一人暮らしの青年の、空気が透き通る夜の孤独感を表わそうと書いた作品です。
ご一読いただければ幸いです。

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一人暮らしの青年の、空気が透き通る夜の孤独感を表わそうと書いた作品です。
ご一読いただければ幸いです。


夜中半、夜明け前

闇に呑まれた、音の無い夜だ。

まるでこの世界の中に自分一人だけが取り残されたようだ。

 

               

自分の部屋で寝ころびながら、俺はそんなことを思っていた。

 

しかし全く音がしない訳じゃない。

 

事実俺の部屋のBGM代わりに流しているテレビからは、雛壇芸人の笑い声が響いている。

そうでなくても俺の部屋は北風が強く当たる向きに位置している。

その北風は隣人が壁ドンをするかのように、ガタガタと窓を忙しなくきしませているし、時には屋根から積もった雪がドサリと落ちる音が響く。人通りが少ないこともあってそれらの音は、深き森にある湖に石を投げ入れたかのように反響する。

 

それでも、自分の胸の中が躍る訳でもぎゅっと引き締まる訳でもない、凪の日の様にただ平然と感情が動かされることが無いというこの状態を、俺は音が無いと言い表した訳だ。

 

とまぁ、こんな詩人めいたことを柄にもなく考えてしまう程、どうも今の俺はセンチメンタルになっている。自分で言うのも何だが末期症状だと思う。

くるまっているこたつの温い熱線は体を芯まで暖めてくれて気持ちが良いのだが、それが逆に自分の空虚さを加速させているようにも感じられる。

 

俺は何をしたかったのか、無意識に寝ころんでいるこたつの掛布団に鼻をすりよせる。

毛羽だった布団はくすぐったく、どこか埃っぽい匂いもしてげんなりした。

 

この地域は、夏はそんなに暑くない上に、冬はとても冷えるものだから一年中こたつを出しっぱなしにしているのだが、それが仇になったのか。

夏場の寝苦しい時はベッドよりも快適に眠ることが出来るので重宝していたのだが、今こんな気持ちを味わってしまっているのならこれはどうも一長一短なのかもしれない。

 

しかし、今のこの時期にこたつ布団をクリーニングに出すのは自殺行為だ。せめて春が来るまではこのままにしておかなければならない。その現実も俺をげんなりさせた。

 

 

「だりぃ……寂しい……」

 

俺は思わずそんな言葉を口にした。だがその言葉を返してくれるものは誰一人いない。

当然だ。ここは一人暮らしをしているアパートの部屋の中だからだ。

 

 

 

一人暮らしと言っても、付き合っている彼女でもいたらまた話が違ったのかもしれないが、あいにく俺にはそんな心を埋めてくれる洒落た存在はいない。

大学に入学してはや8ヶ月、新しい環境や新生活に慣れるのに精いっぱいでそんなものを作る余裕なんてとてもなかった。

 

こういう時に一人暮らしとは寂しいものだなとついつい思ってしまう。

入学直後はどこかの通信教育のCMのような「待ってろ夢の一人生活ゥゥゥ!!」とばかり高いテンションで期待に胸を膨らませていたのだが、始めて1ヵ月もすればすっかり順応してしまい、12月の今となってはそんな心のトキメキはどこかにすっ飛んでしまっていた。朝ごはんを作るのは大変だし、風呂掃除も自分でしなければならないし。

 

 

少し恥ずかしい話だが、今更ながら親の存在はとても大きかったんだと思う。

家事をやってくれていたのは勿論だが、帰ってきたら誰かの話し声が聞こえたり、自分に構ってくれる人がいつもいるというのは、とてもありがたかったのだろうと。

 

しかしないものねだりをしても仕方がない。俺の志望校は実家から250kmも離れているので、入学の時点で一人暮らしは確定だったのだから。

まぁ地方の国立大学だから、都心と比べて家賃も安く済ませているし、ある種の親孝行になっていると前向きに考えたい。北風があたるというのも安い条件の一つだったんだろうな……今となっては高くてももっと良い部屋を探せばよかったと思わなくも無いんだけど。

 

 

 

それにしても何だ。本当に何もすることが無いしする気も起きない。

 

先に記したようにテレビはあくまで忍び寄る孤独感を遮るために流しているだけで殊更興味はない。

 

スマホとパソコンも、俺が良く使っているSNSのタイムラインは、やれ彼女とデート中だ、友達とテーマパークに行って来ただの、リア充アピールに溢れかえっており、見る気が失せる。

画面を爆破したいというまではいかないが、液晶の画面から発せられるブルーライトの光を根こそぎカットしてやろうかくらいは思った。今度そういうメガネやコンタクトでも買ってやろうか。

 

となると他にやることは勉強位しかないのだが、あいにく今は12月の20日という年末さながらの時期で既に学期考査は終わっているのだ。テストも無いのに勉強をする気はとても起きない。事実今の俺の机は役目を終えたとばかりに物置状態になっている。

 

一人暮らしだから、元々好きだった漫画もそうそう置けるわけでもない。めぼしい物は既に何でも読んでしまっていた。

 

そんな時期だから今日の大学の講義もお昼ごろには全て終わってしまい、俺は午後の2時頃からずっとこたつの中で虚しさを弄んでいる。こたつの天板の上に散乱したペットボトルの炭酸飲料やスナック菓子が、自堕落な雰囲気をさらに増強させている。

 

いっその事酒でも飲んで寝てしまえば楽になれるのかもしれないが、俺はまだ大学1年生の19歳だ。飲酒することもできない。こういう時、大人は羨ましいなと思う。

 

 

と長々と逡巡してしまったが、別に俺は非リア充と言う訳でも、便所飯が日課のボッチという訳でもない。

成績は学科内でも上から10番以内はキープしているし、数は多くはなくても友達はいる。学費や生活費も親が出してくれているから、自分の遊びに使う金を週3日のバイトで稼いで、週に2~4日ある学内サークルで活動して……という典型的な普通の大学生である。

 

とはいえ、その「普通」が金持ちでもない、かといってハードモードでもない、そのぬるま湯につかったような感覚が、自分の心を逆に空虚なものにしているのかもしれない。最近はそんなことを考えるようになった。

 

そして、後10日と少しで新年を迎えるとなれば既に故郷に帰っている人間もいる。おまけに今日は連休を控えた金曜日だ。大抵の学生はあらかじめ計画しておいた華麗な週末ライフを謳歌しているはずなので、急に友人を捕まえられることもできるはずがない。

 

そんな訳なので、いくら友人がいるとアピールした所で今の俺には何の意味も無いのである。

 

 

(グゴゴゴゴ……)

そんなことを考えていても自然と腹はなる。腹が減り過ぎて死にそうという訳ではないが、自分自身でも分かる胃の響きが煩わしくなってきた。

 

「夕飯食わねぇとな…」

俺はついつい口走った。

 

だが俺は男の一人暮らしだ。夕飯を作ってくれる人もいないし、俺自身そうそう凝ったものなんか作れやしない。

少し豪勢に作ったとしても適当に切った野菜と肉を適当にルーを入れたシチューにパンをつけて食べる位だ。何だったら今となっては麺のゆで汁と一緒に煮込んだインスタントソースを掛けたパスタという手抜きに極めを尽くしたメニューにすらなりかねない。

 

食べることは人生を充実させるものだとはよく聞く。でも学生の一人暮らしはそれすらもままならないのである。

 

 

俺はこたつの上に置いてあった目覚まし時計を見て時間を確認した。

「7時少し過ぎか……この時間なら大学の学食はまだ開いているな」

 

今日は雪こそ降っていないが、北風が強く肌寒い。あまり外には出たくないのだが、こんな気分だからこそせめて夕飯くらいは少しでもまともな物にありつきたい。

 

「仕方がない。行くか」

俺は意を決して立ち上がり、体を大きく伸ばした。

講義が終わってずっとこうしてダラダラしていたので、かれこれ4、5時間は寝ころんでいたことになる。おかげで体は随分と硬い。

 

ストレッチをそれなりに済ませた俺は、壁に掛けてあったこげ茶色のダウンジャケットをはおり、ショルダーバックを肩にかけ、出発の準備を整えた。

このコートは俺が高校の時から使っていた物で、首周りにファーもついており冬場はとても暖かいのだが、大学に入ってからはモコモコしているがゆえに、太って見えるのが気になっていた。

次のバイトの給料で新しいのを買おうかと思っているが、その時期が大分先なのがもどかしい。

 

そうして俺は玄関を出て、ドアの鍵を回し、鍵がかかっていないか複数回ドアをガチャガチャと回し、いつもより神経質に戸締りを確認して大学に向かった。

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

俺が住んでいるアパートと大学は歩いて10分程しか離れていない。

おかげで1限からの講義でもギリギリまで寝ていられるので、そういった意味では便利だった。

 

ただアパートの場所が大学の裏側の路地にあるので、狭い住宅街を抜けるという形になる。だから国道という大通りを経由することは無く、夜はこうして人気も騒音も殆ど無いというのが俺の通学路だった。

 

流石にいい年をした男なのでお化けが出そうで怖いなんて思ったことは無いけれど、あまり気味が良いものではないのも確かだ。まばらな街灯の力不足による暗さがそれに拍車をかけている。

 

「なんか今日は思っていた以上に寒いな。早く学食であったまりてー……」

 

ジャケットを着ていても身を震わす寒さに参った俺は、早々に歩を進めることにした。

 

 

 

だが、そこで俺は違和感を覚えた。

妙な人影がいるとか、足音が聞こえるとかそう言ったものではない。それこそ自分から意識していないと気が付かないとか、ふとしたとたんに気にかかるような物だとか、それ位些細なものだ。

いったい何なのだろうか?俺は足を止めて少し考えた。

 

 

「そう言えば、今日は何か思っているより外が明るく感じるな。別に街灯が新しくなったわけでもないのに」

 

明るさの原因は一体何なのか。それを探すために俺はキョロキョロと周りを見渡してみた。

そして、ある一角に目を惹きつけられた。

 

それは、住宅街の空き地の雑草地帯だった。地面の土がむき出しになっているその場所からは背丈が長くなりつつある雑草が一面に生い茂っていた。おそらく空き地の買い手が現れずに放置された土地に、長い年月をかけて雑草が蔓延ったのだろう。

 

はた目には無造作に伸び散らかしているただの雑草にしか見えないが、今の俺にはその青々とした緑の色合いがとてもきれいに見えた。コンクリートとアスファルトの無機質な色合いしか見えないこの住宅街にはとても映えて見えた。

 

「花じゃなくてもきれいに見えるものなんだな。けど街灯もまばらなこの辺りで、どうして俺は気が付いたんだ?」

 

人工的な光が少ないこの場所で、この光景を見つけられた理由は何か。俺はその理由も含めて、再度自分が感じた違和感を探し始めた。

 

 

周りをひとしきり見終わった俺は、ふと空を見上げた。そこに飛び込んできた光景に俺は目を奪われた。

 

「綺麗だ……」

 

それはまるまるとした月、満月だった。

見えない太陽の光で照らされて完全な姿をさらした月は、その光で俺が立っている場所を照らしていた。

そろそろ十五夜の時期なのは知っていたが、こんなにも綺麗な満月は見たことがない。

 

たしか月というのは満月と言っても完全な球体で見えるのはほぼあり得ないという話を聞いたことがある。俺はそれを聞いた時に「月でも人の様に完全にその姿をさらけ出すことは無いんだな」と思ったものだが、今こうしてそのさらけ出した姿を見ることが出来たという事実は、さっきまでアパートで弱音を吐いていた俺にとってとても親近感を感じさせるものだった。

気象の上でも珍しいだろうし、運が良かったという意味でも二重に嬉しい。

 

 

「おれが雑草の場所に気が付いたのも、月の光のおかげだったんだな」

 

俺は月を見上げながら、その姿に心を奪われていた。今や女子への告白の言葉として使われてしまっており、気軽に呟けなくなった月がきれいですねという言葉だが、今は是非とも使わせてくれと願う程であった。

 

煌々と照り輝く月は、俺が見るものを悉く、艶やかに描き出した。

 

「冬は寒いだけで嫌だと思っていたけど、星や月がはっきりと見えるって意味じゃ悪くなかったな」

 

寒さへの愚痴は多いと自覚している俺だが、今日こそはこの寒さに感謝した。

 

しかし思えば、大学に入ってから月をじっくり眺めたことなんて無かった。それにさっきの雑草地帯だって朝の通学でいつも見ていたはずだ。

 

(何でだろうな?)

 

そんな疑問が浮かんだが、腹も減っていたので然程その疑問を追求せずに、俺は早々と大学の学食に向かって歩き出した。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「……ふぅ」

 

学食でお腹を満たした俺は、一緒に頼んでいたブリックパックの野菜ジュースを飲んで一息ついた。

 

学食は人影もまばらで何とも物静かな光景をさらしていた。おまけに閉店も間近なこともあってか、明かりも奥の方は消されており何とも寂しい。人の賑やかさも求めてやってきた俺としては、どうにも肩透かしを食らってしまったようだ。

 

更に到着した時点では、ラストオーダーギリギリの時間だったので、メニューも殆どが売り切れており、若者には不人気だろう漬物と、脂っこい揚げ物くらいしか残っていなかった。

 

自分で作るよりはマシだろうと思って足を運んだのだが、どうにも的が外れたと言わざるを得ない。加えて食べた物も味が濃い物が中心だった。明日の胃もたれのことを考えると胃薬は必須だろう。栄養補給のために頼んだ野菜ジュースも苦々しいどころか甘ったるかったので、逆に体に悪いかもしれない。

オッサン臭いかもしれないが、盆に帰省した時にコレステロールや肝脂肪の数値が悪く、腹が出っ張り始めた親父を見たこともあり、どうも健康面が気になってしまうのだ。

 

「なんつーか……色々グダり過ぎだな。最近の俺」

 

外食しても大して満たされない俺の気持ち。明日からは連休とはいえこの満たされない気持ちをどこにぶつければいいのか。

 

 

 

「あれ?珍しいね。君がこんな時間にご飯食べに来るなんて」

 

そんなことを考えている俺の前に、一人の男が現れた。手には缶の炭酸飲料を持っている。

 

コイツは俺と一緒の学科に所属している同級生だ。出席番号が近いこともあってか、学内の実験実習では一緒になることが多い。共同作業なので共にレポート作成に取り掛かることもある。

つまりは、俺とそれなりに交流がある人間の一人であると言える。

 

「ちょっと学食で食べたくなってな。お前こそどうしたんだよ。こんな夜遅くまで学内にいたのか?」

「今日はサークル活動があったからね。講義が終わってからそっちに出ずっぱり。さっき終わってジュース買いにきたら君がいたからさ」

 

そう言いつつ、彼は俺の目の前に座って缶のプルタブを開けて中身を一気飲みする。中々いい飲みっぷりだった。それこそ俺も買ってこようかと思ったほどに。

 

 

「いやね。友達と情報をまとめたロードマップを作っていたら、僕の知らない店があってさ!もうテンション爆上がりだよ!!」

 

「確かお前、地元グルメ同好会とかに所属していたんだっけか」

 

コイツは見た目こそ細身な小柄で痩せ男なのだが、大食漢な所があるのだ。その為か県内の飲食店を巡っては学内のミニコミ誌にレビューをのせていた。

その感想は結構的を得ており、俺も掲載されている店には何件か行ったことがあるが、これがどうして中々の美味さだった。

 

「それもさ。その店この辺の近所な訳なの。しばらく暮らしていたのに全然気が付かなくってさ!こういうの見つけられるのって本当に嬉しいよね!」

 

「……」

 

今まで気が付かなかったことに気が付く嬉しさ。若干ベクトルは違うが、それをつい先ほど体験した俺にはそいつが語る言葉はどうにも身近に感じてしまった……。

 

「確かに、近くに暮らしているからこそ見つからないものってあるよな」

俺は先ほどの自分に言い聞かせるように言った。

 

「だよね~。どうせすぐ行けるだろっていう感覚からついつい後回しになっちゃうっていうか。それで遠くのものを求めちゃうっていうのはあるよね」

 

店の新規開拓に成功したのが嬉しかったのか。意気揚々と目の前のソイツは話す。

 

「今日の夜はサークルの仲間を誘ってその店に行くんだ!君も来る?」

「遠慮しとく。お前のサークルの仲間のこと知らないし。気まずいだけだろ」

「そっか、残念」

缶の残りを飲み干しながら目の前のグルメマンは残念そうに肩を落とす。たぶん俺を誘ってもあまり楽しくないぞ。

 

 

「けどお前、当日によく人を急に誘えるな。ほとんどの奴は予定なんて埋まっているだろ」

 

そうだ、俺はそれが分かっているからこそ、今こうして孤独に過ごしているのだから。

 

「俺にはできないわ。急に誘って断られて空気悪くするなんてアレだし。そういうことが平気で出来る奴、本当に尊敬するわ」

 

別に、相手に文句を言いたいわけじゃない。それでも今の俺の精神状態を考えるとどうしても皮肉めいた言葉になってしまう。どうにも浮足立っている目の前の人間を見ると、一言物申したくもなってしまう。

 

「別にそんな難しく考える必要ないと思うけどなぁ」

 

そんな思惑とは裏腹に、何とも軽い言葉が返ってきた。

 

「どんなにこっちが気を使ったって合わない時には絶対に合わないんだし、『今日遊ばない?』って気軽に誘う方が、僕は気が楽なんだよね」

「けどせっかく一人で休んでいる時に急に水を差すのもアレじゃね?」

「それでも、それだけでキレる相手なんてそうそういないでしょ。僕たちは大学生なんだしさ。それ位の取り繕いは誰だってできるって」

「……そうかね……」

 

どうにも他人本位なその考えはある意味凄いと思うが、それ位に考えられた方が人生は気が楽なのかもしれない。それに皮肉めいた言葉に対してカチンと来ていない意味でもコイツは凄い。

 

「それで断られたら、『そっか残念。また誘うね』でいいし」

 

先程の言葉と同じようにあっけらかんと答える。

 

「俺はそこまで積極的になれねーからな……他の奴らと付き合う時も大抵向こうのオファー待ちだし」

 

そう返しながら、まだ捨てていなかった空になった野菜ジュースに挿してあるストローをいじる。

 

「いやね。大学って高校とかと違って行動範囲が全然違うじゃない?だったら色々自分でも色んなことやってみたいんだよ」

「色んなことね……」

「結構自分から動くのって面白いよ?ちょっと周りを見渡すだけでも新しい発見があったりするしさ」

 

新しい店が見つかった僕みたいにね。そう言った顔はとてもニコニコしていた。

 

「君も暇なら誰かサークルの友達とでも誘ってみたら?案外みんな暇してるものだよ?」

「まぁ気が向いたらな」

 

そんな会話をしていたら、学食はもうラストオーダーも過ぎた閉店時間になっていた。

 

「いけない!」

 

急に彼は立ち上がる。

 

「そろそろ行かないと待ち合わせの時間に遅れちゃう!悪いけどこれで失礼するね!後、次の実験の実習もよろしく!」

「あぁ。こっちこそ頼むわ」

 

じゃあね!そう言って色々語ってくれた彼は足早く駆け抜けていった。

 

学食の明かりも段々と消されている場所が多くなってきた。今や俺のいる場所以外は照らされていないし、エントランスの廊下も暗くなっている。

 

「出るか……」

 

俺はどうにも重い体を無理やり立ち上げて、学食の外に出た。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

外は部屋を出た時よりもさらに寒くなっていた。もう8時もとうに過ぎている。夜の暗さもより際立っていた。

 

「寒みッ!」

 

俺は思わず身を震わす。けれどそれは単なる体の寒さだけではなくて他の理由もあることを俺は解っていた。

 

友人関係に気恥ずかしさや面倒くささが先に立ち、その場その場で当たり障りのない付き合いをしていればそれでいいと考えていた俺は、日常のありふれた、それでいて大切な物を見落としてきたのだ。友人がくれる心の充足感という名の温もりを。

 

何故そうしなかったのか?俺はおそらく怖れていたからなのだろう。踏み込んで築き上げてきた人間関係が崩れて、俺の前から消えてしまうことを。

 

だが、俺の友人は俺みたいななぁなぁな付き合いではなく、常に真正面からぶつかってきた。

それが崩れた時に失うものがとても大きかったものだとしても、心の絆と言うかけがえの無い尊い存在を育て大切にしてきたのだ。

 

人のツケと言うのは必ず自分の都合の悪い時に回ってくるものだとはどこから聞いたことがある。そのツケが今こうして感じている孤独なのだろう。そう考えると自然とどこか頷ける所がある。

 

それと同時に、そんな現実に納得してしまっている俺自身にも心に隙間風が吹いているようだった。今の寒さはそんな俺の心の侘しさも入っているからだ。自分ながらにもそう感じた。

 

俺にできるだろうか。これから先この侘しさを充実感に満たすことが出来るのだろうか。

確かに学食まで歩く道すがら、道端の雑草の青々しさや満月に心を奪われたりした。今まで見過ごしていた、目立たなくて、それでいて美しい大切なものに気付くことが出来たのだ。けれどそれは偶々で、今までそういった生き方をしていなかった俺が急に変わることが出来るとは思えない。見たら誰もが心を惹きつけるであろう月ですら、自分の姿をめったにさらけ出せないのだから。

 

だから今の俺は、人が聞けばこういった事があって殻を破ろうとしていると言われそうだが、それをどうやればできるのか分からない状態なのである。

 

頭上に浮かぶ月の煌々とした光は、そんな俺を優しく照らしている。その優しさに包まれていると、今の鬱屈した気持ちを果たしてくれるような予感はする。

しかし冷静に自分を省みたら、もはや誰の姿も見えない夜のキャンパスに一人佇んで考えているだけだ。到底答えなど出せそうになかった。

 

考えているうちに夕闇はさらに深みを増し、俺の体を取り巻く夜風はますます冷たくなってくる。

 

「このまま家に帰ってもつまんねーな……駅前のバーにでも行くか」

 

中途半端に誰かと話したためか、この答えを誰かに導き出して欲しいためか、今の俺は誰かと言葉を交わしたかった。入学当時偶々見つけたバーはお酒を頼まなければ未成年でも快く入れてくれるところだ。マスターもいい人だし、愚痴くらいは聞いてくれるだろう。

 

 

「少し遠いけど足を伸ばすか」

俺は駅に向かって歩き始めた―――

 

(prrrrr!)

 

タイミングがいいのか悪いのか、俺のポケットに入っているスマホから着信音が軽快になった。夜空の月が燦然と輝く透き通った静寂な夜に無機質な電子音が大きく響く。

 

恥ずかしくなった俺は、相手をろくに確認しないまま通話ボタンを押した。

 

「もしもし……」

「やっほ~~~!そっちは楽しい花金を過ごしているかーい!」

 

今の俺とは対照的に、何ともお気楽な軽快な声が聞こえてきた。俺が所属しているサークルの友人の一人だ。

 

「俺たちは、女っ気が無い男三人で寂しく過ごしているよ~ん!!」

 

こちらが返事をする間もなく、向こうは話し続ける。こっちが返事をする前に被せて喋ってくるんじゃない。

 

「……お前もしかして酒飲んでんの?」

 

「そんな訳ないじゃん!俺たちまだ未成年よ!酒何て飲めるわけないじゃん!寝ぼけたこと言うなよこの酔っ払い~!」

 

やたらウザいテンションに逆に酔っ払いの称号を貼られてしまった。どうにも解せないんだが。何だコイツは。

 

 

「いやさ、俺この間好きだった子に告白して撃沈してさ……他の奴らと一緒に残念回&慰め回をやってる訳よ……他の奴らも誘ってさ」

 

今度は急にさめざめとしたように落ちたテンションになってきた。フラれて辛いのは分かるが、聞かされる身としてはギャップで落ち着かない。

他の奴らというのは俺との共通の友人だろう。俺もこいつもそこまで友人が多い訳じゃない。

 

「今はボウリング場で、その後はカラオケでオール予定!お前も来てくれない?たまには一緒に騒ごうぜ!」

 

「お前は愚痴を聞いてもらう相手が欲しいだけだろ……」

 

俺がそう言うと、スピーカーの奥でギャーギャー騒ぐ声が聞こえる。こいつは普段から騒がしい方であったが流石にうるさい。

 

「わかったわかった、今から行くから場所はどこだよ……? そこのボウリング場マジで酒が飲める場所じゃん。マジでそういうのには付き合わないし全力で止めるからな。んじゃ20分後くらいに合流するから」

 

そう言って俺は通話を切る。全く急に誘うなんて迷惑な奴らだ。

 

けれど、今の俺はその迷惑さに救われている。それも確かだ。

 

平気で友人を愚痴に付き合わせても、それは快く受け入れてくれるものだ。その事実を他ならぬ俺自身が味わっている。その事実に俺は心の靄が少し晴れた気がした。

 

 

すぐに気持ちを変えることは出来ないのだろう。でも今は周りの奴らに頼って、少しずつ変えていきたい。あと3年間の大学生活。今日みたいな気持ちをいつの日か拭い去れるように。

 

 

「さてと。悲しきフラレマンの慰めにでも行きますかね」

 

 

俺は友人が待っている場所に向かって歩き始めた。俺の頭上には月が変わらずまるまるとその輝きを放っていた。

 




お読みいただきありがとうございます。
派手さはない作品ですが、「自分の時もこんなことあったなぁ」とどこか共感して頂ければ、これに勝る喜びはありません。

感想等をお待ちしています。

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