結城友奈は勇者であるアフター 優翠の章   作:bakedapple

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第5話 裸のわたし達を見て

「私、なの。」

 

居間に降りて、今日は一旦帰ろうとした時。級友のお母さんが消え入りそうな声で呟いた。

 

勇者部のあの子が一人になる時間を書き込んだの。

 

「あの人があんなに追い詰められていたのに。いつも通りの日常を送って。何も知ろうとしないでヘラヘラしてるのを見て、どうしても・・・っ!!」

 

許せなくなった。限界、だったんだ。

 

級友のお母さんは床に崩れ落ち、顔を抑えて泣き続けていた。

 

(・・・わたしは2人のために。どうすれば・・・。)

 

漠然と考えはある。だけどもし・・・2人に届かなかったら。また勇者部と大赦の勝手な自己満足で終わってしまうんじゃないか。そう考えると足が竦む。

 

安芸は友奈に頷くと、静かに歩を進め、お母さんの正面に屈み込んだ。

 

「わたし達の方こそ、ごめんなさい。」

 

安芸先生が級友のお母さんの頭をそっと抱きしめていた。わたしの隣でうなだれているその子とお母さんに償いの意思を伝え続ける。

 

「大赦本庁で改めて事情を伺いますが、あなた方の怒りは間違っておりません。どうかご自身を責めないでください。」

 

たとえ世界中が2人を責め立てても。

 

2人の怒りも絶望も。勇者部と大赦のものと何も変わらないから。

 

「大赦と勇者部の怠慢、謝罪して済むことではありません。それでも謝らせてください。」

「お父様のこと、本当に申し訳ありませんでした。」

 

2人が代表として土下座をし、深く深く頭を下げた。

 

「お二人はどうか生きてください。」

 

級友のお父さんと初代勇者さんが残した言葉を先生が改めて伝えている。

 

時は流れ普通に生きることさえ難しい時代だけど。

“生きてほしい”

その願いは時代や立場を超えて、多くの人たちが諦めずに持っていたことを知っている。

 

親と呼ぶに値しない大人の所に生まれてなお、自分の人生を戦い抜いた大先輩がいる。

大人に捨て石と扱われても友達や家族のために戦った先輩がいる。

非情の仮面を被って憎悪を一身に引き受けて、わたし達を案じてくれていた大人もいる。

 

神婚事件のように、一部の人達にだけ都合の良い終わりに決して二度とさせない。無責任な人間賛歌はここで終わらせなきゃいけない。

自分達に振り回された人たちの叫びと今度こそ向き合って、伝えていきたいから。

そのために今できることは。

 

「・・・2人に見届けてほしいんです。」

 

先生の言葉に続いて、友奈も力強く頷いた。

ほんの少しでも断罪する。勇者部と大赦を。

 

 

 

 

電話で済ませることだってできたけど、先生は自分の意思で来て痛みを分かち合ってくれた。信じるのはそれだけで十分だから。戦う力なんて関係ない。先生も大赦も立派な勇者で人間だよ。

 

 

「旅に出る前、友奈が私たちにそう話してた。私たちだけでも貴女を信じてみようって思えたの。」

 

膝の上で眠る娘を穏やかに見下ろしながら、2人の女性が語り合っていた。級友の家から帰宅した後、友奈は手当を終えてすぐ糸が切れたように眠り込んでいて。友奈の父は明日のことで勇者部と連絡を取り合っている。

友奈の母の言葉を噛みしめながら、改めて天の神が来た時のことを話し始めた。2人には知っておいてもらいたいから。

 

「幸運に助けられた部分もありますが、友奈さんをきっかけに大赦と勇者部と防人が共に戦うことができました。」

 

天の神との戦い。本当に綱渡りだったと今でも思う。勇者部も大赦も防人も連携なんて何一つ取れておらず目的もバラバラ。その上、各々の強みを何一つ発揮できない有様。最悪という言葉があんなに似合う状況も無かっただろう。

勇者部には冷静さが、大赦には熱意が、防人には機会が決定的に欠けていた。

 

「もし友奈さんに他人の痛みを思う気持ちがなければ、私達は互いを憎み合ったまま共倒れになっていた。」

 

「本来なら見捨ててもいいはずの大赦のことも最後まで捨て置かず、皆を苦しめる理不尽に立ち向かってくれた。」

 

この世界を生きるニンゲンの代表として、また自分らしく神様に訴えかけてくれた。

 

「それは他でもない友奈さんだからできたことだと思います。」

 

彼女の寝顔を見つめる。級友の怒りと悲しみとやるせなさを一身に受け、腫れ上がった顔。

 

 

「勇者部が一丸となってバーテックスを倒した頃、大赦の中でも彼女たちと密に協力し合うべきという気運が出始めて、一時は年寄り連中も納得しておりました。ですが・・・。」

 

風ちゃんの一件ね。その言葉に重々しく頷く。

妹が力の代償で声を失ったことで暴走、大赦に攻撃を仕掛けようとした。勇者部が未然に防いだものの、老人共が勢いを取り戻してしまった。

口々に囁いていた。あの娘は何を考えているんだ。狂っている。バーテックスと変わらない化け物だと。

 

「彼女の怒りを否定はしません。ですがその代わり、勇者部と大赦は互いを知る機会を永遠に失ってしまいました。」

 

皮肉なものだ。多くの共感を呼ぶ怒りが、同時に理解し合えるチャンスを奪うことだってある。

 

「・・・風ちゃんの人生って幸せだったのかしら。」

 

分かりませんと首を振る。

勇者部と大赦の頭でっかち達はもうこの世にはいないから。

できることは彼女たちの正しさも間違いもこれから生きるヒト達の手本として伝えていくことぐらいだ。

言葉、武力、権力。子供も大人も力を振りかざしたその重さを背負っていかなければいけないということを。

 

娘の頭を撫でながら、母が言葉を継ぐ。

 

「友奈が帰ってきてくれて、皆無事で良かった。あの時はそれで胸がいっぱいだった。ここからは私達みんながしっかりしないとね。」

 

えぇ、本当に。心から同意する。

 

「あれだけの奇跡が起こっても、ヒト同士の争いは尽きていない。怒りを張り通すべきか、無自覚に誰かを傷つけていないか。私たち一人一人が考えていかないといけない。」

 

「かつての大赦と勇者部がそうだったように・・・善意のつもりで守るべき相手を傷つける存在も腐るほどいる。」

 

自分や大切な存在を害するものには怒っていい。手段を択ばない大胆さも必要だ。同時に目の前の相手を見極める目を養わないといけない。あの事件を生き延びたからこそ切に思う。損得と善悪を超える人間性を身に着けていかないと、待っているのは今度こそ共倒れだ。

 

「友奈と先生はこれからも手を伸ばしていくのね。」

 

「どこまでできるかは分かりませんが・・・それでも諦めたくないんです。友奈さん達と一緒に突き進みたい。」

 

「どうか無理をしないで。逃げたくなったらいつでもここに来てください。」

 

もう誰かだけが傷を抱える必要なんてないと私に向かってほほ笑んだ。

娘と似た心を解す優しい笑顔。

 

「貴女も勇者部も、わたし達にとってはもう家族なんですから。」

 

「おはよー。」

 

あれ朝なのに暗いと腫れた目をこすりながら先生と母を交互に見つめる友奈さん。2人して思わず吹き出して笑い合う。寝不足も重い気分も少しだけ晴れた気がした。

 

 

 

 

 

「・・・・・・。」

 

讃州中の家庭科室の入り口前。立ち入り禁止のテープを超えて、友奈は立っていた。

壁はカラフルに染まっている。―――何が書かれていたは想像するまでもない。

部屋の中も台風が来たとばかりに荒れ果てていた。というより讃州中自体、最後に学校として使われたのは何時かと思うほどの廃校ぶりだったんだけど。

陽当たりの良い窓辺を見ると花瓶が置かれていた。献花が縁に寄りかかって萎れていた。

 

 

花瓶の傍らに持ってきた押し花を置く。

白いゼラニウム。

その花言葉に色んな感情を込めながら。

 

(せめて同情だけはしないでおきます、風先輩。)

 

優しくて自分勝手だった、嫌っていた大赦と似た者同士だったあの人への手向けとして。

 

「友奈ちゃん、また会えて良かった。」

 

声がかかる。ゆっくりと振り返る。思わず笑みが零れていた。

 

「東郷さん・・・ホントに久しぶり。」

 

「・・・その押し花。お姉ちゃんの墓に置いてください、友奈さん。」

 

「そうするよ、樹ちゃん。」

 

みんなあの頃よりぐっと大人の女性になっていて。見上げるほど背も伸びて、顔つきは少しやつれていたけど。東郷さん。樹ちゃん。夏凜ちゃん。そのちゃん。あの喧嘩別れをした時と変わらない勇者部のみんながいた。

荒れ果てた部室の入り口を境に。少女たちは数年ぶりに再会した。

 

「アンタ、なんて顔してんのよ。」

 

「ちょっと友達と色々あったんだよ、夏凜ちゃん。」

 

「おっきくなったね、ゆーゆ。」

 

「まだまだそのちゃんや先生ほどじゃないよ。」

 

校庭の前にグラウンドに場所を変えた。これから始まることを思えば、場所は広い方がいい。

 

「東郷さん、樹ちゃん、夏凜ちゃん、そのちゃん・・・言いたいことは山ほどあるんだけど、まずはわたしからでいい?」

 

「私たちも友奈ちゃんに言いたいことがいっぱいあるけど・・・それでいい。」

 

「ありがと・・・でも勇者部と大赦だけでこの話を終わらせないために、あちらの2人に来てもらったの。」

 

少女達から少し離れた場所では安芸先生と友奈の両親、そして昨日の級友とそのお母さんが見守っていた。

友奈は大きく息を吸った後、みんなを真っすぐに見つめて言い放つ。

 

「勇者部のこのザマはいったい何?」

 

みんなの顔つきが変わる。一度発した言葉の洪水は止まらない。

 

「わたしがいなくなっても、みんななら変えた世界のために頑張っていけると思ってた。」

 

勝手な期待だったのかな。友達のために良くも悪くも頑張ろうとする勇者部なら、助けた友達が生きていく世界のことも守ろうとするものだって。

 

「大赦の人たちは頑張ってくれていた。今度こそ自分たちも背負っていこうと、同じ加害者のわたし達が大人になるまで待っていてくれた。」

 

戦う力が無くても大赦にも勇者と呼べる人たちがいて、抗う力があっても勇者部にも大赦と変わらない悪い所があって。

勇者部と大赦も等しく罪人でしかない。地獄へ行くまで悪あがきを続ける同じ人間でしかなかった。

目を背け続けた結果、大勢の人たちを巻き込んでしまった。

 

「見えない場所で背負って戦うのは寂しくて辛くて。何も知らない人たちの言葉がどれだけ傷つけてきたか。」

 

「・・・犬吠埼が言ってた“みんなの幸せ”に閉じこもった結果がこれだよ。」

 

樹の肩がピクリと揺れる。友奈は気にせず続けた。

 

「もし叱ってあげられる大人が傍にいれば、あの人も恨みに囚われなくて済んだのかな。」

 

「それは・・・。」

 

「勇者部と大赦が頑固だったせいで幸せを壊された人たちがいる。勇者部と大赦が相談し合っていれば、助けられた人たちだっている。」

 

大股で勇者部のまとめ役の正面に歩み寄る。

 

「自分たちの幸せのためだからって、何をしても許されるわけ・・・ない!」

 

甲高い破裂音がグラウンドに響く。

樹の頬を全力でひっぱたいていた。

 

「友奈ちゃ・・・!」

 

駆け寄ろうとする東郷さんを手で押し止め、友奈は樹に詰問を続けた。

 

樹の頬は痛々しく腫れている。

 

「痛いよね、犬吠埼樹。・・・だけどわたし達なんかよりよっぽど痛みを堪えている人たちが大勢いるの。・・・勇者部と大赦がそうしちゃったんだ。だから償っていかなきゃいけなかったのに。」

 

 

「ふざけるな。」

 

樹ちゃんがじろりと友奈を睨みつけていた。こんな目ができたんだなと言葉を失う。変に感心してしまった。

 

「自分だけ知った風なことばかり言って。友奈さん、結局わたし達のこと何もわかってないじゃないですか。」

 

まさか樹とこうして激しく言い合う時が来るとは思わなかった。だけど不思議なくらいスッキリした心地。

 

「友奈さんがいなくなって、連絡も取れなくなって。わたし達がどんな思いでいたのか、一度でも考えたんですか!」

 

「知らないよ、そんなの。」

樹の目が見開かれる。何を言われたのか理解できてない表情だ。

 

「お姉ちゃん、ずっと友奈さんのこと後悔してて。」

 

「どうでもいいの、終わった人の気持ちなんて。」

 

そうだ知ったことじゃない。他人の痛みを考えなかった人のことなんて。

たとえ多くの人たちが共感したって、ずっと覚えている。違う立場で頑張っている人達に、あの人が心無い言葉をぶつけた事実を。

許さない。大赦の保守派だった人たち共々、たぶん地獄にいるだろう先輩を。これからも怒り続ける。

 

 

「わたし達みんなが前に進む人柱になれてよかったんじゃない、かな。」

 

「友奈、さん・・・っ!」

 

「罰が当たったんだ。」

 

ずっと言ってやりたかった。たとえ絶交されたってこれだけはぶつけてやりたかった。

 

「勇者部が幸せなら他が犠牲になってもいいって。知らんぷりしてたから。」

 

樹の後ろに控えていた3人にも声を荒げる。

 

「勇者部はわたしが抜けてから、今日まで何をしていたの。」

 

「東郷さんも、夏凜ちゃんも、そのちゃんも!樹ちゃんを支えてくれるって信じたのに!」

 

「勝手ばっかり抜かしてんじゃないわよ、友奈!」

 

我慢ならないとばかりに夏凜が吼える。

 

「安芸先生も!あたし達を信じてたんならなんでちゃんと言葉にしなかったのよ!」

 

「言葉にしなくてもヒトがヒトを信じ合うのは当たり前でしょ。夏凜ちゃんの馬鹿ッ!間抜けッ!」

 

「この・・・!」

 

「ごめん、ゆーゆ。・・・私もそろそろ我慢の限界。」

 

「そのちゃん。」

 

ツカツカと友奈のもとに歩いてくる。両肩には紛れもない怒りの気配が漂っていた。

 

「勇者部も大赦も成長しない馬鹿ばっかりだよ。どっちのリーダーも最期は自業自得だった。ゆーゆの言う通りだよ。」

 

でもさ。やりきれない表情で続ける。

 

「最初に相談なしに最前線に立たせたのは大赦だよ。私たちを信じていたんなら打ち明けてほしかったよ。神官気取る前にさ。」

 

「そうしたら事態をややこしくする馬鹿な勇者も出てくるから。だから慎重になるしかなかったんだよ。そのちゃんだってわかるでしょ?」

 

「私はゆーゆとは違う。不甲斐ない大人しか見てこなかった。それなのに信じろなんて・・・。」

 

そんなこと分かってる。子供に勝手を押し付ける大人も、大人の苦悩を理解しない目上の子供も見てきたから。それでも。

 

「・・・開き直って目先のことしか見ないの、勇者部の悪い癖だよね。全然変わってないや。そのちゃんも染まっちゃった?」

 

「・・・ゆーゆも大赦も相変わらず遠くばっかりみてるよね。ゆーゆの朴念仁は神様でも治せないんだ。」

 

「友奈ちゃん、そのっち。一旦その辺で・・・。」

 

「東郷さんは黙ってて。」

「わっしーは黙ってて。」

 

「東郷さん、変なコスプレしたりわたしの部屋に不法侵入した変質者なんだからね。いいから黙っててよ。」

 

「あの時は結果オーライだったけど、こればかりは引いたんよ。勇者適性が高いからって調子に乗らないでほしいな。」

 

「・・・2人とも・・・。」

 

 

「・・・うぁあああっ!!」

 

話を続けようとした矢先、つんざくような怒鳴り声。わなわなと震えていた樹が悪鬼を思わせる形相で2人めがけて突っ込んできた。友奈のあえて残した足につんのめり、園子にすかさず背中を突き飛ばされて。樹は顔から地面にダイブしてしまった。

 

「ぎゃぶっ!」

 

2人がさっきまでの剣呑なやり取りも忘れて顔を見合わせて。大声で笑い出した。

 

「都合が悪くなると怒鳴るだけなの、あの人そっくりだね。」

 

「姉妹揃って相手の話聞かないポンコツだねぇ。」

「うるさい!大赦にちやほやされていい気になってっ!!」

 

髪を振り上げて泥と涙でぐしゃぐしゃになった面立ちで喚き続ける。友奈と並ぶ愛嬌のある頑張り屋の妹分。そんな姿など欠片も無くなっていた。

 

「勝手に期待されてガッカリされて同情されて!わたしがどれだけ辛かったか知らないくせに!みんな死んじゃえっ!!」

 

この期に及んで、まだ自分がいかに不幸だったかという自慢とは。

友奈が樹を冷たい怒りを込めて見下ろしながら、踏み出す。

 

はずがぐるりと宙を舞って、背中に衝撃が走った。

 

「今は私と喧嘩してるよね、ゆーゆ。」

 

園子が懐に入り込んで背負い投げをしてきた。どうにか受け身を取った後、すかさず足を掴んで転ばせてやった。

「いだっ。この・・・。」

 

「うああああ!!謝れ、お姉ちゃんに謝れッ!!」

 

立ち上がろうとした友奈に向かって、完全にキレた樹が恨みのこもったタックルをお見舞いしてくる。またしても地面に倒れ込みながら、赤毛を毟らんばかりに掴む樹を全力で突き飛ばした。

 

「うがっ!!」

 

「その前に先生や町の人たちに謝れ!!」

 

「アンタは・・・。」

 

尻もちをついた友奈に近づいていた夏凜が泣きながら。

 

「少しは友達の気持ちも考えろ!バカ友奈!!」

 

胸倉を掴まれて持ち上げられる。

 

「考えたから勇者部を離れたって言ってるでしょ、バカ夏凜ちゃん!!」

 

頭を振りかぶって頭突きをしてやった。短髪の少女が鼻を抑えながら涙目で声を張り上げた。

 

「頭突きは反則でしょうが!大体アンタがちゃんと引き留めなかったからこうなってんでしょ、このコネだけ女!!」

 

夏凜も怒りのあまり、近づいていた園子の頬を全力で引っぱたいた。

 

「アンタが上手く立ち回らないせいで風が死んじゃったんだろ、無能の腹黒!!」

 

「あのすねかじりが警告を聞かないからで。」

 

「園ちゃんって何でも知ってますって顔して、結局一人じゃ何もできてないよね。」

 

「・・・いい加減にしろ、馬鹿コンビ。」

 

底冷えするような声音を発しながら、園子のビンタが夏凜の両頬を打ち据えた。友奈は隙をついて、お高く着飾った園子を思いっきり泥へと突き飛ばした。

 

「地獄で銀ちゃんも呆れてるよ。」

 

「ゆーゆ、ぶっ飛ばしてやるお前・・・あ。」

 

背後に気配。

変質者こと東郷が無表情で立っていた。

 

無言のフルスイングのビンタ。張り飛ばされた。

もう堪忍袋の緒が切れた。握りしめた拳を東郷の顔面にお見舞いする。鈍い音を立てて鼻血を吹き出して、東郷が倒れ込んだ。と思いきや勢いよく立ち上がって、友奈の髪を千切る勢いで掴んできた。やり返す。短く切った髪の触感はあの頃のままだと、どこかで懐かしみながら。

 

「友奈ァァっこの裏切り者浮気者!!私の友達のくせに、あんな女と駆け落ちしやがってっ!!」

 

「自己中ストーカーは友達じゃない!!離せバカ!」

 

「あんな冷血女と何年も乳繰り合って!!あいつの身体がそんなに気持ちいいか!!」

 

「先生は冷血じゃない、わたしは先生の全部が大好きだ!!邪魔するなら死ぬまでぶん殴ってやる!!」

 

 

元はと言えば大赦が何も言ってくれなかったから。勇者部だって甘ったれて何も知ろうとしなかったじゃないか。

子供に押し付けんな。大人だって頑張ってるんだ。勇者がいないと奇跡も起こせないのか。友奈や先生や大赦がいたから、その奇跡を起こせたんだ。

朴念仁。ヘタレ。音痴。屁理屈娘。国賊変態女。

 

勇者部の少女たちは争い合った。

殴り合って、取っ組み合って、引っかき合って、髪を引っ張り合った。

獣のように歯を剥き出しにして。ヒトのように汚い言葉をぶつけ続けた。

一応話し合うために来たって言うのに。結局グダグダで人間らしい茶番だ。

騒ぎを聞きつけて近くの住民たちも集まってきていた。ネットに上げられるのかなとよそ見していたら、胸倉を掴まれて茶番に引き戻された。

 

これは神婚を巡って起きた喧嘩の続きだ。神様に邪魔された気持ちのぶつけ合いの続き。

勇者部も大赦も、自分たち以外の幸せを見て見ぬふりし続けたことはきっと許されない。今も声を掻き消されている人たちの叫びを辛くても思い知らなきゃいけない。

変えてしまった世界ですべきことをしていくためにも、勇者部と大赦は今一度ぶつからなきゃいけない。同じ人間として丸裸になって。

 

喧嘩別れしてよかった。後悔したこともあったけど、今なら。あれは必要なお別れだったと胸を張れる。

立場も善悪も損得も超えて、どう生きてどう死ねばいいか見つけられたから。

 

そういえば・・・思い出す。最初の勇者たちだって間違えながら喧嘩しながらも結束を深めて、ヒトの生き方を形作っていった。きれいなだけの理想にずっと閉じこもって、ぶつかり合いを避けてたわたし達ってホントおかしかったんだな。東郷と取っ組み合い、樹の恨み節を聞き流し、夏凜と額をぶつけ合わせ、園子と殴り合いながら、そんな感想を抱いて。

 

結城友奈は大好きな勇者部と大喧嘩を続けた。

 

 

 

 

「友奈さん、皆さん。そこまでです。」

 

どれだけ殴り合っていたんだろう。気が付けばみんなグラウンドに大の字で倒れこんでいた。みんな全身泥だらけ。顔も鼻血やら痣やら涙やらでぐちゃぐちゃになってる。

安芸先生と友奈の父母。見守っていた人たちがそんな彼女達に駆け寄っていた。

 

・・・ここで終わらせちゃいけない。

 

 

 

友奈がヨロヨロと立ち上がって、みんなに腫れまくった笑みを見せて。行ってきますと力強く頷いた。

級友の親子の所へ歩いていく。2人は複雑そうにわたしを見ている。

 

「友奈ちゃん・・・。」

 

眼を逸らさない。自己満足でしかないけれど、これが今の勇者部と大赦が出せる答え・・・だから。

 

「友奈ちゃんがここまでしてくれたのは嬉しい。でもやっぱりワタシも母さんも勇者部のことは・・・。」

 

「うん、一生許さなくていい。」

 

たとえ多くの人たちが祝福してくれたって。勇者部も大赦も自分勝手な加害者でしかないんだから。

勇者と神官たちは残りの人生を償いながら生きていく。その責務から逃げないよう、友達のあなたに見届けてほしい。

 

「もしどうしても許せなくなったら、わたしに相談して。わたしが勇者部のみんなと先生を殺す。最後にわたしも自分を殺すから。大赦に伝えてくれればいい。」

 

ずっと人知れず苦しんでいたあなた達にはそれだけの権利があるから。

この勝手な誓いが届いたかは分からない。でも今日校庭から去る直前に。

級友がぎこちなく頷いてくれたことだけが少し嬉しかった。

 

野次馬もいなくなってまた静かになった校舎。ぼんやり見つめていた少女の所に近づく足音。気配だけでわかる。

 

「東郷さん。」

 

トマトみたいに腫れまくった顔で見つめ合う。

 

「友奈ちゃん。あの子とお母さんのために。」

 

人差し指を自分に当てて右目を瞑った。我ながらへたくそなウインク。その指を今度は東郷の口元に押し当てる。東郷さんは察したように目元を優しく緩めた。

お願い東郷さん、今は何も言わないで。

勇者部と大赦と神様の争いに振り回されている人々の気持ちを、みんなで噛みしめたいから。噛みしめなきゃいけないから。

ふと見ると、樹たちと親子が話をしている。

 

「今はまだお仕事が残ってるけど、それが終わったら。」

 

「私も落ち着いたら、友奈ちゃんと先生と一緒に旅に出ていいかな?」

 

返答するまでもない。

友奈は東郷さんに飛ぶように抱きついた。東郷さんは当たり前のように受け止めてくれる。

 

「全部ありがとう、東郷さん。皆が来てくれるの待ってるから。」

 

「すぐ追いつく。私たちの知らない話を聞かせてね。」

 

 

 

安芸先生が両手に袋を携えて戻ってきた。友奈の両親も一緒だ。

未来のことも明日のことも分からないけど。ひとまずは皆で焼きそばを食べて、お腹を満たして。その後でお互いの喜びも苦しみも知り合って、自分と誰かの幸せを探していきたい。

 

もしかしたら神婚した方がマシだったかも・・・なんて思いたくなるぐらい、世界は荒れに荒れていて。そこで暮らす自分達は間違ってばっかりだけど。

間違えながらでもいい。遠回りでもいい。あやふやな優しさも積み重ねれば本物になっていくから。まずはわたし達が実践していくから。

 

 

ヒトらしく勇者らしく結城友奈らしく。

 

 

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