結城友奈は勇者であるアフター 優翠の章 作:bakedapple
あの喧嘩別れの後も、勇者部は活動を続けていた。
友奈が戻ってきた時、すぐに日常を続けられるように。あの人が戻ってきた時、できれば今までよりも話せるように。
・・・いや嘘だ。集落の復興を頑張っている友奈は自分たちの知っている彼女とは違う。直接会うことがやはり怖かった。橋でつながっている以上会うだけならできるのに。またあの時の喧嘩が再現されるかもしれないと思うと。
勇者部のやるべきことを行う一方で、やりたいことに踏み切れずにいた時・・・その事件は起きた。
「会わせてください。」
「樹ちゃん。」
「大丈夫ですから。」
重苦しい沈黙が支配する。扉で隔てられた霊安室の向こう。少しして樹のすすり泣く声が微かに響き、廊下に立ち尽くす者たちの心を抉っていく。
「・・・友奈に。」
夏凜がぽつりと呟く。
「友奈に知らせた方がいいんじゃないの。今ならアイツだって・・・。」
一同が黙り込む。
怒りと失望をぶつけた次の日、自分たちの前からいなくなった大切な友達の名前。
携帯も両親に預けていたらしく、一切の連絡を取れなくなって長い時間が経つ。
忘れたことなんてない。勇者部の誰もが旅の無事と部への復帰を願いながら、活動に励んでいた。
追いかけようと誰もが提案したこともあった。結局できなかった。
『もういいです。こんな幸せ要りません。』
部室を飛び出して呼び止めた自分たちに振り返ったその表情。冷たい怒りと煮えたぎる悲しさが入り混じっていて。
深々と頭を下げてから立ち去っていく姿に、どうすることもできなくなっていた。
「・・・今は樹ちゃんを支える方が大事だと思う。」
「東郷。でも。」
「友奈ちゃんは助けようとしている。安芸先生や大赦の人達、町の人達のことも。」
…正直、それは勇者部に留まっていたらできない行動だ。全ての戦いが終わってから、大赦の側は仮面を脱ぎ捨てて心を開いてくれていた。一方で勇者部の側はどうしてもわだかまりが残っていた。
「風先輩が死んだから会いたいなんて言ったら、友奈ちゃんの本気を踏みにじってしまう気がするの。」
「・・・・・・。」
夏凜が深く溜め息を吐き出した。
友奈は誰かのためにどこまでも優しく強くなれる奴で。
初めて会った頃の自分に対してそうだったように、立場というしがらみを超えてもっと色んな人を助けようとしている。
「ゆーゆとまた会えた時、胸を張れるように。」
今は訃報だけをお伝えください、と園子が控えていた大赦の職員に伝える。真剣な表情で深々とお辞儀をして去っていくのを見届けながら、東郷がおもむろに呟いた。
「・・・たとえ離れていたって、わたしの自慢の恩人で友達なんだけど。」
「わっしー?」
「私・・・生まれて初めて友奈ちゃんにムカついてる。」
「おかえり友奈。安芸先生も。」
「ただいまお母さん、お父さん。」
玄関で2人に迎えられる。連絡を時々は取っていたから寂しくはなかったけど。この町も我が家もホントに久しぶりだ。
お母さんは感極まった感じでわたしを抱きしめてくれた。
「おっきくなったなぁ、友奈。」
「お父さんも渋みが増したねー。」
「先生、私達に代わって娘を見ていただいて、ありがとうございます。」
「いえ、私も友奈さんから多くを学ばせてもらってます。」
リビングに入ったわたし達はそれからお互いの近況を話し続けた。
集落の代表の引継ぎが完了して、また次の居住地を探しに行くこと。
復興を手伝ってくれる大赦職員さんの差し入れが、不味かったり美味しかったりである意味刺激になっていること。
勇者部の顧問は私の両親が引き受けてくれていて、今じゃみんなとも家族同然の間柄ということ。
「2人とも、風ちゃんのことは聞いてるわね?」
「うん・・・知ってる。」
一瞬の沈黙を置いて、友奈は答えた。安芸先生も傍らで頷いている。
「みんな怒ってるよね。葬儀にも顔を出さなかったし。」
大赦の職員さんや集落の友達からも何度かここは任せて行っておいでとも言われたけど。友奈はその度にやんわりと断っていた。
死んだという知らせが届いた頃は、集落の近くにいる暴徒の対応に追われていたから。それもあるけど、どれだけ理由を挙げても結局は。
「やっぱりどうしても、あの頃は気が乗らなくて。」
困ったように笑いながら正直に答えた。もしまた会った時の勇者部が悪い意味で何も変わっていなかったら。そう考えると、怖い。
勇者部を嫌いになったわけじゃない。だけどその在り方全てを肯定するのはやっぱり違う気がする。
「怒ってないと言えば嘘になるだろうけど、会いたいって言ってくれたんでしょ?それに応えたいから、こうして里帰りしてきた。」
顔見せてあげなさい、とお母さんに促される。
ここまで来たら進むだけだよね。集落のまとめ役を引き継いでくれた友達と職員さんの気持ちにも応えなきゃだし。
遠い過去の存在となった先輩。顔もうろ覚えになりつつあるけど、弔いのための押し花も一応持ってきたから。
「友奈。」
そうして近況の伝え合いが落ち着いた頃。お父さんがおもむろに話してきた。
「今日2人が来る前に、友奈に会いたいって子がうちに来たんだ。讃州中のクラスメイトだった子だよ。」
「友奈ちゃん、久しぶり。」
次の日のお昼の少し前。友奈と安芸は讃州中のクラスメイトの家を訪れていた。
「うん。また会えて嬉しいよ。」
クラスの中でも話す機会の多かった子だ。控えめだけど、勉強では他の子にアドバイスをしたり、クラスの話し合いの時にはやんわりと意見をまとめてくれたりとしっかりとした行動力があった。天の神騒動の後も、不安がるクラスの子たちを物静かながら励ましていた。
砂のようにキラキラした髪は今も変わっていない。他の人たちと同じく友奈が見上げるほど背が伸びていて、顔つきは昔より痩せてはいるけど。以前と同じような、遠慮がちながら温もりのある微笑みを向けてくれた。
「えと、それで貴女が。」
「大赦で職員をしている安芸と申します。ご両親にもお世話になっておりました。」
級友のお母さんとお父さんは安芸先生と同じく大赦の職員さんらしい。管轄が違っていたから面識はそれほど無かったそうだけど、何というか世界は広いようで狭い。
「友奈さん、私は母様と話してますね。」
「わかりました。・・・それじゃ案内お願いするね。」
級友の背中についていく。柔らかい木の階段を上がって、家族写真の掛けられた壁を目にしながら着いたのは奥の書斎だった。
級友に促され、室内へと足を踏み入れた。カーテンで日光が遮られて薄暗い。壁にずらりと設置された本棚には難しそうな古書がびっしりと並んでいる。
一番奥にはベッド、その横の仕事机には事前に用意してあったんだろう紅茶と菓子が置かれていた。
「父さんの部屋でもあったんだ。」
どうぞと部屋の真ん中の座布団を勧められ、友奈は腰を下ろした。級友の子はちょうど向かいに座り込む。
「友奈ちゃん。集落の復興はどう?大変じゃない?」
「うん、そりゃもう毎日大変なことばっかり。」
農作業に警備の仕事、年少の子たちに勇者部と大赦の歴史を正しく教える勉強。挙げ出すとホントにキリがない。
「大変だけど、まだできることとやらなきゃいけないことがあるからね。」
友奈も先生も大赦の人たちもその一心で頑張っている。勇者らしく大赦らしく人間らしく。
「勇者部と大赦に振り回された人たちのためにも?」
真向かいの級友が微笑みを絶やさずに問いかけてくる。自分から主張する方じゃないけど、聞きづらいことでも直球で訊いてきたっけなぁ。
・・・でも何だろう。部屋が薄暗いのを差し引いても、目の前の級友に陰りを感じる。今日友奈に話したいのはきっとその陰りの部分なんだろう。
そう思って尋ねようとしたものの。
「友奈ちゃんが抜けた後も、勇者部はこの町に残って色々やってたよ。炊き出しとかがれきの撤去とかね。」
勇者部の話。少女が脱退する直前も確かにそうした活動はしていた。直接じゃなくても大赦や町の人たちの手伝いをしている時は・・・勇者部への違和感を忘れていられたっけ。
「友奈ちゃんは出張中だとか。」
「そっか・・・他には何か言ってた?」
「今度こそみんなで幸せを作っていこうねとか。」
「・・・・・・。」
「・・・でもその幸せってさ。勇者部以外は含んでくれていたのかな。」
「え?」
「勝手だよね、あいつら。」
穏やかな笑顔のまま、放たれた言葉。そこには間違いなく怒りと軽蔑が込められている。
級友が指差した先。友奈が立ち上がってベッドの横の机に歩み寄った。
その上の片隅に置かれたメモ。手に取って確認してみると。
『ごめん、2人は生きなさい。』
「これって・・・。」
「お父さん、殺されたの。勇者部の奴らに。」
振り返ろうとして、できない。級友が顔を伏せたまま真後ろに近づいていた。友奈の手を握りしめている。きつくきつく。爪が皮膚を食い破って血が滲み出す。
痛みは感じない。級友の言葉が友奈の心を凍り付かせていたから。
「勇者部に・・・?」
「許せないの。許せるはずがない。」
友奈の反応なんて耳にも入らないように、怖いぐらい淡々と言葉を紡いでいく。
「母さんも父さんもこれからのために頑張っていた。大赦の一員として背負っていくつもりだった。」
「毎日どんなに頑張っても、毎日色んな物陰で好き勝手言われて。ボロボロになってもワタシを元気づけてくれてた。毎日毎日毎日。」
壊れた機械のようにその子は繰り返す。
まいにちマイニチ毎日。
「でもある朝、いつになっても父さんが部屋から出てこなくて。ワタシと母さんが来た時には、もう。」
ベッドにぐったりと突っ伏して二度と動くことはなく。カーペットには薬が散乱していて。
『ごめん、2人は生きなさい。』
長年愛用していた机には崩れた文字で書かれたメモが遺されていて。
薄暗い部屋の中はどこかひんやりとして肌寒く、外の音は何も聞こえなくなっていた。まるで海の底みたい。・・・ううん、天の神の争乱の時、自分が行きかけたあの奈落の底みたいだ。
どうにか声を絞り出そうとした瞬間。
視界を星が覆った。鈍い痛みに呼吸ができなくなる。鼻が熱い。じわりと血が流れ出ているようだ。
級友の拳が少女の顔面を強かに殴りつけていた。
「・・・おまえ・・・せいで・・・。」
胸倉を掴まれて、乱暴にベッドへ身体を叩きつけられた。
「・・・ぅぐ・・・っ!」
冷え切った両手に首を絞められる。讃州中の同じクラスにいたその子の痩せた顔。垂れ下がった砂の前髪の向こう。爛々と不気味に輝く両の瞳。幽鬼を思わせるほど冥い憎悪に満ちていた。
「お前たちのせいだ!!」
「人殺し!!何で父さんを助けてくれなかった!!」
「勇者部の綺麗事の陰で、今も誰かが苦しんでるのに!!知らぬふりで開き直って!!」
「何が勇者だ!子供だったから何をしても許されるのか!!」
「お前たちのせいだ!!」
怖い。
今の級友に声をかけるのがとても怖い。
「・・・っぁ・・・!」
クラスでよく話していたこの子の豹変も。この子の家族を狂わせてしまった事実も。
「・・・っ。全部。きみの言う通り・・・だよ。」
友奈を取り返すため。皆のいる世界を守るため。どんなにきれいな釈明をしたって。色んなものが相談なしに突然変わってしまって。その中心には無責任な幸せと人間を騙る勇者部と大赦がいたのは事実だから。
だから。
首を絞めつける力はますます強くなっていく。苦しい。息ができない。目の前がチカチカし始める。
それでも目の前の級友の顔を真っすぐ見つめ、必死に言葉を紡いだ。
「いいんだよ・・・わたしを殺しても・・・っ。」
「・・・・・・!!」
逃げたくない。
目の前の友達の狂ったような形相から。人知れず抱えてきた激情から。自分たちがとっくに加害者になっていた事実から。
逃げたくない。
「きみのっ気持ちが・・・少しでも晴れるなら。」
「ふざけるなぁっ!!」
甲高い破裂音。耳が壊れたかと思うほどの静寂。そのすぐ後に強い熱と痛みに支配された。
友奈の頬が思いっきり叩かれる。何度も何度も。
呼吸が再開した解放感と脳にまで響く激痛の嵐が同時にやってきて、何もできない。
「勇者部の命なんか。父さんの命に釣り合うわけないじゃない!」
殴られ続ける。頬の感覚が、いつの間にか無くなっている。痛い。気絶したくなるほど痛い。でもそれはダメだ。今目の前の友達の怒りを受け止められるのはわたしだけだから。
友達の目を見つめながら、ひたすらに殴られ続けていた。
―辛いのがお前たちだけだって―
―思ってるのか。ふざけんな!!―
目の前の級友の本気の怒り。かつて集落にやってきた身勝手な暴徒に安芸先生を侮辱された時のわたしときっと同じ。
世界の理不尽に怒った勇者と己の無力さを嘆いていた大赦。自分たちと何も変わらない純粋な感情の塊。
否定することなんてできない。それだけは決してしちゃいけない。
―――そうしていつしか。級友は友奈の胸に顔を埋め、嗚咽を繰り返していた。
「返してよ。父さんを返してよ。」
「友奈ちゃんは勇者なんでしょ。ねぇ聞いてるの・・・。」
「わたし・・・。」
「わかってるよ。友奈ちゃんも勇者部も望んでやったわけじゃないって。」
「友奈ちゃんが苦しんでるのを教室で見るのは辛くて。世界は滅茶苦茶になったけど、また元気になってくれたことは嬉しくって。」
あの時。そういえば全てが終わった翌日、教室に入ると皆が友奈を見た途端、安心したように迎えてくれて。すごく嬉しくて暖かった。
「でも、でも・・・っ許せないんだ。」
「何度でもこの手で殺してやりたいって。割り切ろうとするたびに思っちゃう。」
(わたし達は。)
勇者部の幸せな結末の裏側。意識しなければ見えない場所。
(わたし達は何をやっていたの。)
そこで苦しみ続ける人たちを生み出してしまった。
(もし勇者部と大赦がもっと早くに歩み寄っていれば。)
遅すぎる後悔。どれだけ心を焼いたって。振り回された人たちにはきっと釣り合わないんだ。
級友の名前を呟いて震える背中を抱きしめる。
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。」
祟りに苦しむ少女に安芸先生がしてくれたように。苦しんでいる心に少しでも温もりが届くように願いながら。
その子の全てを包み込んで謝り続けていた。
ドアが開く硬い音。書斎の入り口に目を向ける。
ノブを握りしめた安芸先生が立っていた。心なしか顔つきが険しい。
「・・・友奈ちゃん、先生。下で待ってるから。」
「うん、わかった。」
友奈の腕をすり抜けて、先生の隣を通り過ぎていく。階段を降りる足音が途切れると、少女は俯いたまま尋ねた。
「・・・どこから聞いてました?」
「わたしを殺してもいい、ですね。」
隣に来た安芸を見上げる。女性の瞳は顔の腫れ上がった少女を捉えて離さなかった。
「ごめんなさい。でも軽い気持ちじゃないですよ。」
「わかってます。でも叱ります。」
先生の瞳と言葉には静かで真剣な怒気が宿っている。
「友奈さんが罰を受ける時は、私も同罪なんですから。」
自分を粗末にした少女への怒りと級友の怨みを恐れてしまった自身への怒り。
「・・・ごめんなさい。すぐに止めるべきだったのに動けませんでした・・・。」
「はい。分かってます。」
早く降りて話さないと。そう思っていても身体が動かない。心が軋んでいた。
それはきっと安芸先生も同じ。
「昔・・・先生『子供たちに罪はない』って言ってくれたけど、そんなことなかったです。」
「・・・・・・。」
友奈は先生の服の端を掴んでいた。本当は手を握りたかったし、寄りかかりたかったけど。今先生の温もりに縋っていいのか分からなかったから。
「先生、痛いです。」
「・・・はい。」
「苦しい、です。」
「・・・友奈さんとあの娘が話している間、私もお母さまから事情を聞いていました。」
覚悟を決めて、分かっていたはずなのに。友奈も安芸もまた打ちのめされた。
勇者部と大赦の一方的な正しさが、普通に生きていた人たちを傷つけていた現実に。