ実感が持てない。差し出されたノンアルの追加を受け取って、少し話題を変える。

 

「勇者アプリの更新とか、資源の割り振りとか。大赦の人たちも見えない所で頑張ってて。勇者部や街の人たちってそういうこと、全然知らないんだなって。」

 

酷い時にはろくに知ろうともせず、口汚く無責任に罵るのだ。かつての勇者部のように。その人たちは大赦が同じ人間だと理解っているんだろうか。

 

「適材適所・・・だったとはいえ、何も知らない子供たちを死地に突き出してたからね。その責めを受けたり流したりってのも我々の仕事だよ。」

 

「でも。でも勇者部だって。みんなももっと大赦を知ろうとしていたら、あんな醜い争いをすることもなかったんじゃないかなって。」

 

そうだね、と職員さんがつまみを口にする。正直なところ、と口にする。

 

「何かと喧しい勇者部部長がいたし、余計拗れた可能性もある。大赦はそいつより責任も視野も広くて大きいから。時にはどうしても口を噤まないといけないんだ。」

 

喋らない分の決意をできることに注ぐのだ。たとえ一生憎まれることになっても、子供たちが生きて明日を迎えられるようにと。

 

「醜い争いの時、友奈ちゃんはアキと一緒に最後まで努力してくれた。今はそれでいいよ。」

 

ところで。職員さんが傍らに置いてあった小包を友奈に手渡した。促されて解いた包装の中には。

 

「えと、これは?」

 

「キセルという、喫煙用のアイテムです。これはもう壊れてるので、アンティークとしてお部屋に置いてもらえれば。」

 

「手入れがされてて綺麗・・・ほんとにいいんですか?」

 

「喫煙量を減らす誓いと友奈くんが少し大人になった祝福として。良かったら今度・・・。」

 

 

「未成年にタバコを勧めないでください。」

 

いつのまにか安芸が目覚めていた。根っからの教師なんだなぁと感心しながら、友奈は食べかけのケーキを口に運び直す。

 

「一時はホントに酷かったもんねー。人間煙突かってくらい。」

 

「煙に巻かないとやってられませんでしたから。少しずつ変わっていこうかと。」

 

 

 

談笑は穏やかに続く。勇者も神官も同じ人間だという実感はほんの少しでも明日への原動力へと変わっていた。

 

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