結城友奈は勇者であるアフター 優翠の章   作:bakedapple

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勇者側と大赦側は良くも悪くも同類だと思うのですが(似ている点が多々あって、例えば困ったらすぐ耳障りの良い精神論な所とか)。そこら辺はぼかさずに掘り下げてほしかったと。


第3話 終わりを望む

初めに。

 

この手記を誰かがご覧になっている頃には、ヒトとヒトが本当に手を取り合える世になっていることを願っています。

 

「集落の近くで不審な輩を見かけたという声が増えています。夜間に一人で出歩くのは避けること。何かあれば、必ず私か友奈さんに連絡してください。」

 

それでは友奈さんから一言、と。左隣に立つ片割れの女性に水を向けられた赤髪の少女は咳払いをしつつ、話し合いに集まったみんなを見渡す。老若男女、中には讃州中のクラスメイトも結構いる。みんな開拓活動で髪はボサボサで、身体中泥と生傷だらけ。でもその瞳に宿る光は最初の頃から変わっていない。土台となる昨日、寄り道しながら進む今日、そして期待と不安がない交ぜの明日。それらの日々を続けることに迷いはない瞳だ。

 

 

(みんな・・・顔つきとか結構変わってるな。)

 

特にクラスメイトを見てるとほぼ毎日実感する。よく話をしていた子たちなんて、気づけば成長の止まった友奈よりも背が伸びていて、顔つきも大人に近づいていてびっくりしたものだ。しばらく会っていなかった分、声をかけられた時はなおさらだった。

 

友奈と安芸が旅から戻るまでの間、町にいた人達にもきっとそれぞれの語られない物語があったんだ。

 

 

―――わたしはどうだろう。

 

鏡越しに見る自分はあの頃より目つきは大人びてきた。掌は世間知らずの子供の柔らかさは消えて、新しいものを作る難しさを知り固くなっている。

 

こうして集落の開拓現場の顔役みたいなことな立場にいるわけだけど。果たしてみんなと一緒に進めているのかな。

 

 

「友奈さん?」

 

・・・今は悩んでる場合じゃない。まとめ役がブレていたら、それは周りのみんなにも伝わってしまう。

 

拳を天に突き上げて胸中の不安を振り払う。今日も懸命に過ごせたことへの感謝と明日への宣誓を叫んだ。

 

 

「みんな、無理せずに頑張ろう!」

 

 

 

初代勇者たちの生まれた地、所縁のある場所を訪ね回った後。友奈と安芸は大赦本庁に戻り、一つの提案をした。

 

 

“この街を離れ、新しい拠点を作りませんか。”

 

何処でもいい。新たな資源を得るため、残された人々の安寧を繋げるため、300年前に初代勇者たちが守り、勇者部と大赦が変えてしまった世界を見届けるため。未来へのバトンを渡されながら、同じ人間同士で傷つけ続け、貶し続け、間違え続けてきた。今更何をとも思われそうだけど。今からでも生きている自分達で一縷の望みをかけ、町の外へ踏み出すべきだと。

 

2人に芽生えた願いでもあり、同時に打開策でもあると思っていた。

 

この町はもう限界に達している。

 

大赦の人たちが諸方面で手を尽くし、もう連絡は取っていないけど勇者部もできる限りのことはしているはず。世界を、そこで生きる人たちを守るという同じ目的を持ちながら共倒れ一歩手前だった頃よりは進展していた。

 

 

だけど滑稽で人間らしい責任のなすり合いから脱け出した時には遅すぎた。生活のための物資がというより、勇者部と大赦に振り回される形となった住んでいる人々の心も暴発寸前だったのだ。

 

ツギハギのハッピーエンドは必ず綻びる。目を背けていたツケは必ずやってくる。

本当ならすぐにでも無理をしないよう、少しずつでも向き合っていかなきゃいけなかったんだ。

 

提案に対しての反応は賛否がくっきり分かれた。

移住計画に希望を見出す側と、生まれ育った町を見捨てたくないという側で連日話し続けた。

 

そして両者が折り合えた落とし所。友奈と安芸を代表として有志を集めた少人数で橋を越えた先の拠点候補を調査することとなった。

 

 

準備を進める間、友奈は安芸の部屋に同居させてもらっていた。やましいことをしているつもりはないけど、みんなとは喧嘩別れに近い形だったこともあって、正直どんな顔をすれば良いのかわからない。無理して会った所で、勇者部が安芸のことを少なからず傷つけた事実がどうしても頭に思い浮かんでしまうから。

今はできること・やりたいことに集中したい。そうすればいつか胸を張って謝りに行ける。きっとそうだ。

 

最初は橋を渡るだけでも一苦労だった。瓦礫をどかすだけで数ヶ月。無事渡れたことを喜ぶ間もなく、今度は生活できそうな場所の精査で数週間。それでどうにか見つけた場所を引っ越し前の町と区別するために「集落」と名付けようと決めるのに数日。

 

加えて町の住民のクレーム対応やら書類整理やらで本庁に戻ることも結構頻繁だった。2人は基本的には一緒に行動することが多かったけど、職員同士の話し合いとなるとどうしても友奈は施設の掃除やらちょっとした力仕事以外、することがない。先生も職員さん達も難しい話ばかりしていて、赤毛の少女は義姉が声をかけるまでできる作業に没頭したり、空模様をぼんやり眺めていた。

 

変わった地上と変わろうとする町の人たち。変わらない大空と変わらずにいるヒトでも神でもない自分。

 

何だろう。ふとそんな表現が浮かんで少しぞっとしてしまった。

 

 

「友奈さん、顔色が優れませんが何かあったんでしょう?」

 

「いえ、なんでもありません。」

 

反射的に答える。これは本当に個人的な気持ちの問題だ。先生の負担を増やすことはしたくない。

 

本庁から部屋までの帰り道。友奈は重いしこりを抱えたまま無言だった。安芸も前を見つめながら何か考えているみたいで。

 

拗ねたような態度に気を悪くしたのかな。力仕事しかできない自分を邪魔に思っていないかな。一人グルグルと不安をかき混ぜながら、開けられたドアを潜り抜ける。

 

 

「友奈さん。」

 

静かだけど確かに届く声。

 

 

「友奈さん、学生の本分の一つはやはり勉強ですよ。」

 

「・・・へ?」

 

・・・そういえば考えたことはなかったけど。先生と旅に出てからは一応休学扱いだった。いやそれどころではと反論を試みた義妹に、保護者の顔になった女性は有無を言わせぬ笑顔でさらに言い放つ。

 

「友奈さん、この書類をきちんと読めますか?」

 

テーブル上に差し出された書面を見てみる。書面いっぱいに神経質な小人が書いたとしか思えない文章。もはや文字の暴力だ。大まかな内容を掴むだけでどれだけの時間がかかるだろう。トドメとばかりに、中には計算の必要まである。

 

以前より伸びた髪の先っぽを弄りながら、無理ですと白旗を上げた。安芸先生にはまたしても悩みをお見通しだったわけだ。

 

それからというもの。友奈にとっての戦いは、集落の開拓と放り出していた勉学となった。

 

「こんにちは。」

 

集落内の大きめの廃屋。教室として使用できるよう手直しされた室内で、友奈は街でいじめられていた少年と再会した。

 

「君も集落に来てたんだね。」

 

「・・・・・・。」

 

少年は勇者の方をじろりと一瞥して何も発さない。足早に去っていく背中に声を張り上げた。

 

「わたし、結城友奈。待ってるから。君の話を聞かせて。」

 

毎日が忙しかった。開拓と一口に言っても力仕事だけでなく、日ごとの作業量の調整、引っ越してきた人たちの生活のサポート、喧嘩になりそうな時には慌てて駆けつけたり・・・確かにどこまで頑張ってどこまで手を抜けるかという計算は欠かせなかった。

 

 

「楠さん達ともこうして教師と生徒として接したかったですね。」

 

あの頃は無理だったでしょうが。ぎこちなく苦笑しながら、先生は友奈にとっても馴染みのある名前を告げた。

 

「懐かしいなぁ。防人のみんなは各地を回ってるんでしたっけ。」

 

「ええ。いずれここにも来るかもしれませんね。」

 

防人のみんなは勇者部に背を向けた自分を見てどう反応するだろう。楽しみでもあり怖くもある。

 

 

あの頃より少し同じ人間として頑張れるようになった大赦の人たち、橋渡しを変わらずしている安芸先生。逞しくなっていくクラスのみんな。

大変で目が回ることばかりだけど、胸にはいつも充足感があった。都合の悪いことを大赦に押しつけていたあの頃よりも、前に進んでいる実感もあった。

残された家屋を手直しして、新しくやってきた人たちに集落の暮らし方を説明したり、安芸先生たちとこれからを話し合ったり。

 

楽しいことばかりじゃなかったけど、最後にはみんな笑顔だった。移住してきた人たちの中には、勇者部の行動を知っている人もいたけど。それでもこれからよろしくと手を伸ばしてくれた時。身体がポカポカと暖かくなって、友奈はその手をしっかりと握り返していた。

 

こんな時もあった。重い持病を抱えながら、率先して作業を手伝ってくれるおばあさんがいた。

確か勇者部にいた頃、ボランティアで会ったことがある。

友奈が勇者部を辞めたことも知っているみたいで、彼女のことを気にかけ、色々な話を聞かせてくれた。

 

 

―動けるうちは次の世代のために、できることをしたくてね。―

 

―わたし達のご先祖は当時の勇者さん方に迷惑をかけちまったみたいでね。大赦さんが情報公開してくれた時はショックで情けなくなったもんだよ。―

 

ご先祖様が?友奈が聞くと、おばあさんは沈痛そうな面持ちで頷く。

 

―ご先祖は勇者さんの一人と同じ生まれだったんだけどね、その頃の大社の援助欲しさと自分たちだけ助かれば後はどうでもいいと、それまで村で冷たくしていた勇者の子に勝手な期待ばかり押しつけて・・・戦況が悪くなった途端、あっさり掌を返して責め立てたんだよ。勇者や大社さん方をね―

 

胸が苦しくなる思いだった。大赦の資料室で記録に目を通したことがある。

 

その勇者とはきっと・・・郡千景さんだろう。

遠い昔の大先輩なのに、不思議とどこかで会った気がする。もし既視感が本当なら、わたし達が半端な態度を取っていなければいいんだけど。

 

―そしてとうとう・・・勇者の子が激怒して村人たちに刃を向けた。当然だよ。結局その村は大社からも見捨てられて、村人同士は罪を押し付け合いながら共倒れして終わった―

 

胸の前で拳を握りしめる。千景さんの心境を思うと何も言えない。友奈自身大赦と勇者部の押し付け合いの渦中にいたから尚更だった。

 

おばあさんは少女を見遣るとうっすらと微笑む。

 

―その話と友奈ちゃんのことを聞いて、こんな年寄りでもできることをしたいと思ってね―

 

わたしなんて勇者部に納得できなくて飛び出しただけです。どうすれば正しいのかなんて分からないままだ。

そう言いかけたのを、おばあさんはふるふると遮る。

 

―友奈ちゃんにも勇者部にも大赦にも色々あるんだろうけど。正しいかどうかなんてすぐには分からないさ。間違えたからこそ学べることもある。どん底だってそれで終わりとは限らない―

 

 

友奈ちゃんはまず自分のやりたいことを精一杯やってみるといい。今度はにっこりとしわくちゃの笑顔を向けてくれた。

 

 

・・・その後、おばあさんは病が悪化し危篤となった。集落のみんなに見守られながら、おばあさんは虚ろな目で、それでもしっかりと少女の方を見ながら嬉しそうに告げる。

 

―ようやく勇者さん達に謝りに行ける。行ってくるね―

 

 

(わたしは・・・どうなんだろう。)

 

葬儀が済んだ後、おばあさんのお墓を見つめながら。友奈は孤島に一人取り残された感じだった。安芸が隣で心配そうにわたしを見つめているけど、もう取り繕う余裕もない。

 

(わたしはやりたいと決めたこと、ちゃんとできてるのかな。)

 

後悔しないと決めて選んだ道。それでも捨てた代償は必ず自らに返ってくる。

 

 

おばあさんが亡くなってからひと月。ようやく気持ちが落ち着いてきて、書類に目を通していた友奈の元に。

 

「友奈くん。」

 

大赦の職員たちが訪ねてきた。表情が心なしかいつもより硬く、沈んでいる。何かあったとすぐに悟った。

 

 

「どうか落ち着いて聞いて。」

 

少女がうなずいたのを見て、職員が重々しく告げる。

 

 

 

 

犬吠埼風が死んだという知らせだった。

 

 

袂を分かったかつての仲間の訃報。友奈は少し間をおいてから、少し驚いた。

 

事故や病気ではない。他でもない守ろうとした町の人たちによって殺されたとの話だ。

 

友奈が抜けた後の勇者部は残った5人で押し寄せる不安から人々を守る防波堤になろうとずっと奮闘していた。人間らしく生きていくという自分たちの決意を胸に。

 

勇者部と大赦は何度か話し合いの末に情報統制を解禁していた。それ故神婚事件における大赦と勇者部のゴタゴタも覚悟のうえで人々に打ち明けた。

 

2つの組織は隠し事をし合って疑い合っていた。神様が見かねて終わらせようとしたぐらい、間違え続けていた。それらが周知となったのだ。

 

バーテックスに立ち向かう勇者と神官たち。その裏側での自分たちの行い。勇者である子供と神官である大人の関係が破綻していたこと、勇者の何名かが自暴自棄に世界を巻き込もうとしたこと。誰よりも優しい勇者と神官の2人の気持ちに誰も向き合えず、言葉という暴力をぶつけてきたこと。何もかも全部。

 

街の人たちの困惑に個人差はあったものの、勇者と神官たちの懺悔を概ね受け入れてくれていた。・・・最初のうちは。

 

大赦が自分たちを騙し隠し事をしていたこともそうだが、それ以上に勇者側の陰での振る舞いに日増しに悪感情が高まっていった。

 

事あるごとに世界を見捨てようとした。子供とはいえ、それだけで全てを笑って許すしかないのか。挙句の果てに友達の尻拭いで祟りを引き受けた同じ一人を、支えるどころか同調圧力で追い詰めたというじゃないか。

その少女は今も遠く離れた集落で責任を果たしているというのに。

 

ヒトとして生きることこそが幸せというが、結局は当面の問題を辛うじて回避できたというだけ。解決とは冗談でも言えない。何の相談もなしに一部の選ばれた側だけで勝手に自分たちの当たり前だった生活を奪われ、人間とはこうあれと勝手に投げ出された終わらせ方だ。

「幸せ」という圧力の前に不満は少しずつ鬱積され、人間同士による事件も多発し、やがて表面張力で保っていたような不安や不信がそれで崩れたんだ。

 

少女たちの学校にクレームの電話が鳴り止まず、ネットには毎日毎時毎分心無い言葉が書かれ続ける。

クラスメイトも勇者部を信じ続ける者もいたが、よそよそしくなる者も出始めた。大赦や学校の教員が何度庇っても、状況が改まる気配は見られない。

 

勇者部の笑顔は次第に陰り始め、なるべく外を出歩かないようになった。だがどうやって調べ上げたのか、少女たちの自宅の壁面に悍ましい排除の言葉が描かれ始めた。手荒れになるまで拭き取っても、次の日にはまた暴力的なアートが描かれている。

 

そうして全員の心が擦り減っていた時に、事件が起きたのだ。

 

犯人は複数。犬吠埼が高校から帰宅する途中。1人目が勇者部に仕事を頼みたいという体で声をかける。そこに合流してきたフリをした2人目と3人目が少女を羽交い絞め。1人目が隠し持っていたナイフで思い切り腹部を刺した。さらに鈍器で頭を殴られて倒れ込んだ犬吠埼はひたすら殴られ蹴られ刺され続けた。息が途絶えても何度も何度も。

留飲を下げた実行犯たちは去っていった。グチャグチャの亡骸の傍らの壁に、天罰と血文字を書き残して。帰ってこない姉を心配した妹の樹が仲間に相談して、警察に連絡して翌日。

住人がまばらになりつつある街中の、さらに人気のない路地裏。小動物に啄まれている死体が発見されたのだ。全身の骨がへし折られた肉塊は、まるで打ち捨てられたマリオネットのようだった。

 

不幸中の幸いというべきか、犯人たちはすぐに捕まって、他のみんなは無事らしかった。犬吠埼風の葬儀も一応は済ませられたものの。住んでいる家からは一旦去るほか無くなっていた。

 

 

 

「外出が危険だとはご本人に何度も警告したのですが・・・。」

 

大赦への捨てきれぬ反発ゆえか、最期までヒトらしく生きたいという意思ゆえだったのか。その答えは本人もろとも灰となって消えてしまった。以前の勇者部のワガママともいえる行動を思えば、当然の結末だ。

私憤を持て余していたヒトが同じ私憤で罰せられる。大赦を潰すと何かあるたびに息巻いていたヒトが全身を潰されて死ぬ。なんて皮肉だろう。

どのみち、袂を分かっていた自分にはどうすることもできなかった。何の感慨も浮かばず、ただただ虚しいだけだ。

 

「他の皆様はご無事で、大赦寮内で匿っております。何か伝言があれば・・・。」

 

「気をつけるようにとだけ。」

 

「友奈ちゃん?」

 

「わたしも先生の留守を預かってますので。」

 

強引に話を終えると、友奈は集落近辺の見回りに出かけた。

 

 

「・・・・・・。」

 

鎮まっていたドロドロが胸の中に渦を巻く。先行きの見えない未来と一旦置いていった過去。

人間の底力を信じて選んだはずなのに。気づけば勇者部も集落の仲間も安芸先生でさえも遠い存在に思える。

 

 

「友奈ちゃん!」

 

後日。追い打ちをかけるように。とうとう集落にも暴徒が群がろうとしていた。

 

「やめてくださいっ!」

 

集落の出入り口の前で、ガラの悪い数人の男女が押し寄せようとしている。クラスメイトの胸倉を掴んでいた手を強引に離して割って入ると、矛先はすぐに赤毛の少女に向けられた。

 

「抗議があるのなら、わたしが伺います。」

 

するとそのグループは挨拶もなしにまくしたて始める。その姿は同じ人間なのか疑いたくなるほどで、たまたまヒトの言葉を話せるようになったケダモノの群れとしか思えなかった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・。」

 

友奈は仲間を背に庇い、どうにか責め苦の一つ一つに冷静に答えていく。安芸から一通りの作法は教わっているものの、彼女と比べてどうしてもたどたどしい。よりによって安芸が本庁に出かけている時に押しかけてくるとは。安芸や大赦の職員たちはこの地獄にいつも耐えていたのか。色んな思いが去来しながら。懸命に答えていく。

 

 

 

お前らがちゃんと戦わなかったから。どうしてくれるんだ。こんななら神婚していればよかった。

仰る通りです。面目次第もありません。勇者部も大赦も重く受け止めて努力していきます。

 

不老だか知らないけど、自分たちが特別だからって他人事なんだろ。

気持ち悪い。自己満足の偽善者め。大赦のお偉い共に身も心も売ってるだけのくせに・・・。

 

 

あ。

 

先生、ごめんなさい。わたしもう限界です。

先生だったらきっと最後まで落ち着いて対応できたんだろうな。ずっと一緒にいながら、自分にできるのは結局叫ぶことだけなのか。

 

 

 

 

見当違いな罵倒が終わる前に。友奈は一人の胸倉を思いっきり掴み上げた。

 

「何しやが。」

 

「・・・先生が何だって?みんなが何だって?」

 

「身も心も売ったから何だ。あなた達が何を知ってるんですか。」

 

 

「先生や大赦の人達は一度だって反論しなかった。勇者部のこともあなた達のことも!見えない所で戦ってる人たちに、その態度はなんだっ!!」

 

一度火が付くともう止まれなかった。暴徒たちも集落の仲間も友奈の怒りに割って入ることができない。

 

 

この人たちはきっと学んでこなかったんだ。大赦と勇者部による自分勝手同士の争いを伝え聞いて。未だに何も読み取ろうとしないのか。

 

優しい人を傷つけるケダモノは必ず報いを受けて、何も得られず終わるってこと。

 

 

「辛いのがお前たちだけだって。」

 

悩むのも面倒になった少女は4人目の胸倉を揺さぶり、なおも叫び続けた。

 

「思ってるのか!!ふざけんな!」

 

勇者部だった自分は本来なら粛々と彼らの恨みを聞き届けるべきだった。でも無理だ。勇者と神官に振り回された人たちのためにも。違う。その人たちに手を伸ばしきれない少女の自身への苛立ちは暴発して際限が無くなってしまっていた。

 

 

 

 

「やめてくれ、帰るから助けてくれ。」

 

「ふざけんな・・・ふざけんな!!」

 

 

 

助けて、か。

少女の激情に呑まれ、胸倉を掴まれた相手の顔は涙と鼻水で歪み、下半身は失禁して濡れている。

 

急激に虚しさに襲われた。かつての勇者と防人・大赦の疑い合いの結果がコレだ。

 

自分達は人間らしさというお題目のために、どれだけの頑張り屋の助けてを封じ込めてしまったんだろう。どれだけの優しい人達が今も助けてを言えずにいるんだろう。

 

 

 

 

暴徒たちも勇者部も防人も大赦の偉い人達も。何も変わらない同類だ。

 

何が人間らしさだ。何がまともな生き方だ。何が生きていてくれたら幸せだ。

 

身勝手なおまえ達のそんな当たり前の日々を守ろうと声も出さずに戦っていた人たちのことを少しでも考えたのか。あの人の苦しみを、痛みを、人知れずずっと耐えてきたものをほんの一瞬でも理解しようとしたことがあるのか。

 

 

何故いつも。優しい人が苦しまなきゃいけない。耐えている人がさらに傷つけられなきゃいけない。

 

 

 

燃え上がるやり場のない怒りに身体を、心を、魂を委ねる。

 

もういい。勇者でも神官でも聖者でも。許せないものは許せない。今自分は怒っていい。こんな奴らに思い知らせないといけない。もっと早くそうするべきだったんだ。

 

 

友奈ちゃん!それ以上は―――!

 

クラスメイトの制止の声が聞こえてくるが、構わない。

 

 

今日まで会ってきた優しい頑張り屋のみんな。300年前の初代勇者さん達。防人や街と集落のみんな。安芸先生や大赦の人たち。何ならついでに勇者部だって。その人たちが報われる世になってくれるなら。

 

手垢と唾液まみれの幸せなんていらない。そこに属せなくたっていい。

 

身体は生きて、心は死なせて。少数派を守り続けた異端の勇者になり切ってやるんだ。

 

暴徒の顔面目掛けて、思いっきり拳を振り上げて。

 

 

 

「――――――。」

 

 

腕が動かない。

 

 

「やめなさい。」

 

 

汗だくの安芸が息を荒げながら、わたしの手首をきつく掴んでいた。

 

 

 

駆け付けた集落の仲間が圧の強い説明をして、ようやく暴徒たちが去っていく間。友奈はずっと安芸に抱きしめられていた。

 

「・・・許せない・・・。」

 

先生、あの人たちは大赦の人達や集落のみんなに酷い言葉を。何も知らないくせに。

 

「友奈さん。大丈夫。大丈夫だから。」

 

 

友奈が連中に再び殴りかからないように、友奈が自分の心をこれ以上傷つけないように。

 

集落内の先生の部屋に引きずられていった後、友奈は膝に顔を埋め座り込んでいた。何もする気が起きない。食欲も湧かない。

 

(もう食べなくてもいいんだけどね・・・。)

 

益体にもならない自嘲ばかりが頭の中を占拠する。

 

安芸はそんな友奈の隣で同じく座って無言で時を過ごしている。変に気を遣われるよりはずっと良いけど。きっと頭の中はこれからのことを冷静に考えているに違いない。自分なんかとは全然違う。

 

どれほど経ってからだろうか。

 

「・・・先生、わたし。」

 

「ダメですよ。」

 

穏やかに、だけど頑として遮られる。

 

「集落を出ていく、と言うつもりだったんでしょう?」

 

「わたしなんかいなくても、ここはもう大丈夫です。そうでしょ。」

 

先生や大赦の人たちだっているんだから。

 

「わたし結局何も変われてないんだ。」

 

自分で考えて悩んで決めたはずの未来。前進しているはずなのに、その実感が一向に得られない。

もちろん簡単に変われるものじゃないというのも分かってた。

自分が足踏みしている間にも取り巻く状況はジリジリと悪化していくばかり。一緒に頑張ってくれるみんなはどんどん大人になっていくのに、自分は子供でも大人でもない中途半端なまま。せいぜい身体が強く死ににくくなったぐらいだ。

 

不安と焦りばかりが募っていた時、勇者部を襲った事件を知って。先生や集落を罵倒するあの人たちを視界に収めた時。もうどうしたらいいかわからなくなっていた。

 

 

「先生の仕事もろくに手伝えなくて、クラスのみんなみたいに大人になっていくこともできなくて。」

 

「友奈さん。」

 

「わたし、先生みたいにできない。」

 

「友奈さん。」

 

 

 

顔を両手で掴まれてグイっと上げられる。隣にいた安芸の顔がすぐ目の前にあった。怒っているような、悲しんでいるような真剣な顔。

 

 

「自分をいじめるのはそこまでにしなさい。」

 

「・・・・・・。」

 

「クラスの皆さん、貴女のことをとても心配していました。」

 

「嘘だ。」

 

「本当です。」

 

嘘だ。かすれた声で繰り返した少女に、安芸は静かに首を振る、

 

嘘だ。だってわたしは。誰かを導くことも庇うこともできない、できるのは力を振りかざすだけの異分子でしかないのに。

 

 

「友奈さんが自分のことが嫌いで仕方なくても。貴女と一緒に生きていたいという人だってたくさんいます。」

 

「でもいつかは別れるじゃないですか。わたしは皆とは違う。」

 

「それも承知の上で。皆さんそう言っています。」

 

「・・・・・・。」

 

「・・・嬉しいことも辛いことも一緒に背負わせてって言ってくれたじゃない。」

 

 

弱音を吐けたからだろうか。やさぐれていた気持ちが少し鎮まった気がする。

 

「・・・勇者部のことは、私も残念に思います。」

 

ふるふると首を振る。

 

「―――先輩はきっと自業自得、だと思います。」

 

 

 

犬吠埼風の末路を悲しいと思った。もっと自分にもできることがあったのではと後悔もある。

 

 

だけど一方で、事件自体は理不尽とも感じなかったのも正直なところだ。

 

結局はこれが、偏った正義感の行き着く果てなんだろう。

無知な正しさ、幼稚な怒り。振りかざせば、一時的な同情を得られる。汚物のような感情を目の前の相手にぶつければ安っぽい解放感もあるだろう。

 

だけどそれきりだ。そうして自分だけの幸せに閉じこもったところで、腫れ物として遠巻きにされ、やがて別の独善に罰を追及され、都合の良い“悪者”として処理されて終わり。記憶の片隅にも残らない。

 

 

「あの人の顔、もう全然覚えてないです。最後まで先生や八つ当たりした人たちに謝らなかったなって。それだけ。」

 

先生は何も言わず友奈を見つめている。少女がわだかまりを吐き出すのを待っているみたいだ。

 

「自分の怒りをぶつけて、情けない自分を慰めてもらって。先生や・・・千景さんがずっと一人で抱えていた痛みに比べたら。」

 

 

ギュッと両の拳を握りしめる。

 

「千景さんがもし大赦に好意的だったら、同じように優しくしていたでしょうか?」

 

「千景さんの味わった色んな気持ち、勇者部は本当に理解できていたんでしょうか?」

 

「自分たちの正しさや幸せのために、他の場所で頑張っている人たちの想いは無かったことにしていいんですか?」

 

弱音を吐くことさえ許されず、それでも明日を信じて生きている人たちだっている。勇者部はたまたま戦う力があっただけマシな方だとつくづく思わされる。

 

なのにそのせめてもの幸運を忘れて、都合が悪くなれば人間らしさを名目に癇癪を起こす子供に戻る。そんなんじゃ結局。小麦となって消えた大赦の保守派と何も変わらない。

 

300年前も今も変わってない。

 

 

「友奈さん、あの場所を見つけた時のことを覚えてますか?」

 

あの場所・・・すぐにピンと脳裏に思い浮かんだ。

 

 

 

潜っていた水中からゆっくりと起き上がる。濡れた両の掌で顔を拭って目を開く。屋根代わりの岩の割れ目からの月明かりが、友奈と水場の縁に座っていた安芸を優しく照らしている。

 

 

澄んだ湧水が300年の歳月を経て形作っていた、小さく静謐な洞窟だった。

 

 

安芸と2人で旅をしていた時に見つけた時は本当に驚いた。それも記録から抹消された初代勇者の一人が初めて神器を見つけた場所でだったから、なおのこと。

一応毒がないか確かめた上で、長旅の疲れを洗い流すことができた。思わぬ奇跡に感謝しつつ・・・改めて思い浮かべてみた。今の大赦にも勇者部にも理解はできないだろう怒りと苦悩を抱えながら、最後まで自分の人生を生き抜いた優しい勇者、郡千景のことを。

 

静かに水面を揺らしながら、安芸が佇む少女の隣に並ぶ。勇者の衣も神官の正装も、制服や私服でもない。同じ生まれたままの姿で同じ場所に佇む。

どちらからともなく手を握り合って。長い時間、2人の乙女は泉の中心で瞑想を続けていた。

 

 

 

・・・その時に。先生と約束したんだ。たとえいつになるかわからなくても、勇者部と再会した時に胸を張って仲直りできるようにしていこうって。

 

 

風が死んだ今、みんなとはいかなくなったけど。東郷も樹も夏凜も園子もそれでも懸命に生きている。

 

勝手な誓いだし、実際に会ったら殴られるだけじゃ済まないかもだけど。必ず会いに行って、心の底からごめんなさいと頭を下げて、その後生きていてくれてありがとうとちゃんと伝える。それが新たな生きる理由の一つになっていたじゃないか。

 

 

 

「友奈さん。大赦と勇者部がどうあれば良かったのか、私も正しい答えを出せないのがもどかしいですが。」

 

「大赦と勇者部の石頭たち。双方が人生を全うすることで、閉じこもって疑い合う時代は終わったと。そう考えてみませんか。」

 

生き残った側の自己満足かもしれませんが。ぎこちないながら確かな笑みを向ける先生に、わたしも同じように笑顔で応える。目の奥がツンとしたと思ったら、頬が熱くなる。

 

(そういえば。)

 

涙が溢れて止まらない。どうして今まで気づけなかったんだろう。

 

(わたしも謝れないままだった。)

 

風先輩や勇者部の全てを許すのは、今でも難しいけど。それでも。

 

「先生、一緒に冥福を祈ってくれますか?」

 

喧嘩別れで終わったあの人への、胸中に残っていた感謝と敬意を込めて。たとえ違う道でも、人間として戦い続けた彼女を今はただ悼みたい。

 

友奈は安芸と共に、しばらくの間無言で手を合わせた。

 

 

 

もう一つ大事な話がある。友奈が落ち着いた頃、先生が意を決したようにその話題を始めた。

 

「私たちの身体の事なのですが。」

 

「途中までとはいえ、神婚は進んでいました。友奈さんも実感はあるでしょう?」

 

「はい・・・。」

 

集落に少しずつ人が集まるようになってから、いやもっと前。安芸先生と旅に出た時から薄々とは気づいていた。

足が棒になるくらい歩いて、何度も雨でずぶぬれになって。

それでも不思議と身体に疲れはなく、少しずつ活力が溢れてきていたのだ。集落に来てからも時間が経つにつれて大人になっていくみんなと、外見はそのままな友奈や安芸、神婚の影響を受け生き残った人達。

 

ひとまずは受け入れるしかない現実。

 

 

廃屋で移ろう空を見上げながら、先生と話し合った末、神婚の影響だと結論が出た。

 

 

「神世紀を見守っていた神様たちの最後の贈り物・・・といった所ですかね。」

 

「人類を世界の天敵とするなら、バーテックスはそんな人類の天敵。」

 

「えと、神婚は人類に残された最後の手段で。神樹さんと一つになる。世界に受け入れてもらって、バーテックスを含めた。死の恐怖から解放される。」

 

 

大赦の書庫で唸りながら勉強のブランクを埋めていた時、目を通した知識だ。

 

安芸はこくりと頷く。

 

 

「不老の存在が実際に一緒にいても、お前たち人間は信じ合って生きていけるか。」

 

「ホント神様っていつも優しくて意地悪だなぁ・・・。」

 

やっぱりそうか。自分たちはもう勇者と神官以外の生き方が出来ないということを改めて実感する。

 

でも・・・不思議と悪い気はしない。一緒に間違えながらでも進んでくれる人たちがいるから。

 

うん、おなかをくくった。わたしは迷わずに答えを口にした。

 

 

「先生、わたし勉強もちゃんと続けます。」

 

 

自分は物事を難しく考えるのは苦手だから。一歩ずつ勉強して、一歩ずつ色んなことを知っていって、一歩ずつ伝えていきたい。

 

遠回りでも前に進みたい。間違えることがあっても這い上がっていきたい。そして懸命に生きる人を微力でも支えていきたい。そのために学ぶことはたくさんある。

 

「もちろん、お供しますよ。」

 

 

安芸は優しい笑みを返して頷いた。

 

 

 

「友奈さん、お客さんが来ています。」

 

安芸が縁側の窓を開ける。集落で一緒に暮らしている子供たちだ。街で迫害されていた少年もいる。

 

「これ・・・。」

 

みんなで少女に差し出す。大赦の職員さんに説明して、自分たちで作った冷やし肉うどん。

 

「友奈お姉ちゃん、元気出して。」

 

「これからはあたし達も頑張るから。」

 

少年がお盆を友奈の前に差し出し、ぷいっと拗ねたように顔を逸らした。そのままぼそぼそと言葉を続ける。

うどんが伸びるから、早く食べて。早く元気になって。勇者部のこともっと教えてよ。

 

「ありがとう・・・ありがとう。」

 

友奈は子供たちを力いっぱい抱きしめて、嬉し涙を流しながら何度も告げるのだった。

 

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