結城友奈は勇者であるアフター 優翠の章   作:bakedapple

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閑話 無名の花と苔たち②

 

空気が重い。最後の戦いが終わった時の穏やかさが嘘みたいだ。

勇者部の活動を切り上げて戻ってきた部室。全員が同じ心境を抱えていた。2代目部長は無言でタオルを動かし続ける。

勇者部として手伝いに行った職場。作業員に冷水をぶちまけられて追い出されて、早めに切り上げるしかなかったのだ。依頼人が何度も心から謝りながら見送ってくれたのが、せめてもの救いだったのかもしれない。

 

大赦と何度も話し合って決めた。勇者部と大赦のこれまでとこれからを隠さずに市民に話す。自分たちは隠し事を繰り返して失敗し続けたから。その失敗から300年ぶりに学んで、変わっていかなければいけない。どれだけ時間がかかっても、街の人達もきっとわかってくれる。そう信じていた。いや今だって信じようとしている。

 

今日の活動だって大赦から止められたけど、それでも任された仕事だからと押し通した。友奈が別の場所で頑張ってるのに、自分たちだけ守られているわけにもいかないからと。

だけど余裕のない現実ではやはり簡単にいかなくて。

 

樹がタオルで髪を拭き終わるのを見計らって、園子が口を開いた。

「わかってたはずだよ、いっつん。・・・ああいう風に考える人だっているの。」

 

「・・・友奈さん。」

ぽつりと遮るように呟く。自分たちに背を向けた友達の名を。自分たちを非難した時の表情は今も忘れていない。

 

「友奈さん、ホントはこうなるの分かってたんじゃないですか。」

 

「ちょっと樹。」

 

「それで自分だけ逃げて。」

 

「樹ちゃん!」

 

ごめんなさい。樹は顔を上げた。今にも泣き出しそうな顔で、それでもしっかりとした声音で部室の淀みを押し流そうとする。

 

「友奈、どうしてんのかしら・・・。」

 

「安芸先生や集落のみんなと頑張って開拓してるよ。」

 

「私たちを差し置いてね・・・。」

 

まるで浮気された伴侶のような調子でぼやく東郷に、全員が苦笑する。胃もたれしそうな重苦しさがようやく和らいだ気がした。

 

「お姉ちゃんまだ授業中だし、メールだけしておきますね。」

 

樹が携帯を取り出して簡単な報告だけ送信する。

 

姉から返信が来ることはその後無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「今年の作物の収穫量は説明した通り。現在の集落の人口的には余裕出てきた感じです。」

 

昼下がりの集落内、学校と会議所を兼ねた場所。あたしと大赦職員さんの話し合いが一段落した。

 

「確認しました。こちらも業者の手配、集落の一部への配電作業も一通り完了しています。様子を見ながら範囲を広げていきたいとのことです。」

 

真剣にレポートを眺めていた職員さんが顔を上げて、自分たちの近況を伝えてくる。友奈と安芸先生からそれぞれ集落での仕事の引継ぎを済ませてから、こうして2人で話すことが多くなった。

 

「友奈くんとアキはどうしてます?」

 

「それでしたら。」

 

こっちですと休憩がてら運動場へ案内した。入口から覗くと赤毛の少女が数人の子供たちに身体の動かし方を教えているようだった。

 

「出発の準備は終わってます。友奈はこうして護身術の指導中ですね。先生は今夜のお祭りの準備で公園の方へ。」

 

「お祭り。」

 

「月1のちょっとしたキャンプファイヤーみたいなものです。燃やせるゴミもその時一緒に燃料代わりにね。」

 

「合理的ですね。」

 

「この世界を生きる人々へのエールを贈るため、あと今回は友奈と先生の旅の無事を祈って。」

 

「いよいよですね。早めに次の集落候補が見つかればよいのですが。」

 

「えぇ。・・・ところで大赦の仕事が終わったのなら、一緒にやりませんか、お祭り。」

 

「・・・良いんですか?普段集落にろくに顔も出さない人を呼んでも。」

 

「友奈の先輩なら、あたしにとっても・・・仲間ですから。」

 

職員さんは少しの沈黙の後、ありがとうございますと頷いた。唇の端を固そうに上げているのがぎこちない嬉しさの表れだと気付いて、あたしは思わず吹き出してしまっていた。

きょとんとしている職員さんに謝りながら、世界を守る公務員もまた得手不得手を抱えた人間なんだと妙に感心してしまったものだ。

 

 

 

「あの・・・勇者部の人たちって今どうしてますか。」

 

集落を散策がてら、隣の職員さんに問いかけてみる。別々の道を選んだ、友奈にとって縁の深い存在。友奈はほとんど話題にすることはなかったが、個人的に気にはなっていたのだ。

 

「今は街から少し離れた場所で住み込みで仕事を手伝ってくれています。友奈くんと同じ外部協力者として。」

 

「その方がいいですよね・・・初代部長の件もありましたし。」

 

「友奈くんの両親も我々と市民の間に立って、交渉を引き受けてくれています。今日は友奈くん宛てに言伝を預かっているのですが。」

 

「言伝・・・?」

 

「会いたい、と。」

 

勝手ですね、と口に出かけた憤懣を飲み込む。数年も経ってどんな神経していればとも、それなら自分たちが来いと腸が煮える心地だ。

 

・・・だけどわかってはいる。勇者部だって既に闇雲な人間愛を振りかざす子供じゃない。違う場所で色々な経験を積み重ねた同志だ。初代部長が殺され、子供のままでいられなくなっても・・・最初の理想を形にしようと頑張り続けている。

 

「友奈くんのご友人として、私を仲間と呼んでくれた貴女にお願いしたい。どうか伝えてあげてください。」

 

大赦職員さんは頭を下げた後、真剣な表情で返答を待っている。

 

・・・きっとこの人は。初代部長が死んだ時の勇者部を見ているのだろう。無表情が当たり前と思っていた相手の熱のこもった姿勢から、そのことは察せられる。

 

あたしとこの人がそれぞれ知っていて、同時に知らない勇者部の子たちの過ごした時間。分かたれたものをつなぎ直すために、お節介だとわかっているけど。

 

 

あたしは・・・。

 

 

 

 

パチパチと穏やかに爆ぜる焚火を見つめながら、くすんだ赤毛の女の子が周りを見渡してから、語り始める。

 

「───勇者部と大赦はヒトとして生きる世界を守るという目的は同じでした。だけど300年の間で、2つの組織は仲違いをしてしまいます。荒んだご時世だから、互いのできることや目に見えることが違い過ぎたからです。」

 

 

ホワイトボードに描かれた当時の勇者部と大赦の相関図。落書きのようにふにゃふにゃしたそれを指差しながら、友奈は解説を続ける。

 

 

「挙句の果てには、勇者部の中や神官同士でも考え方に違いが表れるようになります。それぞれのまとめ役たちはあいまいな根性論や一般論ばかりで抑えつけ、相手を知る努力をしませんでした。」

 

 

しっかり聞いていた子もうとうとと眠そうだった子も、いつしか共に真剣な表情で聞き入っていた。

 

 

「石頭のままだった大赦の偉い人たちは小麦となったり、勇者部部長は街の人達からリンチされて殺されました。・・・自業自得とはいえ、痛ましい結果です。」

 

「勇者部は友達のために頑張りました。同時に友達が立ち上がらないと何も成せなかった物乞いです。」

 

「大赦は大勢の人たちに隠し事をしました。同時に人々の暮らしを守ってくれています。」

 

「勇者部と大赦の努力も過ちも、わたし達はきちんと理解して伝えていかないといけません。」

 

「分かり合えない相手はどこにでもいます。それでもわたしや安芸先生のように、偶然の出会いから相手が笑ったり悩んだりする、血の通った人間だと知ることもあります。」

 

正しさで推し量ることが難しい状況に直面したら、自分たちはこれからどうすれば良いのか。友奈はぐるりと聞き入っている人たちを見渡して、結論を直球する。

 

「みんな裸になろう。」

 

「勇者も神官も一般人も、みんな生まれた時はみんな裸でした。どうすればいいかわかんなくなったら、全部脱ぎ捨てちゃっていいんだよ。」

 

立場も善悪も損得も何もかも脱ぎ捨てろ。自分が今どうしたいかという意思を持ち続けろ。自分たちが頭の固い年寄りにならないために。

 

「わたしも安芸先生と駆け落ちして、お互いの過去を労りあったり、やきもちで喧嘩もしました。すっぽんぽんで抱き合って暖め合って、ちょっとえっちなこともしました。」

 

自分の顔が熱いのも安芸の顔が赤いのも、きっと焚火のせいじゃないんだろうな。

 

勇者部や大赦の千の感情論や正論以上に。顔もわからない先生が人知れず流した涙とごめんなさいの方が、自分を突き動かしてくれたから。

 

 

 

 

 

「お疲れ、友奈。」

 

公園の賑わいから離れた集落の出入り口の近く。軽めの果実酒が入ったプラスチックのコップを友奈に渡す。乾杯をして2人で一息に飲み干した。

 

「大分語り部の仕事もサマになってきたね。」

 

「あはは・・・安芸先生に比べれば全然だけどね。」

 

「謙遜謙遜。」

 

うりうりと友奈の頭を撫でつけた。背格好はあたしだけが変わったけど、こういうやり取りは集落で初めて会った時から変わっていない。酒が回ったからか、いつも以上にそれが嬉しい。

 

「いよいよ明日出発だね。」

「うん。これから先人口も増えてくるから、早く新しい集落を開拓していかないと。」

 

ドラム缶や鉄材が積まれた出入口、守衛の人たちの背中。2人で少し無言で見つめる。

 

「最初の頃と比べるとものものしくなったね。入居する時に面談もするようになって。」

 

「うん・・・ほんとは来るもの拒まず、去るもの追わずって感じでいたいんだけどね。」

 

「ヒトを信じる一方で、敵に備えて防衛する、か。」

 

集落の在り方もネットで確認してみたが、賛否が分かれ続けている。勇者と神官による誠実な取り組みだとも、自己満足で街を見捨てたんだとも。水掛け論になるならインターネット担当に対応してもらおうと思うが、互いを尊重しつつ言い合えているうちはまだいい。

 

「今はまだ身を守る手段が必要だよ。理由をつけて集落を荒らそうって人たちもまだいるし。」

 

「300年から変わんないよね、勇者も神官も一般人もさ・・・。」

 

「ホント。けどいつかそれも必要じゃなくなるまで、信じて頑張りたい。」

 

「あたし達みんなでね・・・友奈。」

 

あたしは隣のマブダチに話を切り替えた。

 

「昼間来た大赦の職員さんと話したんだけど。」

 

「話?」

 

躊躇いを飲み下す。一言一言誠実さを込めて伝言を告げた。

 

「勇者部が友奈にまた会いたいって。」

 

赤毛の少女は一瞬目を丸くする。

 

「最後に別れてからすごく時間も経って、前の部長さんが死んだり新しい子たちが入ったりで色々あったけど・・・もし良かったら行ってみてもいいんじゃない、かな。」

 

「・・・・・・。」

 

「昔に戻るためじゃなくて・・・友奈が心置きなくまた旅に出られるようにも、さ。」

 

友奈は夜空を見上げていた。晴れた墨色にはいくつかの星が弱々しくも確かに輝いている。

あたし達は無言でしばらくの時を過ごす。

 

「東郷さん、樹ちゃん、夏凜ちゃん、園ちゃん。」

 

ぽつりぽつりと呟かれる別離した仲間の名前。

 

「大人に変わっても、今この星空を見てくれているかな。」

 

少しして友奈があたしの方を見やる。

 

「みんなすごいね。」

 

うんうんと心底嬉しそうに頷いている。

 

「え?」

 

「勇者部と大赦がずっとできなかったことをしてくれたんだよ。」

 

 

 

「お姉ちゃん・・・。」

 

大赦に紹介された寮の一室。姉の遺影に手を合わせて、犬吠埼樹は立ち上がった。

 

「ちゃんと話してくるね、友奈さんと。」

 

部長として、友達として冷静に向き合ってくる。

 

 

それから友奈は予定を変更して一度故郷へ戻り、勇者部の仲間と会って話をしてきた。

かつての勇者部でどんな話をしてきたのか。友奈も多くは語ろうとしない。あたしも無理に聞こうとは思わない。

 

ただ真っ赤に腫れたほっぺと手の甲と、それ以上に吹っ切れた笑顔を見た時、あたしは何も言わずに友人を抱きしめていた。

 

あたしは、ううん。あたし達は伝えていくよ。

 

友奈、安芸先生。

 

よぼよぼのおばあちゃんになったって。外見の変わらない2人のこと、あたし達の最高の戦友なんだって。

 

あぁ、それと。

今度あの職員さんが来た時は。改めて名前を聞いて握手を求めてみよう。

 

 

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