花には様々な意味がある。
送る時に、その意味を調べて送る人は多いだろう。
これは、世界の裏側で記録された記憶。
大罪人へ送られた、花の記憶。

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手向けの花

 

 

今日も私は、あの場所へ歩を進める。

かつて私が…私達が暮らした、あの屋敷へ。

あの頃の私は…果たして、本当の私だったのだろうか。顔を変え、私たちを洗脳し、そして愛してくれた彼。

だけど、私の気持ちは………いや、今はもうそんな事を言うのはやめよう。彼があの絵達を燃やした時、彼がもう、昔の自分を捨てていることは分かっていた。

彼の事が好きだったのだろうか。その答えは今も出ていない。私が描く絵の中には、いつも彼か、彼の周りにいた女性がいる。その中に、私の姿はない。何となく、この絵の中に私を入れてはいけないと、本当に何となく思う。ありのままの私を伝えられなかった私が、彼の隣に映るのは、何となく…駄目なのだと。

「…私もまだ、あなたに好きだと言っていなかったのに」

そっと、屋敷の入口に花を手向ける。

紫の薔薇を3本。あなたが本来の自分に誇りをもっていたのなら、結末はもっと違っていたのかもしれない…なんて、それは単なる私の我儘だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も私は、あの場所へ向かう。

彼女が行方不明になってからもう何年も経った。私は皇帝の座を降り、今は比較的自由に行動できる。とはいえ、王家の人間に変わりは無いため、ある程度の縛りはあるが、毎年この日だけは、必ずこの屋敷の前に来る。

あれ以来、化物騒動は無くなった。結局、あの子の考えていた事は最後まで分からなかったが、今はもう、それを知る術は無い。世界中のあらゆる食べ物を知り尽くすと豪語していた彼女は、もしかしたら今も世界中を旅して、食の限りを尽くしているのかもしれない。

あの子が生涯をかけて作り上げたベルゼニアの食は、今もなおこの地に根付いている。マーロン国から仕入れられる海産物、ベルゼニアで育ったトラウベンから作られるワイン。彼女の功績は非常に大きい。…今も生きていれば、きっとベルゼニアの食文化の為に尽くしてくれていたのだろう。

今はもう、そんな事を言っても遅い。彼女はいなくなり、コンチータ領は統合され、ルコルベニとして新たな道を歩み始めた。願わくば彼女も、新たな食の道へ進んでいる事を、今は祈ろう。

そっと、屋敷の入口に花を手向ける。

赤いベゴニアの花。全ての人が公平に食を楽しめる、そんな世界を願っていた彼女は、今どこで何をしているのだろう。新たな食べ物を見つけて、「まだ食べるもの、あるじゃない♪」なんて言っているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は今日も、あの場所へと向かう。

あなたが亡くなって、もう何年が過ぎただろう。私自身、この国に帰って来るのは久しぶりだ。そして、また暫く旅に出る。シャルテットが待っているからそろそろ行かないといけない。

悪ノ娘として断頭台で処刑された、あなたの真実を知る者はこの世で数人しか居ない。そしてきっと、この先の世も、その真実が明らかになることはないのだろう。

お墓に来る前に、1人の修道女に会った。金髪の修道女。彼女は私を見ると、軽く会釈をして立ち去った。ふふ、人はすっかり変わるものね。それは、私もか。さてと、用事は済んだし、そろそろ新しい旅に出よう。私は懐から1枚の羊皮紙を取り出す。それは、彼の遺品の中にあった、私に向けて書かれ、そして送られることのなかった手紙。今は私のお守り代わりだ。父の剣から私の鎧へ、そしてシャルテットの親父さんに頼んで今はペンダントにして貰った獅子のエンブレム、そしてあのバカ弟の羊皮紙。この2つがあれば、私はどこへでも行ける。

そっと、お墓の前に花を手向けた。

黄色いマリーゴールド。あなた程の勇者は居ない。姉を守るために身代わりとなり、そして、死してなお、私を守るためにあの海岸に来てくれた。次にあなたの所へ来るのはいつになるか分からないけれど、お父さんのお墓にはヤツキ・ロペラを備えてきたから、2人仲良くそっちで飲んでて。あ、あなたは飲んじゃダメよ、まだ成人してないんだから。

さて、次の旅に出かけましょう。…ヤツキ・ロペラの味を思い出したらお酒が飲みたくなっちゃった。そうだ、次はベルゼニアに行こう。本場のブラッド・グレイヴはどんな味がするかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は今日、あの場所へ向かう。

といっても、今日で最後だ。ここ最近エルフェゴートを騒がせた一連の事件、その全てがようやく解決した。トラゲイでの「眠らせ姫」、ロールドでの「ピエロ」、そして「ペールノエル」の事件、全てが解決した。ジュリア…ジェルメイヌさんの死去により、全ての事件は被疑者死亡のまま解決した。エルフェゴートは再び平和になり、僕は久しぶりの休暇を過ごしていた。この屋敷に来たのは、単なる気まぐれだ。事件解決とはいえ、その全てが被疑者死亡とは、後味が残る結果となってしまった。それに、亡くなった人達はもう戻ってこない。

…戻ってこないと言えば、あの二人はどうしているだろう。ハンネとハイデマリー…あの姉妹は。いや、そもそも彼女達はそんな名前ではなかったのだった。ハイデマリーはさておき、ハンネは…エルルカは。結局その後、足取りは掴めていない。それに、これ以上追うつもりも無い。何となく、これ以上は足を踏み入れてはいけない領域な気がするのだ。僕はただの警察官。次の事件が起きれば、またすぐにそちらに戻る。とはいえ、亡くなった被疑者を悼むくらいは許されるだろう。遊び人の旦那に振り回され、そして、トラゲイの多くの人を死に至らしめた眠らせ姫。彼女ももしかしたら、被害者だったのかもしれない。旦那…カスパル氏がもっと誠実な人だったら…いや、そんな事を考えても仕方ない。

そっと、屋敷の前に花を手向ける。

緑色のポピー…ヒナゲシ、とも言ったか。花屋の店主に聞いて選んだ花。今はどうか、安らかに。プラトー・ローズよりも、彼女にはこちらの花の方が似合うだろう。…眠らせ姫への贈り物とは、何とも皮肉な話かもしれないが。

さて、明日には署に戻ろう。この街の平和を守るために。そしていつか、胸を張ってまたハイデマリーに会うために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は今日もまた、あの場所へ向かう。

もう誰もいなくなってしまった、仕立て屋の座敷。

ねぇ、あんたは何であんな事をしたんだい?やっぱり、あの火災で気が狂っちまったのかい?そんな風には見えなかったのにねぇ…。

あんたの旦那も、暫くは帰りを待っていたけれど、もうどこかへ行ってしまったよ。よっぽど、あんたが亡くなった事が信じられないんだねぇ…。ほら、あんたの好きだった鮪たこ焼きだよ。一緒にまた食べようじゃないか。もう太る心配もないだろうしね。…なんだい、あんたの分はないよ。サボってないで早く岡っ引きの仕事に戻りな。

あれ以来、円尾坂はまた平和な一方さ。変化があったとすれば、ここと三六屋が無くなっちまったってことくらい。後は前と何も変わらない…あぁ、穏やかで平和な日常。本当はあんたとまた、こいつを食べたかったもんだよ…。そうだ、今日は土産がもう1つあるんだ。ほら、今日はあんたの誕生日だったろう?花屋の女将さんが選んでくれたのさ。何でも、異国から仕入れた花でね。異国には花言葉って言って、その花が持つ意味を、相手に送る習慣もあるって話しさ。あんたに送るって言ったら、迷わずこの花を選んでくれたよ。

そっと、畳の上に花を手向ける。

確か名前は…ラナンキュラスって言ったかね。あんたの髪色と同じ、桃色の花が綺麗だろう?花言葉は…飾らない美しさだってさ。あんたも、あんなに飾りつける必要なんて無かったんだ。赤も、緑も、黄色も、そんなに沢山着飾ったら疲れちまうだろう?あんたにはやっぱり、桃色が一番似合うよ。

さて、そろそろ仕事に戻るね。また鮪たこ焼き、持ってきてあげるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は今日、この場所を訪れた。

もうすぐ私は処刑されるのだろう。悪徳裁判官の右腕として。

500年前、同じように民衆が反乱を起こし、国をひっくり返すクーデターが起きた。まるで歴史をなぞるように、今回も民衆が反乱を起こした。

燃え尽きた屋敷。もうそこには何も残ってはいない。孤独な男と、彼が大切にしていた人形。今はもうそれも持ち去られたか、あるいは灰となって消えたか。いずれにせよ、私ももう助からない。まぁ、それだけの事をしたのだから仕方あるまい。

思えば、確か誰かにも話したか、彼は私を初めて、差別なく見てくれた人だった。私の黒い手を取り、信頼を置いてくれた。私はその信頼に答え、ここまで彼に寄り添って来た。

とはいえ、それももうおしまいだ。トニーも死んだ。彼も死んだ。私だけ残ったところで、やれる事は何も無い。

そういえば、『ペールノエル』の仲間達は元気だろうか。つい最近決別したばかりだが、彼らと過ごした日々もまた、楽しかった。

…怒号と足音が聞こえる。私を迎えに来たか。さて、私もそろそろ行くとしよう。地獄の底までお供しますよ、長官殿。

そっと、燃え尽きた瓦礫の上に花を手向ける。

ヤマブキの花、金運をあげるという意味があるそうだ。あなたにお似合いの花だろう。いや、あなたの事だ。金にもならないと突っぱねるだろうか。ふふ、きっとそうに違いない。

さて、それでは私も行くとしよう。地獄の沙汰も金次第…とはいえ、私は持っていけそうにないが…まぁ、行き先があなたのところなら、初めから持っていく必要も無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、この世界に花を手向けられる場所はない。

否、彼女は厳密に言えば死んでいないから、花を手向ける必要は無いか。

彼女に送るのは…シロツメクサが良いだろうか。幸せの四葉のクローバー…その裏には、幸福が叶わずに復讐をするという意味もある。まぁ、もうその花すらこの世界にはないのだけれど。

七つの大罪…そしてそれを巡る物語。その裏には、彼ら…彼女らを大切に思っていた人も沢山居た。大罪人に捧げられた花。その花の意味は千差万別。…何故か僕も、その中に入っていたんだけれど。いやまぁ、間違いじゃないけれど。

僕らはいつでも間違いだらけだった。だけど、全てが間違いという訳ではなかった。大罪人達が歩んできた道、その全てが間違いだったのならば、彼ら彼女らが亡くなった後に花を手向ける人など誰もいないはずなのだから。

さて、そろそろ時間か。ネメシスが待っている。彼女と共に、世界を救いに行かないと。

そして、彼女に…君に会いに行かないと。その時は、満開の花束を持っていこう。いや、紅茶とブリオッシュの方が良いかな?…いいさ、両方とも持っていけばいい。思えば彼女はいつも、満開の花が咲いた庭で、シャルテットやネイと過ごしていたっけ。

おやつの時間にはまだ時間はある。全てが終わったら、君と皆と、またおやつを食べよう。おやつを食べたら…円舞曲でも踊ろうか。過ごせる時間は少ないかもしれないけれど、その時間はきっと、僕達にとってかけがえのないものになるはずだから。

 

 

 

ふと、視線の先に一輪の花が咲いているのを見つけた。青色の朝顔…あれは流石に、持っていく訳には行かないかな。

僕達に一番似合うのは、やっぱり黄色い『悪ノ花』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネメシス「悪ノ花ってなによ」

あはは…そこは突っ込まないでくれよ。まぁ強いて言うなら…黄色い椿が似合うんじゃないかな?


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