コハルがミカに気持ちを伝えるお話

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雨上がりに香り立ち

 ミカさん、今日は嬉しそうですね。

 

 んー。

 

 久しくこんなミカはみてなかったな。

 

 んー?

 

 いいことでもありましたか?

 

 んー。

 

 心ここに在らずだな。

 

 んー……

 

 昨日はあんなに泣きじゃくってらしたのに。

 

 ちょっ、ナギちゃん!セイアちゃんいる前でやめてよ!!ご、誤解だよ!セイアちゃん??

 

 それだけ目の周りを腫らしていては隠せるものも隠せないよ、ミカ。

 キミは相変わらず……

 

 相変わらず何?セイアちゃん??

 

 や、やめるんだミカ、何にでも力で解決しようとするのはよくな……

 

 

 ――――

 

 ティーカップから澄んだ、明るい琥珀ような色の紅茶を啜る。

 キャンディ茶葉の素直な口当たりに、マリアージュに。と用意したロールケーキが不要に思えるほどの、ジャスミンの甘い香りが後味に添えられる。

 その後味を堪能しながら顔を上げ、庭一面に咲き誇る香りの出処へと目を向ける。

 少し眩しい青空の下で、真珠のように陽を反射する白い花弁についた水滴がキラキラと光り、よりいっそう眩しく感じられる。

 

 そうして、桐藤ナギサがいつものようにお茶を楽しんでいると、

 「あっそうだ、ナギちゃん」

 と、聖園ミカが、地面にのめり込むように突っ伏した百合園セイアを残してテーブルに戻り、椅子に座りながら幼馴染に悪い笑顔を向ける。

 「はぁ。何か私に頼みごとですか、ミカさん」

 「さっすがナギちゃん!察しがいいねっ☆」

 「あなたが分かり易すぎるだけです」

 えへへ。と誤魔化すように笑いながら両手を合わせてミカが遠慮なく続ける。

 「それでねっ、お願いっていうのはね、お茶会を用意して欲しいんだー」

 「お茶会……ですか?」

 ナギサは不思議そうに片眉を少し上げた。

 ティーパーティーでのお茶会は定期的に開催している。

 改めて予定なんて立てなくてもいいもの、それなのにわざわざ用意したいだなんて。

 昨日のことに原因が?などと思考を巡らせようとするも

 「紅茶はナギちゃんがいつも頼んでる高級店のやつでね!お菓子はクッキーセットと、あっ!今話題のミルフィーユパフェもね!売ってる場所は後で教えるから!それとそれと……」

 という幼馴染からの矢継ぎ早な要求によって遮られる。

 せっせとまくし立てる彼女の後ろに、いつのまにか立ち上がっていたセイアがいることにナギサは気がついて、再びため息を吐いた。

「ティーセットはー……ってあれ?どったのナギちゃん?」

 ナギサの視線が自分の後ろにあることに気がついたミカは振り返り、セイアの怪訝な顔を見つけた。

 セイアとは対称的にミカは口角を上げ、悪びれもなく軽口を放つ。

「あれ、もう復活したの?あはっ、思ってたより元気になったみたいだねセイアちゃん」

「……」

「セイアちゃん?」

 セイアは口を真一文字に結んだまま、返事の代わりにミカの肩に手を置いた。

「……セイアちゃん?ちょっと、ずっと無言なの怖いって。何か言ってよって、あっ引っ張らないでっ、まだナギちゃんとの話が途ちゅ……」

 無理やり立たされたミカの反対側へ、座っていたテーブルからはらりと手紙が落ちる。

 説教に対してプンスコ言い返してるミカの代わりに、ナギサはそれを拾おうと目をやると、手紙の封筒には

 

 ティーパーティー 聖園ミカ様へ

  下江コハル

 

 と小さめの丸い字が丁寧に書かれていた。

 ナギサは手紙を拾い上げるとそっとテーブルの上に戻し、ソーサーとティーカップに持ち替える。

 彼女の上がった眉は下がり、いつものお淑やかな表情へと戻っていた。

 ふたりは未だに、ナギサの視界の端でケンカしている。

「ふふっ、今日も騒がしいですね」

 昨日の雨が嘘のように晴れた青空。

 それ眺めながら、彼女は幼馴染のお茶会を素敵にする思案を巡らせるため、もう一度ティーカップを口元へと運んだ。

 

 

 

 ◇◇ ◇◇

 

 

「わっ、わたしっ、下江コハル!い……今は補習授業部にいるんだけど、元々は正義実現委員会にいて、それで、えっと……」

「大丈夫、コハルちゃんのことは覚えてるよ。副委員長からの指示で、現場の応援に向かわないといけなくなった私の代わりに、大聖堂の見回りと戸締まりを変わってくれるって話だったよね」

 正義実現委員会の、目元まで前髪を伸ばした姫カットにベレー帽を被った子が、言葉に詰まった自分の代わりにハッキリと要領よく説明してれる。

「そ、そうなの!私が代わってあげるから!」

「よろしくね。だけど、びっくりしたね。まさか放課後スイーツ部がトリニティ謝肉祭(カーニバル)の賞品を狙って襲撃してくるなんて……。あっ、こんなこと話してないで現場に向かわないとっ。じゃあまたね、コハルちゃん!」

「あ、あぅ……その……、」

 またね。と続けようとするも間に合わず、慌しく走り去っていった彼女の背中を口籠もりながら見送った。

 

 決して大きくない声なのに、伝えたいこと、伝えるべきこと。それを詰まることなく話してくれる。

 同じ学年なのに自分よりもちゃんと話せていて羨ましい。簡単なことでさえ緊張すると上手く話せない自分がとても……もどかしかった。

「そ、そうだ、今は任された任務をやり切らないと!」

 自分はエリートだから!と気合を入れ直す。

 こんなところでもたついてないで、ハスミ先輩やみんなの役に立たないと。と顔を上げて前を向く。

 そうしてから大聖堂へと小走りで向かった。

 

 

 ◇

 

 大聖堂に近づくと、授業を終えた後なのかな、そんな感じの生徒たちが疎らに帰っているところだった。

 今日の最後の授業が終わる時間から少し経っていることにようやく気付き、

「あ、もうこんな時間なんだ……」

 そんな呟きをしながら、人の流れに逆行し聖堂へと入っていく。

 室内に入ってずらりと奥に向かって並ぶチャーチチェアをさっと見回す。そこでは、雑談しながら帰る準備を終えつつある生徒数人と、奥の方、最前列の近くでぽつんと座っている生徒がひとりいた。

 手前の方の生徒たちはほっといても帰りそうだ。でも、奥に居る生徒に動きはなく帰る気配を感じない。

 

 戸締りするために帰ってもらうように言わないと。そう思ってその生徒に近づいていくと、あることに気がついて足が止まる。

 純白の翼に綺麗な羽根飾り、そして特徴的なヘイロー。

 

 あの“ティーパーティーの方”だ。

 

 一連の事件を経てティーパーティーの資格の剥奪が決まってるみたい。とはいえ、現次点ではティーパーティーのはずだし、その上生徒会長の1人でもあったようなお方。

 そんな方に、自分が話しかけてもいいものなのかな。

 声を掛けるにも、なんて言えばいいのだろう……。

 わからない。どうしよう……。

 

 そう逡巡してると、俯き気味だった彼女はゆっくりと顔を上げ、こちらに気がついたのか振り返りながら

「何?私に用事でもあるのかな?」

 と平坦な声を私に放ってきた。

「ひっ、あ、あの……あぅ……」

 口調は穏やかなのに気圧されてしまい、咄嗟に謝ろうとするも言葉が続かなかった。しかし彼女は私の顔を見るなりぱぁと顔が明るくなり、上擦った声で

「わぁ、コハルちゃんじゃん!どうしたの?私に会いに来てくれたの!?うれしー⭐︎」

 と、先程とは打って変わって抑揚たっぷりに、まるで友達と話すかの様なテンションで話しかけてきた。

 

 ティーパーティーのあのお方、……聖園……ミカさん。

 どこか、お姫様のような雲の上の存在だと思っていた。

 そんなお方が

 どうして?慣れない。

 彼女の対応は明らかに他人と自分とでは違っていて、そのことはなんとなく分かっていた。でも理由がわからない。ティーパーティーであるこのお方と、私では友達であるはずはなかったから。

 彼女が自分に対して()()()と言ってくること。そして、さも友達であるように接してくること。それが今になってもわからなかった。

 

 ぐるぐる考えて頭がごちゃごちゃになりそうなのを必死に抑えようとしていると、

「コハルちゃん?」

 と顔を覗き込んできた彼女によって現実に引き戻される。

「はぅっ!?」

「どうしたの?というかコハルちゃん、わざわざ私に会いに来てくれたんだよね?どうして?理由は?そろそろ教えてくれない??」

 幼な子が物語の続きを待ちきれないかのような無邪気さで、言葉を急かされる。

 パンクしそうな頭にふと、交代した正義実現委員会の同期の子の姿がよぎった。

 すらすらと説明する彼女の姿を思い出す。そうだ、“理由”をただ説明すればいいんだ。

 自分はエリートだしこのくらいできて当然。きっとそのはず。

「その……わたっ……。……正義実現委員会の仕事で、来たんです。それで……戸締まりを……」

「あっ、なるほどね!ごめんね、今準備するから!」

「ゆ、ゆっくりで大丈夫……です」

「コハルちゃんに迷惑掛けたくないから、急ぐね〜」

 

 いそいそと帰りの準備を始めた彼女を見て、ちゃんと伝わったことに少し安堵し、顔を上げて少し息を吐く。

 入った時に他の生徒もいた事をようやく思い出し、周囲を見渡すと既に帰ったようだった。あとは彼女が帰ったら戸締まりするだけ。その事実に気持ちが少し軽くなる。

 そうして帰り支度をしている彼女に目を戻すと、似たような光景を思い出した。

 

 空が赤く染まったあの時

 避難誘導が間に合わなかった遺跡付近の聖堂

 そこへ現れたあの方

 

 ――あの時の光景と、少し似てる。

 

 そう過去を一巡してから視点が目の前に戻る。

 ……そういえば、まだ。ちゃんとお礼言えてなかったな。

 

「あっ、あの!ミカ……様……!」

「わっ、びっくりしちゃった。どうしたの?」

「い、遺跡で、助けてくれて、ありがとう……ございました」

「あはっ、水臭いなー。お友達だし当然でしょ?それにっ、あの時コハルちゃんも私を助けてくれたし」

「あの時……?」

「ほら、私が監獄に閉じ込められてる時!囲まれてボコられちゃってる時に“わざわざ私を”助けに来てくれたんでしょ」

 わざわざ?私を?

 自分の認識と違う言葉が投げかけられ、意味を考えようとするも、

「それに!私の事は呼び捨てでいいよっ!だって友達でしょ?」

 とまくし立てるように単語が投げかけられる。

 もう頭がいっぱいだった。でもあの子のように、私もちゃんと説明しなくっちゃ、口を動かさなくっちゃ……

 「あっあの時はいじめられてる人を助けたかって、そんなことしちゃダメだと思って、ミカ様だから助けようととかじゃなくてだから別に感謝なんていらなくって、それに私なんかが……私は……」

 限界を超えた頭の中、でも口は動かさないといけない。だから、理由のみを絞り出してそれをそのまま口から出した。

 

 「私はミカ様の友達じゃないです!!」

 

 自分の声が広い聖堂内に反響して、

  そのあと一瞬だけ、世界が止まった気がした。

 

「そっかぁ…………そうだよね……。あぁごめんね!私またなんか勘違いしちゃってたみたいで……」

「えっ……あ、ちっ、…………ぁ……」

 頭の中は伝えたい事がいっぱいなのに、話せない。喋れない。言葉が……でないの……。

「こんな私と友達なんて不釣り合いだよね☆あははっ」

 やめて、

「ごめんね!」

 違う、

「迷惑だったよね!」

 ごめんなさい、

「もう、近づかないようにするね!」

 

 私が傷つけてしまったその人の顔には、お面を貼り付けたかのような、とても笑った表情が添えられていた。

 私はそれがとても怖くて

「私帰るね、……さよなら、コハルちゃん」

 喉につっかえた言葉を伝えることができなかった。

 

 扉の閉まる音が何重にも反響し、長い余韻を響かせる。

「違う……違うの……どうして……こんなこと、こんなこと嫌……」

 何もいえなかった、呼び止めることすらできなかった。

 悔しさと悲しさが滲み出し、両頬を伝い床に零れ落ちる。

 寂しげな彼女の笑顔が、脳裏に焼き付いて離れなかった。

 

 

 ◇◇

 

 どうにかしないと……どうにかしないと……このままじゃ絶対ダメ……!絶対ダメなの……!

 でも、

 でもどうしたら……

 わから……ない…………。

 

 あれからどれくらい時間が経ったんだろう。

 あれからどれだけ考えたんだろう。

 

 今の状況がダメってことは分かる。

 でもいくら考えてもどうしたらいいか分からなかった。

 

「コハル……?」

 よく知ってる、安心する声が聞こえる……

「どうしたっすか?」

「あ……せん……ぱい……?」

「コハル……?泣いて…………ん、ダメじゃないっすか〜こんなところで、風邪ひいちゃうっすよ。移動するよ、立てる?ほら」

 

 差し出された手を握った時に、イチカ先輩の黒い手袋が濡れていることに気がついた。

 あれ……雨降ってたんだ……。

 

 気が付くと周囲は闇に閉ざされ、しとしとと降る雨は傘の骨を伝って落ちた雫。それを見てようやく認識した。

 全身がじわりと濡れている。今になって肌寒くなり身震いした。

 

 先輩が差してくれた傘に入って、ゆっくり歩く先輩に合わせてついていく。

 何も訊かないで半歩先を行く先輩は、とても頼りに見えた。

「あ……あのっ!」

 歩幅を合わせ先輩に並んでから話し出す。

 

 彼女――聖園ミカにちゃんと謝りたいこと。

 会える機会がないだろうってこと。

 それに会えたとしても多分上手く話せなくて、気持ちをちゃんと伝えれるのか不安なこと。

「なるほど……うーん」

 先輩は歩きながら顎に手を当て、考えを巡らせてくれた。

 

「んーそうっすね。じゃあ、お手紙書くのはどうかな」

「お手紙……?」

「ちょうど明日、セムラの……あー、放課後スイーツ部の件でティーパーティーに報告することになってますし、パテル分派の人も来るみたいですし、私がそのお手紙を渡して取り次いでもらうことはできるっすよ。それに――」

 先輩は足を止めると私の方を向いてから続けた。

「お手紙だと、自分の気持ちを時間を掛けて綴って。そして伝えられるよ」

 イチカ先輩の真剣な眼差し。こんな表情の先輩、見たことなかったな――。

「コハルはどうしたい?」

 私は――私の気持ちは……

「イチカ先輩……その、がんばってお手紙書くので……明日、渡してくれますか……?」

「りょーかいっす!任せておくっすよ」

 先輩はニコっと笑いながら「大丈夫!コハルならできるっす!」と続けた。

 いつものようなカランっと明るい声に、強く勇気づけられた。

 

 

 ◇

 

 気が付いたら朝日が昇っている。

 言葉にするのは難しい。でも、文字に書いて伝えようとするのも……同じくらい難しかった。

 自分の気持ちと向き合うのって……こんなに難しいかったんだ……。

 眠い目を擦りながら二通の便箋を、丁寧に別々の封筒に入れる。

 

 謝罪だけの手紙と……今の自分の気持ちを添えた手紙

 

 それらを揃えて胸に当てて、伝わるように願いを込める。

 あとはイチカ先輩に託さないと。

 

 待ち合わせ場所に向かうと、先輩はいつもの柔らかい表情で待っていてくれた。

「おっ、おはようございます先輩」

「おはようっす、コハル」

「これを……お願いします」

 手紙を一通差し出すと、先輩はそれを優しく受け取ると

「へへっ、なんだか懐かしいっすね。ミカさん救出の時思い出しちゃったっす」

 と切り出してきた。

 手紙とその作戦に関係性を見出せず困惑していると察した先輩が

「コハルが、ミカさんの燃え残ったアクセサリーを預けてくれた時のことっすよ」

 と続けてくれた。

 そうだった……そうだ。あれも、あの方の……

「あの時のミカさんは本当に嬉しそうで……あっそうだ、あの時にはもう既にミカさんはコハルのこと知ってたっすよ。すごい気に掛けてるみたいで。ミカさんはコハルのこと大切に思ってると思うっすよ。」

 そうか、だからあの人は私に…………

「だからこのお手紙もきっと、ちゃんと読んでくれると……」

「せっ、せんぱい!」

 言葉を遮った自分に驚く。でも、言葉を続ける。

 だって、伝えたいことを、ちゃんと伝えないと。

 自分に正直なあの人へ、正直に気持ちを伝えるんだ。

 

「やっぱり、渡すお手紙こっちにしてくれますか……?」

 

 

 

 ◇◇ ◇◇

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 あ……あの、ミカ様……

 

 んー?なになにどうしたの、コハルちゃん。

 

 その……うぅ…………机の上にある、額に入れたものって……

 

 あっ、これ?もちろん、()()()()()()からもらったお手紙だよ☆

 

 手紙……って私の!?

 

 もちろん!こんなにも大切なもの、飾らないのなんてもったいないじゃん……そうだ!みんなにも見てもらおうかな☆

 

 えっ、どこにいくの……ってダメ!待って!!ミカ!

 ダメーー!そんなの禁止禁止きんしーー!!

 

 

 ――――

 

 さっきまで二人がいたテーブルには、冷えてベルガモットの香りがしなくなった紅茶と、手をつけられていない甘い空気を湛えたマリアージュのクッキーとパフェ。それと次の休日の欄に「二人でショッピング」と走り書きされた、開いたままのスケジュール帳。

 そこへ、陽の光のようなぬくもりを感じさせるジャスミンの香りをほのかに乗せた風が、その机上を爽やかに吹き攫っていった。

 

 

 


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