北宇治高校を卒業して大学生になった久石奏は、ある人物を弔うために海辺にあるお寺を訪れた。
そこで彼女はかつての部活仲間であった月永求と再会した。


※久石奏×月永求のカップリングSSです

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響け!ユーフォニアムの中でも大好きなカップリングの作品です。
お楽しみいただければ幸いです。


死する者の奏、求め続ける明日

ミーン、ミーン、ミーン

 

甲高く鳴くセミの声が両耳を刺激するたびに、私は夏が来ている事を実感し、あの日々を、ラジオ体操が流れる早朝に北宇治高校に練習に向かっていった。あの夏の事を思い出します。

 

そうでなくても私は夏が好きです。

上を見上げれば所々に点在している白い雲がアクセントになっている青空が広がり、太陽の日の光がサンサンと照らされている感覚は夏にしか味わえません。

私の両脇に植えられている針葉樹も、新緑の季節を迎えており、葉が陽の光に当たってさらに深く味わい深いものになっています。

 

しかし、本来ならばこの夏真っ盛りの光景に浸りたい所なのですが、あいにくそうはいきません。

 

「151、152……ここは石段の数が多いのが辛いんですよね……」

 

今の私は、200段はある石段を登らなければいけないのですから。

 因みに運動とかダイエットとかそう言うのではありません。そもそも私は充分に痩せているのですから。目的の場所に行くのにはこれを上りきらなければいけないだけです。

 

手ぶらだったらまだマシだったと思います。けれども今の私はボストンバッグを掲げ、右手には色々と物が入っているビニール袋を手に提げているので中々の重労働です。なので、そう景色をのんきに楽しんではいられない、と言うのが今の現実です。

 

 

とは言え、足を動かせばいずれは終わりが来るもの。私は石段を無事に上り終えました。

「ふぅ…初めてではないと言っても、ここはいつもキツいですね」

誰にも聞こえない一息をついた私は、上り切った石段を振り返るように後ろを向きました。

 

私の目の前には絶景が、日本海が果てしなく広がっている絶景が見えます。

 

昨日も晴れていたため、海の色は濁っておらず、深い青色のオーシャンビューであり、水平線もくっきりと見ます。私の住んでいる所は海が無い為、とても新鮮な光景です。

 

  8月の上旬という夏真っ盛りな、高台にある事もあってかどこか涼しさを感じて気持ちが良いです。

 潮風が私の髪を、肩甲骨の方までかかっている、高校生の時より少し伸びた髪を、流石に子供っぽいからと髪をまとめるアクセサリーをリボンから銀の髪留めに変えた私の髪を揺らします。それがよけいに涼しさを大きくしてくれるように感じました。

 潮風は髪を痛めるので、女性にとっては嫌われがちですが、今の私には非常に心地よい物でした。

 

進学してからのここ最近はセンチメンタルになる事が多かったのですが、今私がいるこの場所からは、一時でもそんな気分を忘れさせてくれる、そんな気がするのです。

 

そんな気分に浸っていると私の後ろから声がかかりました。

「いらしたのですね。奏さん」

「和尚さん……」

「一年ぶりですかな。さぁお爺さんの場所にご案内しましょう」

「お願いします」

 

私は、声をかけられた主に案内されながら、奥に進んでいきました。

 

私がいる場所は京都府北の海辺の町にあるお寺『東風寺』

私の祖父が眠っている、お墓があるお寺です。

 

 

~~~~~~~~~

 

「奏さんがここに来るのは何回目でしょうか?」

「これで6回目、ですね。祖父が亡くなったのは私が中1の頃で毎年1回は行っていましたから。去年は受験もあったので行けずじまいでしたけど」

「そうすると、もう大学生なのですが。学校はどうですか?」

「まぁそれなりにやってますよ。高校と比べて自由な時間が多いですし」

「大学は人生で一番楽しい時期だと思います。大いに楽しんで下さい」

 

そんな会話を楽しみながら、私は和尚さんと一緒にお寺の境内を、墓地の間を歩いていきます。

沢山の墓石が並んでいる場所ですが、夜では無いので別に怖くもありません。むしろ荘厳として雰囲気さえも感じるのでどこか落ち着きさえも感じさせます。

 

「着きましたよ。ここです」

和尚さんに案内された先にあった墓石には『久石家之墓』と刻まれています。紛れもない私の祖父のお墓でした。

他の皆様と変わらない、ごく普通の大理石の墓石ですが、土埃にまみれている様子は見られませんでした。出来立てほやほやとは言いませんが、しっかりと掃除は行き届いている様子でした。

 

「2日に一度は墓石を磨いておりますからな。そんなに汚いという訳でもないと思うのですがどうでしょうか?」

「すいません、本来なら私たちがやらなければいけない事なのに……」

「なに、仏に使える身としては、仏になられた皆様が眠っている場所を蔑ろにするわけにはいきません。それに……」

 

和尚さんは一息ついた後に、言葉を続けた。

「あなたのお爺さん。巌さんは私の兄貴分でもありましたから。掃除にも熱が入ってしまう物です」

坊主足る物、全ての御仏を大事にするのが道理なんですけどね。

何となく申し訳なさそうに頭をかいてハニカミながらそう言う和尚さんは、どこか少年の様な雰囲気を感じさせました。年は72、3歳位とお年を召しているのにも関わらず、坊主頭では無く、白髪が混じっている髪の毛をスポーツ刈りの様な短髪にしているという姿からも、そんな印象を見受けられるのかもしれません。

 

「心が安らぐまま、お参りしていってください。よろしければ後ほど中の方にもお寄りください。麦茶でも御馳走しましょう。どうせこの時期はあまり人も来ませんから」

「ありがとうございます」

そう言って和尚さんは本堂の方に戻っていきました。

 

「さてと。やりますよ、お爺ちゃん」

私は墓の前に向き合って、そう言いました。

 

 

~~~~~~~~~

 

私は持ってきたビニール袋から雑巾を取り出し、それを境内に置かれている木製の桶に組んである水に浸け、しっかりと絞った後に、墓石と周りの大理石を吹き始めました。

和尚さんがしっかり掃除をしてくれてるとは言え、こういうのは親族がしっかり行わなければいけません。

 

「ふぅ、ふぅ……」

しかし、雑巾がけなど個々の所ご無沙汰でしたので中々の重労働です。中学に入ってからは放課後の掃除も箒掛けくらいで、雑巾など年末の大掃除しかやらなかったものですから。

それでも、30分も磨けば最初に来たよりも大分綺麗になりました。うん、頑張りました。私。

 

続いて、備えてあるステンレス製の花瓶の水を取り替えます。

最後に変えてからだいぶ経つのか、水の色は茶色く濁っており、備えの花もしおれてしまってました。

その水と枯花を墓地の脇にすて、花瓶の中をしっかりと洗って水を取り替え、新しく買ってきた菊の花を供えます。

新しく添えられた菊の花の白と黄色が、どこか重苦しい灰色の墓石を彩ってくれました。

 

そして私は線香に火をつけます。

束になった線香に思うように火をつけるのは難しいです。私はライターを使う機会もそんなにありませんですし。

こういう時夏紀先輩ならカッコよく上手に火をつけるんだろうな。タバコ吸ってそうですしという根拠のない考えが浮かんでしまいましたが止めましょう。あの人ああ見えて真面目ですし、喫煙はしないはずです。

それでも何とか火をつける事ができ、心地よい香りがする煙が空気を漂います。それを備えて、私は目を閉じて両手を合わせて拝みます。

 

そうして1分もしたでしょうか。私は目を開けて立ち上がり、お供え物としてお茶っ葉を墓前に備えました。

お供え物としては珍しいのは分かってますが、巌お爺ちゃんは日本茶が大好きでした。なのできっと喜んでくれるでしょう。

 

 

一通りのお参りが終わり、時間を確認しようとスマホを見たら今は午後12時半。

40分近くもお墓と格闘していた事になります。

このまま和尚さんのお誘いを受ける為に事務所の中に入っても良かったのですが、少し疲れた私は、木陰の下に置かれているベンチに座って少し休む事にしました。

 

ベンチに腰を下ろした途端、私の口からふぅっと一息が勝手に出てきました。

「やっぱり、一人でやると疲れますね……」

本当なら、お父さんとお母さんと一緒に来てお参りした方が楽だったかもしれません。そもそも元々お盆の頃に一緒に行く予定もありました。

けれど私はもう大学生。色々と予定も入ってますし、いつまでも親と一緒に来るというのも恥ずかしい訳です。

 

ですので8月2日というお盆から少々外れた日に私は一人でお参りに来ている訳です。

ボストンバックを掲げているのも、せっかく一人で遠出したのだから、観光しながら一泊して帰るつもりだからです。

少々せっかちだなと祖父は思うかもしれませんが、巌お爺ちゃんは茶目っ気がある人でした。きっと「全く奏はせっかちだなぁ」と笑って流してくれるに違いありません。

 

 

……しかし何と言いましょうか。この境内の景色で少しは晴れやかになったと思ったのですが、落ち着いたらまた気分が灰色模様になっているのが分かります。やはり亡くなった祖父がいる場所と言うのもあるのかもしれません。

 

私は祖父が大好きでした。いつも明るくて、たまに家に来るといつも抱きしめてくれて。「奏は可愛いなぁ」といつも言ってくれたのを覚えています。祖母は私が物心つく前に亡くなったと聞いていますから、生まれ変わりの様で余計そう思ったのでしょう。

お小遣いをよくくれるからと言う打算的な理由も少しはありましたが、それ以上に祖父に対しての温かい思い出は沢山あるのです。

 

だからこそ祖父が病に倒れて寝たきりになった時は本当に悲しかったです。こんな悲しい思いなんて二度としたくないくらいに。

そして、そうごねる私に祖父はこう言いました。

 

「どんなに楽しい事でも、いつかは悲しい終わりが来る。けれどもその後にまた同じ位楽しい明日がやってくる」と

そう言い残して祖父は逝きました。

 

その言葉を残して6年が経ちました。未だに私はこの言葉の意味が見つけられてないように思います。

 

ふと、自分の考えに思いを寄せていたら時計は1時半を回っていました。かれこれ20分はボーっとしていたことになります。

(あまり和尚さんを待たせるのも良くないですね。行きますか)

そう思った私は、ベンチから立ち上がり、事務所の方に向かおうとしたその瞬間―――――

 

「わっ」

「きゃ!」

 

急に前を横切ろうとする誰かにぶつかり、しりもちをついてしまいました。カッコ悪いですが前を見ていなかった私の不注意です。

 

「すいません、お怪我はありませんか?」

声からして男性だと分かります。けれどどこか高めの中性的な雰囲気を感じさせる声は、どことなく印象に残る物でした。

 

「いえ、こちらこそすいません。ボーっとしていて前を見ていなかった者ですから……」

そう言って顔を見上げたのですが、その私の視線にいたのは―――――

 

「……もしかして、久石か?」

「求君?」

 

私の高校時代の部活仲間。『月永求』君でした。

 

 

~~~~~~~

 

「……まさかこんなところでお前に合うとは思わなかった」

「あら、こんな可愛らしい女の子を傍にはべらして言う事はそれですか。随分と大学ではおモテになられてるんですね。求君」

「本当相変わらずだなお前……それにしても卒業して以来か?」

「そうですね。私たち連絡先も交換して無かったですし」

 

私たちは再びベンチに座り直して、そんな軽口を叩き合いました。

落ち込んでいた気分をごまかすという側面もありますが、何となく彼とはこういう空気が一番気楽にはなります。

ですが、お互いの顔を見て話しているという訳ではなく、私も求君も正面を向いています。

久々に会った男の子と言う事もあって、顔を見ながら話すのは恥ずかしいです。たぶんそれは向こうも同じでしょう。

しかしまさか、彼と会うなんて思いもよりませんでした。何となく恥ずかしいです。

第一私の今日の服装は黒のチノパンに、汚れてもいいようなこげ茶色の薄い長そでTシャツに灰色のカーディガンと言う何とも地味な格好です。これは人には可愛く見られたいという私のスタンスからすれば非常に屈辱的なのです。

けれども流石にお墓前りに来るのに、白のワンピースみたいな可愛いけれど汚れやすい服で来ることはできませんでした……

 

「三年間一緒にいたのに連絡先を知らなかったというのも変な話だよな」

「部活の連絡はグループラインで済ませていましたからね。彼氏でもないのに異性の個人的な連絡先を知っているというのも何かあれでしたし」

「お前に言われると、なんかすっごいムカつく気がするのは何でだ……」

「その言葉、私も熨斗をつけてお返ししますよ」

 

なので、私は卒業してからは彼とはすっかり疎遠になっていました。

それなのか私の服装に対して、どうも無頓着なのはありがたいと同時になんか悔しいです。

 

「部活と言えば」

求君は言いました。

 

「久石は続けているのか?」

「何をですか?」

「今の話でわからなかったのかよ」

「ごめんなさい。私は聡明な求君と違って。察しが悪いのですよ。もっと女性には分かりやすく直球に物事を言わないと」

「なんかお前に話すのは間違った事な気がしてきた……」

 

私ののらりくらりの言葉に惑わされる求君。久しぶりで何だか楽しいです。

 

「まぁいいや。楽器だよ、ユーフォニアム。ユーフォじゃなくても何か音楽は続けてるのか?」

しかし、私のそんな気分は彼の質問で冷や水を浴びせられたようにしぼんでしまいました。音楽、音楽ですか。私は……

 

「……もう楽器はやってませんよ。サークルも文芸系とかそっち方面ですし」

そう、私は大学に入ってから音楽はご無沙汰なのです。

 

「そうか」

求君は私の言葉にそう返しました。興味が無いのかガッカリしているのかは、彼の顔を見ていないから分かりません。

 

「そういう求君は続けてるんですか?」

「いや、入っているサークルは天体観測主体の奴と、演劇を掛け持ちしている。元々星とか宇宙とかに興味があったし、芸術系も大学では別の方向性でやってみたいと思ったから」

どうやら、求君も大学に入って音楽を止めていたみたいです。

 

「確か和歌山でしたっけ、大学」

「あの辺は天文学が強い理工学部があるからな。将来はそっち関係の仕事に就きたいっていうのは前から思ってたし。久石はどこだっけ?大学」

 

何で私があなたの大学を覚えているのに、あなたは私の大学を覚えていないんですか。

なんかすっごく腹立たしいんですけど。

 

「自宅で通える範囲の大阪の大学ですよ。文学部です。元々読書は好きな方でしたし、ちょうど良いかなと」

それに、文学部は女性が多いので、あまり悪目立ちをする事も少ないでしょうし、女性にとっては無難で喜楽と言うのもあります。

 しかし彼の話を聞いたら、それに対してどこか寂しさを感じてる自分もいます。何故でしょう?

 

そこまで話してお互い沈黙が続きます。思ったより会話が続かないです。

やがてしびれを切らしたかのように彼の口から言葉がでました。

 

「けどそっか。何となく久石は音楽を続けていたら嬉しかったんだけどな。俺が続けていないから」

 彼は私が、大学で音楽を止めた事を残念がっている様です。何でですか、私はあなたを喜ばせる為に音楽をやっている訳では無いんですよ。それに私は―――――――

 

「第一続けられるわけないじゃないですか……あんなことがあった以上」

「だよな、俺もそうだし……」

 

私と求君。初めて意見があった気がします。

 

~~~~~~~~~

 

 

 私たちが3年生になった北宇治吹部。率直に言うと私たちは全国に行けませんでした。

 美玲が部長となって始まった新体制。練習量も減らしていなかったですし、運営も上手くいっていたと思います。

 

 じゃあ何でダメだったのか。音の厚み。先輩方がいなくなったことによる不安。色んな要因はあると思っていますが、どれも正確な要因にはたどり着けません。おそらく理由なんて無いんでしょう。

 

 ただ一つ、部員にとって大きな出来事がありました。

 ライバル校である龍星高校の顧問の月永源一郎さん。求君のお爺さんが地区大会を迎える前に亡くなられたのです。

 

「元々体が弱ってたし、むしろ良く持っていた方だと思うしな」

「これで龍星を恐れる心配はなくなったな」

そんな風に語っていた彼の姿は未だに覚えています。

彼と、お爺さんの折り合いが良くなかったのは知っていますが、そう突き放したように話していた彼の姿はとても痛々しく見えました。

 

事実、それからの彼は表面上は何も変わらない様子でしたが、演奏はどこか心あらずで隙間がぽっかり空いていたようにも聞こえました。

 

そして結果は関西大会銅賞。私は1年生の時よりも悪い結果で終わってしまいました。

あの時は「悔しくて死にそう」とまで思ったものですが、まさかそれを上回る結果を出すだなんて思ってもみませんでした。

 

けれども、彼の演奏がその原因だったなんて思えません。それは部員の皆がそうでありましたし、皆彼の苦しみを理解していたと思います。

 

だけれど、私たちの世代はそれで燃え尽きてしまいました。

私の知る限りでは大学で音楽を続けている人は誰もいないようです。

仲が良かった梨々花については「私は理系だから~サークルに入る暇も無いんだよ~」と言っていました。まさか梨々花が研究職志望でバリバリの理系人間だとは思わなかったです。

 

 

「求君も源一郎さんのお墓参りに来たんですか?」

「もうすぐ一周忌だからな。流石に孫の俺が何もしないのはマズいだろ」

「あの、お爺さんのことは……」

「もう一年たってるし、吹っ切れたよ。わだかわりも別にない」

 

よかった、正直彼が誰かを憎んでいる姿は見たくありませんでしたから。

「源一郎さんもこの辺りの生まれだったんですね」

「いや、普通に生まれは京都府。ただ、何か思い出が深い地だからここに墓を入れて欲しいって遺言があったんだよ。」

全く、最後の最後まで俺を振り回しやがって。そんな求君の悪態、けれどもどこか慈しむような悪態が私の耳を貫きます。

 

「まぁ、昔から夏になると一人でぶらっとここに来ていたからな。何かしら親しい友人でもいたんじゃ……って久石、お前どうしたんだ?具合でも悪いのか?」

 

求君の言葉に、私はハッと気が付きました。

どうも、無意識に下を向いて深刻そうな表情をしていたそうです。

彼に気を使われているという事は、よっぽどな顔をしていたのでしょう。

 

けど、特に取り繕う必要はないと思ったので、私はそのまま話を続ける事にしました。

求君とは、今日偶々あっただけで、今後も会う事は無いでしょうし。

 

 

「別に体調は悪くありませんよ。ただ部活を引退してから、私には明日がやってくるのかな?そんな気持ちが抜けきれなくて」

「明日?」

求君が聞き返します。

 

「私、部活を引退してから何も満たされてないんですよ。北宇治ではあんなに全国金を目指して情熱を傾けていたのに、今じゃまるで惰性で生きているみたいなもので。元々大学も自分の学力で行ける所を何となく選んだ位ですし」

「……」

「それでも私の祖父が言ってたんです『どんなに楽しい事でも終わりが来る、けどその次に楽しい事がまたやってくる』って。けど今の私はその言葉を信じられないんです」

ここまで話して自虐的の様に笑みが浮かんできました。私は末期表情なのかもしれません。

 

「今日は、このお寺や海を見れて多少は気が晴れたと思いましたが、気を抜くとこれです……かといってもう一度音楽を続ける気にはなれませんし」

「お前……」

「求君も新しい生活を始めているのに、私だけずっとこんな気分でいなくてはいけないと思うと気がめいって仕方がないんですよ……」

 

私は求君の方を向かないまま、話しきりました。求君は何も言いません。どんな顔をしているのかもわかりません。分かったとしても見る事は無かったでしょう。何となく嫌です。

 

「なんか、それを聞いて久石らしくないけどやっぱり変わらないみたいな謎の感情が浮かんだ」

「はい?」

 

やっと話し出した求君の口から出た言葉は、何とも意味不明な言葉でした。

 

「俺が北宇治のこと綺麗すっぱり忘れたとでも思ってるのかよ。最後に全国にすらいけなかったんだし忘れる訳ないだろ。そう言う人の心が分からないところは、相変わらずだな」

「な!」

こ、こちらが弱みをさらけ出したというのになんて事を言うんですか!この男は!

 

「けど、そういう弱さを見せる久石は初めて見たかららしくないって思った。俺が言ってるのはそういう事」

「あ、貴方と言う人は!」

 

私は立ち上がって求君の方を見ました。そんなデリカシーの無い事を言う男はモテませんよ!

 

「けどそう言う久石の姿を見れたのはなんか得したし嬉しかったような気がするわ」

「い……言わせておけば……!」

「それを言うならお前だって呼ぶなって言ってるのに、俺の事ずっと名字で呼んでただろ。お互い様だろ。何で急に名前呼びになったかは分かんないけどさ」

 

貴方のお爺さんとの関係を知ったら呼べるわけないでしょう!女心を分かりなさい!

決めた。一発引っ張った気でもしないと気が済みません!そう決めて実行に移そうとした私でしたが―――――――

 

「おやおや、お取込み中でしたか」

 

和尚さんが私たちの所にやってきました。おそらく来るのが遅いから様子を見に来たのでそう。

 

「お世話になっています。和尚さん」

求君はしれっと立ち上がって和尚さんに頭を下げて挨拶をします。私の事を忘れている様で腹が立ちます。

 

「こんにちは。月永さん。今日はお一人ですか?」

「お盆の時は休みが取れそうになくて、家族に先駆けて。僕一人が」

「きっとお爺さんも喜んでいるでしょうね」

「いや、喜んでいるとしてもこの綺麗な境内で眠れる事と、和尚さんのお人柄の為でしょう」

「月永さんはお世辞がうまいですね。さぞ学校でもオモテになられるでしょう?」

「いえいえ」

そんな世間話をしている二人に、どこか取り残されている私がいます。

 

「月永さんはこの後、読経をお願いしていましたね。準備が出来ましたので本堂の方に出向いて頂けると助かります」

「すいません、今行きます」

「久石さんは事務所の方に行ってください。飲み物の準備をしておりますから」

和尚さんはそう言ってまた寺の方に戻っていきました。

 

……なんかさっきまでの気分が萎えてしまいました。もうお茶でも頂いてクールダウンしましょう。

「まぁ。求君はありがたいお今日でも聴いて徳を詰んだらどうですか?私は優雅なティータイムを楽しみますので。それでは」

 

そう言って、私は求君と別れようとしました。しかし

「まてよ」

私は求君に呼び止められました。

 

「お前も一緒に読経を聞いていけ」

「はい?」

何と、年頃の男子からとは思えないお誘いを受けた私でした。

 

「な、何で私が!」

「何となくお前がティータイムをしゃれこんでいるのは癪だ。付き合ってくれ」

「そんな理由で付き合わされてはたまりません!」

 

そんな色気の無いお誘いはごめんなので、私はさっさと事務所の方に向かおうとしました。

けれど、求君に腕を掴まれ、止められました。

 

「何するんですか!話してください!」

「お前、このままだと誰とも話さないで帰るつもりだろ?今のお前はもう少し誰かと一緒にいた方が絶対にいいぞ。さっきの話を聞いていたらそう思った」

 

求君はそう言いました。あの会話からでも私の様子を真剣に察してくれたようです。

 

「けど……」

「後でジュース位なら好きなだけ奢ってやる。ならいいだろ」

「……わかりました」

 

結局私が折れる形になりました。昔から彼は頑固な所がありましたし、こうなったらテコでも動かないでしょう。どうせこれから会う事も無いでしょうし、気が済むまで付き合うことにしました。

 

そうして私はティータイムをお預けになり、求君と本堂の方に向かうことになったのです。

 

 

~~~~~~~

 

 

 そして和尚さんのお経を聞いた私は、現在事務所で麦茶をごちそうになっています。

 

 聞いた感想は、何というか……疲れました。

 私が馴染みが無かったというのもありますが、抑揚のない言葉が数十分も続くのはきつかったです。

 せめて意味でも読み取ろうとしたのですが、お墓の掃除で疲れが出ている体で頭を働かせるのは、眠りに落ちる事を考えても非常に危険でした。そもそも何を言っているのか分かりませんでしたし。何より、せめて椅子に座らせて欲しかったです……

 正座だったので足が痺れて堪りません。求君の前で醜態をさらさないようにするのが精一杯でした。ここのお寺は禅宗なので、そういった所は厳しいですし。

 

「いかかでしたか?最近の若い人はこういった物に関りが薄いですから、月永さんからお申し出があった時は大変驚いたのですが」

「良かったです。これで祖父も安心して安らかに眠れるんじゃないかと思いました」

 

和尚さんと求君は互いに『分かっている』感を出している会話をしています。

そもそも、お経の意味を理解しているんでしょうか。この男は。

 

「けど、お経の意味までは分からなかったのが残念です。これが分かればもっと面白いと思ったのに」

「意味は然程重要ではありませんよ。大切なのは仏を慈しむ心です」

「そう言われると安心します」

 

案の定意味を知らないと言ったので、そらみなさいと思いましたが、和尚さんのフォローで無に帰しました。悔しいです。

 

「まぁせめて南無釈迦牟尼仏だけでも覚えておいて損は無いですよ。『仏様、どうか私をお守りください』と言う意味です」

「僕の祖父が、私を守ってくれるかは分からないですけどね。自由奔放な人ですから」

 

私はそんな会話を黙って聞いていました。南無釈迦牟尼仏か……

ストローですすっている麦茶は、この暑さのせいかすっかり温くなっておりました。

 

「どうしました?久石さん?」

和尚さんから声をかけられます。どうやら私はまた暗い顔をしていたようです。

けど求君にも見られた訳ですし、もう隠す意味もありません。和尚さんにも正直に話す事にしました。

 

 

「和尚さん。それを唱えれば仏様が私を守ってくれるって言いましたけど、祖父は私を見守ってくれるんでしょうか?私の明日を与えてくれるんでしょうか?」

私は、本音をさらけ出すように言います。

 

「祖父は無くなる前『楽しい事が終わっても、必ず次の楽しい事がやってくる』と言ってました。けど私は高校で部活を引退してからそんな気分になった事はありません」

「久石さん……」

「このまま私は虚無の生活を送り続けるとなると思うと、私は耐えられません」

 

構わず私は続けます。

「それを唱え続ければ祖父が守ってくれるというならば私は続けますよ。けど実際には何も変わる気とは思えません。結局念仏何て気休めにしか思えません。私はどうすれば救われるんでしょうか?」

 

お寺で、しかも住職の前で何とも罰当たりな言葉でしょうか。

けれど、自覚してると言っても私はどこか自暴自棄になっているのを認めない訳にはいきません。

どんな相手にだって吐き出せるなら吐き出したい。そんな気持ちでいっぱいです。

 

他の二人は黙りこくったままです。

和尚さんは腕を組んで目を瞑って考えている様子です。求君は、ただ私を冷静な目で見つめるだけです。

けれども、今の私はそれに対して何の感情も持ちえません。非常と言えども私自身がどれだけ冷めているのかよく分かります。

 

 

「久石さん、月永さん。一緒に外に来ていただきませんか?」

「え?」

「僕もですか」

私は驚きました。和尚さんはすっと立ち上がり、私の方に手を差し出します。

 

「お二人には見てもらいたいものがあるのですよ。大丈夫ですよ、お寺の敷地内ですから遠くまでは行きません」

「けど……」

「仏に対して罰当たりな事を言っていると思ったのであれば、どうか私のわがままついてきてくださいね」

和尚さんはウインクをして、私に言いました。

どうやら見透かされてしまったようです。

 

~~~~~~~~

 

私たちは和尚さんに案内されるがままに、墓地の間を歩いています。

 

最初は綺麗に整地された、大理石の角ばった墓石が並んでおりましたが、奥に進むにつれ、地面が土でむき出しな、墓石も大きな石を薄くしたようなものが経っている石碑みたいなものになってきました。

おそらく、江戸時代とかの昔から建てられたお墓なのでしょう。昼間と言っても少々恐ろしい物を感じてしまいます。

 

そんな墓地すらも抜けて、私たちは芝生やらが多くなってきている空き地にやってきたのですが、そこで和尚さんの足が止まりました。

 

「こちらを見て下さい」

 

和尚さんが指示したのは、一本の木でした。

けれども大木と言った感じではありません。確かに大きいですが、それも2M程度。がっこうに植えられている桜の木よりもよっぽど小さい木です。

 

「あの、この木は一体何ですか?」

私は尋ねました。新緑が生い茂る夏の季節には珍しい事に5枚の花弁がそれぞれ一枚ずつ独立している白色の花が、垂れ下がっている枝から私たちの手にも触れられるように咲いていますが。どう見てもそれ以外は特に何もない花の木にしか見えません。

 

「『センバザナの木』と言います。バラ科の花木の一種なんですが、夏に花を咲かす珍しい花です。実は隠れファンも多くてこの花を見にわざわざ訪れる方もいる位なんですよ」

 

和尚さんらしくない、ハイカラで俗物的な答えが返ってきました。説明されても私は花に詳しくないので良く分かりません。求君は黙って話を聞いています。

 

「そうですか……。それで、和尚さんはなぜこの木を私たちに見せてくれたんですか?」

 「さっきも言いましたように、珍しいですし。ちょっとこちらに来て下さい」

 

私たちは立っている正面からでなく、側面から花を見るように促されました。

「っ!これは……!」

私は驚きました。正面から見た時は確かに白かった花弁が、今度は薄い黄色に色づいたのです。

 

「どうも、花の中に光の当たり具合で色が変化する色素が多分に含まれている様でしてね。反対側から見れば青色にも見えますよ」

「青色……!」

私は再度驚きました。花には詳しい訳ではありませんが、白と黄色と青色の花が同時に咲く植物など聞いた事がありません。

 

「見る場所によって様々に姿を変える、セン(千)バザナとよばれるこの木の由来です」

和尚さんは慈しむように、花の木を見つめていました。

 

 

「けど、どうして私たちにこれをお見せしたんですか……?」

「この木、俺の爺ちゃんが友人と一緒に植えた木なんだよ」

「!」

これまで、黙っていた求君が私の疑問に答えてくれました。

 

「お爺さんって……源一郎ですよね?」

「爺ちゃん。昔っから夏場は一人でふらっといなくなることが多くてな。どこにいるんだって聞いたら、この街でバカンスを楽しんでるって言ってた。仲が良い友人がいたんだってさ」

 

求君は私の方を見ず、センバザナの木を見つめながらそう言いました。

「元々、仕事でイライラする事も多かったから。この海辺の町は気に入ってたんだろうけど」

そう話す求君の横顔は、どこか自分のお爺さんを懐かしむ様でした。

 

「私も、二人のやり取りはよく覚えています」

求君の言葉に続けて和尚さんが話します。

 

「あれは、20年程前でしょうか。まだ先代住職の父が生きていた時でしたので私が副住職の時でした。先代から境内の管理を任されていたこともあり、掃除をしていたのですが、そこに毎日お参りをしていた方がいたのです。随分信心深い方だなと思ったものです」

おそらくその方が源一郎さんなのでしょう。和尚さんは目を細めて話し続けました。

 

「その人を見かけてから何日か過ぎた頃ですか、私の父の所に偶々飲み友達がやってきましてね。年は大分離れていたのですが非常にエネルギーに溢れた方でした」

 

「飲み友達……ですか」

住職さんと気兼ねなく飲めるお方とかよっぽど肝が据わってるんでしょう。私は意味もなくそう考えていました。

 

「しかしですね、その飲み友達がその方――源一郎さんをたまたま見かけましてね。開口一番こういったんです『あんたもこっち来て飲もう!』って」

「凄い人ですね……」

私は、もうそう思うしかありませんでした。

 

「けれども源一郎さんとその方はとても気が合ったのです。元々物静かな源一郎さんと賑やかだったその方は互いに正反対だからこそ惹かれあったのでしょうね。二人は境内で将棋を指したり、自分自身の人生を長々と語り合ったりとても楽しそうでした。そしてその方の名は――」

「久石巌。奏のお爺さんだよ」

 

ぶっ!私ははしたない事に吹き出してしまいました。え……?お爺ちゃんと求君のお爺さんが友人同士?

 

「そして出会って数年が経った頃、二人に孫ができるという話になりまして。生まれを尽くして誕生樹を植えようという話になったんですよ。その時に植えたのがこの木です」

和尚さんは幹に手を突きながら、思い出を振り返るように目を閉じています。

 

「この木は島根県の西の方の海岸線にしか自生しないって貴重な木なんですが、これがいいって決まった時の二人の行動力は凄かったですよ。宿も決めない、着替えも持たないで直行。まさに若者特有の青春の旅路そのものでした」

 

何やってるんですか、お爺ちゃん……

 

「こうして手に入れた苗をここに植えて、初めて花が咲いた時の二人の様子はよく覚えています。色んな方向から花を見つめその度に驚いていて……二人とも50歳はとうに過ぎていましたが、まるで子供そのものでした」

 

「全く、音楽以外でも人を振り回す爺さんだな、うちのは」

和尚さんの言葉に求君が相槌を打ちます。

 

「そしてその時に言った、二人の言葉が私は忘れられないのです」

「……どんな言葉だったんですか?」

 

和尚さんが言いました。

「『この花の全ての色を見るまで俺たちは死なない!違う明日が俺たちを待っている!』そう仰ってました」

「違う……明日……」

 

私は和尚さんの言葉を自然と繰り返しましてました。

 

「私はこの時何とも言えない感動を覚えたのです、もう人生が折り返しを過ぎた二人の男性が、これほどまでにこれからの未来を輝かしく生きようとしたその姿に」

和尚さんは胸に手を当てながら、そう言いました。

 

「私は仏に使える身ですから、神仏や亡くなった人に対する力は知っているつもりです。けれどもあの二人に対しては、生きている人間の力を、底力を感じざるをいませんでした。私もずいぶんとパワーを貰ったんですよ」

 

和尚さんは私と求君の方を振り向きました。

「二人が来ると聞いた時は、これは何かの運命かと思いました。なのでどうしてもここに連れてきたかったのです。奏さんは特に悩んでいたようでしたから、なにか切っ掛けを掴む事が出来たら幸いです」

 

和尚さんはにっこりと私に笑いかけました。どことなく部活の顧問の滝先生を彷彿とさせる笑顔でした。

 

気が付いたら、外の青空は段々と色合いが薄くなってきました。

もう午後の3時半を回っています。夏といっても段々と陽が沈んでくる頃です。

 

「長く話してしまって申し訳ありません、戻りましょう。二人も早く帰って方が良いですよ。この辺は電車も少ないので」

 

和尚さんはそう言って元来た道をゆっくりと引き返してきました。私たちがすぐに追いつけるように。

 けれど私は直ぐに追いかける事が出来ませんでした。先ほどの和尚さんの言葉が耳から離れなかったからです。

 

(まだ見ぬ明日が待っている……)

お爺ちゃんと巌さんはそう言っていました。けれどもそれは二人が強烈な出会いと体験をしたからです。私にそんなものが訪れるのでしょうか。私に、そんな明日が……

 

「なぁ」

私が考え事をしていると、求君が話しかけてきました。

 

「久石はどうやって帰るんだ?車か?」

「私は電車ですけど……免許も持ってないですし、町場で降りて一泊して帰ります」

「じゃあちょうどいいな」

 

求君は私の方を向き、目を見ながら言いました。

 

「ちょっと俺に付き合ってくれよ。俺、車で来たから」

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

私と求君を乗せた車は、県道を走っています。お寺を出てから30分かそれ位は経ったと思います。

 

最初は海沿いを走っていたのですが、今はそこから逸れて、山道を走っています。

人通りが多くないせいか、道もあまり整備されてなく、タイヤが足を取られてガタガタと座席が揺れています。

 

それでも、車酔いはしませんでした。あまりスピードを出し過ぎず、かといってゆっくりでもない、求君が人にやさしい運転をしてくれているからだと思います。

 

「求君。車運転できたんですね」

「俺は推薦合格余裕あったから、12月頃から免許取ったからな。大学の天体サークルじゃ星を見に野外活動する事も多いから運転する機会も多いんだ」

 

まだ大学一年生なのに意外でした。北宇治の時とは違う求君の姿を見る事が出来たような気がします。車は特に変哲もないこげ茶色のコンパクトカーでした。けど車の中はとても奇麗でした。きっと大切に乗っているのでしょう。

 

しかし車が綺麗でも、乗っている本人がそうなのかは分かりません。

私も年頃の女子です。急に車に乗せられて知らない場所を走らされるなんて流石に緊張してしまいます。

 

(流石に彼が女の子を無理やり襲うなんて事はしないと思いますが……どこに行くのでしょうか……)

 

 

そんな事を考えていたら、車が止まりました。

そこはお寺の空き地に似たただっ広い芝生のスペースでした。先にはまだ道が続いている様です。

 

「ここで降りてちょっと歩くぞ。そんなに距離は無いから」

「分かりました」

 

少し戸惑いましたが、ここで待っていても何かある訳でもありません。私は彼に黙ってついて行く事にしました。

 

(それにしてもこんな所に何があるっていうんですか)

空き地の先に続く道を1、2分は歩いたでしょうか。私は内心そんな事を想っていました。海辺の町にわざわざ山なんて、どうせ大したものは無いのでしょうと。

 

 

しかし、そんな私の考えは綺麗に砕け散りました。

 

 

歩ききった先に見えたのは花畑でした。

それも、赤・紫・白・黄色……ありとあらゆる色の、品種の花がこれでもかと咲き乱れていました。それこそ小さな花屋くらいには色とりどりの花があると言っていいくらいの。

花畑の先は海が見え、波打つ音が聞こえてきます。まだ沈みきっていない太陽が海を照らしており、深い青色を強調しています。

 

「綺麗……」

「以前サークルの野外活動で来た。一面花が咲き誇っている花畑の海辺の崖だよ。ちょっと潮風が強いのが難点だけど、こんな場所中々あるもんじゃないぜ」

 

求君は自慢をするように言いました。

「綺麗な所だろ。俺のお気に入りの場所なんだ」

「ええ……!」

 

私は素直にうなずきました。当たり前でしょう。女の子なら、いや、男の子でもこんな場所を見たら一目で虜になります。

私たちは何もしゃべらずそのまま海を見つめていました。潮風が足元にある色とりどりの花を揺らしています。段々と水平線に近づいてきている太陽は、その輝きを保っており、深い藍色に近づいてきている海面を照らしています。

私たちが何も言わなかったのは会話が続かなかったからじゃない。その光景に見惚れていたからだと、今になって思います。

 

やがて求君は腰を下ろし、座りました。はしたないように感じる地面に座るという行為ですが、求君に対してはそういう事は思いませんでした。きっと彼の所作がそう思わせてのでしょう。

そして求君は口を開きました。

 

「俺もさ、久石と同じだったよ……」

彼の口から出たのは、重々しく、苦々しい言葉でした。

 

 

「あれだけ時間と情熱を注いだ部活を引退して、これから俺は何をしたらいいんだろうってずっと思ってた。ただでさえ最後の年はあんなに迷惑かけたっていうのに」

「あれは、別に求君のせいじゃ」

「皆はそう言ってくれるだろうってわかってたよ。けど実際大会当日俺の演奏は乱れていたのは確かだし。俺が原因じゃないかもしれないけど、絶対そうじゃないだなんて言いきれない」

私の言葉を遮るように、求君は悔しさをにじませていました。

 

「しかも悔しいだけじゃなかった。あれだけ嫌だった爺ちゃんだったのにさ、死んだとわかったらやっぱりメチャクチャ悲しいんだよ。勝手だよな」

それは勝手では無いと思います。そう言おうと思いましたが止めました。それは彼が求めている物ではないと思ったから。

 

「そんなだからさ。引退した後は抜け殻の様に過ごしてた」

求君は自分に言い聞かせるように話しています。

 

「そんな中で爺ちゃんの四十九日あの寺で法要やったんだ。その時今日の久石と同じ話を聞いた」

やっぱり求君は先に知っていたんですね。特に驚いた様子も無かったからそうだと思っていました。

 

「まぁ。驚いたよ。爺さんだって言うのにあんなにアグレッシブだったなんてさ。俺の中じゃ爺ちゃんは厳しい人だったから想像つかなかった」

求君は私の方を向きました。

 

「それでもさ、爺さんになっても明日を楽しみにできるっていうのは、何かハッとさせられたし、入学してからお前に言われてきた苗字呼びも、こういう結びつきがあったなら悪くなかったかなと思えるようになったわ」

少々顔が赤くなってきましたが、私は黙ってうなずきました。そして求君の様に地面に座りました。

普段なら服が汚れるからと言って絶対にやらなかったでしょう。けど、私は求君と同じ目線で話を聞いてみたかったのです。

 

「でも、俺も爺さんの様になれるのかっていうのは不安でさ……その時にサークルの先輩にここに連れてこられたんだ。あの時見た星の輝きは絶対に忘れられない。そこで初めて俺は北宇治の蟠りから抜け出せたんだと思う」

 

そこまで行って求君は私の方を振り向きました

「まぁ……久石が俺と同じ悩みを抱えているのかは分からないけどさ。生きていれば俺の様な出会いが待っている可能性もあるんだし……もっといろんな人と出会ったり、場所に行ったりして楽しんだほうがいいんじゃねーの?」

 

私は黙って聞いていました。けど一つになった事があります。

「何で、そんな大切な場所に私を連れてきて来たんですか?」

「ある意味同類なのに、俺だけ吹っ切れてるのも嫌だったからな。これでもお前は同じ釜の飯を食った仲間だし」

 

私は下を向いてしまいました。同じ年の男子に仲間だと思われ、ここまで心を砕いてくれた。その事実にどうしょうも無く戸惑ってしまったのです。

 

「ん」

そんな時に求君が私に手を伸ばしました。画面にはQAコードが写されています。

 

「何ですか?これ」

「俺の連絡先。登録してくれ」

「えぇ!」

あまりにも唐突だったのでびっくりしました。

 

「久しぶりにここに出会ったっていうのに味気ないだろ。よく考えたら北宇治の時も連絡先知らなかったのも変な話だし」

「新手のナンパですか?求君意外とプレイボーイなんですね」

「別にこういう時くらいストレートに言うわ。お前もこの景色を見れて喜んでたんだから、俺の頼みくらい聞け。それに……」

「それに?」

「お前が明日を迎えるのに俺が力になれたらそれも面白いからな……『奏』……」

 

求君は最後の言葉辺りは顔を赤くして、そっぽを向いてしまいました。

思わず私は笑ってしまいました。だってその姿が緑先輩意外には素直でなかった入学したての彼の姿とそっくりでしたから。

 

「何笑ってんだよ……」

「いえ、ここまではっきり言われたら断るのもおかしいと思いまして。これが私の連絡先です」

 

ぴろん♪そんな音がしてお互いの連絡先を交換しました。

 

「ありがとうございます。求君」

私は胸元にスマホを握りしめ、笑顔で彼にそう言いました。

それは部活を引退してから、初めて心から出した笑顔でした。

 

 

~~~~~~~~~~~

 

丘から降りてきて20分

来た道を戻ってきた私たちは、海沿いの県道を走っていました。

 

まだ日は沈んではいないのですが、丘にいた時よりは大分太陽が水平線上に近づいています。おそらくあと1時間もしない内に夜になるでしょう。夕暮れ時の海岸はとても奇麗でした。

 

「どこに行くんですか?」

「目的は無いただのドライブだよ。夕暮れの海岸って綺麗だから走っているだけ。夜になったらちゃんと駅まで送るから心配するな」

「あら、こういう時は夜景がきれいなホテルに行こうとか誘ってもいいんじゃないですか?こんなに可愛い女の子が傍にいるんですから」

「お前、俺に連絡先教えてただけで顔を赤くしていたくせに良く言うな……」

「バレましたか」

 

小悪魔ムーブをかまそうとしたら失敗してしまいました。私も腕が衰えたものです。

 

 

「まぁ……ノリじゃなくていつかそういう日も来るかもしれない。その時はよろしく頼む」

と油断をしていたら、彼から爆弾発言が舞い降りてきました・・・・・思わずダッシュボードに頭を打ち付けてしまったじゃないですか。乙女の顔に傷をつけないでください。

 

「いたた……」

「大丈夫か?」

「えぇ。痛い気な美少女の顔に傷がついただけで大したことはありませんよ」

「お前、本当に嫌味な奴だな……」

 

求君はそう言ってカーラジオの電源を付けました。何でも彼の好きな番組がやる時間だとか。番組はアニメの主題歌を中心に流している音楽番組でした。軽快でアップテンポな、可愛らしい女性の歌声が響きます。

 

「求君こういうのが好きだったんですね」

「アニソンは分かりやすいから運転する時にちょうどいいんだよ。眠気も吹き飛ぶ」

 

そう言いながら求君は軽快にハンドルを動かしています。やがて今流れている音楽が終わり、DJの語りが始まります。

 

『いや~懐かしいですね。2007年を代表する美少女アニメのOPでした。彼女達の歌声に、初恋を抱いたというリスナーも多いんじゃないでしょうか?』

 

DJの熱い語り口が車内に響きます。それを聞いて私は段々眠くなってきました。

 

「求君、すいません。少し座席を倒しても良いですか?」

「ああ。疲れたのなら眠っていいぞ。時間になったら起こす」

「それは申し訳無いので起きています。私も外の景色を見ていたいので」

 

断りを入れて、私は座席を倒しました。ラジオからはこんな声が聞こえてきます。

 

『それでは、次の曲に行きましょう。少年ジャンプの人気連載漫画を原作の1995年放送のヒットタイトル「忍空」のEDから「それでも明日はやってくる」どうぞ』

 

オルゴールの優しげな音色から始まり、鉄琴の様な優しく軽やかなイントロが、私の心を刺激します。

 

頬にあたる風が 傷を消してゆく

 

私は北宇治に部活に全てを注ぎ込んでいました

 

君の声が遠く 近く聞こえてる

 

全国金を取るために、先輩たちの夢を汚さないように。

 

約束の場所なら そんな遠くない

 

だからそれが果たせなくなったと知った時には、私にはやる事が無くなってしまったと思いました。

 

もう一度ここから 歩き始めよう

 

もう私には、これから惰性の人生しか残ってないと、そう思ったのです。

 

 

見上げる空果てしなく 永遠に広がる

 

けれど今日ここに来て、求君と会って、何かを掴めた気がしました。

 

しぼみかけた夢がまた 音を立てて いつか目を覚ますよ

 

一度ダメになっても、自分がそれを求めようとするかぎりは同じような明日が待っているという事を。

 

泣いて笑ったり そして笑ったり

 

それを体現したのが、お爺ちゃんであり。求君だったという事も。

 

誰かを愛したり いつも

 

今の私には、その意味は完全には分からないのかもしれません。

 

花は咲き そして散ってく それでも明日はやってくる

 

けれど今日を切掛けに私は今までの、北宇治に囚われていた自分とは違う、そんな自分になれる。そう思うのです。

 

 

曲の一番が終わって、優しげな間奏に映りました。曲はまだまだ続いています。

 

私は、フロントガラスから受け取る夕暮れの光を一心に浴びるように助手席にもたれかかりました。陽の光が私の体を照らします。その光が私の細胞の一つ一つを照らし、生まれ変わらせてくれるようでした。

 それは、何とも心地よい物でした。

 

「ねぇ求君」

「なんだ」

「これから、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ」

その心地よさの中で、私は求君と会話を紡ぎます。やがて曲は終わり、再びDJの語りが始まりました。

 

『はい、ありがとうございました。順番が前後しましたが続いての曲は、同じくアニメ忍空のOPから―――――』

 

私はこれからどうなるかは分かりません。

けど、太陽が沈んでまた昇るように。咲く花の色が日によって様々な姿を見せるように。ラジオの曲が次々と流れるように。私たちが連絡先を知らない関係から知る関係になったように。

私はこれからの明日を信じたいです。

 

『輝きは君の中へ』

 

 

 

そして、次の曲(私たちの明日)が始まるのです。

 




響け!ユーフォニアム3の4・5話と予想外の求奏要素があふれ出ており、嬉しさでいっぱいの作者です。

この二人のお話はまた書いてみたいと思うので、別の作品を目にした時は、またお読みいただければ嬉しいです。
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